許されざる罪と、許されざる罰と

    作者:日向環


     闇は深く、辺りは冷たい静寂に包まれていた。
    「にー……にー……」
     心細そうな猫の鳴き声が聞こえてくる。
    「この前アップしたやつ、すげぇアクセス数じゃん」
    「外道だとか人でなしだとか、通報するだとか、笑えるコメも多かったよな」
    「反響凄かったんで、第二弾だ」
     廃校となった小学校の教室に、数人の高校生くらいの集団がいた。机の上で震えている仔猫を囲み、ニヤニヤとした笑いを浮かべている。
     ランタンを灯りとして持ち込み、灯りが外に漏れないように窓に黒い布を張り付けている。
     ひとりはデジタルビデオカメラを手にし、レンズを仔猫に向けていた。
     人数は、全部で6人だ。
    「世紀の解体ショー第二弾!」
    「野良猫を処分してやってんだから、俺らヒーローだよな?」
    「野良猫を放置する社会への抗議ってやつだよ」
     へらへら笑いながら、血走った目で仔猫を見下ろす。
    「今日は、どっから切る?」
     植木鋏を手にした学生が、チャキチャキと音を響かせた。
    「この前は尻尾だったから、今日は耳にしよう耳!」
    「オッケー。んじゃ、耳からいくか」
     鋏を持った学生が、仔猫に刃を近づけたその時、教室のドアがガラリと開け放たれた。
    「あちゃあ……。筋金入りの外道ねんなぁ」
     遠慮なく教室に入ってくる6人の人影。全員、若い女性である。一人だけ、どこかの学校の制服を着こんでいた。髪を左サイドで纏めている。
     今言葉を発したのは、その隣にいる快活そうな少女のようだ。腰に両手を当て、あからさまに大きな溜息を吐いている。
    「この人ら、もう終わっとるわ」
    「何だ、お前ら?」
     突然の来訪者に驚く学生たちを無視し、髪を左サイドで纏めていた少女が仔猫の元に歩み寄る。愛おしげに、そっと抱き上げた。
    「にー……」
    「……お腹空いてるの? そう」
     サイドテールの少女は仔猫を抱いたまま、くるりと踵を返す。
    「おいおい、俺ら無視すんな」
    「この子ら、超可愛いぞ。猫の解体なんてやめて、この子たちと遊ぼうぜ」
     学生のひとりが、サイドテールの少女の肩に手を掛けようとすると、
    「自分、汚い手ぇで、なぎさちゃん触んな」
     快活そうな少女がその行動を制した。
    「どないするん、なぎさちゃん? このアホら、勧誘するん?」
    「……力の使い方を間違えてる人たちを、野放しにはできない」
    「だってさ。あんたら、うちらのとこに来ぃへん? おもろいチカラ、付けたるわ」
    「なに言ってんだ、お前ら?」
    「遊ぼうぜ、俺たちと」
     学生たちがサイドテールの少女に詰め寄ろうとすると、それを遮るように、他の少女たちが割って入った。
    「素直に言うこと聞きそうにないよ?」
     年嵩の少女が、意見を求めるような視線をサイドテールの少女に向けた。サイドテールの少女は諦めたように瞼を伏せると、振り返り、その赤い瞳で学生たちを見据える。
    「……一緒に来れば、好きなだけ暴れていい」
    「素直に従った方がええで。なぎさちゃん怒らしたら怖いで?」
     少女が凄んでみせると、学生たちは震え上がった。


    「美醜のベレーザさんが動き出したのだ」
     教室に集まった灼滅者たちに、木佐貫・みもざ(中学生エクスブレイン・dn0082)はそう告げる。
     昨年末に発生した殲術病院の危機の折、ハルファス軍から朱雀門高校に鞍替えしたソロモンの悪魔の名だ。
     彼女は、朱雀門高校の戦力として、デモノイドの量産化を図ろうとしているらしい。
    「美醜のベレーザさんの発案で、朱雀門のヴァンパイアやデモノイドロードたちが、デモノイドの素体にできそうな一般人を拉致して、デモノイド工場に運び込もうとしているようなのだ。その魔の手から、一般人を救出して欲しいのだ」
     今回現れるのは、朱雀門のヴァンパイアとその配下たちであるという。
    「以前、デモノイドロードを勧誘する事件に何度か姿を見せた子なのだ。サイドテールの女の子」
