鎌鼬の庭、未草の池

    作者:草薙戒音

     青草茂る野原を異形が走る――両手の鎌で草木を薙ぎ、獲物を探し。
     不況の煽りで放棄され、荒れ放題となった広い自然公園。遠い昔には人々が集っていたであろう広場を、鎌鼬たちが我が物顔で駆けていく。
     鎌鼬たちの庭となった広場の片隅、池の中で白く小さな睡蓮が揺れていた。
     
    「皆さんにお願いしたいのは鎌鼬の討伐です」
     手にしたノートを開きながら五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)が言った。
    「場所はとある地方にある、放棄された自然公園になります」
     ずいぶん昔に放棄されたらしく、今では入口付近にあった広場や散歩道がかろうじして判別できる以外は草木が生い茂り、野山とあまり変わらない状態になっている。
    「鎌鼬は全部で8体。うち2体は他の個体より体が一回り大きく、群れはこの2体を中心に動くようです」
     戦闘中、他より大型の2体は他の鎌鼬の背後に布陣する。2体を倒すには、先に他の鎌鼬をある程度倒してしまう必要があるだろう。更に、大型の鎌鼬を中心に傷ついた相手を集中して狙うようなこともするらしい。
    「全ての鎌鼬に共通する攻撃方法は両手や頭部にある鎌による切りつけです。大型の2体はこれの他に遠距離に毒付きの鎌を飛ばして攻撃することもあるようです」
     ノートに挟んでいた地図を灼滅者たちに渡しながら、姫子が続ける。
    「自然公園の入口となっていた広場に足を踏み入れれば彼らは姿を現します。わざわざ探し回る必要はありません」
     手入れのされない広場は草が生い茂っているだろうが、戦闘に支障が出るほどではない。大きな障害物もなく、ある意味何の気兼ねなく戦えるだろう。
    「幸い、被害者はまだ出ていません……今のうちに倒してしまってください」
     そこまで言うと、姫子はノートを閉じてふわりと微笑んだ。
    「広場のそばにある池では、未草が花の盛りを迎えているようですよ」
     暦の上では秋になったとはいえ、まだ暑い日々が続いている。池の周囲には木陰もあることだし、戦闘が終わったらゆっくり未草を観賞してくるのもいいかもしれない。
    「皆さんならよほど油断しない限り勝てる相手です。――では、気をつけていってらっしゃいませ」
     微笑んだままそう言って、姫子は灼滅者たちを送り出した。


    参加者
    歪・デス子(非売品・d00522)
    佐藤・司(高校生ファイアブラッド・d00597)
    七瀬・遊(ポジティブファイア・d00822)
    寺見・嘉月(自然派高校生・d01013)
    東雲・恋(音に魅せる者・d04023)
    柩城・刀弥(高校生ダンピール・d04025)
    エリーゼ・アストレイア(善悪の河岸・d06255)
    飛鳥・清(羽嵐・d07077)

    ■リプレイ


     かつてはそれなりに人の集っていた自然公園。今はもう訪れる者もなく、ただ朽ちて自然に帰るのを待つのみであったはずのその公園を、8人の少年少女が訪れていた。
    「人が来なくなって、こんなに荒れ放題になっちまうのも何だか寂しいもんだな……」
     朽ちて倒れた看板らしき物体を見つけて、七瀬・遊(ポジティブファイア・d00822)が呟く。
     足元を覆いつくさんばかりの雑草。鬱蒼と茂る木々の間から聞こえるのは夏の名残りの蝉の声――荒れた公園を我が物顔で走り回っているのは、8体の鎌鼬。
    「まったく……鎌鼬は親切に薬塗ってまでがセットなんだろ? 毒とは邪道もいいとこだ」
    「仕方ありませンネ、『眷属』ですカラ」
     ぼやく佐藤・司(高校生ファイアブラッド・d00597)に、歪・デス子(非売品・d00522)が淡々とした口調で応じる。
    「んー……? いたちさんー? わるいこ?」
     仲間のやり取りを聞いていたエリーゼ・アストレイア(善悪の河岸・d06255)がこてんと首を傾げて問いかけた。
    「そうだよ。奴らはただの鼬とは違うからな」
     彼女の問いに答えたのは東雲・恋(音に魅せる者・d04023)だった。
    「でもまあ、まだ被害が出てないなら良かったよ」
     言いながら肩を竦める飛鳥・清(羽嵐・d07077)に、寺見・嘉月(自然派高校生・d01013)が頷く……が、だからといって見過ごしていいものでもない。
    「じゃあやっつけるー♪」
     ほにゃっと無邪気そうに笑うエリーゼの言葉に、嘉月も続ける。
    「いくら廃棄された場所とはいえ、放置したままでいいものではありませんしね」
     その言葉を黙って聞いている柩城・刀弥(高校生ダンピール・d04025)には、もう1つ戦う理由がある。場数を踏んで、強くなる。強くなって、そしていつか――。
     やがて歩道を囲んでいた木々が途切れ、彼らの目の前に下草の生い茂るかつての自然公園の広場が現れた。
     広場に足を踏み入れる前に、灼滅者たちは戦闘に不要な荷物をおろた。そして1歩、2歩……広場の中央へと、慎重に歩を進める。ガサリと草の葉が擦れる大きな音して、未来予測どおり鎌鼬たちが姿を見せた。
    「被害者が出てしまう前に、鼬退治といきましょうか」
     嘉月の言葉に灼滅者たちが頷いた。


