黒い豚が駆け巡る

    作者:波多野志郎

     地響きが、その森の中に木霊する。
    『ぶっひ』
     土煙を上げて疾走するのは、一体の豚だ。匹、ではなく、体がふさわしいのは、その巨体ゆえだろう。艶一つない、黒い体躯。見上げんばかりの巨大さは、全長五メートルに達するほどだった。
     その後ろに、遥かに小さい豚が四体続いていた。こちらも、匹で数えるべきではない。二門の凶悪なバスターライフルを装着しているからだ。
     バスターピッグ、はぐれ眷属の群れである。何より、一体だけ大きい黒いバスターピッグが戦艦の主砲のような、巨体に見合った大きなバスターライフル二門、加えて巨大な可動式の斧まで装備している始末だった。
     森を突っ切り、バスターピッグの群れは一路、住宅地へと向かおうとしていた……。

    「たまたまだと思うんすけど、運の悪い事っす……」
     しみじみと、湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)がそう語り始めた。
     今回、翠織が察知したのははぐれ眷属、バスターピッグの群れの動きだ。
    「そこは、調整区域の森なんすけどね? 春になれば、開放されて近所のご家族さんがピクニックするような場所っす。その奥の方から、住宅地目指してバスターピッグが移動するんすよ」
     はぐれ眷属とはいえ、一般人には恐るべき脅威だ。住宅地でバスターピッグ達が暴れてしまえばどれだけの被害が出るか、想像もつかない。
    「加えて、五体だけの群れでもそれを率いる群れのボスはそこそこ強いっす。ま、ダークネスほどじゃないんすけど、侮ると痛い目を見るっす」
     時間は昼、戦場は森の中だ。人目や周囲の被害を考える必要こそないが、木々による障害物があり戦うのには工夫がいる地形だ。しかし、だからこそ本能で動くはぐれ眷属相手ならば作戦次第では有利に状況を推し進められるだろう。
    「よしんば住宅地に行かなくても、あんな連中に住み着かれたら、迷惑っすからね。これを好機だと思ってしっかりと対処して欲しいっす」
     翠織は、そう真剣な表情で締めくくった。


    参加者
    土谷・透(半睡・d00457)
    最上川・耕平(若き昇竜・d00987)
    神威・天狼(十六夜の道化師・d02510)
    八槻・十織(黙さぬ箱・d05764)
    今川・克至(月下黎明・d13623)
    御印・裏ツ花(望郷・d16914)
    オリシア・シエラ(桜花絢爛・d20189)
    時任・ユキ(二枚目の切り札・d21850)

    ■リプレイ


     底抜けに青い冬の空が、頭上には広がっていた。寒々とした冬の装いの森を見回すのは、ドレス姿の御印・裏ツ花(望郷・d16914)である。ドレスで駆けるには不釣り合いな戦場だが、信条を譲らないのが裏ツ花だ。
    「この辺りが、戦うには向いていますわ」
     事前の下調べの結果だ、裏ツ花の言葉に八槻・十織(黙さぬ箱・d05764)はうなずく。
    「人は勿論、森も傷つけるつもりはねぇからな。ちっと俺たちに力貸してくれな」
     十織の言葉に小さな草木は、道を開ける事で応えた。少なくとも、移動の最中に足を取られる心配はなさそうだ。
    「街に下りて来たイノシシの暴走を彷彿とさせますね。いや、被害はその比じゃないですが……」
     今川・克至(月下黎明・d13623)がしみじみとこぼし、森の奥へ視線を向ける。小さくではあるが、地響きを感じた。はぐれ眷属の群れが、こちらに向かっているのだ。
    「取り敢えず灼滅しましょうか、煮ても焼いても食べられないけれど」
    「住宅地に行っちゃうのは大変だけど、豚さん可愛いからちょっとかわいそ……って、え?」
     時任・ユキ(二枚目の切り札・d21850)が、目を丸くする。
    「やだ、おっきい!? 目つきも恐い!! 助けて、お兄ちゃ~んっ!!」
    「でけえ!」
     あたふたと慌てるユキに、土谷・透(半睡・d00457)もただ短く素直な感想を口にした。
     ――そう、先頭を走る黒豚は、まさに遠近感が狂いそうな大きさをしていた。巨体に見合った戦艦の主砲のような大きなバスターライフル二門、加えて巨大な可動式の斧はどこからどう見ても、ただの豚ではない。
     はぐれ眷属、バスターピッグ――その、特殊な個体であった。
    「まーた、迷惑な眷属が現れたねー。面倒な芽は早めに摘まないとってね♪」
     神威・天狼(十六夜の道化師・d02510)は、間延びした愛らしい苦笑で言う。そして、思い出したように最上川・耕平(若き昇竜・d00987)が呟いた。
    「そういえば初めて戦うな、あの豚さんとは……よく脂が乗ってそうで……おおっといけないいけない、お仕事しないとね」
    「ウチの近所のスーパー、日曜日はお肉が安いのです」
     耕平の呟きに、遠い目をしてオリシア・シエラ(桜花絢爛・d20189)がこぼす。それには、仲間達の視線が集まるがオリシアはどこ吹く風だ。
    「え? 関係ない? まあいいじゃないですか。みんな準備万端ですね? 作戦は「風林火山」ですよ!」

