夜に屍、徘徊す

    作者:波多野志郎

     ――その群れは、明らかに異質であった。
     生気のない顔をした二人の少年少女――そして、漆黒の鎧を身にまとう悪魔が一体、足を引きずるように歩いていく。そこに、生気がないのも当然だ。この三『体』は既に命を失いながら歩くアンデッド――死人であるのだから。
    「……あ?」
     ガシャン、という音が路地に響き渡った。その音に、三体が振り返る。そこにいたのは、酒場の店員だ。空になったビール瓶を入れた箱を路地に置きにきた――それが生んだ悲劇だった。
     割れたビール瓶の欠片を躊躇なく踏み砕き、悪魔はその右腕を振り上げる。右腕には巨大な刃が、握られていた。
    「ひ――!?」
     店員に出来た事は、短い悲鳴を上げる事だけだ。振り下ろされた漆黒の刃は、無慈悲に命を断ち切った……。

    「病院勢力の灼滅者の死体を元にしたと思われる、アンデッドの出現……もう、知ってる人もいると思うっす」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は厳しい表情で、そう告げる。翠織が今回察知したのが、その件だからだ。
     このアンデッドには灼滅者のような姿で武器を操ったり、ダークネスのような形態でサイキックを使ったりして攻撃してくる特性がある。その実力は、普通のアンデッドよりもかなり強力だ。
    「新宿周辺の歓楽街で、徘徊してるっす。何かを探しているようにも見えるっすけど、それが何なのかまではわかってないっす」
     普段は人目を避けて活動しているようだが、誰かに発見されてしまえばその相手を殺すよう、動くようだ。今回の事件も、そんな不幸な事件の一つだ。
    「アンデッドは三体、人間形態のアンデッド二体に、ソロモンの悪魔状態のアンデッドが一体っす。この三体が揃えば、ダークネス一体分の脅威になるっすね」
     特に、ソロモンの悪魔のアンデッドは他の二体よりも強力だ。唯一の救いは、このソロモンの悪魔のアンデッドがダークネスそのものよりかは弱い事だろう。
    「それでも、三体揃えばこっちを上回る戦力っす。こちらはきっちりと戦術を練った上で、数の利を活かさないと苦戦は必死っす」
     アンデッド達が徘徊する路地は、事前にわかっている。時間は夜だ、人通りはほとんどない。そこで、念のためにESPによる人払いをしっかりと施してから待ち受ければ戦う分には、問題ない。
    「何にせよ、連中が何を探しているかよりも被害を出さないようにする方が先決っす。……病院勢力の方々や、みんなも思うところはあるかもしれないっすけど、今は犠牲が出る前に倒してあげるのが、唯一の救いだと思って頑張って欲しいっす」
     これは、守る事は出来ても救える者のいないお話だ。翠織は、それが分かった上で語り、締めくくった。


    参加者
    嘉納・武道(柔道家・d02088)
    アイレイン・リムフロー(スイートスローター・d02212)
    逢瀬・奏夢(番狗の檻・d05485)
    湾河・猫子(コピーキャット・d08215)
    ジャック・サリエル(死神神父・d14916)
    華表・穂乃佳(眠れる牡丹・d16958)
    浦原・嫉美(リア充爆破魔法使い・d17149)
    浅木・蓮(決意の刃・d18269)

