真冬の夜の鎮魂歌

    作者:ねこあじ

    ●新宿
     公園でギターの音が一つ響いた。冬の夜空に、その澄んだ一音がとけ消える。
     続けて一音二音と爪弾いて、拙い旋律を少女が作っていく。
    「はやくライブの日にならないかなー」
    「ちょっと、あんまり大きく弾いちゃだめだよ」
     怒られちゃうよ、ともう一人の少女が注意した。
    「公園を抜けて、はやく帰ろうよ」
     人の通りはなく外灯はあれど不気味な雰囲気だ。
     二人の少女が足早に公園を歩いていくと、前方に人影が三つ。
     自分たちだけではないと分かり、ほっとした瞬間に、少女二人の足音に気付いたのか前の三人が振り返る。
    「……ひっ」
     安堵したのも束の間、少女二人は息をのんだ。
     声が喉にはりついてしまったかのように、悲鳴すら出ない。
     一人はこちらと同じくギターを抱えた少女だが、他は異形の者だ。
     両腕の部分が鳥の翼となっている女。
     肌の露出している部分が所々ウロコに覆われている女。
     皆、虚ろな目をしている。
     合図も何もなく唐突に、三体は唸り声をあげながら少女二人へと襲いかかった。


    「揃ったみたいですね。それでは、説明をはじめますね」
     ノートを眺めていた五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は、顔をあげて集まった灼滅者一人一人を見つめたのち、言った。
     極力感情を消しているかのように思える、表情と声で。
    「病院勢力の灼滅者の遺体を元にしたと思われる、アンデッドの出現を確認しました。
     このアンデッド――いえ、彼女たちの出現場所は新宿の公園で、何かを探しているようにも見えますが、それが何かは分かっていません」
     かつては灼滅者だった三人。
     彼女たちは人目を避けて活動していたようだが、ある夜、一般人二人に見つかってしまう。
    「この一般人の少女たちを殺そうとします。
     放ってはおけませんので、被害が出る前に灼滅をお願いしたいのです」
     姫子は持っていたノートを開いて、皆が読めるように机へと置いた。
     綺麗な文字で丁寧に書き取られていて、姫子は指でなぞりながら更に説明をしていく。
     要約すると、こうだ。
     身長が小学生くらいの少女。
     灼滅者のように人の姿であり、使用する殲術道具はバイオレンスギター。
     三体の中では一番体力が無いと思われる。
     腕の部分が鳥の翼となっている女性、そして解体ナイフを持ちウロコに覆われた女性はサウンドソルジャーと同じサイキックを扱う。
    「彼女たちは連携して攻撃を行うようです。合わせてダークネス一体分くらいの威力でしょう」
     個体としては普通のアンデッドよりは強力で、三体合わせてダークネス一体分。
    「ちなみに、灼滅者だった頃の彼女たちは皆、サウンドソルジャーだったようです。
     お友達か何かだったのでしょうかね……」
     ぽつりと呟く姫子。すぐに首を振って「真相は分からないので気にしないでください」と言い足した。
     すでにアンデッドとなった彼女たちに、会話を求めても答えは返ってこない。
    「アンデッド化した彼女たちを灼滅することで救えるのなら……いえ、きっと過去の彼女たちはそれを願うことでしょう。
     どうか、お願いします。皆さんで協力して灼滅へと導いてください」
     姫子はそう言って、灼滅者たちを送り出した。


    参加者
    星野・えりな(スターライトエンジェル・d02158)
    ファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)
    志賀野・友衛(高校生神薙使い・d03990)
    シーゼル・レイフレア(月穿つ鮫の牙・d09717)
    中津川・紅葉(咲き誇れや風月の華・d17179)
    駿河・一鷹(迅雷銀牙ヴァーミリオン・d17774)
    小此木・情(高校生・d20604)
    ハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)