    『ぶっひ』
     誰かの食欲を刺激したなど露知らず、黒豚を先頭にバスターピッグの群れが駆けていく。その進行は順調に思えた、その時だ。
    「『疾きこと風の如く』、『徐(しず)かなること林の如く』――」
     ESP隠された森の小路を使用して相手を逃がさないように布陣して待ち構え、草木を隠れ蓑に身を潜める。そして、オリシアは目の前を通り過ぎようとするバスターピッグの群れに襲い掛かった。
    「『侵掠(しんりゃく)すること火の如く』です!」
    『ぶひ!?』
     放たれた螺旋を描く刺突、オリシアの螺穿槍が一体のバスターピッグを横合いから捉えた。突然の奇襲に、黒豚が急停止しようとする直前だ。
    「悪ィけど、この先は通行止めなんだ」
     そこへ、透のライドキャリバーのスイが機銃を掃射する。群れの動きが鈍ったそこへ、天狼が重ねるようにガトリングガンを乱射した。
    「そっちへ、一体抜けるよ?」
     普段よりも低い声色で、天狼が告げる。大きく回り込もうとした、通常個体の一体を見逃さなかったのだ。
    「残念。この森からは一歩も出さないよ」
     囲むために展開していたからこそ、立ち塞がれた。耕平はそのバスターピッグを待ち構えるように構え、破邪の白光に輝くクルセイドソードを振り抜いた。
    「この護り、貫ける?」
    『ぶひ!!』
     怒りに任せた牽制のバスタービームを、耕平は剣で受け止め、払い、受け流していく。それを横目に見ながら、十織は服に合わせたミリタリーカラーのバベルブレイカーをガチャリと構えた。
    「ちょいと、止まっててもらおうか?」
     十織は全力でバベルブレイカーの杭を黒豚へと突き立てる――十織の尖烈のドグマスパイクに黒豚が動きを止めたそこへ、ナノナノの九紡がしゃぼん玉をぶくぶくと放つ。
     そして、鈍い爆発音。透のオーラキャノンが、黒豚へ炸裂し透はガッツポーズを取った。
    「おっしゃあ!」
    『ぶ、ぶひ!?』
     バスターピッグ達にとっては、文字通り不意打ちだった。戸惑うバスターピッグに、ユキが襲い掛かる。
    「あとは俺に任しときやがれ、行くぜ豚共!」
     ジャラン! と蛇腹剣を振るい、ユキはバスターピッグ達を切り裂いていった。ブレイドサイクロン――まさにその名の通り、刃の嵐が吹き荒れる。
    「さて、覚悟してもらいますよ!」
     刃の嵐を掻い潜り、バスターピッグへ克至は左手に握ったクルセイドソードを切り上げる。輝く斬撃が、深く腹部――肉でいうばら部分を切り裂いた。度重なる攻撃に、深く傷ついていたバスターピッグは大きくよろける。
     そこへ、スカートをひるがえした裏ツ花が踏み込んだ。その右手は見る間に巨大化、鬼のごとき異形となって豪快に振り下ろされる。
    『ぶひ……ッ!』
     バスターピッグは、その重い打撃に耐え切れない。そのまま地面を転がり大木に当たって崩れ落ちる。
    「まずは、奇襲は成功ですわね」
     スカートの裾を正して、裏ツ花が言い捨てた。戦闘や奇襲に適した地形を事前に把握していた、その効果は大きい。
    「っていうか大きすぎンだろ。いかにも強そうな外見してるわー。物事を見た目で判断するなってばあちゃんがよく言ってたけど、これはちょっと見た目で判断したくなるヤツだわ。どう見てもこいつがボス」
     間近で見上げれば、その迫力は雑魚とは大違いだ。透はしみじみとこぼした。
    『ぶひい!!』
     闘争心に火がついた黒豚が、地響きと共に駆ける。ブォン! と、唸りを上げた龍砕斧が、剣呑な風切り音と共に灼滅者達へ襲い掛かった。
    「ここからが、本番だね」
     天狼の冷たい微笑の呟きを、盛大な破壊音が飲み込んだ。


