消えた村

    作者:カンナミユ

     草木も生えぬその場所に、その獣は現れた。
     青白い炎を纏う真っ白な毛の、額に傷を持つ、狼にも見える獣。
     乾いたその地に舞い降りた獣はぐるりと見渡すと鼻を高々と上げ、
     オオオオオオォォォォォ……!!
     咆哮を上げた。
     よく通る、聞くもの全てを威圧するような咆哮は茜色に染まる空に響き渡る。
     その声は空を、地を震わせ、この場所に眠る『それ』を呼び起こす。
     ォォォォォォ……
     咆哮を上げた獣はしばらくすると地を蹴りその場から飛び去った。
     獣も咆哮も消え、乾いた土地が微かに震えると『それ』は現れる。
     ――何故だ。
     人の姿はないというのに低く、暗い、怨嗟を含んだ男の声。
     ――何故……皆を。
     何もない場所に青白い炎の塊がぼうっと浮かぶとそれは大きくなる。
     ――さくら……どこに……。
     じゃらりと鎖の重い音が鳴ると、炎はヒトの姿となった。
      
    「スサノオが再び現れ、古の畏れが生み出されました……」
     資料を手に園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)は集まった灼滅者達を前に立った。
    「確認した所、スサノオは既にその場を去っていますが……畏れはその地に留まっています」
     古の畏れを倒して欲しい。依頼に集まった灼滅者達を前に槙奈は説明をはじめた。
     場所はとある村外れにある広場。草木も生えないその場所は村人達から不吉だと恐れられており、とにかく広い。
    「とにかく広い?」
    「この場所は、昔……村があったそうです」
     大雑把な表現に疑問をもった灼滅者の一人に槙奈は説明をする。
     その場所には昔、小さな村があった。村人達は領主の悪行に苦しめられており、旅の若武者が助けてやろうと領主を斬り、そして去った。そこまでは良かったのだ。
    「領主の家臣が、報復にその村を……消し去ってしまったのです」
     怒り狂った家臣達は兵を伴い全ての村人を殺し、田畑も家屋も潰し、その村を消した。
     自分の行いで村は消えてしまった。村があった場所に戻って来た若武者は絶望し、この地で自刃した。
    「広場の中ほどに行けば……畏れは現れます」
     現れるのは殺された村人達と若武者・弦十郎。子供から老人まで60人程の村人達を全て倒すと甲冑姿の弦十郎は現れる。
     取り囲むように現れる村人達は武器を持たず、弱い。抱きついてくるという行動を取るようだが、何せ数が多い。
    「今回は相手が多い戦いになります……マコトさん、手伝ってくれますか?」
    「はい、任せて下さい!」
     灼滅者達と一緒に説明を聞いていた三国・マコト(正義のファイター・dn0160)が頷くのを見ながら槙奈は説明を続けた。
     足を鎖に繋がれた弦十郎は日本刀、バトルオーラと似た能力を持ち、さくらという娘を探しながら襲ってくる。鎖に繋がれているものの、広場内は自由に動けるようだ。
    「さくら?」
    「弦十郎が想いを寄せていた少女……だそうです」
     資料をめくり、槙奈は答える。
     灼滅者達と同じほどの力を持つ弦十郎が惚れた少女、さくら。記録に記されてはいないが、村人達と同じ運命を辿ったに違いない。
    「予知がしにくく、スサノオの足取りはまだ……掴めていません」
     開いていた資料を閉じ、槙奈は目の前に並ぶ灼滅者達を見渡し、言葉を続ける。
    「ですが、いずれ行方は分かる筈です……みなさん、よろしくお願いします。


    参加者
    アシュ・ウィズダムボール(ディープダイバー・d01681)
    藤谷・徹也(高校生殺人機械・d01892)
    化野・周(ピンクキラー・d03551)
    結城・真宵(オノマトペット・d03578)
    南条・忍(はるかぜをうたうもの・d06321)
    焔・火神姫(火ノ神ニシテ鬼・d07012)
    大御神・緋女(紅月鬼・d14039)
    阿頼耶・乃絵(あおいけもの・d20899)

