スケアリー・ウィザードの弔葬

    作者:日暮ひかり

    ●scene
     この街の住人はいつ眠るのだろう、とも言われる。幾千のネオンが夜を照らし、星すらも喧騒に埋め去ってしまうここ新宿の街は、不夜城と呼ばれて久しい。
     華々しい新宿駅前からはやや離れた、網目のように伸びる狭い路地の一角。
     古めかしい建物の裏手、ネオンの光もおぼろな小路の中で、鬼のように赤い顔をした男がひとり、目を覚ました。
     泥酔した男がごみ捨て場に突っ込んで寝ていようと、この街では気にかける者は少ない。ありふれた光景だ。いちいち心配していては、身が持たない。
     男は布団のように身体を覆っていたごみを払いのけ、おぼつかない足取りで歩きだす。どうやら、路地に己以外の人影を発見したようだった。
    「すいませェん……ここ、ここは、おるぇの家らんれすけろぉ」
     常ならば、話しかけられた者たちのほうが不運であった。そんな場面だ。
     しかし今夜、不運であったのは男のほうだ。

     それらの外見は、一言で言えば異様だった。
     一人は全身が枯れ木のようで、一人は骨と水晶が身体を作り、一人は影そのもので顔も指紋もない。魔法使いのような服装とシルエットだけは人間のものだが、明らかに人とは違う生き物だった。
     男が酩酊状態でなければ、声くらいはあげられただろうか。
     だが、意味のないことだ。いずれにせよ、男に待つのは無残な死のみであった。
     
    ●warning
     灼滅者と病院、そしてセイメイらの連合軍が衝突し、多数の犠牲が生まれたことはまだ記憶に新しいだろう。
     そんな中、ある灼滅者の危惧が的中した。戦死した病院勢力の灼滅者がアンデッド化され、何者かに利用され始めているのだという。
    「何てひどいことを……。亡くなってからも争いに利用されるなんて、すごく悲しいことです……」
     イヴ・エルフィンストーン(中学生魔法使い・dn0012)は、『悔しい』と『悲しい』と『怖い』が入り混じった表情でそう感想を述べた。鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)も、今日ばかりはさすがに神妙な顔をしている。
    「よく考えたものだ。人造灼滅者の力を持った屍人……一般人を殺害し、配下とした場合より余程強いだろう。改めて人員を割く手間もない、有効利用せねば損、か……実に合理的、かつ非人道的な考えだ」
     そうして鷹神は教室の椅子のひとつに腰掛けると、不機嫌そうに足を組んだまま、話を続けた。
    「屍人たちは新宿周辺に潜伏し、人目を避けながら、何かを探すような動きを見せている。仔細は現在調査中だが、道中一般人に出くわすと相手を殺そうとする……という事は判明している」
     もとは同志といえ、見過ごせない。運よく発見できた三体を討伐してほしい、というのが、今回の鷹神からの依頼らしかった。
     
     場所は新宿の中でも、ややうらぶれた雰囲気を持つ歓楽街の路地裏。
     被害者となる男は一人。泥酔し、まだ眠っている時に現場に辿り着けるだろう。
     その後暫くするとアンデッド達が現れるが、敵は人目を避けている事を忘れてはならない。幸い、屍人であるので知覚は良くはないようだ。
     現れるのは、マテリアルロッドの魔法使い、殺人注射器のエクソシスト、バベルブレイカーのシャドウハンターの三人。
    「……だったと思われる」
     鷹神の言葉に皆が沈黙する。
     全員、ダークネス形態のままアンデッド化しており、その姿はおぞましいと言うほかない。名前はおろか、男か女すらかもわからないという。
    「怖いか」
     鷹神はイヴにそう、一言だけ尋ねた。
    「……はい。でもそれより、早く助けてあげたいって、イヴは思いますから。……いってきます」
     決意をこめた瞳で前を向くイヴを見て、鷹神はそうかとかすかに笑みを浮かべ、集まった他の灼滅者たちを見回す。
    「君達も思う所は様々だろうが、一先ず団結して任務にあたってほしい。……俺達も未だダークネスの手の内だな。改めて、そう感じたよ」


