礫ケ辻

    作者:来野

     文化とは、つまるところ『人』である。
     寂れた町の高台で、取り残された城址の影が物語る。かつては栄える街だった。
     寒風吹きすさぶ夜、本丸から遠吠えが聞こえてくる。闇に佇むあれは、まるでオオカミだ。
     くすんだ灰色の身にまとうのは、白炎。顎からはみ出た牙は長く、噛み合うことのない食い違い。イスカの嘴というべきか。
     眼下の辻を黙って見つめ、やがて、そいつは立ち去った。
     すぐ後、辻の真ん中に奇怪な人影が生じる。
     鉄鎖に足を戒められ、揺らめく動きがおかしい。
     肩の上に、頭が二つあった。
     
     石切・峻(高校生エクスブレイン・dn0153)が、教壇に立つ。新年。いつもにも増して墨くさい。
    「スサノオが古の畏れを生じさせる。当該ポイントはここ」
     山間の城下町の地図を掲示し、
    「灼滅をお願いします」
     頭を下げた。地図の縮尺を変え、ある交差点を拡大する。
    「この町には『礫ケ辻』と呼ばれる四辻があって、古の畏れはここに立つ」
     つぶてがつじ。誰かが痛そうな顔つきでくり返した。峻が頷く。
    「昔、城主の求婚を断った町娘が、ここで処刑された。この交差点は当時、砂利道で」
     そこに穴を掘って罪人を腰まで埋め、石を投げつけて埋めるよう町の者に命じる。投げなければ、そこを通さない。石子詰めと呼ばれる処刑である。
     求婚と言っても側女に欲しがっただけのこと。身勝手な私刑だが、支配者に逆らうことは難しい。
    「が、この娘の許婚の男だけは彼女を助けようとして、共に石詰めとなって死んだらしい」
     峻は、ホワイトボードに簡素な図を描く。体が一つに頭が二つ。『人』ではなく『X』に近い図だ。
    「だから、ここに出現するものには、女と男、二つの頭がある」
     拡大された地図によると、現在、その十字路は全て二車線の車道となっている。
    「彼女らは、ここを行き交う者全てを殺害しようとする。足鎖で繋がれている上に退こうという意思もないので、車道上で戦うしかなさそうだ」
     峻の眉根に薄い力がこもった。
    「幸い深夜なので人通りはない。車もたまに長距離トラックが通る程度で、信号機のタイミングによっては全く通らない時もある。けれど、絶対ではない」
     長丁場になれば自動車やバイクが通りがかる可能性があり、しかも、それは四方向のどこか、あるいは複数からとなる。
    「信号機が全て赤となる瞬間は予知できている。数分は大丈夫だろう。その後にいたった場合は、君たちの戦法に頼らせてくれ」
     峻は自分の手首のごついスポーツウォッチを指差し、続ける。
    「相手は一体で、二つの頭から同時に攻撃を繰り出すことができる。女が催眠の魔眼で、男が麻痺の落雷。近寄ると絞殺か撲殺を狙ってくるが、腕は一組なので対象は一人に限られる。それと」
     少々、面倒なのがと前置きした。
    「それぞれの頭は、もう一つの頭に回復をかけることができる。だから、とどめは左右の頭を同時に落とすか、胴体をぶった切るか、あるいはその他の斬新な方法が必要だ」
     軽くひるがえした手刀を教壇の上に戻し、峻は皆へと向き直る。
    「なぜこんなものが起き上がってくるのか、今の俺にはわからない。言い伝えによると、件の城主はその後、発狂の上、落馬して死んでいる。どこにも救いのない話だな」
     だから。
    「どうか、君たちの手で片付けて欲しい。お願いします」
     険しくとも、道は必ずどこかに行き着くから。
     そう締めくくった。
     


    参加者
    セリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)
    遊木月・瑪瑙(ストリキニーネ・d01468)
    喜屋武・波琉那(淫魔の踊り子・d01788)
    水瀬・瑞樹(マリクの娘・d02532)
    九条院・那月(暁光・d08299)
    朧月・咲楽(神殺しのサクエル・d09216)
    狗崎・誠(猩血の盾・d12271)
    華表・穂乃佳(眠れる牡丹・d16958)

