新春初殺し~大鉄球壊殺遊戯

    作者:泰月

    ●暗殺ゲーム、開幕
    「……? 何でしょう?」
     犬神・夕(黑百合・d01568)は、違和感に小さく首を傾げた。
     周りの気配が少なすぎる――そう感じた理由を確かめるよりも早く、咄嗟にその場を飛び退く。
     一瞬遅れて、彼女が立っていた場所を小さな鉄の塊が穿った。
    「っ……鉄球?」
    「ま、挨拶代わりくらいは避けるか」
     飛来した鉄球。それと、その声、その姿、その殺気。
     どれも、夕の記憶にある、ある敵と一致していた。
    「そのアフロ……殴烈ですか」
    「おおよ! いかにも、俺だ。鉄・殴烈だ!」
     アフロ男は、夕の言葉に獰猛な笑みを浮かべて答えた
     その右手には巨大な鎖鉄球を、左手には小さな鉄球がいくつもついた鎖を構えている。
    「俺を覚えてるって事ぁ、お前、俺のゲームの生き残りの1人だな。そいつぁいい!」
    「いつかリベンジしたいと思っていましたが、1人の所を狙って来るとは。ゲームの続きですか?」
    「ゲーム? まあゲームはゲームだがな……」
     問い返した夕に答える殴烈の持つ鉄球が、徐々に変わっていく。
     右の鉄球が2回りは大きくなり、左の鉄球は幾つもの鋭い突起のついた凶悪な形へと。
    「闇堕ちさせるなんて生温い事は言わねぇ――ぶっ殺しに来たぜ!」

    ●風雲急を告げる
    「お前達、事件……いや、緊急事態だ」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)が集まった灼滅者達に告げる。
    「六六六人衆がお前達を狙っているぞ」
     そう告げるヤマトの声は、心なしか彼にしては緊迫しているようにも聞こえる。
    「奴らは既に動き出している。その一人が、序列四八〇番、鉄・殴烈だ」
     鉄・殴烈。
     かつて灼滅者を闇堕ちさせるために虐殺事件を起こした事のある六六六人衆。
    「犬神・夕が襲われると、サイキックアブソーバーが俺に教えてくれた。話が終わったら、これから言う場所に急行してくれ。夕一人では、殺されてしまう」
    「殺される、だと?」
     聞き返す誰かの声。
     確かに、ダークネスは灼滅者が1対1で勝てる相手ではない。
     だが、その言葉ではまるで――。
    「ああ、そうだ。サイキックアブソーバーは、以前の奴よりも遥かに強い殺意も教えてくれた。今回は、お前達を、闇堕ちゲームで生き残った灼滅者を殺しに来ている、とみて間違いないだろう」
     その言葉に、教室の空気が一層緊迫する。
    「四〇〇番台まで動いていると言う事は、より高位の六六六人衆が背後にいるのかもしれん。だが、今は目先の危機を回避する事が最優先だ」
     何しろ相手が相手だ。
     眼前の敵以外に意識を逸らして勝てる相手ではないだろう。
    「殴烈の戦い方は、以前とあまり変わらん。重たい一撃を放つ巨大鉄球と、速く鋭い一撃を放つ小鉄球の組み合わせ。今回は鏖殺領域を使わない代わりに、自己回復をするようだ」
     鉄球には全て鎖がついており、距離があっても届く。
    「奴の鉄球だが、巨大鉄球は以前より大きく、小鉄球には鋭い突起が幾つもついた形に変化している」
     威力と殺傷力が増していると考えるべきだろう。
    「奴の殺意の現れと言った所だろう――だが! そこにこそ、お前達の生存経路がある!」
     ヤマトは力強く言い切った。
    「奴の攻撃は激しくなっているが、お前達の攻撃も当て易く、ダメージも通り易くなっている筈だ」
     つまり、だ。鉄球に力を注いだ分、防御能力は落ちている。
     また、大きさを増した鉄球は、殴烈自身の速さを幾らか奪ってもいる。
    「そうまでして殺したいらしい。だから、奴はギリギリまで撤退しない。追い込むチャンスでもある。全力で叩き込んでやれ!」
     加えて、襲撃現場にいるのは狙われた夕と殴烈のみ。一般人はおらず、敵との戦いに専念出来る。
    「お前達を暗殺しようとする相手を逃がすのも危険だ。可能であれば、ここで灼滅すべき敵だろう」
     その可能性が充分にあると確信していなければ、ヤマトはそうは言うまい。
    「だが、これも忘れないでくれ。最優先はこの危機を脱して、全員で生きて帰って来る事だと」
     全員の顔を見回し、ヤマトは告げる。
    「俺から伝える事はこれで全てだ。頼んだぞ」


