焔の陰に愛しい人

    作者:春風わかな

    『わぉぉぉぉ……ん』
     住宅街の一角にある古ぼけた寺院において犬のような遠吠えが響く。
     と、同時に暗闇に薄ぼんやりと白い炎が灯った。
     白い炎は一箇所に集まると1匹の獣のような姿へと変える。
     ――見た目はオオカミに一番近いだろうか。
     雪のように透き通った毛皮に紅い瞳。
     首には金色の鈴がついた立派なしめ縄飾りのようなものを付けていた。
     その獣は堂々とした様子でゆっくりと境内を一周する。
     そして、尖った耳をピンと立て境内の片隅にある古ぼけた石塚をじっと見つめた。
    『わおぉぉぉ……ん』
     獣は再び遠吠えをあげると再び白い炎へと姿を変える。
     シャラン、シャラン……。
     澄んだ鈴の音を残し、その獣の姿は完全に見えなくなった。

    『あの人に……逢いたい……』
     しんと静まり返った境内に女の声が響く。
     それは、ちょうど石塚の近く。先ほどまで無人だったはずの境内には着物に身を包んだ女の姿があった。
     よろよろと女は立ち上がり歩きだそうとするが、すぐにバランスを崩して転んでしまう。
     目を凝らしてみると彼女の足には鎖のようなものが何重にも巻かれ、地面に繋がれていた。女は鎖をほどこうともがくが、頑丈な鎖が外れる様子は見えない。
     女は焼けただれた両手を必死に宙へと伸ばす。
    『火をつければ……火を、つけなきゃ……』
     か細い女の声が宵闇に吸い込まれていった――。

     教室へと集まった灼滅者たちに久椚・來未(中学生エクスブレイン・dn0054)は抑揚のない声でぽつぽつと告げる。
    「スサノオが、『古の畏れ』を、生み出したのが、視えた――」
     そして、机の上にばさりと地図を広げるとペンでぐるりと印をつけた。印が付いているのは都内にある古い小さな寺。この寺の境内にある石塚に『古の畏れ』が現れたという。
     來未の説明によると『古の畏れ』は江戸時代の町娘のような姿をしているそうだ。炎に巻かれて命を落としたのか、全身いたるところに火傷の痕が目立つ。
    「『古の畏れ』は、何かを、燃やそうとしてる」
     鎖によって繋がれているため自由に動くことは出来ないが、このままでは目についたもの触れたもの手当たり次第に火をつけるだろう。
     その対象は物だけに止まらず、人も――。
     日が昇り参拝へと訪れた付近の住民に被害が及ぶ可能性が高い。
    「だから、被害が出る前に、灼滅、して」
     『古の畏れ』は件の寺院へと行けばすぐに見つけることが出来る。
     人気がないとはいうものの場所は住宅街に程近い。
     深夜の参拝に来る者がいるかもしれないため、用心するに越したことはないだろう。
     戦闘になったら『古の畏れ』は炎を銃弾のように操り、手に持った和綴じの本のようなものを使って攻撃をしかけてくる。
    「『古の畏れ』は、自身が燃えることを、嫌がる」
     ゆえに、炎を操って攻撃をする場合、『古の畏れ』はサイキック使用者を集中的に狙うだろう。だが、この炎のサイキックを上手く活用できれば戦闘を有利に運ぶことができるかもしれない。
     淡々と一通りの説明を終えた後、來未はふと顔をあげた。
    「事件が解決したら、初詣も、いいかも」
     せっかく寺院にいるのだ。そのままお参りをするのも良いだろう。
     それと、とゆっくりと來未は言葉を紡ぐ。
    「あの後、スサノオは、どこへ行ったのか、よく視えなかった」
     ブレイズケートと同じような感じだといえば状況は伝わりやすいだろうか。
     だが、事件を一つづつ解決していけば必ず元凶のスサノオへと繋がっていくはずだ。
     來未は教室を後にする灼滅者たちの背を見つめ、ぼそりと独りごちた。
     『古の畏れ』の願いは何だろう――。
     その問いに、答える者はいなかった。


