死んでください

    作者:灰紫黄

    「……おかしい」
     紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)の周囲からは、いつの間にか人の気配がなくなっていた。さっきまで普通に歩いていたはず……と思い返そうとするが、何かがそれを妨げていた。
    「っ!」
     殺気を感じ、咄嗟に飛び退く。次の瞬間には謡のいた場所に大きな穴が穿たれた。ガシャリ、と金属音がして杭が元の位置に戻る。杭打ち機の主は、見覚えのある男。真っ黒なジャージに、いつも笑っているような細い目。六六六人衆序列六二〇番、寒河・創吾。
    「お久しぶりです。まぁいろいろありまして……すみませんが、死んでください」
     寒河が言い切るのと同時。両腕の杭打ち機が唸りを上げ、葉へと襲いかかる!

    「あ、あ、あ、集まってくれてありがとう! 説明を始めるわ!」
     慌てふためく、という表現そのままに教室に飛び込んでくる口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)。その切羽詰まった様子に、灼滅者達はただならぬものを感じた。
    「六六六人衆が、武蔵坂学園の灼滅者を狙って行動を起こしたわ。急いで助けに行って! このままだと、確実に殺されちゃう!」
    「六六六人衆が、灼滅者を狙って……?」
     灼滅者達に困惑が広がる。無差別な殺戮や闇堕ちゲームを起こすだけならず、まさか個人が狙われるとは。
    「今回の事件、いろいろ不可解な事があるの。狙われているのは闇堕ちゲームに勝った人みたい……もしかしたら高位の六六六人衆が関わっているのかも」
     ただ、これはあくまで不確定状況だ。今、必要なのは背後を探ることではなく仲間を助けること。
    「狙われたのは、紫乃崎・謡さん。そして、謡さんを狙っているのは序列六二〇番、寒河・創吾よ。名前に聞き覚えのある人もいるかもしれない」
     寒河はこれまでも三回、灼滅者と交戦しているが、犠牲者や闇堕ちは出ていない。今回の一件は続いた失敗の挽回だとでもいうのか。
    「寒河は、バベルブレイカーに似た武器を持ってる。それを使ったサイキックと殺人鬼のサイキックを扱うわ。ただし、威力はすごく強力だから十分に注意して」
     加えて、今まで寒河は不利を悟ると撤退していたが、今回は成果を得るまで撤退しないようだ。六六六人衆にとっての成果とは灼滅者の殺害か闇堕ちだろう、と目は推測した。
    「私からお願いしたいのは、謡さんの救出よ。でも、この期に寒河を灼滅できるなら灼滅してしまいましょう」
     ぎゅ、と目は拳を固く握る。
     これまでも多くの人の命を奪い、灼滅者の暗殺まで狙う存在を野放しにするわけにはいかない。逃せば、また犠牲が出てしまうだろうから。


    参加者
    新海・マキナ(無一物・d00598)
    紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)
    苑田・歌菜(人生芸無・d02293)
    葛城・百花(花浜匙・d02633)
    土方・士騎(隠斬り・d03473)
    リュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)
    蘚須田・結唯(祝詞の詠い手・d10773)

