「ったく、やってらんねーよな」
「つーかさ、絶対ピンハネしてんだろあの店長」
暗くなったシャッター街の一部を占拠して騒ぐのは、数名の若者だった。
「お前なんてまだ良いっての、今の時給じゃバイクのローンとかまじやべぇんだぜ、こっちは」
「あー、むかつく」
こんな場所を占拠して管を巻く。まぁ酔っぱらっている訳ではないのだろうから、若干表現として正しくはないが。
「てめーのミス人に押しつけてんじゃねぇ」
「人の髪型にケチつける前に私服のファンションセンスどーにかしやがれ」
ともあれ、若者達は日頃の不満を晴らすかのように職場やバイト先の上司などを罵っていた。ここまでなら、ガラの悪い若者達がたむろする日常風景で済んでいただろう。
「ねぇ、君達」
第三者が現れて、声をかけて来ることがなければ。
「あ?」
「不満を晴らしたいなら、世界を変えようと思うなら力をあげるよ」
虫の居所が悪かったのか、威嚇するように睨み付けてくる若者の視線に眉一つ動かさず、来訪者は言う。
「力ぁ? 新しい宗教ですかぁ」
「つーか、こいつおかしいんじゃね? 力って何でちゅかー? 漫画の読み過ぎだろうよ、明らかに」
だが、若者達はまともに取り合わなかった。
「まぁ、仕方ないか。証拠も見せずに言っても信じて貰えなくて当然だからね」
もっとも来訪者の少年は気を悪くしたそぶり一つ見せず、おもむろにあげた片腕を異形化させると同時に背中から蝙蝠の翼を生やす。
「は」
「はぁ?」
「さて」
愕然とする若者達を眺めつつ、一瞬にして人外に変じた少年は後ろを振り返る。
「うん、準備は出来てるみたいだね。向こうに車を待たせてるんだ。力が欲しければついておいで」
まだ我に返っていない若者達は知らない。少年がこの後同行を拒んだ者達をどうするかなど。
「みんな、集まってるわね?」
教室の中を見回し、行儀悪く教卓に腰掛けたエクスブレインの少女は、ハルファス軍から朱雀門高校に鞍替えしたソロモンの悪魔、美醜のベレーザが動き出したのと語った。
「それで、ベレーザなんだけど、朱雀門高校の戦力としてデモノイドの量産化をたくらんでるみたいなのよ」
その計画の一片として、一人のヴァンパイアがデモノイドの素体となりうる一般人を拉致し、デモノイド工場に運び込もうとしているらしい。
「そんなの、放っておく訳にはいかないわ」
戦力的に強化されてしまうことも問題だが、素行はさておき一般人が何人もデモノイドにされてしまうかもしれないのだから。
「それで、みんなに行って欲しいのは、とある町の寂れたシャッター街よ」
今では素行の悪い若者のたまり場と貸したこの場所に現れるのは、ヴァンパイアが一人と、五人の強化人間。
「しかも、強化人間のうち一人は美醜のベレーザの手で不完全ながらデモノイド化されてるの」
不完全と言うだけあって、デモノイド化して戦えるのは十分程度だが、実力の方は完全体と遜色ないから注意が必要よと少女は言う。
「みんながバベルの鎖に捕まらず、ヴァンパイアや拉致される人達と接触出来るのは、ヴァンパイアの少年が身体の一部を異形化させた瞬間だけよ」
異形化に意識が行っているからか、この瞬間なら先方に察知されず介入出来るとのこと。
「ただ、みんなが襲撃したなら、ヴァンパイアはデモノイド化可能な強化一般人をデモノイド化させてけしかけ、その間に素体になる人達を連れて撤退しようとする筈」
阻止しようとすればデモノイドに隙を晒すことになり、デモノイドの相手をすればヴァンパイアに時間を与えてしまうことになる。
「そこで、重要になってくるのが、拉致されそうになってる人達の説得ね」
接触段階では、ヴァンパイアの少年の変身を見て驚いているだけであり、自発的について行こうという考えに至っている者は居ない。
「『ついて行ったら拙いぞー、身の破滅だぞー』とか思わせることが出来れば、ヴァンパイアも連行に手間取ると思うの」
ESPを使ったり、脅して無理矢理連れて行く可能性も0ではないが、自発的について行く場合と比べればもたつくことになるのは間違いない。
「移送手段はワゴンタイプの自動車二台みたいだから全員一度に車に乗せるのは難しいし、相手が嫌がってるならなおのことね」
