盗人の贖罪

    作者:飛翔優

    ●世界の物は俺の物
    「さてと……」
     休日の夕暮れ時、人通りの多い商店街を歩く男、保泉。
     普段は会社員として働いているこの男、今日もまた獲物を探し歩いていた。
     別段人を傷つけるわけではない。ただ、ちょっともらうだけ。
     店員の少ないコンビニ、監視カメラや職員の死角が多いスーパー、換金しやすい品物が置いてある本屋やゲームショップ……様々な場所に足を運んでは、さりげない仕草で物を盗る。
     何事もなかったかのように立ち去った。
    「上出来上出来……さて、晩飯は何を食うか……」
     昼食用の食事を頬張り、換金用の品を弄びながら、保泉は思考を巡らせる。
     罪悪感などない様子で。
     恐らく、はじめから持っていなかったわけではないのだろうけど……。
     鈍ったか、はたまた誰かが忘れさせてくれたのか……もっとも、日常の一部になってしまった以上は……。

    ●放課後の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、若干笑顔を潜めたまま説明を開始した。
    「病院の灼滅者とはお会いしましたか? 今回は、その灼滅者からもたらされたダークネスの陰謀について、皆さんに依頼していんです」
     内容は、贖罪のオルフェウスというシャドウが、ソウルボードを利用して、人間の闇落ちを助長しようとしている……と言ったもの。
     人間の心の中の罪の意識を奪い、奪った罪の意識によって闇落ちを促進している……それが、概ねの概要だ。
    「今回依頼したい方は、保泉さん。三十代の男性です」
     普段は会社員として働いている保泉。しかし罪悪感を失った今、休日の度に街に出ては、手癖の悪さと要領の良さから編み出した万引き……否、窃盗を行っている。
    「ですので、せめて罪悪感を持てるような状態にする。そのために、ソウルボードに進入する必要がありますね」
     幸い保泉は一人暮らし。難なく寝ているところに、そしてソウルボードに進入する事ができるだろう。
     ソウルボード内で、保泉は天に向かって懺悔している。
     窃盗した事を、ただただ一心に。
    「この懺悔を邪魔すると、敵が現れるのですが……」
     ただ邪魔するだけの場合、保泉がシャドウのようなダークネスもどきとなり、戦うことになる。また戦闘能力はシャドウに匹敵し、袋を持った腕……という形をした配下が二体、戦列に加わってくる。
     一方、もしも保泉に罪を受け入れるように説得することができたなら、彼とは別のシャドウのようなダークネスもどきが出現する。こちらはダークネスもどきの戦闘力そのものはそこまでではなく、配下もいない。その代わり、保泉を庇って戦うこととなる上に、彼がダメージを受けた場合は説得に失敗した場合と同じような状況になってしまう。
     ダークネスもどきは妨害能力に優れる他、シャドウハンターの操るものに似た力を使ってくる。
     袋を持った腕二体の方は、防御能力に優れダークネスもどきを庇うように立ちまわってくるだろう。
     また、説得に成功した場合は配下がいない、トラウナックルに似た力を使えない……と言った弱体化したダークネスもどきと戦うことになる。もっとも……。
    「ダークネスもどきは保泉さんを優先して攻撃して来ます。その代わり、庇おうと思えばその思いが最も強い人が庇うことができるのですが……」
     その代わり、受ける衝撃は倍加する。
    「以上で説明を終了します」
     葉月は地図など必要な物を手渡し、締めくくりへと移行した。
    「どちらの手段を取るかはお任せします。ですが……そうですね。説得された場合は、いままで犯した罪の意識に苛まれるかもしれないので、なんらかのフォローが必要かもしれません。一方、説得をしなかった場合は、これまでの罪の意識を失ったままなので人間関係などはあまり解決しないと思われます」
     もっとも、他人が下手に手を出したほうが悪化する恐れもある。そのため、深入りは禁物だ。
    「……そのような形ですので、どうか油断せず、確実な戦いを。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    七篠・誰歌(名無しの誰か・d00063)
    花檻・伊織(日陰の残雪・d01455)
    アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765)
    一・威司(鉛時雨・d08891)
    阿久沢・木菟(灰色八門・d12081)
    清流院・静音(ちびっこ残念忍者・d12721)
    御手洗・花緒(雪隠小僧・d14544)
    遠野森・信彦(蒼狼・d18583)

