壊れ匣

    作者:一縷野望

    「爺さんは『わしが全て与えてやる』とことあるごとに言ってた」
     確かにその通りで、10になるこの時まで不自由さを感じた事はない、多分。
     学校には通ってないが勉強は爺さんが教えてくれたし、広い中庭で年相応の運動はした、多分。
     食事は爺さんが何か買ってきてたし栄養はサプリメントで満たされていた、多分。
     窓からさす夕日を背に、少年は書斎の豪奢な椅子に身を沈めると天体図鑑を閉じる。
     部屋にはありとあらゆる図鑑があり、老人の語る言葉以外で手にできるのはただそれだけ。
    「――外に出る必要なんてないんだ」
     老人が繰り返し唱えた呪文が実を結んだかの如く、少年の足は水晶へと変りつつある。
    「ここにいれば……いい」
     だが小さなアルバムを開くと、チリチリと胸を炙る激情が芽生える。
     赤いマジックで×をつけられた若い女性の写真。
     この人知ってる、お母さん。
     どうすればこの人をここに呼び寄せて、一緒にいれるかな?
     

    「こんな小さな子が引きこもってていいわけないよっ!」
     ツッコミ待ちだろうか。
     仁左衛門に腰掛けた天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)の第一声に、生暖かい空気が広がった。
    「確かに、部屋に食べ物と暇を潰す物もあれば出る必要はないかもしれないけど……けど…………」
     うん、いい話に続けられなかった。
    「この子の名前は那由他・歩(なゆた・あゆむ)君、10歳だよ」
     仕切り直すように咳払いひとつ、カノンは再び喋りはじめる。
    「彼は学校にも行かず、3つから山奥のお屋敷で母方のおじいさんの小森老と暮らしてたんだって」
     その老人が死亡した、その死に事件性はない。
     だが小森老の死を契機に、歩はノーライフキングに闇堕ちしかかっているのだ。
    「できれば歩くんを助けて欲しいけど……難しいかもしれません」
     後半硬い話調変じて俯くカノン。血色を失った腕がぽふりと緑のリボンに沈んだ。
    「本当の歩くんが、もう自分にすらわからなくなっているようです」
     老人の与える物だけで生き、言われる通りに成長してきた彼は、何が好きで何が嫌い、何が欲しくて何がいらないのか――そんなコトすらわからなくなっている。
    「ただ、歩くんは『います』。まだ人間としての意識は保持してます」
     憐れにも、小森老に抑圧されていたと自覚できないままに、ノーライフキングの人格に乗っ取られようとしているのだ。
    「皆様が歩くんの『心』を引き出す事ができれば、可能性はあります」
     ダークネスに抗い灼滅者として目覚めれば、歩は『人』として生きられる。
    「でも、説得が届かずにノーライフキングに堕ちてしまった場合はしっかり灼滅して下さい」
     淀みなく告げられた台詞に慈悲はない。
     
     はふーっと息をつくカノンへ、接触方法についての問い掛けがあがる。
    「あ、逢うのは簡単。インターフォン越しに『那由他歩くんの母親について話がある』って言えば通してもらえるよ」
     その辺りの疑いを知らない所は歪んだ育成歴故か?
     ちなみに母は歩が引き取られた3歳の時に死んでいる。
     父の現状は不明で、皆が屋敷に駆けつけるまでに情報を手に入れる事は不可能だ。
    「その前に、屋敷の裏側に開いてる窓からこっそり入って、お爺さんの部屋を漁る事もできるよ。彼は日記をつけてたみたい」
     ――歩観察記録。
     もちろん祖父としてのあたたかな眼差しは皆無だ。
     綴られるのは、歩の母である娘に愛想を尽かされ出て行かれた数年後、手にした孫を閉じ込めて育てた男の妄執。
    「他にも色々みつかるかもしれないね」
     娘への歪んだ独占欲など、小森老の異常さを示す物が其れこそ数多。
    「歩くんね、言葉だけより文章とか写真を見せられて話された方が、説得力を感じるみたい」
     書物を標に生きたからか。
     自分が如何に異常な状況に置かれていたか自覚させるなら、それら老人の遺産があった方がいいだろう。
     手段を問わず『歩』の心を引き出さなければ、その稀薄な欠片は闇へ堕ちるが運命。
      
