血染めの花狩人

    作者:江戸川壱号

    「……?」
     何か音が聞こえた気がして、結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)はふと足を止めて振り返る。
     いつの間にこんなところに来てしまったのか、どうしてか周囲に人影はない。
     だが静菜の中の何かが、異変を告げている。
     ぞわりと背が粟立ち、無意識に手にするのはスレイヤーカード。
     気配を探り耳を澄ませば、聞こえてくるのは艶のある女の歌声だった。
    「ちん、とん、しゃん。ちん、とん、しゃん……」
     拍子をとるその声を、静菜は知っていた。
    「……ッ」
     脳裏を過ぎるのは、飛び散る赤と、目に痛いほどの白。
     真白の身に真白を襲ね、赤を散らす殺人鬼。
     その、脳裏に描いたままの人物が、赤く染めた唇をニィ……と笑みに歪ませて静菜の前に立った。
    「ほぅ……お主、戻ったか。惜しい、惜しいのぅ。鬼のままであれば、見逃してもよかったものを」
     瞳に浮かぶのは、憐れみか、愉悦か。
    「遊戯の始末をつけねばならぬ。ただ殺すはつまらぬゆえ、ぬしの命で我が衣を染めてやろう」
     殺戮を告げると同時、白い掌の中でナイフの刃がきらりと光った。


    「六六六人衆が、武蔵坂学園の灼滅者を襲撃しようとしているようです」
     硬い声でそう切り出したのは、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)だった。
     いつも穏やかで優しげな彼女が、珍しく急くように予測を告げていく。
    「放っておけば確実に殺されてしまうでしょう。皆さんには、急ぎ救援に向かっていただきたいのです」
     姫子が示したのは、とある学生の写真。
    「襲撃を受けるのは、当学園の高校三年生である結島・静菜さん。そして彼女を害そうとしているのは……六六六人衆の一人、血染屋・白雪(ちぞめや・しらゆき)」
     かつて闇堕ちゲームを行った一人であり、そのゲームの中で静菜を闇堕ちへと追い込んだ相手でもある。
     血のように赤い唇と瞳以外は、肌も髪も身につけるものも全て白で統一している白雪は、己の白い着物を人の血で染め上げて『作品』とする殺人鬼だ。
    「白雪の序列は変わらず四九四番。前回は灼滅することなど不可能でしたが、皆さんは日々力をつけていますし、今回ならば……その可能性はゼロではない、かもしれません」
     今回は周囲に一般人の影もなく、戦闘に集中できる。
     そのうえ白雪は戦闘で灼滅者達を倒すことよりも、静菜の血で己の白装束を染めることに拘っているようだと、姫子は告げた。
     静菜が戦闘に参加しなかった場合でも、彼女を追いかけようとして意識が散るのだという。
     どうやら今回の『作品』の為に、静菜以外の血が白装束を染めることを厭うようなのだ。

     灼滅者達が辿りつくのは、白雪がナイフを掲げた瞬間。
     この時に介入すれば、バベルの鎖に察知される恐れもない。
     白雪と静菜の距離は、10メートルほど離れているという。 
     白雪は前回と変わらず、殺人鬼と解体ナイフのサイキックと同等のものに、一部リングスラッシャーに似たサイキックを使ってくるようだ。

    「灼滅の可能性があるとはいえ、相手は高位の六六六人衆です。撤退させるだけでも、簡単ではないでしょう。ですが貴重な機会であることにも間違いありません」
     それに、灼滅者の暗殺を企てる六六六人衆を放置しておくわけにもいかない。
     可能ならば灼滅を。
     それが無理でも、退却に追い込んで欲しいと姫子は言う。
     だが第一の目標は、狙われている結島・静菜の救出だ。
     灼滅者側が全滅もしくは撤退も難しい状況となれば、静菜は殺されてしまう。
     勝てそうにないと判断した場合は、静菜を連れて早めに撤退した方がいいだろう。

     六六六人衆は、他にも闇堕ちゲームに関わった灼滅者を狙って事件を起こしているらしい。
     もしかしたら、事件の背後には高位の六六六人衆が関わっているのかもしれない、と懸念を口にする姫子の表情は憂いを帯びている。
    「どうか皆さん、誰一人欠けることなく戻ってきてくださいね」
     だがそれを押して笑みを浮かべると、姫子は灼滅者達の顔を一人一人見つめながら言って、送り出した。


