勢子はひょうひょうと鳴く

    作者:立川司郎

     ざあざあと雨が降っていた。
     降り続く雨飛沫と、闇と、そして曇天に全ての光が覆い隠されている。その奥から、ぽつりと白い体躯が姿を現した。
     のそりと現れた白い影は、欠けた耳をわずかに動かすと鳥居の前で足を止めた。
     決して人の通らぬ所ではないが、この夜闇の中で神社までやって来るものは希であろうし、ましてやこの白い『ケモノ』の事に気付く事などなかっただろう。
     ひっそりと現れた影は、しばらくしてその場を後にした。
     ケモノが何をしたのか、何を考えていたのかは誰にも分からない。
     ただ、ケモノが去った後に『何か』が現れた。それはは雨の中、蓑を被って群れを成し歩き続けていた。
     ぞろりと現れた影の蓑の中は、つるりとした体とその下から伸びる鎖、ひとつの目があった。
     ひたひた、ぞろぞろと彼らは歩いて行った。
     
     島根にて、阿用郷の鬼を討伐してしばらくした後の事である。
     エクスブレインの相良・隼人(高校生エクスブレイン・dn0022)から、再びスサノオに関する話が入ってきた。
     隼人が話したスサノオは、前回と同じく耳が欠けたケモノの姿をしているのだという。
    「セコという妖怪が居てな。一部地域で出現する子供ほどの背丈の妖怪で、河童が山に登ったものだと言われている。今回出現するのは隠岐諸島にある、玉若酢命神社という場所だ」
     玉若酢命神社というのは、八尾比丘尼の伝説の残る神社である。だが、今回の妖怪は八尾比丘尼とは関係がない。
     この地域においてはセコは悪戯をするだけの子供に似た妖怪だと言われているが、古書においては一つ目であるとされていた。
     出現する妖怪もまた、一つ目で蓑を着ており徘徊する。彼らは大工の墨壺をほしがるというが、では墨壺さえやれば害は無いのか。
     いや、そうではない。
    「スサノオの呼び出した古の畏れだから、凶暴性が増しているのかもしれねェな。……元々このセコというのは、木々を揺らしたり石を転がしたり、石を投げたりして脅す事があるらしい。今回も、そういった攻撃を行う」
     数は14体。
     一体一体はさほど硬い敵でもないが、スピードだけは速い。
     攻撃は石を投げる事と、甲高い超音波の鳴き声を上げる事、ただこれだけである。隼人は、墨壺を持っておびき寄せている間に戦うといい、と話した。
     それから、少し思案するように目を伏せた。
    「……前回もコイツは一つ目の妖怪を呼び出したんだよな。この地域に出現しているのは、間違いあるまい。もしかすると……いや、今回はどうせスサノオにお目にかかる事は出来そうにないんだ、考えても仕方あるまい」
     首を振ると、隼人はそう言った。


    参加者
    風宮・壱(ブザービーター・d00909)
    白・彰二(目隠しの安常処順・d00942)
    一條・華丸(琴富伎屋・d02101)
    レイン・シタイヤマ(深紅祓いのフリードリヒ・d02763)
    桜庭・理彩(闇の奥に・d03959)
    中神・通(柔の道を歩む者・d09148)
    木元・明莉(楽天陽和・d14267)
    船勝宮・亜綾(天然おとぼけミサイル娘・d19718)

