●隻眼のスサノオ
閑静な住宅街にひっそりと佇む、既に持ち主も亡く朽ちるを待つばかりの古い館。
危険だからと厳重に封鎖された門の向こう、とうの昔に枯れた古井戸の前に、左目に傷を持つ大型のニホンオオカミ……スサノオが足を運んでいた。
しばし古井戸を見つめていたスサノオは、やがて興味が無くなったかのように背を向ける。立ち去った後の館には、再び深い沈黙。
否。
小さく、水の跳ねる音が聞こえてきた。
水浸しの何かを引きずる音も響いてきた。
全ては古井戸、枯れたはずの古井戸の中。
徐々に大きくなりし音は、やがて古井戸の蓋を持ち上げて、陽光の下に鎖に繋がれた濡れた腕を……。
●夕暮れ時の教室にて
灼滅者たちと軽い挨拶を交わした倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、静かに頭を下げるとともに説明を開始した。
「スサノオにより、古の畏れが生み出された場所が判明しました」
この度、スサノオが古の畏れを生み出したのは、閑静な住宅街の一角。古き洋館にある、とうの昔に枯れた古井戸。
その古井戸には、死体が眠ると伝えられていた。
大昔、身分違いの恋に絶望した女が身を投げたと言われていた。
枯れた後は、古井戸が水で満たされし時、その女が蘇るとも。愛を忘れ、思いを失い、ただただ世を恨む存在に成り果てる……と。
「スサノオが生み出したのはそんな、濡れそぼった女性の形をした古の畏れ。古の畏れは古井戸から這い出した後、街を彷徨い人を襲う、という事件を起こします」
故に、倒さなければならない。新たな悲劇が起きない内に。
「幸い、当日は晴れ。古井戸から、水に濡れた着物を引きずったような跡をたどっていけば、古の畏れに出会うことができるでしょう」
後は戦いを挑み、退治すれば良い
姿は、濡れそぼった着物を来た女。
力量は八人を相手取れる程度で、特に妨害能力に優れている。
技は、恐怖を呼び起こす恨みの言葉、水分を針のようにしてバラマキ防具を砕く技、周囲を少しの間だけ水で満たし呼吸を封じ精神的圧力を与える技……の三種。
「以上で説明を終了します」
葉月は地図など必要な物を手渡し、締めくくりへと移行した。
「この事件を引き起こしたスサノオの行方は、ブレイズゲートと同様に、予知がしにくい状況です。ですが、引き起こされた事件をひとつづつ解決していけば、必ず事件の元凶のスサノオにつながっていくはず……ですのでどうか、まずはこの事件に全力を。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」
参加者 | |
---|---|
椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285) |
ミケ・ドール(凍れる白雪・d00803) |
アーナイン・ミレットフィールド(三途の川の渡し守・d09123) |
廣羽・杏理(トリッククレリック・d16834) |
ダグラス・マクギャレイ(獣・d19431) |
レーネ・カザラギ(無貌のマリオネット・d22119) |
サイラス・バートレット(ブルータル・d22214) |
ペペタン・メユパール(高校生ファイアブラッド・d23797) |
●ただ一人、雨を抱く女を探して
冬の風が冷たくとも、太陽が温めてくれる快晴の日。静かな時が流れる住宅街の外れにある館に、灼滅者たちは足を運んでいた。
一番最初に目指した場所は、封鎖されていたはずの涸れ井戸。侵入を防ぐ蓋が外され、何かが這い出してしまった跡を眺め、廣羽・杏理(トリッククレリック・d16834)は静かな溜息を吐き出した。
幸せな恋ばかりなら、彼女のような伝承もなかっただろう。でも、だからといって他人を不幸にするのでは、ただの八つ当たり。
「……早く止めてあげましょう」
「ああ」
若干怒気を孕んだ声音と共に、ダグラス・マクギャレイ(獣・d19431)は頷いた。
面倒事を、そのままならば目覚めることもなかっただろう古の畏れを起こした存在、スサノオ。
余計な事をして回っているスサノオに対し、抱いた思いは憤りだろうか?
