時の瀬を 眺むるかれの 鎮魂歌

    作者:桐蔭衣央

     片月・糸瀬(神話崩落・d03500)は、凍てつく風を頬に感じて、我に返った。
     周りは暗闇。自分がなぜここにいるのか、糸瀬の記憶は曖昧だ。
     あたりには1月の冷たい空気。いつもは清浄さを感じるそれも、今はなぜか、痛みを伴うかのような緊張感をはらんでいる。
     この感覚は、殺気。
     その瞬間、糸瀬は背後に気配を感じた。反射的に身を翻し、身構えた糸瀬の目に、見覚えのあるにやけ顔が映った。
    「やあやあ、謹賀新年おめっとさん」
     からころと下駄を鳴らす、背の高い若い男。髪はくせっ毛。この前会った時のブーツとトレンチコートではなく、今は着物に羽織姿。糸瀬はこの男の名を知っている。この男は六六六人衆の。
    「砂書……千水……!」
    「あたりー。突然だけど、闇堕ちゲームを生き延びたキミにサプライズ! なんかね、失敗したまま放置は恥ずかしいってコトで? 君は暗殺ゲームのターゲットに選ばれましたー」
     ふにゃふにゃした口調とは裏腹に、砂書千水のたたずまいには隙がない。
     帯にたばさんだ大小に、さりげない動作で手がかけられるのを、糸瀬は戦慄とともに見た。
     
     勝てるか? 以前より力をつけた自分ならば。
     否。一人では無理だ。相手の強さはよく知っている。
     糸瀬は今、自分に一番必要なものを悟った。
     それは仲間。仲間の力が必要だ――。

    ●武蔵坂学園
    「正月早々すまないな。実は六六六人衆による、武蔵坂の灼滅者の襲撃を予測した。襲撃されるのは片月・糸瀬、お前達の仲間だ。放っておけば確実に殺されてしまう。急ぎ、救援に向かって欲しい」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)の言葉に、灼滅者たちに緊張が走った。
    「六六六人衆は、闇堕ちゲームに勝利した灼滅者を狙って事件を起こしている。そんな動きがある。糸瀬は去年の3月に闇堕ちゲームで砂書千水という六六六人衆と戦っただろう? それで狙われたんだろう。だが、この事件の背後には高位の六六六人衆がいるかもしれない……確信はまだ持てないが」

    「大変じゃない! すぐに助けに行かないと!」
     功刀・真夏(肝っ玉お姉さん・dn0132)が声を上げた。今にもライドキャリバーを駆って走り出しそうな勢いだ。
    「砂書千水の序列は五二四番。強敵だぞ!」
     ヤマトが真夏を止めた。
    「作戦をきちんと立てて行けよ。まず、砂書千水の武器は日本刀で、近接攻撃が主だ。だが、陣形の奥に踏み込むほどの素早さがあるから気を付けろ。回復手段は持っていない」
     ヤマトの予測によると、砂書千水は、灼滅者の中に戦闘不能者か死亡者を出さない限り、撤退はしないという気構えでいるようだ。

    「もちろん、作戦の第一目標は、襲撃されている糸瀬の救出で間違いは無い。しかし、灼滅者を暗殺しようとする六六六人衆を野放しにするのは危険すぎる。可能な限り灼滅を目指してほしい」
     暖房の入っていない教室の中で、ヤマトは白い息を吐き出した。
    「前回は手堅い作戦を立てて挑んだが、闇堕ちを出した上に取り逃がした。あの時、砂書千水の強さは圧倒的だった。しかし、力をつけた今のお前達なら……倒せるかもしれない。がんばってくれよ。頼む」


    参加者
    佐々賀谷・充(猩血衣・d02443)
    函南・喬市(血の軛・d03131)
    片月・糸瀬(神話崩落・d03500)
    皇・千李(復讐の静月・d09847)
    東堂・秋五(君と見た夕焼け・d10836)
    片桐・公平(二丁流殺人鬼・d12525)
    小野屋・小町(二面性の死神モドキ・d15372)
    深海・るるいえ(深海の秘姫・d15564)

