鋭滅の糸

    作者:

    ●鋭滅の糸
     ―――ピン!
    「……!?」
     耳を掠めた微かな音に、住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)は咄嗟に体を横に倒す。
     聞いたことがある音だった。しかし――それを聞いたのが決して喜ばしい時ではなかったことを、慧樹の体は確りと覚えていた。
    「なっ……」
     ズバン! 鋭い切断音と同時、つい今まで慧樹の立っていた地面が直線に深く抉られる。ひゅん、と再び耳を掠めた音は、恐らくこんなことをしでかした武器からだ。
     手繰る記憶が鮮明になるほど、嫌な汗が肌を伝う。
    (「……まさか!」)
    「――アハハ! やるねぇ、今のかわすんだ」
     軽やかな笑い声を上げ、目の前に1人の女が姿を現した時、慧樹の予想は確信へと変わった。
    「六六六人衆、仁科……!」
    「ハーイ正解。仁科・緋雨(にしな・ひさめ)デース。新しいゲームも、やるからには勝たせてもらうよ。――アンタを殺せばアタシは勝者だ」
     女の縦横無尽の刃が今、慧樹だけに振るわれようとしていた。

    ●狂乱は狙い定めて
    「仁科、と以前は名乗っていたわ。六六六人衆・序列五八二番、仁科・緋雨」
     今日も予知を語る唯月・姫凜(中学生エクスブレイン・dn0070)の声音はいつも通りだったが、その表情からは焦りが見て取れた。
     予知したダークネスの動きが良いものであることは先ず無いが、至急の案件か――落ち着いて続きを聞く灼滅者の表情にも焦りが浮かんだのは、間もなくのことだった。
    「今回の仁科の狙いは、……住矢・慧樹くん。かつて仁科が仕掛けた闇堕ちゲームで堕ちずに帰還した、武蔵坂学園の灼滅者よ」
     かつて闇堕ちゲームに勝利した灼滅者を狙う六六六人衆の動きが、幾つも同時に予測されている――そう姫凜は告げた。
     水面下で何かが起こっているのかもしれないが、それは今はまだわからない。
     いずれ確かなのは、姫凜が掴んだ予知をこのまま放置すれば1人の慧樹に待つのは、死だということ。
    「住矢くんが危険なことは間違いないの。だから、あなた達に救出をお願いしたい――仁科は、単独で居る住矢くんを狙って堂々正面から現れるわ」
     単独の慧樹を狙うからには、慧樹を1人にしないのでは仁科は姿を現さない。仁科が姿を現すその時まで、潜む灼滅者達の存在を悟られないことが絶対条件だと姫凜は強調した。
     仁科は、相変わらず愛用の鋼糸を使った大量虐殺を得意としている。
     序列こそ変わっていない仁科だが、そもそもが明らかに格上のダークネスだ。決して油断できる相手では無い。
     灼滅出来れば御の字だが普通に考えればそれは難しい、と。慎重故にいつもなら言うはずの言葉が、今日の姫凜からは出てこなかった。
     代わりに、今回仁科だからこそ持ち得た欠点があることを、姫凜は指摘する。
    「虐殺が得意なばかりに、局所を狙う攻撃の精度は落ちる――今回、住矢くん1人を狙うことを想定していた仁科は、得意の列攻撃を1つも用意していないの」
     以前戦い、闇堕ちゲームというルール上は『勝った相手』という慢心もあったかもしれない。いずれ今回灼滅者がどの様な布陣を組もうとも、仁科は一度の攻撃で1人しか狙うことが出来ないのだ。
     その上、その攻撃の命中精度はやや低い。
     無論、当たれば威力は高く、油断できる相手では断じて無い。しかし、現段階の灼滅者が仁科を灼滅するには、絶好の機会でもある。
    「仁科は強いわ。でも、8人でなら戦える。……あなた達だって、以前のあなた達じゃないでしょう?」
     目的は、あくまで慧樹の救出。それでも、もしかしたら――思うから、姫凜は敢えて微笑ってみせた。
    「以前とは、違う。沢山の戦いを重ねて前に進んできた、そんなあなた達だからこそ信じて待ってる。住矢くんも、あなた達も……無事でね」
     二度目の刃が、今度こそ届く様に。姫凜の祈りが、灼滅者達に託された。