いつかふん捕まえて毛を毟る。心に決めながら、濡れそぼった着物を引きずったような跡を辿り始めていく。
古の畏れが、ただの悲しい物語であるうちに止めるため……。
●井戸は哀しみに満たされて
井戸の中から這い出る女。
状況が違えばホラーともなり得るエピソード、ミケ・ドール(凍れる白雪・d00803)の歩調はどことなく弾んでいるようにも思われた。
曰く、この手の話は大好き。ゾンビか幽霊かわからないけれど、倒すのもまた一興……と。
「……いた」
小さく目を細めた時、大通りの方へと向かっていく着物姿の女が見えた。
濡れそぼった裾を引きずっている様子から古の畏れだと判断し、ミケは即座に武装を整え走り出す。
「ねぇねぇ、声とか出ないの? 喋れない?」
陽光に刃を煌めかせながら問いかけるも、返答はない。ただ、ゆっくりとした動作で振り返り、表情無き瞳で灼滅者たちを見つめるだけ。
静かな眼差しをお繰り返しながら、アーナイン・ミレットフィールド(三途の川の渡し守・d09123)は厚い書物をめくっていく。
「皆様に、戦塵の加護を」
穏やかな霧を発生させ、己を含む前衛陣を包み込む。
合間をくぐり抜けることができるよう、サイラス・バートレット(ブルータル・d22214)は腕を砲筒に変えて狙いを定めた。
「意図的にこんなモン生み出す奴に、生み出されたコレ。……めんどくせぇのもいたモンだ……ま」
かける仲間たちの合間、数センチ。最も早く女のもとへと届く軌道を見極めて、酸の砲弾を発射する。
「生まれたてのところでワリィが、ここで消えてもらうぜ」
「行きます!」
酸が女の守りを削ぎ、僅かに体勢を崩した刹那、椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285)が盾を掲げた上での突撃をぶちかました。
「さ、あなたの相手はこの私。かかってきなさい!」
口の端を持ち上げながら手招きし、己の存在を大きく、強く認識させる。
それでも、紛れはある。特に、まだまだ感情を揺さぶる力が重なっていない序盤のうちは。
故に、レーネ・カザラギ(無貌のマリオネット・d22119)は己のうちに符を宿す。抗う力を得た上で、攻撃の体勢へと移っていく。
「確実に、一手ずつ進めていくのです」
「行動を、制限させてもらうわ!」
ペペタン・メユパール(高校生ファイアブラッド・d23797)は女の自由を削ぐのだと、縄状に変えた影を向かわせた。
右腕を捉えた上で、ナノナノのミートに視線を移す。
「ミートは治療をお願い!」
命じられ、ミートは治療のために待機した。
一本で抑えきれるはずがないと言うかのように、女が口を開いたから……。
「……だ……ず……こ……て……」
「……っ」
紡がれた言葉はかすれていて、意味ある音としては聞こえてこない。
編み込まれた恨みが、哀しみがなつみ心に突き刺さり、深く、深く根ざしていく。
首を横に降り、ぎりぎりの所でなつみは悪い幻を振りきった。
代わりに拳に雷を宿し、懐へと飛び込んでいく。
「そう簡単に、惑わされたりなんてしません!」
一瞬だけ背を向けて、勢いを乗せて放つ裏拳。的確に女の肩を捉え、一歩、二歩とよろめかせていく。
戦いの天秤を僅かに傾かせた状態で、序盤戦は終幕する。
女の元から離れた水分が、数多の針となり前衛陣へと降り注ぐ。
とても避けきれる量ではなく、ミケは受けることしかできなかった。
針は着物を貫いた後、形を失い布地を濡らす。防具としての機能を奪っていく。
「うわぁ……やだなぁ、濡れるの」
言葉とは裏腹に、表情にさほど大きな変化はない。ただただ若干重くなった裾を引きずりながら、影を宿した右ストレートを放っていく。
胸を突き、影を心の中心へと送り込んだ。女は僅かに姿勢を崩し、苦悶の声を漏らしていく。
「ふふ、トラウマ……見えたかい?」
「治療します」
仲間たちが苦しむことはないように、杏理が清らかなる風を送り込んだ。
治療と防具の修復を始めながら、姿勢を崩す女を観察する。
もっとも、紡がれる言葉はとぎれとぎれ。つなぎあわせたとしても、全てが繰り言恨み事。スサノオにつながるような情報は、ない。
「っ!」
探るさなか、ダグラスの首から上が多量の水に包まれた。
呼吸の術を失いながらも、ダグラスは視線を逸らさない。
身分違いの恋で身を投げたという女。己独りで想い焦がれて破れたか、周囲に引き裂かれたか、或いは男に裏切られたかはわからない。
「ぷはっ……井戸を満たす、テメェが纏う水は涙、ってところか?」
何れにせよ綺麗さっぱり消し飛ばしてやると、水から抜けだすとともい杭打ち機を突き出した。
「……好きじゃ無えんだよ、女の涙なんてのは」
左肩に突き立てると共にトリガーを引き、深く、深く打ち込んでいく。
大きく姿勢を崩して隙を見逃さず、サイラスが砲弾を発射した。
「ボロボロになりな」
一歩、二歩と退かせ、その隙に新たな弾を装填し始める。
狙いを定めるために瞳を細めた時、女が新たなことばを口にした。
「……き……と……こ……た」
「っ!」
心に根ざし浮かんでくる幻を、サイラスは唇を噛み締め打ち消した。
視界を僅かに歪ませながらもトリガーを引き、酸の砲弾をぶっ放す!
