晴れた空に狐の涙

    作者:春風わかな

    『わぉぉぉぉ……ん』
     とある神社の境内で犬のような遠吠えが響く。
     と、同時に薄ぼんやりと白い炎が灯った。
     白い炎は一箇所に集まると1匹の獣のような姿へと変える。
     ――見た目はオオカミに一番近いだろうか。
     雪のように透き通った毛皮に紅い瞳。
     首には金色の鈴がついた立派なしめ縄飾りのようなものを付けていた。
     その獣は堂々とした様子でゆっくりと周囲を歩き回る。
     そして、尖った耳をピンと立て、明るい表情で境内を歩く人々をじっと見つめた。
    『わおぉぉぉ……ん』
     獣は再び遠吠えをあげると再び白い炎へと姿を変える。
     シャラン、シャラン……。
     澄んだ鈴の音を残し、その獣の姿は完全に見えなくなった。

     澄み渡った青空から突然ぽつぽつと雨粒が零れる。
     天を仰いでも雲一つない空からは変わらぬ様子で太陽の日差しが降り注いでいた。
     その時、境内の片隅にある古い石灯籠にボウッと薄紅色の火が灯る。
     それを合図にいくつもの狐火が現れたかと思うと、ふわりふわりと漂い人の姿を象っていき――。そこには白無垢に綿帽子を被った狐が立っていた。
     狐の花嫁はふらふらと境内の中心へと歩き出そうとするが、地面から伸びた鎖が足に絡まっており歩けない。
     コーン……――。
     狐の鳴き声が神社に響き渡った。

    「『狐の嫁入り』って、あなた、知ってる?」
     教室に集まった灼滅者たちを前に久椚・來未(中学生エクスブレイン・dn0054)は普段と変わりない様子で唐突に切り出す。
     突然の問いかけに首を傾げつつも、晴れているのに雨が降る現象――すなわち『天気雨』のことかと答えれば、來未はこくりと頷いた。
     狐の嫁入りは雨の日に行われるという伝承がある。そして、晴れた日に嫁入りをする場合、狐たちは嫁入り行列を人間に見られないように雨を降らしたという。
     それがどうかしたのかと首を傾げる灼滅者たちに來未は淡々と本題を告げる。――再びスサノオが『古の畏れ』を生み出したのが視えた、と。
    「今回の、『古の畏れ』は、狐の花嫁」
     白無垢姿の『古の畏れ』はその姿を見た人間を殺してしまうのだ。
     そんな『古の畏れ』がとある神社に現れた。
     出現時、境内には一般人がいるのだが、幸いなことに『古の畏れ』には誰も気づいていないため大きな混乱は生じていない。だが、このまま放っておいたら『古の畏れ』に近づき犠牲者が出る恐れがある。
    「だから、急いで灼滅、して」 
     まず『古の畏れ』――狐の花嫁の出現場所から確認する。
     狐の花嫁は境内の隅にある石灯籠の前に現れる。ここは拝殿からは死角になっているため、境内にいる10名ほどの一般人はまだ誰も気づいていない。
     また、その他に神社の関係者が本殿にいる。彼らは、境内にいる人々の異常に気づき、初めて異変に気付く。
     境内の人々の安全を確保することが出来れば本殿の人々は巻き込まれずにすむだろう。
    「ユメもおてつだいする!」
     ハイっと元気よく手をあげた星咲・夢羽(小学生シャドウハンター・dn0134)の足元で霊犬の小梅も頑張ると言わんばかりに元気よく吠えた。
     そして戦闘になった場合、狐の花嫁の他に3人の付き人が現れる。
     狐の花嫁は後ろにさがり、彼女を守るように介添人が立ち、案内役と野点傘を持った青年狐が最前に出る。
     狐の花嫁は異形化させた右腕と左手にはめた指輪で攻撃し、他の狐たちはそれぞれ解体ナイフ、リングスラッシャー、無敵斬艦刀に良く似たサイキックを使用するという。
    「この神社、この後結婚式が、ある」
     本殿では準備と最終確認の真っ最中だという。神社の関係者がなかなか異変に気付かないのはこれが理由だろう。
     それから、と申し訳なさそうに來未はポツリと言った。
    「今回も、スサノオの行方は、掴めなかった」
     今はまだ、その時ではないのだろう。しかし、一つずつ事件を解決していけば、きっとスサノオの足掛かりを掴めるはずだ。
     來未に見送られ、灼滅者たちは急いで教室を出る。
     ――幸せな門出を守るために。