    ■リプレイ

    ●一幕
     ここは一本道だ。砂書千水から目を離さずに、片月・糸瀬(神話崩落・d03500)は周囲を確認した。両側には高い壁。立ち回るには支障ない程度の広さ。
     正月の深夜、肉まんを買いにコンビニに行く途中で、この路地に誘い込まれた。糸瀬はそれを思い出した。
    「いつかリベンジとは思ってたが、そっちから出向いてくれるとはな。最悪にありがたいお年玉じゃねえか」
     糸瀬は実力差に命の危機を感じながらも、軽い口調で千水に話しかけた。
    「着物まで着て正月スタイルか? アポイントの一つも取ってれば、栗きんとんくらい準備してやったのに」
    「あー栗きんとん。甘くて美味しいよねー」
     糸瀬の軽口に、千水は緊張感のない笑顔で答えた。しかし下駄の足元は油断なく間合いを計っている。
    「俺が着物なのはあれだよ。おれ、君たちが思ってるよりずっと爺さんだから、着物の方が動きやすいんだよね。まあ、しっかり殺し合いをしましょう、という気合の表れ、みたいな」
     爺さんと言いつつ軟派な若者言葉で、千水は首を傾げた。
     瞬間、刀が鞘を走る音とともに、縹色の羽織の袖と日本刀の刃先が糸瀬の鼻先をかすめる!

     糸瀬の胸と顎から血がぱっと飛び散る。彼の目に剣筋は見えたが、完全には避けきれなかった。
     千水はそのまま糸瀬の脇を鳥のようにすり抜け、立ち位置を逆転させると、剣先を糸瀬の喉元にピタリとさだめる。千水はわらべ歌を口ずさみ始めた。彼の、殺しの時の癖。糸瀬は思わず顔を歪めた。

     逃げ切れる気がしない。やばい。
     その時。

    「にゃあ」
     一匹の黒猫が、千水と糸瀬の間にするりと入り込んできた。
     左耳に蒼石のピアスと銀のカフスをつけた黒猫は、陽炎のように人間の姿になった。漆黒の髪に紫の瞳の少年。皇・千李(復讐の静月・d09847)である。
    「片月は同じ部の仲間だからな。殺人鬼に易々狙わせる気はない……」
    「千李先輩!」
     糸瀬が声を上げる。それには返事をせず、否、返事をする隙を敵の構えから見いだせず、千李は朱塗り鞘から愛刀、緋桜の抜き刃を見せながら構え、千水と対峙した。
    「奇遇だな……俺の得物も刀だ……」
    「おぉ、お仲間クン来た? すごいよねドコから嗅ぎつけて来んの?」
     千水は嬉しそうに剣先を揺らした。
    「咲誇れ、凍華……」
     千李は千水の挑発を黙殺し、ざざっと後方に飛びすさると、氷の矢を発現させた! 氷の花のように美しく、危険な妖冷弾は千水の足元を襲う! トンボを切ってそれを避けた千水は、背後に人の気配を感じた。

    「まさか糸瀬が狙われるとはな……ああくそ、無事か? 卑劣なことしやがって……許さねーぞ、おい」
     千水の向かいから、東堂・秋五(君と見た夕焼け・d10836)が現れた。
     秋五は駆けてきた勢いのまま千水に肉薄する。彼の槍が唸りをあげるほどに回転し、突風のような速さで千水の肩を裂いた!

     千水を挟んで秋五の向かいから、深海・るるいえ(深海の秘姫・d15564)が現れた。るるいえはゆらり……っと路地の暗闇から進み出ると、恨めしそうな顔で指を突きつけた。
    「『新春ドキッ☆邪神召還大会』に参加してたとこを呼び出された……」
     るるいえはそう言って、すっごく尖ったつらら(妖冷弾)をおもむろに千水に投げつける。千水はそれをはたき落とし、るるいえに向き直った。
    「ありゃー彼女、なんか怒ってる?」
    「げきおこぷんぷん丸だ。かくなる上は、ここにいるみんなで邪神殿に初詣しなければ気がすまない。私の怒りは部屋の隅から来る猟犬よりもねちっこいぞ!」

    「げきおこぷんぷん丸だって。かわいいー。ところで君達何やってんの?」
     笑声をあげる千水が剣を振るい、衝撃波があたりを薙ぎ払った。
     衝撃波はるるいえを襲い……その脇にいた佐々賀谷・充(猩血衣・d02443)のWOKシールドによって止められた。
     充の後ろにはいつの間にかバリケードが築かれており、路地からの逃走経路を塞いでいた。
     気づけば通りの反対側にも、セトラスフィーノ・イアハートや結浜・里緒をはじめとするサポートの仲間の手によって、バリケードが組み上げられている。看板やチャリ、様々な瓦礫が積み上げられた中に、音花・咲結などの武蔵坂の生徒の顔が見え隠れし、灼滅者たちの傷を首尾よく回復していた。