    参加者
    玖城・隼人(紅蓮騒刃・d01081)
    犬神・夕(黑百合・d01568)
    北斎院・既濁(彷徨い人・d04036)
    一宮・光(闇を喰らう光・d11651)
    霞代・弥由姫(忌下憬月・d13152)
    ジオッセル・ジジ(ジジ神様・d16810)
    茂多・静穂(ペインカウンター・d17863)
    綾辻・刻音(ビートリッパー・d22478)

    ■リプレイ


     都心の繁華街にある高層ビルの屋上。
     吹き荒ぶ冷たい風が、犬神・夕(黑百合・d01568)の長い髪を揺らす。
    「前から気になってたのだけど……そのアフロ、もしかして鉄球がモチーフ?」
     クスリと笑みを浮かべながら、正面に立つ六六六人衆、鉄・殴烈に向かって、挑発的に告げる。
    「だったらどうした。殺されそうな割に、余裕あんじゃねえか?」
     余裕などあるものか。
     挑発的な事を言ったのは、冷静さを保つ為と、周囲の状況を確認する時間を稼ぐ為。
     明りは充分、障害物もなし。
     ビル内部への唯一の出入り口は、殴烈の背後。屋上の外周は、落下防止の為だろう。背の高い鉄柵に囲まれている。
     乗り越えられない事はないが、そうすれば間違いなく、乗り越える前に背中に鉄球を叩き込まれるだろう。
     つまり、逃げ場はない。
     だからと言って打つ手がない事にはならない。状況に流されずに戦い、機を待つのだ。
    「……覚悟は、日頃よりしてますから」
     夕はもう一度小さな笑みを浮かべて小さく呟いた。
     ゲームを始めよう。六六六人衆の暗殺ゲームではなく、灼滅者の生き残りゲームを。

     一方その頃。
     ヤマトから夕の危機を知らされた7人の灼滅者達の姿が、同じビルの1階にあった。
    「良かった。エレベーターは動いてますね」
     エレベーターのボタンを押してランプが点灯した事を確認し、一宮・光(闇を喰らう光・d11651)が僅かに安堵したように小さく息を吐く。
    「でも、結構上ですね……」
     頭上に点灯する現在階数の表示に、茂多・静穂(ペインカウンター・d17863)もどかしそうに呟く。
     とは言え、目指すは屋上階。階段を走って登るより、素直にエレベーターを使った方が早い。
    「それにしても、いやに、静かですわね」
     霞代・弥由姫(忌下憬月・d13152)が辺りを見回し、呟く。
     正月のまだ早い時間とは言え、他に人の姿は見当たらない。
    「六六六人衆が何かした、かも……気配とか、人がいる感じが全然、しない」
     一房伸ばした前髪を弄りながら、綾辻・刻音(ビートリッパー・d22478)が静かに呟く。
     普段つけているヘッドフォンも今は外している。気のせい、と言う訳ではなさそうだ。
    「確かに。入り口のドアも開いてたのに、ここまで俺達以外誰も見てねえしな」
     ぼさぼさの頭をに手をやりながら、玖城・隼人(紅蓮騒刃・d01081)も頷く。
     いざとなればドアを壊すつもりで、監視カメラにも映らないよう特殊な気流を纏っていた隼人だが、その必要はなかったようだ。
     そこに、チン、と小さな音が鳴ってエレベーターの扉が開いた。
    「ま、誰もいないってんなら好都合だろ。先を急ごうぜ」
     飄々とした北斎院・既濁(彷徨い人・d04036)の言葉に頷いて、7人は鉄の箱の中に乗り込む。
     重たい扉が閉まり、空間全体が浮上する僅かな浮遊感が彼らを包む。
    「心してかかりましょう……そして、一緒に生きて戻るですよ、皆さん」
     天井を見上げて静かに、しかし決意を込めて呟くジオッセル・ジジ(ジジ神様・d16810)の傍らには、既に相棒たる霊犬の姿があった。