    ■リプレイ

    ●偽りの懺悔
     晴れやかな青が広がる空の下、小高い丘のある世界へと、灼滅者たちは降り立った。
     障害物など何もない、地平線の彼方をも見通せる世界から保泉の姿を探しつつ、一・威司(鉛時雨・d08891)は静かに想い抱く。
     オルフェウスと、それに連なるシャドウは一体何を思って人の罪悪を忘れさせようとするのだろうか? と。
     コルネリウスと言い、ありがた迷惑が過ぎる……と。
     そんな思いを抱いている内に、丘の先端に設けられている祭壇の前で天に祈りを捧げている保泉の姿を発見した。
     灼滅者たちは頷き合い、静かな足取りで歩み寄っていく……。

     手が届く範囲まで近づいても、保泉が灼滅者たちに気づいた気配はない。ただただ一心に手を合わせ、小さく紡ぎ続けている。
     様々な者を盗んだとの罪を、天に懺悔し続けている。
     普通に声をかけても応対する様子がなかったから、灼滅者たちは説得して耳を傾けさせる……そんな道を選択した。
     はじめに口を開いたのは、懺悔を邪魔すると意気込んでいた清流院・静音(ちびっこ残念忍者・d12721)。
    「保泉殿、そうして己の罪を告白するというのでござれば、窃盗が意味するところは分かっているのでござろう」
     言葉の通り、罪悪感を抱いているからこそ保泉は懺悔する。
     許して欲しいと、天に願い続けるのだ。
    「そして、盗まれた側が被る痛みというものは、盗む側が考える遥かに大きなものにござるよ」
     それは、金銭的にどうかとは関係のない話。盗んだという事実が、人の心を傷つける。
    「それが理解できぬ、意に介さぬというほどになった時、そなたは比喩でなく本物の人でなしとなろう。その道が正しいか、今一度己に問うでござるよ!」
    「……」
     ……暗に闇への警告を発しても、保泉が反応することはない。
     故に、続けて御手洗・花緒(雪隠小僧・d14544)が語りかけていく。
    「あなたは……何に向かって、許しを……求めているん、です、か? カミサマ、ホトケサマが、許したと、しても……実害を、被った……方々に、謝らなければ……結局、意味は……ないんじゃ、ない、ですか?」
    「こんなところで懺悔をしているくらいなら、少しでも人の役に立つことをやった方が自分も相手も気持ちが良いと思うんだ。自分の中に篭っているだけじゃ何も始まらないからな」
     七篠・誰歌(名無しの誰か・d00063)もまた懺悔の他の道を示すも、保泉は懺悔を続けていく。
     耳を塞いでいるかのように、変わらぬ行動を取り続ける。
     諦めない、説得すると決めていたのだから……と、花檻・伊織(日陰の残雪・d01455)が更なる言葉を積み重ねた。
    「その懺悔は、何のためでしょうか?」
     返答はない。
     構わず先を続けていく。
    「悔いるより大切なのはその後を改めること。過去は変えられないけど、自分と未来は変えられる。繰り返して永遠に苦しむか、今決別するか。選ぶんだ」
    「保泉さん、自分が犯した罪から逃げちゃだめです、人は大なり小なり罪を犯してしまうものかもしれません、でも、自分の罪とちゃんと向き合って、償ってこそ、人は成長できると思います」
     アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765)も言葉を投げかけるも、やはり、保泉は振り向くことすらしない。
     それは……。
    「罪悪を感じるのは人として当然だ。逆に罪悪を忘れれば、人以外の者になってしまう。貴方は人であるはずだ。人であり続けたいならば、現実で、己の今までの行いに向かい合うべきだ」
     ……一・威司(鉛時雨・d08891)が声をかけても変わらない。
     ただただ、保泉は呟き続けていく。
     立ち向かうという意思はなく、恐らくは立ち向かう理由も今はなく。ただただ、
     罪悪感から逃げるため、罪の意識を打ち消すため……。
    「……拙者は他人でござるし、窃盗の善し悪しを言うつもりはござらん」
     最後の語り手として、阿久沢・木菟(灰色八門・d12081)が口を開いた。
    「ただ、緊張感を失った犯罪というのはいずれボロが出るもんでござる」
     仲間たちとは別の方向で。
     立ち向かえと告げるのではなく、立ち向かう理由を与えるため。
    「夢で贖罪をして、現実で気軽に窃盗を繰り返してて、いつまでも無事でいられるのでござろうか?」
     どれだけ丁寧に動いても、巧妙に計画したとしても、どこかに必ずほころびがある。バレるリスクは、いつでもある。
    「窃盗により保泉殿が得る益は知らんでござるが、罪が明らかになった時の現実も直視すべきでござるよ」
     罪が明らかになれば、全てを失う。
     職も、周囲からの評価も、生活も一変してしまう。
    「……」
     理由を与えられたからだろう。初めて、保泉は口をつぐんだ。灼滅者たちへと向き直った。
    「……君達は」
    「おおっと、言葉はしばしまたれい、これよりは影狩りの時間でござるな」
     ――臨兵闘者 皆陣列前行ッ!
     保泉を手で制した木菟が定められたワードを紡ぐと共に振り返れば、いびつな形をしたシャドウもどきが少しだけ離れた場所に出現する。
     ギラギラと輝く瞳の中には、驚いたように目を見開く保泉の姿。
     守るのだと、灼滅者たちは行動を開始する……。

