死を魅せる花

    作者:海あゆめ


     冬の季節に狂い咲く彼岸花。
     その花に、魅せられてはいけない。
     見たというだけなら構わない。けれども、花だと認識してはならない。
     それが花だと気がついたその瞬間、魅せられてしまうから……。

     とある山間部に位置する小さな村。そこに、冬でも凍りつかずに湧き出る泉があった。
     しんしんと降り積もる雪の中で、清らかな水音だけが静かに流れ、水面に映った冬の月を揺らしている。
     静かな、夜だった。
     ふと、泉の中の月が、ぐにゃりと形を歪ませた。
     獣だ。獣が、泉の中にいる。
     月の光を反射して淡く光る銀の毛並み。金色の鋭い眼光。とても大きな、狼だった。
     狼は揺れる水面に鼻先で軽く触れると、そのまま、音もなく颯爽と立ち去ってく。
     すると、静寂に包まれていた泉が、ざわつき始めた。
     泉の縁の湿った地面から、次から次へと、何かが伸びてくる。
     真っ赤な彼岸花だ。真っ白な雪の世界の中で妖しく煌く艶やかな赤が、何かを求めるように、蠢いている。

     その花に、魅せられてはいけない。
     なぜなら……。
     

    「花がね、血を、求めてるんだって……」
     放課後の薄暗くなった空き教室。ひっそりと声を落としてそれっぽく言った、斑目・スイ子(高校生エクスブレイン・dn0062)が、にまりと笑ってみせる。
    「この村にある古い言い伝えなんだって。ま、あくまで言い伝えなんだけど……」
     よいしょ、と教室の電気をつけてから、スイ子は灼滅者達に向き直った。
    「じつはね、この村にスサノオが現れたせいで、その言い伝えが本当になっちゃったみたいなの」
     村に現れた一匹のスサノオにより、古の畏れが生み出されてしまったらしい。
     元になっているのは、その村に古くからある、冬に狂い咲く彼岸花の言い伝えだ。村のはずれにある湧き水の出る泉に、冬になると稀に彼岸花が狂い咲き、人を惑わせ、捕らえ、その生き血を啜って取り殺してしまうという恐ろしい言い伝え。
    「たぶん、もともとは冬に凍らない泉に落ちたら危ないから、そこに近づかないように親が子どもに言って聞かせる感じの古い言い伝えなんだと思うんだけどね……」
     皮肉にも、その言い伝えが現実となってしまった。ふと、真剣な表情になったスイ子が、手にしていたノートに視線を落とす。
    「この、問題の花なんだけど、見た目は普通の彼岸花だよ。数は全部で5本。泉の縁の左右に2本ずつと、奥中央の縁に1本。この奥の1本は、他の4本より少し大きくて、能力も高いみたい」
     この花達は、人が近づくとその凶暴性を露にする。
     花弁を伸ばし、獲物を捕らえようと暴れ出すのだ。そして、花の中に隠れていた牙の生えた大きな口で噛み付き、攻撃してくるという。
    「花はこの場所からは動けないみたいだし、まだこれといった被害も出てないけど、湧き水を汲みに山に入ってくる村の人も結構いるみたいだから、早めに対処した方がいいかもしれないね」
     言って、スイ子はノートをパタンと閉じた。
    「みんなにしてみれば、そんなに難しい事じゃないと思うけど、気をつけて行ってきてね。すごく寒いだろうし……はい、これ。良かったら持ってって?」
     使い捨てのカイロを灼滅者達に差し出して、スイ子は少しだけ困ったようにして笑う。
    「今回の事件を引き起こしたスサノオの事だけど……その後、どこに向かったのかはわからなかったの。ごめんね、なんか、ブレイズゲートみたいに変な感じで予測できなかったよ……」
     それでも、起こった事件を地道に解決していけば、元凶であるスサノオに辿り着くことができるはずである。
    「みんな、よろしくお願いね。いってらっしゃい、気をつけて……!」
     ぺこりと頭を下げて、スイ子は灼滅者達を送り出した。
     
     向かうは真冬の山の中。真っ赤な彼岸花の狂い咲く泉……。


    参加者
    鬼燈・メイ(火葬牢・d00625)
    黒鐘・蓮司(狂冥縛鎖・d02213)
    多和々・日和(ソレイユ・d05559)
    ナタリア・コルサコヴァ(スネグーラチカ・d13941)
    小野・花梨菜(寿ぎのカノープス・d17241)
    友繁・リア(微睡の中で友と過ごす・d17394)
    綾河・唯水流(雹嵐の檻・d17780)
    深海・水花(鮮血の使徒・d20595)