    参加者
    無堂・理央(鉄砕拳姫・d01858)
    夕永・緋織(風晶琳・d02007)
    オデット・ロレーヌ(スワンブレイク・d02232)
    結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)
    蒼間・舜(脱力系殺人鬼・d04381)
    マリーゴールド・スクラロース(小学生ファイアブラッド・d04680)
    一・威司(鉛時雨・d08891)
    彩橙・眞沙希(天衣無縫の白にゃんこ・d11577)

    ■リプレイ


     白一色の姿に映える赤い瞳に射貫かれた途端、血と闇の記憶を呼び覚まされ、無意識のうちに体が竦んでいたことに結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)は気付いた。
     髪飾りと揃いの花飾りがついた左手で強く己の太腿を打ち据えれば、痛みと共に花に込められた『決意』と、狭まっていた視界が戻って来る。
     ここで戦うのは不利だと判断した静菜は、まだ距離のあるうちにと、本来の広さを取り戻した視界の端に見えた寂れた公園へと走り出した。
     駆け込んだそこは、予想通りに人影がない。
     僅かな安堵を得て追ってくる影に向き直れば、白装束の殺人鬼は走るでもなくゆったりとした足取りで近づいてくるところ。
     血染屋・白雪――かつて静菜が闇堕ちするきっかけとなった相手。
     堕ちたのは一人で突っ走った己の責任だと思ってはいるが、それでもトラウマのように心に残るものはある。
     悔恨と決意。
     そして闇の淵に立った恐怖と、誰かを……仲間を傷つける恐怖。
     かつて得たそれと、いま目の前にして忍び寄ってくるそれとが混じり合い、飲み込まれそうになる。
     次は勝つと決めてはいても、一人では到底届かないことは確かで。
     せめて気持ちでは負けまいと、友から贈られた護符を握りしめて深呼吸を繰り返し、待ち構える。
    「遊戯の始末をつけねばならぬ。ただ殺すはつまらぬゆえ、ぬしの命で我が衣を染めてやろう」
     距離を残して足を止めた白雪が、歪んだ愉悦の笑みを唇に刻んでナイフを高く掲げた。
     ――来る。
     予感したのは、死に限りなく近い白雪の刃。
     だが、静菜が抱いた死の予感は――。
    「食らえ、禍ツ蛇!」
     一本角の黒い蛇を象った影と。
    「悪趣味な創作活動は――此処まで、だッ!」
     貫くものと回転するもの、合わせて繰り出された二本の槍。
     そして静菜の視界を埋め尽くすように割って入った幾つもの背中によって覆された。
    「皆さん……」
     じわりと胸が温かくなる度に、胸にこびりついていた恐怖は解けて。
     かわりに沸き上がるのは、希望と闘志。
     仲間がいるのならば、再び出会えた因縁の相手に思うことはひとつ。
    「……勝たせていただきます」
     告げる静菜の口元には、いつの間にか笑みが浮かんでいた。


