ゆゆ子の☆絶対生き残ってはいけないお正月スペシャル

    作者:雪月花

    「……なん、だ?」
     ふと気付いた時には、四方屋・非(ヒロイックシンドローム・d02574)の周囲から人の姿がなくなっていた。
     何処か異世界にでも放り込まれたような気分になりながら、辺りに視線を巡らす彼女の耳に、微かな風切り音が届く。
     咄嗟に飛び退いたが、二の腕に熱が走る。
    「――あら、ナイス回避」
     掠めた傷が痛みに変わる中、背後から聞こえてきたのは、覚えのある女の声。
    「立花、ゆゆ子……」
    「苦しまないように、一撃で仕留めてあげるつもりだったんだけど」
     空いている手でくるくると長い黒髪を弄りながら、ゆゆ子は可愛らしく小首を傾げた。
    「お前から来るとは思わなかったが……どういう風の吹き回しだ?」
     ヒールサイキックで傷を癒しながら睨む非に、ゆゆ子は少し困ったように眉を下げた。
    「なんかねぇ、『闇堕ちゲームで残った駒は始末しろ』って。私としては、ダークネスになってくれる可能性がある子は、無闇に殺したくないんだけどねー」
     靴先で地面に小さな円を書きながら、彼女はふぅと溜息をつく。
    「そういうことだから、仕方ないかなって来てみました」
    「どういうことだよ」
     眉を下げたまま笑むゆゆ子に突っ込みながら、自らの獲物を掴んだ非は背筋が冷たくなるのを感じていた。
     ゆゆ子はスカートを翻し、軽く地を蹴る。
     一対一では、絶対に勝てない――
     
    「拙い……」
     灼滅者達を待っていた土津・剛(高校生エクスブレイン・dn0094)は、何処か焦燥を堪えているようにも見えた。
    「皆、急ぎの用件だが落ち着いて聞いて欲しい。今しがた、六六六人衆によって武蔵坂の灼滅者が襲撃されるという予測をしたんだ」
     それは落ち着けという方が無理だ。
    「このまま放っておけば、四方屋は確実に殺されてしまう……頼む、急いで彼女の救援に向かってくれないか」
     四方屋・非……かつて闇堕ちゲームで六六六人衆と対峙した灼滅者のひとりだ。 
     次いで剛が告げた六六六人衆の名に、やはりと複数の灼滅者達の心中はざわめいた。
    「四方屋を襲ったのは、立花・ゆゆ子という六六六人衆だ。どうも、予測ではあまり乗り気でないようだが……急にターゲットの周囲から人気がなくなったりする辺り、更に高位の六六六人衆の意向が関わっているのかも知れないな」
     疑念は色々とあるが、今やるべきは非の命を守ること。
    「今から駆けつければ、四方屋がゆゆ子に一度攻撃を仕掛けられた後に加勢することが出来るだろう。未来予測によって、ダークネスのバベルの鎖に感知されずに戦闘を仕掛けることが出来る利点、活かして欲しい」
     それでもゆゆ子は強いだろう。
     だが、灼滅者達も日々強くなっているし、この日のゆゆ子の様子を見るに、今回は灼滅することさえ可能な目もあるようだ。
    「ゆゆ子のサイキックは、今まで判明していたものの他に自らの影を使った攻撃が視えた。影業とは効果が異なるようで、単体へも複数に対してでも、強力な威力を持つサイキックのようだ……が、どうも彼女はこれを使いたくないようだな」
     隠し玉ではあるが、ゆゆ子自身もあまり使いたがらない技である為、余程追い詰められた状況か逆鱗に触れなければ出しては来ないだろうと剛は予測していた。
    「それと……今回は気乗りがしていないせいなのか、もし四方屋が戦闘不能になっても、駆けつけたお前達が全滅さえしなければ、戦闘中に彼女にトドメを刺すようなことはしないだろう。最悪、ゆゆ子が去っていくまでに1人でも立っていれば、お前達の勝ちだ」
     だが、と剛は付け加える。
    「ゆゆ子は今まで多くの一般人を手に掛けてきた。人々を無差別に殺害し、灼滅者をも暗殺しようとする六六六人衆を野放しにしておくのは、非常に危険だ。無茶は禁物だが……出来ればこの機に灼滅を目指して欲しい」
     そう告げて息をつく。
    「ここで皆の無事を祈るしかないのは心苦しいが……待っている。お前達の帰りを」
     彼は願いの篭った眼差しで、灼滅者達を見送った。