    ●二幕
    「わざわざ来てくれたのかよ……こりゃでかい借りできちまったな」
     糸瀬は自分の為に駆けつけてくれた仲間たちを見回し、呟いた。
     充は糸瀬に向かってニヤリと笑った。
    「よ、新年早々えらいめに遭ってンなァ。さっさと終わらせて温かいモンでも食いに行こうぜ」
     そう言って、千水をバリケードに近づかせないよう、シールドバッシュで牽制した。
    「敵はまだまだいんぜ、千水さん?」

    「人海戦術かー。すごいよね君たちの仲間意識は」
     千水はたたっと足を踏み鳴らしてから、灼滅者たちの空隙を狙って路地を駆け抜けた。灼滅者達の傍をすり抜けるたび、血しぶきが上がる。その剣筋は鋭角的。恐るべきスピードだった。
     鋭い音とともに、その剣を受け止めた者がいる。
    「片月は正月早々面倒なことに巻き込まれたな」
     函南・喬市(血の軛・d03131)は、クルセイドソード“響月”で攻撃を受け止めながら、影縛りを発動させた。千水の手首に影が巻き付く。
    「……年明けから貴様のくだらん遊びに付き合う暇はない。とはいえ知人を見殺しにするのも後味が悪いのでな。殺される前に灼滅してやる」

     その喬市の反対側から、
    「さぁ、始めようじゃないか!」
     高らかに反撃を宣言したのは小野屋・小町(二面性の死神モドキ・d15372)。小町はバリケードのてっぺんから飛び降りて鏖殺領域をはなつ! 千水の体は黒く帯電した殺気で覆われた。
    「暗殺ゲームとは何とも面白くないイベントやね。趣向の悪いお遊戯はとっとと閉幕させるに限るわ」
    「でたー。灼滅者名物、強くて可愛い人間の女の子!」
     千水は嬉しそうに笑い、影に縛られた手首を振った。そうやって可動域を確認する。

     千水は余裕の顔で刀を納め、両手を袖の中にしまった。それは千水の居合斬りへの構えの動作だったが、それがわかったのはここでは唯一人。
    「お久しぶりですね、砂書さん。今日こそは灼滅させてもらいますよ」
     片桐・公平(二丁流殺人鬼・d12525)は、かつて戦った敵、千水の動きを見切り、絶妙のタイミングでバスターライフルの引き金を引いた!
     公平のバスタービームは千水の肋骨を貫いたが、千水は揺らぎもせず、目にも止まらぬ速さで公平に詰め寄ると、居合斬りを放った。公平は頬を裂かれながらも半身を引き、疾風の攻撃をかわした!
    「うわ公平君じゃん久しぶり! キミ、人間に戻ったの? へぇ~」
     千水の顔は再会の喜びに輝き、その喜びは殺人技法の披露という形で表現された。剣光の一閃から衝撃波が生まれ、周囲を巻き込む破壊となる。
    「わっかんないな~。人間ってそんなにいいもんかね」
    「もう堕ちないと決めた。堕ちるのはもう嫌です」
     公平は千水の目を見て言った。彼は千水の月光衝で肩をえぐられていたが、まっすぐに立っている。
    「ふーん」
     心底不思議そうな千水を、灼滅者たちが取り囲んだ。

    ●三幕
     剣戟が起こり、銃と魔法の光が瞬く。
     立ち合いを演じるうち、千水は灼滅者達によって巧みに包囲されていた。
    「前回は逃げられちまったそうだが……今回はしっかりと付き合って貰うぜ」
     充が影縛りで千水の足を絡めた。行動を制限するエフェクトが確実に積み重なっている。千水もさすがに縦横無尽とはいかなくなってきているが、性格なのか、包囲をするりするりと抜ける機会を見逃さない。
    「逃がすつもりは無い……」
     千李が朱塗り鞘から愛刀、緋桜を抜き刃を見せながら構え対峙した。
    「狭い場所での立ち合いは……心得があるのか……?」
    「まあねー、昔は色々とね。空間と得物の長さを把握するのも大事だけど、要は……」
     千水は不意に駆けると、下段からの抜き打ちで千李を袈裟にばっさりと斬った!
    「相手の動きを見切ることだよ。それが大事」
     倒れた千李を見下ろして、千水は刀を掲げた。千李の目はうっすらと開いているが、意識があるのか危ぶまれた。