    参加者
    宮瀬・冬人(イノセントキラー・d01830)
    皆守・幸太郎(微睡みモノクローム・d02095)
    楯縫・梗花(なもなきもの・d02901)
    森田・供助(月桂杖・d03292)
    エデ・ルキエ(樹氷の魔女・d08814)
    高倉・奏(弾丸ファイター・d10164)
    雪椿・鵺白(テレイドスコープ・d10204)
    白石・めぐみ(祈雨・d20817)

    ■リプレイ

    ●1
     誰かに肩をゆすられ、暗い路地の中、酔った男が目を覚ました。
     瞼を開くと、ビルの谷間の細い新宿の夜空が見えた。その中心に立つ影が、恐らく男を起こした人物であろう。
     辺りは暗い。そのうえ酒気にやられた男の頭では、その人物が男か女かも、何歳でどんな背格好だったかも、判断はつかない。
     ――緩い風が吹いた。もしも男が覚えていたとしたら、そこまでだ。

     魂鎮めの風で眠らせた男を見おろし、森田・供助(月桂杖・d03292)は浅く白い息を吐いた。合図に応じ、周辺に待機していた仲間が集合する。
    「うわ、お酒くさい……」
     漂う異臭にエデ・ルキエ(樹氷の魔女・d08814)が思わず鼻をつまむ。近辺に積まれたダンボールからまだ綺麗なものをより分けながら、雪椿・鵺白(テレイドスコープ・d10204)も呆れた顔をした。
    「随分呑んだのね」
    「まあ、どんなにつまらないものでも、それがお仕事なら守ってみせますよ!」
     頼もしいエデの言葉には、鵺白はふわりと笑みを返す。そこへ学園からの援軍が訪れた。有志達の中に、この酔客の保護を申し出た者達がいるようだ。
    「イヴ君、みんな、援護に来たよ。『一緒に』ダークネスに立ち向かおう」
    「君らはそっちに集中しなよ、こっちは僕らが連れてくから」
     眠りの風や記憶の隠蔽をかける準備のある者、旅人の外套やエイティーンで人目に気を配る者。彼らの同行があれば機転も利く。移動時間を気にかけていた供助もこれ幸いと、男を預ける事に決めた。
     路地の周辺には迂回を促す看板が設置され、殺界形成を用いつつ近隣を見回る者も多い。被害を抑える為の態勢は盤石だ。
    「がんばってね、みんな」
     有志の大半は路地を離れ、数名を残すばかり。その中に人造灼滅者達の姿があった。
    「利用された者が友人でないか確かめに来ました」
     先の事件で友人はほぼ喪った、と三白眼の青年は語る。言葉の重みを噛みしめ、高倉・奏(弾丸ファイター・d10164)は親身に声をかけた。
    「ダークネスを灼滅するために人造灼滅者になったのに、死してダークネスに利用されるってのはすげえ悲しくて、悔しい事だと思うっす。早く、そういう柵から開放してあげたいっすね……」
     俺達に出来るのはそれだけって、歯痒いな。顔見知りの殺人鬼が零した言葉へ、イヴ・エルフィンストーン(中学生魔法使い・dn0012)はこくりと頷く。
     殺人鬼に、死者を悼む権利があるのか――宮瀬・冬人(イノセントキラー・d01830)はそう考えた事もあったが、同じ志を持つ者がいる事を知り、想いを確かに穏やかな笑みを浮かべた。
    「せめて安らかに眠らせてあげたいね。……そろそろかな」
     イヴは冬人の言葉に頷くと、箒で上空へ浮かに室外機の影で身を潜めた。一行はごみ置き場に目をやり、覚悟を決めた顔を作る。
     暫しごみが忙しなく動き、やがて路地に動く人影はなくなる。不夜城の喧噪が今は、遥か遠いものに思われた。