もっとも、この車をあらかじめ壊しておくなどと言うことは出来ない。それは確実にバベルの鎖に引っかかるであろうから。
「ちなみに、戦闘になった場合、ヴァンパイアはダンピールのサイキックに似た攻撃を、強化人間は全員がウロボロスブレイドのサイキックに似た攻撃で応戦してくるわ」
デモノイド化した強化一般人に関しては、デモノイドヒューマンのサイキックに似た攻撃のみを行い、ウロボロスブレイドのサイキックもどきは使わなくなるとのこと。
「今回みんなにお願いするのは、量産型デモノイドの素体にされてしまう人達の救出よ」
朱雀門高校のダークネス及び不完全なデモノイド、配下の強化一般人の全てを相手にして戦闘で勝利するのは非常に難しい。
「だから、作戦失敗を悟らせて素直に返って貰った方が、勝算は高いわ」
もちろん、ダークネスを灼滅できればそれに越したことはないが、欲張って敗北したのでは目も当てられない。
「とりあえず、八割で八人を救うことが目標よ。もちろん十人全員救えた方が良いのは確かなんだけど」
どこまで救えるかは、灼滅達次第と言うことだろう。
「大変な仕事をだけど、お願いね」
スカートの中が見えないように片手で押さえて、少女は君達に頭を下げた。
参加者 | |
---|---|
烏丸・奏(宵鴉・d01500) |
ジュラル・ニート(デビルハンター・d02576) |
ラックス・ノウン(不動のフーリダム・d11624) |
天野・白蓮(斬魔の継承者・d12848) |
上土棚・美玖(中学生デモノイドヒューマン・d17317) |
桜庭・遥(名誉図書委員・d17900) |
御厨・チコリ(灼滅料理人・d22685) |
十・七(コールドハート・d22973) |
●介入
「もしかしてまあ最初から邪魔が入る事も織り込み済みなのか」
ポツリと呟いたジュラル・ニート(デビルハンター・d02576)の視界に入ったのは、複数の人影だった。
「デモノイドの素体集めが目的にしては過剰な戦力よね。ほんと面倒なこって」
(「全くよ。なんでこう……朱雀門って面倒なことばかり……。戦力の補強とか、厄介なことになるのが目に見えてるじゃない」)
吐息と共に続けて漏らしたコメントに十・七(コールドハート・d22973)が胸中で同意しつつ機を窺うのは、指定された介入タイミングを待っているからに他ならない。
「御厨さんは初めてなのね。最初って凄く緊張すると思うけど一生懸命頑張れば結果はついてくるわ」
「うん、ありがとう!」
後輩に向けた上土棚・美玖(中学生デモノイドヒューマン・d17317)の気遣いに紙袋を抱えた御厨・チコリ(灼滅料理人・d22685)が礼の言葉を口にする間も時間は動いていた。
「今回は実力の高い強敵が相手で、人死の危険もある大変なものだけど私も頑張るから……」
一緒に頑張ろうね、と続けた美玖はデモノイドヒューマン。
「10人もの人たちがデモノイド工場に運ばれようとしている、ですって!?」
話を聞いた時に覚えたのは、そんな事許さないと言う怒り。抱いたのは、何としても助けるという思い。
「そして、助けた人たちの間に窮地を乗り越えたことである感情が芽生えて……ダメよ、そんな」
とかその手の妄想には至っていないと信じたい。
(「デモノイドの量産なんか、絶対に許せません」)
ともあれ、デモノイドヒューマンとしてヴァンパイア達の企みを看過出来ないという分には桜庭・遥(名誉図書委員・d17900)も意見は同じ。
「まぁ、仕方ないか」
故に、それは待ち望んだ瞬間だった。人影の一つがおもむろに片腕をあげたのだ。
(「それにしても朱雀門もやることがだんだん派手になってきたな」)
ラックス・ノウン(不動のフーリダム・d11624)が声に出さず呟いたのは、コウモリの翼と異形化した片腕という本性を現した人影のパフォーマンスに対してか、それともこのデモノイドの量産化という目論見についてか。
「証拠も見せずに言っても信じて貰えなくて当然だからね」
事前に得た情報からも一瞬で異形と化した姿からも、声を発したのがヴァンパイアの少年であることは疑いようがない。
「刀将・天野の名において命ずる、胎動せよ……金剛の刃牙!」