    ■リプレイ

    ●細目の殺戮者
     深夜の境内。本来なら初詣の参拝者がいるはずのそこには、しかし人間は一人しかいなかった。紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)である。彼女と対峙するのは、人ならざる死の化身。寒河は夜に溶け込むように、黒い靄でその身を覆っている。
     圧倒的なまでの黒。濃密な死の気配。黒以外の色は、両腕に取り付けられた、謡の腕よりはるかに太い杭くらいであった。寒河は音もなく地面を蹴り、謡へと迫る。防御態勢をとるが、意味はない。寒河はその瞬間には背後をとっていた。杭の先端が謡の背を貫かんとするとき、虚空から光が走った。杭を空中で放ち、その反動で寒河は光をかわす。
    「あなたはここで倒す……紫乃崎さんの、皆さんの、罪のない人達の笑顔を、あなたなんかに奪わせないためにも!」
     光は蘚須田・結唯(祝詞の詠い手・d10773)の放った矢であった。彼女に続いて、六人の灼滅者が姿を現す。その中には謡のよく知る顔もあった。
    「そろそろ頃合いだと思っていたよ」
    「そう? 私は遅いくらいかなーって」
     まるで学校の帰り道でたまたま会ったかのような気軽さで言葉を交わす謡と苑田・歌菜(人生芸無・d02293)。恐るべき強敵を目の前にしているというのに、緊張した様子はない。慢心ではなく、信頼からだろう。
    「ご愁傷様……ってわけでもないみたいね」
     葛城・百花(花浜匙・d02633)が謡の顔をのぞき見れば、彼女の横顔は戦意に満ちていた。けれど、それは他の灼滅者達も同じこと。ようやく寒河を倒すことができる、と心中に炎が逆巻く。
    「ハハ。新年早々、倒されに来るとは御苦労なことだな」
     死や闇堕ちの危険を忘れたわけではない。けれど、それ以上に強敵と戦える喜びが大きい。歓喜を表現するように、新海・マキナ(無一物・d00598)の足元の影がぐるぐると渦巻く。
    「紫乃崎君、まさか囮を務めたのではあるまいね?」
     寒河を見据え、土方・士騎(隠斬り・d03473)が皮肉げに笑う。六六六人衆による暗殺ゲーム。一人でいる灼滅者を狙うはずが、仲間が合流したことで、六六六人衆自身が罠にはめられたような格好になった。
     一方、知った顔があるのは謡だけではない。以前、寒河と戦った灼滅者もここにいる。
    「お久しぶりですね。といっても、会うのも今日で最後でしょうが」
     灼滅者達と寒河が最初に遭遇したのは約一年前。かつては撃退することしかでなかったが、今は違う。こちらは寒河を倒すだけの力を持っているのだ。それをハルトヴィヒ・バウムガルテン(聖征の鎗・d04843)は知っている。
    「約束してたわよね? あなたは私が……殺すって」
     決意を秘めて言う。リュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)の胸中では殺意が嵐となって暴れていた。家族の仇とだぶって見えるから。それでも、冷静さは忘れない。全ては寒河を倒すために。
    「やれやれ。その約束、反故にしていただけませんかね」
     口では呆れながら、表情には感情らしきものは見受けられない。いつも通り細い目は、いつも通り笑っているように見えた。鈍い金属音とともに、再び杭が機械に装填される。