    ■リプレイ


     サク、サク、と雪を踏みしめる音だけが静かに響く。
    「そこに伝承さえありゃポンポン生み出す……スサノオってのはまた厄介なモンっすね」
     あまり変わらぬ表情のまま、黒鐘・蓮司(狂冥縛鎖・d02213)は、ふと呟いた。
    「はー……それで、ここでも物騒な言い伝えが現実になっちゃった、と?」
     鬼燈・メイ(火葬牢・d00625)が、白い息を吐きながら立ち止まり、視線を上げる。
     降り積もった雪の中、ぽっかりと穴が空いたように、大きな泉が広がっていた。
     耳を澄ますと聞こえてくる、清らかな水の音。そして、水辺に咲き誇る、真っ赤な彼岸花。吹き抜けていく冷たい風に、その燃えるような花弁が妖しく揺れる……。
    「……きれい……」
     思わず見惚れ、小野・花梨菜(寿ぎのカノープス・d17241)は言葉を失いかけていたが、すぐに、はっとした表情でふるふると首を横に振ってみせた。
    「や、やっぱりちょっと怖いです……」
    「ふふっ、そうね……人の血を啜るなんてお話しは、現実にしちゃダメよね……」
     薄く笑って頷き、友繁・リア(微睡の中で友と過ごす・d17394)は花を見つめ、目を細めた。
     この地に伝わる、狂い咲く彼岸花の言い伝え。その光景が今、現実となって目の前に広がっている。
     これが、スサノオの力なのだ。
    「雪景色に赤は映えますが……不幸を招く前に、絶ちます!」
    「君達に悪気はないのかもしれないけど……人を害する以上、捨て置けないんです……」
     強い意志の光を瞳の奥に携え、多和々・日和(ソレイユ・d05559)は、拳を固く握り締め、綾河・唯水流(雹嵐の檻・d17780)は、ごめんなさい、と少し悔しそうに唇を噛んだ。
     白い雪之世界に、花の鮮やかな赤。この幻想的な風景を壊してしまうのは、いささか忍びなかった。だが、あの彼岸花は、人の血を求め、死の世界へと誘う恐ろしい存在。
    「未来を革命する力を!」
     ナタリア・コルサコヴァ(スネグーラチカ・d13941)のよく通る声が、冷たく張り詰めた空気を切り裂いた。
     引き抜かれた剣の、掠れた金属音を合図に、灼滅者達は素早く戦闘態勢に入る。
    「……神の名の下に、断罪します」
     薄く目を閉じ、深海・水花(鮮血の使徒・d20595)は十字を切った。
     灼滅者達は決意する。戦うのだ。現実となってしまった恐ろしい伝承を、今ここで断ち切る、そのために……。