    ■リプレイ


     空は茜色に染まり、黄昏時が近付いている。
    「予知どおり、殺風景なところだなー……」
     乾いた地を踏み、南条・忍(はるかぜをうたうもの・d06321)は言いながら周囲を見渡した。視界の範囲に建物はなく、人が通る気配すらない。
     灼滅者達が訪れているのはとある村の外れにある広場だ。エクスブレインが説明したように、この場所はとても広く、何もない。
    「助けたはずの村が消えた、か……」
    「今回の任務は、悲劇と呼ばれる記録の削除と認識している」
     アシュ・ウィズダムボール(ディープダイバー・d01681)も草木も生えぬ広場を見渡し言うと藤谷・徹也(高校生殺人機械・d01892)が感情のない言葉を口にする。
     今回、灼滅者達が戦うのはスサノオが生み出した悲しい畏れだ。
     主を殺され、怒り狂う家臣達に殺された村人達。そして彼等を助ける為領主を斬り、その結末に絶望し命を絶った若武者・弦十郎。
    「良かれと思ってやって、でも、悲しい結果になって、そんなのって、自分を許せないッスよね」
     霊犬・ほむすび丸が歩く姿を見つめながら、阿頼耶・乃絵(あおいけもの・d20899)は視線を落とす。助ける為の行動が結果として破滅を導いた。なんだかとても悲しいお話だと呟く。
     灼滅者達は殺された村人達と、彼らを助けるべく行動を起こした若武者を相手に戦わなければならない。しかも村人達を倒さねば若武者は現れないのだ。
    「スサノオの畏れとはいえ村人を倒さなくちゃいけないのは気が重いなぁ」
     家臣達と同じ事をしないといけない。まっさらな広場を目に結城・真宵(オノマトペット・d03578)はそう思い少しばかり気持ちが沈む。大御神・緋女(紅月鬼・d14039)も似たような心境を心に秘めている。
    「どの村にも忌わしい伝承というのは残ってるものなのじゃな。この紅月鬼の緋女がその悲しみも絶望も灼き尽くしてくれようぞ」
    「弦十郎殿が自責の念で縛られているのなら、それを解放してあげなきゃ……!」
     緋女と忍が言葉を交わすと、チェーンソー剣・Zigを手に鏖殺領域を展開した化野・周(ピンクキラー・d03551)と三国・マコト(正義のファイター・dn0160)も頷いた。
    「とりあえず、元村人を焼き払って、若武者燃やして終わりだね」
     乃絵の後をガトリングガンを手に歩く焔・火神姫(火ノ神ニシテ鬼・d07012)がばさりと言い捨てる。
     とうの昔に死んだ人間である。情はないし、存在に興味もない。邪魔をするなら灰にするだけだ。
    「広場の真ん中……この辺りかな」
     周囲を見渡し周が言うと仲間達は武器を手に戦闘準備を整える。エクスブレインの説明では古の畏れが現れるのは広場の真ん中辺りだ。
     そう、ちょうど、この辺り。
     ――助けてくれ。
     ――助けて! 殺される……!
     ――いたい……いたいよお……
     年老いた男の声。若い女性の声。幼い子供の声。
     沢山の声が重なり、ぼうっと青白い炎がいくつも浮かび上がり、灼滅者達を取り囲んだ。
     