    「……もう、匣は壊れちゃったんだよ」
     眠たげにおちるカノンの瞼。気怠さに隠しきれぬ、哀愁。
    「だから歩くんはでなきゃいけないね」
     新しい場所へ、わたし達が歩き出したように。


    参加者
    古室・智以子(中学生殺人鬼・d01029)
    天月・一葉(血染めの白薔薇・d06508)
    備傘・鎗輔(極楽本屋・d12663)
    鏑木・直哉(水龍の鞘・d17321)
    巴・志乃(鬼の管理人さん・d22725)
    十・七(コールドハート・d22973)
    小崎・綾(笑顔の自称正義のヒロイン・d23329)

    ■リプレイ

    ●翁の虚飾
     黄昏。
     鍵のかかっていない窓枠に指をかけ、巴・志乃(鬼の管理人さん・d22725)が音を立てぬように滑らせれば、闇が迫るように溢れ出た。
     陽がささぬ角度に位置する小森老の私室は主の心そのままに、昏い。
     十・七(コールドハート・d22973)と鏑木・直哉(水龍の鞘・d17321)の二人は気流を操り望む、此の己隠しが歩に効くように、と。其れ即ち、まだ『人』であると謂うコトだから。
     鞄ごしに動画再生端末を撫でて、古室・智以子(中学生殺人鬼・d01029)は小さく息を吐く。
     信じたい、人間はダークネスになど負けはしない、と。
     抗えず家族を殺めた兄が浮かぶ胸、それを上書きするように念じる。
     信じたい、と。
     同じく妹だった小崎・綾(笑顔の自称正義のヒロイン・d23329)は、兄に救われた命で何を為そうか考える。
    (「……歩君と友達になりたい」)
     廊下へ続く扉をあけて、天月・一葉(血染めの白薔薇・d06508)は雪化粧の薔薇を少しだけ零した。ランプで揺らめく薄紅は人の気配は遠いと見て取る。
    「神経質に音を消さなくても大丈夫そうです」
    「それはなにより」
     まだ戦場ではない此処でサウンドシャッターがどこまで効くか不安だったレイシー・アーベントロート(宵闇鴉・d05861)は、太鼓判に頬を緩める。
     咥え置いたランプの間接光を背に、棚から棚へ弾むように飛び上がる猫、備傘・鎗輔(極楽本屋・d12663)は古い紙の匂いに鼻をひくつかせた。
    「にゃぁ」
     束ねた髪のように尻尾を揺らし一鳴き、眼前の冊子背表紙の古い年代を前脚でなぞる。この中身に父娘世代の決別理由が綴られている、そう確信しながら。
    「こっちはアルバムか」
     綾が開いた中には、両親の腕を取り満面の笑みで映る少女の写真が挟まっていた。
     覗き込むレイシーの眉が寄った。捲ったページは娘単独の写真、隠し撮りらしき物が大半だ。
    「こんな物がでてくるわけさ」
     肩竦め翳すのは破いた物を貼り合わせた『絶縁状』
    (「これだけ所有欲に駆られていた男だ、娘の日記を持ち込んではいないだろうか?」)
     直哉の予想は当たる。
     引き出しの中あふれるピンクの小物。目を惹いたのは鍵が壊された日記帳。
     几帳面な文字は綴る、母が通り魔に殺され心を壊しつつある父への憂慮、この屋敷に移る際の友との別れの哀しみを。
    「歩くんの好物は書いてないかしら」
     娘への妄執、それが孫の歩へ至る経緯に口元を抑えながらも、志乃はページを繰った。
    「それならこっちの方が載ってると思うわ」
     かつて番号で呼ばれ今はそれを名とする娘・七は、無機質な老人の視点を纏めた『歩観察記録』を示した。
    「ほら、一覧になってる。見やすいわね」
     七の口元が皮肉に歪む。
    『食』『遊』『知識』……まるで実験レポートのように綿密に記された紙が丁寧にファイリングされている。
    「オムライスは、他の物より反応が良かった……ですか」
    「作りましょう。飛びきり美味しい物を」
     更に彩り華やかなサラダを添えて歩の心に息吹を、願う一葉は胸で指を組み柔和な笑みを浮かべた。

