世界が認める強さについて


    「オレがもっと大きかったら、アイツらにも勝てるようになんのかな」
     目の前にそびえる身の丈以上の鉄棒を見上げながら、一人の少年が問うた。
     空に浮かぶ夕陽の眩しさと、身体に残る痛みを感じてふと目を眇める。
     どうやら彼は先ほど、小さな戦争を終えたばかりらしい。
    「大っきくなれるわきゃねーだろ。いくつ歳離れてると思ってんだよ」
     もう一人の少年が気怠く答えれば、今度はがっくりと項垂れてしまった。

     夕暮れ時の小さな公園にぽつんと立ち尽くすのは、7人もの傷だらけの男子小学生達。
     彼等は無謀にも不良の上級生との喧嘩に挑み、あっさりと負けてしまったのだ。
    「……やっぱリフジンだよな。弱いヤツはいつも、強いヤツより下なんてさ」
     7人のうち誰かが発した言葉に、少年達は頷き合う。
     弱肉強食――それは今回ばかりじゃない、自分達が過ごす世の中にも当て嵌まるだろう。
    「くっそ……オレらがもっと強かったらなあ」

    「君たち、力が欲しいのかい?」
     唐突に聞こえた男の声。少年達は振り返る。
     公園の入口に、いつの間にやら男子高校生が佇んでいた。よく見れば、背後には男が5人。それに大きなワゴン車まである。
     男子高校生は怪しげなアイマスクで飾った顔を此方に向け、ニヤリと不気味に笑った。
    「ふふ、さっきまで見ていたよ。大きな存在に立ち向かうその勇姿を。
     君達ならば上級生だけでない、大人にだって――世界だって変えられるさ!」
     明らかに、奴等は怪しい。
     口にこそ出さずとも、少年達は不審者達へ訝しげな視線を向けていた。
     

    「『弱肉強食』ってよく聞くよな。最近では良い言葉として扱われてる気がするけどよ――」
     実際の所はどうなんだろうな、と白椛・花深(高校生エクスブレイン・dn0173)はぼやきながら、読み終えた文庫本を閉じた。
     教室には、既に灼滅者達が集まり終えている。
     エクスブレインは教卓の前へと緩やかに歩きながら、説明を始めた。
    「さて、美醜のベレーザってお前さん達は知ってるかね。
     そう、殲術病院の一件で朱雀門高校側へ寝返ったソロモンの悪魔だ。
     奴等が早速、素体になれる一般人をターゲットにデモノイドの量産化を企んでんのさ。
     彼等が朱雀門高校の連中によって攫われぬよう、お前さん達の手で救ってやってほしい」
     教卓に辿り着いたのち、花深は黒板のチョークを手に取った。重要な単語や、敵の似顔絵を描き始める。
    「今回、お前さん達が向かう現場にゃあ、『ロード・プルチネッラ』っつーデモノイドロードが居る。
     ベネチアンマスクっていうのか? 派手な仮面をつけた男子高校生がそいつさ。
     そして、奴が率いる強化一般人が5人ほど。うち1人は命令を受ければ、10分間のみデモノイドに変身するんだとよ」
     しかし、その10分が経過してしまえば――その強化一般人は自壊し、死亡するだろう。
     そればかりはいくら灼滅者といえど、救う事はできない。
     黒板に描いた強化一般人のうち一人の似顔絵に、花深は濃いバツ印をつけた。
     不完全なデモノイドは、自壊という欠点をカバーできる程に強力な存在だ。
     その他の配下4人も戦闘に加わるが、体力は脆弱だという。
    「日が暮れ始めた公園に居る、7人の男子小学生が今回のターゲットだ。
     喧嘩っ早かったり反抗的だったりと、悪ガキになりかけてるガキンチョってトコか。
     自分達の現状に不満があるといえど、見るからに胡散臭いヤツの言う事をほいほい聞きはしないだろうさ」
     それはつまり、プルチネッラ一味は力づくでも拉致しようとするということ。
     少年達は無論、デモノイドから逃げようとするであろうが、放置は危険だ。
     安全に避難させるか、その場で守るか。対応は任せるとエクスブレインは語る。
    「一先ず、お前さん達は7人のうち5人のガキンチョを救うことが最低限の任務だ。
     だが……できることなら、全員渡したくはねーよな」
     プルチネッラ一味全員の灼滅は理想ではあるものの、失敗した際のリスクも大きい。
     第一目標は拉致の阻止。それがベストに尽きるだろう。
    「『弱肉強食』で世界は成り立ってるかもしれねーけどさ……。
     強者も弱者も関係なく、助けてやれる力を持ってるのがお前さん達だろう?」
     世の中に疑問を抱き始めた少年達が、果たしてどんな道を歩むかは分からずとも。
     どうか宜しく頼む、と花深は自信に満ちた笑顔で灼滅者達を見送った。