    ■リプレイ

    ●この道を往きたくば
     寒風の向こう、城址の影が闇より黒い。
     オオカミを思わせる姿は既にない。四辻にうずくまる奇怪な影。スサノオと入れ違いの灼滅者たちには、一刻の猶予もなかった。
     手早く設置を始めた明かりが、交差点の周囲に小さな光を投げかける。
     その間に九条院・那月(暁光・d08299)が、辺りの道路状況へと注意深い視線を投げた。表情は波立たない。だが。
     夜とはいえ、歩行者の姿がない。そんな寂れた町の光景は、三、四十年昔に飛ばされたかのような錯覚を生む。
     淡い金光を纏う彼に色あせたブリキ看板がそぐわず、時間差付きの信号が持ち腐れに見えて侘しい。
     水瀬・瑞樹(マリクの娘・d02532)もまた、周辺住民への迷惑を気遣い、そうすべき相手が稀なことをさとった。建物に窓明かりがない。
     ジャラリ。
     鎖が鳴った。頭二つの影が、ぐらぐらと立ち上がる。
     華表・穂乃佳(眠れる牡丹・d16958)が作業の手伝いを終えて下がった。
    「もきゅぅ……大通りで……あぶない霊なのです……ちゃんと……どかさないとー……なの」
     予定時刻だ。信号機の色は全て赤。この道、通るべからず。
     時計の文字盤から目を上げ、遊木月・瑪瑙(ストリキニーネ・d01468)が眉をひそめた。
    (「……不気味」)
     これ以上正直な感想もあるまい。しかし、口許に浮かぶ笑みからは感情が失せている。
    「悪いけど、潰させてもらうね」
     存在理由を問うことに、どんな意味があるという。
     彼と喜屋武・波琉那(淫魔の踊り子・d01788)の全身から、薄い刃のような殺気が迸った。
     殺界形成発動。
     波琉那の胸の内は、複雑だ。
    (「せっかくゆっくり恋人同士で眠っていたのにね……」)
     スレイヤーカードを握り締める。解放。
     すぐ側でセリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)の声が、冷たい風を打つ。
    「真白なる夢を、此処に」
     カードが燦とした光に変じ、彼女の手に握り取られて真横へと伸張する。Eirvito Gainstoulは白き雪のきらめき。
     対して瑞樹のカード解放は、炎を司る一声。
    「イグニッション!」
     点火せよ。
     古の畏れが灼滅者たちを見据え、二つの頭で唇を震わせた。
    「ア、ァァオ」
     男とも女ともつかぬ野太い呻きが響き渡る。それが瞬時に裏返った。
    「ヒ、キァァッ!」
     突き刺さる凝視。暗闇を焦がす紫電。
     磁場が狂ったかのような耐え難い感覚と全身貫く衝撃が、同時に灼滅者たちへと襲い掛かる。