    「千李先輩!!」
     糸瀬が叫ぶ。糸瀬はとっさに影縛りを放ち、公平が援護射撃で千水の動きをけん制した。
     その隙に充が千李に駆け寄り、その体を抱えてバリケードまで下がる。るるいえと功刀・真夏(肝っ玉お姉さん・dn0132)、暁月・燈、桜井・夕月とホテルス・アムレティアが千李を囲んで治療に当たった。
     後衛の糸瀬と公平を、千水は月光衝で襲った。公平のガンナイフをはね飛ばし、犬歯を見せて笑う。
    「あと速さが大事。軽い武器でも速さがあれば重くなる」

     なおも糸瀬と公平に刃をむける糸瀬の前に、ナノナノ「てけり・り」と小町が割り込んだ!
     小町は死への恐怖を押し殺し、強い瞳を好戦的に輝かせながら、大鎌“紅の三日月”を振るう。
    「こういうことか、砂書!」
     小町は疾風のごとく千水の死角に回り込み、その背中を切り裂いた!
     千水は「ぐっ」と唸ると、瞳に今まで見せたことのない色を浮かべた。
     逃げるつもりか、と見て取ったるるいえがビームを放つ!
    「もうちょっとだ! やってやろうぜ、るるいえ!」
     背中に天方・矜人と仲間の声援を浴びながら、もう一発! その上に灼滅者達の足止め援護が重ねられた!

     深手を負って壁際に下がった千水が、荒い息をついた。
     その千水の前に、喬市が立った。
    「今回の暗殺ゲームを指示した者がいるんだな?」
     “響月”を突きつけて、喬市が問う。千水は、口の端から血を滴らせた顔で、にへらと笑った。
    「さあね。上の指示とか、どうでもいいんだ、俺は。楽しければ」
     千水は今度は中段から喬市の胴を払った! 
     ガキンッ!! まともに喰らえば腰から真っ二つにされるその斬撃を、喬市は剣で受け止めた!
     両者の力は拮抗した。鍔迫り合いながら、千水は満面の笑みであった。
    「君たち強くなってるよねー。ほんと面白い。どうせ殺すなら、多少腕のある奴のほうが楽しくてね」
     千水は刀を押し、飛び退いた。

    ●幕引き
    「せっかくだからここで散って行けよ」
     その秋五の言葉に、千水が振り向いた。
     相変わらず隙のない佇まいに戦慄を覚えながらも、秋五はマテリアルロッドを構え――渾身の力で千水に突き立てる!
     千水は突かれながらも、刀で秋五の額に傷を負わせた。しかし秋五のフォースブレイクが千水の体で小爆発を起こし、彼を吹き飛ばす!
     千水の体は回転した。彼の意思ではなく。
     この好機に、彼を取り囲んでいた灼滅者達は全員で攻撃を畳みかける。刃もつ者は刃で、銃もつ者は銃で。

     甲高い音がした。充・小町・公平の弾が同時に当たって、千水の刀が折れたのだ。
    「折れたか……“血吸い”……」
     愛刀の名を呼ばわって、千水はしばし呆然とした。彼の薄い青色の着物はいまや自身の血で紅く染められている。千水は壁に背中を預け、そのままずるずると座り込んだ。
     そうして、灼滅者たちの顔を、じっくりと見回していった。
    「まあ、楽しかったかな……。いっぱい殺すのも、序列争いも、キミ達との戦いも」
     千水は目を閉じ、うつむいた。彼の口から、小さくわらべ歌が漏れる。
     哀れと思うなよ、おれを……。
     彼の片頬に笑みが浮かぶ。そして永遠に、わらべ歌は止んだ。

     砂書千水は灼滅された。
     彼の死体はしばらくそこにあったが、一同が目を離した隙に、ふっと消滅してしまっていた。
     そういう、男だった。

    作者:桐蔭衣央 重傷:皇・千李(復讐の静月・d09847) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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