    ●もどきがもどきである内に
     シャドウもどきの狙いは、保泉。
     狙いがわかっているのならば守るのも容易いと、伊織が直線上に移動する。
     間髪入れずに発射された影の弾丸を、盾を展開して受け止めた。
    「本当に悔い改めるなら、どんな苦痛も今は肩代わりしてあげよう」
     己らの思いを示すのだと、口元に浮かべた笑みを崩すことはなく。
     ただ、深い呼吸で傷を癒やし始めた伊織の横を駆け抜けて、花緒は展開した盾を掲げて突撃する。
    「あなたの攻撃は……通さない。全部、ぼくたちが守る……アラタカ先生……お願い」
     シャドウもどきを押さえつけるさなか、霊犬のアラタカ先生は伊織の治療を開始した。
     治療を受けた伊織は殺気を感じ、今一度影の弾丸を受け止める!
    「言ったろ、肩代わりするって」
     シャドウもどきに、そして保泉に微笑みかけながら、再び深呼吸を開始する。
     一方、同様に守る役目を担う花緒は拳に影を宿して殴りかかった。
    「っ!」
     頬を歪ませ、殴りぬき、若干後ろに位置するアラタカ先生へと目配せする。
     アラタカ先生は頷き返した後、伊織の治療を開始した。
     全力で守り、倒すとの思いを共有したまま、序盤戦が終幕する。

