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新宿。昨年激戦となった街。世界有数の賑やかさを誇るこの街は、真夜中でさえも光が途切れる事はない。されど、使い古された形容を用いるのなら「光が強ければ、また闇も濃い」。
どさり、裏路地の光の差さぬ場所でゴミバケツが倒れる。中から生ごみが溢れ、小さな生き物たちがそれに近づいていく。それを見下ろしているのは少女の影だ。
――いや、違う。その背格好は確かに女子学生のそれだが、頭部から生えているのは捻れている角で、背中から生えているのは蝙蝠の羽だ。不意に、路地と繋がる道路から一筋の明かりが差し込む。それは少女の影を消し、容貌を光に晒す。
彼女は美しかった。おそらく、かつては。今は腐り、辛うじて残った瞳だけが生前の美しさを残している。
「ヴヴヴ……」
唸るような歌声を上げながら、少女はその光に向かって歩き出す。同じ境遇の者と共に何かを求めるように。
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「アンデッドが、現れたんだ」
何処か言いにくそうに有明・クロエ(中学生エクスブレイン・dn0027)が言った。
「……元病院の女の子の」
ざわり。にわかに集った灼滅者の間に動揺が広がる。去年の暮れ頃に武蔵坂学園は病院を救援した事がある、だが全てを助けられた訳ではない。
「その灼滅が必要だと、そう言う事ですね」
水藤・光也(高校生エクソシスト・dn0098)の言葉にクロエは僅かに黙り、一拍置いてから再び口を開く。
「……話を続けるよ。このアンデッドは武器を使ったり、サイキックを使ったり……普通の灼滅者みたいな攻撃ができるんだ。でも能力は皆より高い」
灼滅者よりも強く、そして命のない存在。
「現れるのは新宿繁華街の裏路地。何かを探してるみたいだけど、それが何かは分からない。普段なら人目を避けて動いてるみたいだけど、目撃者がいたら……」
「……口封じ……」
灼滅者の中から漏れた言葉にクロエは頷いた。
「……アンデッド達は3体で動いてる。日本刀と鋼糸と咎人の大鎌を持つのがそれぞれ一人ずつ。それと……サウンドソルジャーのサイキックを使うよ」
姿はアンデッドとなった淫魔、という事だろう。
「アンデッド達は皆を見つけるとコンビネーションをとって戦いを挑んでくるよ。日本刀が前衛、鋼糸が中衛、咎人の大鎌が後衛。それぞれにサポートをし合うように動いてかなり倒しにくい相手みたい。3人揃っている間はダークネスと同じくらいの強さだよ」
生きている間はそうやって戦っていたのかもしれない。もうそれを知る術は無いだろうが。
「……このままにしておくと、きっと被害が出るから……、そうなる前に彼女達を止めてあげて。……お願い」
クロエは顔を上げて灼滅者達にそう言った。
参加者 | |
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睦月・恵理(北の魔女・d00531) |
桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146) |
風華・彼方(小学生エクソシスト・d02968) |
雑釈谷・ヒョコ(光害・d08159) |
星空・みくる(お掃除大好きわん子・d13728) |
ユウ・シェルラトリア(永訣の冬・d19085) |
ゼノヴィア・スペードナイン(ロストスペード・d23502) |
アナスタシア・カデンツァヴナ(薄氷のナースチャ・d23666) |
●街の光、街の闇
エクスブレインの指定した場所にまで灼滅者は徒歩で向かう。駅から出て歩く道では多くの人々が行き交っている。
「もう、こんなに普段の姿に……」
星空・みくる(お掃除大好きわん子・d13728)の視線はその日常を捉えていた。だが灼滅者の目から見れば建物には傷がある、おそらくは人の量も戦争の前よりも減っている。バベルの鎖によって気付けている者は少ないだろう。
それでも圧倒する人の波は流石に大都市と言った所だろう。フードの奥からそれぞれの人間の顔をうかがいつつゼノヴィア・スペードナイン(ロストスペード・d23502)は滑るように行く。
「こっちですね」
ユウ・シェルラトリア(永訣の冬・d19085)が地図を見て向きを示す。そちらの方に行けば行くほどに人通りは少なくなっていく。同時に並んでいる店に飲食店の数が増えてくる。入り混じる匂いを辿るように行けば建物と建物の間に挟まれた暗い路地の前に至る。
「よっ……と」
雑釈谷・ヒョコ(光害・d08159)が闇の方に光を向ける。光は闇を貫き奥まで照らす、雑多に置かれた物をかき分けながら灼滅者達は慎重にその闇の中へと踏み込む。スレイヤーカードから武器を取り出し警戒しながら歩く、歩くたびに僅かに粘りつくような感触が残る。
