赤児を抱く怪鳥

    作者:J九郎

     太陽が、地に没する間際の黄昏時。
     人通りのない田舎道に、白い炎がぼうっと灯った。
     炎はやがて一つの姿を形作る。それは、既に絶滅したはずのニホンオオカミによく似ていた。全身が白い毛に覆われている中で、四本の足の先だけが墨に漬けたかのように黒い。そして異彩を放つのは、額に刻まれた星形のアザ。
    『グルル……』
     白き獣は低く吠えると、何かの儀式であるかのように、黒く染まった四本の足で舞うように大地を踏みしめる。
    『ワオオーーーンッ!』
     最後に一声高く吠えると。
     狼の体は再び白き炎となり、何処へともなく飛び去っていった。
     
    『我が子は……』
     白き狼が踏みならした道路から、何かが這い出ようとしていた。それは、人の背丈ほどもある巨大な鳥に見える。鳥は翼をはためかせ、天高く飛び立とうとするが、足に絡まった鎖が地面と巨鳥を縛り付け、その飛翔を許さない。
     鳥は恨めしげに鎖を睨み付けると、
    『我が子はいずこ……?』
     そう、呟いたのだった。
     
    「嗚呼、サイキックアブソーバーの声が聞こえる……。スサノオが現れ、“古の畏れ”を生み出したと」
     集まった灼滅者達に、神堂・妖(目隠れエクスブレイン・dn0137)は陰気な声でそう告げた。そのスサノオは、新宿に現れたものとは別の存在のようだが、同じように“古の畏れ”を生み出す力があるらしい。
    「……スサノオが生み出したのは、うぶめと呼ばれる妖怪。うぶめは本来、妊娠したまま死んだ女性が、子への未練から妖怪化したものみたい」
     図書館から借りてきた妖怪図鑑を片手に、妖は説明を続ける。
    「……スサノオの生んだうぶめは、人間の赤ちゃんをさらっていくの。そうして自分の子として育てようとする」
     うぶめに育てられた赤ん坊は、やがて闇堕ちするか死ぬかのいずれかの末路を辿るという。
    「……残念だけど、今回予知できたのは、既に赤ちゃんをさらった後のうぶめの姿。赤ちゃんをさらう前に接触することはできない」
     故に今回の最優先事項は、赤ん坊の救出ということになる。
    「……うぶめは、巨大な鳥の姿をしているけど、人間の腕が生えていて、その腕で常に赤ちゃんを抱きしめてる」
     それゆえ、列攻撃のサイキックは赤ちゃんにまで効果を発揮してしまう可能性がある。また、石化・炎・氷といったBSも、赤ちゃんを巻き込んでしまうようだ。
    「……なんとか赤ちゃんに危害を加えないように攻撃を加えるか、どうにかして赤ちゃんを奪回してからうぶめと戦うか。どっちにしても赤ちゃんを傷つけないように気をつけて」
     幸い、うぶめは大地に縛られていて飛ぶことは出来ない。そこが付けいる隙になるだろう。
    「……うぶめは、風を自在に操れる。また、羽を手裏剣のように飛ばすこともできるみたい」
     それから、と妖は続ける。
    「……残念だけど、うぶめを生んだスサノオの行方は、なぜか予知できない。でも、スサノオの起こした事件を一つずつ追いかけていけば、きっとスサノオにたどり着けるはず。そのためにも、まずはこのうぶめの事件を解決して。なにより、罪のない赤ちゃんを助けてあげて」
     妖はそう締めくくると、灼滅者達を送り出したのだった。


    参加者
    御園・雪春(夜色パラドクス・d00093)
    千菊・心(中学生殺人鬼・d00172)
    雨谷・渓(霄隠・d01117)
    シエラ・ヴラディ(迦陵頻伽・d17370)
    平戸・梵我(蘇芳の祭鬼・d18177)
    竹間・伽久夜(高校生エクソシスト・d20005)
    万亀・夏緒瑠(自称ミステリアス・d20563)
    災禍・瑠璃(最初の一歩・d23453)