     戦場となった森の中を、灼滅者達とバスターピッグは所狭しと駆け巡る。
    『ぶっひ!!』
     キュイン! キュイン! と木々を縫うように駆けながら、バスターピッグのライフルが魔法光線を放った。それを克至は木を遮蔽物に、クルセイドソードの刃で受け止めた。
    「ふふっ、流石にこの木々の中での射撃は当て難いんでしょうね、向こうも」
     バスターピッグが、その短い足で急停止する。そこから軌道変更しようというのだろうが、克至はその隙を見逃さなかった。木の幹を挟んで回り込み、克至は非実体化させたクルセイドソードを横一閃に振り抜く!
    「お願いします」
    「了解っと」
     十織が、豪快にバベルブレイカーを地面へと叩き込んだ。ズン! という地面に衝撃が駆け抜け、砂煙を巻き起こす。
     よろけたバスターピッグは、砂煙の向こうに見た。天使のような微笑を。
    「さよなら」
     冷たい輝きの瞳が、別れを告げる。直後、天狼のジャッジメントレイが砂煙ごとバスターピッグを薙ぎ払った。
    『ぶひ!?』
     十織の衝撃のグランドシェイカーに体勢を崩していたバスターピッグは、薙ぎ払われた仲間を振り返る。しかし、その動作の途中で止まる事となった。
    「余所見すんなよ!」
     ユキの影を宿したウロボロスブレイドが、バスターピッグに突き刺さったのだ。バスターピッグは苦しげに身をよじるが、そこへスイが横から突撃する!
    『ぶ……ひ!!』
     ミシリ、と吹き飛ばされながら、バスターピッグはスイへバスタービームを叩き込んだ。その魔法光線が装甲を削るのを見て、透が言い捨てた。
    「うちの子をあんまりいじめねえで欲しいんだけどな」
     帰ったらご褒美的に洗車でもしてやろう……、そう心に決めながら透は掲げたクルセイドソードからセイクリッドウインドの風を吹かせる。枯れ葉を舞わせるその風に乗って、オリシアは踏み込んだ。
    「食べられない豚は只の豚です!」
     心からの叫びと共に、オリシアがヴィア・クルシスを振り下ろした。柔らかいロースの感触が、ヴィア・クルシスから伝わり同時に衝撃がバスターピッグを打ちのめす。
    『ぶひいい!!』
     ヴォン! と黒豚の円盤状の光線が戦場を薙ぎ払う。木々が邪魔をしてはいるが、その回転は正確に灼滅者達を狙っていった。
    「ナノナノ!」
    「ここが、普通の平地だったら厄介だったな」
     ミリタリーカラーの腹巻をつけた九紡のふわふわハートに癒されながら、耕平が言い捨てた。それには、裏ツ花も同意する。
    「地形のおかげで、向こうも特性を活かし切れないようですね」
     黒豚と通常個体が連携していれば、また違っただろう。しかし、取り囲むように灼滅者達に囲まれた時点で、それも不可能だ。
     これがオリシア曰く、『動かざること山の如し』――はぐれ眷属達には、灼滅者達の陣形を食い破る事は出来なかった。
    「これで雑魚は、最後です!」
     横から回り込んだ裏ツ花が、バスターピッグの胴をマテリアルロッドで強打する。よろけたバスターピッグが、そこへ駆け込んだ耕平に身構え――。
    『ぶひ!?』
    「足元にも注意しないと、ね?」
     足元から音もなく膨れ上がる影、耕平の影喰らいに飲み込まれ最後の通常個体がその場の崩れ落ちた。
     残るは黒豚一体のみ――しかし、この黒豚はなかなかの強敵だった。
    『ぶひ!!』
     その巨大な砲門から放つビームと、斧の豪快な攻撃。その巨体にふさわしい体力は、簡単には削り切れない。
     だが、一体になってしまえばダークネスほどの強敵ではない。状況を覆すほどの地力はなかった。
    「黒豚なのに……!」
     硬く硬く、オリシアはその拳を握り締め、黒豚を睨みつける。その声色や表情は、まさに噴火前の火山のようで……。
    「ウチなんていっつも豚肉の切り落としで我慢してるのに……大人気ですぐに売れちゃうから、その場合はタイムサービスまで利用してカナダ産豚肉を安く買ってるのに……」
     ぶつくさ、と語られる切ない台所事情。そして、その憤懣はついに爆発した。
    「こんなのってないです! 黒豚食べたいです! お腹いっぱい食べたいです!」
    「あ、いや……」
    「外面なんてどうでもいいです! 私は今! 超高級なお肉が食べたいんです!」
    「そ、そうか……」
     十織にも、かける言葉が見つからなかった。確かに、普段よりもお腹の減る相手ではあるのだが。
    『ぶっひ!!』
     身の危険を感じたのか襲い掛かろうとした黒豚の斧を、オリシアはヴラディスラウス・ドラクリヤで受け止めた。ズサァ! と靴底が地面を擦る中で、斧の軌道を反らしオリシアは深紅のオーラを宿した拳を振るう!
    「ヒレ! 肩ロース! ばら! ロース! もも! 外もも!」
     殴る殴る、肉の部位を叫んで殴る! オリシアの閃光百裂拳が、黒豚を宙に舞わせた。そこへ、スイの突撃と同時に透の影が走った。
    「切り刻め!!」
     スペアリブ、肋骨の辺りを深々と透の斬影刃が切り刻む。スイのキャリバー突撃に地面に叩き付けられた黒豚は、立ち上がるよりも早く死神のようなピエロが上から抑え込んだ。
    「はーい、すこーし静かにしていてねー?」
     天狼の影縛りだ。もがく黒豚へ九紡がはばたき、たつまきで飲み込む。ゴォ! と渦巻く風へ、十織が踏み込み唸りを上げるバベルブレイカーを放った。
    「折角だ、腹いっぱい食らってくれ」
     ドン! と回転する杭が、肩スペアリブに突き刺さり大きく穿つ。よろけた黒豚へ、ユキの蛇腹の刃がジャラララララララララララン! と巻き付いた。
    「どうだ、豚野ろ、うぎゃああああああああああああ!!」
     構わず突進してきた黒豚へ、ユキは一も二もなく背を向けて駆け出す。それを追いかける黒豚の前へ、裏ツ花が低く潜り込んだ。
    「往生際が悪いですよ?」
     裏ツ花の異形の怪腕が、黒豚の顎を打ち抜く。鬼神変によるアッパーカットをくらった黒豚は、大きくのけぞった。
    「バスターライフルって、部位的には何処なんでしょうね?」
     その間隙に、克至がクルセイドソードを構え、駆け込む。それに合わせ、耕平もまた疾走した。
    「一閃!」
     耕平が右から、克至が左から、それぞれが横一閃に神霊剣を黒豚へと繰り出す。ザザン! という、小気味のいい斬撃音――その肉ではなく魂を切り裂く斬撃が止めとなった。
     ズン……、と地響きを立てて、黒豚の巨体が地面に倒れ伏す。それが、戦いの終幕を告げる音となった……。