    参加者
    天鈴・ウルスラ(踊る朔月・d00165)
    立見・尚竹(雷神の系譜・d02550)
    火野・綾人(アンウィリングアローン・d03324)
    雪片・羽衣(朱音の巫・d03814)
    住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)
    高峰・紫姫(銀髪赤眼の異端者・d09272)
    乃木・聖太(影を継ぐ者・d10870)
    セレスティ・クリスフィード(闇を祓う白き刃・d17444)

    ■リプレイ

    ●不満
     割れたアスファルトへ、コンビニ袋ごと裂けた紙パックから飲料がどくり、どくりと鼓動を刻み落ちていく。
    「新しい、ゲーム……?」
    「そ! アンタを殺して、緋雨チャンが勝つの」
     自身を狙った鋼糸の一撃をかわした住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)の問い掛けに、明らかに糸張り巡らせた手で女はにまりと笑んで答えた。
    (「――マズい。此処には俺1人しか……!」)
     正月帰省中。此処は、武蔵坂学園では無い――焦る思考の中にも慧樹は先ずスレイヤーカードを展開する。
     輝く光輪が壁を作れば、女は笑みを更に深くし駆け出した。
    「アハハ! ちょっとは抵抗してくれるんだ?」
     身を返す、一瞬遅れて頬に鋭い痛み。
     再び間近にピン、という音を捕えて、かわしきれないと慧樹が焦る――その時。
     スタン!
     急角度で仁科の眼前に落ちた何かが、女の行軍を止めた。
    「ん?」
     仁科が何気なく落とした視線。その先には、手裏剣――。
    「……絶対に二人を離れ離れにはさせない」
     生じた女の一瞬の隙。声と共に駐車場の車の下から飛び出した小さな猫は、慧樹の目の前で人の形を成し、仁科の腹部を手に持つ盾で激しく打ち付けた。
     ガシャ――ン!!
     衝撃に吹き飛んだ仁科はフェンスに体を打ち、巻き上がった土煙に消える。
    「闇堕ちだってさせない。スミケイさんも、……妹のような大切な友人も」
     柔らかな銀髪を揺らし、静かに宣言した猫の正体は高峰・紫姫(銀髪赤眼の異端者・d09272)。
     その背に、2つの人影が続く。
    「まったく……世話が焼けるな、お前は」
    「アカハガネといい今回と云い、ダークネスに好かれる奴だ」
     ザッ、と音を立て手裏剣の軌道上――樹上から軽やかに着地した乃木・聖太(影を継ぐ者・d10870)。そして紫姫と同じ車の影から歩み出た立見・尚竹(雷神の系譜・d02550)が、慧樹の前に立ち、不敵に笑んだ。
    「……なん、で」
    「詳しい話は後だ」
     状況を掴みきれない慧樹がやっと発した声に、頭上から答えが降ってくる。
     重力に乗って高速で落ちてくる4つの人影は、土煙と慧樹の間へ立ち塞がる様に軽やかに着地した。
    「初対面でも仲間だ! 1人たりとも、死なせねぇぞッ!」
    「暗殺ゲーム……このようなもの、絶対阻止です」
     エアライド着地と同時、土煙へ向かって声を張った火野・綾人(アンウィリングアローン・d03324)に、セレスティ・クリスフィード(闇を祓う白き刃・d17444)が静かに同意する。
    「為せば成る為さねば成らぬ何事も、私はこの言葉が好きです。この言葉に従って頑張りましょう」
     続々と目の前に現れる人影に、慧樹は混乱しながらも呟いた。
    「暗殺ゲーム……俺が、標的?」
    「スミケイっ!」
     聞きなれた名を呼ぶ声は、雪片・羽衣(朱音の巫・d03814)。慧樹に駆け寄り、肩に、足に、大切な人の怪我の有無を確かめる。
     やがて触れた頬に流れる血を見て、その表情がくしゃりと歪んだ。
    「ああ、もう、すごい怒ってるの! 怒ってる、の!! ……殺す、なんて……暗殺なんて……!」
     わなわなと、言葉にならない思いが羽衣の手を震わす。
    「殺させはしない」
     落ち着かせる様に、静の声を放ったのは天鈴・ウルスラ(踊る朔月・d00165)だった。仲間に決意。敵には殺意。強き言葉は視線の先、土煙に浮かぶ影へと放たれる。
    「殺す」
     やがてむぅ、とやや不満げに口を尖らせた女が、土煙の中から姿を現した。
    「……おかしいな。何で集まっちゃったの? 武蔵坂」
     ぽりぽり、と頭を掻いて。しかし気だるそうに逆側の腕を上げれば、直後女を中心に巻き起こった突風に、土煙が瞬く間に一掃される。
    「今日は皆殺し用の糸じゃないのになー。……ま、狩り尽くせば結果は同じだけどさ」
     細く鋭い刃の輝きが、風に乗って中空へと広がるのが見えた。

