●
完成したシャッター街。無人の廃墟に見つめられながら、中学生たちが8名、ひっそりと集まっていた。
手袋をつけたまま、彼らはそれぞれの財布を開く。菓子の空き缶に入れられた現金を、代表が震える手で数え上げていった。
「いくらだ?」
「いくらになった?」
「3万……超えて、目標金額の15万、達成だ!」
「よおし!」
ようやく、といった雰囲気が彼らの間に流れる。その額と、別の場所に隠してある現金とを全て合わせれば、ようやく彼らは世界を買えるようになったのだ。
世界を変える為の武器を、買えるようになったのだ。
とはいえ、実際に使う気はない。武器を持った勢力が狙っている……そういうメッセージを送る際の、説得力ある小道具としての効力を、それに期待しているのだ。
「ほ、本当に、15万で3丁、売ってくれるんだよな……?」
「心配ねえって。金さえ出せば誰にでも売る。闇の世界って、逆に信用第一だろ?」
「闇の世界が信用第一! はは、言いえて妙だぜクソ餓鬼ども!」
と、彼ら少年たちではない何者かの声が、高らかにシャッター街を響き渡った。同時に彼らのいた十字路の出口全てを、黒塗りのワゴンが横付けする。
声の主が、ヘッドライトの中に現れた。背の高い、学生服を着た金髪の男だ。男は両手をズボンのポケットに差し込んだまま、無造作に少年たちへと歩いていく。
「餓鬼どもが15万で3丁? 修学旅行で木刀でも買うような風情だなァ」
「な、なんだ、お前……!」
「まぁまぁそう殺気立つなって。お前等にとってもいい話、持ってきたんだからよ」
男がポケットから引き抜いた右手には、無骨なガンナイフが握られていた。憧れの象徴であるところの銃に、少年たちは知らずのうちに見入ってしまう。
「これがよりもっとイイのをお前等にはくれてやるよ……見てな。
――デモノイド・メルティング・ウェポン・セイバー!」
言うが早いか、男の右腕が輪郭を失った。そこから迸る肉塊が銃を飲み込み、巨大な刀身を形作っていく。完成した『DMWセイバー』を、男は廃屋へと振るった。
「デモンストレーションにゃあちょいと地味だけど、よ!」
銀閃がまず十字を描く。バシィ、と自重で潰れ始めた廃屋を、男は遊ぶように何度も何度も切りつけた。立体構造の全てが均され、積み重なった瓦礫となるまで――。
「す……っげ」
「家一つ、こんな短時間で……」
男は息を吐いて少年たちに向き直った。彼ら全員の視線に警戒の色が消えたのを見て、口角を吊り上げる。
「この力が、お前等全員の物だ! ただし8人セットで8万円。人数も金額も、これ以上負からねえぞ」
「は、8万円ですか? ……あの、今、ここには」
「取りに行くか? ワゴンと運転手貸してやるから、そっちには2人で行けよ。残り6人は、さっそく……」
工場で人体改造だ、と男は楽しそうに呟いた。
●
「ソロモンの悪魔、『美醜のベレーザ』が動き出しましたわ。朱雀門高校に鞍替えしたベレーザは、その戦力としてデモノイドの量産化を図ろうとしているようですの。……以前、アシュ・ウィズダムボール(ディープダイバー・d01681)様が危惧していたことが、現実のものとなってしまいましたわね」
鷹取・仁鴉(中学生エクスブレイン・dn0144)の言葉に、集まった灼滅者たちは息を飲んだ。いよいよか、という嫌な感慨を抱く者もいる。
「ベレーザの指示の下で、朱雀門高校のダークネスがデモノイドの素体となりうる一般人の拉致を行い、デモノイド工場に運び込もうとします。その魔の手から一般人を救出することが、今回の作戦の狙いですわ。
今回皆様が向かう現場に現れるダークネスは、朱雀門高校所属のデモノイドロード『ロード・ハザクロ』。その配下に4名の強化一般人がいますが、少々特殊な能力を持っていますので、説明させていただきますね」
よく聞いてくださいませ、と仁鴉は付け足した。柿崎・泰若(高校生殺人鬼・dn0056)はメモを取る手を止め、エクスブレインの彼女に注目する。
「強化一般人のうちの1人が、ベレーザの手によって不完全ながらデモノイド化の手術を受けていますの。ダークネスの命令によって、『10分間だけ』デモノイドの力を使って戦うことができますわ。灼滅者の襲撃を受けたロード・ハザクロは、この不完全なデモノイドをデモノイド化させて戦わせ、その間に素体となる人間を連れて撤退しようと画策しますので、ご注意くださいましね」
ダークネスが狙う一般人は、8名の男子中学生たちだ。彼らは様々な手段で金を集め、どこかで武器を買おうとしていたらしい。その目的が『この世界を変えるための力が欲しい』というものだったので、ロード・ハザクロの誘いには喜んで乗ってしまう。戦い以外の指示であれば、迷うことなく従うだろう。