     取り囲む炎は大きくなり、着物姿の大小それぞれ異なる大きさの人となる。
    「助けてくれ……」
     斬りつけられたのか紅に染まる腕を伸ばし、かすれた声を中年男が絞り出し迫る。弓矢に胸を貫かれた子供が、腹を裂かれた女がはみ出た臓腑を引きずり灼滅者達へと歩み寄ると取り囲む村人達も近付いてくではないか。
    「敵は統率が取れてない。冷静に戦えば大丈夫」
     よろよろと近付く村人達だが足取りはバラバラだ。周囲を見回しアシュは言うとガンナイフ・ダークハートの引き金に指をかけ、仲間達も武器を構えた。
    「おぬしはこっちじゃ」
     背後を取られぬよう円陣を組む中、マコトは恐ろしい光景を前に動けないでいる。立ち尽くす彼の服を引き緋女が隣に立たせ、自身はマテリアルロッドを構えると村人達が一斉に飛び掛ってきた。
    「な、なに?! 急に!」
     飛び掛ってきた村人達を前に声を上げる真宵の前に、
    「女の子に抱きつくのはセクハラだぞ! お前の相手はこっち!」
     ばっと周が立ち塞がる。
     長身のディフェンダーに庇われ、クラッシャーは体勢を整えた。
    「ありがと、化野」
     礼を言われ、任せろと村人達を相手にするが、
    「うおおあ、マジで抱きついてきた。離せよ! もう!」
     抱きつかれ、慌てて引き離すが次々と襲ってくる。
     迫る村人達を避けたアシュはちらと周囲を一瞥し、ある一点に気付く。
     取り囲む一箇所に人数が少ない場所がある。そちらへ銃口を向け引き金を引くと、
    「あそこが薄いね」
    「了解した」
     その指摘に徹也も手にする得物で目前に立つ村人達を薙ぎ払った。
     集中攻撃し、取り囲まれた状況から脱出する事に成功した灼滅者達は迫り来る村人達へ攻撃を続けた。
    「ほんと、数が多いね」
    「いくっスよ、ほむすび丸!」
     鎌を振り上げる真宵と言葉を交わし、乃絵はほむすび丸と共に村人達に攻撃をするとマコトもガトリングガンを手に銃弾をばら撒き、村人達は姿を消していく。
    「まだまだ……! 一対多ならニンジャのお手の物さっ!」
     インラインスケートを走らせ村人達を倒していた忍だったが、弦十郎が惚れた娘、さくらを探すべくインスタントカメラを取り出そうとするが、
    (「この人数を相手に攻撃以外の事はできない……!」)
     写真を撮るという事は戦う人数が一人減る。思い直し、手裏剣を村人達へと放った。
    「さくら! さくらはいますか!?」
     村人達を倒す中、アシュは声を上げる。容姿は判らないが村人達の中さくらがいる可能性は高い。彼が狙われてもいいように徹也がアシュの隣に立つと乃絵と真宵も戦いながらそれらしき姿はないかと視線を巡らせる。
    (「見つけたところで辛くなるだけなのに」)
     弦十郎は村人達を倒さねば現れない。さくらを見つけた所で会わせる事もできない。内心で思いながらも火神姫はいつでも援護できるよう注意しながら戦いを続ける。
     攻撃は続き村人達は一人、また一人と消えていく。
     人数も少なくなり一旦、戦いの手を止め傷付いた体を回復させる中、
    「逃げて……」
     年老いた女がかすれた声を絞り出していた。その声の先に灼滅者達と同じほどの娘が数人、立っている。
     地を這い、ごぼごぼと血を流す老女が力尽き倒れる姿を目にした娘達は逃げようとするが、足取りは重い。
     あの中にさくらが? 呼びかけようと真宵は口を開くが――
    「過去には同情するけれど、今の君らには興味ないんだ。……燃えてなくなれ」
     無慈悲な声。負傷し、引きずる娘達の体を火神姫の炎が包み込む。
     引き裂くような悲鳴を上げる娘達の中、
    「弦十郎……さま」
     鈴の音に似たその声を灼滅者達は確かに聞いた。髪の長い、血に染まる薄桃色の着物の、美しい娘。
    「彼女が……」
     炎に包まれた娘を目に忍は思わず口にした。
     一番最後に燃え尽きた娘。彼女こそが探していた――
     じゃらり。
     重い、鎖の音。
     ――長殿、親父殿……
     ぼんやりとした、くぐもった男の声。
     ――さくら……
     その声は徐々にハッキリとすると灼滅者達の前に青白い炎が現れ、大きくなり――鎧武者の姿となった。
     