    ●怒り
     アスファルトを裂く傷が、女の放つ糸の威力を物語る。
    「お命頂戴するのはこちらでゴザル、六六六人衆!」
     しかし、怯まない。予知通り当たりの悪い攻撃に、ウルスラは高めたジャマー能力を最大限活用し、仁科の動きを封じにかかった。
    「もーっ、計算外!」
     死角に回り込み、踏み込む。急所を狙ったウルスラの『Thinker』の鋭き刃を軽口と共にガチリと受け留めたのは、細くしなやかな1本の糸だ。
    「さくっと1人殺して終わる簡単なゲームだと思ったのに! あんまり楽しくない!」
    「何が楽しくねぇだッ!」
     間は置かない。ウルスラへの対応に体制整わない仁科へ、追う様に綾人の魔力の雷が降り注いだ。
     足元には、ずるりと紫姫の手繰る影。何とかかわして駆け抜く足を止めた女の懐へ、実体持たぬ光の剣を具現化、聖太が飛び込んだ。
    「六六六人衆の下から八十五番目風情が、あまり調子に乗らない事だ」
     これは確かな手応え。しかし傷口から激しく飛沫いた血に、一瞬視界を奪われる。
    「――ハ。アタシが調子に乗ってるって? 当たり前。だってアンタらと違って、1人でも強いからさァ!」
     刹那、ズバン! 真上から聖太目掛けて落ちた斬撃は、幾度と地を割る凶刃なる糸。代わって受けた羽衣の肩から、おびただしい量の血が噴き出し、舞い上がる。
    「羽衣!」
    「……っ、へーき……!」
    「――大丈夫です! 私が!!」
     直後、その傷口を射る光の矢。セレスティの放った癒しの矢が、みるみるその傷を塞ぎ羽衣の痛みを消し去る。
     包む光の温かさに、力が漲るのを感じた羽衣はそのまま腕を引き後退する仁科を追い、前へ跳んだ。
    「ひっとのカレシ捕まえて、暗殺とかふざけんな―――!!!」
     異形腕に、全身全霊の力と怒りを込めて。お返しとばかり肩へと叩きつけた打撃が、仁科の体を再びフェンスへと吹き飛ばした。
    「殺す、なんて絶対絶対許さない!」
     しかし、吹き飛ぶのは二度目の仁科は、伸ばした糸を緩衝剤にフェンスに至らず戦場へ舞い戻る。
     幾ら暴れようとも、幾ら音を立てようとも、慧樹のサウンドシャッターと尚竹の殺界形成によって人払いは完璧だったが――どうやらもう、あのフェンスの音は聞けそうにない。
    「ふむ、同じ手は喰わない、か。……だが」
     しかし、予測した仁科の進路に待ち構えていた尚竹、聖太、慧樹が、3方向から一斉に攻撃を仕掛けた。
    「……俺達の攻撃は躱せるか?」
     ――ザン!!
     鋭き音と捻りを乗せて仁科の胸を貫くそれは、尚竹の『通天撃螺旋槍』。
    「―――っは……」
    「よし! いくぞ、2人共!」
     血を吐き出した女に、左側から聖太の魔法弾も迫っている。巻き込まれまいと尚竹が槍を引き抜くと、大量の鮮血がごぼりと落ちてアスファルトと赤く染めた。
    「あぁあああア!!」
    「名前、緋雨って言うんだ……会いたかったぜ、仁科!」
     動き鈍い今が好機。慧樹が腕に纏う灼熱が、女の緋色の傷口を強く焼き付ける。
    「名前なんざ、どーでもいいケドな!」
     今日の襲撃の、詳細までは解らない。しかし、狙われているのは自分と解るから、慧樹は即座に仁科から離れた。
     女は今日、闇堕ちでは無く殺しに来たと言っていた――。
    「………るさない」
     零れた言葉が孕む殺気。この女は、あんな絶叫を放っても尚、身を震わす威圧をその身に備えている。
    「――絶対に許さない、武蔵坂ぁ!!」
     目をむいた女の、裂帛の叫びがこだまする。
     戦闘開始から4分。戦いの果ては未だ遠く、糸は容赦無く戦場を奔る。