    参加者
    土御門・璃理(真剣狩る☆土星♪・d01097)
    棲天・チセ(ハルニレ・d01450)
    静闇・炉亞(醒無天楔・d13842)
    成身院・光姫(小穿風・d15337)
    河内原・実里(誰が為のサムズアップ・d17068)
    灰色・ウサギ(グレイバック・d20519)
    天使・翼(ロワゾブルー・d20929)
    先手馬・勇駆(自己の憲兵・d23734)

    ■リプレイ


     小さな公園に伸びる幾つもの影法師が、段々と夕闇に溶け込んでいく。
    「安心し給え、決して君達を騙そうとかじゃあないんだ。
     芽生えたばかりのその野心を、世界の為に活かそうとは思わないかね?」
     西日が沈みかけようとも、男子高校生による長々とした勧誘は続いていた。
     見知らぬ制服、やたら華美なアイマスク。言動だけでなく、格好からも『胡散臭さ』が滲み出ている。
     もう勘弁してくれ。痺れを切らした小学生の一人がそう呟こうとした――その時。

    「そこまでだ!」

     高らかな制止が、公園内にこだました。その場に居た13人は咄嗟に振り返る。
     視線の先はジャングルジムの上に集中した。其処に堂々と立っていたのは、アイマスクで顔を隠した河内原・実里(誰が為のサムズアップ・d17068)であった。
     華麗に着地したのち、小学生達を守るようにすぐさま身構える。しかし、此処へ集ったのは彼だけではない。
    「呼ばれてないけどじゃじゃじゃじゃーーーん!」
     次いで響き渡ったのは、少女の明瞭な声。
     18歳の姿へ変身を遂げた土御門・璃理(真剣狩る☆土星♪・d01097)は、お決まりのポーズと共に名乗りを上げる。
    「魔砲少女・真剣狩る☆土星! 土星に代わって灼滅です♪」
    「か、カッケー……!」
     小学生達は感嘆の声を漏らした。
     璃理達の華々しき登場が、漫画やアニメのヒーローのように見えたのだろう。
     一方で、男子高校生達――朱雀門高校の一味はバツが悪そうに顔を歪めていた。
    「ほう、武蔵坂学園。またも我々の邪魔をしに来たということか」
    「モチロン! お前なんかの好きにさせてやるもんか!」
     主導たる仮面の男子高校生、ロード・プルチネッラの言葉に、剣を突きつけながら答えたのは灰色・ウサギ(グレイバック・d20519)だ。
     挫折を味わった少年達の心に芽生えた、『強くなりたい』という純粋な願い。
     その向上心を摘み取り、騙し、使い捨ての化物として利用するなど――赦しはできぬ、最低の行いだ。
     故に、彼等は何としてでも護ってみせる。ウサギは決意を反芻し、両手に携えた光剣を強く握った。
     それに対してロード・プルチネッラは愉しげに、唇の端を釣り上げた。
    「ふっははは! 心外だなあ。我々はただ、導いているだけなのだよ。彼等が真の強者に君臨できるよう――」
     無論、これは虚言であろう。
     悪意の化身とも呼ぶべきデモノイドロードは、総じて狡猾。それは灼滅者達がよく理解している。
    「口だけは達者やな。本当の強さっちゅうんは、そんなんでは手に入らへん」
     成身院・光姫(小穿風・d15337)が発したのは、辛辣ながらも的を得た言葉であった。