    ■リプレイ


     早足だった少女たちの歩みが遅くなった。
     前方に三つの影を見つけ、ほっとする少女たちの吐いた息は白く夜空へと上がっていく。
     だが、振り向く三つの影は――。
    「そこは危険だ! 戻れ!」
    「ゴメンね、別の道から帰ってもらえる?」
     ハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)が強烈な精神波を送り、言葉とともに自主的な避難を促すが二人はオロオロと周囲を見回した後にアンデッドから一歩、二歩と後退。ようやく今、脅威を感じたらしい。
     他者よりも突出して駆けるのは、中津川・紅葉(咲き誇れや風月の華・d17179)と駿河・一鷹(迅雷銀牙ヴァーミリオン・d17774)だ。
     アンデッドと一般人の距離は数メートルといったところか。灼滅者たちの判断は一瞬だった。
    「めーぷる、ここを頼むわねっ」
     紅葉はナノナノのめーぷるに声をかけ、速度を落とした。
     志賀野・友衛(高校生神薙使い・d03990)は魂鎮めの風を吹かせ、紅葉は少女たちが倒れた時の痛みで目覚めないよう、優しく抱きとめる。怪力無双を使って即座に離脱するが、少女たちの荷物までは手が回らない。
    「私も行こう」
     友衛がギターや鞄を抱えて後を追った。
     殺界形成とサウンドシャッターを施す灼滅者たちを、アンデッドは排除対象として認識したようだ。
     そこに一鷹の牽制攻撃。異形姿の二体が飛び退いた。
    「何を探しているか知らないが、まずは俺の歌でも聴くがいいさっ」
     ファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)の影が彼の歌とともに伸びた。ファルケの外れた音程、外れ続ける歌声に合わせて影の触手がアンデッドへと放たれる。
     ファルケの攻撃に乗じて動く一鷹がスレイヤーカードを翳した。
    「ライズ・アップ!」
     強化スーツを纏い、ウロコに覆われたアンデッドめがけて、ファルケの影ごと拳を叩きこむ。弾けた雷光が闇の中を走った。
    『アアァァ……ウウァァ』
     更に飛び退くアンデッドの声が、冷たい冬の夜空に響き渡る。その声は空に広がるほどに澄んだものへと変化していった。
    (「……泣き声だ。俺にはそう聞こえる」)
     病院元灼滅者の唸り声を聞きながら一鷹は後を追い、駆けた。
     シーゼル・レイフレア(月穿つ鮫の牙・d09717)は上空待機させていた光輪を、次々に唸り出すアンデッドたちへと飛ばした。
     三体の間を通過する光輪は、『彼女たち』の表情を照らし出す。
    「仲間の死体をそうやって利用されんのは、いただけねーなあ……」
     シーゼルが呟き手を腕ごと引き戻せば、アンデッドを通過した光輪が大きく旋回して前衛のウロコのアンデッドへと直撃した。
     今や、病院出身者は学園の仲間だ。シーゼルの光輪が弾けて闇に散る。
    「一体誰が、彼女たちの命を弄んだのでしょうか」
     そう言ったあと、星野・えりな(スターライトエンジェル・d02158)はアンデッドを、光輪の消え行く様を見ながらギターの弦を一つ弾く。流れるように始まった旋律、歌は魂を鎮めるためのもの。
     えりなのビハインド――父の星野・永一は、えりなが紡ぐ音の波長と一緒になるよう霊撃を撃ち放った。
    『……ウ……ア』
     アンデッドの持つナイフから毒の風が吹きだす。
     緩く指先を動かし、ぐっと帽子のつばを下げた小此木・情(高校生・d20604)が今対峙するのは小学生のアンデッドだ。
     少女のギターの音は乱れに乱れているが、確かに仲間のアンデッドを鼓舞している。
    「さっきのあの子たちも、ギターを弾くみたいだよ」
     ギターを鳴らすアンデッドを見、思わず語りかけた情は、音をかき消すような殺気を放出する。
     一般人は救えた。あとはアンデッドの灼滅。
     情の殺気が心地よいのか、ハレルヤは軽やかな足取りでウロコに覆われたアンデッドへと接敵した。
    「コンバンハ。君達、ドコのお仲間さんだったのかな?」
     こてん、と首を傾げた瞬間にはすでに急所を見出している。
     ハレルヤは光の刃で斬撃を繰り出すが、その直後、翼を持つアンデッドが両腕を振り回した。前衛の動きを邪魔するように攻撃していく。斬り上げた姿勢のままハレルヤは駆け抜けた。
    「探し物の事は知らないけど、君達はもう『終ってる』んだ。せめてボクが、綺麗な最期、飾り立ててあげるねえ」

     紅葉は少女たちが寒さで目覚めないようにと、フリースで包みこむ。
    (「あとでちゃんと起こしにくるから、それまでは安全なここで眠っていてね」)
     紅葉の連れてきた場所は公園の外で、まだ殺界形成が届く範囲。仮に目覚めたとしても少女たちは自身の足で離れていくことだろう。
     その隣に荷物を置く友衛。
     二人は頷き合って駆け出した。
    「敵は待ってはくれないだろうし、私たちもなるべく早く戦闘に加わらなくてはな」
     来た道を戻り、やがて戦場を視認すると同時にクルセイドソードの柄をぐっと握る友衛。剣が仄かな光を発しはじめた。
     あと、十数メートル。
     大きく息を吸い、友衛はアンデッドの懐へと飛びこむ。