    ■リプレイ

     田舎道にぽんと立った石鳥居。
     夜雨の中、質素な寺社はそこに佇んでいた。
     遙か昔から存在するこの神社は、地方神を祭っている。
     腰に付けた傾向ランプの角度を変え、風宮・壱(ブザービーター・d00909)は雨に濡れる八百杉を嬉しそうに見上げた。ぽたり、ぽたりと雫が落ちるが、壱は雨に濡れる事も雫に降られる事もいっこうに気にする様子がない。
     むしろ、楽しそうに翔って杉の傍までやってきた。
    「すっげーでっかい木!」
     そっと触れ、冷たい木の肌の感触を味わう壱。
     戦う前から、あんまり濡れるなよと一條・華丸(琴富伎屋・d02101)が注意すると、ちょっと振り返ってこくりと頷いた。ただでさえ冬の山陰は寒いのに、雨模様の明け方は一番冷える時刻である。
     大蛇が眠っている、という噂の八百杉には華丸も少し興味はあった。壱と並び、そっと触れてみる。
    「何でスサノオは、この大蛇を呼び起こさなかったんだろうな」
     ぽつりと華丸がそう呟いた。
     何百年も眠っているこの大蛇、会ってみたかった気がする。……いや、眠りを妨げるのも気の毒だな、と華丸は口にした事を否定して首を横に振る。
     周囲を見まわした桜庭・理彩(闇の奥に・d03959)は、人の気配がない事を今一度確認した。
     降り続く雨をうっとうしそうに見上げ、傘をしっかりと抱え込む。
    「それにしても、雨が五月蠅いわね」
     終わる頃には、ずぶ濡れになっていそうだ。木元・明莉(楽天陽和・d14267)は中神・通(柔の道を歩む者・d09148)とライトの確認をして、墨壺をビハインドの暗へと手渡す。
     もう一つ、墨壺を船勝宮・亜綾(天然おとぼけミサイル娘・d19718)が霊犬の烈光にくわえさせた。烈光さんごと投げるのも手だと思っていたが、恐らく烈光さんが走る方が速い。
     暗と烈光、そして華丸のビハインドである住之江で一つずつ墨壺を保持し、セコを呼び寄せる囮となる作戦である。
     攻撃を仕掛けた後、セコがどういう動きをするかは分からない。その為、各サーヴァントには攻撃に耐えつつ仲間の攻撃の隙を造ってもらう事になるだろう。
     濡れた地面にランプをそっと置いて回ると、理彩は周囲の光量を確かめた。
    「これで良し」
     髪に伝う雫を払い、理彩は眠そうにこくりこくりと頭を垂れる亜綾の肩を軽く叩いた。びくりと顔を起こし、亜綾が周囲を見まわす。
    「来たんですかぁ?」
    「まだです。でも、すぐに彼らが来ますから支度してください」
     刀の柄を握り、理彩が警戒する。
     雨雫の中、墨壺を狙って彼らは現れるはず。
     理彩が呟くと、白・彰二(目隠しの安常処順・d00942)が考え込んだ。
    「彼ら? ……それとも彼女らかな?」
    「どっちでもいいんじゃないですか」
     どこか冷たい口調で、理彩が言った。まあ本当に、セコの性別は誰にとってもあまり興味がない話題ではある。
     ふ、と顔を上げてレイン・シタイヤマ(深紅祓いのフリードリヒ・d02763)が耳を澄ました。
     雨音の中に、何かが聞こえた気がしたのである。亜綾が烈光の背を撫でると、すうっと烈光が歩き出した。
     手に墨壺を握り、その後に住之江、そして暗が続く。
     墨壺を握った異形の行列に、どこからか気配が忍び寄る。レインはポケットに入れた墨壺を確認し、ふいと視線を動かす。
    「……聞こえないか?」
     風音のような音が。
     細く長く、響き渡るような音……いや声?
     ひょぉぉぉぉ、ひょぉぉぉぉう、と。
     重なる声は、何かを呼んでいるようにも聞こえる。
    「なに、あの声?」
    「……セコの声だろう」
     彰二が聞くと、レインが縛霊手を伸ばしながら答えた。
     巨大な手が差した林の方から、ひたひたと何かがやって来るのが見えた。暗がりの中、何かが蠢いている。
     のたり、のたりと歩きながら細く甲高いを上げていた。
     ひょうひょう、と声を上げる彼らは、一つの目をぎょろりと動かし、烈光たちを見つめた。彼らが墨壺を持っている事を発見し、ぴたりと足を止める。
    「来…っ!」
     レインが最後まで言い終わるより先に、彼らが恐るべき速さで飛びだした。対応出来ずに、烈光の墨壺が奪い去られる。
     とっさに、墨壺を懐に抱え込んだ住之江。
    「全て奪い取られる前に行くぞ!」
     通は雨具を脱ぎ捨てると、駆け出した。