スレイヤーカードの封印を解くなり、天野・白蓮(斬魔の継承者・d12848)はアスファルトを蹴り。
「よっと」
愕然とした若者と少年の間に着地する。
「はぁ? え?」
「やめとけよ、世間に愚痴を言えるうちが花だぜ? 『イエス』と言えば、立場が違うだけで結局『イエスマン』に成り下がる。どうせ、『ノー』と言えば力ずくでも連れ去る輩なんだからよ」
「参ったな」
まだ状況が呑み込めていない若者へかける言葉が背中越しになったのは、異形の腕を下ろしつつ呟いた少年が格上であるが故。
「ちぃっ」
「ちょっと遅かったな」
バベルの鎖をかいくぐっての介入は完全に虚をついた。烏丸・奏(宵鴉・d01500)は一瞬遅れて灼滅者達に反応し始めた強化一般人の一人へ冷静に指摘する。
「さ~ていっちょ派手に行くぜ」
「がっ」
「げっ」
まず高速移動を駆使し突っ込んで来たラックスに半数の強化一般人が気づかず、すれ違いざまに斬りつけられて悲鳴を上げ。
「連れていかせないわ! 諦めて引いて!」
「うっ」
「うぁ」
物陰から飛び出した美玖が発する殺気に怯み、若者達は思わず後ずさった。そう、美玖を挟んで反対側にいるヴァンパイアや強化一般人から遠ざかる形でだ。灼滅者達は対策を立てて来ていたのだ。
●誤算
「なるほど、これはめんどくさくなった。悪いね、君」
後方から走ってきた男の一人が、少年の声にビクリと震えたのはその直後。
「うぐっ……」
「あれを片付けろ」
「ぐおおぼっ」
呻き声を上げ変貌し始める男に少年は命じ、誕生しつつあった蒼い異形のあげた咆吼はどす黒い殺気に覆われて途切れた。
「ちょっ、何だよこれ……」
「アレについていったらあんな感じに改造されちゃうよ。人間やめたくないなら逃げた方がいいよ」
「連れて行かれたら貴方達もあんな風にされるわよ? それが嫌ならこっちに来なさい。逃がしてあげる」
非日常的な光景へ混乱した若者へジュラルが自身の放出した殺気に圧迫されているモノを示しつつ言えば、七もESPで若者達を魅了しつつデモノイドを指さし呼びかける。
「そ、そうだな」
「お嬢ちゃんが言うなら」
一般人を遠ざける殺気によって腰が退けていたところにラブフェロモンで心奪われた相手からの言葉が思い切り背を押した。
「お兄ちゃん達、お仕事お疲れさま。カレーパン、食べる?」
一方でチコリも手にした紙袋を開けつつ別の若者に声をかける。
「おう、これは良い匂い……って、パン食べてる場合じゃなくね? パン食い競争よろしく食べつつ走れって?」
これにノリツッコミっぽい意見が返ってきたのは、状況を鑑みれば仕方ないだろう。
「食べてくれるよね?」
「た、食べますぅ」
もっとも、一般人を萎縮させる王者の風の前には反論も無意味だった。
「おいしいでしょ! 毎日嫌なことだらけだけど、美味しいごはんを食べると疲れも吹き飛んじゃうよね」
「んぅ」
感想と同意もチコリは求めたが、生憎若者の口は塞がっており。
「んぇっ?!」
「バケモンになりてぇのか手前ぇ等……日常を捨てたくねーなら、とっとと去りやがれ……」
「ひええっ」
焦れた奏に襟首を引っ掴まれ、後方に投げ飛ばされた若者はカレーパンをくわえたまま宙を舞う。
「手出しはさせません」
「貴方達ここにいると死ぬわよ、あいつらは化け物なの、早く逃げて!」
「ん、んいっ」
人除けの殺気を放出し続けている美玖に叱責され、パンをくわえたまま打ちつけた腰に手をやりつつ走り出す姿は滑稽そのものだった。
「くっ……」
悲鳴に反応したデモノイドが片腕を砲台に替えて発砲し、咄嗟に庇った遥が撃たれるようなことがなければ。
「うおらぁっ!」
「甘いぜっ」
もっとも、殲術道具とウロボロスブレイドもどきで切り結ぶ灼滅者達の姿はこの対極に位置していたが。絡み付いてくる刃を白蓮は木剣【金剛】の一振りで打ち払い、間合いを取りながら己が瞳にバベルの鎖を集中させる。
「死の内に勝を見出す……、それが心眼の極意!」
弾かれた敵の刃が軌道修正されて戻ってくる軌跡がわかれば、対処も容易い。
「となると、問題はあれだな」
「そう、君達が生き延びられるかになるね」
「っ」
思わぬ回答者に白蓮が反応するも、予言者の瞳は自分に向けられた行動を予測しない。