     急角度な弧を描いて迫る大鉄球を受け流そうと、夕は衝撃を逃がす為に足を柔らかく構える。
     しかし、凄まじい衝撃を流しきれず、夕の身体は跳ね飛ばされた。
    「くっ」
     空中で向きを変えて、叩きつけられる事だけは防ぐ。
    「言うだけあって、粘るじゃねえか!」
     鎖を引っ張り軽々と鉄球を手元に引き寄せた殴烈の言葉には答えず、オーラを癒しの力に変えて自身に施す。
    (「エクスブレインのバックアップなし、且つ一対一と言うのも……キツいものですね」)
     このままでは長く持たないのは今の一撃で充分に思い知らされた。
     間合いを詰めようとする夕。扉の前から動かず、大小の鉄球を操り間合いを詰めさせない殴烈。
     そんなやり取りが、数十秒。
     守りに徹しても、あと何回耐えられるか――。
     その時、ビルの中へと続く扉が内側から乱暴に開け放たれた。
    「何だ?」
     振り返った殴烈が見たものは、やたらでかくて長い鉄の棒を振りかぶった既濁の姿。
     殴烈の鉄球にも負けない迫力のある棒を、慣れた様子で振り下ろす。
    「うぉっ!」
     殴烈はその一撃を、腕に鉄球の鎖を巻きつけて受け止めるが、衝撃に膝が沈み動きが一瞬止まる。
     その間に残る6人と1匹が続々と屋上に飛び出してくる。
    「痛みの罪には痛みの罰を」
     真っ直ぐに殴烈を指差す静穂の指輪が輝き、指先から放たれる魔弾。
    「相応の覚悟は、当然してきてるんだよ、ね?」
     素早く背後に回り込んだ刻音は、膝を落として低く槍を振るう。
    「仲間を殺されるわけには行かない!」
     その強い意志を反映したかの如く、光の足元の影が膨れ上がって狼の様な形を取り、更に形を変えて殴烈の身体に絡みつく。
    「俺からのプレゼントだ……歯ぁ食いしばれっ!!」
     その反対側から踊り出た隼人が、硬く握った縛霊手の拳と同時に霊力の網を叩きつける。
    「犬神先輩、大丈夫ですか?」
     その隙に夕の側へと駆け寄った弥由姫が光輪を飛ばし、傷を癒す。
    「ええ。まだ生きてますとも」
    「安心するのは早いです。向こうは不退転の覚悟で私達を殺しに来てるとの事……ここで滅ぼすべき敵です」
     ジオッセルも同じく夕へと光輪を飛ばしながら、簡潔にこの後の方針を告げた。
    「ギエヌイ」
     呼ばれた霊犬が、咥えた刃で殴烈を斬り付ける。
     完全にではないにせよ、殴烈を包囲した灼滅者達。彼らは、殴烈を倒すつもりだ。
    「お前ら、そいつを助けに来ただけじゃねえな? 俺を殺すつもりかよ」
     その狙いは殴烈自身にも知られる所となる。逃げ道を塞ぐように囲まれれば、この男でなくても判ると言うもの。
    「てめぇの方から襲ってきたんだ……慈悲は無いと思え」
     それを隠そうともせず、炎を模したチェーンソー剣の切っ先を向けて隼人が言い放った、次の瞬間。
    「くっ……くははっ! あーっはっはっはっははっ!」
     アフロが揺れる勢いで殴烈が笑い出した。
     予想外の反応に、灼滅者達も一瞬呆気に取られる。
    「くくっ。おもしれぇなぁ……なりそこないが、この俺を。殺すつもりかよ。そう言うことなら、ゲーム方針変更だ」
    「……どう言う事?」
     殴烈から視線を外さず、ジオッセルが問う。
    「お前ら全員、叩きのめしてから念入りにぶっ潰して仲良く殺してやるよ。その前に、全員叩きのめされる前に、俺を殺してみせろ! 殺るか殺られるかのゲームだ!」
     嗤って言う殴烈は、愉しんでいるようだった。
     自分に殺意を向けられている、この状況そのものを。
    「アフロの中までおめでたい作りのようですわね。私達はあなたを愉しませに来たのでも、殺されに来たのでもないのですわよ」
     勝手な物言いに感じた怒りを押し殺しつつ、毒づく弥由姫。
     灼滅者達は確かに殴烈をここで倒すつもりでいるが、全滅するまで戦うつもりもないのだ。
    「知るか。お前らこそ、俺に慈悲は無いと思え」
     そんな思惑を殴烈が知る筈もなく、先の言葉をそっくり返される。
    「どこまで、身勝手なんですか……」
     静穂の怒りを受けて、足元の影が濁流の様に波打つ。
    「そんなふざけたゲームは、ここで終わらせてやる!」
     光の足元でも、露わにした嫌悪の情に呼応するかの如く、足元の影が蠢く。
    「本当に、良い度胸してる、ね。……そういうの、嫌いじゃない、よ?」
     特に動じた様子もなく、静かな声で応じる刻音が構える槍の穂先が、冷たさを増していく。
    「やっぱ、その武器いいな。俺にくれよ」
     既濁が口にした正直な欲求には、鎖の音が返された。
    「さぁ、始めようぜ……狩りの時間だ!」
     隼人のチェーンソー剣が回り始める音が、獣の咆哮の如く響いた。


