●新宿
昼下がり。
一匹の虎が、ビルの屋上から大通りを見下ろしていた。
行き交う人々を見ているのか、車を見ているのか。
その白く濁った瞳に何が映っているのかは、うかがい知れない。
そこに、二匹の虎が加わり、体をこすりあった。
その様子は、挨拶をしているように見えるし、情報を交換しているようにも見える。
白濁した瞳に赤黒い炎が宿り、互いのむき出しになった肋骨が、乾いた音を打ち鳴らす。
「ん?」
梅澤・大文字(張子の番長・d02284)は、何者かの気配を感じ、ハッと空を見上げた。
建ち並ぶビル群が、青空に向かって伸びている。
ビルの窓、屋上に設置された看板、その下の隙間へと、素早く視線を巡らせるが、特に変わりはない。
「気のせい……か?」
くわえた葉っぱをピコピコと上下させながら、首を傾げる大文字。
だが、確かに感じたのだ。
宿敵の、かすかな気配を……。
●教室
「梅澤。キミの勘、当たってたよ!」
逢見・賢一(高校生エクスブレイン・dn0099)が、大文字を指さして、ニッと笑った。
「よっしゃ! イフリート退治なら任せとけ!」
「いや、それがね……」
腕まくりする大文字に首を振ると、賢一は皆の方を向いて説明を始めた。
確認できたのは、イフリートじゃなかった。人造灼滅者のアンデッドだよ。元は病院勢力の灼滅者だと思う。
どうやら、彼らは新宿付近で何かを探しているらしい。でも、それが何かは分からない。人目を避けて行動しているけど、誰かに見られたらその相手を殺そうとする。だから、放ってはおけないんだ。
キミ達には、新宿のビルの屋上に行ってもらいたい。敵は屋上看板の影に潜んで道路を見下ろしているから、そこを後ろから叩いて欲しいんだ。気配を殺して、ゆっくり忍び寄れば気付かれないから、奇襲効果が望めるよ。
灼滅者アンデッドは、虎そっくりの姿をしている。大きさも虎と同じくらい。それが、三体、それぞれ、赤、緑、青の炎を纏っているんだ。三体ともファイアブラッドと殺人注射器相当のサイキックを使ってくる。ポジションは、赤、緑、青の順に、ディフェンダー、ジャマー、スナイパーになってるよ。相手のチームワークは抜群だから、注意してね。
一体の強さは、キミ達三~四人分くらいある。いつものアンデッドより、ずっと強力だよ。これに勝つには、キミ達のチームワークが敵のチームワークを上回らないといけないね。
敵は強力だけど、奇襲攻撃で得られるアドバンテージを最大限に活かせば、勝てない相手じゃないと思う。
苦戦するかもしれないけど、みんなが力を合わせれば、きっと大丈夫。
それじゃ、頑張ってね!
参加者 | |
---|---|
浦波・仙花(鏡合わせの紅色・d02179) |
四季咲・白虎(蓐収のポルモーネ・d02942) |
流鏑馬・アカネ(紅蓮の解放者・d04328) |
鏑木・カンナ(疾駆者・d04682) |
英・蓮次(凡カラー・d06922) |
狼幻・隼人(紅超特急・d11438) |
大須賀・エマ(ゴールディ・d23477) |
鳥辺野・祝(絶縁体質・d23681) |
●
ビルの最上階。
屋上に出るドアの前で、浦波・仙花(鏡合わせの紅色・d02179)は靴を脱いだ。
「……足、冷たいです」
コンクリートの上で足をもじもじさせながら、泣きそうな顔をする仙花。
ドアの向こうからは、プロペラがぐおんぐおん回るような機械音がする。足音はこの音に紛れそうではあるが。
「念には念を、なのですよ」
四季咲・白虎(蓐収のポルモーネ・d02942)も靴を脱ぐ。本当は裸足になりたくないのだが、作戦成功の可能性を少しでも引き上げるためにも、ここは我慢する。
仙花がドアを引いた。
ギイィィィ、と鉄のきしむ音。
皆は肝を冷やしたが、機械音がそれをかき消した。
冷たい風がびゅうと流れ込み、仙花の黒髪とドレスをなびかせる。
ほんの少し開いたドアの隙間から、黒猫がするりと顔を出した。猫変身の鏑木・カンナ(疾駆者・d04682)だ。まぶしい青空に瞳孔を細めながら、辺りを見渡す。
