妖草紙~雪月姫の夜~

    作者:飛角龍馬

    ●雪月姫
     夜空に浮かぶ満月が、新雪に月明かりを注いでいる。
     東北地方の一集落にある、有り触れた雪原である。この地に雪を積もらせた雲は、とうに過ぎ去り、今は雲一つない夜空が一面に広がっていた。
     辺りに人の気配はない。民家の灯りも、遥か遠くにぽつりぽつりと浮かぶだけ。
     そんな月明かりの雪原に、点々と足跡が続いていた。狼の足跡だ。
     新雪の上を行くのは、銀色の毛並みを持つ、大型の狼だった。二つの瞳は満月のように輝き、額には五つの線で引いたような白い星形の模様がある。
     ただ一頭でやってきたその狼は、雪原の真ん中で足を止めると、確かめるように雪に鼻を押し付ける。そして何かを確信したように顔を上げ、月に吠えた。
     狼の遠吠えが、周囲の山々にまで木霊する。その響きが止むのを待たず、狼は再び足跡を残してその場を去っていった。
     程なく、どこからともなく一陣の風が吹いて、辺りの雪を一斉に巻き上げた。
     一瞬の吹雪が去った後、そこに現れたのは、蓑を着込んだ四人の子供達。
     そして、真っ白な着物に身を包んだ、長い黒髪の女だった。
     子供達の足首には、地面から伸びる鎖が纏わり付いている。女の足にも、それがある。
     鎖に構わず駆け回る子供達を、白い着物の女は、どこか寂しげな笑みで見守っていた。
     
    ●序幕
    「新年明けましておめでとうございます。今年もどうぞ宜しくお願い致します」
     遅ればせながらと前置きして、琥楠堂・要(高校生エクスブレイン・dn0065)は教室に集まった面々に一礼した。顔を上げると、要は普段の口調に戻って説明を始める。
    「さて、早速だが、今回諸君に防いで頂きたいのは『古の畏れ』にまつわる事件だ」
     古の畏れとは、スサノオと呼ばれる存在によって呼び起こされる怪異、とされている。
    「舞台となるのは、東北地方の、ある集落に広がる雪原だ。幸いにも現時点では被害者は出ていない。が、放っておけば間違いなく人命が失われるだろう」
     言うと要は教卓の上に置いていた資料を手に取り、
    「古の畏れと呼ばれるだけあって、今回のものは、東北地方の伝承に沿った存在のようだ。有り体に言えば『雪女』の類なんだが、その伝承の内容を少し説明しようと思う」
     言うと、要は用意した資料に基づいて語り始める。
     それは、大地に憧れた罪で追放された、月の姫の物語だという。
    「似たような話で有名どころがあるが、この言い伝えによれば、どうも月の姫は地球に憧れを持つこと自体が罪とされたようだ。随分と酷な話だが……続けよう」
     そうして居場所を追われた月の姫は、四人の子供達を連れ、雪と共に大地に降り立った。
     このことから、月の姫は、今では『雪月姫(セツゲッキ)』と呼ばれている。
     憧れの大地に降り立った雪月姫だったが、彼女とその子供達が自由に活動できたのは、空に月が出ている冬の晩だけだった。
     そのため彼女達は常に孤独であり、子を哀れに思った雪月姫は、月明かりの晩になると道行く人に声を掛け、子供達と遊んでくれるよう頼むようになった――という。
    「頼みを受ければ死ぬまで解放されず、断れば口封じに殺される。どちらにせよ悲惨だ」
     古来、雪の晩は行き倒れになって帰らない者が多かった。そのような悲劇から、こんな伝承が作られたのだろう。要はそう言って、事件の説明に戻った。
    「諸君には、雪月姫が出現する雪原に赴いて貰うことになる。雪月姫は諸君を見つけると、伝承に沿って、四人の子供達と遊んでくれないかと頼んでくる」
     そこですぐさま戦闘を仕掛けても構わないが、遊んでやるという選択肢もある。
    「と言うのも、伝承には、頼みを断れば鬼女のように襲ってくるが、遊んでやると態度が和らぐという内容もあり――子供達と遊んでやることで敵の弱体化が見込めるようだ」
     とは言え、どちらを選んでも、最終的に戦闘を避けることはできない。
    「残念だが、子供達と遊んでやった場合、雪月姫は諸君を帰そうとしなくなるだろう。戦わずに解決する方法はない。なぜなら、それが彼女を『古の畏れ』にした理由だからだ」
     要は小さく溜息を吐くと、古の畏れの戦闘力について話し始める。
    「雪月姫は神薙使いとフリージングデス相当のサイキックを使用し、四人の子供達は日本刀で攻撃してくるだろう」
     要は手にした資料を教卓の上に戻して、
    「最後に、この事件を起こしたスサノオについてだが、今はまだその足取りを予測できそうにない。申し訳ないが、事件を一つ一つ解決していくことで手がかりが掴める筈だ」
     言うと、要は灼滅者達を見渡して告げた。
    「説明は以上だ。諸君の力で、この伝承に終止符を打ってくれ」