     8人の灼滅者と8体の鎌鼬が広場の真ん中でぶつかる。ヒュ、と風を切る音が聞こえたその直後、刀弥の二の腕がざっくりと裂けた。一際大きな鎌鼬の鎌から、ポタポタと赤い雫が落ちる。
     さらにもう一対の大きな鎌が、デス子目掛けて振り下ろされた。その鎌の威力を少しでも減らすべく、彼女は咎人の怨念が込められた大鎌の柄で鎌鼬の鎌を受け止める。
     ボス格の鎌鼬に続くようにして、他の鎌鼬も動いた。灼滅者たちの腕や脚を、鎌鼬の鎌が次々と切り裂いていく。
    「草刈にはちょっと乱暴すぎまスネ」
     受けた傷をチラリと一瞥し、デス子が呟いた。
    「同じ鎌使い同士、ちょいと戯れましょうカネ」
     振り上げた鎌に死の力を宿し、もっとも手近にいた鎌鼬目掛けて振り下ろす。
    「被害が出る前にとっとと片付けますか!」
     自らに不敗の暗示をかける遊の隣、ライドキャリバーの八兵衛がブォン! と一際大きなエンジン音を立てる。
    「あんたらの相手はあたしだよ!」
     妖の槍を回転させながら、清が鎌鼬たちの中へと突撃する。回転する槍に蹴散らされ、数体の鎌鼬が苛立たしげに声を上げた。
    「無闇やたらと生き物を傷つけるべきじゃない。けど、おまえら違うもんな?」
     縛霊手に内蔵された祭壇を展開させながら、司が鎌鼬へと話しかける。その瞳が輝いているのは強くあるために求めた『戦い』がここにあるからだ。
     黒い皮手袋をはめた恋の手が、細い鋼糸を操る。鎌鼬の攻撃を少しでも抑えるべく鋼糸の結界を張りながら、彼は自らのサーヴァントの名を呼んだ。
    「白山さん、頼むなっ」
     主の言葉に応じるかのように、霊犬の白山さんが六文銭を撃ち出した。鎌鼬たちを次々襲う六文銭に、1体の鎌鼬が苦しげな声を上げる。
    「祓え給え清め給え……いざ!」
     更に、嘉月のリングスラッシャーが7つに分裂し鎌鼬たちへと襲いかかった。苦悶していた鎌鼬が断末魔の叫びをあげゆっくりと倒れ伏す。
     続いて、無言のまま刀弥が駆けた。駆動音を激しく響かせながら、チェーンソー剣で鎌鼬を斬りつける。
    「わるいこはー、どんなのであってもゆるさないよー♪」
     エリーゼはにこにこと楽しそうに笑いながら、その体には不似合いな大鎌を構える。振り下ろされた断罪の刃が、更に1体の鎌鼬の息の根を止めた。