屋上の広さは縦に約三〇メートル、横に約二〇メートルといったところか。左側が大通りに面しており、このドアは屋上の手前右端にあった。中央に高さ一メートル半ほどの空調室外機がずらりと並んでおり、やかましい機械音をまきちらしている。その向こう側、ビルの最奥左端に平型の屋上広告塔が見えた。虎の姿は室外機が邪魔で見えない。
カンナは、小走りに室外機の陰まで走った。さらに、二匹の猫と二匹の蛇、三匹の犬と裸足の少女二人、そして一台のライドキャリバーが、カンナの後に続く。
室外機は四×四の形で並んでいた。回り込んで、カンナが広告塔の様子を覗く。
広告塔は幅が十メートルほどあり、屋上の大通り側を三分の一ほど覆っていた。高さは約五メートル。その天辺の両端から二本の支柱が斜め下に伸び、屋上の右端でしっかりと固定されている。
ほぼ真上から落ちる太陽光が、看板の影を小さく落とす。その中で、超自然的な炎が揺らめいていた。
三匹の燃える虎――イフリートだ。
手前から、赤、緑、青。三匹とも看板の中央辺りに寝そべり、隙間から首を出して大通りを見下ろしている。
カンナは、三匹の背後に回り込むように、ビルの右端奥まで走った。
(「ここからが本番だ」)
その後に続く猫――大須賀・エマ(ゴールディ・d23477)が、表情を引き締める。相手は人造灼滅者のアンデッド。もしかしたら、病院ですれ違ったり、話をしたりしたこともあったかもしれない。同じ戦場を共にした仲間かもしれない。
(「まぁ、がんばってこ」)
エマが思いを新たにした、その時。
室外機の機械音が一斉に止まった。同時に、灼滅者達の足も止まる。
辺りは急に静まり、大通りの喧噪が、屋上まで届いてきた。
(「中々にスリリングなのですよ……」)
踏みしめる砂埃をつま先に感じながら、白虎は冷や汗をぬぐう。裸足になっておいて正解だった。
猫変身の流鏑馬・アカネ(紅蓮の解放者・d04328)が、虎の後ろ姿を見つめる。
(「あたしもいつかはこうなるのかな」)
体に流れる燃える血が、アカネの胸を熱くする。
(「だけど、誰かを守る為に戦うんじゃなきゃ、あたしらしくない」)
目の前の虎たちは、誰かを守ろうなんて思っていない。誰かに操られているだけだ。早く解放してやろう。
三匹の猫が、獲物を狙うライオンのように身を低くしつつ、虎の背後に忍び寄る。
カンナが振り向き、白虎を見た。
うなずく白虎。仙花と共に、靴をはき直す。
カンナの尻尾が、左右に揺れる。
一、二、三!
カンナが変身を解いた。と同時に、白虎が緑の虎めがけて飛びかかった。
●
白虎の槍が煌めき、緑虎の全身が一瞬にして凍り付いた。間髪入れずに仙花が日本刀で緑虎の背中を切り裂く。
緑虎の両脇の虎達は襲撃に気付き、左右に飛んで離脱。
緑虎は突然の冷気と斬撃に混乱し、看板に頭をぶつけながらも、何とか戦闘態勢をとろうと振り返る。彼が見たものは、飛びかかってくる蛇――いや、ちょうどその変身を解いた鳥辺野・祝(絶縁体質・d23681)だ。
オーラを纏った手刀が一閃!
緑虎はもんどり打って倒れた。が、跳ね起きるようにして灼滅者達に向き直る。右足を引きずる緑虎の脳天に、エマの異形化した右腕が炸裂! さらに、その背中を二本のマテリアルロッドが打ち据えた。カンナと狼幻・隼人(紅超特急・d11438)のフォースブレイクだ!
血を吐きながら、潰れたように地を這う緑虎。とにかくこの場を脱しようと前足に力を入れるも、カンナのライドキャリバー『ハヤテ』の横殴りの突撃と、隼人の柴犬『あらかた丸』の斬撃によって転ばされる。
それでも必死に立とうとする緑虎。その顔面に、赤毛の霊犬『わっふがる』とアカネの連係攻撃が炸裂!
六文銭とガトリングガンの連打をモロに喰らい、顔から赤い炎を噴きながら、緑虎の体が宙を舞う。
その上を跳ぶのは、クルセイドソードを振りかぶった英・蓮次(凡カラー・d06922)。一直線に振り下ろされた白い閃光が、緑虎の胴体を真っ二つした!
「どうだ?!」
着地と同時に、蓮次が地に落ちた二個の肉塊を振り返る。
緑虎の白濁した瞳が、蓮次を呪っていた。その口から、緑色の液体が勢いよく噴出する!