     あの襲撃の最中を生き残っていれば、彼女たちも武蔵坂学園で過ごす仲間となっていただろう。
     挨拶をかわす程度の知り合いになったかもしれない。
     教室やクラブで、共に過ごす友人となれたかもしれない。
    『アアァァ……!!』
     耳をつんざくようなギターの音と、翼を持つアンデッドの声が重なり合い、ウロコに覆われたアンデッドの体力を回復させていく。
     ギターを鳴らし声を発するこの二体は、動きを阻害されながらも回復に専念していた。
     友衛が剣を振るう。その遠心力に体の重心を持っていかれそうになるが踏みとどまり、否、逆に踏みこんでの一閃。
     破邪の剣でウロコに覆われたアンデッドの霊的防護を破壊する。
     友衛の動きに乗じて、敵の急所を見出したハレルヤが人造灼滅者の技を披露した。
    「違う場所ではあったけれど、あの戦いで何を見た? 君達は何を焼き付けて死んでいった?」
     殲術執刀法で的確な攻撃を与えていく。アンデッドを裂く傷口からは血も噴出さない。肌にざっくりと一線が残るのみ。ハレルヤは微笑んだ。
    「二度も殺されるなんて珍しい経験だよ」
     ハレルヤの腕を、友衛は引いた。直後アンデッドのナイフが空を切る。
    (「……かつての仲間がこうなってしまうというのは、やはり辛いのだろうな」)
     故に。
     アンデッドの牽制を剣で弾き返し、友衛は飛び退く。前へ前へと切りこむ仲間と擦れ違った。
    (「今出来る事は、早く彼女達を眠らせてやる事だけ、だな」)

     ウロコに覆われたアンデッドがナイフを翻す。急速に振り向き、背後に迫った一鷹へと突き立てようとするが、守りに入ったハレルヤがナイフの軌道に割りこんだ。
    「ホラホラ、ボクのこと無視して良いの……? ぐっさり、行っちゃうよお♪」
     その時、彼女たちの間をシーゼルの光輪が走り上空へと向かい、アンデッドは数歩分後退する。
     牽制後にできた彼我の距離を逃すことなく、シーゼルは前衛に夜霧を展開させた。
    「回復するぜ」
     最初こそ彼とナノナノのめーぷるは状態異常のフォローに手を取られたが、アンデッドたちは今や回復にかかりきりだ。シーゼルもまた順調に攻撃を重ねている。
     彼の横を、えりなが駆け抜けた。
    「いってきます」
    「おー、援護は任せな」
     ウロコに覆われたアンデッドは、もう限界だ。シーゼルは夜霧を挟んでの対岸へと、再度牽制のための光輪を飛ばした。
     一瞬途切れた歌を再び歌い出すえりな。夜霧を抜けてアンデッドの懐へと飛びこみ、その勢いでウロコに覆われた硬い体へと武器の先端を突き刺した。サイキック毒をアンデッドに注入していく。
    (「もう、眠っても大丈夫ですから」)
     鎮魂の歌を歌う。
     アンデッドが腕を掲げた。えりなを振り払おうとしたのか――それは分からないが腕は力をなくし、えりなの肩に落ちる。そのままずるりと体を傾けるアンデッド。
     永一は翼を持つアンデッドの方を向き霊障波を放った。
     両腕の翼を広げ、『彼女』は声をあげる。明らかに攻撃的な唸り声となって。


     大きく広がる情の影が翼を持つアンデッドを飲みこみ、その衝撃で羽根が散った。
    「休まる筈の死後に、嫌な記憶を掘り起こしてゴメンよ」
    『ウ、アァ』
     慎重に影を戻せばそれを追うように、アンデッドの焦点のあってない目がギョロリと動く。
     情や紅葉の与える状態異常は時間が経過するごとに蓄積し、アンデッド二体の動きは緩慢なものとなりつつあった。
    (「彼女たちに探させるってかなり非効率的な感じがするなぁ」)
     何かを探しているアンデッドたち。敵のギターの音質が変化し、はっとする情は鞭剣を振るった。
     牽制攻撃は弾かれ、金属音が鳴り響く。ギターを抱えた小学生アンデッドは回復行為を止め、攻撃に移るようだ。