    ●2
     布団のようなごみ袋に埋もれて待つ時間は、案外暖かい。皆守・幸太郎(微睡みモノクローム・d02095)は薄い眠気に襲われかけたものの、好物の缶珈琲はまだ飲まずに持っていた。
     幸太郎の周囲で、数匹の猫がごみに埋もれている。小柄な三毛猫がすんすんと鼻を慣らし、何か探していた。
     白石・めぐみ(祈雨・d20817)だ。心地悪そうにしている黒い子猫はエデ、ダンボールに収まっている真っ白な猫は鵺白、残りの二匹は冬人と供助だろう。猫好きのめぐみはその愛らしさに気を取られそうにもなる。こんな時でなければ、猫集会を楽しめるのだが。
     変身を用いない者も、ごみの中へ巧妙に隠れている。都会の悪臭に、めぐみだけが嗅ぎ取れる『業』の臭いが混ざり始めた。臭いの元は段々と近づきつつある。
     『彼ら』だ。
     これ以前に、他の場所で犠牲者が出たのだろう。阻止できている事件など、ほんの一部に過ぎないのだろう。間もなく現れた三つの人影を認め、めぐみはにゃあと一声、細く鳴いた。
    「……『僕が必ず、守ってみせるから』」
     狭い箱の中で丸まって、楯縫・梗花(なもなきもの・d02901)は一人呟いた。これは何を守る戦いなのだろう。そう自問しながら、ライトに灯を入れる。
     殲術道具を手に梗花はごみ箱から飛び出した。猫が人に変わり、暗い路地に幾つかの灯りが浮かび上がる。壁に映る、とんがり帽子の長い影が三つ。幻想的な光景ともいえた。
     真っ先にごみを払いのけた奏は枯木の魔法使いに跳びかかり、その横っ面を殴りつけていた。
     閃く雷光が、傀儡と化した同胞の死に顔を鮮明に照らす。
     ――――。

    『タタミの上で死ぬ』。
     そんな普通の最期は、灼滅者として生きる限りやはり望まぬべきか。
     幸太郎の隣では供助が浅く目を眇め、独りごちる。
    「……眠らせてやれよ、もう」
     奏は一瞬目を丸くすると――ぎり、と強く歯を噛み、激情をあらわに拳を握る。
    「悪趣味極まりねえことこの上ねえ! ほんっと! ダークネスってのは碌な事しやがらないっすね!」
     二人の反応は対照的だ。しかし根底には同じ感情が巡り、燃えている。
    「効率重視でこんなことする奴らとは、気が合わねえ」
    「……っすね」
     今後もずっと、だ。