    ●閉
     夜。
     書斎の椅子に深く身を沈める少年は、部屋に来訪者が揃っても無反応だった。
    「キッチンをお借りしてよろしいですか?」
    「美味しいオムライスを作ろうと思うの、歩くん好きよね?」
     一葉の申し出にも志乃の誘いにも夜空色の頭は傾がない。意思表示はやはり無理かと、綾を加えた三人は仲間に後を託し部屋を出る。
     有事の際対応できるよう携帯番号は交換した。それが懸念で済めば良いと一葉は願う、心から。
    「母親の話の前にちょっと聞きたいのだけど……」
     ははおや。
     七の発したキーワード、ここで僅かに瞼があがる。
    「あなた冬の星座ってわかる?」
    「――」
     けれど続く問いは少年の関心をそそるに至らなかった。
    「ここは図鑑しかないけど、実物は見たことあるか?」
    「屋根裏部屋から今なら満天の星空が見えるぞ」
    「――」
     レイシーの問い掛けにも、直哉の促しにも無反応。
    「歩」
     呼びかける智以子が覗き込んだ半分の瞳には、影も人も浮かばず。ただ、虚ろ。
    「飼育実験は成功だね~」
     無反応を揶揄するような鎗輔の台詞に場の空気が張り詰めた。
    「――」
     ただし歩は相変わらず。
    「孫の人生を壊して復讐なんて、とんだ爺だ」
     此が本音。他人事から切り出す話し方は誤解を招きがちだが、鎗輔は頓着していない。
     やがて部屋は押しつぶすような沈黙で染められる。開いた扉から、バターや苺の香りが忍んでくるのが時間経過を物語る。
    「……お母さん」
     此の沈黙を破ったのは意外なことに歩本人だった。
    「ねえ」
     灼滅者達の視線を吸い寄せた面差しが僅かに持ち上がる。
    「お母さんの話、してくれないの?」
     ピシリ、ピッ……。
     鉱石が擦れあうような音と共に少年の水晶化が、進む。
    「!」
     苺ゼリーを冷蔵庫に入れた所で戻った綾は満ちる緊迫感にドアの前で硬直した。
    「だったら……用は、ない」
     はっきりとあがった瞼、晒された瞳が脚を蝕む鉱石色に変ず。その無機質な眼差しは観察する老人と瓜二つか。
    「――外に出る必要なんてないんだ。お母さんを呼び寄せて、ここにいれればそれでいいんだ」
     少年の指先が魔道書に伸びて、ふわり、ページが捲れあがる。

    ●壊
     皆、ショックを和らげたくて後回しにしていた母の件。だが其れこそが、心を閉ざした歩が人を招き入れた理由に他ならない。
    「歩、これを見ろ」
     目を惹くように大振りな仕草で、レイシーはツギハギだらけの手紙を書斎机へ投げ置いた。
    「お母さんから爺さんへの手紙だ」

    『お父さん、もう耐えられません。私は人として彼と共にあります。もう関わらないで』

    「……関わらないで」
     視線で文字を読み取り、それはいつしか音読として空に舞った。
    「これがお母さんの写真。この赤ちゃんは君だよ」
     綾は、哀しげに俯く写真と赤子を抱いて男性と映る葉書を並べ置いた。
    「歩のお母さんは、爺ちゃんが間違ってると思ったから外に出たんだ」
    「こんなクソ爺は捨てられたっておかしくないね~。次は歩の番じゃないかな」
    「今の君は自由なんだ」
     レイシーと鎗輔、綾が口々にかける台詞に瞳が水気を帯びた人のモノへと戻りゆく。
    「外……」
    「歩のお母さんは外の世界を知ってた」
     愛する人を見つけ歩という宝物を授かった。
    「お母さんはこんな風にご飯を作ってくれなかったかしら?」
     張り詰める空気を緩めるように、ほんわりとした笑みで志乃が扉から顔をのぞかせる。
     オムライスとサラダ、苺のゼリー……並べられた彩り豊かなメニューは、薄暗がりに灯る炎のようで。
    「ぁ……」
     目ざめはじめている心が、鼻をくすぐる香りを強請る。
     押し込めようとする心が、そんな物は不要と躰の水晶化を進めようと足掻く。
    「歩君」
     手すりを握る手を解し暖めるように一葉は掌で包みこみ名を呼んだ。
    「食べたい物を食べてもいいんですよ」
    「オムライス……」
    「どうぞ。大丈夫です、誰も怒ったりしませんから」
     瞳に揺らぐ怯えを見つけたから、安心させるようにそっと前髪を撫でる。
    「歩」
     見せねば進めないと悟り、直哉は重々しい気持ちで古い日記の栞を挟んだページを開く。
    「これが爺の真実だ」