    ■リプレイ


     喧騒が遠い――夜の繁華街、その裏路地に彼等は身を潜めていた。
    (「揃いも揃って、宝探し……ってか?」)
     胸中でこぼす逢瀬・奏夢(番狗の檻・d05485)の表情は、変わらない。しかし、眼前の光景に仲間達の間に小さな動揺が走ったのを見逃さなかった。
    「ん……すこし……さむい……さむいの……さむけ……だけなの……かな……」
     その視線に、自分の肩を抱くようにさすって華表・穂乃佳(眠れる牡丹・d16958)が呟いた。自分の震えが寒さから来るものか、心から来るものか、その答えを穂乃佳自身がわからない。
     ――それは、怖気の走る光景だった。漆黒の鎧を身にまとう悪魔の前に、生気のない少年少女二人が、足を引きずるように歩いていく。生気がないのも当然だ、少年少女だけではない悪魔でさえ死んでいるのだから。死さえ、安息ではない――それは理屈ではない、心の底から嫌悪感を催させるものだった。
     アイレイン・リムフロー(スイートスローター・d02212)は、不意に肩に置かれた手に息を飲む。それはビハインド、ハール・リムフローの手だった。それに、アイレインはコクリとうなずく。
    「死んでからも操られて、かわいそう……待ってて。すぐに休ませてあげるから」
    「人造灼熱者のアンデッド……気の毒だけど、被害が出る以上放ってはおけないよね」
     放置すれば、一般人に被害が及ぶ。眼鏡を外しながら浅木・蓮(決意の刃・d18269)は言った。その決意の言葉に、強く嘉納・武道(柔道家・d02088)はうなずいた。
    「死者の尊厳を踏みにじられ、彷徨う者達を倒す。それだけだ」
     武道の言葉に、奏夢は用意していた空き缶を宙に放る。放物線を描いた空き缶は、アンデッド達の傍らでカランと音を立てた。
    『…………』
     アンデッドが、そちらへ反射的に視線を向ける。その瞬間だ、一匹の猫がアンデッドの少年の足元へ駆けた。猫は、瞬く間にその姿を変える――湾河・猫子(コピーキャット・d08215)が、帽子を取ると囁いた。
    「何探してるのかしら、ってアンデットに聞いても答えてくれるわけ無いわね」
     不意打ちで放たれた猫子の解体ナイフの一閃が、少年アンデッドの足を捉える。膝が揺れた少年へ、ジャック・サリエル(死神神父・d14916)が咎人の大鎌を手に飛び出した。
    「ヒャッハーハハハ! アワレナアンデッド達ニ安ラカナ眠リヲ与エマショウ。トクニ、悪魔アンデッドナンテ神父トシテ見過ゴセマセーン」
     振るわれる死の力が宿る横薙ぎに、少年アンデッドの脇腹が切り裂かれる。そこへ、浦原・嫉美(リア充爆破魔法使い・d17149)が回り込んだ。
    「どうせ探し物教えてはくれないでしょうし、倒させてもらうわよ!」
     少年アンデッドは、即座に反応する。腰から龍砕斧を引き抜くが、その上半身を嫉美の影が縛り上げた。
    「あまり動かないで貰うわ! 夜だから静かにね!」
     直後、摺り足で踏み込んだ武道の抗雷撃が、少年アンデッドの顎を勝ち上げる。少年アンデッドの足が宙に浮かぶ、そこへ穂乃佳が右手をかざした。
    「八幡神……八幡大菩薩……私の腕に……邪を打払う……力を……」
     グ! と穂乃佳が右手を握り締めた瞬間、巻き起こる風の刃が少年アンデッドを飲み込んだ。その激しい旋風へ、霊犬のキノとぽむが左右の壁を蹴って跳躍、咥えた刃で挟撃する。
    「――――」
     そして、蓮が踏み込んだ。シャ! と鋭い鞘走りの音を残し、蓮の居合斬りが少年アンデッドを切り伏せる。
    『――――』
     悪魔が、右腕の刃を振り上げた。その狙いは武道だが、武道は動かない。
    「させない」
     奏夢が一瞬早く、そのシールドに包まれた左手を振り抜いたからだ。脇腹を強打した奏夢のシールドバッシュに、悪魔は一歩後退する。そこへ、アイレインのバスタービームとハールの霊障波の衝撃が追随した。
     火花を散らし、お互いが間合いをあける。アイレインはバスターライフルを構えたまま、呟いた。
    「まずは、一体ね」
    「ああ、ここからだ」
     アイレインの呟きに、武道も静かに言い捨てる。狙い通り、少年アンデッドを不意打ちで討ち倒す事に成功した――これは、大きなアドバンテージだ。
    「サア、覚悟ハヨロシイデスカ!」
    『――――』
     ジャックの宣告に、答えはない。ただ、悪魔がその口を開き、噛み砕くように噛み締めた瞬間、バキン! と冷気が路地に吹き荒れた。


