荒魂を醒ます者~金剛山の霊鬼~

    作者:魂蛙

    ●荒魂を醒ます者
     かつては修験道の開祖が修行をしたという山の奥深く、潅木を軽やかに飛び越えたスサノオの目の前に、その庵はあった。
     半ば崩れ掛けた小さな庵は、壁面を蔓や苔に覆われて周囲の風景に溶け込んでいる。
     スサノオは庵の前で地面に鉤爪を食い込ませ、空を仰いで吠えた。
     遠吠えに引き寄せられるように、歪みが集まる。おぞましくそして禍々しいその歪みは、庵の中の闇溜まりへと吸い込まれていく。やがて庵の中からのそりと歩み出てきたのは、紺青鬼であった。
     鎖で地面に繋がれた足枷をはめられ、青錆びた肌に引っ掛けるようにボロボロの法衣を纏った霊鬼が笑い声を上げる。
     腹の底から欲望を吐き出すような笑い声に背を向け、スサノオは何処かへと走り去って行った。

    ●金剛山の霊鬼
    「スサノオが生み出した古の畏れが、事件を起こしているみたいなんだ」
     灼滅者達が教室に集まると、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が事件の説明を始める。
    「もう被害に遭っている人もいるから、一刻も早くみんなにこの古の畏れを退治して、事件を解決して欲しいんだよ」
     一般人に数名の行方不明者が出ている。今この事件を解決できれば、この行方不明者達も助けられる可能性があるのだ。

    「事件を起こしているのは青鬼のような姿をした古の畏れで、活動範囲は今のところ奈良県の金剛山、その麓の御所市に限られているんだ」
     鬼とは言ってもその見た目は羅刹よりも、昨年の羅刹佰鬼陣での戦争やその直前にも現れた、あの地獄絵図の獄卒に近い。無論、地面に繋がれた鎖や極めて限定的な活動範囲など、古の畏れは性質的にはあの獄卒達との違いも多く見られる。
    「この鬼は市内のカップルの前に突然現れて、みんなのESPに似た力で彼女さんを虜にして、何処かへと連れ去ってしまうんだよ。この人を惑わす能力は、一般人が相手であれば淫魔やソロモンの悪魔にも引けを取らない、とても強力な力みたいなんだ」
     情欲の権化、とでも呼べばいいだろうか。怨念や畏怖ともまた異なる、しかし凄まじい情念がこの霊鬼を形作っているらしい。
    「鬼の次の出現時刻はお昼の12時頃で、市内でも普段人通りの多い、駅の周辺とかに現れやすいみたいだよ。でも、それ以上に鬼を引き寄せやすいのが、仲の良いカップルなんだ。だから、みんなの中から2人に仲良しの恋人を演じてもらって、鬼を誘き寄せて欲しいんだ」
     あくまで普段であれば人通りの多い場所で、出現の前後に周囲の人払いをするのは問題ない。
     ただし、霊鬼を確実に誘き寄せる為には、市内で最も仲睦まじいカップルでなければならない。人払いをしたところで、半端な演技をして市内の別の場所に霊鬼が出現してしまっては意味がない。とにかく、盛大にイチャコラすることである。
    「みんなの前に現れた鬼は、彼女役の人を惑わそうとしてくるよ。灼滅者であるみんなには効果がないから安心して欲しいんだけど、ここは一度惑わされたフリをして鬼に近付いて欲しいんだ。この時鬼は隙だらけだから、至近距離から不意打ちするチャンスがある筈だよ!」
     なんなら、ビンタでもかましてやればいいのだ。
     それはともかく、不意打ちをかましてから、戦闘開始である。
    「えっと……、鬼は殆ど見た目だけで判断するから、彼女役は女装した男の人でも大丈夫だよ。……いちおう」
     これは必要なのかいまいち判断しかねるまま、情報を提供するまりん。
     ちなみに、霊鬼は割と面食いの傾向アリである。
    「鬼は単体でポジションはキャスター、使用するサイキックは神薙使いの鬼神変、エクソシストのヒーリングライト、サウンドソルジャーのディーヴァズメロディ、魔導書のゲシュタルトバスターに似た4つだよ」
     霊鬼は単なる色ボケではなく、戦闘においても高い能力を発揮する。可能であれば、不意打ちのアドバンテージを最大限に活かしたいところだ。
     なお、既に被害に遭っている女性達は、霊鬼を倒せば何処かから生還する。連れ去られる前後の記憶が曖昧になっている事を除けば、怪我や後遺症もないので特に救助に向かう必要はない。