    ■リプレイ

    ●強襲
    「あな可愛や。可愛や我が子よ」
     巨大な鳥が、胸に赤児を抱き、愛しげに子守歌を歌っていた。だが、その怪鳥――うぶめの子守歌を遮るように、
    「いきます」
     という掛け声が響き、同時に竹間・伽久夜(高校生エクソシスト・d20005)の指輪から放たれた光の弾丸が、うぶめの右腕を打ち据えた。さらに、
    「その子は貴女の赤ちゃんじゃない。貴女もすでにこの世の人ではない。お願いよ、迷わないで」
     災禍・瑠璃(最初の一歩・d23453)もほぼ同時に自らのオーラを撃ち出し、うぶめの左腕を撃ち抜いていた。
    (初めての本格的な戦闘だから役に立てるかなんてわからない。でも……)
     元は病院の人造灼滅者だった瑠璃にとって、武蔵坂の灼滅者としてはこれが初陣だ。不安もあるが、やるしかない。
    「何奴じゃ。何人たりとも我が子を傷つけようとするものは許さぬぞ」
     うぶめは傷ついた腕で赤児を強く抱くと、翼で赤児を覆い隠そうとする。
    「なんか可哀想な妖怪らしいけど、人間に危害を加えるのはアウトでしょー。そういうのは倒しちゃわないとダメだよねぇ!」
     そんなうぶめに、御園・雪春(夜色パラドクス・d00093)が駆け寄っていった。その手に握られた解体ナイフが翼の守りをすり抜けて、うぶめの腕を切り裂く。
    「赤ちゃんは必ず助ける。絶対に親元に帰すんだ」
     次々と先制攻撃がうぶめに炸裂する中、平戸・梵我(蘇芳の祭鬼・d18177)は首から掛けているヘアバンドで前髪を上げ“お血祭モード”に自らを切り替えた。
    「さあ、その子は返してもらうぜ」
     それまでの穏やかな様子から一変し、不敵な笑みを浮かべた梵我は、木刀でうぶめを強く打ち据える。
    「おのれ。我が子を奪おうという算段か。させはせぬ」
     うぶめは翼を広げると、大きく羽ばたいた。同時に羽が無数の刃となり、前に出ていた雪春と梵我に迫る。
     だが、羽の嵐が二人を傷つけることはなかった。飛び込んだ千菊・心(中学生殺人鬼・d00172)が日本刀を振るって羽を撃ち落とし、心が撃ち漏らした羽は雨谷・渓(霄隠・d01117)の影が包み込むように無力化していったのだ。
    「子を想う気持ちは美しいが、腕に抱く赤子に必要なのは実の母親」
     渓がうぶめを諭すようにそう告げた。親を早くに亡くした渓には子を想う母の気持ちはよく分からないが、それは強く美しいのだろうと思える。
    「だが、別の子で、其の想い満たすのは異な事」
     しかしその言葉に耳を貸す様子を見せず、再度翼を広げたうぶめに、渓は嘆息した。
    「では、灼滅を始めましょう」
     一方、心は戦闘に意識を集中し、冷静に、迷いの無い素早い動きでうぶめに切りかかっていく。相手にどんな事情があろうと、絶対に赤ちゃんを取り戻す。そのためには迷っている暇はなかった。
    「赤ちゃんを助ける活路が、戦うことでしか見いだせないというのは悲しいよねぇ」
     万亀・夏緒瑠(自称ミステリアス・d20563)はうぶめの腕を狙って斬撃を繰り出しつつ、そう呟く。
    「でも命を助ける戦い……いつも以上に燃えるシチュエーションね!!」
     そんな場面でも、夏緒瑠は自分の力を生かせる状況に燃えていた。
    「なぜ我と子を引き裂かんとする。去ね、不埒な者共」
     翼で赤児と自らの腕をかばいつつ、うぶめは先程とは異なる赤い羽を周囲に一斉に飛ばす。次の瞬間、羽は次々に爆発し、前衛に位置する灼滅者達を傷つけていった。
    「うぶめ……可哀想な……妖怪……ね」
     シエラ・ヴラディ(迦陵頻伽・d17370)は囁くように優しくリバイブメロディを歌い、傷ついた仲間を癒しながらも、うぶめの境遇に思いを馳せる。
    「家族を……失う悲しみは……よくわかる……わ。でも……赤ちゃんのお母さんも……うぶめと……同じか……それ以上……悲しんでると……思う……」
     だからまずは赤ちゃんを救出する。それが、灼滅者全員の思いだった。
     