     影の触手が、霊力の網が。幾重に重なり殴烈に絡みつく。
     灼滅者達の攻撃の半分以上が、敵の動きを縛り阻害する力を持つ類のものであった。
    「ハンっ。お前らが俺の動き乱そうとしてくる事くらい、覚えてんだよ!」
     しかし、殴烈は気勢をあげて叫ぶと、その効果の大半を打ち消してしまう。
     力量で勝る相手の力を削ぐのはセオリーと言えるが、故に読まれていた。
     一方、灼滅者達も、戦線の後ろから弥由姫が盾となる光輪で、前ではジオッセルがオーラを変えた癒しの力で、仲間の傷を癒し異常を払い続ける。
     こうなると、どちらにとってもサイキックの効果が決め手になりにくく、単純な威力の方が物を言う展開になってくる。
    「球なんぞ思いっきり打ち返してやらぁ」
     迫る大鉄球に対し、既濁が構えた鉄の棒を思い切りフルスイング。鉄の塊がぶつかり合う、重たい金属音が響く。
    「にゃろ。重てぇ、な!」
     しかし、予想以上の重さに身体が流されそうになり、咄嗟に飛び上がる反動で大鉄球を打ち下ろす。
     真っ向の力勝負では、やはり分が悪い。
     しかし、灼滅者達が勝っているものもある。手数だ。
     コンクリートにめり込んだ大鉄球を踏み越えて、静穂が跳んだ。
    「今まで、どれだけの人間に無慈悲な痛みを与えてきたか……その罰を受ける時です」
     鉄の処女の名で知られる西洋の処刑具を模した縛霊手を構え、その拳と霊力の網を叩きつける。
    「痛み? 俺が殺した連中、痛みなんか感じてねえだろうぜ!」
     殴られた痛みを気にした風もなく、嗤いを浮かべた殴烈は腕の動きだけで大鉄球を跳ね上げさせた。
     背後で高く上がった大鉄球を、静穂が横目で確認したその時。
    「っ!?」
     静穂はミシリと鈍い衝撃と、何かが刺さる鋭い痛みを立て続けに感じた。
    「普通の人間なんざ、これで腹に風穴開けて死んでるっての……痛くて良かったなぁ!」
     赤く染まった棘鉄球を引き寄せると同時に、殴烈はもう一本の鎖をぐいっと引いた。
     上空の大鉄球が、鎖に引かれて落下する。膝を付いた静穂へと。
    「くっ……間に合って」
     動けないと見て、ジオッセルが足から蹴り飛ばすようにして飛び込んだ。
     静穂を移動させる事には成功したが、勢いを失いその場に落ちたジオッセルに迫る大鉄球。
     咄嗟に真横に構えた剣を差し入れ直撃を避けるが、衝撃で床に叩きつけられ、更に反動で為すすべなく身体が跳ね上がった。
     飛びそうになる意識を気力で繋ぎ止め、空中で立て直す。
    「このくらい……の痛み、私が受け止めます」
     ジオッセルが着地した時には、静穂も傷を抑えて立ち上がっていた。
    「見た目も中身も最悪なのに、相当強いし頭も回るってのは嫌になりますね……そんな事言ってられないけど!」
     弱気にならないように、敢えて毒づく光。その影が膨れ上がり、大きく顎門を開く。
    「ち。しぶてぇ連中――っ」
     舌打ちして影の中から殴烈が出てきたそこに、夕が飛び出した。
    「お? もう逃げんのは終わりか?」
    「ええ、おかげさまで」
     掬い上げる様に放たれた雷のオーラを纏わせた拳が、殴烈の顎を捉えた。
     続いて、高速で間合いを詰めた隼人が迫る。
    「てめぇにゃ誰も殺させねぇ!」
     今は亡き人から譲り受けた駆動刃を横薙ぎに振るえば、確かな手応え。殴烈の纏う衣服を裂けて赤が散った。
    「刻んであげる、ね?」
     射程の長い武器の内側に生じる死角――そこに滑り込んだ刻音が、その言葉通りに傷を刻み込む。
     真っ向の力勝負では分が悪くとも、手数は灼滅者達が勝ってる。
     今はまだ。
    (「……このまま、支えきれるのでしょうか?」)
     ふと過ぎったその迷いを、弥由姫は声に出さず胸中に留めた。
     2人で回復に専念して、時には光も癒しの矢を放つ事で戦線を支えている状況だ。
     弥由姫かジオッセルのどちらかが倒れた時、果たして支えきれるのか。
     その迷いをかぶりを振って打ち消し、夜霧を展開する。迷う時間があるなら、その時を仲間の為に使うべきだ。
     だが、彼女の懸念は、杞憂では終わらなかった。