    「まだ、古の畏れを呼び出したスサノオの行方は掴めていないんだ。でも、この調子で事件を1つ1つ解決していけば、きっと元凶であるスサノオに辿り着ける。そんな気がするんだ」
     それはまだエクスブレインの予知にもない、まりんの個人的な勘だ。
     しかし、事件を解決する為に教室を後にする灼滅者達は、確実に前に進もうとしている。それは確かな事だろう。


    参加者
    和泉・風香(ノーブルブラッド・d00975)
    小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)
    黒蜜・あんず(帯広のシャルロッテ・d09362)
    不動峰・明(高校生極道・d11607)
    屍々戸谷・桔梗(血に餓えた遺産・d15911)
    ステラ・バールフリット(氷と炎の魔女・d16005)
    猫乃目・ブレイブ(灼熱ブレイブ・d19380)
    ミシェル・ルィエ(もふりーと・d20407)

    ■リプレイ

    ●目はどのタイミングで瞑るんだっけ?
    「明! 妾はクレープが食べたいのじゃ!」
    「OKハニー」
     和泉・風香(ノーブルブラッド・d00975)に腕を引かる不動峰・明(高校生極道・d11607)は爽やかな笑みを浮かべつつも、内心は冷や汗流るること滝の如く、であった。
     古の畏れを誘き寄せるためにカップルを装う、とは言ったものの、如何ともし難い経験不足はイメージで補うしかない。これが正しいカップルなのか、確信が持てないままにそれでも全力で演じるしかなかった。
     そこへ行くと、同様に恋愛経験ゼロの風香はさして緊張している様子もなく、寧ろいっぱいいっぱいな明を振り回して楽しんでいるように見える。それが、2人のカップルに対するイメージの差の表れなのだろう。
     クレープを買った2人は、近くのベンチに並んで座る。それを見守る灼滅者達の他に人気がないのは2人の爆破上等ないちゃつきぶりが原因、というわけではなく、明が殺界形成を使用している為である。多分。
    「ふ、ふむふむ。これがかっぷるのいちゃこらという物でござるか……。そんな、『あーん』までするのでござるか……!」
    「猫乃目、もう少し下がった方がいい。不動峰さんがやりづらそうだ」
     カップルを演じる2人から少し離れた場所で、生暖かな視線で見守りつつも興味津々な猫乃目・ブレイブ(灼熱ブレイブ・d19380)を、小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)が宥めた。
     ステラ・バールフリット(氷と炎の魔女・d16005)は黒蜜・あんず(帯広のシャルロッテ・d09362)に問いかける。
    「恋人のいらっしゃる黒蜜様から見て、お二人の恋人ぶりはどうでしょう?」
    「絵に描いたようなラブラブカップル……って感じかしら」
     もっと言うなら、絵にしか描かれないようなカップル、といったところである。
     2人に付かず離れずの場所をうろうろしている犬は、変身したミシェル・ルィエ(もふりーと・d20407)だ。近くの茂みには蛇に変身した屍々戸谷・桔梗(血に餓えた遺産・d15911)も潜んでいる。
    「大好きだよ。ハニー」
    「妾の方がもーっと大好きなのじゃ」
     一般人はいなくとも相当の注目を浴びながらの演技にも、明も幾分か慣れてきた。ふと笑みを零した正にその時、風香と目が合った。
     思わず演技も忘れて素に戻り、息を飲む一瞬。
     絵に描いたカップルなら熱いベーゼのタイミングだ、と直感した2人が、密着したままに早鐘を打つ鼓動を交換する。
     するべきか。するべきなのか。意識も演技もなく完全に偶然だったが、タイミングとは寧ろそういうものではないか。いやいや演技なんだからそこまでする必要はない筈だ。いやしかしこのタイミングでしない男女をカップルと呼べるのか。というかそもそもキスってどうやるんだ?
    「こ、これは……!」
     思考が錯綜し動くに動けなくない明と風香。言葉もなく見つめ合う2人に、何故か一番の緊張が走っているブレイブ。
     意図せずして訪れた、見ている者達に演技であることを忘れさせてしまう程のイイ雰囲気。そのタイミングを見計らったかのように、霊鬼は唐突に現れたのだった。