     みもざは、自分の髪をいじくってサイドテールを作ってみせた。今回は以前と違い、接触することが確定しているので、細かい容姿も予測できたという。
    「美人さんなのだ。仲間から、『なぎさちゃん』と呼ばれていることが分かったのだ」
     以前同様、仔猫に興味を示すらしい。
    「7人の配下を連れてきているんだけど、現場にいるのは6人の女の子だけなのだ。残りの1人は男の人で、現場の近くに車で待機しているのだ」
     大型のワゴンらしい。勧誘した一般人を乗せる為に用意したものだろう。
    「強化一般人の1人は、美醜のベレーザさんの手で不完全ながらデモノイド化されているのだ。命令を受けると10分間だけデモノイド化して戦う事ができるようなのだ」
     灼滅者の襲撃を受けた朱雀門のヴァンパイアは、不完全なデモノイドをデモノイド化させて戦わせ、素体となる人間を連れて撤退しようとするという。
    「なので、注意が必要なのだ」
     うまく対応しなければ、一般人の救出に失敗する可能性がある。
    「朱雀門のヴァンパイアが狙っているのは、廃校になった小学校の教室で、仔猫の解体ショーを撮影しようとしている、6人の高校生のグループなのだ。何日か前に動画サイトに解体している映像を投稿しているのだ。当たり前だけど、いろんな意味で大反響があったのだ。味をしめたので、また第二弾を計画したようなのだ」
     その6人の学生たちを、朱雀門のヴァンパイアが勧誘するという。
    「美人さんに脅されて、彼らはしぶしぶ付いていっていまうのだ。みんなには、それを阻止してもらいたいのだ」
     灼滅者たちは、教室の前後の入り口から突入することになる。狙われている学生たちは教室の奥にいるので、構図的には入り口側にいる朱雀門のヴァンパイア一派と真正面から激突する形になる。
    「朱雀門のヴァンパイアは学生を連れて帰ることを優先するので、みんなを無視して教室を出ようとするのだ。みんなには、その時に問答無用で学生たちの確保に動いてもらいたいのだ」
     1人でも学生を確保できれば、朱雀門のヴァンパイアたちは撤退を開始するという。その際、6人いるうちの5人の強化一般人が、ヴァンパイアの撤退を援護する為に灼滅者たちに襲いかかってくる。
    「そのうちの1人が、不完全なデモノイドなのだ」
     不完全なデモノイド1体、強化一般人4人が、灼滅者たちを襲うということだ。
    「今回の作戦は、量産型デモノイドの素体にされてしまう若者たちを救出することなのだ。8割以上の若者を救出する事が目標なんだけど、もちろん全員救出を目指して頑張って欲しいのだ」
     朱雀門高校のヴァンパイアと不完全なデモノイド、配下の強化一般人の全てと戦かった場合、戦闘で勝利するのは極めて難しい。
    「朱雀門高校のヴァンパイア1人が相手でも、勝つのは難しいのだ。それなのに、不完全なデモノイドと強化一般人が6人もいては、まともに戦ったら勝ち目はないのだ」
     だから、朱雀門高校のヴァンパイアについては、一般人の拉致を阻止しつつ、素直に撤退させてしまうのが良いだろう。
     勿論、敵ヴァンパイアを灼滅できれば、それに越したことは無いが、敗北した場合は、連れ去られた若者たちが量産型デモノイドにされてしまう事になるので、危険を冒すのは得策ではない。
    「幸い、ヴァンパイアさんは攻撃を受けなければ反撃してこないのだ。さっさとお帰りいただいて、デモノイドに集中した方が良いと思うのだ」
     外に大型のワゴンで待機している強化一般人を攻撃した場合は、ヴァンパイアたちはターゲットの学生たちをその場で殺して撤退してしまうという。待機している強化一般人は、無視するしかなさそうだ。
    「肝心なことを言い忘れていたのだ。現場の教室は一階にあるのだ。窓を破って侵入することも可能だけど、あんまりお勧めできないのだ」
     学生たちが混乱し、かえって確保が難しい状況になりかねない。
    「目標、全員確保! の心意気で頑張ってきて欲しいのだ!」
     みもざはそう激励して、灼滅者たちを送り出すのだった。


    参加者
    神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)
