死を許されぬケモノ

     時たま明滅をする蛍光管の下、車列の向こう。コンクリートの柱の陰に1人の男が佇んでいた。
     精一杯息を殺し、耳を澄ませ、じっと周囲の様子を伺っている。
     ――コツン。
     物音に身をこわばらせ、音の主を探る。決して遠くはない。だが何の音だか見当がつかない。
     気味悪く感じた男は、その場を離れて仲間達の元へと駆けてゆく。
     何事も無くて馬鹿にされてもいい、今このままここに居るよりマシだ、と。
    「おい……!」
     仲間達が『作業』している場所に向けて、男は叫んだ。
     返事は無い。ただ自分の声が、虚しく反響しただけに終わる。
    「……冗談はよしてくれよ……」
     男は周囲を見回しながら、背後の車に背を押し付けるようにして身を屈めた。
    「俺がビビリなのを知った上で見張りなんてやらせて、挙句にこんな仕打ちまで……」
     ――ギシッ。
     背にした車が、音を立てて軋む。
     自らの意思に反し、男はゆっくりと背後を振り返る。
    「……なんだ、ヒツジか……」
     男の目には、彼を見下ろすヒツジ頭の怪人が映り込んでいた。
     
    「病院勢力の灼滅者の死体から作ったと思しきアンデッドの出現が確認されたらしいっス」
     星斑・椿(中学生デモノイドヒューマン・dn0131)は手にした手帳をパラパラとめくってゆく。
    「灼滅者としての戦闘能力をほとんど保持したままアンデッド化されてるようっスね。当然、普通のアンデッドよりも断然手強いっスよ」
     むー。と唸りながら、椿はジャージの襟へと顔を埋めた。
    「今回報告されたのは新宿付近の立体駐車場……車上荒らしをしていた集団がまとめて襲われちゃうらしいっス。アンデッドもその人たちと同様に人目を避けて居たようっスから……運悪くカチ合っちゃったんスね」
     人目を避けて新宿周辺を徘徊する元灼滅者のアンデッド達。何かを探しているようにも見えるが、真偽のほどは定かではない。
    「ややこしい事はさて置き、被害が出るのは見過ごせないっス。灼滅者がこんな形で利用されてるのも気に食わないっス。なので自分は戦いに行くっス! お話終わりっス!」
     
    「……肝心な事を忘れてたっス」
     椿はさらに数ページ、手帳をめくった。
    「ええと……『アンデッドの数は全部で3体、白ヤギの頭、黒羊の頭をした長身の男が1体ずつ、小さな二本角を生やしたファイアブラッドの少女が1人』……らしいっスよ」
     前者の2体は、ダークネス形態のままアンデッド化されているらしく、単純な戦闘能力も人間形態の少女アンデッドに僅かであるが勝っている。
    「大鎌……ロケットハンマー……大きな殲術道具ばっかっスね。見た目からして生前コンビでも組んでたんスかね。いや、もちろんコレはただの想像っスから、参考にはしないでくださいっス」
     
    「らしい、らしいばかりで申し訳ないっスが、大丈夫っス。情報は正確っスよ。ばっちりエクスブレインさんのお話をメモってるっス」
     椿はフンと鼻息を荒げ、ピンクのくせっ毛を揺らす。
    「とにかく、こういうのは自分好きじゃないっス。心底好みじゃないっス。見過ごせないっス! なので自分は戦いに……あ、コレはさっき言ったっスね。……今度こそ、お話終わりっス」
     ぱん、と音を立てて椿は手帳を閉じた。


    参加者
    シオン・ハークレー(光芒・d01975)
    槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)
    夜空・大破(白き破壊者・d03552)
    天神・ウルル(インサニア・d08820)
    灰神楽・硝子(零時から始まる物語・d19818)
    竹間・伽久夜(月満ちるを待つ・d20005)
    シンゴ・アルバミスタ(闇は泣きそして砕ける・d20952)
    雀居・友陽(フィードバック・d23550)