     ならば、本当の強さとはいったい何なのか。それを説くべき相手は、デモノイドロードなんかではない。
    「力は欲しいと思う。僕もそうだったから」
     静闇・炉亞(醒無天楔・d13842)は振り返り、困惑している小学生達へ語りかけた。
     ふと目を伏せ、思い返す。力在る悪しき存在に両親を奪われた、幼いあの日の事を。
     人を卓越した力のみを手に入れようとも、同時に孤独を感じるだけ。
    「けれど、それよりも大切なものは沢山あるのです。この続きは、後で必ず」
     己のように人の道を外れぬよう、炉亞は迷いなく告げた。
    「――ロード・プルチネッラ、貴方みたいな人にこの子達は渡さないのです」
    「フン、まあ良い。それでも邪魔をするというのなら……力づくで奪うまでだ」
     ロード・プルチネッラが静かにそう宣した、次の瞬間。
     奴の配下である強化一般人の一人が、呻き声を漏らしながらうずくまった。
     瞬く間に、強化一般人の身体は巨躯へと、皮膚は肌色から禍々しき蒼へと変貌する。
    「あれが、不完全なデモノイド……」
     棲天・チセ(ハルニレ・d01450)は、蒼穹を擁すその眸で不完全デモノイドを確りと捉えた。
     通常の強化一般人ならば、掃討することで元の人間に戻れる可能性があるだろう。
     しかし、あのデモノイドの命だけは長くてもあと10分。『死』の未来は、変えられない。
    (「子供心に付け込んで、利用するなんて許せないんよ。チー達で必ず食い止めよう」)
     だからシキテ、一緒に頑張ろう――相棒たる狼犬の背をやさしく撫でれば、シキテは元気に一鳴きして応えてみせた。
    「わ、な、なんだよアレ!?」
    「嘘だろ、化物……!?」
     人智を超えた異形の存在を目の当たりにし、小学生達は口々に声を震わせた。
     絶叫する者、腰を抜かす者も居る。いずれも、正常な思考を残せてはいない。
    (「おっと、大人しく言う事聞いてもらおっか」)
     しかし、雑音はすぐさまぴたりと止む。天使・翼(ロワゾブルー・d20929)が威圧の風を運び、小学生達の心を鎮めたのだ。
    「はぁーい、ちびっこ達。あのサムズアップの似合うにーちゃんのリヤカーに乗るんだ」
     翼は緩やかな笑みを深めつつ、向かうべき地点を示して見せた。
     目印にと実里が親指を立てれば、小学生達は口を噤んだまま素直に彼の元へ近寄っていく。
     すぐにプルチネッラが顎で合図をすると、配下達が一斉に動き出した。
     先ず不完全デモノイドの足を止めたのは、先手馬・勇駆(自己の憲兵・d23734)だった。彼は既に人間形態ではない――人造灼滅者としての姿となっている。
     蒼き体表、巨大な躯。蹄を鳴らして駆け抜けていくその姿は、ケンタウルスの如く。
     真っ直ぐに、光の障壁で不完全デモノイドを殴打する。
    「その姿……『病院』勢力の者か。なぜ刃を向ける? 力を欲して、人としての己を捨てた身だろう?」
     仮面の男の挑発に、勇駆は乗らない。大声で吼え哮り、あくまで不完全デモノイドの注意を引こうとしていた。
     ただ一つ。奴の言葉に間違いがあるとするならば。
    (「――矛盾は承知。されど、人並みの欲をついてそれを『望ませる』ような誘惑は看過できません」)
     人としての『魂』すらも、闇の中に葬ってはいないということだ。