    ミルフィ・ラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・d03802)
    式守・太郎(ニュートラル・d04726)
    乙宮・立花(仮想のゆりかご・d06338)
    フーリエ・フォルゴーレ(讐雷乃戦乙女・d06767)
    綺堂・ライ(狂獣・d16828)
    六文字・カイ(死を招く六面の刃・d18504)

    ■リプレイ


     昇降口から校内に入ると、闇に包まれた廊下を通して、話し声が聞こえた。
    「なに言ってんだ、お前ら?」
    「遊ぼうぜ、俺達と」
    (「ダークネスの仲間になるに相応しい人達なのだろうけれど、だからこそ黙って見過ごすわけにはいかないわ!」)
     神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)は慎重に一歩を踏み出す。教室で対峙しているであろう学生達と朱雀門のヴァンパイア達。彼らが外の様子に聞き耳を立てているかどうかは定かではないが、足音を忍ばせるにこしたことはない。
    「素直に言うこと聞きそうにないよ?」
     よく通る声だった。廊下に、やけに響いて聞こえる。
    (「どうやら此の国の吸血鬼は戦の礼儀も知らぬと見える。民草を巻き込み勢力を増す? 彼奴等、矜持を既に失くしたか!」)
     唇を噛み締め、フーリエ・フォルゴーレ(讐雷乃戦乙女・d06767)は前方を見た。侵入する際、校舎の近くにそれらしいワゴン車を見かけたが、暗がりの中ではナンバーの確認まではできなかった。
    「あそこか」
     あの教室から複数の人間の気配を感じる。頼りない明りが、僅かに教室から漏れていた。間違いない。あの教室だ。
    「…………」
     誰かが何かを言ったようだが、声が小さくて、灼滅者達のいる廊下までは聞こえてこなかった。
    「素直に従った方がええで。なぎさちゃん怒らしたら怖いで?」
    「!!」
     学生達が息を飲んだ気配が伝わってきた。
     灼滅者達は、それぞれ配置に付く。
    「…いこうか…」
     乙宮・立花(仮想のゆりかご・d06338)は、自分に寄り添う霊犬の佐助の背を撫で、決意の表情をドアに向ける。左肩にいる仔猫の小鈴が、自分にしがみ付いてきた。
     立花の補佐をすべく、六文字・カイ(死を招く六面の刃・d18504)は彼女のすぐ後ろに付いた。
    「行ったらヤらしてくれる?」
    「ああ~ん、なぎさちゃんコワ~イ。怒っちゃやだぁ」
    「ぎゃはは…!」
     学生達が下卑た笑い声をあげている。
    「こいつら…!」
     綺堂・ライ(狂獣・d16828)の奥歯がガリリと音を立てた。こんなやつら、救う価値があるのか。
    「どちらが悪か分かりませんが、死へ向かう一般人を見捨てる訳にはいきません」
     感情を押し殺した声で、式守・太郎(ニュートラル・d04726)は言った。彼らは許されぬ罪を犯している。小さな命を弄んだ。だからと言って、デモノイドの素体になるというのは、許される罰なのか。
     意を決して、灼滅者達は教室の前後の出入り口から、中へと飛び込んだ。


    「その方達は置いていってください」
     エクスティーヌ・エスポワール(銀将・d20053)は鋭く言い放った。背を向けていた少女の数人が、驚いたように振り返った。
     突入したフーリエが、目の前にいた女性の背中にシールドバッシュを叩き込んだ。短く呻いて、女性は膝を突く。
     明日等のライドキャリバーが強引に突進し、学生達の手前に陣取った。
    「誰や、あんたら!?」
     ショートカットの少女が、攻撃的な目を向けてきた。朱雀門高校の制服を着用しているが、事前の情報では強化一般人のはずだ。スカートを極端に短くしている。少し釣り上った目は、西洋猫を連想させた。
    「武蔵坂学園…?」
     ゆっくりと振り向いた赤い瞳の少女が、真っ直ぐに灼滅者達を見た。朱雀門高校の制服だ。大事そうに仔猫を抱いていた。彼女が、ヴァンパイアなのだろう。
