明日の見えない夢

    作者:雪月花

    「はぁ……寒いなぁ」
     シャッターの閉まった街並みを横目に、鞄を提げた少年達がとぼとぼ歩いている。
    「こんな遅くまで、塾行ったってムダなのに」
    「どうせ良い学校に入ったって、将来安泰なんていかない世の中だもんなー」
    「マジで将来見えないんですけど」
     小テストの結果は良くても、彼らに浮かぶのは落胆、苦笑。
    「良い点取って親を安心させるのが、俺達の仕事だろ」
    「何の為の勉強なんだか……」
     溜息が夜の空気に白く漂う。
    「そんな世の中、変えてみたいと思わない?」
    「「……!?」」
     突然背後から掛かった声に、少年達は驚き、或いは怪訝そうに振り返る。
     そこにいたのは、自分達と同じくらいか、少し上の高校生に見える細身の少年だった。
     育ちの良さそうな柔和な笑みを浮かべ、彼は続ける。
    「この世界を変えるには、力が必要なんだ。俺に付いて来れば、君達にその力を与えてあげられるんだけど……どうかな?」
     よく見れば、すぐ側にある路地裏の暗がりに複数の人の気配。
     少年達は、困惑しながら赤い瞳の少年の顔を眺めた。
     
    「朱雀門高校に下った美醜のベレーザが、動き出したようだ」
     それも人々にとってあまり芳しくない活動で、と土津・剛(高校生エクスブレイン・dn0094)の表情は硬い。
    「デモノイドに関することって聞いたけれど」
    「そうだ。ベレーザはデモノイドの量産化を図ろうとしているらしく、その素体となる一般人を朱雀門高校のダークネス達が攫い、デモノイド工場に運ぼうとしているところが視えたんだ」
    「……!」
     灼滅者達と一緒に話を聞きに来た矢車・輝(スターサファイア・dn0126)の目が、険しい色を浮かべる。
    「塾帰りの中学生の集団に、数人の強化一般人を連れた朱雀門高校のヴァンパイアが接触する。お前達には拉致を阻止し、一般人達を救出して貰いたい」
     今回の依頼の内容を説明しながら、ただ、と剛は言葉を区切る。
    「強化一般人の1人は、ベレーザの力により不完全ではあるもののデモノイド化されていて、命令を受けると10分間だけデモノイド化して戦うことが出来るようだ。10分後、デモノイド化した強化一般人は自壊して死んでしまうようだが……」
    「なんてことを……」
     強く握り締めた拳を震わせ、輝が呟く。
    「皆が襲撃を行えば、朱雀門勢はそいつをデモノイド化させて戦わせ、一般人を連れて撤退しようとするだろう。そこに気を付けて欲しい」
     剛は拉致が行われる現場の説明を始めた。
     ある都市の駅付近の、商店街。
     時刻は22時過ぎ、時刻や不況の影響で、周囲に開いている店はほぼない。
    「塾が終わった中学生達の集団が、駅前のバス停に向かう。狙われる中学生達は10人、全員男子で他の集団より少し遅めに塾を出たグループになる」
     全員仲が良いという訳ではなく、単に帰りが同じ方面でバスが来る時刻に合わせて固まって移動しているようだ。
    「突然『世界を変えたいか?』と言われても、彼らは戸惑うだけだ。怪しい宗教の勧誘のような話ではな……だが、ヴァンパイアが連れている強化一般人も10人程いる。一般人には抵抗出来ないだろう」
    「集団を攫うのだから人数は当然だけど、そのうちデモノイド化する奴にヴァンパイアまでいるんじゃ、全員と戦うことになったら僕達に勝ち目はないんじゃないかな」
    「まともに戦ったらそうなる。デモノイドも不完全とはいえ、戦闘能力はそれなりに高いからな」
     輝の言うことも尤もだと、剛は頷いた。
    「ヴァンパイアの少年はケイと名乗っていたようだ。詳しい能力は不明だが、ヴァンパイアなりの強い力を持っているのは確かだろう。デモノイドの方は、典型的な力任せに暴れるタイプだな。デモノイドヒューマンと同等のサイキックを使用してくるだろう」
     それ以外の強化一般人は日本刀や解体ナイフ、影業を持つ者が見られたという。
    「今回の作戦は、量産型デモノイドの素体として狙われた少年達の救出が肝要だ。差し当たって、8割以上……10人中8人を救出することを目標にして欲しい」
     可能なら全員救出して欲しいが、状況的に厳しい場合もあるかも知れないと剛は言う。
    「一般人の人達が拉致されるのを阻止しながら、朱雀門高校のダークネスを撤退させる……か。何か策を練る必要があるよね」
     輝は思案げにした後、顔を上げた。
    「この通り、結構横道や裏通りがあるんだね。僕はみんなと離れて、強化一般人達が姿を現したのとは別の横道に隠れて、援護出来ないか考えてみるよ」
     上手くいくと良い、と剛は首肯し改めて灼滅者達の顔を見回す。
    「将来を憂えているだけで、何の罪もない若者達がデモノイドにされてしまうなんて、あってはいけないことだ。危険な任務だが、無事彼らを救ってくれることを、願っている」
     やるせなさを浮かべていた顔に決意を宿して、輝も口を開いた。
    「こんなこと……許される筈がない。僕だって許せないよ……必ず助けよう!」