    ●紺青鬼
     霊鬼は足枷の鎖を鳴らしながら2人の座るベンチに歩み寄り、牙を剥くような満面の笑みで2人を見下ろす。風香に手を差し出した霊鬼の濁った目が、妖しく光った。
    「来い。こっちに来るんだ」
     風香は一瞬の明とアイコンタクトを取ってから立ち上がり、ゆっくりと霊鬼に歩み寄る。
    「そう、いい子だ。可愛い奴よのう」
     傍まで来た風香の肩を、霊鬼が抱き寄せた。二の腕が粟立つ不快感を、風香はぐっと堪えて霊鬼の隙を窺う。
    「ま、待ってくれハニー!」
     明が恋人を奪われた情けない男を演じると、霊鬼は勝ち誇った笑みを向ける。その脇腹に、風香の手刀が押し当てられていた。
    「む?」
    「気安く触るでない。鳥肌が立ったのじゃ」
     風香が重心を落とした刹那、鋭く息を吐き腕を振り抜いた。
     紅の閃光が弧を描き、霊鬼の脇腹を切り裂く。怯んだ霊鬼の腕の中からバックステップで脱した直後、明がスレイヤーカードの封印を解いて引き抜いた長ドスを居合で振り抜いた。
    「私のハニーに手を出すとは良い度胸だな!」
     同時に放たれた光弾が、至近距離から霊鬼を直撃する。
     光弾の爆裂を合図に、茂みから飛び出し変身を解いた桔梗が鏖殺領域を展開し、背後に回り込み変身を解いたミシェルがウロボロスブレイドを伸ばして霊鬼を捕縛する。
    「成敗でござる!」
     走り込んだブレイブが地を蹴り跳躍、上段に掲げたクルセイドソードを身動き取れない霊鬼目掛けて振り下ろす。
    「鬼は殺せ……、オレの中でそう騒ぐものがある」
     怯む霊鬼の懐に飛び込んだ八雲が、右手の荒神切 「灼雷」の水平斬りから左のノイエ・カラドボルグの逆袈裟の斬り上げを連続で叩き込んだ。
     呻いて数歩下がった霊鬼は、体にウロボロスブレイドの刃が食い込むのにも構わず体を振って、強引に拘束を解く。
     霊鬼は灼滅者達に包囲されると、胸の前で印を組んでから右腕を薙ぎ払うように振るう。灼滅者達の眼前に刻まれた呪印が炎を撒き散らして破裂、爆炎の壁を作った。
    「Sweets Parade!」
     スレイヤーカードの封印を解いたあんずは、爆炎にも怯まず踏み切って飛び越え、その勢いのまま殺人注射器を構えて突進する。
    「正義の味方あんずちゃんが懲らしめてあげるわ」
     注射器に炎を纏わせ炎の矢と化したあんずの突進を、霊鬼がサイドステップで身を翻して回避する。あんずは踏み込み足一本で急制動をかけて反転、再度突撃をかけつつ注射器を突き出す。
    「ブリュレになりなさい!」
     霊鬼はガードで受けたものの衝撃と炎までは止めきれず、受けた腕を焦がされながら大きく後退する。
     踏みとどまった霊鬼は腕の交差を切り、あんずに向けて突き出した掌から妖気を帯びた衝撃波を飛ばす。
    「ぬぅんっ!」
    「狙うのであればこちらを狙うでござる!」
     割って入ったブレイブが、クルセイドソードを盾に衝撃波を受け止めた。
     受けた衝撃波は頭に響き、視界が歪む。
    「無理は禁物ですよ」
    「かたじけないでござる」
     体を支える事ができず片膝を着いたブレイブに、ステラが駆け寄りシールドリングの回復を施す。
     追撃を狙って飛び出そうとした霊鬼の前に、桔梗が立ちはだかった。
    「おっと、行かせねえよ!」
     桔梗が結界に覆われた縛霊手で霊鬼が放つ衝撃波を弾き飛ばし、そのまま縛霊手を地面に突き立てる。
    「おとなしくしてな!」
     桔梗が祭壇を展開した縛霊手に力を込めると、鳴動した縛霊手が地中に光を打ち込む。直後、地面を破って突き出した無数の光の柱が、霊鬼を貫いた。
     ウロボロスブレイドを逆手に握り飛び出したミシェルを、霊鬼はなんとか動く右手を向けて衝撃波で迎え撃つ。
    「色欲とは燃えあがると聞く――」
     ミシェルは飛んでくる衝撃波をスラロームステップで躱しつつサイドに回り込み、伸ばしたウロボロスブレイドを霊鬼に巻きつけて引き込み、一気に肉迫する。
    「――ならばあなたもよく燃えることだろう」
     飛びついたミシェルの霊鬼の頭を鷲掴んだ左手を、炎が爆ぜる。
    「もえろ、おまえ」
     掌から噴出した炎が、霊鬼を飲み込んだ。
    「ぬぁああああっ!!」
     怒号を上げた霊鬼が発散する気迫が、結界と炎ごとミシェルを弾き飛ばす。
    「しぶとい、こいつ」
     左手両足の三点着地で地面にかじりつき制動をかけるミシェルと入れ替わり、砲身を展開したバスターライフル「Lanze」を構えた風香が飛び出す。
    「しつこい男は嫌われるのじゃ」
     風香は霊鬼の衝撃波を大きな横っ飛びで躱し、転がり受身から射撃体勢に移行、バスタービームを連射する。
     霊鬼はガードを固めて飛んでくる光の矢を弾き飛ばし、そのまま突進で風香を接近戦の間合いに捉える。
     予想以上の踏み込みの速さに、退避は間に合わない。咄嗟にLanzeを盾にした風香を、霊鬼の渾身の拳打が吹っ飛ばした。
    「和泉!」
     吹き飛ぶ風香を受け止めたのは明だ。明はそのまま集気法で風香に回復を施す。
    「仮初とはいえ、今日は私は君の彼氏だ。和泉の事は全力で護らせて貰う」
    「うむ。頼りにしておるからの。じゃが、もうハニーとは呼んでくれんのかえ?」
     悪戯っぽく笑みを零した風香に、明も苦笑混じりに頷き返す。
    「……ふん」
     そんな2人を睨めつけ霊鬼は、心底つまらなそうに鼻を鳴らした。