「上土棚」
狙われたのは、美玖だった。
「本当に厄介なことをしてくれるよ。予定が狂ったじゃないか」
標的との間に割り込まれ、遮られた形のヴァンパイア達が若者達を確保するには最低でも足止めに徹する灼滅者達を迂回もしくは突破する必要があった。ならば、存在するだけで殺界形成によって獲物を遠ざける相手を突破ついでに倒しておこうとしたのだろう。実際、緋色のオーラで出来た刃は一人の灼滅者に襲いかかる所だったのだ。
「そうはいきません」
「何っ」
傷ついていた遥が霊的因子を強制停止させる結界を構築しなければ。
結果に巻き込む形で遥は少年へ言った。
「デモノイドを利用しようとするなら、わたしは何度でもあなたたちの前に立ちふさがります!」
と。
●劣勢の中
「あの人たちについていったら、もう二度と、日常には帰れない。ボク達はそれを、止めに来たんだ」
若者達と併走する形で、チコリは語る。もちろん、長々語る時間はない。戦場を出たせいか奏の施したESPによって音は聞こえてこないが、避難誘導するにあたって足止めの為に残った仲間達は二人少ない戦力でヴァンパイア達を抑えているはずなのだ。
「なぁ、一体何がどうなっ」
「早く家に帰って、おいしいご飯を食べてね!」
七は既に踵を返し、チコリも戻らねばならない。だから、若者の一人の問いには答えず、言葉だけを残して走り出す。
「――いのは良いけどね、通して貰うよ」
「……っ! 調子に、乗るな……っ!」
景色は飛ぶように流れ、暫くすると声が聞こえ始めた。一人は七だがもう一方は、ヴァンパイア。緋色の刃を身体に受けて傾ぎつつも踏みとどまった七は、上体を起こしながらオーラを集中させた両手を前に差し出す。
「ホラホラ来いよお前ら」
「うおおおっ」
「っ、待て! よけ」
警告を発しようとしたヴァンパイアではなく、自分を斬りつけたラックスへ向かってウロボロスブレイドもどきを振るおうとした強化一般人へ向けて。
「さっさと退いてくれない?」
「な」
腕を振りかぶったまま驚きを顔に浮かべた男が放出されたオーラに呑まれる。
「くっ」
「よそ見をしてるとは余裕だな、宵月君」
「がうっ」
隣で戦っていた別の男の注意が逸れたのを見て、奏は霊犬に指示を出しつつデモノイドと対峙したまま指先を七に向けて集めた霊力を撃ち出す。
「ぎゃああっ」
「くそっ、しぶとい奴らめ」
斬魔刀で斬りつけられた部下の悲鳴を聞きつつ、少年は顔を歪めた。
「小細工を重ね粘りはしたが、戦力を分散させてボロボロじゃないか。今逃げるなら追わないと約束するよ?」
灼滅者達からすればまさかとも言える敵からの撤退勧告。実際、二人少ない人数でデモノイドだけでなく強化一般人とヴァンパイアの相手まですることになった残りの七人と霊犬はかなりボロボロだった。
「死にたくなければあいつらを引き渡せってか? 『だが断る』俺等のもっとも得意とすることはな。自分が優位だと思ってるダークネスに『No!』と突きつけてやることだ!」
だが、白蓮は拒絶の言葉をはっきりと口にしてデモノイドの死角へ回り込む。
「テメェら化け物は、『理性』のある化け物が相手してやらぁ!」
「ガアッ」
急所を切り裂かれた蒼の獣が苦痛の咆吼と共に腕を振り回し、ため息をついた少年は再び緋色のオーラで異形化した腕に刃を作った。
「その状況で賢い選択とは思えないけどね。なら君らを抜くか倒して追いかけるだけだ」
ヴァンパイアからすれば拉致対象との間に割り込まれた時点でデモノイドを足止めに若者達を連れ去るプランは成立しない。もっとも、逃がされてしまったとはいえ灼滅者達は大半がボロボロ、逃げ出すならそれも良し、抵抗するなら掃討も可能と踏んだのだろう。
「桜庭さん?」
「おや、お仲間はそう思わなかったみたいだね」
だから、遥がデモノイドに魔法弾を放つジュラルの脇を抜け、戦線離脱した時、ヴァンパイアも逃げ出したと見たのだ。走り去った方向は、ヴァンパイア達から見て後方、若者達の逃げ出した方向とは真逆、進んだところで若者達を運ぶ為に用意したワゴン車しか存在しない。
「しまっ」
そう、ワゴン車しか。
「これでっ」
