白鷺は修羅を舞う

■リプレイ

●白鷺沢に啼く
　降り積もった雪が音を食い潰してしまっているかのような、静かな夜だった。空に浮かぶ月にはうっすらと雲がかかり、ぼんやりとした光で白鷺沢を照らしている。その足跡ひとつないまっさらな雪に足跡を刻みながら、谷の奥へ奥へと灼滅者達は進んでいた。彼らが携帯する灯りが、ちらちらと暗闇に踊っている。
（「運が良ければ殺された恋人やら人買いやらの最期を見れないか思ったけれど……やっぱり無理だったみたいだね」）
　足を止め、闇に染まる木立を見つめていた神浜・漣（高校生デモノイドヒューマン・d22067）は、やがて小さく首を振った。断末魔の瞳で過去の惨劇を見ることができればと思った漣だが、この谷に人が住んでいたというのも随分と昔のこと、今ではその名残ですら見当たらない。
（「彼らの最期を知ったからといって、どうなるわけでもないけれど。知らずにいるより、ずっといい気がするから」）
　そう漣は考え、仲間達と共に歩きながらも時折周囲に視線を向けていた。
「かなり積もっているな……。雪に足をとられぬように気をつけていこう」
　一方、ラシェリール・ハプスリンゲン（白虹孔雀・d09458）は仲間達に声をかけながら、慎重に雪道を歩いていく。灼滅者達も雪と夜とにしっかりと備えてきてはいたが、それでも冬の凍えるような寒さはじわじわと身に染みる。白い息を吐いたラシェリールも、愛用の和服にカイロを仕込んだコートを着込んだ妙な出で立ちだ。
「着ぐるみって意外と防寒になってるかも？　それでもやっぱり冷えるな」
「何……戦えば暖かくなるさ」
　目付きの悪いクロネコの着ぐるみ姿の文月・直哉（着ぐるみ探偵・d06712）がぶるりと身体を震わせれば、ラシェリールが穏やかな笑みを浮かべ応える。
「せめて昼間に来られなかったんでしょうか？　どうせ誰も来ないところなのに。半日くらい放置しても大丈夫だったんじゃあ？」
　笑顔を浮かべ首を傾げた華宮・紅緋（クリムゾンハートビート・d01389）は第一、と言葉を続ける。
「伝承の人買いの人たち、お金を払って買うんじゃなくていきなりさらってるんですが？　　それは人買いじゃなくて人さらいですよ」
「本当に酷いお話ですよね……。身勝手な人によって、恋人も、自身すらも失ってしまうなんて」
　雨宮・栞（雨の随想・d23728）は呟きながら愁眉を寄せ、けれど、と言う。
「だからこそ、白鷺姫さんが誰かを傷付けることを止めさせたいんです」
　その台詞に滲む栞の思いに、直哉もまた頷いた。
「悲しい伝承だよな。スサノオもどんな気持ちで呼び出したのだろうか。でも悪用なんかさせやしない。深い悲しみは俺達の手で雪に還そう」
　愛する男を殺され、鬼となった白鷺姫。けれど、恨みを晴らしたところで愛する男は戻らず、自身は最早人ではなくなってしまった。伝承の真偽は定かでないとは言え、白鷺姫、その悲しみはどれほどのものだったのか。
　灼滅者達は思い思いに白鷺姫へと思いを巡らせながら雪道を踏みしめ――と、不意に辺りの闇が濃さを増した。気づけばそこは白鷺沢の突き当り。灼滅者達の前には聳える険しい山の急勾配が立ちはだかり、件の墓碑は木々の影に隠れるようにしてひっそりと立っていた――そして。
「……色々話は聞いてきた。お前が鬼、で合っているか？」
　墓碑の傍ら、粗末な着物を纏い四肢を荒縄に繋がれた女が項垂れていた。そちらへ一歩踏み出して上河・水華（水能覆舟・d01954）が問えば、女――白鷺姫はゆらりと顔を上げ、虚ろな目で水華を見る。その顔は生気にかけても尚、息を飲むほどに美しい。
「お前を救いに来たぞ……」
　聞こえているのか、顔を上げたきり動かない白鷺姫に水華はさらに語りかける。白鷺姫が『古の畏れ』として生まれた以上、灼滅しなくてはならない。だからせめて、心だけでも救うことができるのならばと水華は強く思っていた。
「白鷺姫の伝承……哀しい、物語。哀しみを断ち切るためにも、わたし達が白鷺姫を終わらせる」
　真純・白雪（白蛇の神子・d03838）も水華の側に並ぶと、白鷺姫を真っ直ぐに見つめながら言った。それから水華へと視線をうつし、励ますような微笑みを浮かべる。
「でも、白鷺姫の心を解放したい水華の気持ちも十分わかるから、わたしもできるだけのことはするつもり。……もしも心まで解放させられたら、それはとってもステキな事だと思うから」
　白雪の言葉に、仲間達もまた雪を踏みしめ白鷺姫と対峙した。だが、そんな灼滅者達を見つめる白鷺姫の瞳に、不意に強い色が浮かぶ。それは、紛れもない狂気と、悲しみだ。
『見たな……。この姿を見たのなら、逃がしはせぬ』
　憎しみのこもった声で低く呟き鉈を構えた白鷺姫に、伐龍院・黎嚇（ドラゴンスレイヤー・d01695）は肩をすくめる。
「スサノオの呼び出した古の畏れか。ふん、僕の相手ではないな。龍殺しの伐龍院の実力、お見せしよう」
　言うなり黎嚇は用意していたライトを全て点灯し、足元へと投げ捨てて戦場の闇を遠ざけ。
「まあ、目の前に古の畏れがいる。それが全てです。私たちで、スサノオがかけた呪いから解き放ってあげますよ」
　紅緋はスレイヤーカードを手に、笑みを深めた。