     全部で十四体のセコは、一斉にサーヴァントへと襲いかかった。
     刀を抜いた理彩とバベルブレイカーを構えた壱が、サーヴァントに群がるセコの群れへと飛び込んでいく。
     横凪に切り込んだ理彩の一撃を、セコはひょいと後方に飛びつつ躱した。
    「速い……!」
     力は灼滅者に及ばずと聞いていたが、さすがに速さは理彩に劣らない。躱したセコへ壱がアッパーカットを図るが、ぬるりと肌を滑るように拳はすり抜けた。
     もう少し、といった所。
     驚いたように目を見開き、壱が笑う。
    「速っ……ヌルヌル動くのに速いなぁ」
     ひょうひょうと鳴くセコを目で追いながら、壱は仲間の攻撃を待つ。やみくもに十四体に突っ込んでも、ダメージが分散するだけだ。
     亜綾は烈光が失った墨壺を、通経由で投げて渡した。
     通の投げた墨壺を、セコを躱しつつ空中で烈光がキャッチ。しっかりと地面に着地すると、雨を振り払うように身震いした。
    「やっぱり、烈光さん投げる方がぁ」
    「しかし走りながら戦う事になる上、攻撃の為に結局接近しなければならんぞ。それに、既にサーヴァントが包囲されている」
     通に言われ、亜綾は頷いた。
     ひとまず、他の前衛とともに烈光はセコの囮を続けてもらう事とする。烈光にセコが飛びかかるタイミングを見計らい、亜綾はそこを中心に凍らせていった。
     雨雫が空へと伸びていくように、氷が次々地面から這い上がりセコを捕らえていく。
    「やはり効くようだな」
     レインが目を細め、華丸と彰二に目配せをした。
     華丸の手が本を捲ると、合わせてレインと彰二も書物を開く。雨を浴びながらも本はパラパラと開き続け、禁呪による力を放出した。
     三方向からの禁呪が、次々とセコを爆撃していく。
    「目指せ大炎上!」
     魔導書を片手に、彰二が笑う。
     お前は爆撃しているのが一番楽しそうだな、とレインが呆れたように言うと彰二が笑い返した。縛霊手に炎を宿し、突撃する準備も完了である。
    「まだまだこっから! 俺、突っ込んじゃうよ」
     縛霊手を振り上げてセコを薙ぎ払う彰二に、華丸は壱にも攻撃を伝える。
    「壱!」
    「りょーかい華丸、任せて!」
     地面に叩きつけられたセコに、壱がバベルブレイカーを叩き込んだ。
     強烈な杭打ち機の一撃に、セコは為す術もなく消滅していく。華丸たちの攻撃を待ち、壱は残ったセコを片付ける。
     だがセコもただ見ているだけではなかった。
     周囲を駆け巡りながら、セコが鳴き始める。
     ひょぉぉぉ、と甲高い声を上げて彼らが鳴く。
     重なった声は空気を振るわせ、体に衝撃となって伝わる。苦痛で壱が耳を塞ぐが、ちらりと視線を落とすと住之江が微かに体を震わせていた。
    「華丸、住之江が苦しそうだよ!」
    「……分かってる」
     懐から墨壺を出すと、華丸が掲げた。
     サーヴァントと灼滅者は、一心同体。サーヴァントを犠牲にしての戦いは、本来の戦いではないのだから……。
    「ほら、こっちだ!」
     華丸の声で、ゆるりとセコが目を動かした。
     一番後方で墨壺を掲げていた華丸、そして亜綾と明莉の三名がそこにある。音波攻撃に亜綾がぎゅっと唇をかみ締め、体を強ばらせる。
     セコの鳴き声が、体を竦ませる。
    「蝉の鳴き声より煩いですぅ」
    「静まれ、鳴き声自体はそんなに大きくはない!」
     通は後ろを振り返り声を掛けると、風を起こした。雨を巻き込み、ゆるりと風が舞う。冷たくも緩やかな風は、頬に雨粒を残して心もひやりと冷ます。
     ようやく亜綾は顔を上げると、ほっと呼吸をしてクルセイドソードを掲げた。
     降りしきる雨の中で、セコの声とクルセイドソードの放つ祝福の言葉が混じり合う。祝福に支えられ、少し亜綾の表情が和らいだ。
    「セコさん、そろそろ鳴くのやめてほしいですぅ」
    「それには同意だ。こっちも攻めに出るとしようか」
     通は拳を握り締めると、走り出した。

