宵を待たず

    作者:佐伯都

     逢魔が時とはよく言ったもので、統計上日暮れ時は交通事故が多くなるなど色々な意味で災いの多い時間帯と言える。
     他にも例えば、帰宅ラッシュの始まる時間帯に誤って線路に転落し云々とか。
     ふと何かが動いた気がして物陰を覗いたばかりに、そこに潜んでいた何かに襲われたりとか。
    「……ん?」
     そう、逢魔が時とは古来より災いが多いもの。
     一日の業務を終えた清掃業者が、ビルの裏手から最寄り駅までをショートカットしようと通り抜けた路地裏。
     壊れた洗濯機の向こう側にヒトではない何かが動いた気がして覗きこむと、そこには半人半獣と表現しようのない生き物がうずくまっていた。
    「――ひ、」
     しかもとうてい生きていようはずのない重傷を負い、腐りおちた器官も多い身体を起こし。
    「ぎぃいぁあああああ!!」
     廃棄された大型家電に身を潜めていた四体の異形に惨殺される不運も、起こってしまうわけで。
     
    ●宵を待たず
    「少し急ぎの依頼になる事を最初に謝っておく。できればあまり知られたくなくてね」
     未来予測を書き留めたルーズリーフを睨む成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)の表情は、少し暗い。
    「新宿防衛戦の犠牲者と思われるアンデッドが、一般人を襲う予測が出ている。……ああ一般人でも学園の、でもなくて」
     見るからに人間らしくない風体のため、病院勢力に属していたと思われる灼滅者の遺体を元にしたと思われるアンデッドだ。ゆえに殲術武器やサイキックを駆使でき、一般人を素体とするよりもはるかに強力な個体だと言える。
     新宿のとある雑居ビルの裏手、夜になるのを待って何かを探しに行こうとしていた所を、偶然通りがかった清掃作業員と鉢合わせ殺してしまう。
    「何と言うか……相手がこうだからね、穏便にって言葉もおかしいしもう何件も似たケースが報告されているから、無駄だと判っているつもりだけど。でもそれを踏まえた上で、できるだけ表沙汰にならないよう迅速に処理してもらえたら」
     元病院所属のアンデッドは、個人を特定できそうな身体的特徴らしきものは残っていない。
     壮絶な死を遂げたであろうことが窺い知れる致命傷がいくつもあり、かろうじて「人間であった」ことがうかがい知れるだけだ。
    「アンデッドは四体。どれもファイアブラッドがルーツのようで、全身毛皮だったり鹿みたいな角がついていたり。体格差もそれほどないね」
     二人ずつ妖の槍と無敵斬艦刀で武装しており、戦闘時には積極的に攻勢に出てくる。なお、話しかけても通常のアンデッドと同じく会話することはできない。
    「さいわい、今から向かえば清掃員よりかなり前に現場に着けるし、あまり戦闘を長引かせさえしなければ撤収する時間的な余裕もあるよ」
     彼らが何を探しているのか、また誰に命じられたのかは不明だがこれ以上非人道的な行為を見逃しておく理由もない。
    「素体にされた病院の灼滅者のためにも、ね」


    参加者
    藤柴・裕士(藍色花びら・d00459)
    羽嶋・草灯(三千世界の鳥を殺し・d00483)
    明石・瑞穂(ブラッドバス・d02578)
    ミネット・シャノワ(白き森の黒猫・d02757)
    東堂・イヅル(デッドリーウォーカー・d05675)
    白波瀬・雅(光の戦士ピュアライト・d11197)
    湊・奏(流転輪廻・d23727)
    犬吠埼・犬釘(レイルスパイク・d23759)

    ■リプレイ

    ●宵を待たず
     ぼろぼろの身体になるまで戦いぬいて、そして亡くなった。
     名誉の死だったのかもしれないがこんな風に利用されるのは不本意なはずに違いなく、なにより死者を冒涜する非人道的な行為でもある。
    「見ていられないな」
     東堂・イヅル(デッドリーウォーカー・d05675)は苦く呟いて、20分後にアラームをセットした携帯電話を内懐に押しこんだ。犠牲者でもあり倒す敵でもある相手と同じファイアブラッドとして、本当に、この仕打ちは腹立たしい。
     その後ろで、念のため周囲に人の往来がないことを確認していた羽嶋・草灯(三千世界の鳥を殺し・d00483)がマントのような外套を翻して立ち止まる。
     覗きこむのはしんと静まりかえった路地裏。
     反対側、こちらからは逆光になるかたちで同じように路地裏を覗きこんでいるミネット・シャノワ(白き森の黒猫・d02757)と明石・瑞穂(ブラッドバス・d02578)の姿が見えて、草灯はふと相好を崩した。
    「……これを倒すため戦ってた人たちだろうに、悪趣味なことを」
     湊・奏(流転輪廻・d23727)の声を聞きながら、犬吠埼・犬釘(レイルスパイク・d23759)は壊れた冷蔵庫やら洗濯機やらの向こうにいるはずの元仲間を思う。アンデッドと化した彼等を見るのはなかなか辛いところだが、だからこそこの手でけじめをつけなければならない。
     雑居ビル裏手の薄暗がり。少し離れればダークネスの存在など知りもしない人々の営みが、ごく当たり前にそこにある。まるで現実世界から切り取られたようにひんやりと静かな路地裏で、これから誰にも知られずに始まりそして終わる戦いのことなど、考えもしない。
     たとえそんな風に、誰にも知られずひっそり果てたとしても。
     戦うために寿命を捨てた者として、戦いの渦中で死ねたであろう彼等には同情しつつも少し羨しさすら犬釘は感じた。
    「こんな事をさせられるなんて、絶対に望んで無かったはずっすよ」
    「……せやね、助けてあげなーあかん。早く、灼滅したらなーあかんな」 
     草灯たちの側に人数が揃っていることを確認し、白波瀬・雅(光の戦士ピュアライト・d11197)は傍らの藤柴・裕士(藍色花びら・d00459)を見上げた。
    「可哀想っすけど……全力で戦うっすよ!」
     雅の声に灼滅者たちが路地裏の中央めがけてスタートを切る。
    「よう、兄弟。迎えに来たぜ」
     巨大なバベルブレイカーを構えた犬釘にすっかり白く濁った目が向けられた。
     半ばもげ落ちかけの脚を引きずって一人、そして立派な鹿角らしきものが片方足りないと思いきや側頭部が吹き飛んでいるものが一人、と次々に凄惨な身体を晒して立ちあがる。
     そこには誰何の声も、呪詛の呻きもなかった。

