足をくわえた母狐

    作者:時任計一

     夜も更け、無人となった山の手の小学校に、淡く光るオオカミが現れた。いや……実際は光ってなどいない。そのオオカミの白い体毛は、毛先だけ小麦色をしている。それがわずかな明かりに照らされ、光っているように見えるだけだ。
     オオカミはしばらく付近をうろうろと歩き、そしてその場を去った。
     そしてしばらく後、その場に獣の影が現れた。
    「グルルルル……」
     それはキツネだった。口には人間の足をくわえ、足は地面にからめ取られている。その場から離れられるようには思えない。
     そしてそのキツネの鋭い目つきは、獲物を狙う目ではない。憎い相手を食いちぎらんとする、怒りに燃えた目だった。


    「スサノオがまた、古の畏れを生み出したらしい。お前達にはその場に行って、その畏れを倒してきてもらいたい」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)が、単刀直入にそう言う。
    「古の畏れは、過去の逸話や伝承を元に生まれるんだが……今回は、あるキツネの逸話が畏れになったようだ」
     昔、とある猟師がキツネの巣穴を発見し、中にいた子ギツネを全て狩った。猟師が獲物を持って巣穴から出ると、狩りに出ていた母ギツネと遭遇した。子供を殺された母ギツネは怒り狂い、猟師の左足を噛み千切るが、その後すぐに猟師に殺された。
    「今回の畏れは、この話の母ギツネの形を取っている。案の定、怒り狂って人間を襲うんだが、こいつが現れたのが、とある学校の敷地内ってのが問題だ」
     学校の子供達と畏れが出会ったら、大惨事になるだろう。その前に、畏れを倒さなければならない。
    「古の畏れが発生するのは、ちょうど午後9時。当日のその時間には、もう人は誰もいない。だが、その翌日は平日だ。学校が開く。そのため、被害を抑えるには、夜の間に畏れを倒さなければならない」
     畏れは校舎外に現れる。潜入は難しくないだろう。
    「現場は、その学校の第2グラウンドになる。手広くて戦闘にはもってこいだ。だが、夜も遅いため、明かりになるものがほとんど無い。グラウンドには大きな照明があるが、操作盤にはしっかり鍵がかかっている」
     前もって明かりを用意するか、操作盤の鍵をどうにかして、照明を付ける必要があるだろう。
    「畏れは、ファイアブラッドと霊犬が使うサイキックと同質の行動を取ってくる」
     ポジションは、クラッシャーに位置するだろう。
    「今回も、事件の原因であるスサノオの予知はできなかった。灼滅は諦めるしかないな。だが……少しずつだが、スサノオに近付いてきているような感触はある。事件を解決していけば、それだけスサノオに近付いていけるはずだ。だから、この厄介な存在に近付くためにも、今回の事件、何とか解決に導いてくれ。頼むぜ、灼滅者達」


    参加者
    石上・騰蛇(穢れ無き鋼のプライド・d01845)
    四童子・斎(ペイルジョーカー・d02240)
    ソーマ・アルカヴィーテ(ブルークライム・d02319)
    五十里・香(魔弾幕の射手・d04239)
    無常・拓馬(サムライ探偵・d10401)
    天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)
    閼伽井・武尚(錆びた歯車・d17991)
    篠崎・壱(非定型ステップ・d20895)

    ■リプレイ

    ●復讐の母ギツネ
     時刻は午後8時前。5人の灼滅者が、問題の小学校から少し離れた場所に集っていた。
     辺りはもう暗い。そんな場所での戦いに際して、彼らが取った対策は、学校にある照明装置の利用だった。その装置の操作盤を壊さずに開けるための鍵を手に入れるため、既に3人の灼滅者が学校に潜入している。
    「『人の足を噛み千切った母ギツネ』ね……この逸話通りじゃ、人を怨むのも無理ないかな」
    「あぁ。そんな事したら、そりゃあ怒って当たり前だもんな」
     今回の敵、古の畏れの逸話を思い出し、閼伽井・武尚(錆びた歯車・d17991)と天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)が言葉を交わした。それを聞き、篠崎・壱(非定型ステップ・d20895)も感想を言う。
    「相手が畏れ……作り物だって判ってても、なんだか切ないわね。『おかあさん』にとっては、実に当たり前の行動だし」
    「確かに、それもそうなんだろうな。だが、だからと言って放置できる相手でもない。やることはやらないとな」
     そう言って黒斗は、時計をチェックする。そろそろ、潜入班から連絡があってもいい頃だ。