    参加者
    笠井・匡(白豹・d01472)
    若宮・想希(希望を想う・d01722)
    函南・ゆずる(緋色の研究・d02143)
    左藤・四生(覡・d02658)
    高瀬・薙(星屑は金平糖・d04403)
    釣鐘・まり(春暁のキャロル・d06161)
    神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017)
    周奈鳥・雷染(国崩しの君・d24146)

    ■リプレイ

    ●第一幕
     月明かりに照らされた雪原は、一面に淡い光を帯びていた。
     新雪の上を行く灼滅者達の耳に、駆け回る子供達の声が聞こえてくる。
    「満月の雪原にお姫様と子供達……幻想的だねぇ」
     雪月姫と四人の雪童子を遠目に見て、笠井・匡(白豹・d01472)が呟いた。
     気付いた雪月姫が、灼滅者達に目を向ける。四人の雪童子も、歩いて来る彼等を見た。
    「わっち達も体を動かしたい気分でありんす。一緒に遊びんしょう」
     周奈鳥・雷染(国崩しの君・d24146)の言葉を聞いた雪月姫が、意外そうに尋ねる。
    『この子達と、遊んで頂けるのですか……?』
     喜んで、と首肯する函南・ゆずる(緋色の研究・d02143)。
     その隣で、釣鐘・まり(春暁のキャロル・d06161)も、遊びたいです、と微笑んだ。
     雪童子達が、喜びの声を挙げて駆け寄ってくる。
    「雪だるまでも作りましょうかね」
     真っ先に追いかけっこを始めた霊犬シフォンを横目に、高瀬・薙(星屑は金平糖・d04403)が雪玉を転がし始める。
    「さてさて。しまださんは、どこでしょう」
     ゆずるは雪に隠れたナノナノのしまださんを、雪童子に探させる。辺りを見回していた雪童子が、雪の上にぴょこんと突き出た尻尾めがけてダイブした。
    「雪玉はこうやって作って、投げる。そう、うまいね」
     左藤・四生(覡・d02658)は雪童子に雪玉を投げさせていた。童子の足に伸びる鎖に視線を落とし、せめて今だけは精一杯楽しんで貰おうと四生は思う。
     その雪童子が投げる雪玉を、雷染が慌てて避けて、笑ってみせる。防寒着を着ているから、動けば体は温まる。念のため持参した携帯照明は、使わなくても良さそうだ。
    「ところで、この子達に名前ってあるのかな」
     匡の問いに、雪月姫は顎に指を添えて、
    『名前、ですか……名前……』
     答えられないのは、雪月姫の伝承の中に、雪童子達の名が含まれていないためだろう。
     と、不意に近付いてきた一人の雪童子が、匡に雪玉を投げつけた。
    「やったな」
     仕返しに追い回すと、雪童子が楽しそうに逃げ出す。『一郎』なんてどうだろうと、匡はその雪童子を見て思う。
    「まりさん、寒くないですか?」
     若宮・想希(希望を想う・d01722)は白い息を吐くまりを気遣い、声をかけた。暖かなニット帽にふわふわポンチョを着込んだ彼女も、寒冷適応を得た自分よりは冷えるだろうと。
    「いえ……景色が綺麗だったから、つい見とれてしまって」
     まりは応えて、ふと自分を見上げる雪童子に気が付いた。
    「一緒に遊ぶ?」
     視線を同じ位置にして尋ねてみる。
    「雪遊びは沢山ありますよね。何がしたいですか?」
     想希が問いかけた雪童子の目は、神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017)が折よく転がしてきた雪玉に釘付けになっていた。柚羽が黙々と転がしていた雪玉は既にかなり大きい。
     ちょいちょいと手招きして、柚羽が雪童子と傍の二人を誘い、
    「貴女も一緒にどうです?」
     近くで見ていた雪月姫にも目を向けて、声をかけた。
     想希とまりも雪月姫に働きかける。
     まさか自分が誘われるなどとは思ってもみなかったのだろう。雪月姫は意外そうに目を丸くした後、ちょっと照れたように微笑み、頷いた。