    ■リプレイ


    「ぎゃああああああ!!!」
     立体駐車場に男達の絶叫が反響する。
     男達は柱を背にして、可憐な少女達に囲まれていた。
    「こんな事をして、あなた達の身を案じる方がどれほど悲しむか……」
    「悔い改めて自首して頂けるのならば、私達はそれ以上何もしません」
     灰神楽・硝子(零時から始まる物語・d19818)と竹間・伽久夜(月満ちるを待つ・d20005)に詰め寄られた男達は、「自首」という言葉にほんの一瞬息を詰まらせた。
    「……どうやら、生ぬるいようだな」
     エリザベス・バーロウ(ラヴクラフティアン・d07944)が泣き崩れる男の1人の襟首を掴み上げ、柱へと叩き付けた。
    「し、します! 自首します! もうしません!」
     だがエリザベスはそのまま、ゆっくりと男の襟を締めてゆく。
    「本当です、すぐに警察の所へ駆け込みます! 誓います! 誓いますから首を……首が……」
     拘束を解かれるや否や、男達は一目散に逃げ出した。「助けてお巡りさん!」等々叫びながら。
    「寄り道せずに、まっすぐ行くっスよー」
     星斑・椿(中学生デモノイドヒューマン・dn0131)が彼らの背を見送り、手を振った。
    「……ったく、とんだ茶番だな」
     シンゴ・アルバミスタ(闇は泣きそして砕ける・d20952)が物陰から顔を出すや否や吐き捨てるように呟く。
    「どんな人達でも、犠牲になるのを見過ごすわけにはいかないし……」
     シオン・ハークレー(光芒・d01975)が遠慮がちにシンゴを見上げる。
     シンゴは肩をすくめて、小さくため息をついた。
     ふと、天神・ウルル(インサニア・d08820)が暗がりの彼方へと視線を移した。
    「……雑談は、ここまでのようです」
     鬼火のように、小さな炎が揺らめいている。
    「……ウソ……じゃあ、ないんだな」
     雀居・友陽(フィードバック・d23550)が、切れ切れに言葉を漏らした。
     右目から炎を溢れさせた少女。頬を赤く染めてはいたが、まるで無機物のようにすら見える。
     少女は手にした巨大なガトリングガンの銃口を、苦も無くこちらへと向ける。
     そして、引き金を引いた。


     槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)に阻まれ砕けた炎の弾丸が、後方へと降り注ぐ。
     一瞬遅れて背後の車両から爆音が轟き、飛び散った炎達が周囲を赤々と照らし出した。
    「ヴォオオオオッ!!」
     ――ズシン。
     咆哮と共に地面が波打つように揺らぎ、炎が跳ねる。ほんの一瞬、宙に放り出された康也の眼前には、炎を切り裂き、こちらへと迫る漆黒の鎌。その刃先が赤く輝いていた。
    「カーボ!」
     硝子の叫びに呼応して、一台のライドキャリバーが炎を突っ切り、鎌を振り下ろす白ヤギ頭の男へと突進してゆく。
    「どうして、こんな……」
     友陽がポツリと呟く。燃え盛る炎、咆哮する獣人達。かつての同胞。
     彼にとっては何一つ、現実であるとは信じたくない光景だった。
     硝子のライドキャリバー、カーボがヤギ頭の男を振り切り、追撃を避けるように柱や車両の合間を縫うように走り抜けてゆく。
     交差するように走るシオンの影技が、ファイアブラッドの少女の姿を捕らえ、絡みつく。
    「もうちょっと……大人しくしてて……」
     シオンの影に縛られながらも、ファイアブラッドの少女は携えたガトリングガンの銃口を力ずくで、駆けるライドキャリバーへと向けていた。
     直後、少女のアンデッドは自身に差した影に気が付き、銃口を前へ向けたまま背後を振り返る。
     そこには夜空・大破(白き破壊者・d03552)の、鬼神変によって異形化した右腕が迫っていた。
    「――無理に繋ぎとめられた者に、終わりを与えましょう」
     横に薙いだ腕が少女をすぐそばの、ワゴン車の側面へと叩き付ける。
     鉄の塊とは思えぬほど変形したその車両に埋まり、小さな少女は脚をばたつかせている。
    「駆け抜けて、ガラスの靴!」
     硝子の脚に密集していたバトルオーラがその姿を刃へと変え、鉄塊ごとファイアブラッドの少女を切り裂く。
     再度の爆発、そして炎上。
     その中から這うように現れた少女の顔は涙跡のように裂け、真紅の炎が溢れ出していた。
     友陽が地を蹴り、炎の中を駆け抜け、バベルブレイカーを振り上げる。
     だが、友陽の眼光の先にあるのはアンデッドではない。
    「何してんだ! 落ち着け友陽!」
     異変に気付いた康也が、正面から友陽の両腕を抑え付ける。友陽は、泣いていた。
    「見ろよ、あいつらだって泣いてんだ! まだ……まだ助ける方法があるかもしれないだろ!」
     涙を流しながら、涙を辿るように異形化してゆく友陽。
     湾曲した角が赤く炎に照らし出されてゆく。
    「――トモ!」
     突如、友陽の襟首がぐいと引かれる。
     振り返った先、眼前には懐かしき友、蛙石・徹太(キベルネテス・d02052)の顔。
     そして、次の瞬間。友陽の頭には、徹太の石頭が炸裂していた。