    ●薄闇の中
     大きく槍をひと振りして身構えた鹿角のアンデッド。左の目元からこめかみにかけての部分が失われている他にも、右の二の腕から先がない。一体どれだけ。
     命を削ってまで病院組織に身を投じ、こんなになるまで戦って。
     捻りの入った刺突をあえて紙一重で避け、片手で槍を引き戻すときの隙を突いてミネットはその懐深くへ潜りこむ。そのまま重機じみた外観のバベルブレイカーで、彼等をアンデッドとしたダークネスへの怒りそのままに殴りつけた。
    「命をねじ曲げて、奴隷のように扱って……元凶には怒りを禁じ得ませんっ!」
    「死んでも働いてるとは、仕事熱心な連中だわ」
     医者を志す瑞穂としても、病院に属していた彼等にはシンパシーを感じている。本当なら治してやりたい所だが、すでに命が去ってしまった身には灼滅者とて何もしてやれる事はない。癒すことができないなら、せめてこの手で楽にしてやるしかないだろう。
     理解できるはずがないうえ単純にその耳が聞こえているかどうかすらもあやしい、それでも瑞穂はうすく笑って告げた。
    「生き残った病院の面々はウチの学園が引き受けたから、安心して眠りなさい」
     返る声はない。
     猛然と裕士へ叩きおろされた無敵斬艦刀がその全ての返答と受け取ることにして、雅は突進の勢いとロケット噴射の重さを乗せてロケットハンマーを大きく振り抜く。ゴッ、と鈍い音がして半ば白骨化していた顎先が吹き飛んだ。
     仲間へは手出し無用とばかりに妖の槍を下段へ据え、イヅルは細く息を吐く。四肢の欠損などはないがやたらと胴体への風穴が目立つ、恐らく最も体格の小さなものが素早く一歩を踏み込んできた。
     咄嗟に得物を手元で回転させてその刺突をなんとか捌き、体勢が崩れたところを見計らってさらに攻めこむ。
     草灯が後方から展開した結界によるものだろうか、ややアンデッド達の動きが鈍くなったようにイヅルには感じられた。すっかり変色した血で汚れたままの無敵斬艦刀が業火をまとって犬釘の肩を抉っていくが、すかさず奏がカバーに入る。
     依頼経験こそ少ないものの、こんな時のために長いこと積み重ねてきた鍛錬だ。そしてその努力は奏を裏切らない。
    「……大丈夫、いつも通りにやればいい」
    「そんな傷を負ってまで戦って……護りたかったのは、ダークネスでは無かったはずでしょう!?」
     ミネットやイヅルがアンデッドからの猛攻を引きうけている一瞬の隙をかいくぐり、裕士はその死角へ回り込んだ。ただでさえ立っているどころか、こうして五体無事な灼滅者と渡り合っているのが奇跡的なほど損傷している足元へ仕掛けに行く。
     ほんまやったら、敵ちゃうのにな。
     そんな呟きを苦い表情で呑みこんだ裕士の右手、白刃が一閃した。