     赤糸縅の甲冑を身に纏い、手には抜き身の日本刀。
     足枷に繋がれたその姿は見紛う事はない。若武者・弦十郎だ。
    「……田も、畑も……家さえもない……」
     じゃらりと鎖を引きずりながら弦十郎は絶望に染まる声を絞り出し、辺りを見回すが灼滅者達は視界に入っていないようだった。
    「さくら……さくらはどこだ……」
    「弦十郎のお出ましか。こっからが本番って感じかな」
     惚れた娘の名を呼ぶその姿を目にした周は赤黒く錆び付いた刃のチェーンソー剣を構え直すと、
    「あんたさくらって女の子探してんだろ!」
     声を上げた。
     さほど大きくはない声であったが、気付かせるには十分なものだった。がちゃりと鎧が鳴り、振り向く弦十郎の目は周を、武器を持つ若者達を見つめる。
    「……お前達か。お前達が……」
     戦闘態勢を再び整える灼滅者達を前に、低く、暗く、沈んだ声。
     周が首を傾げ、じゃらりと鎖が鳴った瞬間、十分にあったはずの間合いが縮み、白刃が閃いた。
    「早っ!」
     重い一撃に思わず手にするチェーンソー剣ががつん、と地に落ちる。
    「さくらは! さくらをどこにやった!」
     返す手で再び一閃。
    「助かったよ、徹也くん」
    「……任務の継続に支障は無い」
     前に立つ徹也の頬に一筋の線が走る。鳶と鴉、梟の刻印が施されているコインから展開されたシールドを手に刀を防いだが、全てを防ぐ事はできなかった。
     大丈夫かと問われる中、つと血が頬を伝うが顔をしかめる事なく徹也は月虹を纏い正面から挑む。
    「我々の任務は悲劇の記録の削除、及び……お前の解放だ」
    「解放? 削除? ……お前達は何を言っているのだ?」
     刀で拳を払い、弦十郎は怪訝そうな顔をし眉をひそめた。
    「何を言っても無駄だよ」
     目の前にいる男は自分の命が既にない事に気付いていない。
     この男に何を言っても聞く耳を持たないだろう。火神姫は鬼化させた腕に炎を宿し、殴りかかる。
    「燃やしてあげるよ。真っ赤にね」
    「何とも面妖な技を使う」
     刀を構え直す弦十郎を前し、灼滅者達は火神姫に続き攻撃を開始した。
     インラインスケートで死角に回り込み忍が解体ナイフで斬りつけると、隙をつき周と真宵はチェーンソー剣を振りかざす。体を切り裂くはずのそれはがりがりと火花を散らし、日本刀に遮られてしまった。
    「なかなかやるね」
    「同感だよ」
     甲冑を身に纏い、身軽に動くその姿に二人が言葉を交わす中、地を蹴り武器を手にマコトと緋女が弦十郎へと斬りかかり、乃絵もほむすび丸と共に駆ける。
    「薄桃色の着物で、とても綺麗な人だったね、さくらって」
     戦い月続く中、銃弾と共に発せられるアシュの言葉に弦十郎は反応する。
    「お前達、やはりさくらを知っているのか?!」
     彼女の容姿を覚えていた彼の言葉に弦十郎の顔は強張ると、ぎっと睨みつけ刃を翻し、甲高い音を響かせ弾丸を弾く。
    「こんなところで道草食ってないで、直接会ってきなよ。きっと待ってるよ」
    「そうじゃ、お主が探しておるさくらという娘はここには居らぬ。早う迎えに行かぬかっ」
     彼が求める娘はこの世には存在しない。
    「直接会え? ここには居ない? 迎えに行け……?」
     アシュと緋女の言葉を弦十郎は理解できなかった。ぎりっと刀を握り締め、
    「何を言っているのだ! お前達は!!」
     怒りを含む力任せの一閃。仲間達へ向けられた一撃を徹也、周が防ぐと、
    「そんなに大事なら、なぜ村を離れたんだい?」
     火神姫は冷たく言い放つ。
    「正義や悪を掲げるのなら、最後まで貫く、関わり抜く覚悟が必要だ。覚悟のない正義ほど、つまらないものはないんだよ」
     君みたいな偽善者が僕は一番嫌だと火神姫は言いながらガトリングガンを手に弾丸をばら撒く。
    「偽善者だと……?」
    「あんたが中途半端に介入したせいだろ。そりゃ元は領主が悪いんだろうけどさ」
     自分を偽善者だと言われ歯噛みする弦十郎に周がたたみ掛け、
    「でも弦十郎さん、あなたは、立派なことをしたんスよ」
     乃絵が続ける。
     悲劇は弦十郎が村を苦しめる領主を斬った事に発端がある。
     火神姫が言うように最後まで正義を貫く覚悟が必要だっただろう。周が言うように中途半場に介入してしまったのも悪かっただろう。
     しかし、最後まで貫けなかったにせよ、中途半端だったにせよ、乃絵が言うように立派な事でもあったのだ。
     だが、すべては結果論である。ましてやそれを、部外者が語れるだろうか。
    「お前達に……お前達に何が分かるというのだ!」
     どす黒いオーラを纏わりつかせ弦十郎は叫ぶ。傷口が塞がり、流れる血もぴたりと止まった。
    「分かる訳がない! お前達に!」
     徹也の拳を受け流すが続く緋女と忍、周の攻撃をまともに受けた弦十郎だったが、血を流し鋭い眼光で睨みつけ、荒げた声で言葉を続ける。
    「中途半端? 貫く覚悟? お前達に何が分かる! 何も知らぬくせに!」
     恐らくは何かしらの事情があったのだろう。急ぐ旅の途中だったのかもしれないし、村を助けるべく戻ってくるつもりだったのかもしれない。
     だがそれは灼滅者達には分からない事だ。何も知らない者の言葉が届くはずもない。
    「ええい、いつまでここで彷徨うておるつもりじゃ! 娘はお主の事を待っておるはずじゃ!」
     続く戦いで弦十郎も体力を消耗し、目に見えて動きが鈍くなってきている。マコトと乃絵の攻撃を受け、刀を握る力もないのか刀身がだらりと下がる姿を緋女は見逃さなかった。
    「その鎖が邪魔だと言うならばわらわが解き放ってやろう!」
     ざん!
     振り上げた刃が夕日に映え、男の体を切り裂いた。兜がばきんと割れ、落ちるとまだ幼さを残す青年の顔が現れる。
    「く……っ、……」
     立て続けの攻撃に加え、緋女の一撃が致命傷となったようだ。額からつと太い紅の筋が流れ、体中の傷口からは血がぼたぼたと地を染め、がくりと膝を突く。
     長くはもたないだろうその様子を見守る中、ふと弦十郎のもとに一つ、また一つと青白く、丸い光が現れる。
     ――弦十郎さま……弦十郎さま
     優しく、柔らかい声。それは、鈴の音に似た娘の。
     息も絶え絶えにうなだれる弦十郎だったが、すと顔を上げると絶望する瞳から一筋の涙が流れ、頬を伝い、地に吸い込まれていく。
    「……さくら」
     ――お会いしとう、ございました
    「私もだ……さくら」
     弦十郎の体はぼんやりと輪郭を失い青白い光になると、彼の周りに浮かぶ光と共に茜色の空へ浮かび上がる。
    「……どうか、お幸せに」
     呟き忍は見上げると、灼滅者達は光が消えるまで空を見つめていた。
     

