辻にあらわれるもの

    作者:海乃もずく

     過疎化が進む、山奥の小さな集落。
     白いオオカミが、黄昏時の集落を巡っていた。目のふちには朱色の隈取りがあり、尾の先は墨染め色に染まっている。
     集落のはずれにある三つ辻で、白いオオカミは足を止める。しばらく辺りを掘り返すような動作をしていたが、やがて関心を失ったかのように去って行った。
     ――オオカミがいなくなった場所から、ずるりと『それ』が現れる。
     首のない巨大な馬と、馬にまたがり、こん棒を持った一つ目の鬼。鬼の足にはごつい鎖が絡まり、鎖は辻の中心に溶け込んでいた。
     
    「皆さま、集まっていただきありがとうございます。『古の畏れ』を呼び出すスサノオの動きを予知しました。皆さまの力で灼滅をお願いいたします」
     天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)は、移動型血液採取寝台・仁左衛門の上で姿勢を正していた。
     きょうはシリアスバージョンらしい……と何人かの灼滅者が思った矢先、カノンの表情がへにゃっと緩んだ。
    「……うん、やっぱり疲れるから、普通にいかせてもらうねっ」
     カノンのシリアス持続時間、本日2分。
    「場所は、山奥の小さな村なの。住人の半分以上がお年寄りってところで、田んぼや畑も放棄されたところのほうが多いくらい。もちろん信号機なんてないし、道路も舗装されてないし、って雰囲気の場所だよっ」
    「現れる『古の畏れ』は、首なし馬に騎乗した一つ目の鬼だねっ。首なし馬は一つ目鬼を倒せば一緒に消えるけど、倒しやすいのは断然首なし馬のほう」
     首なし馬の耐久力は、一つ目鬼の4分1程度だろう、とのことだ。
     一つ目鬼はこん棒を持ち、ロケットハンマー相当のサイキックを使う。また、首なし馬はライドキャリバー相当の攻撃を行うという。
     時間帯はいつでもいいが、明るいうちに行くなら人払いなどの工夫が必要になる。夜なら、まず通る人はいない。一番近くの民家でも相当離れており、音を聞きつけられる心配もないという。
    「この事件を引き起こしたスサノオの行方なんだけど、ちょっと予知がしにくいの。けれど、引き起こされた事件をひとつづつ解決していけば、必ず事件の元凶のスサノオにつながっていく……んじゃないかな」
     仁左衛門から出したパックジュースをちゅーっと吸いつつ、カノンは説明を続ける。
    「みんななら大丈夫だって思ってるよ。迷子にならないように、寒さ対策もしっかりして、気をつけて行ってらっしゃい!」


    参加者
    御子柴・天嶺(碧き蝶を求めし者・d00919)
    クラリーベル・ローゼン(青き血と薔薇・d02377)
    綾木・祇翠(紅焔の風雲・d05886)
    大高・皐臣(ブラッディスノウ・d06427)
    天城・優希那(の鬼神変は肉球ぱんち・d07243)
    ステラ・バールフリット(氷と炎の魔女・d16005)
    真田・真心(遺零者・d16332)
     