     フリージングデス――熱量を急激に奪う事によって起きる冷気の嵐が、灼滅者達を襲う。
    「傷ツイテモ、ドンドン癒シマース!」
     ジャックが咎人の大鎌を薙ぎ払うと同時、清めの風が吹き抜け冷気を掻き消していく。その風を頬に感じながら、武道が踏み出した。硬く握る拳を軋ませながら、武道が少女アンデッドを殴打した。
    「――ッ」
     鋼鉄拳の拳から伝わる感触は、生きた人間と違いがない。それがむしろ、心に突き刺さりそうな感覚を喚起させた。
    「こいつらにとって撃破する事が1番の救いだったとしても、それが、こいつらの求めていることだとは限らない……わかっているさ」
     少女アンデッドが流した血で右手に痺れが走る、それを自覚しながら奏夢は左手でクルセイドソードを構える。それに、キノは小さく尻尾を振って続いた。
     奏夢の袈裟懸けの斬撃、それに続いてキノの斬魔刀が少女アンデッドの太ももを深く裂く。よろめきながら、純白のリングスラッシャーを振るう少女アンデッドに、猫子は影で生み出した円盤で迎撃した。
    「死体は模倣する気は起きないのよねぇ……」
     影の円盤が、少女アンデッドの二の腕を捉える。猫子はその名の通り、猫のように軽く横へステップ。空いたそこから、アイレインが踊るように回り込み、大鎌で少女アンデッドの足を斬った。
    「嫉美」
    「よし来た」
     アイレインの呼びかけに、トンッと嫉美の爪先がアスファルトを打つ。音もさせず膨れ上がった影に、嫉美はビシリとその右手を振り下ろした。
    「思い切り喰らうわよ!」
     連撃に体勢を崩していた少女アンデッドを、路地を走った影が飲み込む。その内側からリングスラッシャーで這い出た少女アンデッドへ、ハールの大剣が振り下ろされた。ギ、イイイインッ! と火花を散らした二つの武器が、大きく弾かれる。
    『――――』
     そこへ、更に影が押し潰すように少女アンデッドを襲った。間隙を狙った、蓮の影喰らいだ。
    「無理をする訳には、いかないな」
     自身へと狙いをつけようとする悪魔を一瞥、蓮は素早く退く。半瞬遅れで、蓮の居た場所を豪快に大剣が通り過ぎた。
    「んっ……白夜の波……清き風……穢れを祓い……清め……守り給え……っ……」
     穂乃佳を中心に、優しい風が吹く。その風に毛並みをなびかせ、ぽむは少女アンデッドへと襲い掛かった。
    『――――』
     ぽむの刃に斬られながらも、構わずに少女アンデッドは七つへと分離させた純白の円盤を振るう。少女アンデッドのセブンスハイロウ――そして、悪魔はその大剣が振り回し、森羅万象断の衝撃で灼滅者達を大きく薙ぎ払った。
    「ヒャッハーハッハッハッ! ナントモ悪魔ラシイデース!」
     死そのものであるような、豪快な斬撃。それにジャックは滑るような、まるで浮いているような足取りで間合いをあける。
    「本当に、救えない存在になったんだね」
     蓮の言葉には、苦いものが混じっていた。哀れみだけではない、微かながら嫌悪がそこにはある。
    「救いになるなら、アイはいくらでも殺すわ」
     言い捨て、アイレインはバスターライフルを手に跳躍――灼滅者達は、死人へと挑みかかった。