    「……心苦しいのは、私達も同様です」
     伽久夜の声に、友陽が顔を向ける。伽久夜は友陽を見据えたまま言葉を続けた。
    「彼らを救いたいと思う心も、あなたと違いは無いはずです」
    「ヴォオオオオ!!」
     咆哮する羊頭の男がこちらへと、一直線に駆けている。その口に凍てつく炎、コールドファイアを蓄えて。
    「ゴチャゴチャと、めんどくせえ事してんじゃねぇ!」
     シンゴの抗雷撃が羊頭を打つ。しかしそれでも止まらぬ巨躯をシンゴはさらにもう一撃。今度は顎へのアッパーカットを叩き込む。
    「ボクは……この人たちがこれ以上ひどいことをさせられないように、戦っているつもりだよ」
     シオンはそう言って、マテリアルロッドをぎゅ、と握り締める。
    「見た目に惑わされてはいけません。襲い掛かってくるのなら、それは敵なのです」
     ウルルが静かにサイキックソードへと力を込め、深く腰を落とした。
    「彼らは、灼滅者ではありません。人間でも、仲間でもありません。ただの――」
     ファイアブラッドの少女が崩れかけた腕を持ち上げ、ウルルへと銃口を向ける。
     放たれた弾丸は、踏み込んだウルルの頭上ギリギリをすり抜けていった。
    「――ただの、敵です」
     ウルルのサイキックソードが少女の肩口、腕の付け根を斬り落とす。
     噴き出した炎が、悲鳴の如く大気を震わせる。体の一部を失い、バランスを崩した少女は人形のように地面へと倒れ込んだ。
    「……割り切れって事か……だけどな……」
     友陽が地面を蹴る。振り下ろしたバベルブレイカーが、振り返ったウルルの黒髪を揺らした。
    「――オレには、そんな事……!」
     友陽の腕、バベルブレイカーの切っ先はウルルの向こう、ファイアブラッドの少女の胸に突き立っている。
    「許さねえ、何が最強だ……ノーライフキング……絶対に吠え面かかせてやる!」
     炎に焼かれ、崩れ落ちる少女の小さな体。
     それを前にして友陽は涙し、そして吼えた。
    「怒り……ですか」
     大破がふと、かすかに震える自身の手のひらへと視線を落とす。
    「……私も以前とは少し、変わったようですね……」
     かつては無関係な者がどうなってもかまわないと思っていた大破。
     だがしかし、今の彼は死を冒涜する行為に対して、怒りを覚えていた。
     使命に目覚めたか……いや、武蔵坂学園に居る事が一番の要因か。
     大破はその手を、ギュッと強く握った。