    「火の元と、鍵の方も大丈夫だな。よし、点検終わり。じゃあ、帰るか」
     学校の用務員は、全ての点検を終えると、用務員室から出て、鍵を閉める。そしてその場には、ESPで姿を隠していた、3人の灼滅者が残った。
    「な、上手くいっただろう?」
    「えぇ、お見事です」
     不敵な笑みを浮かべてそう言う四童子・斎(ペイルジョーカー・d02240)を、石上・騰蛇(穢れ無き鋼のプライド・d01845)は素直にそう褒めた。
     3人は、用務員が部屋を行き来するのに合わせて、用務員室への潜入を成功させていた。この部屋の鍵が、内側からなら簡単に開けられることも、既に調査済みだ。
    「さて、あのおっちゃんの言葉が正しければ、照明の鍵は、と……」
     無常・拓馬(サムライ探偵・d10401)が、早速目的の鍵を探す。用務員の点検をしっかり見ていたため、さして難しい作業ではなかった。
    「『第2グラウンド照明』……これだな」
     拓馬は数分程度で、照明の操作盤の鍵を探し当てることに成功した。それを見て、騰蛇は携帯電話を取り出し、待機していた仲間に電話をかける。
    「石上です。鍵を確保しました。これから私達も、グラウンドへ向かいます」

     そして時刻は、畏れが現れる午後9時の少し前。7人の灼滅者が、畏れが出ると予知されたグラウンドに集合していた。残る1人の拓馬は、少し離れた場所で、照明の操作盤をいじっている。程なくして、グラウンドの照明が一斉に付けられ、辺りが一気に明るくなった。
    「間もなく時間ですね。 ――遍く光よ集いて狂え、且は烈光の逆十字――」
     ソーマ・アルカヴィーテ(ブルークライム・d02319)が解除コードを口にし、スレイヤーカードを解放する。他の灼滅者も同様にカードを開放し、更に黒斗は殺気をまき散らして、万一の事態に備える。
     そして、それは現れた。見るからに小柄な、1匹のキツネ。口には、野太い人間の足をくわえていた。
    「グルルルル……」
     キツネは灼滅者達を見ると、敵意をむき出しにして、くわえた足を噛み千切る。壱が手で軽く口を押さえ、小さな悲鳴を上げるが、キツネはお構いなしに、灼滅者達に襲い掛かった。
    「やらせない!」
     同じくカードを解放し、仲間と合流しようと走る拓馬が、刀を抜いて大きく振るう。その切っ先から、サイキックエナジーでできた桜の花びらが舞い散り、風に乗ってキツネに襲い掛かった。出鼻をくじかれ、キツネは攻撃の機会を逃すが、その敵意は衰える様子もなく、灼滅者達にぶつけられる。
    「逸話通りの相手なら、同情もするんだけどね」
    「だが、人に危害を加えた害獣は狩られるのが常だ。相応の対応を取らせてもらう」
     斎と五十里・香(魔弾幕の射手・d04239)はそう言い、キツネとの戦闘を始めた。

