銃弾飛び交う、廃ビルの中で

    作者:波多野志郎

     その雑居ビルは、とある事件を境に無人となっていた。とはいえ、さほど大した事件ではない。その雑居ビルの管理人が、夜逃げしたのだ。それから、店舗や住人が段々と追い出されるように消えていき、無人の廃ビルの完成である。
    『チュ……』
     そう、無『人』である。人が居ないのをいい事に、住み着いてしまったモノ達がいた。それがネズミバルカン、はぐれ眷属の群れである。住み着いた個体数は、七体。少なく感じるだろうが、この中の一体が曲者だった。
    『ヂュ……』
     ただでさえ人間大のネズミバルカンの中にあって、なお一回り大きい。その体も他の固体と違って、艶一つ見い出せない漆黒をしていた。そして、もっとも特徴的であったのは、尾の先に同化した一振りの西洋剣だ。
     四階建ての廃ビルに、はぐれ眷属達は我が物顔にのさばっている。百歩譲って、これだけならば問題はなかったかもしれない。
     しかし、もうすぐ問題が起ころうとしているのだ……。

    「色々と厄介な手続きが終了して、不動産屋が下見に来るんすよ、ここ」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)の声色には、その後を語るまでもないという感情が滲み出ていた。まさに、火を見るより明らかな結末が待つだけの状況だ。
     不幸中の幸い、この廃ビルは繁華街から少し外れた場所にある。好き好んで入る者もいないので、その不動産業者がやって来る前に対処してしまえば犠牲者が出る前に終わらせられる。
    「そういう立地条件だからこそ、ここまで遊ばされてた、とも言うんすけどね? 何にせよ、こうして知ったからには犠牲を出さずにしませて欲しいっす」
     戦う分には、周囲に気を使う必要はない。昼間に挑んでも、大丈夫だ。廃ビルは四階建てで、七体のネズミバルカン達はビルの中を好き勝手に徘徊している。
    「通常の個体は、対して強敵じゃないっすね。一度に相手をすると、数が厄介程度っす。ただ、一体だけ通常の個体より強力な奴がいるっす」
     その個体は、他のネズミバルカンと違いクルセイドソードのサイキックも使用してくる。ダークネスほどの実力はないが、かといって油断すれば痛い目を見る事となるだろう。
    「戦闘音を聞けば、みんなそこへ集まってくるっす。戦い方を工夫出来れば、少しは有利に戦況を進められるはずっすよ」
     その方法は、みんなで考えて欲しいっす、と翠織は改めて灼滅者達を見回した。
    「何にせよ、時間はあるっす。きちんとした戦術を練った上で、挑んで欲しいっす」
     翠織はそう、真剣な表情で締めくくった。


    参加者
    ポンパドール・ガレット(祝福の枷・d00268)
    陰条路・朔之助(雲海・d00390)
    玖珂峰・煉夜(顧みぬ守願の駒刃・d00555)
    月雲・悠一(紅焔・d02499)
    速水・志輝(操影士・d03666)
    花厳・李(七彩風花・d09976)
    識臣・晴之(魔弾の射手・d19916)
    火原・遥(早過ぎた中二病・d23561)