    参加者
    芥川・真琴(炎神信仰の民・d03339)
    弥堂・誘薙(万緑の芽・d04630)
    村井・昌利(吾拳に名は要らず・d11397)
    戯・久遠(悠遠の求道者・d12214)
    柴・観月(サイレントノイズ・d12748)
    鷹成・志緒梨(高校生サウンドソルジャー・d21896)
    宍戸・源治(揺るぎな鬼魂・d23770)
    王・白麗(さすらいの渡り鳥ドクター・d23895)

    ■リプレイ

    ●壱
     ――ぽつ、ぽつと小さな雨粒が空から落ちてきた。
     天を仰げば雲一つない澄んだ青空が目に眩しい。
    「狐の嫁入りか」
     戯・久遠(悠遠の求道者・d12214)は境内の陰に身を潜め、空を見上げた。
    「日照雨(そばえ)は俺の名と読みが同じなので、縁を感じるな」
     降り出した雨が止む気配はないが、それを気に留める者もいないようだ。
    「今から結婚式をあげる所で、狐の嫁入りが出るなんて……」
     同じく境内の陰に身を潜める弥堂・誘薙(万緑の芽・d04630)は、ううむと1人考え込む。スサノオはこのタイミングを狙って『古の畏れ』を出現させたのだろうか。色々と気になる点はあるが、今は静かに敵の出現を待つことにした。
    「おっと……現れたね」
     闇纏いを発動して姿を消していた柴・観月(サイレントノイズ・d12748)の声で久遠と誘薙も石灯籠に視線を向ける。視線の先には白い綿帽子がちらちらと動いているのが見えた。あれが『古の畏れ』――狐の花嫁だ。
     しかし、境内にいる参拝客の避難が完了するまでは戦闘を始めたくない。
     故に彼らは一般人の安全が確保されるまで狐の花嫁に気付かれぬように待つことを選択した。もちろん、いざという時の備えは万全だ。
    「境内の按配はどうかな」
     久遠はその視線を境内のどこかにいる仲間たちへと向けた。