    ●どう終えれば良い
     霊犬ピースを背後に従えWOKシールドを前に出して、波琉那が重心を落とす。灼滅鎧から覗く素肌が帯電し、凄艶を増していた。
     屍蜂御前の名を誇る鎧は、良く耐えた、が。
    「く、っ!」
     痙攣する脚を叱咤して叩きつけたシールドが、反動を残して動きを失う。
     古の畏れが、右手でその端をつかみ止めていた。血涙を浮かべた瞳が憎悪を滴らせて彼女を睨む。
    「隣人を打つか、女!」
     灼滅者の姿とかつての住民たちを混同しているのか。正気の沙汰じゃない。
     狗崎・誠(猩血の盾・d12271)が全身に輝きを帯びて、アスファルトを蹴った。女性が傷付くのを好まないたちだ。防備を望んで炸裂させる抗雷撃。
     横面に飛来した拳を、化け物の左手が握り止める。真後ろへと退りながら衝撃を殺し、振り上げた足で誠を押し戻した。
    「何か……」
     バックステップで体勢を取り返し、誠は息を噛む。
    (「何か私たちに出来ることはないんだろうか」)
     果たして救いのない終わりのままで良いのか。それで終わったと言えるのか。
    (「ただ灼滅するだけでは、あまりにも彼らが悲し過ぎる」)
     彼女の苦渋を知らず、古の畏れは荒れる。更なる攻撃に出るのを察して、瑞樹が突っ込む。
    「さぁ焼き尽くそう」
     最初の一撃で傷付いていない者はない。後手に回ったのならば、取り戻さなくては。
    「思いも何もかもすべてを」
     燃え上がるレーヴァテインの紅蓮。つかの間、辻が真っ赤に輝き、双頭の異形が怯む。
    「そしてここは何もなくなる」
     そこに一拍置いて斬り込むセリルは、瑞樹と同じ箇所へと畳み掛ける。無駄がない。
    「恨み辛みで此処に居るのか、只の数奇な巡り合わせなのか」
     白い軌跡を描くのは、静寂を謳う双剣。化け物の腰がどす黒い血を噴くと、それを浴びたはずのセリルの身は護りの輝きを帯びる。飛び散る粉雪の白。
    「何れにせよ、悪夢は此処で断ち切ろう」
     苦痛に呻く双頭が、再度、喉を膨らませた。四つの瞳がぐるりと裏返り、黒い血の涙を顎へと落とす。
    「それを、できるというか……!」
     来る。再度の攻撃。
     那月が前に立つ者へと癒しを送ろうとし、足を止める。いぬも共に。
     ビシャリとのたうつ雷撃は前列を、突き刺さる眼光は後列を襲う。
     刃を抜いた穂乃佳の足許が、揺らいだ。
    「狂いなきその刃を……仇、に……」
     何が起きるのかを覚り、黒い瞳を見張る。バリッという音が耳の脇で弾けた。
     朧月・咲楽(神殺しのサクエル・d09216)が口に咥えた蟹を噛み飛ばしつつ、足許を狂わせて穂乃佳にぶつかる。
    「……っ!」
     どこかで聞いた台詞を飲んだが、敵のやりようは陰惨だ。風の刃と黒い殺気の渦とが、雷電を受けた前の仲間たちを背後から挟み撃ちにする。その気なくして、させられる。
    「ああっ!」
     符を手に踏み出した瑪瑙だけが背後からの一撃を免れていたが、仲間は皆、チリチリと爆ぜる火花に囲まれ、役を果たしたピースは姿を失った。
     那月がすんでのところでとって返し、
    「今、解除する」
     穂乃佳の身をオーラですすぐ。頷く穂乃佳の瞳が、力を取り戻し始めた。処置が速い。
    「むきゅ……ぽむ……だいじょーぶ……? もうすこし……がんばって……みんな……まもって……」
     霊犬は、咲楽の元へ。叫びを振り絞り立ち上がろうとする彼へと癒しを送り手助けを始める。
     それらを目端で捕らえ、瑪瑙が駆ける。
    「――ごめん、回復もらっていい?」
     背を任せ、正面から突っ込んだ。

    ●堅固にして重たき
    「殺し合うが良いわ……ッ」
     呪詛を吐き波琉那の盾を押しひしいだ化け物の横面に、導眠符が弾けた。白い紙片が夜にはためく。
    「……?!」
     二つの頭を赤子のように揺らして、古の畏れが我を失う。伸ばした両腕が、瑪瑙の肩を捕らえた。
     逃げず、させておいて、彼は片手を化け物の後ろ襟へ。被った猫の内側は、決して大人しいものではない。秘められた分だけ、毒すら含む。
    「うぬ、は……」
     逆につかみかかられたことを知り、双頭の化け物は彼の首をつかみ直した。
    「奈落に来よ!」
     那月の助けを借りて、穂乃佳が立ち上がる。地を踏みしめて頭を振り、全身に柔らかな風を纏い、抱いて、放った。
    「ん……汚れ……淀み……風とともに……流れて……清められ……」
     ぽつり、ぽつり、投げかける声が、仲間の意識を清め始める。
     ぽむの助けを借りた咲楽は、知覚の狂いが消えて固めた護りが効いている。そのための鏖殺領域だった。手を握り開く。痺れはない。行ける。
     古の畏れが、鋭い動きで顔を上げる。紫電を生じ始めたその胴に、走り込んだ咲楽が鋼糸を放つ。叫んだ。
    「そう、やすやすとは……!」
     落雷を阻まれ、男の顔が引き歪む。機を逃さず誠が女の頭に突っ込むのは、シールドバッシュ。魔眼を使わせてはならない。
    「イ、ッアアッ!」
     化け物の悲鳴が迸る。その時、東西の信号機が色を変えた。青。
     いぬに射撃を命じ光り放つ十字架を降ろして、那月が闇を透かす。チカリ、と小さな光。あれは。
    「ヘッドライトだ」
     その声に事態を覚り、セリルと瑞樹が脇、波琉那が背後へと駆け込んだ。人払いは効いているが、相手は急に止まれない。
     正面の瑪瑙は――
    「……っぅ」
     苦痛の色すら飲み込んだまま、一度上がった血色を次第に失いつつある。片腕が震えを帯びて巨大化を始めるが、彼にはこれ以上のダメージは危険域だ。
     古の畏れは、瑪瑙をアスファルトへと叩きつけ頚骨を握り潰す勢いでのしかかる。
     ミシリという異音。喉のくぼみに食い込む指先。
     穂乃佳の生み出す風が彼女の髪を舞い上げて吹きすさび、仲間の命を奪われまいとそよぐ。
    「あとすこし……んっ……」
     瑞樹が左脇から、セリルが右脇から、輝ける刀身を突き入れた。間髪入れることもない。ズッ、という音が辻に響く。
    「ギッ……イ、ギ」
     刃が異形の内を斜めに行き交ってしのぎを削り、逆から剣先を突き出す。見る間に力を奪われて行く化け物は、刀身を骨に存在しているような有様。あと一押し。
     誠が盾を引き、クルセイドソードを抜いた。柄と祈る想いとを、五つの指にしっかり握り込む。
    「最早お前たちを害した者もここにはいない」
     振りかぶり、落とす。その先は、古の畏れの足鎖。
    「死してなお恨みに繋がれている必要はないだろう」
     那月のいぬが四肢を張り、逆の鎖へと一撃を撃ち込む。
     キン! と、響いたその音は、どこまでも硬かった。
     誠の切っ先が上段まで跳ね返り、いぬの攻撃は跳弾と化してアスファルトを削る。のたうつ鎖は、化け物の足を戒めたまま切れる気配がない。
     見届けた誠は素早く味方の防護に転じる。このリスク、他へ負わせるわけにはいかない。
     剣で串打ちされた身を十字架が聖なる光で焼き、背に波琉那の影が踏み込んだ。
     バイオレンスギターのネックを握り直し、踏み込み足に重みを乗せる。二本の刃が抜けた瞬間、渾身で振り抜いた。
    「ギッア……ガァウァァッ!」
     両断された胴がずれ、ばたばたと散る血が瑪瑙を打つ。彼が突き出した腕を伝って落ちていくものは、肉片ではなく砂利。
     巨腕の指の間をすり抜けて崩れ、最後は砂となり、降り注ぐ。
     キィッという甲高い音がアスファルトを擦り、灼滅者たちの耳を打った。