    ●決意の緋色
    「やっぱり、簡単にはいかないか……!」
     バチン! 振り下ろした瞬間に弾かれた手裏剣甲に、聖太がぐっと眉間に皺を寄せる。
     戦場内に轟く鋼糸。細く細く張り巡るそれが縦横無尽に動くとなれば、灼滅者達もそうそう息つく暇も無い。隙を見せれば、使い手はいつ此方を狙ってくるか解らないのだ。
    「それでも、負けるわけにはいかない……だろ! 俺達の力を全てぶつけて、全員で帰るんだ!」
     綾人の声の中、ググ……と羽衣がその強大なる鬼の腕で目の前の糸を掴み道を開ければ、そこに尚竹の彗星の如き矢が仁科目掛け真直ぐに飛び込む。
     光の軌道追う視界が一瞬ぐらりと揺らぎ、綾人はぐい、と額の汗を拭った。
    「――ちっ」
     拭う手見れば、真っ赤な自身の血潮。
     セレスティが、温かな治癒の光を注いでくれている。ディフェンダーとして立つ自分を、消耗偏ることが無い様にとずっと気にかけてくれているのは知っていた。
     ――しかし、省みる自分の動きが明らかに鈍ってきたことも、綾人は気付いていた。
     一度後退し、攻めの好機を覗う尚竹がちらり、時計を見遣る。
     戦闘は時間にして12分。耐えるべき時間の半分はとうに過ぎ、明らかに格上の仁科に対して灼滅者は未だ誰1人戦場に倒れてはいない。
     一方の仁科。表情からその消耗は読めないが、先ほどから相対する度にその呼吸が乱れていくのには気付いている。
    (「逃走する気配は無い。余裕があるのか、或いは――」)
    「あー……ストレス溜まる」
     ぞくり。見つめる女が発した言葉に、尚竹の体へ悪寒が走った。
    「緋雨チャンだよ? 緋の雨を降らすんだよ?! こんなハンパな奴ら、いつもの糸なら皆殺しにできるのに」
     ピン、戦場に張り巡らされていた糸が一斉に解け、仁科の手へと戻っていくのが解る。
    (「このメンバーで対応できないなら」)
     闇堕ちゲームへと何度か参戦し、そのどれもで仲間を往かせてしまった紫姫にはこの戦い、譲れない決意があった。
    (「……現状では手の打ちようがない。そして、敵は今これまでと違う何かをしようとしてる」)
     冷静な赤い瞳に、ぱらりと長い銀の髪がかかる。払いながら、紫姫は前に並ぶ仲間達を見た。
     セレスティが都度教えてくれる、仲間の状態。綾人、羽衣、そして恐らく最も消耗の激しい自分――此処へ来て仁科がこれまでにない何かを仕掛けようとしているのならば、それは間違い無く仁科にとっては奥の手である筈。
     今の余力でディフェンダーの誰が動いたとしても、きっと守るには拙い――。
    「――1人ずつじゃ、血が全然足りないよぉ!!」
     最早怒りにも似た声をあげ仁科が鋼糸を振るうのと、選んだ紫姫が羽衣の前へ飛び出したのとが、ほぼ同時。
    (『 例え自分が欠けることになっても、絶対に誰かを欠けさせたりはしない 』)
    「――っ、シキ!!」
    「紫姫ちゃん!?」
     ウルスラと羽衣の呼び声の中、紫姫に全ての鋼糸が一斉に襲いかかり、その全身を緋色に染めた。 