    ●第二幕
     月が雪原の賑わいを穏やかに見下ろしている。
     雪童子を引きずって駆け回るシフォン。それを見ていた柚羽が視線を戻すと、雪童子が自分の背丈よりずっと大きな雪玉を押していた。
    「……あ」
     雪玉、大きくしすぎた。
    「物凄い雪だるまが出来そうですね」
     その様子を見ていた四生が苦笑して、頭の部分を作っている想希とまりを見やる。雪月姫も一緒になって雪玉を転がしていたが、
    「雪月姫さん、雪月姫さん」
     手招きされて駆け寄った雪月姫は、ゆずるが作っているものに視線を落とした。
    「地球のうさぎも、可愛いでしょ」
     雪うさぎだ。手先が器用な薙の手助けもあり、持参した葉を耳の辺りに挿すと、もうそれらしく見える。難を転じるという南天の実を目に見立てて、完成。
    『私に、下さるのですか?』
     手渡されたそれを雪月姫は恐る恐る受け取り、大事そうに撫でた。
     それを見ていた想希が微笑む。
     そんな彼の眼鏡にロックオンをかけたやつがいた。薙だ。スナイパーな彼は不敵に笑い、想希に手にした雪玉を投げつけた。
     が、放たれた雪玉は見事な放物線を描いて想希の頭上を通り抜け――
    「わぶっ」
     柚羽の顔面に落着した。ぱらぱらと落ちる雪。そんな柚羽に、一緒に遊んでいた雪童子が何故か大量の雪玉を抱えて微笑んだ。頷く柚羽。幾つもの雪玉が宙を舞う。
    「ぶはっ」
     そのうちの一つが不可抗力的に雷染の顔を直撃した。
     顔を拭って不気味に笑う雷染姐さん。
    「よう分かりんした。……いざ、合戦と参りんしょう!」
     全く戦争などというものはちょっとした切っ掛けで起こるもので。
     全員を巻き込んだ雪合戦が、実に唐突に幕を開けた。
    「一郎は投げまくって。雪玉は僕が作るから」
     一郎と名づけた雪童子とすっかり仲良くなった匡が連携して立ちまわる。
    「練習した通りに投げてごらん。ほら、あっちだ」
     雪を投げて遊んでいたのが幸いして、四生と共にいた雪童子は良い玉を投げる。もう一人の雪童子も加わって、複数の雪玉が空を飛ぶ。
     巨大な雪だるまの胴体に隠れてやり過ごした雷染が、反撃の雪玉を放つ。
     戦火を投じた薙は高みの見物を決め込んでいたが、
    「ナノー!」
    「うわ!」
     隠密行動を取っていたしまださんが雪の中から飛び出し、驚いた薙にゆずるの雪玉がヒットした。傍にいたシフォンが「油断したな」と言いたげな目を薙に向ける。
     数々の雪玉が飛び交い、雪まみれな者がいない程の混戦となった。
     せっせと雪玉を作る雪月姫も例外ではなく、べしゃ、とその顔に雪玉がぶつかる。
    「わぁぁ! 雪月姫さんっ!」
     ペアで戦っていたまりが叫ぶが、雪月姫はゆらりと立ち上がると、抱えた雪玉を誰かれ構わず投げ始めた。
     まりは気付く。雪玉を投げる雪月姫が、それは楽しそうな笑みを浮かべていることに。
     唐突に始まった雪合戦も、やがてその幕を下ろす。
     雪合戦の後、皆で協力して雪だるまを作り終え、まりは月を見上げた。
     月の傾き具合で、過ごした時間の長さが分かる。
     いつまででも遊べそうな気がするが、いつまでも遊んではいられない。
     誰よりも早く気持ちを切り替えたのは、四生だった。
    「そろそろ、帰らないといけませんね」
     四生の目配せに、灼滅者達が頷く。
     え、と硬直する雪月姫。雪童子達も呆然と灼滅者達を見た。
    「すみません……帰ります。待ってる人がいるから」
    『帰る……どうしても、ですか』
     雪月姫の言葉に、想希が頷いた。帰りを待つ人の為に、ここで彼女の想いに応えるわけにはいかない。強い意志を湛えたその瞳を見て、雪月姫は悟ったように俯いた。 
    『仕方、ありませんね』
     雪月姫の体が、青白い凍気を帯びる。
     去ろうとする者は容赦なく手にかける。雪月姫が伝承に則ったものである以上、彼女はその結論を避けては存在し得ない。だから――酷く哀しい顔をして、雪月姫は告げた。
    『それなら……貴方達を生かして帰すわけには行きません』