    ■リプレイ

    ●スサノオの訪れた村で
     過疎の進む村のはずれ。昼間の明るい時間帯でも、道を行く人の姿はほとんどない。天気はいいが気温は低く、木枯らしが体感気温を一層下げていた。
     灼滅者達は、古の畏れが出現するという村の三つ辻へと足を運ぶ。踏み固められた小道は、鋪裝はされていないが歩きやすい。
    「首なし馬さんと一つ目鬼さんですかぁ。うぁう……夢に出てきちゃいそうなのですよぅ……怖いよぅぅ……」
     天城・優希那(の鬼神変は肉球ぱんち・d07243)の赤い瞳には、怯えの色が濃い。
    「怖いことなんてありませんよ、優希那様。私は、つい先日も古の畏れと戦っています。今回の相手も、私達で倒してしまいましょう」
     優希那を安心させるように、ステラ・バールフリット(氷と炎の魔女・d16005)はにっこり笑ってみせる。恐れや緊張が過ぎると、本来の実力が発揮できなくなってしまう。ステラに励まされ、優希那の握りしめた拳から、余計な力が抜けたようだった。
    「ステラさん、そのスコップ、何っすか?」
     ステラの持つシャベルに、真田・真心(遺零者・d16332)が目を向ける。
    「ああ、これですか。鎖が溶け込んでいる辻の中心が気になりまして」
    「掘るつもりか?」
    「もし可能なら、ですけれど」
     大高・皐臣(ブラッディスノウ・d06427)の問いに、ステラは控えめな口調で答える。
     この地で、スサノオの手がかりを少しでも得たい。そういう気持ちは、皐臣にもある。
    (「スサノオが何故この地に現れたのか……。そしてその目的は一体何なのか」)
     エクスブレインの話によれば、スサノオは、今、各地で古の畏れと呼ばれる存を呼び出しているという。
    「スサノオに古の畏れ、か」
     そう呟く綾木・祇翠(紅焔の風雲・d05886)の頭上には、霊犬の祇翠。
     目的地へと移動中の今も、祇翠の目は油断なく不自然な音や気配、動物等の動きにも向けられている。
     特に変わった点はない――が、近くに動物の気配がないのは、季節柄か、あるいは古の畏れが近いためか。
    「そいつが危害を加えてくる存在なら潰すだけさ。俺の信条は護りの戦だしな」
     中性的な面ざしに、不敵な笑みを浮かべる祇翠。
     その発言を受け、御子柴・天嶺(碧き蝶を求めし者・d00919)も決意を新たにする。
    (「一般人に被害が出る前に何とか食い止めなくては……」)
     古の畏れが起こす事件は、都市伝説に近いものがあるという。であれば、何かのきっかけで一般人の犠牲者が出る可能性も高いのだろう。
    「あそこだな。さほどの広さはないな」
     クラリーベル・ローゼン(青き血と薔薇・d02377)が指さす場所は、エクスブレインが説明したとおりの三つ辻になっていた。
    (「スサノオ。先の戦いの後に解放された存在……新たな敵」)
     未知の敵を前にして一層気持ちも新たに、クラリーベルは青薔薇の銘を持つ細剣を持つ手に力を込める。
     ゆらりと、姿を現すモノがある。
     この地に出現したのは――鎖につながれた一つ目鬼と、首なし馬。