    ■リプレイ


     繁華街から少し外れた雑居ビル、それを見上げて月雲・悠一(紅焔・d02499)はしみじみと呟いた。
    「住み着くだけなら、悪くねぇんだけどな。でも、一般人に被害が出そうとなっちゃ話は別だ」
    「一般の方を傷付ける前にしっかり倒してしまわないとですね」
     悠一の呟きに、花厳・李(七彩風花・d09976)がコクリとうなずく。ここには、人を傷つける危険なはぐれ眷属の群れが住み着いているのだ、識臣・晴之(魔弾の射手・d19916)が肩をすくめながら言った。
    「灼滅者は隷属を飼い慣らせないものかなぁ。ダメ、と言うかムリだよね、うん分かってる」
     隷属飼い慣らせたら、ウチのお店をマジックキャットでいっぱいにしたい。そんなことが出来れば、僕のノーマルな喫茶が、ネコ喫茶にグレェドアーップ! ――などと、想像するのは楽しいがそう簡単な話ではないのは晴之も重々承知ししている。
    「眷属でも何でもいいけどよ……大人しくしといてくれりゃぁ、こっちも手ぇ出さねぇのにな?」
     火原・遥(早過ぎた中二病・d23561)は、自分の言葉の途中で気付いてしまう。自身の言葉の矛盾に、だ。
    「……っつっても、今回の場合は人さえ来なけりゃ大人しくしてたのかもな……そうなると、テリトリーを侵してるのは、人かネズミか……とか、ンな事どうでもいいか。危ないから倒す、それだけだ」
     自分に言い聞かせるように、遥は言い捨てる。
    「おーしっ! 不動産屋の為に気合入れて、いっちょ頑張りますか!」
    「床とか壁とかに穴あけない程度にがんばっぜー!」
     気合い満タンの陰条路・朔之助(雲海・d00390)とポンパドール・ガレット(祝福の枷・d00268)に、玖珂峰・煉夜(顧みぬ守願の駒刃・d00555)も静かに言い捨てた。
    「人知れずの驚異、ね。 なんであれ、人に害を成すなら倒すまでだ」
    「ネズミ退治だ。一匹も残さず灼滅するぞ」
     速水・志輝(操影士・d03666)の言葉に、仲間達がうなずく。
    「志輝とは……あの時以来か。元気そうで何よりだ。……あん時は散々苦労したからな。お前の力、便りにさせてもらうぜ」
    「ああ」
     悠一の言葉に、志輝は短くしかしはっきりと答えた。それに笑い、悠一はスレイヤーカードを引き抜く。
    「イグニッション」
    「開放(コール)!」
     悠一が、遥が、解除コードを唱えた。準備は、万端だ。灼滅者達は、はぐれ眷属の群れがはびこる雑居ビルの中へと踏み入っていった。


     埃にまみれた通路には、無数の足跡が残っていた。間違いなく、ネズミバルカンのものだろう。人間のそれとは明らかに違う足跡に、遥が呟いた。
    「サーチ&デストロイだ。全員で、一階からしらみつぶしに当たってくぜ?」
    「気をつけて、無茶すんなよ?」
     朔之助はそう言うと、流星を片手で振り具合を確かめる。幼馴染みから貰った愛用のクルセイドソードは、手足の延長のようによく馴染んだ。
    「レム、しっかり皆さんをお守りするのですよ」
     見上げる李に、ビハインドのレムレースが首肯する。そして、レムレースがその動きを止めた。
    「いたよ」
     晴之の呟きに、灼滅者達が身構えたその瞬間だ。壊れた扉が吹き飛び、ビルの壁へと叩き付けられた。それを行なったのは、人間大サイズのネズミ――ネズミバルカンだった。
    『チュ――!』
     はぐれ眷属は、その名にもなっている両肩のバルカンを掃射――出来ない。
    「ほい、残念」
     一気に踏み込んでいたポンパドールが、巨大スプーン状のマテリアルロッド――きゅいえーるで、ネズミバルカンの顎をかち上げたのだ。遅れてやって来た衝撃に、ネズミバルカンの足が宙に浮く――そこへ、煉夜が駆け込んだ。
    「出てこなければ、やられなかったのにな!」
     振り上げた右腕が、異形の怪腕へと変貌する。煉夜は、そのまま上から拳をネズミバルカンへと振り下ろし、床へと叩き付けた。
    『ヂュ!?』
     ネズミバルカンが、床を転がる。そのまま体勢を立て直したネズミバルカンへ、李が踏み込んだ。La reine des fleurs――花の女王の名を冠したその剣を破邪の白光に輝かせ、横一閃に振り抜いた。
    「レム」
     李の短い呼びかけに、レムレースが李に倣うように逆方向からレイピアによる斬撃を繰り出す。
    『チュチュ!!』
     後方へ下がろうとしたネズミバルカンを、遥は許さない。壁を足場に跳躍、加速した遥は縛霊手をネズミバルカンへと突き刺した。
    「堕撃(スロース)!」
     そのまま、鋭利な刃物のように眷属を切り裂く。のけぞったネズミバルカンは、お返しとばかりにバルカンを乱射した。
    「そんなもんかよ!」
     それを朔之助は、駆け込みながら流星を振るい弾いていく。その名の通り、星の輝きのような火花を無数に散らし、朔之助は非実体化させたその刃をナズミバルカンの顔面に突き刺した。
     グラリ、と体勢を崩すも、懸命に眷属は踏みとどまる。そこへ、悠一が軻遇突智を下段に構えて踏み込んだ。
    「吹っ飛べ――!」
     ゴォ! とロケット噴射で加速した軻遇突智が、ネズミバルカンの体を宙に打ち上げる。それを腕を覆う影の形状を銃に変えた志輝が狙いをつけ、言い捨てた。
    「……悪いな、元は普通の生命だったろうに。どうか、安らかに眠ってくれ」
     放たれた漆黒の弾丸、デッドブラスターがネズミバルカンの胴体を貫通。それが止めとった――ネズミバルカンは、そのまま床へと落下した。
    「どんどん来るぞ!」
     ポンパドールが、外装に敏捷く駆ける白兎をペイントされたバベルブレイカー――午後3時のティーパーティーを左腕に構え、叫んだ。物音を聞きつけたのだろう、わらわらと階段からネズミバルカン達が下ってくるのが見えたのだ。
    「なるほど、この雑居ビル全体が戦場として認識されているのですね」
     納得したように、李が呟く。ESPサウンドシャッターは、「戦場『内』の音が外に漏れなくなる」ESPだ。戦場がどこまで認識されるかは、使ってみるまでわからない――そういう事だ。
     悠一も、軻遇突智を肩に背負うように構えて言い捨てた。
    「しょうがねぇ。纏めて相手をするとしよう」
    『チュチュ!!』
     ガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ! とネズミバルカン達のバレットストームが、灼滅者達を襲う。その中を、怯む事無く午後3時のティーパーティーを盾のように構えて、ポンパドールは駆け抜けた。
    「持つべきものは、友達だな!」
     友達から貰ったバベルバンカーをポンパドールが振り上げる、それと同時に遥も階段の手すりを足場に跳躍する!
    「どっかーん!」
    「業火(ブレイズ)!」
     ポンパドールの衝撃のグランドシェイカーの衝撃と、遥のバニシングフレアの炎の瀑布が同時に炸裂し、荒れ狂った。