現場となるのは、あるシャッター街の十字路だ。周囲には人通りはなく、住民も一人としていない。十字路の交差点から外に向かう4つの道を、強化一般人が運転するワゴンが1台ずつ通せんぼしている、という格好だ。
灼滅者たちが到着する頃、中学生たちは二手に分かれている。その場に残りロード・ハザクロの説明を聞いている6名と、南側に停めたワゴンに向かう2名だ。この時不完全なデモノイドはロード・ハザクロの側に控えており、その他の強化一般人3名は中学生たちが逃走しないよう見張っている。
灼滅者の姿を確認すると、ロード・ハザクロは戦闘を不完全なデモノイドと強化一般人に任せ、自分は中学生たちを連れて逃走しようとするだろう。敵勢力は全員がガンナイフに相当する武装・サイキックを扱い、ロード・ハザクロと不完全なデモノイドはそれぞれデモノイド相当のサイキックも使うことができる。不完全なデモノイドは、10分間と言う制約はあるが、侮れない戦闘能力を持っている。
「今回の作戦の目的は、量産型デモノイドの素体にされてしまう中学生たちを奪還することですの。8名のうち6名以上を助け出すことが目標ですが、どうか全員の救出を目指してくださいませ。
また、ロード・ハザクロと不完全なデモノイド、配下の強化一般人の全てと戦うとなりますと、勝利は非常に困難となります。ですので、ロード・ハザクロについては、中学生たちの拉致を阻止しつつも、そのまま撤退させてしまうのが良いかと思われますの。
もちろん、ロード・ハザクロを灼滅することができれば、それに越したことは無いのですが……、今回の場合、こちらの敗北は即中学生たちの拉致に繋がりますの。あまり危険は冒せないかもしれませんわね。
――今回の作戦は、彼ら未来ある中学生たちの、未来そのものを賭けた戦いとなりますわ。必ず成し遂げていただきますよう、よろしくおねがいいたしますね」
参加者 | |
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叢雲・宗嗣(贖罪の殺人鬼・d01779) |
二夕月・海月(くらげ娘・d01805) |
北斎院・既濁(彷徨い人・d04036) |
棗・螢(黎明の翼・d17067) |
柿崎・法子(それはよくあること・d17465) |
相馬・貴子(高でもひゅー・d17517) |
ルエニ・コトハ(小学生魔法使い・d21182) |
ルクレティア・ルクレイド(ピカトリクスの複製人形・d23495) |
●エントリー
タタタ……ザッ。
物影から物影へと、二夕月・海月(くらげ娘・d01805)は音もなく滑り込んだ。スニーキングの目標となる黒塗りのバンに背を預け、その奥の気配を探る。
(「中学生二人と、やはり強化一般人が付いているか」)
海月はアスファルトに這い、車体の下から交差点側をのぞき見た。彼我の距離は6メートル、5メートル……タイミングを計って、両腕をそこに差し込む。
1トンを超える車体が、自重に軋みながらも持ち上げられた。海月の使用したESP怪力無双の効果だ。
「今だ、ルクレティア、泰若!」
と、海月に呼ばれた二名が車体を潜り抜ける。ルクレティア・ルクレイド(ピカトリクスの複製人形・d23495)は、眼前に現れた少年たちを咄嗟の判断で回避した。
その動きを、柿崎・泰若(高校生殺人鬼・dn0056)も倣う。勢いを殺さず近くの強化一般人に手を伸ばし、引きずり倒した。
「ガ……ハ!」
背の広範囲を強打された強化一般人に、ルクレティアが追撃を行う。踏み込み、捻りを入れた槍の一突きが、立ち上がる敵の胸を衝いた。
「逃げなさい! そこの中学生!」
間をおかず、ルクレティアの凛とした言葉が響く。ここまで一瞬の出来事に、王者の風を交えた一喝が加わり、そこにいた2名は一瞬目を丸くした。
「このままこいつらについてったら、監禁されて自爆する欠陥品に改造されるわよ?」
「そういうことだから、君たちの身柄は私たちが預かるわ。――急いで頂戴」
肩を叩かれ我に返った2名は、泰若の指差す方向にとことこと歩き始めた。脱出する彼女たちと、新たに現場へ踏み込む柿崎・法子(それはよくあること・d17465)たちとがすれ違う。
「泰若さん、頼んだよ」
「そちらもね、法子さん」
微笑混じりの目配せは一瞬、法子は未だ6名の中学生たちが残る交差点へと走り出した。その一歩一歩で、心にわだかまる不安を踏み潰そうとしながら。
(「『全員を救えるハッピーエンド』であればいいんだけどね……」)
法子はWOKシールド『無骨な手袋』を手繰り、表情を引き締める。その視線の先で、ガンナイフを高く掲げた長身の男が、トリガーを迷うことなく引いた。
ガァアアン! ガァアアン!