    ●首のない馬
    「首なし馬さんと一つ目鬼さん……大きいのですよぅぅ……」
     自分の倍以上は楽にある相手の姿に、優希那が数歩後じさる。
     一つ目の鬼は身の丈が3メートル以上、馬はその鬼を楽に乗せられるくらい大きい。小学生の優希那からすれば、相手は見上げてもまだ足りないほどだ。
    「で、でもでも、村の人たちをお守りしなくては、ですよね。頑張るのですよっ!」
     ――あらぶるゆきなのぽーず、なのです!
     優希那は威嚇の姿勢を取る。……威嚇にしては迫力に欠けるが、殺気を放つことには成功しているので、問題はないだろう。
    「はずかしいのですぅぅ」
     迫力が足りないのは優希那にも自覚はあるようで、ポーズをとった直後に真っ赤になった。
     いずれにしろ、人払いはできている。そのことを確認しながら、天嶺もサウンドシャッターを展開する。そして自身の武器である妖の槍【紫蘭月姫】を構えた。
    「打ち合わせ通り、首なしの馬からと行こうか」
     そう言うや、天嶺は一気に踏み込む。首なし馬と一つ目鬼の真正面から、螺旋を描く槍の一撃。
    「槍よ、螺旋を描き敵を貫け……一閃!」
     馬の体幹を深く貫く天嶺の一槍、その槍の一撃と共に、横合いから飛び出したライドキャリバーが弾丸がばらまく。真心のキャリバーだ。
    「馬からひきずり落としてやるっすよ!」
     チャクラバルティンの機銃掃射と共に、愛機にまたがる真心は影業を伸ばす。一つの生き物のように動く影が、首なし馬の前脚へと絡みついた。
    『……ォォォッ!』
     一つ目鬼が手綱を引き、馬が地面を蹴る。影業が前脚に食い込むのもお構いなしに、首なし馬は真心をキャリバーごと踏み潰そうと巨大な体躯を踊らせる。
    「くっ……!」
     首なし馬と真心の間に入り、首なし馬の前脚を交差した腕で止めるのは皐臣。間髪入れず、鬼の持つ頭上から巨大なこん棒が襲ってくる。
     人間の体ほどあろうかというこん棒がまともに叩き付けられ、皐臣の体は後方に数メートルほど吹っ飛んだ。
    (「この衝撃……3、4発もくらえば危ないか」)
     集気法で自身の傷を回復させながら、ダメージの度合いを推し量る。防御を担う皐臣が3発ならば、他の仲間は推して知られよう。
    「大丈夫ですか!? 今回復しますね!」
     優希那は光輪を分裂させ、皐臣の傷を癒やす盾を展開させた。
    「早めに、力で押し切るべきだ」
    「そうですね……いきます!」
     皐臣の言葉を受けて、ステラが躍り出る。敵の後ろに回り込むように移動しながら、バレットストームを乱射する。
    「今です!」
    「よし! 紫雲、一気に攻勢といこうぜ!」
     ステラの牽制射撃を受け、足が止まりかけた首なし馬へ向かうのは祇翠。馬の攻撃は頭上にいた紫雲が受け、祇翠自身はゼロ距離に迫る。
    「首なしの馬に集中し過ぎると、一つ目鬼の攻撃が来るから気を付けてな!」
    「おう!」
     天嶺の声に答えながら、馬の中心を狙うご当地ビーム。
    「後衛にも遠慮なくかかってきな、俺にも戦を楽しませろ」
     頭のない馬の首が、祇翠の挑発にゆらりと向きを変える。
     その時頭上に、青い光が弧を描いてきらめいた。【青薔薇】を手に、クラリーベルが動く。
    「古きものであるならただそこに佇むが良い。過去が蘇る事などあってはならない!」
     強い信念と共に放たれる紅蓮斬。
     度重なる攻撃に、姿を留め置くことができなくなった首なし馬は、塵となって消え失せる。
     ――そして、ズシリという地響きと共に、一つ目の鬼が地に足を踏み締める。
    「さて、次は貴様だ。……断ち切ろうか」
     剣先を一つ目鬼に向け、クラリーベルは口の端をわずかにつり上げた。

