一匹の獣が、峠道を駆け抜けていく。
その姿は、オオカミによく似ていた。美しい白い毛並み。青く鮮やかな、燃える炎のようなオーラ――スサノオ、そう呼ばれる存在だ。
スサノオが立ち止まったのは、一つのトンネルだ。長い時間、放置されているのだろう。そのおどろおどろしい空気は、冷たい冬の空気の中にあってもなお異質だった。
スサノオが、その視線を上げる。トンネルの入り口につけられた、小さな看板。書かれている文字も見えないそれをスサノオが見詰める事しばし――トンネルの奥で、ソレが姿を現わした。
『――――』
白い、雪のように白い大蛇だ。大蛇はトンネルの中央、暗闇の奥で真紅の瞳を輝かせ、とぐろを巻いて控えるだけだ。ジャラ、とその首元から伸びる鎖を鳴らしながら、大蛇はその瞳を閉じた。
それを見届け、スサノオは再び走りだす。まるで、果たすべき事は終えたとでも言うように、彼方へ……。
「またぞろ、厄介なんすけどね?」
湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)はそうしみじみとしたため息をこぼすと、語り始めた。
「スサノオにより、古の畏れが生み出された場所が判明したっす。そこは、ちょっとした伝承が語られるトンネルなんすけどね?」
昔々、その山には一匹の大蛇が住み着いていた。大蛇は山の主とも言える存在であり、山に踏み入る人間を喰らい殺す恐ろしい存在として知られていた。が、ある時を境に大蛇は姿を消してしまったという。
「後に、土地の人は一つの岩を発見したって言うっす。大蛇が岩になったと言われ、大蛇岩って呼ばれる事になるんす」
その大蛇岩が発見されたのが、あのトンネルのある場所なのだ。古く読めなくなってはいるが、その事に関して記した看板がトンネルの入り口にも残されているという。どうやら、その伝承の大蛇が古の畏れとしてスサノオに生み出されてしまったらしい。
「その峠道は、まだシーズンでないから閉鎖されてるけど、山開きのシーズンになれば犠牲者が多数出るてしまうっす。今の内に、対処して欲しいんすよ」
敵は全長六メートルほどの大蛇、一体のみ。そのトンネルの中央に座した大蛇は、トンネルに踏み入った者を喰らおうと襲ってくる。不意を打つのも不可能だ、真正面から打倒するしかない。
「まともに殴り合ったとしても、それほどの強敵ではないはずっす。でも、油断をすれば一気にこちらが崩される……そういう相手である事を忘れずに、挑んで欲しいっす」
現在であれば、一般人を巻き込むような事もない。ただ、大蛇を倒す事を目標に、全力を尽くしてもらいたい。
「この事件を引き起こしたスサノオの行方は、ブレイズゲートと同様に、予知がしにくい状況っす。まずは、一つずつ事件を解決していって欲しいっす」
そうする事が、いつかスサノオに繋がっていくはずっす、と翠織は真剣な表情で締めくくった。
参加者 | |
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龍海・光理(きんいろこねこ・d00500) |
クラウィス・カルブンクルス(他が為にしか生きれぬ虚身・d04879) |
赤秀・空(死を想う・d09729) |
穂都伽・菫(袖触れ合うも・d12259) |
八葉・文(夜の闇に潜む一撃・d12377) |
氷月・燎(高校生デモノイドヒューマン・d20233) |
小此木・情(高校生・d20604) |
桜井・輝(魔蝕攻殻・d23490) |
●
吹き抜ける風、その身を切るような冷たさに赤秀・空(死を想う・d09729)は小さく身を震わせた。
「それにしても、寒くてたまらない」
飄々と、空は愚痴をこぼす。そう言えば、と思い出したように空は呟いた。
「蛇は水の神だっけ。こんなに寒いなら、水の神も呼び起こされてさぞご立腹かもね……蛇だし、冬眠してたのかも知れないし」