    ●枯野の祈り
     ブレーキを踏み込んだ軽トラックは、停止線の手前で止まった。
     咲楽の背後。衝突は免れた。そも元はバイクだった鎧を身に着けている。彼らにとって一般人のすることごときは痛痒でしかない。
     運転席の男は何か言おうとして口を閉ざし、正面を見る。
     得物を片手に息を切らす一団が、凄絶な光景としてヘッドライトの中に浮かび上がっていた。
     トラックはすぐに鼻面を路肩に振り、来た道を引き返して行く。
     灼滅者たちによって城主と同じ運命から免れたことを知らず、ただ、畏怖だけを胸に。あとはバベルの鎖の彼方だ。
     遠ざかる小さな光。浮かんでは闇に沈む道路標識。風に吹き流される砂は、舗装された道の亀裂に還ろうとしている。彼らが武器を納めると、夜はいよいよ暗く深い。
     信号が再び赤へと変わる。
     金糸の髪に寒風を孕み、セリルが四辻の間近に立った。
    (「せめて安らかに眠れます様に――」)
     黙祷の横顔に、波琉那の祈りの姿が重なる。
    「無理やり受肉させちゃって大変だったね……ゆっくり眠るといいよ」
     ちょっと感傷的かもしれないけれど、とは胸の内。
     誠は明かりを集めて戻り、瞑目した。
    「傍らに互いがいるのなら、今度こそ幸せになれるよな」
     黙って見ていた瑞樹が呟く。
    「今回の『古の畏れ』ってなんか都市伝説歴史バージョンって感じ」
     首を傾けた。
    「噂だけで生まれたか、大本となる存在が居たかの違いはあるみたいだけど」
     それを耳にして、那月が交差点へと視線を投げる。
    「中津川に、古の畏れと似た姿の道祖神がある」
     頭は二つ、身は一つ。仲むつまじげな二人。
    「それは人を殺める為ではなく、人を守る為に在るのだがな」
     あれが岐の神だったのならば、この町はこうも廃れなかっただろう。一心同体と面従腹背の違いが空恐ろしい。
     周囲に注意を払ってわかったことは、そこにはもう不審なものがないということだった。
     人の姿が稀な分、枯れた草木の影は豊かだったが、風に吹かれて揺れはしても自ら動くことはない。道は遠くで闇へと飲み込まれている。
     黒々と丘に座した城砦の名残が、もの言うことなく彼らの背を見ていた。
     さあ、帰ろう。皆の許へ。
     

    作者:来野 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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