     だが、アンデッドたちの動きは鈍いままで。
     紅葉はガトリングガンの銃口を、翼のアンデッドへと向けた。『彼女』はぴたりと止まる。
    「これ以上、貴女達が苦しまなくていい様にするわ」
     翼を広げ、アンデッドは攻撃的な金切り声をあげた。そのダメージが自身に到達、浸透する前に紅葉は爆炎の魔力をこめた弾丸を撃ちだす。撃ち続ける。
     敵の死角に回りこんだファルケは駆けた。その姿を確認した紅葉がファルケの動きに合わせて弾道を変えていく。
     歌い続けるファルケはガトリングガンの音すらも、音楽に聴こえるようだ。リズムに合わせて跳躍し、リズムに合わせて歌っているつもりの声は大きく外れていた。
    「歌エネルギーチャージ完了、聴かせても響かないなら直接叩きこんでカンドーの涙を流させてやるさ」
     アンデッドとなった彼女たちは、美しい歌声を披露することもできないし、五線譜に書かれた音をなぞることもできない。そういうことをしたいという想いも感情も持っていない。
     今や、ただのアンデッド。そこには灼滅の道しかなかった。
    「刻むぜ、魂のビートっ、くらえ、これがサウンドフォースブレイクだっ」
     ファルケの振るったマテリアルロッドから、直接流しこまれる魔力。
     ばさり、と重い音を立てて、アンデッドは地面へと崩れ落ちた。

     白光が一筋の弧を描いた。重心を安定させ、屈んだ状態からの斬り上げ。アンデッドの体が浮いた。
    「駿河、頼む!」
    「了解!」
     一瞬の滞空時間を狙った友衛は一鷹に呼びかける。
     利き腕を巨大な刀に変化させた一鷹が、小学生アンデッドへと大きな軌道を描いての一閃。
     情が与えた状態異常に、アンデッドが行動を阻害された直後の連撃だった。壊れたギターが地面に落ち、不快な音をたてる。
     ゆらりと倒れるアンデッドを、一鷹は抱きとめた。
     顔色はなく、体温も感じられず、体はボロボロだったが、アンデッドの虚ろな濁った目は確かに一鷹を映しだしている。次第にそれは閉じていった。
    「疲れたろ? ……ゆっくりおやすみ」
    「せめて安らかに眠ってね……」
     傍まできた紅葉は、小学生アンデッドの頭を撫でる。
     復讐の約束でも、謝罪の言葉でもなく、魂の安寧を祈った。


     すう、はあ、と深呼吸をした後、えりなは改めて鎮魂歌を奏で歌い始めた。
     静かな夜に、澄んだ冬の空気に、空へと歌が渡っていくように。
    (「彼女たちの無念を私たちが受け継ぎ、戦っていけるように……」)
     歌いながら傍に佇む『お父さん』を見上げるえりな。
     そこに外れた歌声が、えりなの旋律に乗ってくる。
    (「ファルケさん」)
     周囲を警戒しながらファルケもまた歌っていた。

     黙祷のあと、情は横たわるアンデッドたちの顔をレンズ越しに見た。そこには苦痛などの表情はなく、ただ眠るような表情。
     持ち物を調べていた一鷹は、立ち上がって周囲を見渡した。皆が皆、静かに見守っている。
    「……一体何が目的だったんだ……?」
     シーゼルの呟きに、一同は顔を見合わせる。
     アンデッドたちの探し物がここにあるかどうか、探してみようとは打ち合わせてきた。
    「僕らの炙り出し、じゃなければいいね」
     情の言葉に、一同は沈黙した。
    「それはそれで今すぐ見つけ出してやりてーところだな」
     今すぐ、と強調して言うシーゼルは自身の手のひらに拳をうちつける。
    「戦闘中も周囲の気配には気を配っていたのだが、誰かを捜していたのなら、その相手も既に気が付いているかもしれないな」
     物なのか、誰かなのか。それは分からない。
     友衛の言葉に続くのは紅葉。
    「それじゃあ十分に気をつけつつ、無理のない範囲で探索ね。少しでも何か情報や手掛かりを見つけられればいいんだけど」
    「ボクはここにいるよ」
     横たわるアンデッドの傍に屈んだ状態で、ハレルヤは言った。
    「ああ、じゃあ、彼女達のことを頼むよ」
     一鷹の言葉に、ハレルヤはこくりと頷いた。

     ファルケとえりなの歌声が、離れた場所から微かに聴こえてくる。
     アンデッドの腕を取り、抱えたハレルヤは「あ」と声をあげた。そして残念そうな表情になる。
     消えていく。
     アンデッドとなったこの元灼滅者たちの結末は、灼滅。
     朝陽を待つことなく、安寧を抱く闇へととけ消えていった。

    作者:ねこあじ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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