     蒼間・舜(脱力系殺人鬼・d04381)が操る一本角の蛇を模した影は、一見やる気のなさを感じさせる使い手の態度に反して素早く伸び、掲げた刃ごと白雪を飲み込んでいく。
     その影の左右から白雪に迫るのは、二本の槍だ。
     鋭い眼光と螺旋の動きにのせた槍で敵を貫く一・威司(鉛時雨・d08891)と、回転させた槍で薙ぎ払うように突進していく、彩橙・眞沙希(天衣無縫の白にゃんこ・d11577)である。
    「さて、全て護らせていただきますよ」
     すらりと高い背に輝く銀髪を靡かせた眞沙希は、飛び込む時に投げたカラーボールを白雪を薙ぐついでに割った。
     蛍光塗料が周囲に飛び散り、インクの臭いが立ちこめる。
     突然の乱入に驚愕していた白雪は強烈な色と臭いに我に返ったのか、着物とも思えぬ身のこなしで距離をとり、白い面に怒りの表情を浮かべた。
    「なんと無粋な……っ」
     サイキックの効果と相まって、狙い通りに白雪の視線と刃の対象が眞沙希へと移るが、己の身を盾として守る決意を固めているのは眞沙希だけではない。
    「余所見してていいのかな?」
     両の拳を体の前で構えたボクシングスタイルで白雪の背後に迫る無堂・理央(鉄砕拳姫・d01858)もまた、纏わせたサイキック障壁ごと拳を叩きつけ、怒りを駆り立てる。
    「なんと、なんと目障りな者共よ」
     赤い瞳が爛々と輝き、ナイフを持った白い手が踊った。
     舞う動きに合わせて白雪から生み出されるのは、実害を伴う殺気の渦。
     包囲するように布陣していた者達が黒い殺気の渦に飲まれるのを見て、白雪の赤い唇が笑みの形に吊り上がっていく。
    「……っ」
     顔色を変え、前へ出かけた静菜を押しとどめたのは、癒しの力をもつ光輪を彼女に与えた夕永・緋織(風晶琳・d02007)だった。
     緋織は僅か振り返ると、金色に輝く瞳を穏やかな笑みに細め、安心させるようにひとつ頷いてみせる。
    「彼女の狙いは、結島さんです」
     だから、これでいいのだと。
    「菜々花、静菜さんの為にも、あいつは絶対やっつけるよ」
    「ナノナノ!」
     緋織から少し離れたところでは、マリーゴールド・スクラロース(小学生ファイアブラッド・d04680)が気合いと共に炎の翼で己を包みこみ、ナノナノの菜々花が彼女の指示を受けてダメージの大きい威司へとハートを飛ばしていた。
     気が付けば静菜は最も白雪から離れた位置におり、仲間達は白雪を逃がしはしないというように囲んでいる。
     造られた布陣を見て仲間の意図を理解した静菜は、応えるように笑みを浮かべて肩の力を抜くと、傷も省みず真っ直ぐに白雪へ斬りかかろうとしているオデット・ロレーヌ(スワンブレイク・d02232)へと手にした符を投げた。
     瞬く間に癒えていく傷に気付いたオデットは視線だけで静菜へ謝意を示すと、白装束に負けぬ白光を放つ剣を叩きこむ。
    「着物はあなた自身の血で染めてちょうだい」
     そう宣言した通り、破邪の光に裂かれた白絹に、一筋の赤が滲んだ。


     もとより寂れ人影のなかった公園は、緋織が人を遠ざける殺気を放ったこともあり、白雪と灼滅者達の他に動く者はない。
     その中央で舞うように戦うのが白雪だ。
     白い繊手とナイフが翻る度に灼滅者達の血が流れるが、静菜以外の血がつくのを厭うという事前の情報の通り、その血は白雪の衣を朱に染めない。
     ただ距離を空けているというだけでなく、血がつかぬよう意識して動いているのだろう。舞う動きはかつて見た時よりも精細を欠いていると、静菜の言葉が裏付けた。
    (「とはいえ、楽に勝てる相手でもない、か……」)
     槍の先から漆黒の弾丸を撃ちだすと同時、包囲に穴が空かぬよう立ち位置を変えた威司が、鋭い眼光をさらに険しくする。
     毒には毒をと返しても、相手がばら撒く毒の方が遥に多い。
     緋織が浄化の風で祓い、静菜の護符で退け、菜々花のハートで治しているが、全ての毒を完全に消せるわけではなく、タイミングや運が悪ければ一気に深く蝕まれることもある。
     とはいえ、毒に関しては油断は出来ないものの、一進一退。予想の範囲内に収まっているといえた。
     大凡の流れにおいて、作戦が狙い通りに動いてもいる。
     最も狙われる静菜を一人だけ後衛に置いたことで、彼女への攻撃は二つに絞り込めていた。
     そして理央と眞沙希が静菜を庇いつつ白雪の攻撃を引き付けたことや、前衛にも人数を割いたことが功を奏したのか、一人を狙う攻撃も今のところ使う様子がない。もともと大勢の人間をいたぶるのが好きな性質だったこともあるのだろう。
     攻撃を見切られるのを嫌うのは敵も同じで、手段が絞られれば次の攻撃の予測もつきやすい。
    「毒じゃない方、くるよ」
     昂揚も気負いもない舜の声が、短く落ちる。
     静菜の動きと白絹の汚れ、そして怒りを駆り立てる二人の少女に意識を奪われている為か、ほぼ攻撃のこない位置にあって、舜は冷静に敵と戦場を把握出来ていた。
     攻撃を絞り込んだ予測と合わせての指示は、それで避けられるわけではないにせよ、分かっているだけで心に余裕ができる。
     めまぐるしく動く戦場にあっては頼ることもできないほんの僅かの利点に過ぎないかもしれないが、厳しい戦いだからこそ小さな積み重ねは無視できない。
     静菜へのダメージは軽微で、攻撃の多くを前衛に引き付けられており、攻撃の分散は上手く言っている。
     にも関わらず戦況が有利といえる程に傾かないのは、以前より精彩を欠いている筈の白雪の攻撃が、想定以上に重いからだ。
     退却に追い込むだけでも容易くはないとの言葉通り、甘くはない。
     だがじわじわと、それこそ小さな積み重ねの分だけ、少しずつ白雪を追いこむことは出来ている。
     圧倒されず、若干であれ灼滅者側のペースで進んでいることが、何よりも彼らが最善を尽くした成果だった。