     間合いに入ると、泉の手前にある花達も動き出した。ゆらゆらと揺らめくだけだった花弁が、鋭い速さで迫ってくる。
    「龍撃振破! 来い、タロウマル、ジロウマル!!」
     片手にしたロッドをくるりと回し、もう片方の手に構えた斧を振り被った唯水流は、伸びてきた花弁をかわし、踏み切った。
    「いくよっ!!」
     勢いにのせて、一気に振り下ろす。
     無数の赤い花弁が、苦しみ、もがくように暴れ始めた。
    「花を手折るのは心苦しいのですが……これも……」
    「必要な事、ですよね……」
     ぐっと、剣の柄を握り締めて言う花梨菜に、水花も小さく頷き両手にガンナイフを構えた。
     花梨菜の、鞭のように伸びた剣が花達をなぎ倒し、そこへ水花が銃弾を撃ち込んだ。
     花がひとつ、力なく散っていく。
    「まぁ、仕方ないっスね」
     短く息をついたメイが、指に絡ませた鋼糸を、パシ、と鳴らす。
     傍らにいたビハインドの久遠が、小さく頷いた。
    「……その、あんまり気にしねェほうがいいっスよ」
     どこか重い表情の仲間達にそっと声を掛けてから、メイは手近な花へと詰め寄った。
     後方から久遠が放つ攻撃に合わせて、鋼糸で花を縛り上げる。
    「……そうね、きっと大丈夫よ……」
     そう、ぽつりと呟いたリアの足元から伸びてくる四つの人影。彼らが花へと襲い掛かっていくのと同じく、彼女のビハインド、星人も攻めの構えで向かっていく。
    「……ほら、散りゆく花も綺麗よね……? 星人、みんな……」
     音もなく散り、雪の上に消えていく真っ赤な彼岸花。その美しくも儚い最期を、リアは笑って見送った。
     反応を示していた手前の花達が散り、灼滅者達が次の目標を決めようとした、その時である。
     日和の霊犬、知和々が鋭く吠えた。
    「っ! 皆さんっ、下がってくださいっ!!」
     逸早く異変に気がついた日和が叫ぶ。泉の奥にいるもう二輪と、そのさらに奥の大きな一輪の彼岸花が、動き出していたのだ。
    「……っ、くぅっ」
    「大丈夫ですか!?」
    「はいっ、何とか……!」
     迫っていた花弁を受け止め、よろけた日和をナタリアが支える。
    「奥のデカイのは、俺らに任せて下さいっす」
     続けて、蓮司も前に出る。
     突然のことではあったが、灼滅者達も予想していなかったわけではない。動き出してしまった大きな花を抑えるため、日和、ナタリア、蓮司の三人は、泉の奥へと向かって駆け出していく。
    「ジェド、貴方の力が必要です、時を稼ぎます!」
     途中にいた小さな花の花弁を素早くかわし、ナタリアはビハインドのジェドと背中合わせに立った。
    「ここから先は通しません!」
     ナタリアは後ろからジェドが攻撃を飛ばすのに合わせて、体の前に構えた盾ごと大きな彼岸花に向かって踏み切った。
     強烈な当たり。一瞬、花が怯んだ隙を縫って、今度は蓮司が斬り込む。
    「攻防一体……ってな。……行きますよ」
     抜き身の剣から、白く眩い光が放たれ、辺りを照らす。
    「こっちですよ! あなたの相手はわたしですっ」
     ぐん、とバネの利いた機敏な動き。休む暇も与えずに接敵した日和が、鋭く拳を突き出した。
     その小柄な体からは想像もつかない、重く、激しい連打が花の中心に打ち込まれていく。
     何とか、奥の大きな彼岸花を抑えられている。だが、これもいつまで持つか分からない。
     事態は、一刻を争う。
    「急がないといけませんね……」
    「うん!」
     ひとつひとつ、確実に。花梨菜と唯水流は一輪の小さな彼岸花へと目標を合わせた。
    「君達は殺す為に生まれたんじゃない! 守る為に生まれたんだ! だから、今の君達は倒すよ!」
     唯水流が、引き抜いたロッドで花を突く。
    「黙って、見過ごすわけにはいかないんです……」
     反対側に回った花梨菜が、ロッドを構えたまま花に身を寄せた。
     流れ込む大量の魔力。花が、一瞬びくりと固まった。
    「……今よ、星人」
     星人がすり抜けていった後ろから、リアはじっくりと狙いを定め、魔弾を解き放つ。
    「……血を啜る、狂い咲く彼岸花……ふふっ綺麗ね……」
     はらり、とまずひとつ、花が散った。
     合流できるまで、あと一輪。
    「大丈夫っスか」
    「はい、行けます」
     気にかけるようにして言うメイに、水花は頷き、雪の地面を蹴った。
    「ごめんなさい……」
     腕に絡みついてくる花弁を銃の先についた刃で切り離し、水花はそのままの勢いにのせて花を押し倒す。
    「っ、今です!」
    「了解っス」
     水花の掛け声を合図に、メイは刀を引き抜き、低く構えを落とした。
     やや後方から放たれたビハインドの久遠の攻撃に合わせ、横一線、花を両断する。
     泉の縁を彩っていた小さな彼岸花は、皆、雪に融けた。
     残すは泉の更に奥。大きく、艶やかな一輪の彼岸花のみ……。