本気とも冗談とも取れないその言葉に、穂都伽・菫(袖触れ合うも・d12259)も言った。この付近の伝承について、事前に少しだけ調べていたのだ。
「この辺りには、昔は川があったらしいですね。でも、大蛇岩の付近で川の流れが変わったって言われてました」
「なるほど、川という蛇がいなくなって大岩になった……繋がりますね」
面白い解釈です、とうなずいたのは龍海・光理(きんいろこねこ・d00500)だ。伝承には、いくつもの形態がある。このように自然の出来事を何かに形容する形の伝承は、世界各地に存在するのだ。
「しっかし、古の畏れ出してそのままとか、スサノオは何をしたいんやろな。わからん事が増えるばっかやなー……」
「……生まれが何であれ、倒すべき敵なら戦うだけ、ね……それに、この戦いが次の一歩になるかもしれないしね」
唸る氷月・燎(高校生デモノイドヒューマン・d20233)に、八葉・文(夜の闇に潜む一撃・d12377)が静かにこぼす。文の言葉にクラウィス・カルブンクルス(他が為にしか生きれぬ虚身・d04879)は、感情のこもらない呟きを紡いだ。
「スサノオの目的はわかりませんが、放っておいて犠牲者が出ても困りますから退治をさせて頂きましょう」
クラウィスの呟きに、仲間達がうなずく――その光景に、桜井・輝(魔蝕攻殻・d23490)が内心でため息をこぼした。
(「武蔵坂学園……。エクスブレインの力でダークネスへ攻勢をかけられる組織、か。この力があの時にあったなら、なんて考えるべきじゃないってわかっているんだけどな」)
ヒュゴ、と風の音が変わるのに、輝は意識を切り替える。トンネルの前へと、到着したからだ。
「蛇って骨格標本は見た事有るんだけど、肉色とか分かるかなー」
脱げないようにと帽子を押さえ、しっかりと被り直して小此木・情(高校生・d20604)が呟く。トンネルの奥、既にその巨体が見えているからだ。
ゾワリ、と内側でざわめくものがある――輝は胸を抑え、言い捨てた。
「戦いの度に自分のドス黒い本性に気づかされるようで嫌になるよ……。だけど、優しく生きたいならこんな道は選んじゃいない!」
輝のデモノイド寄生体がぞぶり、と這い出で、食い破るようにして人としての姿を覆い尽くしていく。バスターライフルを腕に取り込まれ、デモノイドとしての戦闘形態へと変貌した。
「光の速さで駆け抜ける!!」
菫も解除コードを唱え、仲間達と共にトンネルへと駆け込む。大蛇はその気配を感じたのだろう、一気に渦巻いていた自身の体を伸ばした。
『シャアアア!!』
純白の濁流が、まるで侵入者を押し流さんとする勢いで灼滅者達を襲う。ゴォ!! という轟音が、戦いの始まりを告げた。
●
「なるほど、白い蛇ですね」
もしも川が氾濫して、陽の光に輝き泡立っていたのならばそれを白い大蛇と見違えた者もいたかもしれない。光理はクルセイドソードを手に一薙ぎ、セイクリッドウインドで濁流を薙ぎ払った。
「早々に倒す事に、専念させてもらいましょう」
その掻き消えていく濁流を踏み砕き、クラウィスが駆け込んだ。カカカカカカカカカッ! と響く足音、クラウィスは構えた槍で螺旋を描く刺突を繰り出す。ギィン! と、鱗に火花を散らし、突き刺さる――だが、大蛇は構わず身をくねらせて這い進んだ。
「……ウチは刃……あんたを切り裂き、穿つモンや」
文は漆黒に赤い羽根が彫り込まれた薙刀を手に、右手をかざした。
「……殺技、霧」
その袖口から、黒い霧と化した殺気を展開し大蛇を飲み込んだ。大蛇がわずらわしげに首を一振りした直後、じゃががががががががが! と鏖殺領域の黒い霧の中で火花が散る。
「……殺技、竜巻」
再行動で一気に死角へと疾走、黒焔鳳凰が伸びたまま大蛇へと絡みつき、その身の切り裂いたのだ。まるで、白い大蛇に黒い蛇が巻き付くようにも見えた。
「ここ、です!」
そして、跳躍した菫がマテリアルロッドを振り上げる。下段から斜め上へ、殴打したフォースブレイクの衝撃が、大蛇を撃ち抜いた。そして、それに続いたビハインドのリーアも、横一閃の斬撃を叩き込む!