    「菜々花、お願い!」
     癒せる傷を治す手は足りており、次々とばら撒かれる毒を消す方が重要となっている現在。マリーゴールドは菜々花に回復の指示を出すと、唸りを上げるチェーンソー剣を手に、自らは前に出る。
     普段は明るく天真爛漫なマリーゴールドの目が珍しくも厳しいのは、友を思ってのことだ。
     苦楽を共にした友人を害そうとする存在を、許すわけにはいかなかった。
     右サイドで結った髪に揺れるのは、悪を挫く言葉もある己と同じ名前の可憐な花飾り。
    「二度とこんなことできないように、返り討ちにしてあげる!」
     叫びに合わせて振り下ろせば、込めた想いに応えるようにチェーンソー剣の回転数が上がり白い腕に食い込んでいく。
     血飛沫が上がり、白雪を覆う呪術がひとつ砕ける感覚がして、マリーゴールドは会心の笑みを浮かべ、白雪は忌々しげに唇を歪めた。
    「ほんに、美を解さぬ無粋な輩よ」
     細い腕に似合わぬ力で食い込んだチェーンソー剣ごとマリーゴールドを振り払うと、舞う動きで再び毒の竜巻を起こし、己の周囲に群がる者達へ向けて放つ。
     舞に合わせて白い腕を伝った鮮血が、毒と共に散って踊った。
    「おかげで『作品』が台無しよのぅ……」
     毒に飲まれていく仲間へと風の精を模した弓を引いて癒しの力を放ちながら、緋織は白雪の言葉に痛ましそうに眉を寄せる。
     殺すことや傷つけることの重さは、決して遊戯では済まない。
     喪えば取り返しはつかないのだ。なんとしても止めなければならなかった。
     だが血の色の目は怒りに燃えて取り囲む前衛陣――とりわけ理央と眞沙希を睨み付けており、その手を休める気配はなく。
     理央が障壁を展開して仲間へ守りと癒しの力を分け与え、静菜も符を投げるが、深傷も多く全てを癒すことはできない。
     特に、攻撃に重きを置いている威司とオデットの傷が問題だった。
    「ここまでか」
     落とされた威司の呟きは、少しばかりの悔しさを滲ませてはいたが暗くはない。
     攻撃の担い手のダメージが大きいことは、予測の範囲内であり、対処法も決めてある。
     オデットもさして変わらぬ傷を負っていることは気がかりだったが、取り決めたリミットに先に達したのなら遂行するのが務めと、威司は掲げた槍の影で素早く舜へと視線を向けた。
     目線で返されるのは了承の意で、アイコンタクトを済ませた二人は作戦の通りに立ち位置を交換するべく動き出す。
    「仕方ないな」
     やれやれと言いたげな呟きの後、駆け出す舜の足を角のある蛇型の影が追い、下がる威司とすれ違った。