    参加者
    宗岡・初美(鎖のサリー・d00222)
    神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)
    千景・七緒(揺らぐ影炎・d07209)
    有馬・由乃(歌詠・d09414)
    レナ・フォレストキャット(山猫狂詩曲・d12864)
    遠藤・穣(反抗期デモノイドヒューマン・d17888)
    万亀・夏緒瑠(自称ミステリアス・d20563)
    白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496)

    ■リプレイ

    ●逃れよ、闇の手から
     寂れた街並み。
     街灯と裏通りのネオンだけの背景には場違いな優雅な少年の笑みに、声を掛けられた中学生達は困惑していた。
    「なんかヤバイんじゃね?」
     小声で呟く声に、少年はふぅと溜息をつく。
    「やはり、これでは埒が明かないね。実力行使に出るしかないか」
     その言葉に潜んでいた影達が動き出す――が、彼らが姿を現すのとほぼ同時に別の存在も動いていた。
    「待ちたまえ」
     赤茶の髪を靡かせ、現れたのは宗岡・初美(鎖のサリー・d00222)。
     そこら辺の角材を肩に掛け、遠藤・穣(反抗期デモノイドヒューマン・d17888)がガンを飛ばした。
    「オラァ、てめぇら朱雀門高だな! 俺らのシマでいい度胸じゃねぇか面貸しやがれ!」
    「私たちを呼ばずに、他の子たちに声を掛けるなんてつれないんですね?」
     精一杯悪そうに見えるよう黒髪を弄りながら、有馬・由乃(歌詠・d09414)もつまらなそうな顔で首を傾げて見せる。
    「そうだそうだー!」
     千景・七緒(揺らぐ影炎・d07209)が妙に楽しげに囃し立て、
    「……」
     大きな金の瞳で神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)はじっと赤い瞳の少年――ケイを見上げる。
     彼は一般人と自分との間に割って入ってきた灼滅者達を面白そうに眺めていたが、中学生の少年達は堂に入った穣の態度もありかなりビビッていた。
    「ケイ様、こいつら灼滅者ですよ」
    「分かってるよ」
     配下の忠言に薄く笑むケイ。
    「スレイヤー?」
    「不良のグループじゃないかな」
     ケンカに巻き込まれた小市民と化した少年達。
    「あんな可愛い子達も?」
     女性陣、特に幼い蒼やレナ・フォレストキャット(山猫狂詩曲・d12864)を見て困惑顔の者も。
    「ど、どうしよう……」
    「あァ? やんのかコラ」
    「やっちゃえ遠藤! キミ、メディックだけどな!」
     角材でアスファルトを叩く穣と、ノリノリな七緒。
    「どうしたの?」
     とそこへ万亀・夏緒瑠(自称ミステリアス・d20563)と連れ立った白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496)が現れた。
    「わ、不良同士の喧嘩だ。この場所なんかヤバイよねぇ……一緒に逃げよっか? 周辺の道に詳しいから案内するよ」
     夏緒瑠は少年達に提案する。
     ESPの効果でこの界隈の住人と思われたのか、少年達は彼女を縋るように見た。
    「ここにいると危ないよ! 案内するから、ついてきて……!」
     年齢より幼げな純人は可愛い弟といったところか、ラブフェロモンで相手の硬い表情が和らいでいく。
    「お兄さんたち、早く逃げるにゃん。あいつらに目を付けられてるにゃん!」
     レナが急かす。
    「あ、ありがとう」
     背を押されるように、彼らは夏緒瑠と純人の先導で通りを駆け出した。
     そのまま、ある横道を目指す。