    参加者
    藤堂・悠二郎(闇隠の朔月・d00377)
    媛神・まほろ(夢見鳥の唄・d01074)
    神鳳・勇弥(闇夜の熾火・d02311)
    一・葉(デッドロック・d02409)
    四方屋・非(ヒロイックシンドローム・d02574)
    銀・紫桜里(桜華剣征・d07253)
    西洞院・レオン(翠蒼菊・d08240)
    鴨打・祝人(みんなのお兄さん・d08479)

    ■リプレイ

    ●嗤え、ヴィミラニエ
     高層ビル街の中にあるオアシス。
     舗装された広い敷地の中、鮮やかに照らされ色を変えていく噴水が見守るのは、対峙する2人の女性だ。
    「私を殺すだと? 初笑いにしちゃつまらん冗談だな」
     初詣へ赴く為、公園内を通り抜けようとして襲撃を受けた四方屋・非(ヒロイックシンドローム・d02574)は、艶やかな紅の晴れ着から一瞬にして着流しに変わっていた。
    「ねー。私だってお蕎麦食べてTV見てたのに。年越しくらい、ゆっくりしたいよねぇ」
     懐に忍ばせていた、新聞部の部員から貰ったお守りを意識し、緊張感のない口調のゆゆ子を睨む。
    「売られた喧嘩は買い切る主義でな。だが、今夜は友人を待たせているんだ」
    「そっか、じゃあ早く済まさないとね」
     ゆゆ子は笑顔で襲い掛かる、が。
    「――弥栄」
     学生帽の少年の声と共に、次々解除の言葉で殲術道具を手にした灼滅者達が現れた。
     一・葉(デッドロック・d02409)の翳した『燕啼』から魔法弾が放たれ、鴨打・祝人(みんなのお兄さん・d08479)と神鳳・勇弥(闇夜の熾火・d02311)が炎纏う武器による斬撃を繰り出し、祝人のナノナノ・ふわまるはシャボン玉を弾けさせ、勇弥の霊犬・加具土が六文銭を放ち。
     細腕を巨大化させ振るう媛神・まほろ(夢見鳥の唄・d01074)、西洞院・レオン(翠蒼菊・d08240)のロッドから魔力が迸り、銀・紫桜里(桜華剣征・d07253)がその隙を縫い死角から脚を斬り付け、藤堂・悠二郎(闇隠の朔月・d00377)の足許から、標的を捕らえんと影が躍り出た。
     息の揃った攻撃も、ゆゆ子が身を翻し半数程はかわされたが、残りは何らかの形で彼女に傷を負わせる。
     それなりのダメージの筈だが、未だ手傷程度か――目測しつつ灼滅者達は両者の間に割って入り、ゆゆ子を取り囲むよう布陣した。
    「四方屋防衛軍参上ってな」
     葉が眼鏡のブリッジを押し上げる。
    「闇堕ちゲームとか暗殺ゲームとかくだらないことばかりするのですね。絶対にやらせはしませんよ」
     三日月のように冴え冴えと光る『月華美刃』の刃先を向け、睨む紫桜里の声にゆゆ子は曖昧な笑みを浮かべる。
    「やっぱり、ね。なんだかこうなる気がしてたの」
    「ゆゆ子さん、貴女のゲーム……終わらせてみせます」
     生来優しさを宿す眼差しに、精一杯非情になってみせるという誓いを浮かべ、まほろが告げる。
    「此処に集まったのは、覚悟を決めた方達です。私も既に覚悟を決めております。……ゆゆ子さん、どうか貴女もお覚悟を」
    「……いきます」
     見た目とは裏腹に威圧を感じる相手に、紫桜里も心を奮い立たせた。
    「分かったわ。頑張って死合いましょ「喧嘩に割り込むな! どけ!」
     まほろ達の覚悟を見て目を細めたゆゆ子の返答を遮ったのは、他でもない非だった。
    「け、喧嘩って」
    「なんじゃと」
    「非様……!?」
     勇弥が目を白黒させ、レオンとまほろは言葉を失う。
    「えー、折角助けにきてくれた仲間なのに、そんな言い方ってないよ」
    「私達の組織は人数が多くてな。この面子とも殆ど面識はない」
     何故かしょんぼり顔のゆゆ子に、非はすげなく灼滅者達に視線を巡らせた。
    「感謝はしないぞ。あいつ目当てで来たんだろ。なら、今は目的が一致しているだけだ」
    「確かに俺はまだ、四方屋さんのことをそんなに知っている訳じゃない」
     勇弥は、けんもほろろに救援とは受け入れない非に告げる。
    「だがな、これから仲間になる人間を、易々と渡すつもりもない。俺の店の扉を一度でも潜った奴は全員、護る。できもしねぇ我儘だろうと、そいつ通す為に今なら命だって張ってやるよ!」
     彼女への襲撃を知って覚悟を決めた時と同じ真剣な眼差しに、非はフイと視線をゆゆ子に戻しながら、
    「……ちっ。勝手にしろ!」
     と言い捨てた。
    「いいなぁ」
     ゆゆ子の呟きは、剣戟に消えた。