     一方その頃、境内には拝殿前の参拝客を見つめる2人の男の姿があった。
    (「ったく、めでたい話の側で現れやがってよお」)
     何もわざわざこんな日を選んで出てくる必要もないだろうに。
     宍戸・源治(揺るぎな鬼魂・d23770)は心の中で毒づかずにはいられない。とはいえ、ここはしっかり護るのが自分たちの役目だということもわかっている。
    「何も気付かないまま済ましてえな、こんなもん知らねえ方が良い」
     そうだな、と言葉少なく頷くのは村井・昌利(吾拳に名は要らず・d11397)。
     昌利と源治は神主が着るような狩衣を身に着け神社の学生アルバイトを装っていた。
     境内の人々が誰も件の石灯籠に意識を向けていないことを確認し、昌利がすみません、と声を張り上げる。
    「これより結婚式の準備で境内の掃除と会場設営をします。大変申し訳ございませんが、こちらは暫く立ち入り禁止とさせて頂きます」
     突然の案内に境内はざわついた。しかし、すぐさま源治がラブフェロモンを発動させ人々を安全な場所へと誘導を開始する。
     ザッザッ――。
     そして、境内にいる人々を追い立てるかのように2人の巫女が竹箒で境内の掃除を始めた。もちろん、この2人も灼滅者――鷹成・志緒梨(高校生サウンドソルジャー・d21896)と王・白麗(さすらいの渡り鳥ドクター・d23895)だ。
    「あら、この後結婚式があるのね」
     いいわねぇ、と微笑む年配の女性に志緒梨は申し訳なさそうに頭を下げた。
    「申し訳ありません、折角いらして頂いてますのに……」
     視線を伏せ、楚々とした振る舞いを見せる志緒梨の隣で白麗が源治の後についていくように女性を促す。
    「私たちは準備があるのでな。悪いが関係者以外はあちらへ行ってくれぬだろうか」
    「ごめんなさい、お仕事の邪魔しちゃいけないわね」
     頑張って、と女性は声をかけ源治の方へ引寄せられるように歩いて行った。
     境内の人々が立ち去ったことを確認し、白麗は手伝いにきてくれていた不動・大輔に声をかける。
    「この後は任せても良いか?」
    「ああ、構わねぇぜ」
     彼女の言葉に大輔が任せてくれと頷く。そして、昌利や志緒梨にも早く『古の畏れ』のところへ行くように告げ、大輔は源治と替わるために急いで彼を呼びに走っていった。
     サポートに来てくれた仲間に境内の人々の安全確保を任せ、白麗たちは石灯籠の傍で待つ仲間たちの元へと急ぎ戻っていくのだった。