    ●挑み、耐える時
    「面白いことになったじゃない。どうやってあの子達を捕まえに行く?」
     配下の後方に移ったケイは愉快そうだ。
    「やぁ、高みの見物とはいい身分だね。血が好きといっても僕程度では不足のようだ。今日はこのまま帰るのがお互いの為とは思わないかい?」
    「そういえば、灼滅者の血は吸ったことがなかったな。試してみても?」
    「お戯れを!」
     声を掛けた初美に興味を示すケイを配下の女が嗜めていると、1人の男が彼に歩み寄る。
    「ケイ様、わたくしめにお命じ下さい」
    「……君は、本当にそれで良いんだね」
    「ベレーザ様の御為ならば、喜んでこの命差し出しましょう」
     言い切る彼に、一時剣呑な眼差しだったケイもやれやれと肩を竦める。
    「たいした忠義心だ。なら、やってご覧」
     合図を受けた男が身を屈め、瞬く間に蒼い寄生体に覆われていく。
     デモノイド化した男が灼滅者達に向き直るのと同時に、強化一般人達もいざ、と動くがそこに立ち塞がるのは灼滅者達だ。
     力の解放。
    「残念だが、ここを通す訳にはいかないのだよ」
     恐竜の頭蓋に鎖を打ち付けた姿の影が初美の足許から現れ、人攫い達を威嚇した。
    「奈落へ……堕ちろ……」
     幼い腕を巨大化させ、蒼が先頭の配下の出鼻を挫くように一撃を加える。
    「彼らの将来は彼らのものです。どんなにあなたたちに力があろうと、それを好きにする権利はありません」
     由乃は契約の指輪から魔法弾を放ちながら、遠ざかっていく足音を背に思う。
    (「どんなに将来に不安があっても、その時自分が勉強したこと、努力したことは、困難にぶつかった時の自信になる筈です」)
     ケイが灼滅者達の行動を面白がって、配下のデモノイド化が少し遅れたのは、パニックの要因を減らせて良かったかも知れない。
    「ならば他の道を使うまで!」
     強化一般人の半数以上が、横道から回り込もうと後退していくが、
    「させるかよ!」
     穣が急ぎ唱えるディーヴァズメロディにあてられ、1人2人と催眠により味方を攻撃しながらその場で縫い止められた。
    「他の面子が集まるまで相手してやるぜ!」
    「へぇ?」
     仲間を匂わす言葉に、ケイは肩眉を上げる。
     その間に、蒼と初美が封縛糸や影縛りで配下を拘束していく。
    「ちょっとタイミング悪かったな」
    「4人か」
    「無理に追い縋れば陣が崩れます」
     苦く呟く七緒と初美へ冷静に告げる由乃。彼らもそれに頷く。
    「仕方あるまい。あちらに知らせておくべきだな」
     鋭く響き渡る笛の音は、不測の事態に備えて用意しておいた合図の手段だった。
     七緒がデモノイドを、初美が強化一般人を抑える為にディフェンダーを担い、一同分かれた仲間と合流するまで耐える為の戦法を取る。
    「さ、踏ん張り所だよ。みんなにいいトコ見せなきゃね?」
     導きの星を冠したWOKシールドをひと撫で、七緒は襲い来る蒼い刃を受け止めた。
     レナはデモノイドを抑える由乃を援護するように、闇の契約で術の力を高め制約の弾丸と影縛りでデモノイドの動きを封じることに力を注ぐ。
     ちらりと後方のケイを見遣ると、彼は緩く腕を組み戦況を眺めているだけだった。

