湧水の祟り神

    作者:飛翔優

    ●隻眼のスサノオ
     街の片隅にある、小さな泉。
     管理者を失ってなお綺麗な水が湧き出るこの場所に、足を運んだものが一匹。
     左目に傷を持つ大型のニホンオオカミ……スサノオが、その泉を静かに見つめていた。
     空に雲がかかる頃、スサノオは興味を無くしたかのように視線を外す。
     スサノオが立ち去りし後に残されしは、風が聞こえる沈黙と綺麗な水を湛える泉だけ……。
     ……否。
     小さく、水の跳ねる音が聞こえてきた。
     湧き水の代わりに、ずぶ濡れの女が泉の中から湧き出してきた。
     鎖に繋がれた女は瞳を大きく見開いた後、ゆらり、ゆらりと動き出す。目的は……。

    ●放課後の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、静かに眉を潜めながら説明を開始した。
    「スサノオにより、古の畏れが生み出された場所が判明しました」
     この度、スサノオが古の恐れを生み出したのは、閑静な住宅街の一角。管理者を失った小さな泉。
     その昔、その泉には神が宿ると言われていた。奉るための祠も設けられていた。
     今はない。時代の流れにより持ち主を失った後、いつの間にか祠もなくなっていた。
    「神様を鎮めるための場所がなくなっていた……ということですね。悲しい事に」
     スサノオが生み出したのは、恐らくは祠によって鎮められていた存在の形をした古の畏れ。古の畏れは泉から這い出した後、奉るのを忘れた人々を襲う、という事件を起こす。
     故に、倒さなければらない。犠牲者が出ないうちに。
    「幸い、その古の恐れは濡れている、という特徴があります。さらに当日は晴れていますので、何かを引きずったような跡をたどっていけば古の畏れに出会うことができるでしょう」
     後は戦いを挑み、退治すれば良い。
     姿は弥生時代風の服装を着た、濡れそぼった女。
     力量は八人を相手取れる程度で、破壊力に優れている。
     水流を放ち加護を砕く技、一定範囲内に雷を放ちをまとめて加護を砕く技、力ある言葉により周囲に存在するものの力を削ぐ技……の三種を使い分けてくる。
    「以上で説明を終了します」
     葉月は地図など必要な物を手渡し、締めくくりへと移行した。
    「この事件を引き起こしたスサノオの行方は、ブレイズゲートと同様に、予知がしにくい状況です。ですが、引き起こされた事件を一つずつ解決していけば、いずれ事件の元凶のスサノオにつながっていくはず……ですのでどうか、まずはこの事件に全力を。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    桃山・華織(白桃小町・d01137)
    桜木・栞那(小夜啼鳥・d01301)
    神虎・闇沙耶(闇の塵を護る悪鬼獣・d01766)
    錵刄・氷霧(氷檻の焔・d02308)
    火之迦具・真澄(火群之血・d04303)
    下総・水無(少女魔境・d11060)
    丹下・小次郎(神算鬼謀のうっかり軍師・d15614)
    風輪・優歌(ウェスタの乙女・d20897)

    ■リプレイ

    ●なくなってしまった祠の話
     洗濯物や空調の音色など、生活の証がチラホラと伺える代わりにひと気の少ない住宅街。少しだけ奥まった場所にある、雑多な草花が繁茂する小さな泉へと、灼滅者たちはやって来た。
     一昔前には祠が設けられ、人々が足を運んでいたきれいな泉。静かな眼差しを向けながら、桃山・華織(白桃小町・d01137)は口を開く。
    「古の畏れ、とな……。神様のような存在が暴れるようになるとは、悲しいことじゃ」
     静かなため息を吐いたあと、首を振って泉の片隅へと視線を向ける。
     何かを引きずったような跡を発見し、街の方角へ向かっていることを確認した。
     灼滅者たちは頷き合い、引きずったような跡を追っていく。
     その果てに、古の畏れが存在しているはずだから……。