    参加者
    榛原・一哉(箱庭少年・d01239)
    檜・梔子(ガーデニア・d01790)
    一條・華丸(琴富伎屋・d02101)
    紀伊野・壱里(風軌・d02556)
    森沢・心太(隠れ里の寵児・d10363)
    祝・八千夜(絢藤の花焔・d12882)
    三和・悠仁(嘘弱者・d17133)
    御風・七海(夜啼き翡翠・d17870)

    ■リプレイ

    ●壱
     日が落ち薄暗い闇に包まれた寺院に人の気配はない。
     厳かな空気に包まれた灼滅者たちが交わす言葉は少なく、しんと静まり返った境内に玉砂利を踏みしめる音だけが響く。
     三和・悠仁(嘘弱者・d17133)はこの境内にいる『古の畏れ』について考えていた。
     江戸時代。火を放ち、火で死んだ町娘。
     このキーワードから連想される伝承に基づいて『古の畏れ』が出現したのであれば。
    「……恋ゆえの放火、ですか」
     彼女が火を放つ理由は、恋人に逢いたいが故か。
     ぽつりと漏らす悠仁の言葉に同じ伝承を連想していた仲間たちも「だろうな」とこっくり頷いた。
    「全く……白い狼許せん!」
     彼女の境遇に同情したのか檜・梔子(ガーデニア・d01790)がスサノオに対する怒りを口にする。だが、ものの数秒もしないうちに梔子の口元はだらしなく緩んだ。
    (「えへへ、狼見つけたら、めいっぱいもふもふして……」)
     幸せに浸る梔子がはっと気づけば皆が怪訝そうな顔で彼女を見つめている。
    「は、早く、娘さんを開放してあげないと……!」
     何でもない風を装いきょろきょろと周囲を見回す彼女の横で紀伊野・壱里(風軌・d02556)が足を止め、すっと前方を指差した。
    「あそこにいますね」
     壱里が指し示したのは古い石塚。見れば確かに人影がある。
     石塚に近づきすぎぬように気を配り、壱里はじっと目を凝らすと女の足に頑丈な鎖が巻き付いているのが見えた。
    (「あれが『古の畏れ』か」)
    「確かに、符牒は合うね」
     恋心を押えられず放火という大罪を犯してでも愛する人に会おうとした娘の話。文学としては素晴らしいと思う。でも、現実となると傍迷惑極まりない――。
     すっと眼鏡の位置を正し、榛原・一哉(箱庭少年・d01239)は小さく溜息をついた。
    「それじゃ、戦闘前の舞台作りを頼むよ」
     一哉に促され、御風・七海(夜啼き翡翠・d17870)はこくんと頷きさっと黒い風を撒く。
     その瞬間、七海を中心に辺りは禍々しい空気に包まれた。これで一般人がここへ紛れ込むことはないだろう。
    (「……最初に話を聞いた時から、なンとなく思っちゃいたけどなァ」)
     祝・八千夜(絢藤の花焔・d12882)は石塚の傍らでぼんやりと宙を見上げる『古の畏れ』をじっと見遣る。
     カードを開放する八千夜の声で灼滅者たちに気付いたのか、ゆらりと『古の畏れ』が顔をあげた。
    『……さま……』
     擦れた声は誰の名を呼んでいるのかわからない。
    「取り敢えず、大人しく燃え尽きて貰おうじゃねェの」
     八千夜はトンと軽くステップを踏むと自らが生み出した炎を『古の畏れ』に向かって叩きつける。
     ――それが、戦闘開始の合図となった。