    ●さまよい出ずる
     裕士に大きく足元を切り裂かれよろめいたアンデッドに、草灯が狙いを絞る。闇色をした肉厚のナイフに似た影が、十重二十重に取り巻いて一斉にアンデッドへ襲いかかった。
    「もうすぐ、楽にしてあげるよ」
     トラウマが発現されたのだろうか、身悶えるようにアンデッドが妖の槍を取り落とす。
    「一刻も早く、不死の呪縛から解き放ちます……!」 
     その呪縛ごと凍てつかせていくミネットの声音。
     真っ白い霜の張り付く腕が苦悶に振り回され、したたかにミネットの右半身を打ち据えた。瞬間回復量で勝る単体かそれとも、と一瞬迷った瑞穂の目へ、宙へ差し出された奏の掌に凝る温かな光が飛び込んでくる。
     それを自身よりも単体回復量で勝るヒーリングライトと判断し、瑞穂は消耗が重なりはじめた犬釘と雅、イヅルへ向け大きく腕を泳がせた。真冬の冷気を抱き込んだ疾風が戦場を駆け抜ける。
    「医者は壊すのではなく治すのがお仕事、ってね」
    「……攻撃力が業火になる前に、チョロ火にさせてもらおうかな」
     赤い炎をまとわりつかせた無敵斬艦刀。味方が構えているならばともかく、敵がそれを持っている光景は存外に厄介なしろものだと奏は思う。瑞穂が一瞬サイキックの選択に迷ったようにも見えたのだが、清めの風で他の前衛のケアへ回ってくれたおかげで回復に不安は全くない。
     すっかりトラウマに取り憑かれたアンデッドを、雅が無造作にわし掴んだまま持ち上げ叩き伏せた。ぐしゃん、と紙細工か段ボール箱を叩き潰したような軽すぎる衝撃が返ってきて雅は驚くが、ほんの一瞬前まで明確な形を伴っていたはずのアンデッドが見る間にぼろぼろと脆く崩れ去っていく。
     人間のそれとは全く違い、亡骸もなく完全に消滅してしまう事実に雅は息を呑んだ。もう完全にヒトではない、という現実を思い知らされた気がして。
     有言実行とばかりに、奏の背後に屹立した十字より放たれる光線でアンデッドたちの炎がかき消える。
    「どこの誰かは知らないが、なかなか酷いことをしてくれる」
     ミネットと裕士が果敢に削りつづけていた残りの槍持ちが沈むのを横目に、イヅルと犬釘はそろそろ消耗が目に見えはじめた斬艦刀持ち2体の仕上げにかかった。
     肉が腐り落ちたせいかそれとも生前か死後に酷い扱いを受けたのか、他と同様全身を覆っていたとおぼしき毛皮がほぼ剥げおち、どこか理科室の筋肉標本じみて生々しい。
     その腕が高々と無敵斬艦刀を振り上げたのを見てとり、イヅルと犬釘はそれぞれ逆方向へ地面を蹴った。直線に伸びる斬撃をやや位置を変えて間合いを詰めることによって外す。
     背後に残した仲間が被弾したかどうか振り返るような愚はおかさない。今は守りに入るべきではなく攻め時だと、天啓に似た直感がそう告げていた。草灯のものだろうか、ひたひたと水が這い寄るように一段濃い色の影がアンデッドの足元を洗い、呪縛じみて伸び上がる。
     果たしてその目の前に広がったトラウマがどのような光景であったか、知る方法はない。
     悪夢をふりほどこうとしたのか、深々と地面にめりこむ巨大な鉄塊のごとき得物を渾身の力で引き抜こうとする。攻めにも守りにも入れぬその瞬間を狙った、何のてらいもない横薙ぎと巨大な杭による刺突。それは白の軌跡を伴ってアンデッドをあざやかに両断した。

    ●滅びの定め
     どこか縄を引き絞るような動作で影業を引き戻し、草灯は目を細める。空いた手には解体ナイフも握られているが、どうやらその出番はなさそうだ、とどこか寂しい気分で思う。
    「死んでなお縛られるなんて、哀れでしかないね……」
     ゆらりと傾いた、片方だけの鹿角。
     誰のサイキックだろうか、ずしりと鈍い残響が地面を震わせ、巨大な武器が転がる。細かな傷や血の汚れこそ無数にあったが、どれだけの攻撃を受けても最後まで欠けることさえなかったその角が、ついに根元から二つに折れた。
     砂の城が崩れていくようにアンデッドが元の形を失っていくなか、犬釘がかつての仲間の最期を見守る。
    「……なあ、兄弟。死ぬってどんな気持ちだ?」
     最初の問いかけと同じく、返る声はない。
     今や白砂の小山となったその傍らに、根元で折れた鹿の角。ふと手を伸ばした犬釘の指先に触れるか触れないかのタイミングで、その角もまた粉々に砕けてかき消える。
    「結局、わざわざ病院関係者の死体使って一体何企んでるのやら……」
    「さあ? 何を探していたか、気になる所ではあるね」
     しきりに訝る瑞穂に少し笑ってみせて、草灯は外していた眼鏡をかけ直した。もう何の痕跡も残っていない現場に、裕士が花を一輪供えている。
    「何か手がかりが欲しい所ですが、何を探していたかも不明ですし、今後の報告が気になりますね」
    「本当、これは惨すぎるっす」
     死者を悼む黙祷を終えたミネットと雅が離れていくのを見送り、イヅルは内懐にしまっておいた携帯を取り出した。そこに表示されている分数を見て、黙ったままの犬釘の肩を叩く。
     あるかなしかの風に、しずかにちいさく、揺れる白い花。
     雑居ビルの隙間からとどく斜陽に照らされたその一輪のそば。誰もいない路地を初老の清掃員が通りがかるまで、あと5分。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