    ●弐
    「参拝客さんたち、無事避難できたかなー……」
     狐の花嫁の視界に入らないようにしゃがみ込んでいた芥川・真琴(炎神信仰の民・d03339)が境内の人々の様子を伺おうと立ち上がる……が。
    「あー……」
     自分のロングコートの裾を思い切り踏みつけバランスを崩す。
    「あ、ぶな……大丈夫?」
    「ありがとー……」
     間一髪、観月がさっと手を差し出して彼女を支えたおかげで転ばずに済んだ。
    「あ、みんな来たよ!」
     拝殿の方角からやってくる足音に気付き星咲・夢羽(小学生シャドウハンター・dn0134)が嬉しそうに顔を輝かせる。
    「お待たせ! 参拝客の避難は完了、後は手伝いに来てくれた人たちが見ててくれるから大丈夫よ」
     志緒梨からの報告を受け、誘薙と久遠はそれぞれサウンドシャッターと殺界形成を発動させた。これで戦いの音は聞こえないし、こちらへ近寄ってくる一般人もいないだろう。
     カードを解放し、戦闘の準備は整った。
     上着を脱ぎ、黒い指貫グローブを嵌めた昌利が軽く手首を揉みつつ静かに呟く。
    「……さて――行くか」
     声で気づいたのか狐の花嫁がゆっくりとした動作で灼滅者たちの方へ視線を向け、一声鳴いた。
     その鳴き声を合図に石灯籠の周りに現れた狐火が3匹のお供へと姿を変える。
    「それにしても、なんだか攻撃するのがもったいない雰囲気ですね……」
     誘薙の言う通り、花嫁とお供たちの姿は花嫁行列の絵のようだ。
     そんな誘薙の傍らで霊犬の五樹が狐たちに向かって低い唸り声をあげた。
     それは狐になんか負けるものかと意気込んでいるようで誘薙には心強い。
    「嫁入り行列相手なんて嫌だな……。でも、先に結婚式してた場所に現れたのはそっちだし……」
     志緒梨はイマイチ気が進まないのか、複雑な面持ちで花嫁を見つめる。だが、悪いのはそっち、と気持ちを固めてぐっと拳を握りしめた。
     ――最初に動いたのは赤い大きな野点傘を持った狐だった。
     大きく跳躍すると振り被った野点傘を昌利めがけて振り下ろす。
    (「早い……!」)
     昌利はあらゆる敵をも粉砕するその一撃を受ける覚悟を決めたが、痛みはもちろん衝撃すら感じない。
     野点傘の攻撃を受け止めていたのは赤銅色の鬼の腕。
     昌利の前に立っていたのは立派な黒曜石の角を持った羅刹だった。
    「いよお、悪いけどこっちの嫁入りはお終いにさしてもらうぜえ」
     花嫁を見て不敵に笑うその声は――源治。
    「待ってね、今回復するんだよー……」
     急いで真琴がヒーリングライトで源治の傷を癒す。暖かな光が優しく源治を包み込む。
    「……狐の嫁入り、か。面白い。運命的なものを感じないでもない」
     怪しげな笑みを浮かべる白麗には狐の耳と九つの尾が生えていた。
     ――何であれ学園での初戦の相手として不足はない。
     ふわり、と白麗の尾が風になびいた。そして、彼女が起こした毒の風は強力な竜巻となって前衛に立つ狐たちに襲い掛かる。
     だが、狐たちも負けてはいない。介添狐はジグザグに変形させた刃で久遠を斬り付けた。
     しかし、久遠は傷になど目もくれず赤い提灯を持った狐に向かって紺青の闘気を纏った鋼鉄の拳を打ち付ける。
    「――我流・要散木」
     だが、敵も護りに秀でているだけあり攻撃を受けても鳴き声一つあげなかった。
     そして、提灯を振り回しふわふわと漂う狐火を自在に操り夢羽にぶつけんと執拗に狙い続ける。
    「やだー、来ないで……っ」
     久遠が庇おうと動くよりも先に霊犬の小梅がばっと身を挺して主を狐火から護った。
    「大丈夫ですか、夢羽さん。 早く、小梅の回復を!」
    「うん、ありがと、小梅!」
     誘薙は妖気で出来たつららを提灯狐に向かって撃ち込みながら、ちらりと五樹に視線を向ける。五樹は誘薙とタイミングを合わせて狐に襲いかかり斬魔刀で薙ぎ払った。
    「やっぱり、さ……彼らにとっても、今日はおめでたい日なのかな」
     花嫁一行をじっと見据えたまま、観月がぽつりと呟く。
    「でも……人に迷惑をかけるようなら、何とかしないとね」
     瞬く間に観月の腕が巨大な異形の腕へと変化した。そして、そのまま勢いをつけて振り下ろされた拳は躊躇うことなく提灯狐を殴りつける。
     すかさず昌利が敵の死角に回り込んで殴り掛かり、志緒梨の足元から伸びた影が提灯を持つ手に絡みついた。
     まだ、戦いは始まったばかり。
     先に倒れるのは『古の畏れ』か、灼滅者か。果たしてー……。

    ●参
    「むー……また回復されちゃったー……」
     花嫁の指輪がきらりと光ったかと思うと次の瞬間には提灯狐の傷は癒えている。
     真琴は悔しそうに小さく口を尖らせた。敵の行動に気を配っていた彼女が気づいた通り、灼滅者たちが提灯狐に攻撃を集中させてもすぐさま花嫁がダメージを回復してしまう。
     灼滅者たちも早めの回復を心がけているため倒れた仲間はいないが、じわりじわりと疲労が灼滅者たちの身体を蝕んでいった。
     しかし、仲間を護ることに意識を向けている久遠は自分のことを顧みずに敵の動きに目を配る。
    「ここは、そう易々と抜かせんぞ」
     志緒梨を狙って振り下ろされた野点傘にいち早く気付いた久遠は盾となり敵の攻撃を受け止めた。その腕に滲む赤い線は超弩級の攻撃に耐えた証でもある。
     霊犬の風雪が心配そうに鳴き声をあげ、主の傷を癒すために駆け寄ってきた。
    (「そもそもよく考えたら『見たら殺す』とかヒドイし……!」)
     志緒梨の神秘的な歌声が境内に響き渡る。その心地良い歌声は聞く者を惑わせる効果を持つ歌。敵・味方の判断を失ったのか提灯を持った狐が一瞬戸惑いを見せるが、すぐに花嫁の癒しの光で我を取り戻す。
    「やるしかない、よな」
     観月は自分を振るい立たせると夜を映した杖をぐっと握りしめた。そして、一気に敵に向かって走り込む。全力で振り下ろした杖は狐が持っていた赤い提灯を叩き落とした。
    (「……今だ」)
     観月に続けとばかりに昌利が闘気を雷に変えて拳に宿す。そして、敵めがけて鍛え上げた拳で強烈なアッパーカットを繰り出した。その重い一撃に耐えられず、ついに提灯狐は姿を消す。
    「やったぁ、1ぴきたおしたー!」
     嬉しそうにぴょんと飛び跳ねる夢羽を見て誘薙もつられて顔を綻ばせた。
    「お疲れ様、夢羽さん。残り3匹、この調子で頑張りましょう!」
     ――戦闘開始から9分、敵、1体撃破。残り3体。