●憎しみに染まる白
「華宮・紅緋、これより灼滅を開始します」
　スレイヤーカードを解放し、闇へと魂を傾けた紅緋の胸に浮かび上がるハートのスート。同時に直哉がナイフを構えれば、立ち込めた夜霧が仲間達を包んだ。
「白鷺姫か、切ないな……。鬼となれど愛しい者を想う心が本物ならば、例え外見が醜くとも、俺は美しいと思う。だが、躊躇する気は断じてない。さぁ、楽しもうじゃないか」
　そう言い放ったラシェリールは破邪の斬撃を繰り出し、その合間に白鷺姫の背後をとった黎嚇のナイフが素早く閃く。しかし、傷口から血が噴き出しても白鷺姫は苦痛の声すら上げずに、それどころかうっすらと笑った。
『このような傷……痛くもないわ』
　狂ったような笑顔で走り出した白鷺姫。ぽたぽたと流れる血を真っ白な雪に花のように散らしながら灼滅者達へと迫った白鷺姫は、口を開き鋭い牙を見せつけると紅緋の肩口に食らいつく。深く食い込んだ歯に食い破られ、紅緋の肩からも鮮血が噴出した。
　白雪は白光を放つ剣を掲げると、口から血をしたたらせている白鷺姫に斬りかかる。水華は憎しみに燃える白鷺姫をひたと見つめながら、鞭剣を操り身を守る盾とした。
「縄には拳を。牙には杖を。刃には刃を。人ならざる姿には、人ならざる姿を。……お待たせ。灼滅に来たよ」
　その腕を巨大な刀に変じた漣が、呟きと共に白鷺姫を斬る。それでも笑みを浮かべたまま、鉈を構えなおした白鷺姫に今度は栞が声をかけた。
「貴方の気持ち、全てでは無いですけれど、私にも分かるつもりです。元凶への憎しみや大切な人にもう会えない悲しみは辛いですよね。……けれど、それに飲まれないで」
　そう言いながら栞は指先に集めた霊力を紅緋に向けて放ち、白鷺姫の牙によって負った傷を癒す。紅緋も近くの仲間達にシールドを広げて、次なる攻撃へと備えた。
「姫さん、よく考えてみてくれ。鬼になった自分が恥ずかしい、だから見た者を襲うのか？」
　掲げた指輪から弾丸を撃ち出した直哉は、白鷺姫に語りかける。白鷺姫は直哉を燃えるような目で射抜いた。
『このような姿を……見られることなど耐えられぬ……！』
「だけど、姫さんの大切な人は命を懸けても守りたいと思う程に姫さんを愛していた。そして姫さんは、失って鬼になる程にその人を愛していた。鬼になってしまったのは悲しい出来事ではあるけれど、この愛の深さは決して恥ずかしい事じゃない、俺はそう思う」
　直哉の言葉にしかし牙を剥いて応えた白鷺姫。ラシェリールはその様子に切なげな表情を浮かべつつも、次々と拳を打ち込んでいった。
「僕はかける言葉を持ち合わせていないが、せめて彼らが語りかける事の手伝いくらいはしよう」
　眼鏡を押し上げた黎嚇は救いの光条を紅緋に向け放つと、再び白鷺姫を見据えた。
「もっとも、語りかける事に何の意味もないかもしれない。だがそれがどうした。そうだとしても救いたいと思い立ち向かう者がいる。自己満足だと笑いながらそれでも語りかける者がいる。そんなのもまぁ、悪くない、悪くはないな」
　口元を笑みの形に歪めた黎嚇。後押しされるように、栞はさらに言葉を重ねようとしたが――。
　胸に巣食う絶望を絞り出すような叫びを上げた白鷺姫の手が、縄を操り栞を捕え締めつけた。身体に食い込む縄に栞は呻き、空気を求めて苦しげにもがく。
「栞、大丈夫？　白鷺姫に、言葉が届いてくれたらな……」
　縄から逃れて息を大きく吸い込んだ栞を、白雪は歌声で包み込み癒す。水華は白鷺姫の意識を引きつけようとその距離を縮めながら、魔法弾を撃ち出した。弾丸に撃ち抜かれた白鷺姫は浮かべていた笑みを消し、負の感情で塗り潰された目を灼滅者達へと向ける。
「時は戻らない。死者は反らない。染まった手は、濯げない。故に。俺は君を救えない。ただ君を消すことくらいしか、出来やしない。だから……そんな目で見るな。そんな目を、するなよ」
　苦々しげに漣は両の拳を次々と白鷺姫へ叩きつけた。栞は影を揺らめかせると白鷺姫の身体を絡めとり、紅緋は鬼のものへと変えた腕を振り下ろす。その威力に膝をついた白鷺姫を、直哉は容赦なくジグザグに変形したナイフで切り刻んだ。
　笑みが消えた白鷺姫は傍目にも余裕を失い始めている。たたみかけるようにしてラシェリールがロッドを叩きつけると、白鷺姫が内から爆ぜた。黎嚇の影が走り斬り裂けば、白鷺姫は苦悶の声を上げながらふらついている。
『苦しい。……悲しい』
　思いが溢れ出たような、思わずといった調子で白鷺姫の口から言葉がこぼれる。白鷺姫はその目に涙を浮かべながら、それでも前衛達の間を走り抜け鉈を振るった。またしても雪の上にはぱたぱたと鮮血が散ったが、その新たな傷は白雪が吹き渡らせた風に癒されていく。
「……俺はお前の彼では無い。それでも彼の気持ちはなんとなく分かる！　彼はお前の見た目だけじゃなく、お前の心を好きになったんだろう。お前だってそうだったから、彼を選んだ筈だ！」
　水華の声に、白鷺姫の瞳が確かに揺れた。もう一度、今度こそと水華は言葉を選びながら白鷺姫に語りかける。
「そんな彼が、今のお前を拒むと思うか？　いや、きっと今でも待っている。だから……っ！」
　届け、と思い込めて伸ばした剣に巻きつかれ、斬り裂かれた白鷺姫がよろめいた。同時に、白鷺姫はひゅうと音を立てて細く息を吸う。そして白鷺姫は、初めて泣き笑いのような顔を灼滅者達へと向けた。