    「ヴォーパルの剣で、斬り滅ぼします……!」
     背後へと回り込み、アリスが鋭き剣を振り下ろした。
     自らに守りの力を宿した上で、避ける事もしなかったシャドウもどきに対し小さく小首を傾げていく。
     疑問はすぐに氷解した。
     静音が、保泉に対して放たれた弾丸をたやすく弾き飛ばしたことで。
    「攻撃はこの影の弾丸一辺倒。見切るなど容易いでござるな」
     ずり落ちたマフラーを直しながら、念のため深呼吸を開始する。
     代わりに遠野森・信彦(蒼狼・d18583)が刃へと変えた影を放ち、下から上へと切り裂いた。
    「この調子で……」
    「行くわよ!」
     すかさず誰歌が飛び込んで、鋭き拳を一発、二発。
     三発、四発とリズムよく刻んでいき、シャドウもどきの体を三歩分ほど退かせる。
     体勢を整える暇など与えぬと、背後へと回り込んでいたアリスが再び切り込んだ。
     背中に、大きな斜め傷を刻み込んだ。
    「あと少しです。そうすれば……」
     保泉もちゃんと罪と向き合えるはず。向き合うための環境ができるはずと、握る剣に力を込めてシャドウもどきを睨みつける。
     動きを鈍らせながらも、シャドウもどきは影を宿した。
     胸元にスペードのマークを浮かべながら、変わらず保泉だけを見つめている……。

     影の弾丸を弾いたアラタカ先生に、威司が浴びせる優しい光。
     反撃の勢いがなく、避けるのも容易い今、次からは必要ないかな? と小首を傾げつつ、威司はナイフを握りしめた。
     静かに仕掛ける隙を伺う中、木菟が拳に影を宿して殴りかかる。
    「抑えこむでござるよ」
    「アラタカ先生、ぼくと一緒に……」
     直後にアラタカ先生が斬魔刀を横に薙ぎ、背中に十字傷を刻んでいく。
     十字を目標に吶喊した花緒は、誤ることなく盾をぶつけ転倒させた。
     起き上がる余裕など与えぬと、誰歌が紅蓮に染まりしナイフを振り下ろす。
    「今だ!」
    「離れてくれ!」
     直後に威司が声を上げ、遥かな上空へと送り込んでいた魔力の矢をシャドウもどきめがけて解き放つ。
     誰歌が、前衛陣が離れた最前線を埋め尽くし、シャドウもどきを完膚なきまでに打ち据えた。
     灼滅者たちが警戒しつつ見守る中、シャドウもどきは光りに包まれるように溶けて行く。
     消滅していくさまを眺めた後、灼滅者たちは小さく安堵の息。祭壇の側で静止していた保泉へと向き直り、最後のフォローへと向かっていく……。

    ●罪を向き合い始めたなら
     懺悔を止め、考えてみると語った保泉。
     立ち向かう理由を与えられた今ならば言葉も届くかもしれないと、ずり下がるマフラーの位置をなおした静音が静かな調子で語りかける。
    「他人からすれば他愛のないものであっても、当人にとっては掛け替えのない物であることもあろう。窃盗とは、物を盗ることは表面にすぎず、心に傷を負わせる業の深い罪にござるよ。保泉殿に人の心が残っておられるなら、すべき事は分かるはずでござる」
    「……」
    「これからの償いは貴方次第だ。けど忘れないで。罪の誘惑は常に待ち伏せている。それに再び囚われないよう、祈ってるよ」
     伊織もまた決意に似た声をかけ、ただ小さく頭を下げた。
     言葉はなく、ただ思考を始めた保泉に対し、アリスもまた告げていく。
    「大丈夫、今からだって、やり直せます、貴方なら、ちゃんと前に進んでいけますよ」
     そう、言葉がなくとも保泉は前に進んでいる。
     今はもう、理由はどうあれ罪と向き合い始めているのだ。
     だからだろう。保泉は小首を傾げ、口を開いた。
    「君たちは、どうしてこんなに……」
    「拙者夢が好きでござるからな。拙者が夢を嫌いになりそうな夢をぶっ壊すのがライフワークなだけでござるよ」
     木菟が明るくうそぶいて、軽い調子で背を向けた。
     別れの時だと態度で示し、一人考えるための時間を与えていく。
     目覚めた時、彼がどんな生活を送っているのか……灼滅者たちに知るすべはない。
     故に、祈ろう。彼がほんとうの意味で懺悔し、健やかなる人生を送ることができるよう。
     二度と、このような夢に心を支配されることがないように……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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