    ●弐
    『火……つければ……』
     虚ろな瞳で灼滅者を見つめる『古の畏れ』の呟きに合わせ、ぼんやりと闇夜に赤い火の玉が浮かび上がる。
    「貴方のその炎への想い、ここで消し止めてみせましょう」
     祖母自らが作ったお守りをぎゅっと握りしめ、森沢・心太(隠れ里の寵児・d10363)は全力で『古の畏れ』を殴りつけた。
     彼女の注意を惹きつけたい――。
     心太の狙い通り、彼を見つめる『古の畏れ』の瞳には先程まではなかった感情――『怒り』が生まれたのが見てとれる。
    『なぜ……邪魔……』
     指先に炎を灯し『古の畏れ』は心太の腕を掴もうと手を伸ばした。だが、心太に触れる直前、『古の畏れ』自身がぱっと赤い光に照らされる。袖に火が付いたのだ。
    「お望み通りたっぷり火を点けてやろうじゃねぇか」
     自信に満ちた笑みを浮かべ、一條・華丸(琴富伎屋・d02101)が放った炎は瞬く間に『古の畏れ』の全身を包み込む。
    「俺たちファイアブラッドのお家芸、見せてやるぜ」
    「ま、炎の扱いにはちょいと自信があるンでね」
     間髪入れずに八千夜も炎を宿したナイフで闇を一閃。紅蓮の炎を『古の畏れ』に向かって叩きつけた。真っ赤な炎がまるで生きているかのようにパッと素早く女の身体を駆け回る。
    『邪魔を……、しないで……っ』
     キッと華丸たちを睨み付け、『古の畏れ』は勢いよく右手を振り火の玉をばら撒いた。乾いた冬の風に煽られた火の粉が大量の雨のように前に立つ者たちへと纏めて降りかかる。
     だが、彼らが熱を感じたのは一瞬だけ。
     梔子、もとい覆面レスラーカーデニアが放った夜霧に包まれると炎はすぐにその勢いを失った。
    「今回はセコンドだっ!」
     心強い後方からの支援に背中を押された悠仁が死角から飛び込み、目にも止まらぬ速さで女の急所を剣で切り裂く。
    『燃やす……燃やす……!』
     負けじと『古の畏れ』も手にしていた本を開き、巨大な炎は喚び出した。真っ赤に燃える炎はあっという間に八千夜を飲み込む。
    「!」
     慌てて霊犬のカミが炎を消さんと癒しの眼差しを向けてその傷を回復した。
    「さあ、どれだけ燃やせるか、勝負でもしてみようか」
     一哉の宣戦布告とともに、七海と一哉の魔導書が火柱をあげて『古の畏れ』を赤く染め上げる。
    『……どう……して……』
     瞬く間に炎に包まれ『古の畏れ』は擦れた声で呟きを漏らした。
    (「結構燃やしてるつもりだけど、まだ弱った様子はないね……」)
     まだまだ燃やし足りないということか。
     壱里はぐっと解体ナイフを握り直すと、そのジグザグな刃で切り刻まんと『古の畏れ』に斬り込むと、ぼうっと新たな炎が『古の畏れ』の身に宿る。
    『火……つけな……』
     炎を纏った『古の畏れ』は花びらのように焔を散らし、闇を赤く照らしていた。