●朽ちる姫君
　泣き笑いのような表情を浮かべた白鷺姫が、唇を震わせ言った。
『待っていると、思う……？』
　首を傾げ、瞳の奥にまだ憎しみと絶望をのぞかせながらも白鷺姫は続ける。人であっても、鬼となっても、血に塗れても、その想いはただひとつ。
『あの人に、会いたい』
　そう言った白鷺姫に頷いて、漣は再びその腕を刀に変え振り抜いた。栞もきゅっと唇を噛みしめると縛霊手を白鷺姫に叩きつけ、紅緋は漆黒の弾丸を撃ち込む。
「古の畏れとして、こんな所に縛られてる必要なんかないんだ。鬼の体は雪に還そう。そして魂だけでも、大切な人の所へ会いに行けばいいさ」
　指輪をはめた手を掲げ、直哉も重ねるように言った。白鷺姫はもう、抗うことなく撃ち出された弾丸に貫かれる。――そして。
「ここでその哀しみを断ち愛しい者の元へ送ってやろう。どうかせめて、最期は白鷺姫本来の笑顔で、な……」
　剣を構えたラシェリールが告げれば、白鷺姫はどこかぎこちないながらも血に濡れたその唇を笑みの形に変えた。そうしてラシェリールは駈け出すと、深々と白鷺姫の魂を刺し貫く。
『ど、うか、あいた、い』
　吐息のようなかすかな音が、微笑んだ白鷺姫の口から漏れた。こぼれた涙が血の赤の隣にぽとりと落ちて染みとなり――やがて倒れ伏した白鷺姫の身体は雪に溶けるようにして消えたのだった。

　戦いが終わってすぐ、空からははらはらと雪が降り始めていた。夜も更けて一段と増した冷え込みの中、しかし灼滅者達は未だ墓碑の前にいる。
「終わったよ、白鷺姫。この哀しみはもう終わりだ。どうか安らかに……」
　墓碑を清めた黎嚇が手を合わせる傍らで、花を手にラシェリールは膝をついた。栞と直哉も花を供え、白鷺姫のいなくなった墓碑を静かに見つめている。
「せめて……あちらで幸せで居られる事を祈っているぞ」
　複雑な面持ちで祈りを捧げる水華。最期に、あの人に会いたいと言った白鷺姫。今はただ、その願いがどうか叶うことを祈って――。
「スサノオ、か」
　未だ見えぬスサノオの痕跡を探す黎嚇の呟きは、小さく流れて溶けたのだった。

作者：温水ミチ	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2014年1月21日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 2／感動した 1／素敵だった 4／キャラが大事にされていた 0
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