     教科書などで見た弥生時代の衣と水気を纏い、女性の姿をした古の恐れは彷徨い歩く。
     そんな姿を発見したのは住宅街の入口辺り。出勤や帰宅の時刻ならば車も行き交っているだろう小さな道路。
     戦いを仕掛けるために駆け出すさなか、丹下・小次郎(神算鬼謀のうっかり軍師・d15614)は思考を巡らせる。
     濡れた状態、引き摺った跡、弥生時代風の服装。濡れた状態と泉を場にするにあたり、水に関わるようで、引き摺った跡は蛇を彷彿とさせる。
     その他の経緯や特徴を踏まえれば、ヤマタノオロチを封じる一助となり、万難からヤマトタケルを守った、奇稲田姫、もしくはそれに近い何かかもしれないと。
     真実はわからない。
     恐らく、今となってはしる術もない。
     あるいは問題無いと、神虎・闇沙耶(闇の塵を護る悪鬼獣・d01766)が笑みを浮かべながらつぶやいた。
    「水も滴る良い女だな」
     言葉に呼応し、古の畏れは振り返る。
     ――我を忘れた民草よ、天罰を受ける覚悟はあるか?
     脳裏に言葉を響かせるとともに、真剣な眼差しを向けてきた。
    「はっ、冬で寒いだろ? 俺が温めてやるよ。いや、燃してやる」
     構わず闇沙耶は告げながら、巨大な剣と漆黒の刃を抜き放つ。体中にオーラを巡らせながら、豪快に声を響かせる。
    「さぁさ、派手に歌えや踊れや、血肉喰らおうか!」
     戦いの始まりを告げる合図となったか、古の畏れが音もなく動き出す。
     迎え撃つため身構えながら、闇沙耶はただ微笑みを向けていく。
     強敵との戦い、心が躍らないはずはないのだから……!

    ●神様の姿を借りた古の畏れ
    「見せてやるよ、アタシの真っ赤な炎をさ!!」
     火之迦具・真澄(火群之血・d04303)が定めたワードを紡ぎ、二本の剣を抜き放つ。体中をめぐるオーラを炎へと変換し、それぞれの刃に宿していく。
    「カミサマってなァね、心の奥に秘められてるモンで遠くて近いやつなのさ。……安心しな。祟りになる前に、その穢れ、きっちり祓ってやるよ!」
     言葉と共にかけだして、右の刀で斬りかかる。
     水で固められた壁に阻まれてしまったから、即座に反対側の刃を突き出した。
     肩を裂き、燃え上がる熱き炎。
     古の畏れは構うことなく華織を指し示した。
    「っ!」
     即座に放たれた鋭く太き水流を、オーラを固めた領域にて衝撃のみに留めていく。
     両腕から足先まで伝わる痛みをこらえながら、傍らに立つ霊犬弁慶の頭を優しく撫でて囁いた。
    「さあ、ゆくぞ弁慶。我らの力が伊達ではないことを見せようぞ!」
     力強く頷き返してくる様に微笑み返し、ただ静かに呼吸する。
     弁慶より治療の力も受け取りながら、改めて古の畏れを見据えていく。
    「我らが敗北は民らの悲劇。今一度そなたに立ち上がる力を!」
     髪を少しだけ動かしながら、未だ健在である事を指し示す。
     今はまだ治療はいらないと、守りの構えを取りながら、最前線に立ち続ける!
     それでも、二撃連続して狙わせるわけにはいかないから、桜木・栞那(小夜啼鳥・d01301)が殺気をぶちかました。
    「あなたの相手は、華織ちゃだけじゃないわ」
    「好きに動けるとは思わないことですね」
     下総・水無(少女魔境・d11060)も走り回りながら殺気を浴びせ、次から続く攻撃への準備を整えた。
     二種の殺気に対しわずかにたじろいだ隙を、錵刄・氷霧(氷檻の焔・d02308)は見逃さない。
     青白い炎を刃に宿し、左肩めがけて振り下ろす。
     刃の先ほどのみを沈めさらなる炎を与えながら、静かな言葉を口にする。
    「大人しく眠ってもらいます」
    「隙ありっ!」
     直後に真澄が飛び込んで、居合一閃。脇腹の辺りを薄く裂きながら、気風の良い声音で言い放つ。
    「だが水は畏れであっちゃならねェ、恵みでなきゃならねーんだ」
     祠の奉神。
     失われてしまったのは、時代の流れ。栄枯盛衰は世の理。
     故に、誰かを傷つけさせる訳にはいかない。
     だからこそ、風輪・優歌(ウェスタの乙女・d20897)は支えるために動くのだ。
    「治療は私も行います。皆さんは安心して攻撃して下さい」
     奏でるは高らかなる歌声を。
     音に清らかなるリズムを、歌詞には清らかなる水への感謝を織り交ぜて。
     古の畏れには伝わらない。ただただ、気高く表情も崩さずに、灼滅者たちと相対し続ける……。