    「強くなりたいっていう気持ち、わかるよ! ウチもそうだもん!」
     少年達へ言葉が届くよう大きく呼びかけながら、ウサギはサイキックソードを一振りする。
     その反動で空中に生み出された風刃が撃ち出され、後方の回復手を斬り裂いた。
     ウサギの霊犬であるランクマも、その鋭い眼から浄霊光を放って仲間達を支援している。
     救うべき彼等がこの場から逃れるまで、大胆な攻撃に出ることはできない。
     ならば、ウサギ達が今とるべき行動は一つだ。
    「だから、間違った強さを手に入れてしまわないよう、ウチ達が守ってあげる!」
     戦いの合間に小学生達へと振り返り、ウサギはニッと歯を見せて明るく笑った。
     だが、その時。ジャマーを担う配下が、鋭き光の刃を放った。
     光刃放出。その矛先は――リヤカーに乗りかけた小学生の、無防備な背中。
    『ガウゥ……!』
     しかし、間一髪の所を霊犬のシキテが身を挺して庇った。
     ふらりとよろめく相棒をそっと支えたのは、他でもないチセである。
    「チーはね。誰かを傷つける力じゃなくて、守る力と力を制御する心持ってる人が一番強いと思う」
     力と強さ、それらは必ずしもイコールで繋がるとは限らない。
     大事なのは力のみでない、他者を思いやれる『心』が本当の強さになる――そう、信じている。
     小学生達へ言葉を授けながらも、チセはガトリングガンを乱れ撃つ。幾度もの銃撃を受け、回復手たる二人の配下が同時に倒れ伏した。
     残る強化一般人は、あと二人。
     その間にも、小学生達は7人全員がリヤカーへと乗り込むことができた。
    「よし。子供達を頼んだよ、スロット」
     信頼を込めた実里の呼びかけに応じるかのように、ライドキャリバーのスロットはブルンと力強いエンジン音を鳴らす。
     小学生達を乗せたリヤカーを引き連れ、スロットは凄まじいスピードで公園を抜けだした。
    「くっ、このままでは……! お前達、はやくターゲットを――!」
    「彼等に追いつきたかったら、俺達をどうにかしないとね」
     あからさまな挑発の言葉と共に、実里は身に着けていたアイマスクを脱ぎ去るやいなやプルチネッラの顔面へと投げつける。
     見事、直撃。派手な仮面が弾き飛ばされ、プルチネッラは「ぐっ……!」と呻いて両手で目元を覆った。意地でも素顔は晒したくないらしい。
     一方で、ジャマーの配下二人はプルチネッラの指示に従い、小学生達を追跡しようと強行突破を試みる――が。
    「ちょいと待った。行かせねぇってばよ」
     それを阻むのは翼だ。魔導書を捲り、配下二人を指さして即座に紋章を描く。
     印された魔の原罪は精神を蝕み、配下のうち一人が力なく卒倒した。
     残り一人に齎されたのは、激しい怒り。最後の強化一般人はぎらついた目で翼を睨み据え、得物の切っ先を向ける。
    (「掛かってこいよ。何があっても退かずに立ち塞がってやらぁ」)
     光剣の斬撃をその身に受けてもなお、敢えて翼は不敵に笑ってみせた。
     此処で崩れ落ちては、あのちびっ子達にも格好がつかない。
     ――命を懸けてでも、守り抜くと決めたのだ。
    (「あー……やっぱ、弓は慣れへんなあ」)
     目を眇め、光姫は天星弓を引く。放たれた矢は最前線で戦う翼を貫き、傷を癒やした。
     弓の扱いはあまり得意では無いとは光姫自身の弁だが、彼女は癒し手として立派に仲間達を支援していた。
     風に乗って運ばれるしゃぼん玉は、彼女の傍で浮遊するナノナノの小結丸が生み出している。
    「トドメです! 撃つよ、銃殺、サターン・ガトリング!!」
     技の名を叫ぶのはお約束。強化一般人に狙いを定め、璃理は絶え間なく無数の銃弾を連射する。
     度重なる攻撃に耐えることができず、最後のジャマーもふらりとその場に倒れ込んだ。

     ターゲット全員を安全圏へと避難できている以上、最低限のノルマは既に達成してしまっている。
     それでもなお、灼滅者達はプルチネッラ一味と刃を重ね続けた。
    「――では、これにて失礼させて頂こうか。お遊戯にも付き合ってられんのでな」
     唐突に、プルチネッラが撤退を宣言した。状況的に己が不利であると自覚したのだろう。
     灼滅者達のうち数人は、敵の全滅を目標としていた。勿論、達成が非常に困難であることを承知の上でだ。
     しかし、灼滅者達の総合的な負傷も決して浅いものではなかった。
     強化一般人を殲滅した今でこそ戦況は優勢ではあるが、不完全デモノイドとデモノイドロードを同時に狙って勝利を得られる確証は些か薄い。
     不完全デモノイドの活動限界まであと僅か。流石のプルチネッラも、たった一人で素体集めを続行することはできないだろう。
    『グォオオオ!!』
     勇駆は吼えながら、不完全デモノイドに石化の呪術を加える。蒼き巨大な両腕が石となり、暴れようとも攻撃が繰り出せない。
    「――これで、終わりです」 
     下した宣告は灼滅。炉亞はデモノイドの死角に潜り込み、その躯を無残にも斬り刻んだ。
     自壊が始まる直前の灼滅であった。デモノイドは激しい断末魔の叫びを轟かせ、その身を散らしていく。