「お前等、あいつらに耳を貸すな! ここは仲間たちに任せて、向こうへ逃げろ!」
「は、はいッ!」
ロード・ハザクロの叫びを発端として、シャッター街は騒然となる。中学生たちはこちらに背を向け、中間地点にいた手下の一人が、ぶるぶると呻きながら痙攣をし始めた。
「おお……ぁ……おおおおおアアアアアアアア!」
手下の筋肉が異常に隆起し、デモノイドの姿へと裏返っていく。閉じたシャッターをビリビリと揺らす吠声を前に北斎院・既濁(彷徨い人・d04036)はサウンドシャッターを展開した。
「まっ、邪魔させて貰うぜ、ハザクロ――」
「ガアアァァッ!」
デモノイドもまた、こちらへと突っ込んでくる。既濁は別の仲間に向けられた攻撃から横に距離を取り、戦場の状況を捉えようとした。
……交差点から南に伸びる道の上で、既にデモノイドとの交戦が始まっている。6名の中学生たちは通路を北に走り、その殿にロード・ハザクロがいるようだ。
「――悪ぃが、思うようには動かさせねぇぜ?」
既濁の頬に笑みが浮かんだ。手は、打っているのだ。
●綱引き
「お前たち、そいつらから離れろ!」
凄みのある少年の声が、逃げ惑う中学生たちの耳に届く。びくりと肩を震わせて振り向くと、そこには威圧と憤怒を雰囲気に纏った、叢雲・宗嗣(贖罪の殺人鬼・d01779)の姿があった。
噛み締めた歯が、ギリ、と鳴く。
「奴らはお前たちを利用したいだけだ。俺たちの指示に従え!」
王者の風をも動員した宗嗣の呼びかけは、果たして功を奏した。中学生たちはその場に足を止め、灼滅者たちの出方を窺い始める。
「……おい、おい! 見てみろって、あれ!」
と、ある中学生の声が若干裏返る。彼が指差す先を、中学生たちの誰もが夢中になって凝視した。
「あっはっは、どーだい私のダイナマイトモード! 今夜はちょーっと着飾ってきたんだよ! せくしー!」
闇に生える白い肌、メリハリのある凹凸と脚線美……相馬・貴子(高でもひゅー・d17517)が、デモノイドと戦いがら、その躍動する姿態を見せ付けているのだ。
「中学生たちよ! 世界は私達が変えてみせるから任せとけー!」
「チィ……」
貴子の作戦に、ロード・ハザクロは眉をしかめた。味な真似を……ロード・ハザクロは呟き、デモノイドに指令を追加する。来るのが解っているのなら、迎え撃たせるまでだ。
「敵を潰せ! これ以上足止めをさせるな!」
「グゥオオオアアアアア!」
デモノイドが吠える。腕の筋繊維がビチビチと跳ね、内側から滲み出る酸を放射した。
「いいか、お前等!」
その異常な光景を隠すかのように、ロード・ハザクロが中学生と戦場との間に立つ。
「こんな所で立ち止まってる場合じゃねェだろ! 欲しい物を思い出せ! 力が――」
「それこそが嘘だ!」
棗・螢(黎明の翼・d17067)の声が上がった。直後に螢はデモノイドの攻撃を受け、押し切られてアスファルトの上に叩きつけられた。血が、その跡に広がっていく。
「その男についていくと……君たちも、あんなバケモノにされてしまうんだよ!」
「戯言だ、信じるなお前等!」
「信じないなら! モルモットにされて怖い思いをするのは、君たち自身なのだからね!」
ふらふらと立ち上がる螢の言葉は、自然と鬼気迫るものとなる。突き放されたような台詞に、中学生たちは顔を見合わせた。その心の隙間を付いて、ルエニ・コトハ(小学生魔法使い・d21182)は絶叫を刺し込んでいく。