     奇襲に敵の反応が遅れたのは一瞬。屍たちは直ちに戦闘態勢をとり、骨と水晶の魔術師が枯木型の傷を治した。
     影型が地面に杭を撃ちこんだ衝撃で、前衛の足元がぐらつく。その隙に枯木型が奏に杖をあてがう。激しい爆発が起き、吹き飛ばされた奏が壁に叩きつけられる。
    「奏さん……!」
     梗花が振り向く。後方の供助とめぐみが彼に頷いてみせた。防音と人避けは面々の間でも対策済みだ。敵が自分達同様に連携を見せるなら、こちらはそれ以上の全力で応じるのみ。
    「……がは……ッ。……あなた達を、ダークネスの体の良い玩具道具にゃさせねーっすよ……!」
    (「……そうだよね。僕は僕で、できることをするだけ」)
     ごぼりと血と煙を吐きながらも、奏は立ち上がる。
     迷ってはいられない。早く、彼らをあるべき姿に還したいから。それが出来うる最大の手向けだと、信じるほかないから。確かめるように前を見据え、梗花も槍を捻り出す。
     その切っ先が敵の木肌をかすめ、抉った。まずは火力役に攻撃を集め、各個撃破を狙う。
    「俺は予定通り後ろの牽制をするよ。皆、攻撃は宜しくね」
     足元に血飛沫のような赤黒い影を揺らめかせながら、冬人は指先に魔力を集める。彼が指し示す先はメディックだ。制約の弾が、遠方の敵を鋭く捕える。
    「白石、俺高倉の回復するわ。足止めのケア頼むな」
    「はい、森田せんぱい。了解、です。……ごめんなさい」
    「謝るこたねぇだろ。人として当たり前だ」
    「……はい」
     辛いのだろう。俯きがちなめぐみの背を、供助がぽんと叩く。癒しの風が吹き抜け、からりとした雨上りの空気が辺りを包んだ。
    「ったく。不夜城っつっても、お前らまで起きて徘徊する場所じゃねぇよ」
     供助は防護符で奏の負傷を集中的に癒すが、二人がかりでも傷は完全には塞がらない。
     その間に、オーラを纏った幸太郎の拳が枯木型を的確に捉えた。ぐらりと傾いだ身体をエデの愛槍が串刺しにする。魔女狩りの槍は緋色に輝き、不死の魔力を吸いあげてエデの傷を癒していく。
     刹那、干からびた腕が槍の柄をがっと掴んだ。
     そこへイヴが牽制の魔法弾を叩きこみ、エデは間一髪武器を引き抜く。眷属となって強化されたのか、脆そうな見た目に反し体力はありそうだ。
    「魔術師だけのチームもなかなかね。これなら戦士と僧侶は必要ないかも」
     愛らしい容貌に似合わぬ気丈さでエデはそう軽口を流し、続いて冷静な分析を述べる。
    「エンチャントを上手く使っていきましょう。敵メディックは、ブレイクよりキュアを優先しやすいのではないかと」
     鵺白はエデの言葉に頷き、次の攻撃に備え前衛の前に光の防護壁を展開させた。
    (「亡くなってからまだなお、静かに眠る事を許されないなんて」)
     光の向こうにちらつく異形から、生前の面影はやはり見えない。朝は遠い。灯りを絶やせばどこまでも広がる闇に吞まれぬよう、鵺白は氷の眸に冴えた輝きを宿して、真実を見すえる。
     幸太郎は、星の見えない夜空を見上げた。
     誰にも知られず看取られず、記憶にも記録にも残らない。この世界でそんな風に消えていった命が、本当にあの雲のうえで輝いているのか。誰も知らない。

     ――俺にはどんな最期が訪れる?

     目の前の奴らと同じ死か。
     記憶にも残らぬ死か。
     それとも。

     他人事では、ないのだ。
     恐らくこの場に立つ全員が、追い縋る闇の足音を聞いた。己もなぞるかもしれない運命を意識した。
     今はただ、振り返らず走るのみ。亡き目の前の同志達が、恐らく最期までそうあったように。

    ●3
    「うわなにあの人だかり……男ばっか」
    「ローライズ何とかってバンド? がゲリラライブしてるらしいよ? それよりあっちに面白い露店出ててさー……」
     大通りをゆく女性の呑気な噂が、念の為外道丸一派や敵黒幕の警戒にあたる灼滅者達の耳に入る。戦場から離れた場所に人を集めている別働隊は上手くやっている。酔った男も今頃、新宿駅まで送り届けられたろう。
     新宿の街を荒らす謎の敵。理由は違えど羅刹が彼らの行動を許さぬなら、手を組める可能性もあるかもしれないと思う。事件の全容は、未だ闇の向こうだ。