     日は徐々に傾き、空は夕暮れから夜へと移りつつある。
     古の畏れを鎮めた灼滅者達は武器を収め、日が沈む広場に立っていたが、忍は持参していた花束を弦十郎が消えた場所にそっと手向け黙祷した。
    「村人も弦十郎も、もう二度と死ななくて済む」
    「そうじゃな」
     周の言葉に緋女は応え、忍と共に手を合わせた。
    「それにしてもスサノオの目的はなんなんだろう」
     手を合わせる二人を目にアシュは誰に言うでもなく口にする。
     スサノオにより呼び起こされた地に眠る悲しき畏れ。彼らを呼び起こした事に悪意と違う感じがするが……。
    「いずれ分かるかもしれないね」
     真宵の言葉にアシュは頷いた。目的も行方も分からぬスサノオだが、エクスブレインが話したようにいずれ分かる日が来る筈だ。
    「報復や復讐の芽まで摘んでおくべきだったね」
     手を合わせる光景を目に火神姫はぽつりと口にする。
     安っぽい善意はつまらない結果しか生まない。彼は詰めが甘かったのだ。そう、それだけだ。そう彼女は判じた。
    「でも、きっと村の人は――さくらさんは確かに弦十郎さんの戦う姿に、希望を見出したはずッスよ」
     確かにいい結果にはならなかったが弦十郎は立派な事をした。乃絵の言葉に火神姫が言葉を返さずに光景を眺めていると、
    「……いずれは、この地に新たな記憶が上書きされる」
     徹也の言葉。
     いつか不吉の謂れも消え、この広場に人々が集い、平和な記憶が満ちるだろう。口には出さないが彼はその可能性を信じていた。
    「そういえばマコト殿、ねこ好きなんだっけ。いいよね、ねこ。特に『引っ掻いてこない』ねこ」
     戦いも終わり、時間が経ったというのに緊張が解けないでいるマコトに忍が話しかけると強張ったままの表情が緩み、
    「猫? うん、猫いいよなー。特に腹に顔埋めるのとかさ」
     周も加わり猫トークに花が咲く。
    「大変っス! もうすぐ帰りの最終バスが出るっスよ!」
    「もうそんな時間?」
    「確かに路線バス少なかったけど、早すぎ!」
     乃絵の言葉にアシュと忍が反応し、
    「じゃあバス停まで競争っ!」
    「抜け駆けは駄目じゃ!」
     全力で駆けて行く真宵を緋女と周が追いかけ、マコトが続く。
     一人、また一人と広場から去る中、徹也は花束に視線を落とし、立っていた。
    「早くしないと乗り遅れるよ」
     足早に去ろうとする火神姫の言葉に振り返ると花束へ視線を戻す。
    「……我々の任務は終了だ」
     踵を返し、徹也も後を追うように広場を去ると、広場は再び静寂に包まれた。

    作者:カンナミユ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 8
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