    ●隻眼の鬼
     馬から下りても、一つ目鬼のサイズは灼滅者達の倍ほどにある。顔の中心近くにある目が、ぎょろりと巡らされる。
    『ヴ……オオオッ!』
     空気をふるわせる咆哮と共に、一つ目鬼はこん棒を高々と振り上げ、地面に叩きつけらる。瞬間、すさまじい衝撃波が巻き上がり、前列を薙いだ。
    「……意外と、威力がありますね……っ!」
     土砂交じりの風圧を受けきれず、よろめくステラは片手を地について体勢を立て直す。
     再度こん棒を振り上げる一つ目鬼の左右へと、真心と皐臣が一気に距離を詰めた。
    「チャク!」
     突撃をするライドキャリバーと挟撃しながら、真心は鬼へと杭打ち機を打ち込む。反対の腕に装着した縛霊手で足の鎖をつかむが、鎖を引く前に一つ目鬼の蹴りが迫り、とっさに真心は身を引いた。
    『ヴォォォッ……!』
     足元に注意を向ける一つ目鬼を、皐臣の放つ赤きオーラの逆十字が切り裂く。
    「……一つ目なりに、視界は狭いようだな」
     確かな手応え。だが、一つ目鬼の動きは未だ鈍らない。こん棒を振り回し、近づく者を一掃しようとする。
    「貴様はここで朽ち果てろ! 塵は、塵に!」
     クラリーベルの居合い斬りが、鋭い叫びと共に放たれる。
     反射的に掲げられた鬼の左腕に、刀が深く食い込む。腱を断ち、骨に当たるごつりという手応えが、クラリーベルの腕へと届く。
     力の入らなくなった左手を添える形で、鬼は右腕に握るこん棒を力まかせにふるう。後方に跳んで回避するクラリーベル。
     一つ目鬼のくり出すこん棒の一撃は大きく、重い。回避がかなえば攻勢に回れるが、重い一撃を受けた者がいれば優希那と、そして何人かの回復サイキックが必要になる。
    「紫雲、回復支援を優先しろ!」
     祇翠の指示を待つ間もなく、紫雲は浄霊眼で負傷者を癒す。
    「回復は任せてください、私も精一杯頑張るのです!」
     今は誰から治すべきか、何を優先すべきか。しっかりと見極めながら、優希那は回復の要を担う。
    「状態異常のかかりやすさは、どの程度でしょうね?」
     敵の特性を見極めようと、ステラはウロボロスブレイドをふるう。直前まで剣の姿をしていたそれは、一瞬後には刃を連ねた鞭となり、一つ目鬼を切り刻む。
     鬼はわずかによろけて片膝をつく。しかし、恐るべき強靭さで立ちあがり、変わらぬ勢いでこん棒を振り回す。
     攻撃命中の困難さは、敵の強さにも直結する。かなりの強敵なのはそれだけでもわかる。
     手数で押し切るためには、攻撃と回復のバランスが難しい。綱渡りのような判断の中で、それでも徐々に、帰趨は決しつつあった。首なし馬を失った手数の差が、積み重なった状態異常が、効果を発揮しはじめる。
     全身に傷を負った一つ目鬼からの攻撃は、最初の勢いがない。
    「お前を逃がす程俺は甘くないぜ? 全部受け取っときな!」
     祇翠は空高く跳躍する。見上げた一つ目鬼の視界には、陽光をバックにした祇翠のシルエット。脳天を狙い、真上から真下へ、垂直に繰り出される当地キック。同時に真下から真上へ、斬魔刀をくわえた紫雲が鬼の顔面を捉える。
    『ヴオオォォ……ッ!』
     目を潰された一つ目鬼が、両手で顔を押さえて絶叫する。
    「この無数の拳の前に打ち砕かれよ……喰らえ!」
     決定打となったのは、天嶺によるオーラの拳。全身を乱打される一つ目鬼には、もはや最初の勢いはない。
    「やったか……!?」
     天嶺の拳がおさまる間際、わずかにこん棒が持ちあがり、そして鬼の手から滑り落ちた。
     よろめいた一つ目鬼が前のめりに倒れ、塵になって消えていく。鬼の消滅と共に、鎖も消えていた。

    ●この後のことに思いを馳せて
     古の畏れの気配が完全に消えたことを確認して、優希那がほっと笑顔になる。つられて、他の灼滅達の表情もゆるんだ。緊迫した空気が、ようやく緩和される。
    「皆様お疲れ様でした! ステラ様、お怪我の具合はいかがでしょうか?」
    「大丈夫です。ありがとう、優希那さん」
     全員の手当てが一段落すれば、気になるのはスサノオの手がかり。
    「鎖が埋まっていたという、辻の中心が気になるんです」
    「何か出てくるとは限らないが……シャベルを貸せ。俺がやろう」
     皐臣がステラからシャベルを受け取り、地面を掘り返してみる。地面はもともと掘り返したような痕跡はなく、踏み締められた地面は固い。
    「どうだ紫雲? 何か感じるか?」
     紫雲が周辺をかぎまわり、祇翠は紫雲と共に手がかりを探す。
    「辻は、物の怪が出やすい場所だと言われているがな……」
     クラリーベルが、周囲の痕跡を探しながら言う。
     辻は人と者が行き交う場所であることから、古来より力が集まりやすい場所だと言われている……。
    「調査が終わったら、一服してから帰りませんか?」
     天嶺が持参したのは疲れが癒える甘いチョコレートやクッキー、温かい飲み物など。
    「ありがたいっす。きょうは冷えますからね」
     真心が目を輝かせる。
     ――今日のところは、このくらいだろう。
     これからスサノオがどんな活動をするつもりなのか、古の畏れとは何なのか。……一つ一つ、目の前の事件を解決していく先には、どんなものが見えるのだろうか……。

    作者:海乃もずく 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月10日
    難度:普通
    参加:7人
    結果:成功!
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