    ●受け止めて、押さえ切れないこの殺意(きもち)
     ゆゆ子の攻撃は標的の体力をごっそりと奪い、メディックのレオンと勇弥は回復に掛かりきりだ。
     ふわまるの癒しがあっても足りず、加具土や仲間の回復を優先する者の手を取られることもしばしば。
    「だが、守ってばかりでも勝てはしない」
     悠二郎はあえて回復の頻度に制限を設けた。
     いくら攻撃が激しくても、回復に追われ守りに入れば競り負けかねない。
    「非さん、他のポジションに回った方が……」
     スナイパーの位置から確実に一撃一撃を刻みながら、紫桜里は心配そうに狙われがちな非の背を見詰めた。
     ディフェンダーは体力こそ他よりも高いが、誰も庇わないと決めていても反射的に身体が動いてしまうことがある。
    「この程度……前よりたいしたモノじゃない!」
     紅の衣が裂け、更に深い色に染まっても、非は強気だ。
     葉や悠二郎も、高火力は相変わらずだが確かに以前程のダメージではないと感じていた。
     自分達がそれだけ強くなったのか、それだけではないような気もするが。
    「よぉ、どうした? 久しぶりに会ったってのにダルそうじゃん」
     殺し合いの場とも思えないノリで、葉がゆゆ子に話し掛ける。
    「さっき俺らを無闇に殺したくねぇって言ってたよな。あれ、なんで?」
    「前にも言ったと思うけど、私、あなた達にはダークネスになって欲しいって思ってるの。その後はあなた達次第だけど……出来れば、仲良く出来たら嬉しいなって」
     そう微笑むゆゆ子の目に、何かを見て。
    「六六六人衆もひとりは寂しいもんなの? 意外とかわいいとこあるんだな」
    「もう、『意外と』は余計だよ! まじおこぷんぷーん」
     繰り出される剣戟はじゃれるように、しかし加具土が肩代わりした傷は深い。
    「……加具土、いい子だ。あと少し、堪えてくれ」
     勇弥のバイオレンスギターが癒しの旋律を奏でる中、葉はゆゆ子に槍を向けニッと笑う。
    「今度は俺が奈落まできっちりエスコートしてやんよ」
    「そんなエスコート初めて! 分からないことがあったら教えてね」
     ゆゆ子は目を輝かせ、その穂先をピックで返す。
     解っているのか、いないのか。

     レオンは込み上げる思いを押さえ、ひた隠しにして回復に専念していた。
     しかし自らの感情以上に心配なのは、その相棒のこと。
    「祝人、逸るなよ」
    「分かってる!」
     返しながらも、祝人は火を噴きそうな勢いでゆゆ子に喰らい付いていった。
     ディフェンダーとしての立ち回りは果たしていたが、本来の冷静さを欠いた無茶な動きも見られる。
    「ここで灰に成り果てろ……!」
     レーヴァテインの炎が、ゆゆ子を舐める。
    「そっちの子可愛いのに、ご主人は怖いのね」
    「ナノー!」
     鼻息を荒くするふわまる、しかし気を向ける余裕は祝人にはない。
    「妹を闇堕ちさせた罪は重いぞ……!」
    「妹?」
     自分を射抜くような目の祝人に、ゆゆ子は小首を傾げる。
     祝人は告げた。
     青いショートカットの、大切な『妹』のことを。
    「あ、あの淫魔ちゃんかぁ。すっごい可愛い子だったよね♪」
     でも元に戻っちゃったなんて残念、と若干消沈気味のゆゆ子の態度が更に彼に油を注ぐ。
    「もう二度と妹に指一本触れさせない!」
     彼が覚えている記憶の限りで、ここまで深い怒りと憎しみを抱いたことはない。
     感情が溢れ、どうしようもない。
     例え自分の身が砕けたとしても――
    「死に急ぐのはよせ……お前を信じ待つ人と自分を信じろ。お前の背中も皆も、僕らが守る」
     烈火の如き相棒の背に、レオンは言葉を掛け続けた。
     彼とてゆゆ子が憎くない筈がない。
    (「友達を闇に堕とした奴を、許す訳にはいかん」)
     だが、自分まで感情に身を任せるつもりはないのだ。
    (「仲間がいることを胸に刻んだけぇ、鶴見岳とは違う!」)
     戦いを制し、生きて帰る為に。