     毒を帯びた鎌が清目掛けて飛ぶ。ざくりと刺さった鎌から、彼女の体に毒が注ぎ込まれる。鎌鼬たちの鎌が、前衛を務めるデス子や刀弥の体を切り裂く――。
    「大丈夫ですか、すぐ回復します!」
     嘉月はそう言って、受けた傷を癒し体を浄化してくれる優しい風を呼ぶ。
    「ほら、こっち向きなっ! 相手はこっちだよ!」
     鋼糸を高速で操り、恋が鎌鼬の体を切り裂いた。続いて白山さんの斬魔刀が恋に迫った鎌鼬を斬り伏せる。
    「オレらも負けてらんねーな」
     恋と白山さんの連携に、遊がニッと笑って見せた。鉄の塊のような巨大な剣を鎌鼬目掛けて振り下ろしながら、叫ぶ。
    「ハチ!」
     直後、ハチことライドキャリバーの八兵衛がギュルギュルとタイヤを鳴らしながら鎌鼬に突撃し……また1体、鎌鼬の姿が消えた。
    「辛い時は無理せずちゃんと俺に叫べー!」
     前衛の傷を更に癒すべく、癒しの風を呼び込みながら仲間にそう呼びかけるのは司だ。
    「ありがとっ」
     仲間の支援にそう答えて、清は幾度目かの旋風輪を放った。鎌鼬たちの攻撃が、少しでも自分に向けばいい――そのためにこの場にいるのだから。
     ザン! と1体の鎌鼬に止めを刺し、デス子が仲間に声を掛けた。
    「親鼬に向って良さそうデスヨ」
     小型の鎌鼬の数もずいぶん減った。残りの鎌鼬も怒りに囚われていたり時折マヒしたように動けなくなったりと、万全の状態とは言えなくなっている。
     デス子の言葉に頷いて、刀弥はチェーンソー剣の切っ先を大型の鎌鼬へと向けた。
    「えへー♪ にがさないよー♪」
     嬉しそうに、楽しそうに……エリーゼがにぱ、と笑った。


     威嚇するかのように鎌を振り上げる大型の鎌鼬に対し、司が霊的因子を強制的に停止させる結界を張る。
    「オラ、いくよ!」
     声と共に清が妖の槍を突き出す。鮮血を思わせる赤いオーラを纏った槍が大型の鎌鼬の脇腹を貫き、その生命力を奪っていく。
    「おっしゃ、行くぜー!」
     遊の無敵斬艦刀が更に鎌鼬を襲う。粉砕せんばかりの勢いで鉄の塊のような剣を打ち下ろされ、鎌鼬の足元が一瞬よろめいた。そこへ、ハチの機銃掃射がバラバラと降り注ぐ。
     大型の鎌鼬がギッと灼滅者たちを睨み付け、両手の鎌を突き出す。
    「来るぞ!気を付けろっ!」
     恋が叫ぶとほぼ同時、鎌鼬が遊目掛けて突進する。
    「ここはあたしが!」
     遊と鎌鼬の射線上に割って入り、清が妖の槍を構える。鎌鼬の鎌と槍がぶつかり、鎌の向きが逸れた。構わず振りぬかれた鎌が、清の脚に傷をつける。
    「大丈夫、続けてください!」
     仲間にそう伝えて、嘉月はリングスラッシャーから小さな光輪を分裂させた。清のもとへと飛ばされたそれは彼女の受けた浅い傷を癒し、彼女を守るべくそのまま彼女の盾となる。
     もう1体の大型の鎌鼬が、毒の鎌を飛ばさんと腕を上げる――と、不意にその動きが中断された。
    「佐藤の攻撃、効いてるみたいだな。……オレのも受けてみるか?」
     口元に笑みを浮かべ、恋が問いかける。直後に繰り出された鋼糸が大型の鎌鼬の体に巻きつき、その動きを封じた。
     主に続いて白山さんが打ち出した六文銭が、更に鎌鼬たちの傷を深くする。
     大型の鎌鼬も1体は既に満身創痍。その鎌鼬目掛けて、刀弥が駆けた。手にしたチェーンソーのモーター音を激しく響かせながら、鎌鼬の胴体を横なぎに切りつける。
     瞬間、びくん、と鎌鼬の体が大きく痙攣した。構えられていた両手がだらんとぶら下がり、そのまま横倒しに倒れこむ――。
    「もう少しなのー、そーれーっ♪」
     無邪気な言葉と共に、エリーゼが裁きの光条を放つ。悪しきものを滅ぼし善なるものを救うその光は、鎌鼬の体を貫き新たな傷を負わせた。
    「普通の獣じゃないが……逃げた方がいいぞ? この炎は!」
     自らの体内から噴き出した炎を縛霊手に宿し、司が鎌鼬に迫る。叩きつけられた炎が一気に鎌鼬の体を包み込み、そのままメラメラと燃え始めた。
    「攻めに転じさせてもらいます」
     呟きと共に嘉月が神羅刃を放つ。激しく渦巻く風の刃が、燃える鎌鼬の体を切り裂く。
     更に清の紅蓮斬が決まり、遊と八兵衛、恋と白山さんの連携が次々と決まると鎌鼬の足元はふらふらとおぼつかなくなってきた。
     それでも攻撃を加えようとした鎌鼬の体を、司の炎が焼く。
    「ソロソロ終わりにしましょウカ」
     デス子の咎人の大鎌に死の力が宿る。構えた鎌で鎌鼬の体を斜めに切り裂けば、鎌鼬はそのまま事切れ消滅していく。
     後に残った鎌鼬も既にボロボロで――灼滅されるまで、そう時間は掛からなかった。