    ●疾風の祟り神
     キツネは一足飛びで黒斗との距離を詰め、炎を纏った爪で襲い掛かる。だが、ギリギリのタイミングで間に割り込んだ騰蛇が、攻撃を代わって受け止めた。照明装置に加え、各自使用している明かりのお陰で、キツネのスピードにも何とか付いていくことができる。
    (「畏れの具現化とは、まったくスサノオも罪作りな事を……」)
     内心でそう思いつつも、騰蛇はキツネを押し返し、更にその前足を刀で傷つけ、動きを封じる。
    「速いな……篠崎! まずはこいつの動きから止めるぜ!」
    「わかったわ、そっちに合わせるわよ!」
     黒斗は壱に声をかけ、その場から大きく飛び上がる。そして、キツネの背後に着地すると同時に両方の後ろ足を斬りつけ……同時に、壱の放った魔法の弾丸が、キツネの体を貫いた。
    「グルルル……」
     キツネは素早くその場を離れ、オーラのような物を身に纏う。ヒールサイキックのようだ。つけられていた足の怪我のほとんどが、元の状態に戻っていく。
    「……回復されちゃったわね」
    「それなら、もう一度押し返せばいい」
     壱の一言にそう返し、退いたキツネに素早く迫る斎。先程までとは打って変わっての無表情で、治りかけていたキツネの足を再び斬り、その動きを止める。
    「こっちからも支援しますね」
    「なら俺も、もうひと押しさせてもらおうか」
     その好機に、武尚が催眠の札を飛ばし、拓馬が刀を抜いて飛びかかる。札はキツネの額に張り付いてキツネを惑わし、次いで拓馬の斬撃がその身を斬り裂く。キツネの守りを正確に崩す攻撃が、二度、三度と。そして最も守りの弱い一点に、ソーマはライフルの照準を合わせていた。
    「照準、固定……発射」
     ソーマのライフルから、高出力のビームが放たれる。狙い通りの軌道を通ったビームは、キツネの急所を正確に貫いた。その強い衝撃にひるむキツネに、香は巨大化させた腕で追撃を入れる。
     畳み掛けるような攻撃でキツネを翻弄する灼滅者。しかしその攻撃が途切れた一瞬、キツネは体勢を立て直し、憎しみを込めた瞳で、目の前の香をにらんだ。対する香は、巨大化したままの片腕を差し出し、キツネを挑発する。
    「来ないのか? さぁ、噛み千切ってみせろ」
    「ググ……ガァァッ!」
     キツネが牙をむき、香の腕にかぶりつく。一瞬、苦痛に顔を歪ませる香だが、腕からキツネを振り払おうとはせず、逆にそのままキツネを抑え込み、捕らえた。
    「今の内だ。動ける奴は仕掛けろ」
    「それじゃあ、遠慮なく」
     動けたのは、斎と黒斗の2人だった。斎は主に掌底での連撃、黒斗は縛霊手の一撃。両者とも、自身のスピードを攻撃に乗せた、全力の打撃を叩き込んでいた。一度にかなりの体力を削られ、ふらついた様子のキツネを、香は腕から振り払う。
     宙を舞い、繋がれたその地に引かれるように落ちるキツネ。しかし、地面に叩き付けられる前に体をひねり、その場に着地。受けたダメージを吹き飛ばすかのように大きく吠えた後、自らの体毛を針のようにして飛ばし、香たち前衛に反撃を仕掛けてきた。
    「くっ……意外と重い……」
    「大丈夫ですか? すぐに回復します!」
     武尚がすぐに反応し、前衛全体を回復させるが、キツネは既に次の攻撃を仕掛けている。
    「……させないよ」
     しかし、そのキツネの前に騰蛇が立ちはだかり、両者は正面からぶつかり合った。
    「私達も退くわけにはいかない。でもキミはあらゆる意味で、人より生み出されし祟神だ。神は祀り、鎮めるモノ。だから……」
     そこまで言って、騰蛇はキツネを打ち払い、一度距離を置く。
    「キミを全力で祓い、鎮める。それが今回の、私達の役目だよ」
     その騰蛇の言葉に構わず、キツネは唸り声を上げて灼滅者達をにらむ。そして再び地を蹴り、鋭い爪を振って襲い掛かってきた。