     栞那は透明にも見える金の双眸で、逐一古の畏れを観察する。
     攻撃の気配を感じたならば射線に立ち、攻撃を誘って行く。
     放たれる僅かな時間に半歩分ほど位置をずらし、水流による攻撃を受け流した。
     しばしの後、今度は自身を狙った水流が放たれた。
     剣を縦に構えたまま踏み込んで、水流を両断しながら古の畏れへと近づいていく。
    「みんなに忘れられてしまって、悲しかったのかしら」
     間合いの内側へと入り込んだ時、水流は止んだ。
    「無理に起こされてしまったの? もう一度眠ってちょうだい。子守唄を、歌ってあげる――」
     ――答えと受け取り、古の畏れがスサノオに踊らされずとも良いのだと伝えるため。
     素早く身を翻し、体を捻り横一閃。
     古の畏れを退かせ、瞳を細めながら飛び退る。
     わずかに体勢を崩したものの、古の畏れに大きな変化はない。
     緩やかな動きで右手を掲げ、遥かな空より鋭き雷を降り注がせてきた。
     ギリギリ範囲から逃れる位置に立つ水無は、光のさなかに古の畏れを定めていく。
    「そう来ることは計算済みです!」
     力を用いているさなかには動けぬだろうと、魔力を弾丸に変えて撃ち出した。
     右脇腹を撃たれ雷を止ませた古の畏れへと、小次郎が、杭打ち機を突き出していく。
    「時に大水で全てを流すほど激しくも、恵みを与えるかのものが人々を襲うは本意ではないでしょうに」
     突き出したまま、力を用いた超加速。死線を見切り突き刺して、押さえ込みにかかっていく。
     即座に、側面へと回りこんでいた闇沙耶が足を切り裂いた。
    「こっからはもっと過激に、もっと激しく獣の如く逝こうか!」
    「ま、あんまし動いてもらっても困るけどね!」
     反対側からへと飛び込んだ真澄が肥大化した腕でぶん殴り、古の畏れの固い守りを解いていく。
     無防備になった体の中心へと、水無が魔力の弾丸を撃ち込んだ。
    「さあさあ、止まってちゃただの的ですよ!」
     言葉の通り、身じろぎすらできなくなった古の畏れ。
     スサノオが生み出した存在に、被害を出す前にさよならを。
     スサノオの同行も気になるが、それが何よりもの最優先。
     戦いへと意識を集中させたまま、水無はライフルを構えなおしていく。討伐に向けて加速していく状況の中、的確に撃ちぬくために狙いを定め続けていく……。