     同時刻。
     路地裏での交戦は続いていた。骨型が放つ癒しの光は幾度となく枯木型の傷を塞いだが、しかし槍や黒死斬、裁きの逆十字が地道に刻んだ爪痕は深い。
     魔法使いであったものは詠唱も発さず、後衛に向け死の魔法を放った。敵は状態異常対策を固めた前衛を避け、他を狙いにかかっている。しかし、梗花と鵺白がそれを許さない。
     全身に冷たい霜を纏いながら佇む鵺白は、普段の淡雪のような彼女ではないようだ。雪の女王を思わせる儚くも厳しい存在感で、前線を守る。彼女もまた、何か思う所はあるのだろう。
     鵺白を覆う氷の層はすぐ溶けた。エデの予想通り敵のメディックは回復に手数を割き、耐性や攻撃強化の術を打ち砕く余裕がない。
     梗花の守るものは何なのか。自問に一つ、確かな答えはある。
     漆黒の弾が胸を貫いても、痛みに耐え、立ち続ける。体を支える足にだけは、一切の迷いは通わなかった。
     出来ることを。
    「……皆は僕が守るから。誰も、倒れさせないから」
    「イヴ嬢には傷一つつけさせないぜ。それが騎士たる俺の務めだからな」
    「皆さん本当に有難うございます!」
     イヴの盾役は黒鎧の男に委ねたため、守り手の負担が減った。その時骨型ががくりと震え、突如動きを止める。冬人の重ねがけた制約の魔力が隙を作ったのだ。
     麻痺の効力は充分だと確信すると、冬人は足元の禍々しい影を鎖の形に練り上げた。柔らかい雰囲気には似合わぬ、その鋭い矛先。
     鎖は澱みない動きで枯木型の背にまわり込み、先端のナイフで首の後ろを深々突き刺した。
     回復の間に合わなかった身体はたちまち前にどうと倒れ、灰となってさらさらと流れていく。
    「ねえ、イヴ」
     冬人は浅く微笑んだまま、イヴに問いかけた。
     彼が殺人に高揚する事など本当にあるのだろうか。そう疑りたくもなるような、優しい顏のまま。
    「殺人鬼も死者を慎むって言ったら、イヴは信じるかな」
    「信じます。イヴのお友達には、いい殺人鬼さんがたくさんいますから!」
     真っ直ぐなその言葉に、冬人は思わず笑った。
     殺人を罪と認め、死を慎みながら、命を奪う楽しみを捨てきれない。
     冬人がイヴの勇気を尊いと思うように、矛盾と戦いながら生きる彼らをイヴもまた、尊いと思う。彼女の語彙では、それが上手く言えないのだった。

    「すぐ、あなたも救うっすよ」
     敵が一体減ると、奏の鍛え抜かれた拳はすぐさま次の攻撃目標である影の魔法使いをぶちのめした。返るぶよぶよした手応えは、人肉のものではない。
     やはり魔法使い、力押しには多少弱いようである。一行は気魄の打撃攻撃を軸に、効率的に攻撃を叩きこんでいく。
     供助が臙脂色の魔導書をめくり、呪文を詠んだ。すると嵐のように力強い風が巻き起こり、疲弊した守り手達に再び活力を注ぎこむ。
     速攻が得意なチームだったのか。敵の技は一撃が重いぶん、後を引く殺傷力に欠けるものが多い。それが幸いだった。
     その時、倒れていた影がぐんと首だけ上に伸ばし、斜め下めがけ口から漆黒の弾を撃ち出した。意表を突く動きから放たれた弾は前線をすり抜け、後方のめぐみの肩に命中する。
    「っ……! あ、い、いた……っ」
     毒が全身を巡り、思わず声が漏れた。
     傷つけば痛い。けれどこの人たちは、何も言わない。
     傷つき、利用されても、『苦しい』とも『悲しい』とも言わない。
     彼らのことはほとんど何一つ知らないままだ。なのに。
     ……どうしてこんなに、胸が痛むのだろう。
    「生きたかった命だろうな。死んだことだって、無念だろうに」
     自分の傷口に浄化の霊力をあてるめぐみの心中を掬いとったように、供助が声をかける。
     彼の表情は相変わらず硬いままだ。望まぬ生を与えられた屍人を見やる鋭い赤の目は、それでもどこか優しかった気もして、めぐみは息苦しさに瞳を細める。
    「もう悪い夢から覚めて、眠れよ」
     起き上がった影人間に、供助は軽く首を振った。その真っ黒なこめかみに、気怠い紫のオーラの塊が追突する。敵はたちまち昏倒し、そのまま二度と起き上がらずに消えていった。
     射線の先を辿ると、幸太郎がいた。パンツのポケットに片手を入れたまま、彼はこう嘯く。
    「全く、眠らない街なんて不健康もいいところだ。おかげで、眠りまくる健康体の俺も苦労する事になる」
     冬の夜気でさめた珈琲缶が、指先に冷たさを伝える。いつかもこんな朝を迎えた気がする。今日もまた、缶珈琲は自分では飲まないつもりだった。