    ●第三幕
     雪月姫を取り巻くように風雪が巻き起こる。
     対峙する灼滅者達は素早く陣形を整えていた。四生の目配せがその合図だったのだ。
     雪月姫の指が灼滅者達に向けられると、吹雪が彼等の前衛を急襲した。
     想希が両手の剣をクロス、まりがシールドを構えて暴風雪を受け止める。
     ――孤独が辛いのは、人の温もりを知ってしまったから。だから引き留めるんだろう。
     吹雪を防ぎ、指輪に手を添えながら、想希は想う。
     心を許した分だけ弱くなる。でもだからこそ、強まるものもある。
     吹雪に耐え切った想希が雪月姫に剣を向けた。まりが手にする盾の力が、前衛を包む。
    「……どうしてもやるしかない、か」
     雷染が懐にある筈の火縄銃に手をやり、思い直したように止めた。
     ――わっちの鉄砲は憎きものを撃つためのもの。あの子たちを撃つわけにはいかん。
     代わりに弓を呼び出し、構えを取る。
    『所詮はこのようなことになる定め。遊びの時間はもう終わりです』
     雪月姫の声に、四人の雪童子が灼滅者達に目を向ける。
     その視線を受けた四生が、影業を揺らめかせて、言った。 
    「最後に、もう一回だけ遊ぼうか」
     雪月姫が眉をひそめる。四生の言葉に、雪童子は楽しそうに太刀を抜いた。
     雪を蹴って、四人の雪童子が灼滅者達に駆けて行く。
    「と、と……」
     一人の刃を、ゆずるが太刀で受け止めた。
     駆けてきた雪童子の一太刀を柚羽が避ける。転がった雪童子が笑い声を挙げた。
    「遊び、と思ってくれてるんでしょうか」
     薙もまた剣で太刀を受け、匡を見る。匡は頷き返して、一番馴れた雪童子と剣を交わす。しまださんがしゃぼん玉を飛ばし、柚羽、薙、匡の神霊剣が雪童子の体力を傷もつけずに奪っていく。
     ――伝承のなせるわざ、か?
     後方から癒しの矢を放ちながら雷染が思索する。飽くまで遊びを楽しむ雪童子に、戦いや死への恐怖は見られない。それは彼等が『そのように語られた伝承』だから、だろうか。
     であれば――遊ぶように倒すという灼滅者達の想いは、叶えられる。
    「僕の狙いは貴女だけです。邪魔はさせません」
     雪月姫が雪童子達に何か命じようと身動きする――その足に四生の影業が絡みついた。
    『貴方達には分からないのです……私達の手には、もう何も残されてはいない……!』
    「そんなことありませんっ」
     踏み込んだまりが雪月姫を盾の一撃で突き飛ばした。
     ――焦がれる想いが罪だったとしても。
    「禁忌を越えて貴女が手にしたものには、価値があったんです……!」
     立ち上がりかけた雪月姫の耳に、子供達の楽しげな笑い声が響く。
     ゆずるが剣を受け止めている間に、雪童子がしゃぼん玉に包まれて消滅した。
     一緒に雪玉を転がしたことを思い出しながら、柚羽が別れの神霊剣を振るい、シフォンを追い回していたもう一人が、薙の神霊剣を受けて笑いながら消え去った。
     一郎と名づけた雪童子の太刀が匡に当たるが、その浅い傷を雷染の矢が即座に癒す。
    「僕達はね……大地にきみたちを縛り付ける鎖を断ち切りに来たんだ」
     剣を受けたまま、匡は雪童子の頭を撫でた。
    「自由になってまた遊ぼう。僕達はもう、友達なんだから」
     目に見えない一閃が雪童子を薙ぐ。
     匡の言葉に満足したのか、穏やかに瞳を閉じて、一郎と名付けられた雪童子は消滅した。
     それぞれの雪童子達は、消え去る間際、蛍のような光となって空に還った。
     雪月姫が光を見送り、ふ、と息を吐く。諦めのような、安堵のような表情を浮かべて。
     そこからの雪月姫の戦い振りは、灼滅者達の連続攻撃を受けながらも、雪のように儚く、踊るように見事なものだった。
     雪月姫が放った風の刃を紙一重で避けて、想希が斬撃を繰り出す。ゆずるも連携して太刀を振るい、雪月姫の足運びを鈍らせた。
     薙と匡の神霊剣が雪月姫の体力を奪い、四生が契約の指輪を彼女に向ける。
     指輪から放たれた呪いの弾丸が雪月姫の胸に打ち込まれ――宙を飛ぶように突撃してきた柚羽の姿を、彼女は認めた。不意に足元に視線を投げた雪月姫は、何故か一瞬ためらった後、自ら柚羽に踏み込んで鬼と化した手を振るった。
     だが、余計な動作が重なった分、雪月姫の攻撃は間に合わない。
     鬼の拳が空を殴り、柚羽の非物質化した斬撃を胴に受けた雪月姫が、膝をついた。
     誰が見ても決定的な一撃だ。雪月姫の体が光に包まれ、消え始める。
     駆け寄ってきた灼滅者達を、雪月姫は見上げた。
    『……これでもう、誰も傷つけなくていいのですね……あの子達も……』
    「ええ、だから……おやすみなさい。せめて楽しい想い出を抱いて」
    「あなたが憧れた、この大地で、どうか、安らかに眠って」
     想希とゆずるの言葉が間に合い、皆に見守られながら雪月姫が消え去る、その瞬間。
     雪月姫は灼滅者達に向け、小さく感謝の言葉を残していった。