「お兄ちゃんを返せ! 返してよ!」
苦手な嘘を、ルエニは一心不乱につき通した。口を塞ごうと強化一般人が襲い掛かってくるのを、身をかがめてやり過ごす。
「あの日、お兄ちゃんがお前に会いに行くって言ったきり……この、人でなし、誘拐犯!」
「な……テメェなんかの兄貴なんか知るか! 人違いだ!」
ロード・ハザクロは必死に否定を繰り返すが、中学生たちの心に生まれた疑念は消えない。灼滅者たちとデモノイドとの戦いを見つめ、あるいは周囲を見回して逃げ道を探し……このままなら、中学生たちは素直にロード・ハザクロの指示を聞いたりはしないだろう。
デモノイドロードは奸計をめぐらす。どうすればこの、夢見がちなガキ共をここから連れ出せるか――!
●分水嶺
「――お前等がそうやってグズグズしてるなら、力をくれてやるのは先着順にする! 本当に欲しい奴だけ、3人! 俺の後について来い!」
思考をイエスかノーかに限定させ、その上で判断を急かすという、文字通りの子供だまし。そして背を向けたロード・ハザクロに、しかし3名の中学生が付いて行ってしまった。
「走れ! バンに乗っちまえば、そうそう手出しはできねぇ筈だ!」
先にバンにたどり着いたロード・ハザクロは、ドアを乱暴に開けて振り返る。中学生たちはしかし、未だそちらへ向けて走っている最中であった。
……そう、『中学生』の走行速度で。
「さ、つかまえた♪」
泰若が、居残った一人の襟首を後ろから握り締める。彼女の横を、このタイミングだけを狙っていた別働の灼滅者たちが走り抜けていった。
先頭を走る中学生に、物陰を伝うデモノイドヒューマンの青年が腕を伸ばす。
「奴らには拉致の前科がある。ここで退くならば、先達各位が追わせはしない」
2番目が反射的にペースを落とすと、ファイアブラッドの青年が即座に追いついた。
「やれやれ、とんだ面倒を起こしてくれたものだな」
「驚かせてごめんなさい。とにかく、こちらへ!」
その肩を強引に引き戻し、驚きに固まる中学生を、同行する神薙使いの少女と共に抱え込む。彼らは素早く確保した中学生たちの後方搬送を開始した。
「デモノイドオオォォ!」
ロード・ハザクロの怒声が響く。デモノイドは素通りを許したわけではない。命令を忠実に遂行していたのだ。即ち、眼前の敵を潰せ、と。
「来いよなりそこなーい! 人間捨ててそれだけなのー?」
「アギャアアアアアアアア!」
貴子はデモノイドと綱渡りのような攻防を繰り広げている。しかしついに捉えられ、拳を強かに食らった所を、螢がフォローに回った。
「ちょっと大人しくしてよね?」
ウロボロスブレイドがうねり、蛇のようにデモノイドの腕を取る。その僅かな停滞に、法子のクルセイドソードが浄化の風を吹き込んだ。
「『戦いの傷は即座に癒える』。そう、ボクらはしぶといんだよ」
その間も中学生の救出は続く。走らずにいた三人のうち一人を、空飛ぶ箒に乗った魔法使いの女が拾った。
「暴れるなよ。手荒な真似が嫌ならな」
「怪しいヤツ等から力を得たら、人生終わりだ。後悔後先たたずってヤツだな」
半人狼の――人造灼滅者の青年が居残り組に語りかける。目を見開いた中学生の頭を、ファイアブラッドの女子高校生が抑えつけた。
「ったく、バカが……! 心配してくれるお人好しが居るって事、肝に銘じとけ!」
……と、この時点でルクレティアは、ある事実に気がついていた。今何らかの形で灼滅者が拘束している中学生は、6人のうち、5人!