    「ふー、終わったー。なんとか被害も無しかなしかし、本当にいい体した豚達だったねー……」
     しみじみと、何気なくこぼした耕平の呟きが、そこに奇妙な沈黙を生んだ。
    「…………」
     その沈黙を破ったのは、作った張本人であった。
    「うん、お腹すいてきた。よし、いい時間だし、食べに行こう! うん? 勿論豚肉で!」
    「豚を倒した後だし、生姜焼きとか良いよねー♪」
    「僕も個人的にはお肉が食べたいですね、ほら成長期ですし。他の物なら……チャーシューメンとか?」
     朗らかに笑って言う天狼に、克至も言う。裏ツ花も口元を隠しながら、笑みと共にこぼした。
    「温まる鍋物なら、豚肉も美味しく頂けますね」
    「しゃぶしゃぶもいいですね」
     真顔で、うんうんとうなずくオリシア。そんな仲間達の言葉に、透は笑った。
    「やっぱ皆、豚肉は外さねえんだな」
    「御馳走さん……もとい、おつかれさん」
     手を合わせて一礼をすませた十織は、肩をすくめながら言った。
    「んじゃ、年長者が奢りってことで……あれ、俺か?」
     その言葉に、仲間達も賑わう。ユキも我先に、と駆け出そうとする。
    「っしゃ! じゃあ豚肉食いに行こう……い、いやまだちょっと待っ……えへへ、ありがとうお兄ちゃん。じゃ何食べいこっかー?」
     そんな騒がしい集団が、歩き出した。空腹こそ、最大の調味料である。戦いの後、彼等は存分に豚肉を味わうのであった……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