撃ち出された魔力の光線がバベルの鎖など有さない、ごく普通の自動車に突き刺さり、大穴を穿つ。ワンテンポ遅れて穴から漏れだしてきたのは、ガソリンか何かだろうか。
「戦力を自ら減らして各個撃破される愚を犯したかと思えば、『足』と僕らを引き離す誘導だったとはね。……とんでもない智者がいたもんだよ」
「おっと、戦闘中は敵から目を離しちゃダメだぜ」
「くっ」
遠目にも派手に壊れたワゴン車を見て、激情を押し殺すように異形化した拳を握り込んだ少年は、ジェット噴射で飛び込んできたラックスを牽制するように腕で薙ぎながら後方へ飛ぶ。
「移送手段が無いんじゃ話にならない。退くよ君達」
尚もラックスと自分を穿とうとしたバベルブレイカーに目を向けたまま、ヴァンパイアは平然と撤退を決めると振り返ることなく言葉を続けた。
「ただし、君への命令は変更無しだ。時間稼ぎをよろしく頼むよ」
「ウォォン」
呼応するように咆吼をあげるデモノイドは、時折動きづらそうにするも満身創痍にはほど遠い。
「お、覚えてやがれよ」
捨て台詞を残し去って行く傷ついた強化一般人達を伴い、少年は無言で走り出した。
「つまり、後はアレを何とかすればいい訳だ」
ジュラルの目に映るデモノイドが獲物を定めたのか、腕を刀に変えてアスファルトを蹴る。
「ガァァアガッ?!」
(「さっきまでの厳しい状況に比べれば、これくらい」)
だが、振り下ろそうとした腕には詠唱圧縮された魔法の矢が突き刺さり。
「帰る気がねぇなら仕方ねぇ、なっ」
上段に殲術道具を構えた白蓮が無防備なデモノイドの背中へ重い斬撃を振り下ろす。
「ゴアアァァ」
獣じみた咆吼の響き渡が、シャッター街で続く戦いの行方はもう見えていた。一見、灼滅者達の消耗の方が大きく見えても不完全なデモノイド化にはタイムリミットがあるのだから。
「ガッ」
魔法弾か、展開された結界の効果か、はたまたバベルブレイカーの杭に肉をねじ切られたからか。
「時間切れを待つまでも無かったみたいね」
「……みてぇだな」
突然動きの止まった蒼い獣の四肢を細長く伸びた影が触手のように絡め取り、クルセイドソードを被物質化させながら奏がデモノイドの懐へ飛び込む。
「ギャァァ」
断末魔を残してそれは崩れ落ち、戦いは終わりを迎えたのだった。
●カレーパンタイム
「終わったと思ったらお腹がすいてきちゃった。ね、近くにファミレスがあるから寄ってかない?」
ふぅと安堵の息を漏らして、美玖は振り返り、問う。お茶飲んで暖まろうと付け加えた事からすると、戦いの間忘れていた外気の冷たさを思い出したのかも知れない。
「お腹空いてるんだ? だったらいい物があるよ」
そうチコリが反応し無ければ、希望者だけでの寄り道が確定したようにも思う。
「ほら、カレーパン。いっぱい作ってきてたんだ」
笑顔で開けられた紙袋からは良い匂いが溢れ出し。
「ま、アレです。望む方を方を選択すれば良いんじゃないかね」
トマトジュースの缶から口を離したジュラルは、チコリに歩み寄るとカレーパンを受け取って、一口頬ばる。一仕事終えた後のささやかな休息。
「ホットラッシーと冷たいレモン水も持ってきてるです。お好みでどうぞ」
紙コップを取り出す仲間の声を背に、奏は若者達が立ち去った方角をじっと見つめ吐息を漏らす。
「ダークネスを逃すのは惜しいけど……今回の目的はあっちだったしな……」
役目を果たしたというのに何処か納得いかない顔なのは、刃を交えた相手が未だ健在であるからか。
「またいずれどっかで会う事があるなら……そん時は……っ」
普段の飄々とした人懐っこい性格がなりを潜めていたのは、短い時間。
「わうっ」
「そう、だな」
ヴァンパイアの目論見を一つ潰したのは事実なのだ。足下で一鳴きした宵月に気づくと奏は口元を綻ばせ、霊犬をしゃがみ込んで抱え上げた。
作者:聖山葵 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年1月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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