    ●暗殺ゲーム
     灼滅者側の陣容は前衛が二人に、中衛と後衛が三人ずつ。前衛の防御役が消耗したところで入れ替わる手はずになっていた。対して、寒河は当然ながら一人。けれど、単純な能力では八人を凌駕している。
    「では、まずは挨拶代わりに」
     寒河の周囲にどす黒い殺気が凝集する。狙いは中衛だ。戦いに勝つには、自分の損害を最小に抑え、相手に最大の損害を与えること。一番崩しやすいのは中衛だと判断したのだろう。
     殺気の波が届くより早く動くマキナ。その身は盾であると、そう決めていた。その後ろに隠れた百花が反撃を試みる。銀の指輪にはめられた赤い石から魔弾が放たれるが、寒河はそれを体をひねるだけで回避してみせた。だが、灼滅者の攻撃は止まらない。
    「何が暗殺ゲームよ。私は認めない!」
     歌菜の影が無数の触手となり、寒河の動きを捉えた。三日月・連夜と対峙した日の悔しさを、歌菜は忘れはしない。あの日を発端に、闇堕ちゲームが広まったのだ。
    「熱くなるのは性に合いません。ですが、今日ばかりは本気です」
     とハルトヴィヒ。その言葉に、寒河は少し油断した。以前に遭遇した時を思い出したからだ。だが、ハルトヴィヒの紫紺の一閃は寒河へと到達した。以前より成長したのだと、嫌でも思い知らされる。
    「あら、私も忘れないでよ?」
     さらにリュシールが続く。螺旋を描く槍が黒い靄とジャージとを突き抜けた。
     寒河は心中で舌打ちした。侮ったつもりはない。だが、灼滅者達の力は想像以上に強くなっていた。急な襲撃で眷属を用意できなかったのも痛い。
    「僕も年貢の納め時ですかね」
     寒河は狙いを前衛に改めた。楽をすることはできそうにないと諦めたからだ。杭打ち機を地面に据え、引き金を引く。すると、衝撃が前衛を襲う。
    「フン、この程度……」
    「ああ。この城、容易く崩せると思うな」
     マキナが覚醒の矢を与えれば、士騎もそれに刃で応える。白刃は獲物を屠る獣の牙のように黒い靄を切り裂く。
    「今、回復しますね!」
     後衛から光の輪が飛び、傷を癒すと同時に加護を与える。役割分担によって、灼滅者側は攻撃と回復を一度に行える。ひとつひとつはダークネスに及ばなくても、小さく積み重ねていけば。
    「百花」
    「ええ、合わせるわ」
     謡の槍が氷の弾丸を放てば、さらに百花が斬撃を加え、傷を抉る。息の合った連続攻撃に、寒河も慌てて距離をとる。
     連携。サイキックの多様さ。それらも灼滅者達の大きな武器だった。全身を状態異常に蝕まれ、寒河は仕方なく自らを回復させる。それは灼滅者達の優勢を感じさせた。
     けれど、
    「本当に強くなりましたね。逃げてしまいたいところですけど、そうもいかないんですよ」
     愚痴っぽく呟きながらも、寒河の姿がかき消える。次に現れたのは前衛の頭上だった。

    ●暗闘
     杭打ち機が隕石のような勢いで杭を吐き出す。咄嗟に武器を交差して構えるが、杭はその防御すら易々と撃ち貫いた。衝撃で士騎の体が地面にバウンドし、高く打ち上がる。再び地面に激突する寸前、同じく防御役のマキナが受け止めた。
    「くっ、すまない」
    「気にすんな。立てるか?」
     これまでの攻防で前衛の二人にはダメージがかなり蓄積していた。灼滅者が手数と状態異常で攻めるなら、寒河は圧倒的な攻撃力で。さすがに二人だけで防ぎきることは不可能だ。
     それを見越して、寒河は薄く笑みを浮かべた……ように見えるだけかもしれないが。しかし、それを読んでいたのは彼だけではない。傷付いた二人をかばうように、謡とハルトヴィヒが前に出た。それにあわせてマキナと士騎は後ろへ下がる。
    「二人とも、無理だけはしないでくれよ」
     自分を助けるために駆けつけてくれた仲間が傷付けられたのだ。元よりその気だが、生かして帰す気はない。怒気が静かな背中から発せられていた。
    「ふふ、燃えてきましたよ」
     反対に、ハルトヴィヒは不敵に笑む。強敵との戦いを心底楽しんでいるようだった。
    「困りましたね……」
     寒河の手持ちのサイキックでは後衛へ届く攻撃は乏しい。相手が多数なら、頭数を減らすのが手っとり早いというのに。珍しく焦りを感じていた。
    「そりゃ困らせるためにやってるからね」
     独り言に軽口で返す歌菜。それに寒河もそれはそうです、と頷いて。影を宿した拳は回避され、代わりに太い杭が眼前に飛んできた。灼滅者でなければ頭がドーナツになっていただろう。すかさず結唯が回復を施す。
    「大丈夫ですか!?」
     結唯の緊迫した声に、歌菜は片手を上げて応えた。ひとまず大丈夫らしい。
     防御役が入れ替わったことで、寒河の狙いは再び中衛に向いていた。消耗の激しいものを狙うつもりのようだ。
    「後半戦ってところかしら?」
     寒河は身体のところどころが凍り、かなり傷を負ってはいるが、まだ余裕はあるように見える。灼滅者側も全員が健在だが、消耗は小さくない。百花は再び魔弾を放つ。寒河は避けようともしなかった。代わりに懐に入った。手刀による斬撃。思わず首が付いているか確認してしまうくらい、綺麗にもらってしまった。
    「っ、この!!」
     慌てて氷弾を放つ。脳裏に甦るのは、惨劇の記憶か。リュシールの表情にも焦りが見える。あちら側の攻撃は強力だ。当たり所が悪ければ、それだけで戦況が傾きかねない。
     文字通りの一進一退の攻防は、全くの予断を許さない。半身を氷漬けにされながら、杭打ち機の片方は機能停止し、それでも寒河は止まらない。
     まだ、動く。
     まだ、殺す。
     六六六人衆であるが故に。全身に傷を負いながらも死を振りまく姿は、まるで歩く墓標だった。