    ●路地裏の攻防
    「都市部はやはり、木が少ないな」
     確認しておいた避難ルートを待機中の皆に伝え、銀嶺は呟く。
    (「朱雀門に技術が渡った上、御業を我が物顔で広めるなどと……」)
     今もアモンにひとかたならぬ思いのある純也にとって、ベレーザの所業は由々しいことこの上なかった。
     思案を遮るように、冷たい空気を裂く甲高い笛の音が届き、すぐに別の路地にいた矢車・輝(スターサファイア・dn0126)から電話が入る。
    『強化一般人達がこちらに流れたようだ。僕も合流するよ』
     少年達を連れた夏緒瑠と純人が横道から飛び出してきたのも、そのすぐ後だった。
    「どこまで走るの?」
     合流直後、体力のない少年が音を上げ始めた辺りで、鞄を手にした慎一郎が偶然を装って通り掛かる。
    「血相変えてどうしたの? バス、もうすぐ来るよ」
     大人びて落ち着いた彼の様子とプラチナチケットのお陰か、少年達はあからさまにほっとした顔になった。
    「こちらだ」
     銀嶺が誘導しようとした時、
    「ふむ、この感覚……来るかっ!」
     夏緒瑠が言うが早いか、反対側の細道からバタバタと複数の足音が聞こえた。
     戦慄く少年達を安心させるように、そして仲間達への激励にと、紗里亜が笑顔を見せる。
    「後は任せて下さいね。さ、こっちです」
    「先に行け」
     スタイリッシュな姿に変身して背を向ける純也に、少年達はなんだか感動して素直に誘導する面々の後を付いていくのだった。
     残った者達は、程なくして現れた追っ手を迎え撃つ。
    「……無理やり攫ってデモノイド化? ダメだよね、いけないことだよね。そんなことするのは汚い人たちだよね」
     じゃあ、全部掃除しないと。
     追っ手を見る純人の目が温度を失っていく。
     カードから開放された力は彼の両腕を寄生体で覆い、取り込んだ刃が鋭い鉤爪に変わった。
    「そっちは通行止めですよー」
     クラスメイトを見送って物陰に隠れていた真夜が飛び出し、駆けつけた輝と共に挟撃に持ち込む。
     1人2人と倒され、旗色が悪くなる追っ手達。
    「くそっ……」
    「あれだけ引き離されては、もう無理だ」
     中学生達を狙うのを諦め、倒れた仲間をそのまま引き返していく。
    「あの子達はもう大丈夫だね。後は仕上げだ」
     輝はまだ思い詰めたような目をしていた。

     バスは早めに来て待っていた。
     誘導に回った灼滅者が少年達をバスに乗せ、周囲を警戒しているうちにもう出発の時間。
    「世の中色々あるけど……きっと悪いことばかりじゃ無いと思いますよ」
     ウインクひとつ、手を振って紗里亜は彼らを見送った。
     手を振り返したり、ポッと頬を赤くしたり。
     今夜のことは、ちょっと怖いけれど不思議な体験で終わるだろう。
    「よかった」
     安堵の息をついた慎一郎は、まだ大切な人が戦っているであろう方角の空を見上げた。