    ●焦げ付く情念
     霊鬼が鬱陶しげに腕を前に出し、爆発せよとばかり呪印を飛ばす。
     対抗してステラのセイクリッドウィンドを発動させると、同時にあんずが大地から溢れる力の上昇流を纏って跳躍した。
    「全部まとめて焼き払ってあげる!」
     呪印を眼下にあんずが殺人注射器を構え、ピストンを押し込むと、針の先端から吹き出した炎の奔流が、呪印の爆炎を突き破り霊鬼を飲み込んだ。
     霊鬼がよろめいた隙を突き、八雲が一気に前に出る。
    「パターンは読めてる……、ならッ!」
     八雲は重心を落として霊鬼の衝撃波を掻い潜り、迎え撃つ拳も跳び越え霊鬼の頭上を取る。
    「そこだ!」
     中空の八雲を霊鬼は衝撃波で狙い撃つも、八雲は空を蹴り跳び躱し、そのまま霊鬼の死角へ飛び込む。
    「何処から来た鬼かは知らないけど……此処はアンタの居場所じゃない!」
     八雲は灼雷の斬り下ろしからノイエ・カラドボルグを斬り上げ、旋転から更に水平斬りの二連撃を畳み掛ける。
    「まだまだ行くでござるよ!」
     大きく後退する霊鬼に、間髪入れずにブレイブが間合いを詰める。
     ブレイブは霊鬼の裏拳を潜ってサイドに回り込み、旋転から逆手に握ったクルセイドソードを霊鬼の脇腹に突き刺す。更にブレイブは剣を引き抜き反転して向き直り、大上段から縦一文字の斬撃で霊鬼を吹っ飛ばした。
     踏ん張り制動を掛けた霊鬼に、ステラが相対する。
    「古今東西、殿方の色欲にまつわる逸話には事欠きませんね」
     ステラは突進する霊鬼が振り下ろす拳を半歩退いて躱し、続くアッパーをスウェーでいなし、ダッキングでフックを潜り腕の内側に踏み込む。
    「ですが、顔だ胸だと見た目で選り好みするのは、女性に対して失礼というものです!」
     瞬間、ステラは憤りを存分に込めた拳の連打を霊鬼の土手っ腹に叩き込む。たまらず霊鬼が体を折ると、ステラは下りてきた顎を掌底で突き上げ、浴びせ蹴りで顔面を叩き、震脚の踏み込みから肘打ちで霊鬼を大きく後退させる。
    「そら、もう一丁だ!」
     踏み止まる余裕を与えず桔梗が縛霊手で霊鬼を鷲掴む。左のアッパーをカチ上げ霊鬼を浮かし、そこにオーバーハンド気味に縛霊手を振り抜くそのインパクトの瞬間、祭壇から溢れた光が爆裂、霊鬼を吹っ飛ばした。
     地面を派手に跳ね転がった霊鬼だったが、それでもむくりと体を起こして立ち上がる。
     地に足を突き立てるように踏ん張った霊鬼は左右の腕を交互に薙払って呪印を飛ばし、爆炎の壁を二重三重に張って灼滅者達を攻め立てる。
     広域に展開される炎に対し、逃げ回るのは得策ではない。
     であるならば。
    「決着をつけさせてもらう!」
     炎の壁をぶち破り、一気に霊鬼に接近することこそが最善手だ。
     明は炎に身を焦がされるのにも構わず一点突破をかけ、衝撃波の迎撃を構える暇さえ与えずに、クロスレンジに持ち込む。
     明の長ドスの袈裟斬りを交差した腕のガードで受け、踏みとどまった霊鬼が固く握った右拳を振りかざす。明は深い踏み込みの直後、退避ができる体勢にはない。
     が、その拳は振り下ろされるよりも先に、飛んできた光弾に弾き飛ばされていた。
     光弾が突き破った炎の壁の切れ目の向こう、陽炎に揺れるシルエット。
     それは、Lanzeを構えた風香だった。
     風香が更に放った光弾が、寸分違わぬ精度で左腕を直撃して弾き飛ばす。霊鬼のガードが、完全に空いた。
    「今じゃ!」
     その時既に明は半身を引きつつ重心を落として長ドスを納刀し、地を蹴り、腰を切り、生み出した力の全ての長ドスの柄を握る手への伝達を完了していた。
     刹那、鞘より刃が解き放たれ、剣閃が霊鬼を――、
    「せやぁあああっ!!」
     ――両断した。