    ●4
     残された一体は、注射器で生命力を吸い取る攻撃を主軸に切り替え、抵抗を続けた。逃げる気も、諦めるつもりもないようだ。操られているだけ、かもしれないが。
     血の抜ける感覚を擬似的に味わいながら、鵺白は終わりが近い事を感じる。白い指が静かに逆十字を描き、敵を裂く。
    「わたし達にも、何としても守りたいものがあるわ。出来ればあなた達も助けたかったけれど」
     せめてどうか、終わらせる優しさを。
     エデが最後の魔法使いを、魔女狩りの槍で真直ぐに抉った。血の代わりに、水晶の欠片がぱらぱらとこぼれ落ちた。身体は徐々に生命力を失い、かわりに重さを増す。魔法が切れたように、ただの屍に近づいていく。
     終わった。そう思い、エデはゆっくりと槍を引き抜く。
     骨と水晶の魔法使いはくずおれた。ふと帽子の鍔の裏が見え――その瞬間、エデは急に後ろ頭を岩で殴られたような心地がした。
     よくは見えなかったが名前が書いてあった。不格好な、手書きのひらがなで。

    「……小さい子……」
     梗花が絶句する。
    「……まだまだ、生きたかったっすよね。でも、自分はやるっす。だって灼滅しなきゃ、あなた達が救われないじゃん……!」
     もう自分達の声は届かない。解っている。けれど、それでも何か声を掛けたい。感じるまま呼びかけた数々の言葉は、今の奏なりの慈愛の形だろう。
     彼女は跪く。まだ僅かに息のある屍人の胸元へ指を添え、裁きの光条を解き放った。暖かな輝きはゆっくりと敵の身体を包み、やがて装備もろとも光の粒子となりながら空へ消えていった。奏は跪いたまま、そこから動かない。
     彼女は手を組み、一心に黙祷を捧げていた。
     今までずっと頑張ってきた人たちが、どうか安らかに眠れるように。
    「……さよなら、守れなかった、誰か」
     梗花は消えてゆく光を仰いだ。最期に少しだけ垣間見えた『誰か』の正体を知る事を、自分が本当に望んでいたかは分からない。けれど、恐らくこれで良かったのだと思う。幸太郎は珈琲を取りだすと、飲まずにごみ捨て場のすみに置いた。
     眠らない街で永遠の眠りを得た三人へ。この珈琲は、悪夢だけをきっと覚ましてくれるだろう。
     言葉少なな路地裏の中、エデだけが、糸が切れたようにぼろぼろと涙を零していた。冬人と鵺白が心配そうにしている。
    「……どうして。どうして、涙が出るの……?」
     倒した敵を再利用するなんて当たり前の事だし、私とはもう関係ない人達のはずなのに。必死に涙をとめようとするエデを、めぐみがあやすように抱いた。
     黙祷を捧げ終えた供助は、靄の晴れた横顔を見て思う。彼女は胸の痛みの正体を知ったようだ。
    「……あの人達は、武蔵坂学園の生徒、だから」
     どんな声で、何が好きで、どんな風に笑ったり、怒ったりするのか。
     知りたかった。これから知れたはずだ。彼らは、佐藤誠十郎や鈴森ひなたであり得たかもしれないし――めぐみだったかもしれない。
    「顔も知らない、学園の生徒達。わたし達の、仲間…………」
     ただ、星の巡りが悪かっただけ。その差がこれだ。
    「こうして誰かに弔われて逝くのは、悪くないはずだ」
     幸太郎が一言、ぽつりと呟き眠そうに眼をこすった。涙声になっているめぐみに向けたものかはわからない、が。
    「……おやすみなさい。あなた達の心は、ちゃんと持って帰る、から」
     その言葉達が、きっと誰かを救った。

     喧噪が遠い。新宿の白夜は続く。いつまでも。
     ネオンの灯りに夜が霞んで、星は一つとしてみえない。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 9
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