喰らったのは、猛スピードでバックした一輪バイク、ハヤテだ。
「ウチの可愛い後輩に手ェ出して良いと思ってんの?」
カンナが、上半身のみになってなお戦おうとする緑虎を睨む。
内蔵を引きずりながらも、二本の前足で立つ緑虎。
その執念に驚いたせいか、それとも、奇襲で緑虎を仕留められなかった事に気をとられたせいか――カンナは、うなじに生臭い息が吹きかけられるまで、すっかり忘れていた。
視界から消えていた、他の虎たちのことを。
●
「あっ――」
焼けるような激痛が、カンナの右肩に走る。
「鏑木先輩!」
背後から青虎に襲われ両膝をつくカンナに、蓮次が駆け寄ろうとする。
「いいから、そいつにトドメ!」
蓮次を制するカンナ。その首筋に、赤虎が飛びかかる!
「あかんッ!」
赤虎の牙にかかったのは、割って入った隼人の左腕だ。
「行け、あらかた丸!」
「バウッ!」
柴犬が緑虎に突撃する。緑虎の体力は後一撃で刈り取れる――そう読んでの指示だった。
が、しかし。
「ガウウッ!」
緑虎の右前足があらかた丸の首を捕らえ、仰向けに引き倒した。
そのままガブリ!
腹を噛まれたあらかた丸が、四肢を突っ張って痙攣する。体力が吸いとられている!
「やめんかいコラア!」
赤虎に腕を噛まれながら、隼人が叫ぶ。と同時に、屋上に霧が漂った。隼人のヴァンパイアミストだ。ハヤテ、カンナ、隼人、あらかた丸の傷を癒やす。あらかた丸が、緑虎の顔を蹴って脱出した。
「トドメなんだよ!」
アカネのガトリングガンが火を噴いた。
そこへ赤虎が飛び込み、射線を遮る。分厚い皮が、炎の弾丸を悠々と受け止めた。
「ぐるるる」
赤虎が緑虎にすり寄ると、緑虎の瞳に生気が戻った。
「やべっ、ミドリンが復活する!」
蓮次が緑虎に突撃しながら叫んだ。
正面に立って蓮次を遮る赤虎。
「今度こそ!」
足を滑らせながら、渾身の力を込めて踏み込む蓮次。クルセイドソードが非物質化し、赤虎と緑虎をすり抜けながら鮮烈な弧を描く!
「がっ……!」
刈り取られたのは、緑虎の魂。霧の力で威力を増した霊剣に、凍り付いた体では耐えることは出来ない。
どう、と倒れると、緑虎の体は瞬時に黒塵となって風に舞い上がった。
「次は赤虎なのですよ!」
白虎の槍が赤虎を指す。三本のツララが赤虎の体を貫き、一気に凍り付かせた。
「青虎のけん制は任せとけ!」
よぉーく狙いをつけた祝が、カンナにのしかかる青虎の顔面にバスタービームをお見舞いした。
たまらず離脱する青虎。
「ったく、痛いじゃないのよ……!」
血に濡れた肩を押さえながらカンナが立ち上がった。その傷を、わっふがるがすぐに癒やす。
赤虎が室外機を背にして灼滅者達を睨んだ。室外機の上には青虎。仕切り直しといわんばかりに、虎達が隊列を組む。
手合わせした感触からして、この二匹の戦力は、両方とも灼滅者四人分程度だった。
単純な戦力では、未だ互角である。
●
赤虎の背中に炎の翼が広がった。赤虎の傷が癒え、その牙に退魔の力が宿る。そこに、エマの鬼神変がクリーンヒット! 赤虎の退魔の力を即座に粉砕した。
吹っ飛んだ赤虎が体勢を立て直し、エマを睨む。その眉間に、赤い逆十字が浮かび上がり、血を噴いた。仙花のギルティクロスだ!
「なにか探してるみたいですけど……もう、いいのです。せっかくゆっくりできたのに、こんなことする必要なんてないのです」
仙花が呟いた。一刻も早く、彼らを解放してあげたい。
よろける赤虎の脇腹に、カンナと隼人のマテリアルロッドが突き刺さる。
「爆ぜろ!」
叫ぶ隼人。その真上から、青虎が真っ逆さまに降ってきた!