     戦いの終わった広場に、どこからか蝉の声が響いてくる。
    「何とかなりましたね……お疲れ様でした」
     戦いを終え、嘉月が仲間に声を掛けた。
    「おつかれさまなのー♪」
     にこにこと笑いながらエリーゼも続ける。
    「折角だし、のんびり未草観賞してこーぜ。綺麗に咲いてんのに、誰にも見てもらえないのも寂しいじゃん?」
     遊の言葉に、数人の灼滅者たちが頷いた。


     未草の池は、広場の端に広がっていた。
    「ここら辺でいいか?」
     適当な木陰を選び、刀弥がてきぱきとビニールシートを敷いていく。
    「食べちゃイケナイものに興味はありませンネ」
     あれこれと準備をする仲間を尻目にその場を去ろうとしたデス子の鼻に、風に乗って美味しそうな匂いが届く。
    「あ、弁当持ってきたぞ」
    「僕も持ってきましたよ。おかず中心ですけど」
     遊や嘉月の声が聞こえる。その瞬間、デス子はクルリと方向転換。ズササー! と音がせんばかりの勢いで仲間のもとへと戻りシートの上に座って待機する。
    「自前の弁当とか持ってませンヨ。恵んでくださイヨ」
    「おう、食え食えー!」
     言われるまでもなくそのつもりだったのだろう、遊と嘉月の並べた弁当はかなりの量のおかずやおにぎりが詰められていた。
    「あたしは紅茶持って来た」
    「俺は緑茶と烏龍茶」
     清が冷たい紅茶を入れた水筒と紙コップを取り出し、司は2Lサイズのペットボトルをドン! と置く。
    「みんな色々持ってきてるな」
     そんなことを言いながら微苦笑を浮かべる恋もまた、サンドイッチやお菓子をシートの上に広げている。
    「すごーい♪ みんなおいしそうなのー」
     嬉しそうに顔を綻ばせるエリーゼ。
     楽しそうな仲間たちの様子に一瞬だけ微笑んで、刀弥が立ち上がった。
    「ん? どうした?」
     仲間の問いに、刀弥は「用事があるから」と答える。そのまま立ち去ろうとした彼に、司が500mlのペットボトルを放り投げた。
    「用事かー遅刻すんなよーお疲れ!」
     ペットボトルを受け止めた彼に、今度は遊がラップにくるまれたおにぎりを投げる。
    「お前のお陰で助かったよ、さんきゅーな」
    「……ありがとう」
     そう言って、刀弥は未草の池を後にした。

    「にしても、気持ちいいなー」
     ゴロンと草むらに寝転がり、司が大きく伸びをする。草の隙間から飛び出してきた虫にびくぅ! と体を震わせたのはご愛嬌だ。
    「天気も良いし、気持ち良いよな」
     穏やかな笑みを浮かべて、恋が空を見上げる。
    「これが未草っていうのか。白くて小ぶりで可愛いな!」
     池のあちらこちらに咲く小さな白い花に、清がそんな感想を漏らす。
    「未の刻の頃に花が開くことから、その名が付いたそうですね……面白いです」
     未草の花を眺めながら言う嘉月。
    「睡蓮との違いは咲く時間だけなのデスカネ」
     もぐもぐと唐揚げを頬張りながら呟くデス子の前に、遊が更に食料を置く。
    「デザートにシュークリームもあるけど……」
    「いただきマス」
     早速シュークリームに手を伸ばすデス子。
    (「つぶれてないよな」)
     デス子が口に運ぶシュークリームの様子を確認し、遊が安心したように息をつく。
    「あ、そうだ!」
     がばり、と草むらから起き上がり、清が恋を振り返った。
    「白山さんもふらせてくれー」
     恋が頷くと、司は嬉々とした表情で白山さんに近づき、そっと頭に手を置く。
     なでなで、なでなで――最初は頭、次は首元……司に撫でられ、白山さんが心地よさげにゆったりと尻尾をふった。その様子に、司がぱああっと満面の笑みを浮かべる。
    「あー、いいなー。エリーもなでるー♪」
     彼らの姿に触発されて、エリーゼもまた白山さんを撫で始める。
     和やかな雰囲気に目を細め、清は再び池に咲く未草へ目をやった。この先、この場所がどうなっていくのかはわからない。けれど、こんな花が咲き続けるなら今のままでも悪くないかもしれない。

     未草はもちろん、雑草も朽木も、立派な植物なのだから――。

    作者:草薙戒音 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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