    『道子にはわしが全て与えてやる』
    『道子は外に出る必要などない。外に出るとわしの妻のように他人に殺される』
    『他人は不要。他人からの愛など不要。不要不要不要不要不要不要!』
    『道子にはわしがいればそれでよい』

    「これ……」
     怨念籠る毛筆をなぞり、少年はぽつり。
    「全部、言われた。爺さんから」
     ――歩にはわしが全て与えてやる。
    「外に、出たい……って、言ったら」
     それはいつの話だろう?
     いつ頃まで僕は爺さんに『想い』を告げられていたんだろう?
     勝手に震え出す肩。噎せ返るように胸にわき起こる熱く苦く悔しい塊――此は、自己意思というモノ。
    「出てもいいのよ」
     尊厳を踏みつけにして支配する老人、厄介で……くだらない。
     七はしゃがみ込んで視線をあわせると、ようやく現れた歩に心を寄せるように囁く。
    「自分で感じるのは、大切よ」
     戒める鎖など引き千切ってしまえばいい、もう握り締める老人はこの世にいないのだから。
    「歩」
     智以子は鞄から端末をとりだすと、動画を立ち上げながら椅子の後ろに回り込む。
    「これを見てほしいの」
     本とも違う四角から不意に子供達の声が響き、歩は目を剥いた。
    「歩が知っているより、もっともっと、世界は広いの」
     透明な板の向こう、ブランコを立ちこぎする7歳ぐらいの少年少女。高く早く、競うように1秒として同じ表情などない、けれどそれらは全て、笑顔。
    「歩の知らない世界なの」
     ふるふる。
     歩は頭を揺らし、とんっとブランコに指を置いた。動画が消え吸い込まれるように止む子供の声。
    「知ってる。小さな頃、お母さんに手を引かれて……大きな人が乗るの、見てた」
     母が亡くなる前、匣に閉じ込められる前の当たり前の世界。
     随分と遠くなってしまった、世界。
    「僕もこれぐらい大きくなったら、乗りたいなって」
     もうそれより大きくなってしまった躰をぎゅうと抱きしめる。
     これは、誰?
     これは……僕、だ。
    「歩、という名前の意味を、考えた事がある?」
     志乃の問い掛けは思いも寄らぬ事だったので首を横に揺らす。
    「自分の足で、しっかりと歩いて行けるようにって、お母さんが願いを込めてつけてくれた名前なんじゃないかしら」
    「自分の……足、で」
     呟けば、硬くなった水晶の足がとたんに疎ましく取り返しのつかないモノに感じてきた。
     ……どうすれば、いいんだろう?