「あと1人! ハザクロが、こちらに向かっているわ!」
言葉の通り、ロード・ハザクロが残るの1人へ突っ走っている。強引にでも掻っ攫っていくつもりか!
「最後の手段だ! 俺の手を取れ!」
おそらく一番強く力を渇望していたであろう、小柄な少年。自分の意思で破滅へ踏み出した彼を、その時。
「何もわかっていない中学生さんを!」
ルエニが、間に割り込んだ。両手を広げ、立ちふさがる。
「絶対に許せません!」
「邪ァ魔だあッ!」
しかしロード・ハザクロは彼を迂回し、通路の端から最大速力のダッシュをかけた。Lの字を描くように走り、そのままこの場を離脱するつもりで。
「クー! 止めろ!」
その、僅かに一歩外から。海月の影業『クー』が、間一髪のタイミングで差し込まれた。新たなダークネスとの戦闘が起こるかもしれない、危険な行動ではあったが。
「さっさと退いたらどうだ……?」
宗嗣が、落ち着いた声色を用いて続いた。機先を制した格好になる。
「中学生は全員こちらが確保した。これ以上、やり合うメリットは少ないだろう」
対峙し、睨みつけるロード・ハザクロの注意を、硬い足音が引いた。既濁の足元に、戦いで意識を失った強化一般人たちがまとめて寝かされている。
「さあ、どうする? 引くかい?」
解体ナイフを向け、挑戦するように窺う既濁の目を、酷く冷たい視線が射抜いた。
――ドクン。
「……!」
脳天、眉間、心臓、脾腹。既濁はそれらの箇所に掌を当て、己を確かめる。無事と気づいた頃には、ロード・ハザクロはその場にいなかった。
●使い捨ての怪物
「逃げた……?」
ルクレティアは振り返り、プレッシャーの消えた地点を眺めた。すぐに戦いに向き直って集中を取り戻すが、惜しいことをしたと一人ごちる。
「どうせなら言っておきたいことあったんだけど、ね!」
マテリアルロッドを構えたルクレティアの瞳が、怪しく輝いた。振り下ろし、フォースブレイクの爆風に髪をはためかせる彼女の背後を、別働の灼滅者たちが駆けていく。
「この子たちの避難は任されたわ。デモノイドは、そちらで!」
手短に言う泰若は、自分も中学生1人を両腕で抱えていた。戦いをすり抜けて行く彼女たちからデモノイドの注意を引こうと、螢が鞭剣を振りかざす。
「君の相手は僕たちだ。そこから動かないでくれるかな?」
「グオオオオアアアアアアアッ!」
が、その一撃はデモノイドの豪腕に防がれた。びょうと大外に回る鞭剣を、螢は刀身を縮めて制御する。
「く……踏み込みが甘かったかな?」
「案ずるな。俺も仕掛ける」
身を屈めた宗嗣が、言葉を置き去りに瞬発した。ロングコート『黒百合』の裾が、名前に似て花の如く揺らめく。
「一凶、披露仕る……」
そこから突き出される刃が、デモノイドの肉を深く裂いた。月光の下、モノクロームの血が宗嗣へと飛び散る――手応えはしかし、敵生命へのダメージを直喩しない。
「……やはり、耐えるか」
「ジ、ギュゥウッ!」
何度目になるか、デモノイドは強酸の粘液を浮かび上がらせる。通り過ぎた宗嗣を無視し、デモノイドは貴子へと狙いを付けた。
「てぃー太、準備お願いだよー!」
ナノナノ『てぃー太』に強く告げた貴子は、WOKシールド『すごい五円玉』を敵に見せ付ける。先も敵の力を受けた身からか、冷や汗が背中を流れた。
「でも、みんな後ろにいるもんねー。きっちり10分耐えちゃうよ、私は!」
貴子は己から敵に突っ込んでいった。被せられる酸液が、やはりその動きを鈍らせるが。
「この距離なら、もう一度この技だよっ!」
「ナノッ!」
法子とてぃー太の回復サイキックが、ほぼ同時に彼女へ掛けられた。柔らかな風と愛の心とが、傷ついた仲間に癒しをもたらしていく。
「やっぱり、強いね……。『なすすべもなく全滅』なんてことには、ならないと思うけど」
時間制限を当てにはすまいと、法子は心を強く保つ。
「――どうしたよご一行、燻ってる場合じゃねーぜ!」
既濁は立ち直りも早く、いつも通りの透明な殺意をたぎらせていた。無造作に死線へ踏み込み、殺害という成果を狙う。
「こいつで挫けな!」