    (「以前は未熟さと甘さでねじ伏せられてしまったが……」)
     今回はそうはいかない、と悠二郎はガトリングガンを構え狙いを定める。
     大量の弾丸が、ゆゆ子の足許に爆炎を巻き起こした。
    「眼鏡くん、強くなったね」
     炎をキュアで掻き消しながらも、彼女は楽しげだ。
    「……悔しさがこんなにも自分を突き動かすとは思わなかった」
     湧き上がる感情を堪えるように、悠二郎は声を低くする。
    「『誰かを殺したい』と思ったのは初めてだ。所詮俺も殺人鬼だったみたいだな」
     独白のような言葉に、ゆゆ子の笑みが深くなった。
    「あなた、やっぱり素質あるわよ。きっと強い六六六人衆になる」
     こんな時まで。ふ、と少年の口許が緩むが、それも一瞬のこと。
    「これまで苦渋を味わった仲間の分まで、全てをぶつけて――」

     俺はここでお前を殺す!

     その言葉に後押しされるように、灼滅者達の攻勢は加速していった。
     しかし突如出現し背に刺さったピックに、負傷の色が濃かった非がとうとう崩れ落ちる。
    「非さん……!」
     紫桜里が急ぎ支え、彼女を攻撃の余波の届かない後方へと退避させた。
    「やっぱり、こういうの良いよね。仲間は大切にしてね……って後で四方屋ちゃんに言っといてよ」
     後で、があるかも分からないのに、ゆゆ子はそんなことを言う。

    「……っ」
     非が重い瞼を開ける。
     皆は――と手を突いて身を起こすと、果たしてそこにはまだゆゆ子と交戦中の仲間達の姿があった。
     加具土は灼滅者達を懸命に庇って消滅してしまっていたが、自分以外の者は傷を負いながらも立っていた。
     奇跡に近い健闘だった。
     見ればゆゆ子も結構負傷しているようだ。
     深い傷を負う程ではなかった非も、戦線に復帰しようとする、が。
    「あぁ……もうダメ、押さえ切れない」
     俯いたゆゆ子が突然ふふっと笑った瞬間、彼女の影が揺らぎ空気が重くなるのを感じた。
    「そいつから離れろ!」
     非が叫ぶが早いか、ゆゆ子の足許からどす黒いものが爆発的に膨れ上がり、彼女の周囲の地面がすり鉢状に陥没した。
     飛び退いた灼滅者達にも、その一端が鋭く伸びる。
     それは無数の手や動物の足のような影、全てが刃のように鋭利で、触れたものを尽く切り刻んでいく。
    「……やめろ! 飛鳥はもう助かったんだ!」
    「いやっ……!」
     攻撃を受けてしまった前衛ポジションの者達が、悪夢のような幻に囚われた。
    「トラウマか!」
     悠二郎がすかさず集気法を掛け、勇弥とレオンも異常の回復に努める。
     しかし、受けたダメージも深刻だ。
    「これは……凝縮された、殺意?」
     おぞましい姿形と気配に呑み込まれてしまいそうな感覚に耐えながら、紫桜里は光刃を放って牽制する。
    「エグいでしょ? 人間はみんな挽肉になっちゃうの。可愛くないし……普通じゃないわ」
     ゆゆ子は俯いたまま、暗い笑みを浮かべた。
    「あなた達を殺したくない、仲良くしたい……そう思っても……無理なの。どんなに世界の平和を願っても、普通の暮らしを夢見ても……私、人殺しだから……本当は、本当はあなた達を殺したくてたまらないの!!」
     目を剥いたゆゆ子の声を追従するように、殺意の影が方々に迸る。
     今までの無駄のない暗殺技術とは真逆。
     渦を巻くように暴れる影は、列攻撃でトラウマを大量に植え付けた単体に更なる破壊力とジグザグで以ってトラウマを増やしていくという、心身に対して暴力的なものだった。
     追い詰めた、筈なのに。
     戦線復帰して体力の上限が低かった非が倒れ、おぞましい影は後衛陣に襲い掛かる。
    「庇いきれん……!」
     間に合わない、祝人が歯噛みし、葉が嘆息する。
    「これ、無理ゲーじゃね?」
    「無理だろうがなんだろうが、通す!」
     祝人は掲げた縛霊手で、ゆゆ子の影と組み合う。
     足に纏わりつく殺意に構わず。
    「祝人!」
     レオンの声にはっとした時、影は彼をすり抜け後衛達に伸びていた。
    「ねぇ……死んで? 私の気持ち、受け止めて!」
     ゆゆ子が病んだ顔で笑う。
     無数の鋭い刃に切り刻まれ、ふわまるが、紫桜里が、勇弥が、レオンが――次々と倒れていく。
     残骸の上に、緋の色を広げながら。
    「レオン! ……貴様ぁ!!」
     目を見開き祝人が咆える。
    「逸るなと言うちょるのに」
     俄かに苦笑を浮かべたレオンは、意識を失いながら目が覚めた時に相棒が何処かへ行ってはいないようにと願うのだった。