    ●割れた殻から見上げる天は
     屋根裏部屋の天窓を開けると、そのまま屋根の上。
     目ざめた歩という『人』を世界に固定するために……もしかしたらただ一緒に星を見るために、灼滅者達は歩を此処へ連れ出してみた。
    「はい、召し上がれ。あと、寒いからこれを」
     志乃はオムライスを煙突に置くと、歩をブランケットでくるんだ。
    「……玉子、おいしい」
     あたたかいご飯、爺さんが袋からあけて出して差し出すだけの物とは全然違う。
    「おいしい。これは?」
    「パプリカです。ここから出ればもっと色々な物が食べれるんです」
     一葉の教えてくれたあたたか色の野菜が口の中で弾む。またひとつ、好きを見つけた。
    「冬の大三角形はわかるか?」
     直哉につられ、フォークを咥えたままで瞳は空へ。
    「図鑑で見た。えっと……青のシリウス、赤のペテルギウス」
     探すように彷徨う瞳に示すように、七は白い息を吐きながら一点を指さした。
    「多分あの辺かな。見える?」
    「……あ、あ、うん」
     瞬く瞳に青が映る。
    「図鑑に載ってるのと比べて本物どうだ?」
    「きらきらしてる」
     子供らしい返事が微笑ましくて、レイシーは伸ばした手で髪を撫でる。
    「どうして色が違うかわかるか?」
     首を振る歩の目の前に、直哉はガスランタンをかたりと置いた。
     蒼白い炎とシリウスを見比べる少年に「察しがいいな」と相好を崩す。
    「星の色は温度で変る……」
     耳朶を擽る星の話に身を委ねていた智以子は、少年の視線を感じて振り返る。
    「こんな風にいろんな人がいて、歩の力になってくれるの」
     近づいてきた智以子に、四角を作りわたわたと手をふる歩。端末をどう呼んでよいかわからないのだろう。
     くすっと吹きだし、智以子は再び端末を取り出した。
    「もちろん、わたしも手伝うの」
     指でなぞり呼びだしたのは、武蔵坂方面から見た冬空。
    「わたし達はここから来たの」
    「むさし……ざか」
    「クッキー食べる?」
     ぱらぱら。
     流れ星のように歩の掌に綾は星型のクッキーを降らせる。
    「お星様」
     ひとつをつまみ上げて空に翳し歩は破顔する。それは何処にでもいるような子供の笑顔。
    「ほら、空はこんなに広いんだよ」
     図鑑と交互にみせて、綾ははにかむように頬を緩めた。
    「四角く区切られた写真とは違うでしょう?」
    「……うん。寒くて、広くて、きらきらしてて」
     言葉が追いつかない。
    「シリウスって犬の星って言うんだよ、知ってる?」
    「知らない。くわしく聞かせて」
     実は犬が苦手な鎗輔としては余り面白くないのだが、そこは堪えて神話を唇にのせる。
    「物知りだね」
    「この狭い世界から外に出れば、もっと色んな事を知っていけるよ」
     くすぐったさを隠しながら鎗輔は「勇気を出して外に出てみない?」と結ぶ。
    「こんなに知りたがってるあなたは、本だけじゃ足りないわ」
     七の台詞に頷く、が、
    「ッ!」
     その顔が急に歪む。
    「……あ、ぁぅ」
     希望を告げたら必ず戒めてくるしわがれた声が今は聞こえない、けれど代わりに――。
    『歩、お前は外に出る必要なんてないんだ』
     呪詛が口から溢れ出る。
     これは、誰?
     これは、これは……。
     胸を押え涙を零す少年を支えるように頷いて、八人は武器を招き寄せる。

    ●巣立ち
     静寂の夜空を斬り裂く破砕音と犬の吠え声。足掻くダークネスの放つ魔力を、流星号とわんこすけが交互に受け止めたのだ。
    「信じてるの」
     闇に囚われていない、と。
     だからこそ苛烈に智以子は拳を叩きつけるコトができる。
    「君が紡ぐ物語、始める手伝いを」
    「もう少しの辛抱よ、歩くん」
     綾の絡めた影に這い寄るように志乃の氷がより凍てつきを強くする。
    (「やっぱり、嫌いではない」)
     腱を刻み七は何処か達観したように瞳を眇めた。
    「歩、まだ星の話は途中だ」
     傷塞ぎの風を招きながら、直哉の眼差しはまっすぐ歩へ。
    「外に出たら、嫌なものにも触れなきゃいけなくなる」
     烏羽を閃かせレイシーは痛みに顔を歪める少年へ続ける。
    「それでも、歩は外に出なきゃいけないんだ」
     果たして頭は縦に揺れる。
    「だったらその飛び出す希望、支えるかぁ!」
    「ええ、いらっしゃい、外へ」
     景気よく鎗輔が闇へ拳をねじ込んだ同じ場所を、一葉の見えぬ切っ先が斬り裂く。
     ぱきり。
     澄んだ音を響かせて水晶が粉々に砕け散った、あとに残るはブランケットにくるまれた無傷の少年。
    「……」
     星空天蓋の元、歩は目を醒ます。
    「さよなら、爺さん」
     祖父の妄執満ちた館の屋根をなぞり紡がれた別離には未練も後悔もない。
     そう。
     星のように輝く八人の笑顔を標に――自分の足で歩いて、いける。

    作者:一縷野望 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 0
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