低姿勢から振り払った解体ナイフ『WILD CASE』が、デモノイドの足の腱に打ち付けられた。ギュ、とも、ジ、とも聞こえる奇妙な音が鳴る。
「逃がさない!」
敵の上体が傾いだ所に、海月がWOKシールドを振りかぶった。真正面からの攻撃に、双方の目がかち合う。
「アアアアアアアァァ!」
迎撃に払われる手が、跳ねた彼女の足下を通過した。高みから、打ち降ろしの一撃が見舞われる。
「……せいっ!」
躊躇なくぶち当てた盾撃は、デモノイドの胸板を痛撃した。と、その手応え以上に、デモノイドの体が破壊されていく。
「! もしかして……」
ルエニは油断なくガトリングガンの照準を合わせながらも、敵の様子をじっと観察した。
「アア、ア、ああぁぁあああ……」
筋肉がどろどろに溶け、その隙間から小さな骨が落ちていく。大きな膝が落ちたかと思うと、それは支えにすらならず、デモノイドは全身を地面へと落とした。……動かなくなる。
「時間、でしょうか」
ルエニの体感は、確かに開戦開始から10分が経過したことを伝えていた。崩れ、液状化していくそれを、少年は複雑な思いで眺める。
涙に似た滴が一つ、アスファルトを流れて消えた。
●戦いの後先で
デモノイドとの戦いを終えた灼滅者たちが中学生たちの避難先に行くと、そこでは別働の者たち主催による大反省会が繰り広げられていた。
公園のベンチに座り、毛布と温かいココアを与えられた中学生たちは、俯いて強い言葉の説教を聴いている。と、こちらに気づいた泰若が、苦笑するような視線をよこした。
「こんな感じで、大人しくさせてたわ。混ざる?」
そこにいた全員が高校生以上だったということもあり、中学生たちはかなり萎縮した様子で座っている。傍目には可哀相にも見える光景に、ルクレティアも苦笑した。
「力への憧れの方向を間違えただけだし、あまり無理させたくはないのだけど……ね」
再発防止の意味でも教育的な意味でも、彼ら自身にも非があったことは教えておかねばならないだろう。
「馬鹿みてぇな事をしたんだ、少々のお灸は必要だろうよ」
既濁は肩の力を抜いて、あっけらかんと言い放った。言いながらも、反省会にどんな叱咤が飛んでいるかには耳を傾けている。
――割と、強い調子で戒めているようではある。海月もそれを聞き流しながら、神妙に頷いた。
「戦いと、説教と。これだけ怖い目にあえば、学生さんも少しは懲りるだろうか」
「どちらがより怖いか……なんて、叱られる当事者じゃない僕たちにはわからないね」
螢は肩をすくめた。でも効果的であればよいねと続け、反省会に加わった法子を見る。
「軽い気持ちで世界を変えようだなんて思ったら、『やけどするよ。文字通りにね』」
法子は手袋を炎で覆いながら、中学生たち一人ひとりに射竦めるような視線を送っていた。彼らの生き様を、はたして変える事ができただろうか――それは、今ここではわからないことだろう。
「わかってくれてるといいよねー。私も私たちも全力だったけど、そうできるタイミングを取れたのは、偶然なんだからさ」
ねー、と貴子はてぃー太と頷きあった。一方で、ルエニは思わず流れ落ちる涙をぬぐい、肩を震わせている。
「……助けられて、よかった、です。先輩たちみんな、とても、とても……!」
そこから先は、言葉にならなかった。誰かが肩に掛けた毛布に、ルエニは潜り込む。
全てを見届けて、宗嗣は一足先に帰路に着いた。冷めきらぬ熱が、吐息を濃く曇らせる。
「アモン、貴様の遺産がまだこの世にあるのなら……俺がソレを狩り続けてやる」
呟きの音は静かに夜へ染み込んだ。思いは、強く残る――。
作者:君島世界 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年1月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 13/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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