「溶けちまえよ」
女の守りを更に削ぎ、攻撃を楽にするために。
少しでも早く、女を倒すことができるよう……。
水針の雨をかい潜り背後へと回り込んだレーネが、仕込み杖を一閃。居合いにて足を切り裂き、女の姿勢を大きく崩した。
「チャンスです」
即座にミートがしゃぼん玉を発射して、女を打ち据えていく。
「ミート、えらい、いい子ね」
穏やかな声音で褒めながら、ペペタンが間合いの内側へと飛び込んだ。
「ごめんなさい、悲劇を放置するわけにいかないから!」
炎を走らせた鋼糸を振るい、女を炎上させていく。
揺らめく炎の影に隠れる形で真正面へと回り込んだなつみは、腰を落とし一発、二発と力強い正拳突きを放っていく。
「この調子で……」
「一気に体勢を決めてしまいましょう」
アーナインは横合いへと回り込み、魔力を込めた弾丸を発射した。
誤る事なく脇腹部分に潜り込んでいくのを眺め、静かに頷き退避する。
女は動けない。埋め込まれた呪詛に囚われて。
「ミートお願い!」
即座にペペタンが声を上げ、ミートがしゃぼん玉をぶつけていく。
自身も紛れる形で影を放ち、両腕を固く、固く縛り上げた。
スサノオの生み出した畏れ、ただ世を恨む寂しい存在を、悲劇が起きる前に必ず倒す。
強い決意を胸に抱き、影に込める力を更に強め……。
●止まない雨はないのだから
遥かな空より降り注ぐ、水針の雨。浴びてなお勢い削がれることなく動き続ける仲間たちを眺め、杏理は清らかなる風を起こしていく。
脅威ある存在としては届かなくても、僅かな飛沫は伝わる水の針。
あるいは、女の流した涙も含まれているのだろうか? 哀しみが脅威に変わってしまったのだろうか?
「生み出されてすぐで申し訳ない気もしますが――恨むだけもつらいでしょう。大丈夫、その恨みだって忘れられますから」
終幕に向けた手向けを紡ぎ、更なる風にて仲間たちを支えていく。
優しい風に抱かれながら、ダグラスは氷の塊を発射した。
「……ったく、胸糞わりぃ」
彼女が着物を引きずった後が、いつまでも晴れることのない妄執の爪痕にも、擦りつけた涙の跡のようにも見えた。
潰えた恋情を糧に生まれ落ちた呪い。人の想いは清濁混合の良い証拠かもしれない。故に木っ端微塵に打ち砕く、といったところだろうか。
想いを込めた氷の塊は誤ることなくぶち当たり、着物を氷結させていく。
ミケは氷結の中心へと刃を突き立て、上へと切り裂いた。
「井戸の底へお帰り……」
「一気に決めよう、行くよ!」
同様になつみも氷結の中心へと突き刺して、紅蓮に染まる刃を下に振り下ろす。
守りを両断された女の心臓を、ダグラスの杭が貫いた。
「……じゃあな」
ダグラスは倒れこんできた女を抱き止めて、軽くなっていく感触を全身で包み込んでいく。
消え行く前に、レーネが一輪の紫苑の花を差し出した。
花言葉は、忘れぬ心。
例え女が恨みの顕現でしかなかったとしても、構わない。
本来思う人がいた。通したい愛があった、その想いを、思い出して欲しい。
だから捧げた、紫苑の花を。
「……レーネも、あなたのことを忘れないです」
言葉が届く頃、女は消えた。
最後まで表情を変えることのないままに。ただ、恨み言をつぶやくこともないままに……。
治療を終えた灼滅者たちは、アーナインらの誘いで井戸の側へと舞い戻った。
「作法も何もあったものでは御座いませんが……まあ、やらぬよりはマシで御座いましょう」
アーナインは持参した塩を井戸の周囲に振りまいて、哀しみの場を清めていく。
ペペタンもまた井戸に花を手向け、手を合わせて黙祷した。
「身分違いの恋……その気持ちは分からないけど、でもつらかったんでしょうね」
分からないなりに思いを馳せ、顔を上げて振り返る。
周囲を調べていたサイラスが、両手を開いて肩をすくめていた。
「……ま、簡単に尻尾掴ませるほど間抜けじゃねーだろうけどな」
スサノオに繋がる手がかりは見つからず、今の段階では後を追うことなど叶わない。ならばこの場にいる必要はないのだと、踵を返して帰路を取る。
一つ一つ、古の畏れを潰していけば、いずれで会える。そんな言葉を胸に抱き……。
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年1月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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