     作戦に従い灼滅者たちは野点傘を持った狐に攻撃を集中させた。
     しかし、狐たちも大人しくやられているわけではない。
     介添狐は猛毒の霧で前衛を包み込み、その霧が晴れると野点傘の強烈な一撃が久遠を薙ぎ払う。敵の攻撃を受け止めきれず、静かに小梅が姿を消した。
    「待ってね、まことさんが回復してあげるよー……」
     暖かな熱を持つ柔らかい光がそっと久遠を包み込む。その春の日差しのような柔らかな光によって久遠の傷はあっという間に癒されていった。
     夢羽と風雪の懸命な回復はもちろん、志緒梨が奏でるリバイブメロディによって毒が消えた灼滅者たちはすぐに態勢を立て直す。
     観月の引き起こした雷が狐の身体を撃ち、影を纏った誘薙の槍が敵の身体を貫いた。
     だが、敵も果敢に野点傘を振り回す。傘で肩を強打された白麗が痛みに堪えられず膝をついた。すかさず真琴がヒーリングライトで回復するが、蓄積していたダメージもあり十分とはいえず。
    「悪いが貴様の体力をいただくぞ」
     白麗が刺した注射器から体力を吸い取られ、狐は苦しそうに鳴き声をあげ力尽きた。
     ――後2匹。
     灼滅者たちは介添狐へと攻撃ターゲットを切り替える。
     久遠が抗雷撃を繰り出し、志緒梨がソニックビートを奏で音の波が敵に襲い掛かった。
     介添狐は相変わらず毒の霧で灼滅者たちを苦しめようとするが、十分に耐性のついた灼滅者たちに同じ攻撃は通用しない。
     盾となる者がいなくなった今、花嫁による回復があるとはいえ徹底した集中攻撃には耐えられず。
    「これで、終わりだぜえ」
     源治が大きく振り被った鬼の腕が介添狐にクリーンヒット。勢いよく吹き飛ばされた狐は石塀に叩きつけられ動かなくなりゆっくりと姿を消した。