    「そうなん、なぎさちゃん? ってことは、うちらの邪魔しにきよったんやな!」
    「吸血貴族クインハート家メイド、ミルフィと申しますわ。貴女様はヴァンパイアの方ですわね、、御名乗りを頂きとうございますわ」
     ミルフィ・ラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・d03802)が兎の耳を揺らしながら、朱雀門高校のヴァンパイアに、人差し指を向けた。
    「おお! 何だかよく分かんねぇけど、あの子凄ぇぞ!」
     ミルフィの姿を見て、学生達が感動する。
    「わ、わたし達と遊びましょ」
     少し照れながら、明日等は言った。あまり気は進まなかったが、ラブフェロモンを振り撒き、学生達の気を引く。
    「超カワイイ! 俺、この子にする!!」
     熱い視線を向けられ、明日等は耳まで真っ赤だ。
    「欧州血族フォルゴーレ家が末子フーリエ、参る。……名乗られよヴァンパイア。御身に矜持が在るのならば!」
     同じく、フーリエが名を問う。
    「よう吸血野郎…手前名前は?」
     ライは凄んでみせたが、上着のポケットから黒ちび仔猫が顔を出し、「にゃあ」と間の抜けた鳴き声を発した。
     ヴァンパイアの少女は黒ちび仔猫に気付いたらしい。優しげに表情を緩ませた。黒ちび仔猫は、澄んだ瞳でヴァンパイアの少女の顔をじぃぃぃと見つめている。
    「…あなた、お名前は?」
    「俺は、綺堂・ライだ」
    「……」
     名乗ったライに、ヴァンパイアの少女は不思議そうな視線を向けた。その意味に直ぐに気付き、
    「ヘカテだ」
     黒ちび仔猫の名前を教えてやった。
    「そう。可愛いね。…その子も」
     ヴァンパイアの少女は、立花の肩にいる仔猫に目を向けた。
    「これ以上…あの悲劇は起こさせねぇ…これも朱雀門とかいうのの作戦って奴か」
     ライの呟きとも詰問とも取れる言葉には、ヴァンパイアの少女は無言を貫いた。
    「何がどうなってんだ!?」
    「ドッキリ? ねぇ、これドッキリ? カメラどこ?」
    「…君達にも、言いたいこと、ある…でも、今は…眠っていて…」
     騒ぎ出した学生達を、立花が魂鎮めの風を用いて眠らせる。エクスティーヌが目立つように動いてヴァンパイア達の注意を引きつけた直後、カイが素早く、学生達の元に身を滑り込ませた。
    「確保完了」
     太郎は乱れたマフラーを整える。一瞬の出来事だった。
    「あ! なにすんねん!」
     ショートカットの少女が慌てたが、時既に遅し。
    「どうする? 無理やりこいつら抱えて、ここを強行突破する?」
     年嵩の女性が、床で寝息を立てている学生に視線を落とし、次いで、ヴァンパイアの少女に顔を向けた。実行に移すとなると、かなり無茶な作戦だ。
     ヴァンパイアの少女は無言のまま、教室内を見回す。状況だけ見れば、彼女達の作戦は、もはや失敗したと言っても過言ではない。
    「仔猫を巻き込みたくないので、今回は素直に引いてくれませんか」
     太郎は努めて冷静な口調で、そう提案した。仔猫を戦闘に巻き込むのは、本意ではないだろうと考えてのことだ。
     ヴァンパイアの少女は抱えている仔猫の顔を覗き込み、続いてライのポケットにいるヘカテ、立花の肩の小鈴を見る。
    「…テンコちゃん、帰ろ」
    「しゃーないなぁ。この外道な人達は、捨ててくんやな?」
    「ん」
    「同じ事を繰り返さないよう釘を刺しておくので」
    「そう…」
     太郎の言葉にも短く答えて、ヴァンパイアの少女はドアへと歩み出す。太郎は無言で道を譲る。
    「…帰りな…後…その仔猫寒がってる」
     ライがヴァンパイアの少女に背を向けた。ヘカテがポケットから顔を出し、うるるした目で見つめてくる。大丈夫、心配すんな。ライは指で、ヘカテの頭を軽く撫でた。
    「猫ちゃんをよろしく」
     エクスティーヌも見送る。
    「その仔猫、、どうか、大事にして差し上げて下さいまし、、」
     ミルフィの呼び掛けに対し、ヴァンパイアの少女はコクリと肯いた。
    「待って!」