    ●参
    「もっともっと燃やしてやンなきゃ駄目かァ!?」
     激しくギターを掻き鳴らしながら八千夜が好戦的な笑みを浮かべる。
     灼滅者たちが手分けをして『古の畏れ』を燃やしたことで敵の攻撃を分散させることが出来た。まさにこれは八千夜の狙い通りの結果と言えよう。
     また、炎による攻撃だけでなく心太や一哉が敵を怒らせることで気を惹くことが出来たのも功を奏した、が。
    『全部……燃えて……』
     『古の畏れ』は狂ったように赤い花吹雪の様な焔の弾丸を降らす。標的となったのは、一哉だった。
    (「炎での攻撃だけでなく怒らせてもいるから狙われて当然、と言われれば反論できないかな」)
     一哉は小さく肩をすくめ、攻撃を受ける覚悟を決める。しかし――。
    「ライちゃん、庇って!」
     梔子が指示を出すのとほぼ同時、ライドキャリバーのライちゃんが一哉の前へと踊り出た。その身を盾として燃える花びらから彼を護る。
    「……どうも」
     庇ってくれたライちゃんと傷を癒してくれた梔子に一哉は小さな声でお礼を告げた。
    (「年の頃は俺らと変わらないよなぁ」)
     恋人に会うために放火をするだなんて、いささか稚拙じゃないかと壱里は思う。
    (「でも、それだけ必死だったのかな……」)
     そんなことを考えながら壱里は解体ナイフを縦横無尽に振るった。
     『古の畏れ』の身体に傷が増え、新たな炎がその身に宿る。
    『……もう一度……逢えれば……』
     ふらふらと宙を彷徨っていた『古の畏れ』の手がぎゅっと華丸を掴んだ。女に捕まれたところからあっという間に火が燃え広がる。
    『違う……あの方じゃ、ない……』
     身体を蝕む熱を堪え、華丸は渾身の力を振り絞り『古の畏れ』の手を振り払った。そして、お返しだと言わんばかりに至近距離から炎の弾丸を撃ち込む。
    「どんなに会いたい人が居ようとも……他人と町を巻き込んじゃあいけねぇよ」
     華丸と入れ替わるようにすっと音もなく女へと近づいたビハインドの住之江が顔を隠していた扇子をちらりと傾け素顔を晒した。
     何を見たのか――。燃え盛る炎の中で『古の畏れ』はしわがれた声で悲鳴のような大声をあげる。
     その醜い声に思わず七海はびくりと肩を震わせた。
    (「熱い、な……苦しいよね、きっと……」)
     だが、七海は凛とした表情を浮かべ、無言で『古の畏れ』を見つめると左手で握った【風切羽】が空を薙ぐ。
    (「私は、今を生きている人のために貴女と戦う」)
     ジグザグに変形した風の刃が『古の畏れ』の身体を切り刻んだ。
    「燃やしても、愛しい人には会えない。……会えないんだよ」
     諭すように悠仁が語りかけるが『古の畏れ』はただ何かを叫び続ける。
    (「早く、楽になれ……っ」)
     強く握り締めた悠仁のチェーンソー剣が不快な音を立てて女の傷口をえぐった。
    『いやぁぁぁぁぁぁ!』
     炎にもがき苦しみ、『古の畏れ』が悲痛な叫び声をあげるたびに彼女を包む炎の威力は弱まるように見える。
     しかし、それもほんの数秒のこと。
     すぐさま心太がチェーンソー剣で斬り付けた傷口からまた新たな炎が『古の畏れ』を燃やす。
    「あなたが求める人は、この時代には……ここには居ません」
     ――もう少しで、この苦しみから、炎から解放できる。
     その時が来るのは遠くないと心太は信じていた。

    ●肆
     『古の畏れ』が放った炎に包まれ、サーヴァントたちが耐え切れず姿を消す。
     だが、灼滅者たちの容赦ない炎攻めに『古の畏れ』が悲鳴をあげる頻度は確実に増えていた。
     悲鳴をあげると『古の畏れ』の傷は癒え身体を蝕む炎は弱まる。だが、回復に手を割き攻撃の手が弱まるということは、すなわち戦況は悠仁たち灼滅者優勢であると示していた。
     赤く燃える炎に包まれた『古の畏れ』を見つめ、悠仁は人差し指をついと動かす。目に見えぬほど細い鋼の糸がその身体を引き裂き、再び炎は勢いを増して燃え上がった。
    「糸絡めて火攻め、か。まるで、処刑だな……」
    「だろ? お縄になっといた方がアンタもラクだと思うぜ」
     華丸の足元から伸びた触手のような黒い影が『古の畏れ』の身体に纏わりつく。
    『いゃぁぁぁぁぁぁぁ』
     『古の畏れ』は影から逃げようと手を振り回し、一際大きな悲鳴をあげた。それとともにジュッと音を立てて火の勢いが弱まる。
     身体に纏わりつく炎の勢いが衰えたのを機に『古の畏れ』は形勢を立て直そうとしたかのように見えた。
     だが、そうはさせまいと八千夜がナイフでその身体をジグザグに切り裂く。
    「闇夜の畏れは炎に照らされて消え去るもンじゃねェの?」
     ボッと大きな音を立てて女の着物の裾に火が付いた。
     ちらりと彼女と石塚を繋ぐ鎖に壱里が視線を向ける。これだけ激しい戦闘が行われているのに、鎖は傷一つなく『古の畏れ』をその地にしっかりと繋ぎとめていた。
    「――その慕情、炎とともに昇華してあげるよ」
     壱里のガドリングガンが大きな音とともに爆炎をあげ『古の畏れ』を包み込む。
    『あぁぁっ! それは……ダメ……!』
     爆風に煽られ、手にしていた古い書物からはらりと古びた紙が落ちた。
    (「何だろう……? 文字が書いてあるみたい」)
     怪訝そうな顔で紙を見つめる梔子の目の前でそれはあっという間に灰となる。
    『あぁぁぁ……文が……』
     わなわなと震える手で必死に灰を掻き集める『古の畏れ』を真っ赤な炎が包み込んだ。
    「今だよ、皆!」
     一哉の声に華丸たちが一斉に炎を浴びせ、その勢いを増長する。
     それを見ていた梔子もついに我慢が出来ず……。
    「ガーデニアバスター!!」
     茫然自失といった体の『古の畏れ』を投げ飛ばした。
     しかし、これだけの猛攻撃を受けても立ち上がるのはさすがというべきか。
    『燃や……す……燃やすの……』
     『古の畏れ』はよろよろと立ち上がり壱里に向かって炎の雨を降らせるが、それらは全て心太が自らを盾にして庇いきった。
    「もう、苦しむ必要はありません」
     自身を燃やす炎に顔を歪めつつも、心太は静かに言葉を紡ぐ。
    「どうか、安らかに――」
    『や゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ……』
     心太の声は黒い炎に包まれた『古の畏れ』の叫び声によって掻き消された。
     否――炎と思ったものは、七海の足元から伸びる黒い影。
     『古の畏れ』を包む炎がパチパチと火花を散らす。
     灼滅者たちには見えない何かに怯え、もがき、呻き声ともとれる悲鳴をあげる『古の畏れ』を七海は目を逸らすことなく、ただ、じっと見つめている。
    (「私は貴女に勝たなきゃいけないんだ」)
    「――」
     声にならない声は七海自身にも聞こえることはなく。
     黒い風が『古の畏れ』をすっぽりと覆ったと思った、瞬間。
     ――影が消えるとそこにはもう、炎に包まれた憐れな女の姿はなかった。