    ●母と子供と
     戦闘開始から、7分が経過した。
    「捕らえたわよ!」
     壱が繰る漆黒の糸が、キツネの体を縛る。そこに騰蛇は刀での斬撃を、ソーマは漆黒の弾丸を叩き込み、ダメージを重ねる。
    「ガァッッ!」
     しかしキツネは、壱の糸を無理矢理振り払い、牙をむいて黒斗に飛びかかる。これまでの攻撃が効いていないはずはないのだが、キツネのスピードは衰えを知らず、十分な明かりがあっても、完全に目で追うことは難しい。だが……。
    「それだけの敵意と殺意……自分の位置を教えているようなものだ」
     感覚でキツネを捉えた香が、その攻撃に割って入り、キツネの噛みつきを受ける。流石に彼女も消耗が大きく、ヒールサイキックを使って体勢を立て直す。
    「じゃあ今度は、俺の番だ! 行くぜ!」
     ヒートアップした黒斗が、手と一体化した剣を構え、一歩後退したキツネに向かってジャンプする。空中で縦回転しながら、飛び越えざまにキツネに一閃。そして着地と同時に剣の刀身を投げ、串刺しにする。最後に、サイキックエナジーで新たに作り出した剣を振り、更にキツネを斬った。そして黒斗の猛攻が続く間に、キツネを自分の間合いに入れていた拓馬が、納刀した状態からの居合斬りで、キツネを深く斬り裂く。
    「四童子、今だ!」
     拓馬はそう叫ぶと、黒斗と共にその場を離れる。
    「分かった。まぁ、飛び道具は趣味じゃないんだけどね」
     そして、拓馬に応えるその言葉と共に、斎の放った大量のガトリングガンの弾が、一斉にキツネに叩き付けられた。容赦なく降り注ぐ弾丸を受け、キツネはじりじりと追い詰められていく。既に体力の限界も近いようだ。
     しかし、キツネは攻勢を崩さない。傷つく足に構わず、ステップを踏んで弾から逃れたキツネは、弾丸の弾道を追い、その先にいる斎を、鋭い爪で引き裂いた。
    「ぐっ……なかなか効くね、これは」
     思わず傷口を押さえる斎。しかしキツネは、口から炎を出し、斎に追撃を入れようとしている。
     しかし、ここで異変が起きた。
    「……グ? ガ……ガァァァァァァッ!」
     突然キツネの様子が変わり、動き回りながら滅茶苦茶に炎を吐き出す。その炎は、狙いが全くつけられておらず、灼滅者達は簡単に避けることができた。むしろ、錯乱したキツネ自身の体が焼かれている。
    「一体、何が……?」
    「……きっと、子ギツネの幻影を見てるんだと思います。それで錯乱して、パニックに……僕には、そんな風に見えます」
     仲間の戸惑いの声に、武尚が、斎の怪我の治療を施しながらそう言う。恐らく、催眠の効果が出ているのだろう。それを武尚は、上手く読み取っていた。
    「……ソーマ、アタシがあの子の動きを止めるわ。もう終わらせましょう」
    「分かった。確実に仕留める」
     壱の提案に、ソーマは了承し、自身の演算能力を高め始めた。そして壱は、麻痺効果のある魔法の弾丸を再び作り出し、狙いを定める。
    「例えあんたが作り物の存在だとしても……あんたに学校の子供を殺させるわけにはいかないわ。それにあんたが逸話通りの存在だとしたら、あんたに『子供』を殺させちゃいけないし、アタシも殺してほしくない。だから……!」
     その全ての気持ちを込め、壱は弾丸を撃ち出す。弾は狙った通りにキツネに命中し、一時的にその体が麻痺する。
    「対象、停止。ロック完了……これで、終わり」
     その言葉と共に、ソーマの指から一筋の光条が放たれる。光条はコンマ1ミリの誤差もなく、キツネの最も弱い一点を貫いた。懸命に動こうとしていたキツネの体が、一瞬ビクッと動き、そのまま静止する。
    「ガ、ガァッ……」
     キツネの目に涙がたまり、こぼれる。そしてその体はくずおれ、その場に倒れ込んだ。
     最後に悲しそうにひと声鳴くと、キツネの体はその地に沈み込むようにして崩れていき、やがて消滅した。

    ●畏れの先のスサノオ
    「終わった……んだよね?」
    「えぇ、多分。なんか切ないけど……これで、良かったのよね」
     武尚と壱はそう話し、色んな感情がこもったため息をつく。その横で、騰蛇が静かに、キツネに対して祈りを捧げていた。
    (「せめて彼女に、安息の眠りを……」)
    「悪い……とは言わないが、俺達はお前の存在を決して無駄にはしない。俺達がスサノオに到達し、謎を解くための礎にさせてもらう」
     さっきまでキツネがいた方を向き、拓馬はそう言う。
    「ふぅ……追う側はつらいよね。さっさと本命のスサノオにお目見えしたい所なのに」
    「えぇ。少しでもスサノオに近付けていればいいのですが」
     戦闘が終わり、いつもの飄々とした雰囲気に戻った斎の言葉にソーマが応え、直後彼女はふと考え込む。
    「それにしてもスサノオは、伝承の残る地を見つけ出す能力でもあるのでしょうかね?」
    「あ、僕もそれちょっと思いました。それに、この母ギツネは、何を思ってここに現されたのか……まだ謎だらけですね」
    「そうですね。他の『畏れ』の発生位置や時間等、帰ったら調べてみるのもいいかもしれません」
     そう話し合うソーマと武尚。そんな中、香がそれに口を挟みつつ、意見を言った。
    「スサノオについては、今は後を追うしかない。それよりも今は、早く片付けて撤収だ」
    「照明を消して、操作盤に鍵をかけて……その鍵も、元の場所に戻しておかなければなりませんね」
     騰蛇も香に続き、片付けを促す。灼滅者達はバラバラと動き、片付けの準備を始める。一通りの作業が終わり、皆が帰ろうとする中、戦場となったグラウンドを振り返る黒斗が、ぽつりと言葉を口にした。
    「スサノオか……私にはまだよく分からないけど、一体何者なんだろうな」

    作者:時任計一 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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