    ●崩壊の時
     デモノイドと強化一般人達を相手に、灼滅者達は厳しい状況を凌いでいた。
    (「今は耐えるしかねぇ。あいつらが逃げ切ってくれるまで……!」)
     穣は序盤以降回復に専念しているが、ヒヤリとする場面も少なくはない。
    「っ、ここで膝を突く訳にはいかないのだよ」
     仲間への攻撃を防ぎ倒れそうになった初美が、その魂の力で己を奮い立たせた。
     サリーと名を冠した恐竜の影が、その鎖で配下達を縫い止めていく。
     絶対にここを通さない、あの少年達を守るという強い想いが、彼らの連携をより密にしていた。
    (「仲間に悔しい思い、させらんないでしょ」)
     背に感じる皆の想いに、ふと口許を緩める七緒。
     敵のメディックを早めに片付けられたのは大きかった。
     由乃のバベルブレイカーから放たれた杭が、エンチャントを破壊する効果を上乗せして高速回転し、敵の防御を崩す。
    「……闇に、呑まれよ……」
     すかさず蒼の影業が花弁のように舞い、食らいついていく。
    「デモノイドが崩れてくにゃん……」
     デモノイドへの攻撃にフォースブレイクを織り交ぜ始めたレナが、次第に寄生体が削げ落ちていく姿に眉を下げた。
     それでも『彼』は戦い続ける。
     片腕がもげ、脇腹が弾けても。
     もう本能と命令に従って、死ぬまで戦うだけの存在だった。
    「馬鹿野郎が……! いいぜ、終いにしてやる」
     穣は歯を食い縛る。
     自分は望まず、彼は望んでこうなったのかも知れないが、穣はデモノイドを利用する朱雀門の者達が許せなかった。
     怒りで我を忘れずにいられるのは、自らと同じ境遇にしたくない者達がいるからだ。
    「あなたたちは、デモノイドを量産して……何がしたいのですか」
    「有り体に言えば、自勢力の戦力増強。デモノイドは戦闘力の高い、優秀な駒になり得る……ということらしいよ」
     攻撃の合間に尋ねた蒼に、ケイはあっさりと答える。
    「らしい……?」
     不思議そうに蒼が反芻すると、彼はおどけたように肩を竦めた。
    「俺はしがない一般生徒だからね。ただ借り出されているだけなのさ」
    「……道具扱いかい、気に入らない」
     七緒の唇から漏れた呟きに、ケイは目を細める。
    「意思も理性もなく暴れるだけのデモノイドを憐れむ同胞も少なくはないけれど、今は状況が変わってしまったからね」
     話す間にもデモノイドは崩れていった。
     10分経つ頃にはもう原型を留めておらず、後はぐずぐずと粘液のように崩れていくだけ。