    ●伍
    「ね、見て! ボク大吉だったよ!!」
     嬉しそうにおみくじを見せる梔子に小吉をひいた心太は羨ましそうな視線を向ける。
    (「善い行いをすれば願い叶う、か……」)
     先程の神様にお願いしたことは二つあるがどちらのことだろうか。
     まだ見えぬ未来にわくわくしながら心太はおみくじを枝に結びつけた。
    「何を祈っていたのですか?」
     長い時間手を合わせていた悠仁にさっと参拝を済ませた一哉が問う。汚れた眼鏡が気になるのか、彼はさっきからずっとしかめ面のままだ。
    「彼女が、安らかに眠れるように――」
     あの『古の畏れ』はきっと本人ではないと悠仁は思っていた。それでも、あの女が静かに 永い眠りにつけるようにと彼は強く願う。
     一方、賽銭箱の前に立つ壱里はあれやこれやと願い事を考えていた。
    (「学業成就、商売繁盛、それに無病息災……恋人も欲しいから縁結びもだな」)
     考えれば色々と出てきてきりがない。
     そもそも、これだけお願いできるだけのお金があるだろうかとはたと気づいて慌てて財布を開くも……。
    「お賽銭、全然足りないですね……」
     これで神様に全ての願いを聞いてもらうのは無理だなと一人溜息をつく壱里だった。

     その頃、七海と華丸は『古の畏れ』が現れた石塚の前にいた。
     七海は手紙を書くための道具一式と1輪のサルビアを石塚に供え、そっと手を合わせる。
     ――サルビアの花言葉は『燃えるような想い』。
    (「どうか、貴女が二度と悪い夢を見ませんように……」)
    「おーい、そろそろ気ィすンだか?」
     様子を見に来た八千夜が二人に声をかけた。
    「そういえば……『古の畏れ』は炎を使うのに炎を嫌ってたよな」
     何でだろう? と首を傾げる華丸に八千夜は昔読んだ本の記憶を辿る。
    「確か江戸時代前期――あの伝承があった時代、火付けは大罪で火炙りに処せられたンじゃねェかな」
     その言葉に「なるほどな」と華丸も頷いた。
    「それじゃ行くか。……っと、その前に」
     華丸は持っていた懐紙にさらさらと歌を書き、指先を少し切る。彼の血から生じた炎は一瞬にして懐紙を燃やし、はらはらと白い灰が落ちた。
     灰は風に巻き上げられ、ふわふわと闇を漂い天高く上がっていく。
    「焼香代わりだ。受け取れよ」
     彼女が炎の奥に見た最愛の人と空の向こうで逢えるように。
     どうかこの願い――天へ、届け。

    作者:春風わかな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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