『シャアア!!』
だが、大蛇は小揺るもしない。そのまま菫を飲み込むように上から襲いかか――れない。
「おっと、そいつはなしや!」
燎のガトリングガンが連射、着弾する度に爆炎が巻き起こり、大蛇がわずらわしげに頭を引いた。
「ソウダ、戦ッてヤル! そノための力なんダからナァッ!!」
そして、輝の右腕が変形する。巨大な砲門となった右腕から放たれるのは死の光線、DCPキャノンだ。身をくねらせながら体勢を立て直す大蛇に、空は低い体勢から駆け込み、縛霊手を叩き付けた。
「やはり、でかいな」
霊力の網を放ちながら、空は後方へ下がる。だが、巨体と言えど縛霊撃の効果からは逃れられない。着実に、確実に、相手の動きを縛っていけるのだ。
「次、来るよ」
護符揃えから引き抜いた防護符を放ちながら、情が告げる。身をくねらせていた大蛇は、一気に前衛を巻き込むように動いた。
『シャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
大蛇の呼気が響き渡るのと同時、ギュゴ!! と、前衛を凄まじい圧迫が飲み込んだ。
●
薄暗いトンネルの中で、無数の剣戟が反響する。音では味方の位置を把握し切れない――だからこそ、クラウィスはその鋭い視線で周囲の動きをつぶさに追った。
「後ろです! 桜井様!」
「ア――?」
もはやどちらが頭でどちらが尾なのか、鱗の向きで冷静に判断する余裕もない。大蛇の牙が背後から襲いかかってくるのを、輝は振り向く――だが、一瞬速く燎がその身を盾に、牙を受け止めていた。
「俺の仲間に、何すんねん!」
大蛇の口の中に燎は強引にマジックミサイルを連射――ドォン! という爆発音をトンネル内に響かせて、大蛇が身を引いた。
「そノ雪みテえな体をグズグズにシてヤル!」
そして、撒き散らされる強酸。輝のDESアシッドが、大蛇の鱗を焼き爛れさせた。大蛇が、高速で頭を引く。その動きに合わせて、空の足元から伸びた赤秀の気根のような影が大蛇を締め上げた。
「鎖は――」
空が、大蛇の喉元に伸びる鎖を見る。攻撃する事も、触れる事もあまりにも困難だ。それほどまでに、大蛇は激しく動き、暴れまわっている。
「落とします!」
菫がマテリアルロッドを振り下ろした瞬間、一条の電光が大蛇を打った。重ねるように、リーアの霊障波も炸裂――爆音が、響き渡る!
「……巨大な蛇は頭部を狙え、と聞いたことがあるけど……ちょお狙いにくいなぁ」
こぼし、文は五連粉砕爪”アインハンダー”を構え、突っ込んだ。
「……他んとこ攻撃して、弱らせてこか」
ギョオ! と五本の杭が回転する――手刀のように突き刺さったアインハンダーの五爪が、唸りを上げて大蛇を抉った。それに、大蛇は身を捻って文を吹き飛ばそうとするが、文はそれよりも速く地面を蹴っている。
そこへ入れ替わるように踏み込んだクラウィスが、連打を叩き込んでいく。オーラの輝きが薄暗闇に流星群のような軌道を刻み、大蛇をわずかながら退けさせた。
「ご無理はなさらないで下さいね」
「一撃一撃が、結構厄介だね、こいつ」
光理のシールドリングが、情の祭霊光が、燎を回復させる。それを見て確認ながら、クラウィスがこぼした。
(「危険、ですね」)
大蛇の鎖にこだわれば、こちらの被害は甚大となるだろう。少なくとも、それだけの実力を目の前の大蛇は確かに秘めていた。一撃の威力はダークネスほどでないにせよ、積み重なればこちらの戦線を瓦解させるのに十分だ。加え、ただでさえ高い体力を濁流のドレインが更に厄介なものにしている。
「色々と、細かい事を考えとったら本末転倒になりそうやな」
「……そうですね」
同じく察したのだろう燎の言葉に、クラウィスも同意した。鎖を確かめるとしたら、より確実な手段を用意すべきだ――情も、帽子を押さえながら小さくうなずく。
「先決すべきは、この蛇による被害を出さない事だしね」
「ですね」
幾度目かの体勢を立て直す大蛇を見やって、光理もそう答えた。全員の同意を得て、情は改めて言う。
「仮にも長だったんだ、油断せず殺るとしよう」