    「……灼滅者。この屈辱、必ず晴らしてやる」
     そう静かに言い残し、ロード・プルチネッラは音もなく姿を消した。
     トレードマークの仮面を、この戦場に残して。


     とうに夕陽は沈み、空は夜の帳が降ろされていた。
     7人の小学生達は、公園からある程度離れた空き地に避難できたようだ。
     安全確認も兼ね、灼滅者達は彼等の様子を確かめに行く。
     未だ状況が全く飲み込めない様子ではあったものの、小学生達は灼滅者達へ頭を下げた。
    「あのさ……やっぱ悔しいよ。オレら、これからも弱ェままだ」
    「ケンカした上級生だけじゃねー、あんな化物にもビビるなんてさ」
     彼等またも、がっくりと項垂れる。それらの言葉に対し、チセはゆっくりと横に頭を振った。
    「そんなことない。弱くたって、大丈夫やと思うんよ。協力できる仲間がいれば、一緒に成長していけるから」
     一人でならば難しいことも、共に誰かと歩んでいけるのならばこわいものはない。
     それに何より結果でない、『過程』こそがきっと一番大切なのだ、と。
    「本当の強さっちゅうんは最後まで諦めんとヤツや。
     何遍負けても腐らんと、挑戦することをやめたらアカン」
     光姫の言葉は至ってシンプルながらも、厳しさを孕んでいた。
     しかし、何度も立ち止まってしまっていては、強さを得るどころか何も始めることはできない。
     逆に、負けたくない相手に遅れを取ってしまうだけ。ウジウジ悩むより、前を向いて進めばいい。
     励ましをどうしても素直に受け止められず、そっぽを向いてしまう小学生達。
    「自分も、自分が小さいのが嫌でした」
     口を開いたのは勇駆だった。本来の姿とは裏腹に、人間形態は歳相応に小柄だ。
     自分以上に大きな悩みを抱えてもなお、それを乗り越えている者が居ることを、勇駆は知っていた。
     彼等に比べると、小さな問題に躓き、慰めや励ましすらも耳に入れようともしない自分はどれだけちっぽけだろうか。
    「耳くらいは素直に開けたほうがいいですよ」
     受け入れられないままでは、自分自身が惨めになるだけだから。
     彼の言葉で頭を冷やした小学生達は、うーんと唸って考え込むようになる。
    「実は君たちはもう、力よりも大切な強さ、持ってるのですよ?」
    「えっ、何処に……?」
    「それは――僕には言えないのです」
     炉亞は些か悪戯っぽく、くすりと笑ってみせた。強さの在処は、人に指し示してもらうものではない。
     悔やむ気持ちはいつしか、向上心へと変わる。そして、大切な友との絆も。
     故に炉亞も、もう迷わないと決めた。武蔵坂学園の皆の存在が、強さの糧であるからこそ。
     強さの意味を説く彼女等の様子を、翼は悠々と眺めていた。
     小学生にご高説を垂れるほど、己は立派な存在ではないからこそ――自虐混じりの苦笑を、密かに零して。
    「オレらは、どうすりゃいいんだ……」
    「大切なのは、それよりも大きくなる志だよ」
     ただひたむきに、ひたすらに。
     昨日の自分を超えられるような志を抱けば、『これから』の自分は強くなれるはず。
     そう実里が諭したのち、小学生達は段々と、俯いていた顔を正すようになっていった。
     7人の顔に浮かぶのは――木漏れ日のような微笑みだった。
     サムズアップをしてみせれば、彼等も一緒に親指をあげてくれた。
     新しい活路を見出したような、ほんの些細な変化であったけれど。最高の結末には充分だ。

     それから暫くして、小学生達が揃って首を傾げた。
    「……あれ。オレら、さっきまで何してたんだっけ?」
    「さあ? けど――色んな誰かに、すげー大切なコトを教えてもらった気がする」

     バベルの鎖は、小学生達の記憶から『今日』という出来事を朧げに消し去ってしまうだろう。
     けれど、自らの手で切り拓いたその活路だけは、どうか消えてしまわないように。
     帰路を辿る灼滅者達は、心からそう祈っていた。 

    作者:貴志まほろば 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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