     そのヴァンパイアの少女を、年嵩の女性が呼び止めた。
    「仲間がやられたわ。このまま引き下がるわけにはいかない。あたしに、『あの力』を使う許可を」
    「!! でも……」
     ヴァンパイアの少女は躊躇うように瞼を伏せた。しかし、年嵩の女性は尚も食い下がる。
    「それに、彼らが本当にこのまま、あたし達を帰すとは思えない。背中を見せたら、問答無用で襲ってくるかもしれない」
    「そんな卑怯な真似はしませんわ!」
     ミルフィが否定する。素直にお帰りいただけるのなら、余計な手出しはしない方針だった。
    「信用できない」
     だが年嵩の女性は、射るような視線を灼滅者達に向けた。
    「遠慮しないで。あたしに、命令を」
    「なぎさちゃん…」
     ショートカットの少女が、ヴァンパイアの少女に心配そうな視線を向けた。ヴァンパイアの少女は、背を向けたまま諦めたように小さく息を吐いた。
    「…『内に秘めし、その力、解放せよ』」
    「承知しました」
     その声を背中で聞き、ヴァンパイアの少女はドアを開ける。闇に包まれた廊下が見えた。
    「あ、忘れてた」
     少女はふと立ち止まる。
    「ゆうかげ・なぎさ」
     ポツリとそう言い残し、廊下の闇へと身を滑らせた。
    「ゆうかげ・なぎさ?」
    「夕景・汀砂。なぎさちゃんのフルネームや!」
     テンコと呼ばれたショートカットの少女も、ヴァンパイアの少女の後を追って闇の中へと消えていった。


     2人の背中を見送ると、年嵩の女性はふと、床に倒れたままの学生達に視線を落とした。立花が魂鎮めの風による影響で、学生達は夢の中だ。
    「あなたも彼らが外道と思いますか?」
     エクスティーヌは静かに言った。「でもあなた方も同じじゃないですか。同じ、外道です」と。力ずくで従わせ、罪悪感もなく命を弄ぶ。あなた方に彼らを嗤う資格などない。
    「優等生の言葉ね」
     女性は小さく笑う。
    「2人の後は追わせないわ」
     年嵩の女性は素早くドアの前に回り込む。瞬間、体が破裂したように膨れ上がった。
     青き肌を持つ異境の怪物。彼女は、デモノイドへと姿を変えた。
    「死に物狂いで護衛するのよ!」
     明日等はライドキャリバーにそう命じると、デモノイドとの間合いを取る。立花の指示で佐助が前に出た。
     デモノイドを抑えるべく、フーリエが仕掛けた。踏み込み、デモノイドの土手っ腹に閃光百裂拳を叩き込む。
     僅かに遅れて、ライが抗雷撃を打ち込んだ。
    『があっ!!』
     狂ったように、デモノイドの太い腕が振り回される。ライはポケットの黒ちび仔猫を庇うように身を捻ると、WOKシールドで攻撃を受け止めた。
     不完全とはいえ、見た目はデモノイドだ。その攻撃力は、かつて戦ったデモノイドと大差はないと、痺れる腕を押さえつつ、ライは思った。
     解体ナイフを振り翳し、強化一般人も反撃してきた。だが、所詮は強化一般人。数はいようとも、それ程驚異ではない。
     ミルフィのディーヴァズメロディにより催眠状態となった2人の強化一般人を、明日等と太郎が狙い撃ち、確実に動きを止める。
     エクスティーヌのご当地ビームの直撃を食らった強化一般人が、その場に崩れ落ちた。
    『おおおおお…!!』
     デモノイドは暴れ回る。判別が付かなくなっているのか、最初のフーリエの一撃で深手を負っていた強化一般人を腕の刃で切り裂いた。ミルフィと立花が息を飲み、エクスティーヌは思わず視線を逸らした。
    「哀れな…」
     床に倒れた強化一般人を見詰めたフーリエは、そう呟いた後に顔を上げる。
     デモノイドは眠っている学生達の方に体を向けていた。ライドキャリバーと佐助が、必死に進行を阻止していた。
     フーリエはWOKシールドを構えて突進する。
    「如何した如何した木偶か貴様! 私一人手折れぬ程度で、力が如何のと良く吠えたモノだな!」
    『おおお!!』
     デモノイドが吠える。
     強烈な一撃が、エクスティーヌを襲った。「鬼殺し」でも受け止めきれず、直撃。衝撃で体が浮き上がった。