    ●見えない明日でも
    「そこまで、だよ」
     コンクリートに反響する、純人の声。
    「ただいま戻りましたぁ」
     夏緒瑠が緩い調子で片手を挙げる。
     輝とサポート達の姿も共にあり、戦線に加わった。
     遅れて追っ手に回っていた配下の生き残りが戻ってくる。
    「も、申し訳ありません」
    「伏兵がいるというのは、あながち嘘でもなかったのか」
     感心げなケイに、輝が挑発するように笑った。
    「第二陣はこんなものではないよ」
     どうする、と青い瞳が問う。
    「……潮時だね」
     ケイは肩を竦め、配下達に撤退を命じた。
    「しかし!」
    「君達の気持ちは分かるけどね、命あっての物種だよ。結果を報告するのも大切な役目でしょう? はい解散、無事お家に帰るまでが任務ですよー」
     食い下がる者に苦笑し、ケイは背に蝙蝠の羽を生やす。
    「待てよ、てめぇは絶ッ対に許さねぇ!」
     怒声を上げ穣がバスタービームを放つが、翼で跳ね除けられた。
    「なかなか骨がある。君達みたいな子がロードになって、うちに来てくれた方がよっぽど楽しいのに」
    「てめぇ……」
     余裕のケイに、彼の目は険しさを増す。
    「縁があればまた会えるだろう。君の血が味わえる日がくるよう、願っているよ」
     ケイは初美にウインクして飛び去った。
     生き残った配下達も引き上げていく。
    「深追いはやめておいた方が良いね」
    「えぇ、皆さんお疲れでしょうし」
     七緒と由乃は警戒を解かず、言葉を交わす。
     やがて、辺りには夜の静けさが舞い戻った。
    「……本当、雲行きが、怪しい事、ばっかり、ですね……」
     山を越して仄かに安堵を浮かべた蒼が、小さく溜息をつく。
     初美は、もう少年の姿も消えたビルの谷間を眺めた。
    「僕に興味を持たれるとはね……」
    「胸糞悪ぃッ!」
     穣は近くの壁を壊れない程度に殴った。
     それで済んだのは、狙われた少年達を全員助けられたからだ。
     だが、未だザクザクと何かを突き刺す音がする。
    「ゴミ、消えろ、死ね、汚い」
    「純人くん」
    「汚い、汚い、消えろ、早く消えろ……」
     血塗れの刃と化した純人の手の甲辺りを押さえて、輝はもう一度彼を呼ぶ。
    「もういいんだ。もう、終わったんだよ……」
     目の前の強化一般人はとうに事切れていた。
     見上げた彼の瞳から冷たさが抜けていくのを見て、輝はやるせない笑みを浮かべて。
    「君もご両親と一緒に攫われたんだったね」
     僕も似たようなものさと瞼を伏した。
     ダークネスの動きひとつで人々は翻弄され、容易く犠牲になってしまう。
     連綿と続いてきた歴史の中、どれだけの悲しみが生まれ、報われることなく散っていったのか。
    「自分達の勢力を強くする。そんなことの為に……そんなことの為に、父さんは、母さんは……みんなは死んだのか!?」
     身震いする輝に、敵を前に豹変してしまう純人に、穣は思わず背を向けた。
     突然攫われ、異形にされてしまう辛さを知っていたから。
    「矢車さん、血が……」
     強く握った手に爪が食い込んで傷付いているのを見た由乃が、優しい風を吹かせた。
    「この強化一般人たちも、犠牲者かもしれませんが」
     追っ手に回って息絶えた強化一般人も一緒に横たえ、真夜が呟く。
     望まぬ形で利用される人を、これ以上出さないようにすること。それが自分の使命だと。
     由乃は微笑んだ。
    「力がなければ変えられないような理不尽と戦うのが、私たちです」
     未来に不安があっても。
     今をつまらないと感じても。
     どうか日常を大切に。
     無事逃げ遂せた彼らに、彼女は願う。
    「……由乃さんみたいになりたい。僕を助けてくれた人達みたいに……優しく強く、みんなを守れるように……なりたい」
     傷の消えた掌を見つめて呟くと、輝は背を向けたままの穣を見上げた。
    「元に戻れる方法、見付かるまでで良いから……穣さんも一緒に戦ってくれる?」
    「ったりめぇだ!」
     怒ったように答え、穣は隠れてスンと鼻をすすった。
    「朱雀門かにゃー……どこにゃんだろうにゃ?」
     可愛らしく首を傾げるレナに、重い空気が和らぐ。
     そっと見守っていた七緒が微笑んだ。
    「何処かなぁ。関東じゃないみてーだけど」
    「ちっ、さっさとカチコミ行ってブッ潰してやりてぇ!」
    「焦ってはいけません。状況を見るしかないのが歯痒いですが……」
    「やはり、わたし達が正義であったか……」
    「……おなか、すいた……です」
    「もうこんな時間だものね。帰りに何か食べて行こうか」
    「……そうだね」
    「ふむ、就寝前の食事は消化に不安があるが……たまには良いだろう」
     皆、思い思いのことを話しながら帰途に就いた。

     見えない明日でも、確かにそこにある。

    作者:雪月花 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 8
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