「……っ」
風華・彼方(小学生エクソシスト・d02968)の視界に何か蠢くものが映る。他の灼滅者達に仕草でそれを示すと同時に新手がいないか警戒する。
「……チョルト……!」
アナスタシア・カデンツァヴナ(薄氷のナースチャ・d23666)の呟きが裏路地に響く。その声に響くのは怒り。そしてそれをもたらしたのは振り向いたモノの双眸、濁り生気を失ったそれが既に死者である事を語っていた。
「同じ敵と戦う仲間として……そして、同じ女として貴女達を解放しに来ました」
睦月・恵理(北の魔女・d00531)がゆらりと進み出る。それに呼応するようにアンデッドも暗がりから現れる。その彼女たちに照準を合わせている桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146)の瞳は、深く被った帽子の陰に隠れて見えない。
ばさり、ゼノヴィアがコートを脱ぎ捨てる。現れたのはシャドウの、人造灼滅者としての体。右腕のバンカーはかつて『病院』が扱っていたもの。
「今日は急患が3名か……これよりオペを開始するッ!」
アナスタシアを始め、灼滅者達は闇に向かってかけ出した。
●残されたもの
灼滅者達が戦闘態勢に入るのと同時に元灼滅者達も動き出す。まずは鋼糸使いが糸を張り巡らし前衛の勢いを削いでくる。
「この動きは……」
水藤・光也(高校生エクソシスト・dn0098)が援護をしながら相手の動きを見る。鋼糸使いの動きはサイキックの効果を引き上げて戦いを動かすもののそれだ。おそらくは相手の要。
「……なら」
光也が武器を構えて鋼糸使いへと踏み込む。決して深追いするわけではない、だが全体的にダメージの浅い今なら攻撃したほうが良いという判断だろう。だがそんな彼の攻撃を日本刀使いが容易に弾く。
「くっ……」
即座に手を引く光也、その彼に追撃しようと日本刀使いがまるで踊るように斬りかかる。体勢を立て直す隙も与えまいと刃を振り下ろしたその時、別の刃がそれを止める。
「危ない所でした……!」
みくるが刃を柄に戻し日本刀使いと距離を取る。ふと視線が相手と交差する。
「……これが、人造灼滅者さんのアンデッドさん、ですか……」
「まさか、こんな事になってしまうとはね」
やはり日本刀使いに阻まれた腕を振りながらユウはみくるの隣に後ずさる。いくばくかの痛手を相手に与えたものの、それも相手の後衛にいる大鎌使いの歌声によって癒やされてしまう。
「この絶妙なコンビネーション。仲良しだったのかな……」
南守は撃った後、愛銃桜花のグリップを引きつつ間合いを測り直す。防御力と継戦能力に秀でたこの連携は完成されており、かつ『病院』らしい。
「せめてさ、スパッと楽にしてやろうよ」
感傷に浸るよりも、とヒョコは言う。彼女と同じく毅然とした面持ちで恵理も小さく頷く。今の目の前の彼女達は既に死んでしまった存在である、動いているのは何者かによってアンデッドになってしまっているから。生き返ることはない。
「ああ。……こんな救い方しかできなくてゴメンよ」
灼滅者が彼女らに対してできるのは灼滅する事のみ。戦いの中ずり落ちてくる帽子をかぶり直しながら南守は攻撃を放つ。
「大丈夫、ちょっと痛むけど……すぐ楽になるよ!」
アナスタシアはクルセイドスラッシュで切り崩す。長く、互いに傷を負い続けて行く戦場。攻撃が行き交う度に治ることのない傷が増えていく。
「こんなの価値観の違い、と言っても許せることじゃないよ」
弓を引き絞りながら彼方は相手を見定める。彼の脳裏に浮かぶのは蒼の王の不死王、そうでなければいいという思いだ。
「病院の、みん、な。仲間、を、死んだ後まで、利用するのは、絶対に、許せな、い」
たどたどしく、けれどはっきり意志を込めてゼノヴィアが口を開く。
「だから、ワタシたち、が……」
「もう、誰にも起こされないよう、ちゃんと眠らせてあげる!」
彼方の放った矢を追いかけるように、ゼノヴィアは両腕を掲げて切り込んだ。
●救済の眠り
「ねぇ、君を起こした人の顔、覚えていたら教えて欲しいな。そして、何を探し出すようにって言われたの?」
彼方は戦いの中、彼女達に疑問をぶつける。けれど返ってくるのは答えではなく容赦の無い攻撃。
「『王』の遺産か、それともスサノオの欠片?」
問い掛けは夜の空気に広がって、そのまま。代わりに響くのは彼女らの濁った歌、それらが灼滅者達を時折惑わせる。けれどそうはさせないと控えていた他の灼滅者達が混乱から開放する。
「誰なのよ、こんなことするの。あたし、絶対に許さないんだから!!」