    ●救出
    「もらったー!」
     雪春の解体ナイフの一撃を、うぶめは翼を盾にして防ぐ。だが雪春の一撃は、そんなうぶめの翼を易々と切り裂いていった。
    「古の畏れを生み出し続けるスサノオ……放っておくことは出来ませんね。でもまずはこのうぶめをどうにかしないと!」
     続けて心の日本刀が、うぶめのもう一方の翼に振り下ろされる。
    「うぬぬ……」
     羽ばたきで突風を引き起こして前衛陣をひるませた隙に後退を図るうぶめだったが、
    「その赤子、無傷で取り戻し、在るべき場所へ」
     渓の影がうぶめを絡め取り、後退を許さない。
    「逃がさないっ……!!」
     動きを封じられたうぶめに夏緒瑠が地を這うように駆け寄り、右手に構えた日本刀で足の肉ををそぎ落とすように斬り裂く。
    「おのれぃ」
     うぶめが翼を広げて羽を飛ばし、包囲する灼滅者達を牽制するが、その一瞬に無防備になった腕を伽久夜と瑠璃は見逃さなかった。
    「……母親の想いという物はこういうものなのでしょうか? 母との思い出のない私にはよくわかりません……。ただこのままでは誰も報われないと言う事はわかります」
     だから、早く赤ちゃんを助けて母親の元へ。伽久夜の想いを込めたリングスラッシャーがうぶめの右腕を切り裂き。
    「いつか貴女が感じた辛さを、その子のお母さんに味わわせないで」
     瑠璃が構えたガンナイフから放たれた弾丸が、吸い込まれるようにうぶめの左腕を撃ち抜く。
    「おぉおおおぉぉぉ……」
     わずかに、赤児を抱えるうぶめの腕から力が抜ける。
    「これは、チャンスかも」
     雪春が腕をかばうように閉じられようとしていた翼をジグザクに切り裂いた。
    「今だ! 返してもらうぜ!」
     梵我が待ってましたとばかりにうぶめの懐に飛び込みつつ、木刀でうぶめの肩を強打する。度重なる腕へのダメージに、遂にうぶめが赤児を抱えきれず、取り落とした。
    「危ない!」
     心が赤児に手を伸ばすが、間に合わない。だがそこで、もっとも赤児に近い位置にいた梵我が、赤児と地面の間に滑り込んで受け止めた。
    「せ、セーフ……」
     冷や汗をぬぐう梵我。
    「おのれ、我が子を返せっ」
     すかさずうぶめが梵我に腕を伸ばすが、
    「この子が求めるのは貴方じゃない」
     そこへ割り込んだ渓が妖の槍でその腕を阻んだ。さらに伽久夜が影を操り、うぶめの視線を遮る。
    「赤ちゃんを……こっちへ……」
     その間に、シエラが梵我から赤子を受け取り、素早く後退した。
    「へへん、赤ちゃんは返してもらったよー」
     すかさず雪春がうぶめからシエラをかばうような位置に立ちはだかる。
     こうして、灼滅者達は無事赤児の奪還に成功したのだった。
     