     戦場は、一階と二階に広がっていた。晴之は、視界の隅にみつけたその影に、言い捨てた。
    「強敵出現」
    「ああ、眷属にしては随分と立派な奴が紛れ込んでるな」
     悠一の言う通り、その一体は明らかに他の個体とは違った。
    『ヂュヂュ……』
     ズン、と足音を響かせる、通常の個体よりも一回りは大きい漆黒の個体だ。その揺れる尾には、一振りの西洋剣が同化していた。その威圧感は、体の大きさ以上に大きいものだ。
    「……とは言え、所詮は眷属。純粋なダークネス程の力も圧力はないはずだ。キッチリ潰して、憂いを断つとしようか!」
    「ああ」
     悠一の言葉に答え、志輝の口元に薄い微笑が浮かべる。それは、己が持つ殺人技巧を余す事なく震える事への愉悦の笑みだ。
    (「戦い甲斐がある、とでも言えばいいのか?」)
     志輝が、右手をかざす。音もなく変形した影は触手となってネズミバルカンを襲うが、それを輝く尾の刃が縦横無尽に走り切り飛ばした。中・遠距離のバルカン、近距離のクルセイドソード、死角の存在しない個体だ。
    「させっか!!」
     その間隙に、懐へと潜り込んだ悠一が遠心力で加速させた軻遇突智でネズミバルカンを殴打、吹き飛ばした。
     ネズミバルカンは、尾の剣を壁に突き刺し急停止。着地と同時に、銃弾を嵐のごとく叩き込む。悠一と志輝は、同時に床を蹴り駆け出した。
     ――ボスを二人が足止めしているその間も、通常個体と灼滅者達の激闘が続いていた。
    「――ォオッ!!」
     全体重をかけて突き刺した朔之助のバベルブレイカーの杭が、回転する。尖烈のドグマスパイクに打ち抜かれたネズミバルカンは、そのまま壁へと叩き付けられ崩れ落ちた。
    『チュ!!』
     そこを狙って、別のネズミバルカンがバルカンを乱射する。しかし、それを煉夜が我が身を盾にして受け止めた。
    「おーっと、簡単には通さねぇぜ?」
    「サンキュー! 煉夜先輩!」
     煉夜と朔之助が、床を蹴る。煉夜がすかさず放った風の刃がネズミバルカンを切り裂いた瞬間、ポンパドールが階段から跳躍、ネズミバルカンへと踊りかかった。
    「よっしゃあ! ジェットオン!」
     ドン! とポンパドールの午後3時のティーパーティーがジェット噴射で加速する。勢いそのままに、ポンパドールの蹂躙のバベルインパクトがネズミバルカンを粉砕した。
    「っと、とと」
     着地し、一歩二歩、とよろけながらポンパドールは急停止。そこへ、一体のネズミバルカンが襲い掛かろうとするが、レムレースが立ち塞がった。
    「私たちの音、そう簡単には掻き消せませんよ」
     舞うように、李とレムレースがネジミバルカンへ迫る。ステップを刻む李の足元から溢れ出す影の蝶の群れがネズミバルカンを飲み込み、レムレースのレイピアの刺突が影に飲まれたネズミバルカンを刺し貫いた。
    『チュ……』
     耐え切れず、ネズミバルカンはその場に崩れ落ちる。
    「残るは雑魚はお前だけだ」
     遥が言い捨て、床を蹴る。獣が得物を狙うような高速疾走、それをネズミバルカンは銃弾で応戦した。そのまま交差する遥とネズミバルカン――遥は、流れる血をクリエイトファイアの炎を燃やし、言い捨てた。
    「こっからは加減できねぇぜ……!」
    「うん、思いっきりどうぞ」
     壁を蹴って、とって返した遥へ、晴之は防護符を投げ放つ。回復は任せて、そんな言外の宣言に遥は躊躇なく加速、ネズミバルカンをバベルブレイカーで刺し貫いた。