    ●朝日
     これまでならとっくに逃走しているであろうダメージを受けても、寒河には撤退の様子はない。逃走は他の六六六人衆の奇襲を警戒しているためだが、今回はそれが確実にないと思っているようだ。上位の六六六人衆とやらの仕業だろうか。
     歌菜は歯を食いしばる。三日月だけではない。これからもっと多くの、そして強い敵と戦わなくてはならないのだ。こんなところで負けるわけにはいかない。
    「みんな、大丈夫?」
     確認すれば、みんな頷き返す。そろって満身創痍だが、まだまだ戦える。
    「ここまで来て、大丈夫じゃないとは言わないさ」
     謡の紫の瞳が寒河の姿を映す。人に似た、そして似もしない異形の殺戮者。ここで引導を渡すと、全員が決意していた。
    「僕にも意地というものが、いえ、本当はないんですけど、負けっぱなしは嫌じゃないですか」
     寒河の方も覚悟を決めたようだ。残った右腕の杭打ち機が杭を飲み込んだ。
    「そろそろ大詰めだな。行くぜ!」
     マキナが叫ぶのと、寒河が地面を蹴るのが同時。突風の速度で中衛に迫る黒い影。ハルトヴィヒがその前に立ちはだかる。腹部を貫かれながらも、寒河の動きを止めた。
    「残念ですが、もう終わりですよ」
     零距離から放たれる影の奔流。影の波が嘆きむせぶ人々の横顔に見えた。
    「今です!」
     夜の冷たい空気を結唯の声が貫いた。前衛から、中衛から、後衛から、灼滅者達のサイキックが殺到する。最後の猛攻に、寒河の体が削れていく。それでも動こうとする寒河を、百花の魔弾が縫い止めた。
    「眠りなさい。永遠に、ね」
    「介錯だ。受け取ってくれ」
     上段から振り下ろされる士騎の刃。それは敵を屠る牙であり、闇を切り裂く光。一閃は寒河の体を断ち切り、ついに致命傷を与えた。
    「ふぅむ。やっぱりこうなってしまいましたか……」
     上半身だけになりながら、他人事のように呟く寒河。末端から靄となって夜に溶けていく。
    「私が武器を取ったのは、憎んだからじゃなかったわ。私みたいな子を増やしたくないからだった。あなたがそれを思い出させてくれたわ」
    「……そんなこと言うくらいだったら、手加減してくれればよかったんですけどねぇ」
     リュシールから思いもよらないことを言われ、苦笑する寒河。珍しく、笑ったとはっきり分かった。
    「さて、そろそろ時間です。……僕を倒したんですから、他の連中にはやられないでくださいね。あの世でまであなた達とは会いたくありませんから」
     最後に小さく笑い、寒河の体は完全に消え失せた。
     敵の最期を見届け、灼滅者達はその場に倒れ込んだ。もう限界だった。誰もしゃべらず、誰も動かない。やがて夜が明けるまで、静かに勝利を噛みしめていた。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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