     屋上の床に、赤が広がっていく。
     消耗戦の中、最初に力尽きたのはジオッセルの霊犬だった。
     非物質と化した刃で一矢報いたジオッセルも、何処か狂気的な笑みを浮かべたまま大鉄球に叩き伏せられ、
     更に、砲弾の方がマシに思えるほどのプレッシャーを伴って放たれた大鉄球から弥由姫を庇った夕も、それで力尽き倒れ伏す。
    「あとは、頼みま――」
     そしてまた1人。連続で放たれた棘鉄球に打ち抜かれ、静穂が崩れ落ちる。指輪を嵌めた指を、殴烈の方に向けたまま。
     血溜まりと、その中に倒れる仲間が少しずつ増えていく。
    「新しい年になったばかりなんだ。今年も皆で過ごす為に、負けてられない」
     こちらも連続で棘鉄球に打ち抜かれた光が、気力を振り絞り立ち上がる。
    「偶には真面目にやるか……その目障りなアフロ、全部剃ってやるよ」
     呟いた既濁が、ナックルガードのついたナイフを手に、猛然と駆け出す。
     戦いに、殺す事に。意味を見出さないからこそ、既濁には躊躇いもない。阻まれるリスクを軽々と踏み越えて、殴烈の懐に飛び込み、ナイフを一閃。
    「来ると、思った」
     反射的に飛び退いた殴烈を、刻音が縛霊手の拳で叩き伏せる。
    「こんな所で、倒れるわけには……!」
     倒れるわけにはいかない。
     言葉の続きの変わりに、隼人は手にした刃のモーター音を激しく響かせた。
     血の代わりにあちこちから炎を吹き出した彼の身体も、当に限界を超えている。
     鉄球と刃がぶつかり火花が散る。残る力を振り絞って振り抜いた刃が、殴烈の肩を切り裂いた。
     確かな手応えに、小さく笑みを浮かべた隼人の身体に、棘鉄球が至近距離からめり込む。
     弥由姫が施していた光輪も砕いた一撃で、崩れ落ちる隼人を見て殴烈が歪んだ笑みを浮かべる。
    「後4人。なりそこないにしちゃ、がんばったな」
    「勝った気になるのは早いぞ。自慢のアフロもぼさぼさじゃないか」
     額から流れる血を拭い、光が言い放つ。嫌味は己を鼓舞するためか。
     殴烈も、全身を赤く染めて血溜まりの上に立っている。勝機は、あると思える。
    「それと、お前ら2人。中々良いぜ。堕ちてたら結構良い序列になれたんじゃねえの」
    「……買いかぶり過ぎ、ね」
     嗤って指差してくる殴烈に、静かに返す刻音。
     同じく指された既濁は、嗤う殺人鬼を無言で見やり鉄塊を構えた。今更敢えて言う事など、何もない。
     4人が地を蹴り、ジャランッと鎖が鳴る。
     光輪を携えて高速で死角に回り込もうとする光を、鉄球が跳ね飛ばした。
     しかし、回復を諦めた弥由姫の影が絡みつき、地を這う様に駆けた刻音の槍が足を切り刻み、飛び越えた既濁が鉄塊をアフロに叩きつける。
     何かが砕ける音がした。
    「くはっ……ははっ」
     ジャラリと、鎖の音が鳴る。
     掌中から滑り落ちた鎖の音が。
     その音と、引きつった様な短い笑い声を最後に、殴烈の気配が消えた。
    「貴方の音、聞こえなくなっちゃった……ね」
     そう呟いて振り向いた刻音が見たものは、大きな血溜まりの向こうに、意識を取り戻した仲間達の姿。
     差し込み出した光に照らされた屋上に、8つの影が伸びていた。

    作者:泰月 重傷:玖城・隼人(紅蓮騒刃・d01081) 犬神・夕(黑百合・d01568) ジオッセル・ジジ(ジジ神様・d16810) 茂多・静穂(千荊万棘・d17863) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 11/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