    ●死闘
    「返せ、我が子を返せぇっ」
     子を奪われたうぶめは、半狂乱になっておんぶ紐で背中に赤児を背負ったシエラに迫った。だが、
    「シエラさんも赤ちゃんも、絶対に傷つけさせません!」
     心が身を盾にしてうぶめの攻撃を受け止め、シエラと赤児をかばう。さらに、
    「さあ、こっから血祭(まつり)の時間だ!」
     不敵に笑んだ梵我が、膨れ上がった腕で思いっきりうぶめを殴りつけた。
    「ぐううっ、そこを退けえっ」
     うぶめは高く啼くと、体を高速で回転させ、自らの身を武器に強行突破を図る。
    「子を願い母から子供奪う妖。その業、ここで断ち切る」
     渓が影でうぶめを縛り動きを封じんとするが、それでも執念に突き動かされたうぶめは止まらず、
    「何故に子を奪う? 何故に我が子を奪うのだ」
     回転した状態でさらに赤い羽をばらまき、無数の爆発を巻き起こしていく。
    「うぅ……いったーい」
     爆発に巻き込まれた夏緒瑠が思わず呻くと、シエラの連れていた霊犬のてぃんだが浄霊眼でその傷を癒していった。
    「わんちゃん、ありがと」
     夏緒瑠はてぃんだの頭を軽く撫でると、もはや災厄の塊となったうぶめに向き直る。
    「愛するとは難しいものね……」
     そして夏緒瑠は自らの右腕に装着された縛霊手を盾代わりに、自らうぶめにぶつかっていった。
    「夏緒瑠さん! 無茶しないで!」
     夏緒瑠の突撃でわずかにうぶめの動きが弱まった隙に、瑠璃はガンナイフを片手に素早くうぶめの脇を駆け抜けていく。その刹那の交差の後、うぶめの回転が止まった。
    「これが病院独自の戦法、殲術執刀法!」
     実戦経験に乏しい瑠璃だったが、仲間と攻撃を合わせるなどの工夫を重ねることで、なんとか足手まといにならないよう努力していた。それに、病院で得た力も、決して無駄ではない。
    「赤ちゃんを守るのはみんなに任せておけば大丈夫だよね! 俺は攻撃に専念するからっ!」
     うぶめが再び回転を始める前に、雪春が手で弄んでいた解体ナイフを構え直し、うぶめに反撃の隙を与えない連続攻撃を繰り出していく。
    「ぐうっ……おのれぇっ」
     それでもうぶめは、自らの身が切り裂かれるのも構わず、翼を大きく羽ばたかせた。たちまち発生した強風が刃と化し、赤児を守るシエラに迫る。
    「もう止めてください。自分すら傷つけて、これでは誰も救われない」
     咄嗟に伽久夜が前に出て、身を挺してシエラをかばった。だがそれでも風の勢いを殺しきれず、強風はシエラの身をも切り裂いていく。
    「……んっ」
     思わず苦痛に顔を歪めるシエラだったが、それでも赤ちゃんには傷一つ付けさせないよう、身を盾にして守った。そんなシエラを、すかさず伽久夜が集気法で癒していく。
    「おのれおのれおのれっ。返せ、我が子を、返せぇぇぇぇぇっ」
     呪詛のごとく言葉を吐くうぶめに、しかし梵我はきっぱりと言い返した。
    「そいつは、このガキのホントの親のセリフだってんだ!」
     その言葉と共に梵我が木刀『粗削りの信念』をうぶめに突きつけると、発生した魔力の爆発がうぶめの体をズタズタに引き裂いていく。
    「もう終わりにしましょう」
     更に心が光り輝くクルセイドソードでうぶめの片翼を切り飛ばし、
    「貴方が望む子供は此処には居ません。起されたばかりの其の身、再び眠りの時へ、おやすみなさい」
     スサノオの影響で起された妖怪に心苦しい気持ちを抱きつつも放たれた渓の妖の槍が、うぶめの胸をえぐる。
    「我が子……、愛しき我が子はいずこ……」
     胸を裂くような断末魔を残して。
     うぶめの体は白き炎に包まれ、消滅していった。
     
    ●帰還
    「怪我…大丈…夫?」
     赤児を伽久夜に預けたシエラが、傷ついた仲間達を癒していく。
     一方、心は赤ちゃんが無事な様子に安心してほっと息を吐いた。
    「何とか、赤ちゃんを助けられましたね。よかった……」
     渓は、冷静に赤児に傷や衰弱がないか確認し、衣類の汚れを出来る限り直していく。
    (帰ったら母の事、祖母に聞いてみようか)
     赤児に触れつつ、渓はそんなことを考えていた。
     しかし、うぶめのかけていた術が解けたのか、目を覚ました赤児が火の付いたような勢いで泣き始めてしまう。戸惑ったのは赤児を抱いていた伽久夜だ。
    「残念ながら私は一人っ子だったのであやし方などはわかりません……すいません」
     律儀に赤児に謝る伽久夜。そこへ、夏緒瑠が準備してきた毛布をそっと赤児にかけてあげた。
    「きっと、寒いんじゃないかな、この子」
     さらに、皆の手当を終えたシエラもやってきて、囁くように子守唄を歌い、
    「てぃんだちゃんも……あやす?」
     霊犬のてぃんだに問いかけると、てぃんだは赤児の頬を優しく舐め始めた。いつしか赤児は泣きやみ、笑顔を浮かべている。
     その頃、ヘアバンドを下ろした梵我は、うぶめを繋いでいた鎖の周囲を調べていた。少しでもスサノオの手がかりが掴めればと思ったのだが、残念ながら手がかりらしきものは何も見つからない。
     そして、スサノオの行方が気に掛かるのは殲術病院に所属していた瑠璃も同じだった。
    (まずは『病院』が逃がしたスサノオを片付けて、私は灼滅者の道を行く。いつか親友達を灼滅する日が来るとしても。その時にこそもう一度、今度は私が選択できる強さを手にいれるために)
     瑠璃はとりあえず、帰ったらスサノオの行方を探る資料にするためうぶめの伝承等を詳しく調べてみようと心に誓う。
    「さあ、そろそろ赤ちゃんを帰さないとね。警察に連れて行けば、きっと本当の親を見つけてくれるよね」
     雪春の言葉に皆は頷き、赤児をあやしながら最寄りの交番を目掛けて戦場を後にする。
     悲しき運命に翻弄されたうぶめの想いの分まで、この子に幸あれ、と願いながら。

    作者:J九郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月3日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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