    ●最期
    「……っ、よくも!!」
    「アッハハハ! もっとだよ、まだ全然足りない!」 
     セレスティと羽衣が紫姫へと駆け寄る中、残るほぼ全員が、仁科へと駆ける。
     再び全ての糸を戦場へ放った女は、その糸の1本を辿り瞬時の移動を図るけれど――。
    「……誰よりも優しくて繊細なあの子を、悲しませるのは許さないわ。絶対にね」
     死角から、仁科の進路を読んだウルスラ。仁科の耳元に囁き、薄氷の様な美しい髪が去った瞬間に、パン! と腱の弾ける音がする。
     黒死斬。
    「――っあぁあああ!!!」
    「今日こそぶっ潰してやる!」
     続く慧樹も黒死斬。ひゅる、と素早く持ち替えた『明慧黒曜』が擦れ違い様に逆の足の腱を捉えると、再びパン! と腱が弾ける音が響いた。
    「――殺す! 殺すコロスころす殺す武蔵坂……っ!?」
     痛みに激昂し叫ぶ仁科はその言葉に反し、がくん、と膝折り地面に崩れ落ちた。
    「な……!?」
    「今だ!」
     叫んだ羽衣が、即時魔力の雷を喚ぶ。激しく雷鳴轟いた戦場で、直後仁科へと距離を詰めた影は尚竹。
    「漸く限界か。いくぞ乃木、俺達の悪友を攻撃するとどんな目に遭うか教えてやらないとな」
    「ああ。倍返しだ!」
     眼鏡の奥の、温かな大樹色の瞳がうっすらと細められる。聖太が杖先に集める魔力は強大なエネルギー弾となって仁科の右脇腹を抉り、同時に尚竹の捻りの槍が左脇腹を穿った。
     がふ、がふっと血を吐き出し、仁科の体がぐらり、と大きく傾く。
    「な……んでっ、なんでアタシが、アンタらなんかに……!」
     倒れ行く女のどこか虚ろな瞳。その視線の先には、紫姫の容態を確かめる、セレスティの姿。
    「――アタシは、負けない!」
     最期の執念か、女の瞳がぎらりと鋭く光った。
     それは、最後の力だろうか。仁科の手から放たれた鋼の糸が地を割きセレスティへと迫る。
    「セレスティッ!!」
     そこに1人の少年が飛び出した。全身を赤く染め、それでも立っていた少年が、ずっと気にかけていたこと。
     ――必ず、無事に帰す。
    「―――火野さんっ!!」
     背に傷を受け、守りきって意識を手放した少年を、金の髪の少女が駆け寄って抱き留めた頃。
    「この一矢必中させる 我が弓矢に悪を貫く雷を――」
     アスファルトに転がり、びくびくと痙攣する様に動く仁科へと、弓射構える尚竹の姿が在った。
     あれほど戦いに狂った女が、今はまるでただの人の様だ。
     しかし正体は、嘗て仲間の闇堕ちを誘い、今日は自分を殺しに来た、緋色の雨を降らす女・仁科。
    「『このゲームは、俺達の勝ちだ』。……仁科」
     嘗て女から受けた言葉を、今日は慧樹が女へ送る。
    「――彗星撃ち 轟雷旋風!」
     尚竹の凜の声が最後。ぱぁん! と射る音の後、砂の様に女は崩れ、風の中に消えていった。

    「……怪我の具合、どうでゴザルか?」
     心配そうに覗き込むウルスラの問いに、セレスティは少し悲しそうに微笑んだ。
    「……お2人とも、じきに目を覚ますと思います。何日か休養すれば、直ぐに回復しますよ」
     紫姫と綾人。戦いに倒れた2人からは、規則的な寝息が聞こえてくる。応急処置を終え2人の傍に控えるセレスティに、聖太も少し悲しそうに微笑んだ。 
    「そっか。じゃあ学園までは、皆で連れて帰らないとね」
     はい、と小さく聞こえた返事を返し、セレスティはそっと綾人の手を握る。
    (「……怪我されると、悲しいです」)
     敵の強さを知れば、仕方無いことだったかもしれないと思う。全員生きていることに安堵し、それでも悲しく思うのはきっと、戦い前に綾人がくれた言葉が、今も胸に残っているから。
    「早く、元気になってくださいね……」
     小さく聞こえた声に、ウルスラも聖太も微笑んだ。 

    「スミケイ……スミケイっ!」
     少し離れた場所で。腕の中で感情のままに泣く羽衣を、慧樹はあやす様に優しく撫でた。
    「心配かけて、ごめん」
     全てを終えて、改めて理解した今日の事態。
     六六六人衆に標的にされた自分。暗殺ゲーム。別な所では、何人かの灼滅者達も襲われていると聞き、皆無事かと気持ちは急く。
     8人がかりだった。怪我人だって居る。1人だったら間違い無く殺されていただろうから――ぎゅう、と自分を抱き締める手と、抱く羽衣の温かさに、生きていることを実感する。
    「……皆、ありがとなっ!」
     笑顔で告げる言葉が、白い息に乗って新年の夜空に穏やかに消えて行った。

    作者: 重傷:火野・綾人(エモーショナルブレイズ・d03324) 高峰・紫姫(辰砂の瞳・d09272) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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