梗花と共に援護にあたっていたアビゲイル。彼女も『病院』出身であり怒りを隠さない。だからこそ彼女はここに来たのだ、見過ごさないために。
「遺体を弄ぶなんてね。何処の誰かは知らないけれど、本当に悪趣味というか……」
「……あるいはそれが目的だったのかも知れません」
ユウの疑問に光也がウィルの背を見ながら返す。それが正しいとするのなら。
「そんなことのために……! まさに悪魔の所業だわ!」
アナスタシアもまた怒りを新たにする。脳裏に浮かぶのは未だ出会えていない元『病院』の仲間の顔。果たして刃を交えている目の前の相手はそうなのだろうか。
「はは……」
アナスタシアの口元から微かな笑い声が漏れる。それはあまりに怒りが滾りすぎて、怒号の代わりに出るもの。そして即座に怒りの声が溢れ出す。
「……ふざけたことしてくれんじゃない!!」
怒りを力に変えて日本刀使いを弾き飛ばす。その隙にみくるとヒョコが鋼糸使いへと距離を詰める。
「できる事ならこのような事は行いたくないのですが……」
胸の内の葛藤がみくるからこぼれ落ちる。それを見た隣のヒョコが首を横に降る。
「違うね! これからお姉さんを助けるのさっ!」
あっけらかんと彼女は言う。けれどその言葉には不思議とブレがない。
「……行きます!」
意を決したみくるが踏み込み、ヒョコがそれに合わせて追撃する。
「やっつけてまたきれいなお姉さんに戻してあげるよっ!」
二人の得物が相手の胴体を打つ。その衝撃を受け、まるで操り人形の糸が切れるように力を失い地に伏せた。だがここまでの戦況に持ってくるまでに灼滅者達が受けた傷は浅くはない、それでも彼らの瞳からは光が失われていない。恵理はその力強い眼差しを彼女達に向けたまま一歩踏み出す。
「病院の生存者は私達と合流しましたよ。そして、一層強くダークネスを殴りつけています。あの朱雀門やセイメイに一泡吹かせた位にね」
ゼノヴィア、アナスタシア、アビゲイルが頷く。彼女達が語り、そして伝えようとしている相手はアンデッドではない。その体の真の持ち主。
「……ですから、後の事はもう心配ありません」
襲いかかる日本刀使いの攻撃を、身を翻す事で躱し振り向きざまに氷の弾丸を背中へと当てる。その氷が広がると同時に光線が両の脚を横から貫く負荷も限界に来ていたのだろう、その一撃で彼女もまた動きを止める。
「……二度も痛い思いさせてゴメンな」
こぼれ落ちた南守の言葉に恵理は首を横に振る。
「……ごめんなさいね」
小さく恵理は呟いてから最後の相手に向かう。相手もまた大鎌を構えて彼女を迎撃する。武器と武器が打ち合い派手な音を立てる。
「屍王の手先にされるのは……これで、もうお終いです!」
恵理がふっと力を抜き鍔迫り合いから離れる、突然の相手の動きに翻弄された彼女は体勢を崩す。そしてそんな彼女の背後に忍び寄っていたのはゼノヴィア。彼女は右腕を大きく引き、そして前へと出す。
「お休み、なさ、い」
撃ちだされた杭は、最後の一人の胸を貫いた。
●そして歩き出す
「……手術成功だよ。よくがんばったね」
アナスタシアが残った崩れつつある亡骸の瞼を閉じる。みくるがその身に付いた汚れを落とす。少しでも綺麗になるように。
(「……今度こそ、安らかに」)
ユウが黙祷を捧げる。今度こそ戦いに駆り出されること無く静かに眠れることを祈って。
「あ、水藤、……ほいっ」
静かに佇む彼女達を待っていた光也に、南守から熱い缶コーヒーが渡される。
「すげー寒いしさ。疲れた体に染みわたるぜ、きっと」
受け取った光也は少し考えてから渡された缶コーヒーを持って歩く。
「私よりも寒くて、疲れている方がいますから。後回しで」
すっと倒れた彼女達の近くに缶を置く。
「……そっか、そうだよな」
しばし静かな空気が流れる。その静寂に一石を投じたのは梗花だ。
「さあ、今度こそ帰ろ? 熱いコーヒー飲みながらさ」
彼に促されるように灼滅者は来た道を戻り始める。その最後尾にいるのは恵理とアナスタシア。
「穢されていてさえ貴女達の瞳と声は美しかった。私が思い出すのはその事だけ……もう穢される事もありませんし、仇は私達が討ちます。ですから、どうかゆっくりお休みなさい」
「必ずみんなの仇を討つよ。もう何人だか分からなくなってきたけど……絶対に、全員」
二人は彼女達の名残を胸に抱き、残された遺体を光で灼く。恵理とアナスタシアは背を向けると歩き出す。次の戦いに身を投じるために。
作者:西灰三 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年1月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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