「おああっ」
青虎の全体重を両肩に受け、潰れるように転倒する隼人。首の四カ所に鋭い痛みが走る。
「狼幻!」
祝の指輪が煌めき、青虎の左目に光の弾丸が食い込んだ。
青虎は隼人の首を咥えたまま跳躍。斜めの支柱を駆け上って看板の上に立つ。
青虎を追って支柱を駆け上ったのは、二匹の霊犬、あらかた丸とわっふがるだ。狙われた隼人を、二匹がかりで癒やす。
「こんなん、気合いで耐えたるわ! 今のうちに、赤虎をやったれ!」
青虎の上あごと下あごをつかみながら、呼吸を整えて回復に専念する隼人。
「よーし、赤虎退治の始まりだよ!」
エマは、回復よりもブレイクに意識を切り替えた。二匹の霊犬が充分に時間を稼いでくれている。隼人の回復に回るよりも、赤虎の体力を削る方が、結果的に隼人を助けることになるだろう。
戦いは二つに分かれた。
猛攻に耐える赤虎と隼人。
「これかな?」
エマの縛霊手が伸び、むき出しになった赤虎の肋骨を一本、ポキンと折った。
絶叫する赤虎。
さらに、仙花の日本刀が横に一閃! 残った肋骨をなぎ払った。
たまらず回復を図る赤虎。
だが、様子がおかしい。
赤虎が自分の首をかきむしっている。鋭い爪をのどに突き立て、思いっきり掻っ捌いた。自傷行為によって、首から大量の血と炎を吹き出す赤虎。その全身には、いつの間にか、無数の逆十字が刻まれている。仙花のギルティクロスが、赤虎を狂わせたのだ!
「これで終わりなんだよ!」
アカネのガトリングガンが、赤虎の脇腹をぶち抜いた。凍り付いた肉体は弾丸を浴びて砕け散り、赤虎は黒い塵となって霧散した。
「狼幻君!」
青虎を振り返った蓮次が叫ぶ。
隼人が、看板の上から落下していた。
●
地面に叩きつけられる直前に、隼人は一回転して着地。
ギリギリだが、まだ体力は残っている。見上げれば、看板の上で、青虎が金縛りにあったように硬直していた。祝が与えたパラライズが効いたのだ!
その隙に、灼滅者達が支柱を駆け上がる。
灼滅者達に挟まれ、看板の上で一斉攻撃を受ける青虎。ちらりと大通りを見下ろすも、すぐに応戦体勢に入る。
青虎は氷付けになり、腱を斬られ、赤い炎で焼かれた。青虎は牙と爪で相殺しながら戦うが、勝負の行方は見えている。
アカネは青虎の逃亡を警戒した。大通りに跳ばれたら簡単に逃げられてしまうだろう。逃げられたらまずいが、逃げ道をふさぐ方法も思いつかない。
と、その時。
青虎が跳んだ。狙いは看板を見上げて指輪を構える祝だ!
上空から襲いかかってくる青虎に、祝の影が反応した。垂直に伸びる黒い槍が、青虎の胸を貫く! それでも青虎の勢いは衰えない。祝を押し倒し、その首に食らいついた!
が、そこまでだった。
青虎の首が、胴体からずるりと滑り落ちる。
白虎の足下から伸びた鋭利な影が、青虎の首を切断したのだ!
「逃げなかった……」
アカネが呟く。
(「なあ、だって私たちってそういうものだよな」)
青虎の首を胸に抱きながら、祝が語りかける。
(「死んだらそこまで、だ。死体がどうなろうと、君たちの心はもうここにゃーないだろうけど」)
アンデッドに同情はしない。
だが、憎むことも出来ない。
(「殺されたのは、苦しいよなあ」)
腕の中で塵になってく青虎を感じながら、祝は生前の虎達を思い、敵討ちを誓った。
「……えっと、安らかに眠ってください、ですよ」
舞い上がる黒い塵を見上げながら、仙花も祈りの言葉を捧げる。
「みんなー、大丈夫か?」
エマが皆の無事を確認した。隼人の傷は深くはなさそうだ。
「あの三人が生きてたら、今頃ムサ学で会ってたかもしれないのか。そう考えると何か……」
蓮次がため息をついた。
「確かに悔しい話よね。でも――」
カンナが蓮次の背中をポンと叩く。
「ちゃんと灼滅してあげたことは、救いになったはずよ。少なくとも、私はそう思ってる」
カンナは屋上の縁に立って、虎達と同じように、大通りを見下ろした。
眼下に広がるのは、通りを行き交う大勢の人々。
いつも通りの退屈な、しかし、平和な日常が、そこにあった。
作者:本山創助 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年1月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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