    ●肆
     戦闘を開始してからすでに15分以上経過している。
     だが、後は花嫁を残すのみ――。
     回復に専念していた真琴も攻撃に転じ、影技を操って花嫁を狙う。
    「そちらがわとこちらがわ、設けられたラインが分からないほど狐さん、愚かじゃないと思うんだよねー……」
     敵が回復に意識を向けた一瞬の隙をついて久遠が花嫁に向かって漆黒の影を伸ばす。
    「安らかなる影に呑まれて……鎮め」
     ――我流・鬼哭晦冥。
     二つの黒い影が大きな口を開けて花嫁に喰らいついた。
     源治が殲術執刀法を振るい、昌利が地獄投げで花嫁を思い切り投げ飛ばす。
     白麗は解体ナイフの刃をジグザグに変え花嫁に斬りかかった。
     攻撃を避けようと身をよじる花嫁の足元でじゃらんと鎖が鈍い音をたてる。
    「その鎖、囚われているとでも……いや、縛られているとでもいうのか……?」
     花嫁の足に纏わりつく鎖に視線を向け白麗が独りごちた。
     彼女が鎖に気を取られた瞬間、花嫁が巨大な籠手で殴りかかる。
    「しまっ……」
    「五樹!」
     誘薙がその名前を呼ぶよりも早く、五樹は白麗の前に身体を滑り込ませた。彼女に代わって攻撃を受けた五樹はゆらりと溶けるように姿を消す。
    (「花嫁さんを手にかけるのは気がひけるなぁ」)
     『古の畏れ』とはいえ仮にも花嫁。罪悪感がないと言ったら嘘になる。しかし、観月はすぐに「まぁ、いいか」と思い直した。
     無意識のうちにくるくるっと回した【夢喰】をぴしりと花嫁に向け彼は静かに宣言する。
    「――それでは、最後です」
     観月は花嫁の身体を杖で思い切り殴りつけた。杖から魔力が流れ込み花嫁の身体の中で勢いよく爆ぜ――狐の花嫁は姿を消す。
    「ごめんなさい……次の雨の時、もっと平和にお嫁入りしてね」
     申し訳なさそうに手をあわせる志緒梨の頭上では澄んだ青空が広がっている。
     ――いつの間にか、雨は止んでいた。

     狐の花嫁がいた石灯籠の前に立ち、久遠は静かに黙祷を捧げる。
    「スサノオによって生み出された存在だとしても、決して無意味な存在では無かったと思いたいものだ」
     一方、白麗は『古の畏れ』についてあれこれ考えを巡らせていた。
    「スサノオは古い伝承を形にする力を持つ……のか?」
     無意識のうちに呟いた言葉に誘薙が反応する。
    「僕が調べたところ、狐の嫁入りは安倍晴明の出生にもまつわる伝承みたいです」
     セイメイのことがちらりと誘薙の頭をよぎる。だが、残念ながら今はまだ情報が足りない。詳しく調べるには時間を割く必要がありそうだ。
    「立つ鳥跡を残さずってところっすかね」
     後片付けをしていた昌利によって戦闘の形跡は消え、石灯籠の周りもすっかり元通り。
     そこへ一般人の避難の手伝いに来ていた式守・太郎と諫早・伊織が差し入れを持って労いにやってきた。
    「皆さん、お疲れ様でした」
    「長い時間戦ってたなぁ。お腹空いたやろ」
     伊織が差し出したのは狐色のお揚げが美味しそうなお稲荷さん。
     太郎が持ってきてくれた温かいお茶で真琴が嬉しそうに暖を取る。
    「ねぇ、そういえば結婚式ってまだなのかな」
     ちょっと覗けるかしら……と背伸びをして参道を見つめる志緒梨に諫早が答えた。
    「そろそろ始まるみたいやね」
     そうですね、と太郎が頷き指差した先では結婚の儀の始まりを告げる太鼓が打ち鳴らされている。
     参道へと視線を向けると厳かな雅楽の調べに乗って、ゆっくりと巫女に先導され花嫁たちが歩いてきた。
     花嫁を見ようと必死に背伸びをしている夢羽に気付き、源治がひょいと抱き上げる。
    「どうだ、見えるか?」
    「うん! 花よめさん、すっごくキレイ!」
     夢羽はキラキラと目を輝かせ「ありがとう」とお礼を言った。
    「へぇ、これが花嫁行列か……」
     ふぅんと反応は薄いが観月は必死にペンを走らせ、ノートにメモやら絵を描いている。
    「ひのもといちの、よめごがとおるー……」
     ふふっと微笑みを浮かべ、真琴は空を仰いだ。
     青い空にうっすらと浮かぶ虹を見つけて空を指差す。
    「あー……虹ー……」
     
     ――それは、きっと狐の花嫁からの贈り物。
     おめでどう。どうか、末永くお幸せに――……。

    作者:春風わかな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 2
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