    ●終幕
    「さて……憧れの大地は如何でしたでしょうか、姫君」
     月を眺めながら、応える者のない問いを薙は口にした。シフォンも月を見上げている。
     雪だるまに寄りかかって一息つくと、想希は指輪に手を触れた。誰一人として傷つき倒れることなく、帰ることができる。大切な人を想うと、心が温まるように思えた。
     同じように空に視線を投げながら、匡は考える。解放されて自由になって、雪月姫と雪童子は空へ還っていったのだ。誰も、その手にかけることなく。
    「月の世界って、どんな世界なのでしょう。聞いておけばよかった」
     柚羽が呟き、彼女もまた月を見上げながら、物思いに耽る。
     先ほどまで笑い声がしていた雪原は嘘のように静まり返り、雪の上には大小の足跡が残されていた。耳を澄ませばまだ笑い声が聞こえそうな気さえする。ダークネスが相手であれば迷いはないが――四生は古の畏れという存在について考えながら、足跡の残る雪原に目を向け、誰も哀しませずに済んだことに安堵していた。
    「……スサノオが、雪月姫さんを、古の畏れにしたのは、良いことだったのかな、悪いことだったのかな」
     ふわふわと浮かぶしまださんと一緒に、辺りの足跡に目を向けて、ゆずるが呟く。
    「灼滅者とは、まったく酷な存在でありんすねぇ……せめてあの母と子供達が常世では仲睦まじく過ごせますように」
     祈りを込めて、雷染が懐から花を取り出し、雪月姫達が消えたところに手向けていく。
    「……あ」
     だから、真っ先に気付いたのは彼女だった。
     残っていたのかと雷染はそれを見下ろして、皆に声を掛けた。
    「これって」
     歩み寄った柚羽が、雪の上にそっと置かれたそれに気付いて言った。
     少し遅れて、ゆずるが何だろうと目を向ける。そして、そこにあるものの名を呟いた。
    「雪うさぎ……?」
     あの戦闘の後も原型を留めていた雪うさぎ、その姿と位置から、柚羽は思い出した。
     最後の一撃を振るう直前に見せた、雪月姫のためらい――あれは、
    「踏み壊しそうになったから……?」
     答える者はもういない。でも、もしそうだとするならば。
     灼滅者達の想いは、伝わっていた。雪月姫の心は、確かに孤独から救われていたのだ。
    「それがたとえ、雪のように儚く融けるものだとしても」
     春が来て雪がなくなる日が訪れても、幾年月を経て尚、この夜の記憶は留め置ける。
    「この出逢いは忘れない、です。私……」
     まりはそっと目を閉じ、胸に手を当てながら言葉を紡いだ。
     祈るように、彼女と子供達の笑顔を思い起こしながら。

    作者:飛角龍馬 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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