一進一退、互いに退かない攻防が続いた。だが、陣形を組んで役割分担を決めた灼滅者側へ、徐々に形勢は傾いていく。大蛇の攻撃で削られても、光理と情の回復が飛ぶ。その回復に支えられた攻撃役達は、怯む事無く苛烈な攻撃を加えていった。
だからこそ、その一手を引き寄せる事が出来た――大きく戦況を動かしたのは、菫とリーアだった。
『シャアアアアアアアアアアアア!!』
光理へと、大蛇がその牙で襲い掛かる。もしも、光理が倒れれば大きく戦況は傾く――理屈ではない、本能的な判断だった。しかし、それを許さなかったのは、リーアだ。盾となったリーアは、そのまま地面に転がった。起き上がらない――しかし、このリーアが作った一瞬こそ、重要だった。
「ありがとう、リーア――!!」
すぐさま跳び込んだ菫の両腕が、オーラの輝きを宿して振り下ろされた。ダダダダダダダダダダダダダダダン!! と、大蛇の鱗を連続で殴りつけ、トンネルの壁へと叩き付けた。
『シャ……!?』
叩き付けられた大蛇へ、空がバイオレンスギターを掻き鳴らす。上手くない、しかし勢いのあるビートは振動となり、大蛇を壁へと押し付けた。
「いい音響だ」
空が、トンネルに響く自分の演奏に小さく言い捨てる。ジャン! と空が締めくくった直後、体勢を立て直そうとした大蛇へ輝が右腕をかざした。
「ヘビ公ガッ! 僕ヲ見下シてンじゃネェェェェェッ!!」
見上げ、取り込んだバスターライフルの引き金を引く。ギュオ! と一条の魔法光線が、大蛇の太い胴体を撃ち抜いた。
「ヒャッハアッ! 嬲り殺しダァッ!!」
「そうですね、ここで決めましょう!」
輝の叫びに、光理が雷渦旋を射出する。ヒュオ! と放電しているかのように周囲に小さな光の舞う光輪が、大蛇の身を大きく引き裂いた。
『シャアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
しかし、大蛇はその動きを止めない。なお動く大蛇へと、クラウィスが低く駆け込み、文が壁にアインハンダーを突き立て、それを足場に跳躍した。
「逃がしません」
「……往生際、悪いで?」
クラウィスが薙ぎ払った緋色のオーラをまとう槍が鱗を切り裂き、文の黒焔鳳凰が大蛇の頭に巻き付き、体を大きく引き戻した。
ダン! と大蛇が地面に叩き付けられた瞬間、大きく身をうねらせる。蛇には足がない、だからこそ体勢を立て直すのは素早いのだ。
しかし、それでもなお――情の影が、速い!
「切り刻め」
ザザザン! と情の斬影刃が大きく大蛇を切り付ける――そこへ、どろっと形を失った右腕を異形の刃へと変えて燎が踏み込んだ。
「終わっとけや、もう」
横一閃、大蛇の太い胴が両断される。その体が地面に倒れるよりも早く、大蛇の姿が掻き消えていった……。
●
「結局、工事中に大蛇岩は砕けてなくなったとも、この道の下に埋められた、とも言われています」
事前に伝承を調べてきていた菫の言葉に、燎は肩をすくめてトンネルの入り口にある看板を見上げた。
「結局、形として残っとるのは、この看板だけか。なら、これで我慢やな」
「周囲の自然も、とっても綺麗だよ?」
風景を写真に納めながら、情は微笑んだ。見上げれば、青い空に白い雲。その下に広がる山の自然が一望できる、この風景は確かに絶景だ。日本の四季を楽しめる自然に、飽きもこないだろう。
「……よかったよ、一般の人達を巻き込まなくてさ。スサノオについては僕たちもよくわかっていないけど、何か大きな被害を出してしまう前になんとかしないとね」
輝の穏やかながら決意ある言葉に、情は笑みを深める。その言葉だけでも、新たな仲間である人造灼滅者が信頼のおける存在なのだとわかったからだ。
灼滅者達が歩き出す。戦いを終えた身には、山の吹き降ろしの風は芯に響くほどに寒い。しかし、彼等の心には確かな達成感が熱く満ちていた……。
作者:波多野志郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年1月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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