     誰も踏み入れない空間で、激しい剣戟が響き渡る。
    『――――』
     少年少女のアンデッドが倒れてなお、悪魔のアンデッドは健在だった。その大剣を、蓮と奏夢、ハールの二人と一体がかりで受け止め、迎撃する。一打一打が、ひどく重い。だが、それがダークネスほどの脅威ではないのは、理性なき一打だからだ。重くはあっても、鋭くはない。速くはあっても、技がない。素体が優れていても、所詮はアンデッドに過ぎないのだ。
    「こんな所で死んで、ブラック企業のアンデット社員になんてシャレにもならないわね」
     笑えない冗談で笑い飛ばし、猫子が駆ける。悪魔の隙を伺い、狙いを定める――殺人鬼としての本性が、目の前の死人をいかに殺すか? それに注がれていた。
    「奴らにとっちゃ、死んじまえば一般人も灼滅者も変わらねえって事だな。俺は……余計な感傷は持たねえ」
     戦う仲間達の耳に、武道の言葉が届く。押し殺したその声色は、深く静かに腹の内へと感情を押し詰めていった。
    「面識が無かった分、俺らにとっちゃぁ、救いだぜ? 悼むのも、悲しむのも、憤るのも、全て終わってからでも遅くはねえさ。さっさと解き放ってやるのが優しさってモンだ」
     武道自身、自覚がある。腹に溜め込んでいるのは、怒りだ。だから、普段以上に口数が多くなる。感情を殺しても殺しても吹き上がる怒りは、この笑えない悲劇を惨劇にしようとしているだろう、屍王へ向けたものだ。
    (「あるいは、理不尽へ……か」)
     死んで死体にならず、死人にされる――この理不尽。蓮の内側にあるのも、それと似た感情だ。
    「――――」
     何と言ったのか、蓮自身も聞こえない。ただ、本音をこぼして、蓮は悪魔へと踏み出した。
    『――――』
     大上段、蓮の斬撃を悪魔は大剣で受け止める。しかし、蓮は構わない――そのまま、受け止めた大剣ごとねじ込んだ。ギギギギギギギン! といやな金属音と共に、悪魔の装甲に亀裂が刻まれる。
     悪魔は、反射的に生み出した魔法の矢を放った。狙い先は、アイレインだ。アイレインは自分に迫る三本のマジックミサイルを、駆けたままバスタービームで相殺、撃ち落としていく!
    「その程度?」
     跳躍したアイレインの畳み掛けるようなバスタービームが、悪魔の右腕に命中。大きくのけぞったそこへ、ハールの横薙ぎの斬撃が捉えた。
    「もうやすんで……苦しまなくていいの……だから……もう一回……そして今度は永遠に……倒れて……っ」
     悪魔へ穂乃佳の影の刃とぽむの六文銭が、同時に叩き込まれる。大きくよろけた悪魔の足をキノの斬魔刀が断ち、零距離でその装甲に触れた奏夢の影が悪魔を飲み込んだ。
    「やれ」
    「ヒャッハーハッハッハッ! オ任セヲ!」
     宙を滑るように踏み込んだジャックが、黒いローブの下から異形の腕を振り上げ、悪魔を宙に舞わせる。その巨体へ嫉美は真っ直ぐに突っ込んだ。
    「派手に捻じ切ってあげるわ!」
     バベルブレイカーの杭が、回転する。嫉美の尖烈のドグマスパイクが悪魔の胸元へ突き刺さり、装甲を粉砕した。
    『――――』
     一歩、二歩、と、悪魔がよろける。そこへ、死角から低く跳び出した猫子が、解体ナイフを振り上げ切り裂いた。
    「そっちよ?」
     猫子が指差した方へ、悪魔が振り向く。そこには、武道が静かに身構えていた。
    「いくぞ」
     お互い向き合ってから、宣言して武道は踏み込む。その顎を狙う一撃を、悪魔は手首を掴む事で受け止めようとした。
     しかし、ガシャン、と悪魔の手は空を掴む。武道は腕を引き戻し、逆の腕で悪魔を掴んでいたのだ。そのまま、腰の乗せるように悪魔の体勢を崩し――。
    『――ッ!?』
    「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
     悪魔の巨体が、宙を舞った。武道の地獄投げに、地面に叩き付けたれた悪魔は二度と立ち上がる事はなかった。
     持てる力と技を全て費やして拳を振るう事――武人である武道に出来る、死者達への唯一の手向けだった……。


    「お前は何を探している、……ほんとに宝でも眠ってるでも言うのか?」
     奏夢の問いかけに、答えは返らない。その奏夢に、キノは頬を摺り寄せた。慰めるようなキノの仕種に、奏夢は礼と共にたった一人の家族の頭を撫でる。
    「これで良かったのよね……」
     ため息混じりに、アイレインがそうこぼす。周囲の被害は、軽微だ。元々薄汚れた路地だ、戦いの痕跡など目立つものではない。
    「それにしても、あの人たち、何を探していたのかしら。新宿といえばブレイズゲートと新宿迷宮があるけど、他にも何かあるのかしら?」
     アイレインの言葉に、穂乃佳も悲しげに目を伏せた。
    「ん……なんだか……やりきれない……気分……なの……です……」
     それがどんな目的とはいえ、死者の眠りを破る理由にはならない。犠牲者に対して祈りを捧げる穂乃佳の横で、ジャックも十字を切った。
    「アーメン」
    「……せめて、供養だけでもしておきたいね」
     眼鏡をかけなおした蓮の言葉に、異を唱える者は居ない。死者への黙祷を捧げ終え、猫子は帽子を手に言った。
    「まっ、あんたらの黒幕はきっと倒されるわよ、私達の手によってね」
     それは、誓いだ。三人の無念を確かに心に刻み、灼滅者達はその戦場を後にした……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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