     レインと華丸は、魔導書と爆霊手を使い炎と結界を使ってセコを纏めて攻撃し続けた。
     じわりじわりと蓄積するダメージを、壱と理彩が一刀両断。
     刃を返し、理彩がふと顔を上げて耳をすました。
     先ほどまで劈くような音を鳴らしていたセコが、幾つか違う音を混じらせている気がしたのである。
     さっきより、大分優しい鳴き声だ。
    「治癒してる……のでしょうか?」
    「当たり、桜庭センパイ!」
     彰二が理彩に言うと、治癒の声を上げたセコの群れへと影を放った。既に十分なくらいにセコは炎で焼かれている。
     雨の中でも消えぬ炎は、セコの体を焼き続けていた。
     音を聞き分けようとする彰二に、華丸が攻撃を続けるように告げる。
    「鳴き声を聞き分けるのは俺に任せろ。癒してるセコは俺が叩く、お前はまとめて叩け」
    「ん、じゃあ残りも大分少ないし後は一気に行くよ!」
     魔導書を開いた彰二に集中砲火をさせ、華丸は縛霊手でセコに掴みかかった。耳を澄まし、雨音の中に混じる癒しの声を聞き分ける。
     一体一体、片付けて行く。
     いつしか、耳に五月蠅い声をあげていたセコの数は、数える程になっていた。明莉は暗の姿を確認し、軽く手をあげて合図をする。
     斬鑑刀を構え、明莉が踏み込む。
     切り込んだ大きな刃が、次々と残ったセコを叩き潰し、消し去っていく。飛び交わしたセコを通が掴み、投げ飛ばした。
    「……今ので最後か」
     通はぐるりと見まわし、明莉に問う。
     雨音以外に、もう何も聞こえなかった。
     ポケットに仕舞った墨壺を取り出し、レインはふと微笑した。どうやら、この予備の墨壺は取られずに済んだようだ。
    「さて、何か御利益があるんだろうか」
    「ああ、あるかもしれないな」
     尤も通の手元には、墨壺は無かったが……。

     無事に終わった事に安堵し、通は大きく息をついた。
     浮かんだ笑顔に、今回の事件が無事終わった事への喜びが感じられ、明莉もつられてふと笑いを浮かべた。
     あ、と壱がそらを見上げて声を上げる。
    「雨、上がりそうだよ」
    「帰りは濡れずに済みそうだな。ありがたい、それじゃあ初詣に行って、八百杉も拝んでいくか」
     華丸がぽんと壱の肩を叩き、傘を差す。
     次に来るなら友達と……と思案しながら歩く華丸の後ろで、レインは社をじっと見つめる。思いだしたように傘を差し、雨を避けるレイン。
    「古いが良い社だ。記紀や風土記を読んでみたくなった」
     目を細めて、レインは遙か昔へと思いを馳せた。
     だがなにやら考え込んだ様子の通に気付き、レインが視線をやる。
    「……まだ何かあるのか?」
    「いや、肝心のスサノオが無事なうちは、また何度も島根に来る事になりそうだと思ってな」
     通が言うのは、前回と今回、同じスサノオと思われる個体が島根県内に出没し続けているという事であった。
     前回は阿用郷の鬼という、一つ目の鬼。
     今回は、セコと呼ばれるまた同じく一つ目の河童の妖怪であった。
    「ん~……なんかあるの、それ?」
     首をかしげて壱が聞くと、明莉が歩き出した。
     歩きながら、ぽつりと話し出す。
    「山陰、日陰る地ってね。陰には陰に寄せられるモノがあって、元々水のモノである河童の勢子には好条件。……場所は出雲。そもそも一つ目は神の象徴とも言われてるしな」
    「なんで神さまなんですかぁ?」
     きょとんとした顔で、亜綾が聞いた。
     興味津々の皆の様子に、明莉がふわりと笑う。こういった話は明莉の得意分野でもあるが、聞いてくれる人がいるなら語ろう。
     鍛冶師は元々火を見る職業である為、片目を痛めやすい。
    「それで天目一箇神っていう神サマがいる。鍛冶師の神でね、一目の神だ。……ところが、当の山陰にはもう一人鍛冶師の神サマが居る訳だ」
     それが金屋子神(かなやごかみ)である。
     天目一箇神と同一であるとも言われている女神で、この中国地方で信仰されている鍛冶師の神であった。
    「そのせいなのかな、島根には他にも一目の妖怪がいて……これは前回の報告書でユーゴーが言ってた話だけど」
     そういう事、あのスサノオが知ってか知らずか。
     こうしてスサノオの後を追いながら、足跡について考えるのもまた楽しいではないか。明莉は傘を下ろして、空を見上げる。
     ああ、雨が上がりそうだ。
     また、スサノオは来るのだろうか。
     あの片耳のスサノオが向かっているのは、もしかして……。

    作者:立川司郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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