    「焼き払え、業火よ!」
     古の畏れに与えし、青白い炎。
     さらなる火力を足すために、氷霧は再び刃を突き出した。
     右肩へと差し込んだ上で、静かな思いを馳せていく。
     弥生時代の服装、女性。
     水の女の伝説を想像してしまう。
     忘れられた神の末路……あるいは一種の神殺しかもしれないと、ただ静かに想像する。
    「……」
     首をふり、ならばと思考を切り替えた。
     その畏れ、我が強さの糧となっていただくと、身を引き拳を握りしめる。
     合間を埋めるため、小次郎が小刀で魔術書に血を垂らした。
    「邪怪禁呪悪業を成す精魅。天地万物の理をもちて微塵と成す。五雷正法、三法。禁!」
     鋭き光にて古の畏れを撃ちぬいて、一歩、二歩と退かせた。
     お返しとばかりに、古の畏れは紡いでいく。
     厳かに、力強く、逆らう人々に神の言葉を。
     抗い、逆らい、闇沙耶は焔を走らせた二本の刃で斬りかかる。
    「塵に帰るが良い。お前の居場所は、そこにあるかは知らないがな」
    「そこです!」
     刃が押さえつけた隙に、優歌の影が古の畏れの手足を捉えた。
    「今です! ……早々なる、幕引きを」
    「はいっ!」
     呼応し、氷霧が殴りかかる。
     一発、二発と、鋭き拳を浴びせかけていく。
     こらえきれず下がった先、斬魔刀を煌めかせる弁慶がいた。
     斬魔刀が振るわれていくリズムに合わせ、華織が肥大化させた腕で殴りかかる!
    「古の神よ、そなたに安らかな眠りを――成敗ッ!!」
     鬼の名を持つ拳を打ち込まれ、古の畏れは空を仰いだ。
     ――見事なり、名も知らぬ民草よ。
     不意に響いた言の葉は、恐らく古の畏れが紡いだもの。
     灼滅者たちが見守る中、陽光に抱かれるようにして古の畏れは消滅する。
     戦いの熱を冷ます冷たい風の訪れと共に、灼滅者たちは小さなため息を吐き出した……。

    ●忘れられた神様に
     戦いの傷を癒やした後、一部を除き泉へと戻った灼滅者たち。
     小次郎が簡単な碑をこしらえて、泉の神を祀り直す。
     水を守るは良き神様。
     神式は慣れていないが、心を込めて。
    「今回の件、人に非が無いとは一概に言えませんし。願わくば安らかに水を見守って下さいますよう」
    「……」
     水無もまた、忘れられてしまった神様に、本当に祟ったりすることの内容お祈りを。
     栞那は白い椿の花を手向け、目を瞑って軽く頭を垂れた。
     感謝や神を祀る想いに、概ねの違いはないのだろう。
     スサノオに関する事を調べていた真澄も横に並び、一拝を。
    「拗ねるこっちゃねーよ…口に出さねーだけで誰も忘れちゃいねーさ。アンタの事ァよ」
    「形は変われどあなたが象徴したものを大切に思う……それは人々の心にあり続ける……そう思います」
     表現の形は変わっている。
     けれど、清らかな水、それをもたらすものへの感謝の思いは変わらない。理解が広がった今、むしろ強くなっているようにも思える。
     環境を大切にしようという意志は多くの人々が持っている。今はそういう時代なのだと、ただ静かに、優歌は泉に向かって語りかけた。
     むろん、返事はない。
     それで良いのだと、祈りを捧げていた灼滅者たちは顔を上げて振り返る。
     真澄同様周囲を調べていた氷霧が、肩をすくめながら語っていく。
    「痕跡などはありませんでした。まあ、今回あhどこにも被害が出なかっただけ良し、ということにしましょう」
     スサノオの足跡こそつかめぬも、被害がなかったことに違いはない。
     灼滅者たちは頷き合い、泉に別れを告げて帰還する。
     もう、この泉から古の畏れがはい出てくることはないのだから。
     言い伝えられてきた神様が、望まぬ誹りを受ける事もないのだから……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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