    ●きっと飲んだら悟りを開ける
     霊鬼を灼滅し、出来る範囲での後始末を済ませてから、明は風香に右手を差し出した。
    「今日はありがとう。色々と良い勉強になったよ」
    「うむ。妾も貴重な体験ができたのじゃ」
     風香が鷹揚に頷き握手に応える。そんな2人の様子を眺めて、ブレイブが満足げに頷く。
    「これで罪のない女性が狙われることもないでござるな。一件落着にござろうか!」
    「これで終わりか……。連れ去られた人達は勝手に戻ってくるそうだし」
     頷いた八雲も、小さく安堵の息をつく。
    「ステラさん、どうしたの?」
     自分の手を見下ろし小さく嘆息していたステラに、あんずが尋ねる。
    「いえ、大した事ではないんです。秘薬製造であの霊鬼から恋心の治療薬が作れれば、と少しだけ期待したのですが……うまくいかなかったようです」
    「恋患い、とは言っても、病気ではないものね」
     あんずは頷いてから、思いついてぽつりと呟く。
    「……でも、もしできてたとしても、あの霊鬼だと色情狂の特効薬になりそうな気もするね」
     うわあそれいらない。
     げんなりした灼滅者達の心が、見事に一つに重なっていた。
    「そしたら、騒ぎになる前にさっさと退散するか?」
     桔梗が気を取り直すように、頭をかきつつ提案する。
    「せっかくだし、観光していかない?」
    「それならば、調査も兼ねて金剛山に行ってみるのはどうかえ?」
     あんずに答えた風香の提案に異論がある者はおらず、一行は古の畏れが呼び出された金剛山へ向けて、移動を始めるのだった。
     風香の想像よりも山中深くに、その庵はひっそりと佇んでいた。
    「これが……ふうむ」
     山を分け入りようやく辿りついた庵の周囲を、風香が丹念に調べる。が、特にめぼしい成果を挙げることはできなかった。
     地理的にも、或いは伝承などにも、過去に呼び出された古の畏れと共通点があるようには思えない。少なくとも、スサノオを先回りできるだけの材料は揃っていなかった。
    「やはり、スサノオの足跡を辿るしかないのかの」
     風香は呟いてから、後ろ向きになりかけた気持ちを鼓舞するように顔を上げる。
     スサノオを完全に見失ったわけではないのだ。諦めずに事件を解決していけば、必ずスサノオを追い詰める事ができる筈だ。
     いつか、必ず。

    作者:魂蛙 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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