    ●ゆゆ子の走馬灯
    「ゆゆ子さん、あなたは……」
     善戦むなしく、まほろもついに膝を突いた。
     ダークネスは、その本性を否定しては生きてはいけない。
     ゆゆ子は六六六人衆として死の際に生きることを苦にしてはいなかっただろうが、それは彼女が夢見る年頃の女の子として得られるものの大半を、諦めざるを得なかった筈だ。
    「楽しいことも、何も……」
    「仕方ないじゃない」
     目を閉じながら呟くまほろに、彼女は困ったように笑う。
     そういう風に出来ていて、そういう風に生きてきた。
     ちょっと納得いかないことがあっても、仕方ないと諦めて。
    「俺、HPあと3桁しかないんですケド」
    「奇遇だな、俺もだ。だが、この殺傷ダメージではもう回復も意味がなさそうだ」
     零す葉に、悠二郎は視線をゆゆ子に定めたまま眼鏡の奥の目を細める。
     2人の会話を聞く祝人もまた、限界が近い。
     次に誰かが倒されれば堕ちる覚悟はしていた。
    「おおおおおおおお!!」
     獣じみた雄叫びを上げ突進する。
     胸が、全身が熱かった。
     燃え尽きて灰になってしまうかと思う程。
     燃え盛る一撃はゆゆ子の影に受け止められるも、炎が彼女の服を焦がす。
     ゆゆ子の視線が彼と交わった瞬間。
     横合いから飛来したオーラがゆゆ子に炸裂し、同時に捻りを加えた葉の妖の槍が彼女の鳩尾に深々と突き刺さった。
     無数の手足が戦慄く。
     槍が引き抜かれ、崩れ落ちるゆゆ子を影の腕が支え、ゆっくりとその身を沈ませていく。
    「自分の言ったこと守る男の子って、格好いい」
     口端に流れる血を拭いもせず、彼女は無邪気な少女のように微笑んだ。
    「あぁ、でもあなた達じゃ、私の序列あげられないんだっけ?」
     残念そうだったが、でもと続け。
    「あなた達にはそんなの、要らないよね。順位なんか関係なく、もっと高くて、遠いところを……目指せるよ。納得いかないことにもノーを突きつけられる……ちゃんと、答えが見付かるよ」
     ゆゆ子は清々しげに眼鏡の2人を視線に捉えて。
    「もしまた人間に生まれて、ダークネスになったら……助けに来てくれる?」
    「!」
    「そしたらみんなで学校行ったり、お休みにはお買い物とか何処かに遊びに行ったり……お茶しながらコイバナとか可愛いものの話をするの……なーんてね」
     自らの影に飲み込まれながら悪戯っぽく囁き……消えた。

     地中の水道管が壊れたのか、噴水は止まり残骸の下から上がる水飛沫だけが聞こえる。
     戦場一帯は滅茶苦茶で、ビルの近くでなくて良かったと誰かが呟いた。
     あと数分、彼女が持っていたら結果は全く変わっていただろう。
     極限状態の中、灼滅者達は勝ち残った。
     誰も死なず、堕ちることなく。
     灼滅の癒しを受けて、彼らは生きる。
     誰かが望み、しかし得られなかった日常が待っている。

    作者:雪月花 重傷:神鳳・勇弥(闇夜の熾火・d02311) 四方屋・非(崩れゆくイド・d02574) 銀・紫桜里(桜華剣征・d07253) 西洞院・レオン(翠蒼菊・d08240) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 48/感動した 25/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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