     太い鞭のような花弁が、鈍い音を立てて空を切る。
    「ぐっ……」
     何とか受け止めつつ、蓮司は花弁を振り払った。
    「……っ、ちと消耗しすぎ……っすかね」
    「削れてはいるはずですっ、もう少し、粘りましょう!」
     飛び退き、いったん態勢を整える蓮司と入れ替わるようにして、日和が前へ出ていった。
    「……輝きの御柱、盾の力をもって災いを打ち砕く力を!」
     ナタリアも回復を展開させ、必死に援護する。
     だが、状況は、決して良いものではなかった。
    「もう少し……あっ……!」
     疲労からか、力を入れたはずの足がぐらつく。
    「っ、今それはマズイっす」
     雪の深いところに足をとられ、バランスを崩した日和に向かって、蓮司は駆け出していた。同じようにして、日和の霊犬、知和々も彼女を支えようと必死に雪の中を飛び越えながら駆け寄ろうとしている。
     だが、この機会を、相手が見過ごすはずがない。獲物を見つけた捕食者のように、花弁が迫ってくる。
     捕まってしまう。そう覚悟して、日和がぎゅっと目を瞑ったその時だった。
     後方から、力強いオーラの光と、地を這う四つの人影が勢いよく伸びてきて、大きな彼岸花を包み込んでいく。
    「……っ! 間に合うと、信じていました……!」
     思わず、ナタリアは声を震わせた。振り返ったそこに、駆けつけてくれた仲間達の姿があったのだ。
     紅潮した頬で肩を上下させながら、唯水流は白い息を吐きながらぺこりと頭を下げる。
    「遅くなってごめんなさい! 大丈夫!?」
    「……ここから、巻き返しましょう?」
     リアが、自らの足元に戻ってきた影を労いつつ、薄く笑って小首を傾げてみせた。
     勝機が見えた。
    「本当……ナイスタイミングっすよ……さぁて、どんどんブチ込みましょーか」
    「はいっ! よーっし、いきますよーっ!!」
     頼もしい仲間達の到着に、蓮司と日和も残った力を振り絞る。
     激しい連打と、重い一撃が重なって、花は大きく仰け反り、天を仰いだ。
    「行きますか」
    「はい……!」
     メイにそっと背中を押されて、ナタリアもその場を踏み切った。
     体を追い越し、加速して広がっていく二人の影が、花を絡め、取り込んでいく。
    「こんな、雪深い山の泉に真っ赤な彼岸花……とっても神秘的ですが……」
    「人を害するのなら、摘み取るしかありませんね」
     ふと視線を交わした後、花梨菜と水花は迷うことなく、真っ直ぐに目の前の彼岸花を見つめた。
     空気が、動く。
     花に身を寄せた花梨菜が渾身の力を込めた拳を突き出すそこへ、水花は断罪の光を落とす。
     真っ赤な彼岸花の、花弁の奥に隠れていた生々しい口が、ギチギチと牙を鳴らした。
     そのうち、音は聞こえなくなり、大きな彼岸花は自らの重さに耐えかねるようにして倒れていく。
     まるで、それは幻想的な夢であったかのように。
     辺りは、雪だけの白い世界になった。


     泉の流れる音だけが静かに聞こえる。
    「…………神よ……」
     そっと、水花は黙祷を捧げる。手に掛けてしまった花達に……そして、真っ赤な彼岸花を見るうちに、思い出してしまった亡き家族へと静かに祈った。
     山の中の泉を彩っていた彼岸花は消え、これでスサノオが生み出した伝承はなくなった。
     だが、灼滅者達にはまだ気がかりが残っている。
    「……特に、変わったところはありませんね」
     彼岸花が生えていた場所を中心に雪の中を掻き分けていた花梨菜が、冷えた手をカイロで温めながら小さく首を傾げた。
    「立つ鳥、跡を濁さず……ってやつっすかね。……狼だけど」
     泉の中を覗き込んで、蓮司も短く息をついた。
     この場所に、一匹のスサノオが訪れたのは確かなのだ。だが、どんなに探しても、手掛かりになりそうなものは何もなかったのだ。
    「……帰りましょうか。とりあえず」
     学園に報告しない事には何もわからない。いや、探しても何もなかったという情報も、無益ではなかっただろう。促すメイの言葉に、皆も頷いた。
    「お疲れさまでした! とりあえずでも、これでこの場所は一安心ですよね」
     ぱっと明るい声で言って、日和はリュックの中から魔法瓶と紙コップを取り出して、温かいお茶を皆に振舞った。
     湯気の立つ熱いお茶が、冷え切った体に嬉しい。じんわりと体を温めつつ、灼滅者達はゆっくりと歩き出す。
    「次に咲く花は、普通の、綺麗な花が咲くといいね……」
    「そうですね。リコリスは不吉とされる事が多い花ですが、本当にそうなる事はないのですから……」
     生み出された伝承の産物とはいえ、雪の中で咲く彼岸花は本当に綺麗だった。その光景を思い出し、少し口元を緩める唯水流に、リアも穏やかに言って頷いた。
     冬の季節。泉に狂い咲く彼岸花の言い伝え。
    「……スサノオに会えるのはいつかしら……?」
     彼岸花の花言葉のひとつを思い出しながら、リアはふと振り返ってだいぶ遠くなった泉を見つめた。
     彼岸花の花言葉。また会う日を楽しみに。
     この地を訪れ、彼岸花の言い伝えを生み出したスサノオは、一体、どこへ……。

    作者:海あゆめ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