    「運が無かったね、ネズミ軍団」
     ネコ喫茶のプランを破棄せざるをえなかった、その微妙に晴れない気持ちを八つ当たりで解消しようと決めた晴之は小さく笑った。
     数は居ても、はぐれ眷属だ。もしも、これが組織だった戦闘を行ない、攻撃を集中する知恵があったのならもこうも簡単にはいかなかったろう。連携を取って挑めば、数で勝る灼滅者達の優位は動かない。
    「お前の相手は、俺がしてやるよ」
     煉夜と最後に残った剣を持つネズミバルカンが、向かい合った。銃弾を至近距離まで踏み込み事でやりすごした煉夜へ、ネズミバルカンは横回転。尾の剣で薙ごうとする。それを煉夜は、構わず異形の怪腕で弾き飛ばした。
    『ヂュ!?』
     ネズミバルカンが、体勢を崩す。そこに、晴之は一気に間合いを詰めた。
    「正義の鉄槌!」
     振り上げられた鬼神変、肥大化したその拳の一撃にネズミバルカンは大きくのけぞった。その隙を、志輝は見逃さない。横から回り込み、横回転する遠心力を利用して影の刃をネズミバルカンの脇腹に差し込んだ。
    「爆ぜろ」
     内側からの衝撃の炸裂に、ネズミバルカンがよろめいた。その尾の刃を横へ薙ぎ払おうとするも、それはレムレースのレイピアに受け止められる。
    「手加減は致しませんので……ご覚悟を」
     その下を潜って、李のバベルブレイカーがネズミバルカンを刺し貫いた。回転する杭は、毛並みや皮、肉や骨も構わず砕く。そして、遥がそこへ突貫した。
    「速殺(ドライブ)!」
     ドン! とジェット噴射で加速した一撃に、ネズミバルカンは後方へ吹き飛ばされる。一回、二回、三回目で、床を転がったネズミバルカンが起き上がった。
     しかし、その手足を影の触手が抑え込み、四本足の影の獣が上から押さえつけた――朔之助とポンパドールの影縛りだ。
    「やれ、悠一!」
    「ぶん殴ってやれ!」
     朔之助とポンパドールの言葉を受けて、悠一が駆ける。ロケット噴射で加速する軻遇突智――しかし、ネズミバルカンは尾の剣をそれに合わせた。
     ギィン! と、金属音と火花が撒き散らされる! しかし、悠一は止まらなかった。
    「なめる、なぁ!!」
     受け止めた剣を弾き飛ばし、悠一は豪快に軻遇突智を振り下ろす。そのロケットスマッシュの一撃に、ネズミバルカンは欠片も残さず粉砕された……。


    「悪りーが、花なんて洒落たモンは用意してねーぜ。ただ、安らかに眠るがいい……ってな」
     遥は、そう戦いの終わった戦場へ言い捨てる。志輝はため息を一つ、周囲を見回した。
    「さて、これでこの廃ビルは後日……どうなるか」
    「しかし…こんなとこに住む奴居んのか?」
     朔之助もそんな疑問を抱くような荒れようだったが、それはまた不動産屋が考えるべき事だろう。
    「俺達のお勤め終了だ。さっさと帰るとしよう」
     悠一の言葉を、否定する者はいない。手強いというほどでなくても、簡単な相手ではなかったのだ。終われば、一気に安堵と疲労感がこみ上げた。
     こうして、灼滅者達はその雑居ビルを後にした。その後、ここがどうなるのかは不明だが、ただ、はぐれ眷属によって命を奪われる者は出なくなった――それだけでも、灼滅者達には価値のある勝利だった……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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