    「あなたがたがもう苦しまなくてもいいように……灰神楽硝子が、全力で行きます!」
     次々と放たれる光の刃を、ヤギ頭の男は身を翻して避けてゆく。
     だがその先にニコ・ベルクシュタイン(星狩り・d03078)が構えていることに気付き、ヤギ頭の男は天井に張り巡らされた配管を掴んで大きく方向を変えて飛び退こうとした。
     その一瞬、ほんの一瞬動きの止まった瞬間。伽久夜の放ったソニックビートがヤギ頭を揺らし、そして地面へと叩き落す。
     さすがはアンデッドといったところか、怯む様子も見せずにヤギ頭の男は体を起こし、蹄を地面へと突き立てる。
    「知ってるか? 手刀ってよぉ……やり続けりゃ、本当に『斬れる』んだぜ?」
     バトルオーラを右腕、肘から先へと集中させたシンゴが、立ち上がろうとするヤギ頭へと手刀を振り下ろす。
     ヤギ頭の男が鎌を振り上げようとするが、それは一瞬遅かった。
     シンゴの手刀は巨大な鎌の柄を、そしてヤギ頭の男の腕を完全に断つ。
    「ヴォオオオオオオオ!!」
     ヤギ頭の男は角を振り上げ、そして吼えると共に、凍てつく冷気がシンゴを包み込んだ。
     足元に転がった腕が凍りつき、そしてひび割れる。
    「ちっ……往生際の悪い……!」
    「いけないっ……!」
     シオンが腕を振りぬき、指輪に湛えた光をヤギ頭の男、その胸へと放ち、叩き付ける。
     ウルルが天井すれすれを跳び、ヤギ頭目掛けて拳を振り上げた。
     それを遮るように、羊頭の男がウルルへと向けて一直線に駆ける。だがウルルは体勢を変えず、そのまま拳を振りぬいた。
     同様に突き上げられた羊頭の男の巨大な拳とウルルの拳が交差し、互いの体を打ち抜く。
     天井に叩き付けられたウルルの口から、鮮血が滴り落ちた。


    「敵は……この拳で粉砕するのです」
     咳き込むように血を吐き出したウルルは巨大な拳を押しのけて、天井を蹴る。
    「――それが、誰であっても」
     真上から叩き付けられる一撃。地面には亀裂が走り、羊頭の男がひしゃげるようにして地面に背をつける。
    「ガラスの靴、オーバーフロー!」
     硝子の脚に光るバトルオーラが解き放たれ、その輝きを一気に増す。
     蹴り抜いた脚が光の軌道を描いて、羊頭の男を穿ち、そして貫いた。
     その後方、制約の弾丸による拘束から抗うようにしてヤギ頭の男は咆哮をあげていた。
    「これで……最後っス!」
     椿が右の拳を地面へと叩き付ける。
     地面を伝い、壁を伝い、柱を伝い、張り巡らされた拘束結界がヤギ頭の男へと集まってゆく。
    「ヴォオオオオオオオ!!!」
     多重の拘束を食い破らんとヤギ頭の男は大きく頭を振り上げる。
     直後。その胸から一本の刃が突き出した。
    「どうか……安らかに眠ってください」
     大破が刃に込めたサイキックエナジーを解き放つと共に、閃光が周囲を覆い隠す。
    「ォォオオ……――」
     ヤギ頭の男は飲み込まれるように、光の中へと消えてゆく。
     閃光が去った後、そこには燻り続ける炎と、かすかな灰燼だけが残されていた。
     硝子が、足元に落ちていた角の破片を拾い上げた。だが、それはすぐに崩れて指の間から零れ落ちていった。
    「あなた達の無念、必ず……」
     硝子はぎゅっと、その手を自身の胸へと押し付ける。
    「あの時……もしかしたらオレも……」 
     友陽が燻る炎を見下ろして呟き、強く唇を噛んだ
    「……楽しかったぜ」
     シンゴが背を向けて歩き出した。続くように灼滅者達はその場を後にする。
     しゃがんでいた康也が立ち上がり、その最後尾に続く。
     柱の影に、そっとおでん缶が佇んでいた。

    作者:Nantetu 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