     白雪の表情から余裕も笑みも消えて、どれくらい経っただろうか。
     染み一つなかった白絹は所々を切り裂かれ、彼女自身の血で濡れて、もはや『作品』どころではないように思える。
     追い詰めている、実感はあった。
    「あらあら、綺麗な作品が台無しですね」
     ならば逃がすわけにはいかないと、眞沙希は挑発の言葉と共に槍の先から冷気のつららを撃ち込んでいく。
     庇うだけが皆を守るということではない。追い詰め確実に灼滅することで繰り返される悲劇を防げるのなら、それもまた守るということ。
     その覚悟を持った眞沙希の一撃に白雪から苦悶の声があがり、ゆらりと体が傾きかけた。
     それを隙とみて軽いフットワークで近づき懐に飛び込んだ理央が、オーラを纏った拳を細い胴へとめり込ませると、赤い唇からは声だけでなく似た色の血がごぼりと溢れる。
     白絹にまたひとつ、彼女自身の血で描かれた華が咲いた。
    「戯れが、過ぎたか……」
     掠れた声に反して赤い目だけは異様な輝きを放っている白雪が、長く消えていた笑みを口元に浮かべる。
    「ならば主らにも踊ってもらおう」
     ニィ……ッと、裂けるように口の端が上がりきると同時、彼女の手にあったナイフが分裂し、周囲に居た者達を切り裂こうと襲い掛かった。
    「……ッ」
     周囲を巻き込む攻撃は、他者の血がつくことを厭ったのか、この戦いの中で初めて見る動きだった。
     だが、だからこそ分かった。
     考えるよりも先に理央の体が動く。拳を撃ち込んだ態勢から、仲間を庇う位置へと、無理矢理に体を持って行った。
     中盤まで無傷できた舜はまだ余裕がある。眞沙希もぎりぎり保つだろう。だが、既に一度膝をつき気力で立ち上がったオデットでは耐えきれない。
     理央自身も耐えられるか否かの瀬戸際だったが、迷いはなかった。
     誰かが倒れる姿を見たくないという思いが無意識のうちに体を動かしたのかもしれない。
    「理央!」
     咄嗟の判断はギリギリでオデットを救い、だが代わりに理央が頽れる結果となった。
     倒れ込む合間、理央の名を叫んだオデットに彼女の指が差し示すのは、倒すべき敵。
     その意を継いで、オデットは荒い息を吐きよろめく白雪へと疾駆していく。
    「落ちたは一人か……。しぶとい、しぶといのぅ」
     構えた白いロッドの先。自嘲めいた哄笑をあげる白雪が見えた。
     既に半分以上が血に染まった白絹に浅く眉をたてると、オデットは渾身の力をこめてロッドを振るう。
    「白って色はね、何にも染まらない意志を持つ、強い色なのよ」
     ほんの少しの色が混じるだけで消え失せる、気高く美しい決意の色。
     その色を身に纏う者として、倒れ込みそうになる己を叱咤して叩き付けたロッドの先から、大量の魔力が白雪の体内へと流れ込んだ。
     その衝撃にガクガク揺れる体へと、舜のくの字型のナイフが、マリーゴールドのチェーンソー剣が、吸い込まれるように集っていく。
     恐らくは互いに限界が近い。
     前衛は満身創痍で、分散させたとはいえ静菜の傷も浅くはなく。理央が倒れた今、薄氷の上を渡るような恐怖もある。
     だがまだ撤退の条件には至らず、灼滅も見えている今。
     最善を尽くした先に、今があるのなら。
     ――残る力の全てを、ぶつけるだけだ。
    「地獄の底で、己の血で染め物でもしていろ!」
     必ず、倒す。
     威司の決意をのせて突き出された槍は真っ直ぐに白雪の胸を貫き――胸元に盛大な朱の華を咲かせて、白雪が倒れた。
     ゆっくりと傾ぎゆくなか、白雪は怒りと怨嗟が渦巻いた赤い瞳で灼滅者達を射殺すように睨め付けていたが――。
     その目が己の纏う衣を映して不意に見開かれ、何故か満ち足りた微笑みに変わる。
    「ふ……してやられたわ。なるほど、なるほどのぅ。ぬしらの『作品』、悪くない。負けを認めてやろう。良い、良い血の衣だ……」
     それが、己の白絹を人の血で染める殺人鬼『血染屋・白雪』の最後の言葉となった。

     因縁深い相手の死に様を見つめ、静菜はそっと目を閉じる。
     再び相まみえ、仲間に助けられ、宣言した通りにどうにか打ち勝った。
     けれどきっと、忘れることはないだろうと思う。
     駆けつけてくれた仲間達の思いと、僅かな苦みを伴うこの光景を――。

    作者:江戸川壱号 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 12/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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