     直後、ソーサルガーダーが体を包み込み、彼女を守る。
    「こっちです」
     白いマフラーを翻し、太郎がサンライトブレイドを振るった。打ち出された光の刃が、デモノイドの右肩をザックリと裂く。
     同じ場所に寸分違わず、明日等のバスタービームが撃ち込まれた。
    『がああっ!!』
     悲鳴を上げるデモノイド。
     彼らは短期決戦を狙ってはいなかった。10分間耐え切れば、勝利が勝手に転がり込んできてくれるのを知っているからだ。
     だから、敢えて無理をする必要はない。
     フーリエが攻撃を防ぐと、他の者達がじわじわとデモノイドの体力を削っていく。
     デモノイドは見境がなかった。学生達をも巻き込みそうになるので、その都度対応を強いられた。
    「そちらには行かせませんわ、、」
     ミルフィの蹂躙のバベルインパクトが炸裂した。
     デモノイドの体がビクリと震えた。咆哮を上げ、尚も狂ったように暴れようとするが、その動きが突如として停止する。
    『……お、お、お、お、……』
     デモノイドの巨大な体が、ぐずぐずと崩れだした。
     不完全なデモノイドは、その不完全さ故、活動できるのは僅かに10分と限られていた。デモノイド寄生体を完全に制御することができないらしい。
     不完全な状態のデモノイドの末路は、自滅。暴走したデモノイド寄生体は、宿主の体を食い尽くす。
    『…お、…お』
     青き異形の怪物は、やがて跡形もなく消滅していった。


    「おい、起きろ」
     眠っていた学生達の頭を引っぱたき、ライが起こす。もちろん、灼滅者としての力は、既にスレイヤーカードに封印している。
    「あんた達運が良かったわね。もう少し遅かったら灼滅されるしかなかったわよ」
     転がっていたデジカメを拾うと、明日等は記録されていた映像を全て消去した。
    「…あ? 何だ?」
    「何だじゃねぇ!」
     既に犠牲になった仔猫のことを思うと、怒りを抑えきれない。学生達は早々に眠ってしまっていたので、その後、教室で何があったのかを知らない。もちろん、自分達がデモノイドに殺され掛けていたことも。そして、灼滅者達が救いに現れなければ、異形の怪物にされていたかもしれないことも。
    「なぁ…猫はどんな気持ちだったんだろうなぁ…手前ら…痛みが解らないんだよなぁ…だから…教育してやるよ」
     ライが拳を振り上げる。が、その拳をエクスティーヌが掴んだ。
    「私達まで同じになってはダメです」
     エクスティーヌは訴える。
    「自己満足の拳より、ルールの中で報いを。それが私が通す筋です」
    「…気持ち、分かるよ…僕もこの子が、酷いことされたらって思うと…でも、やりすぎたら、駄目…」
     立花は肩にいる小鈴を優しく撫でる。気持ちは分かる。だが、今ここで彼らを傷付けてしまったら、自分達は何のために戦ったのか。
    「にゃぁ…」
     ポケットから、ちょこんとヘカテが顔を出す。その顔に視線を落としたライは、ひとつ大きな息を吐き出すと、拳を下ろした。
     学生達の前にいたカイが、すっとその場から離れた。
     少々きついお灸を据えてやろうかと考えていたミルフィも、ここは自重することにしたようだ。
     彼らは既に、一度動画を投稿している。心ある人が、既に然るべき措置を執るために、行動を起こしてくれているだろう。
    「これがやり直せる最後のチャンスだと思って下さい。次はありません」
     少し時間は掛かるかもしれないが、彼らは何れは罰を受けるはずだ。太郎は強い口調で釘を刺す。
    「今は叶わず届かず。されど何時か……我が身、彼奴等の棺を穿つ杭と成らん」
     フーリエは、去っていった吸血鬼達との決着を静かに誓う。
     やりきれない想いを心に仕舞い込み、灼滅者達はこの場を後にするのだった。

    作者:日向環 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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