怪物の誘い

    作者:天木一

    「おら! くそっ外した!」
    「じゃあ次はオレだ。シャッ! 」
     夜の道路にカン、カンと硬い物がぶつかる音が響く。
     ヘッドライトをつけた車が次々走っていく中、その道には幾つもの空き缶が散らばっていた。
    「おお! 当たったー! これで4台目だぜ」
    「くっそ! 次は当ててやるっ」
     5人の少年達が歩道橋から道路に向けて空き缶を投げていた。
     通り過ぎる車に当てるというゲームをしているのだ。
    「ははっあいつすっげー慌ててる」
     缶が当たり蛇行する車を指差して笑う。
     そんな少年達の背後に、いつの間にか1人の男が立っていた。
    「退屈か? それなら力を与えてやる。ハイになれる力だ。ありがたく受け取るんだな」
     男がそう言葉を掛けると、少年達は顔を合わせて肩をすくめる。
    「なんだ? ドラッグの押し売りはいらねーよ」
    「沸いてんのかオッサン。消えな」
     挑発的に少年達は笑う。
    「ふん、クズが。使ってやろうというんださっさと従え」
    「ああ!?」
    「舐めてんのか? おいコラ?!」
     侮蔑を隠そうともしない男に少年達が近づく。だがその目を見た瞬間、少年達は威圧され動けなくなってしまう。
    「さっさとあの車に乗れ」
     歩道橋の下に止まっているワゴン車を顎で示すと、少年達は逆らう事が出来ず、車へと乗り込む。
     そして最後に男が乗り込むと、車は夜の闇の中へと消えていくのだった。
     
    「やあ、来てくれたんだね」
     教室で能登・誠一郎(高校生エクスブレイン・dn0103)が灼滅者達を待っていた。
    「先の殲術病院の危機の時に、ハルファス軍から朱雀門高校に鞍替えしたソロモンの悪魔、美醜のベレーザを知ってるかな。どうもその一派が事件を起こし始めたみたいなんだ」
     説明を聞くと、朱雀門高校の戦力として、デモノイドを量産するつもりのようだ。
    「その為に、素体となる一般人を拉致していくみたいなんだ。そんな事を許すわけにはいかないからね。みんなにはそれを阻止してもらいたいんだよ」
     実行部隊として動いているのはデモノイドロードをリーダーに、強化一般人が2人。
    「デモノイドロードも厄介だけど、この強化一般人も普通とは違うんだよ」
     強化一般人は美醜のベレーザによって不完全ながらデモノイド化されていて、命令を受けると10分間だけデモノイド化して戦う事が出来るという。
    「10分だけだけど、それでも恐ろしい戦力だよ」
     何かあれば敵はそれを捨て駒にして拉致を済ませてしまう算段のようだ。
    「敵が拉致しようとしているのは走っている車に空き缶を投げて悪戯している少年達5人だよ」
     悪質な悪戯をしているが、今のところ大きな事故は起きていないようだ。
    「戦場になるのは直線道路の歩道橋のある場所だよ。夜だから人通りは少ないけど、車の通行量はそれなりにあるんだ。巻き添えにならないよう気をつけて」
     何かしらの作戦で被害は出ないようにしたい。 
    「まともに敵全てと戦うと勝つのは難しい。だからデモノイドロードと戦うのは避けた方がいいだろうね」
     敵も目的は拉致であり、あまり派手な行動は好まないだろう。撤退するようならそのままさせるのが安全だ。
    「不完全なデモノイドの方は暴れまわる可能性が高いから、一般人が巻き込まれないよう気をつけて」
     下手をすれば拉致する少年をも殺してしまうかもしれない。
    「敵にこれ以上デモノイドの戦力を増やさない為にも、一般人を守って欲しい。悪い事をしてる少年達だけど、可能な限り全員助けてあげてね」
     後でお説教が必要かもしれないけどと、誠一郎は灼滅者たちを見送った。


    参加者
    旅行鳩・砂蔵(桜・d01166)
    霧凪・玖韻(刻異・d05318)
    龍統・光明(千変万化の九頭龍刃・d07159)
    柏葉・宗佑(灰葬・d08995)
    六道・総司(竜血・d10635)
    夢代・炬燵(こたつ部員・d13671)
    王・龍(ホルモンがあらぬ方向へ・d14969)
    篠宮・一花(妄想力は正義・d16826)

    ■リプレイ

    ●悪戯
     夜の道路をヘッドライトの明かりが速度を上げて走って来る。それを歩道橋の上から少年達が見下ろしていた。
     タイミングを見計らい、少年が手にした空き缶を投擲した。缶は外れて甲高い音と共にアスファルトを跳ねる。
    「そういえばまめはまだ車に乗ったこと無かったね」
     闇夜に溶け込むようなコートを着た柏葉・宗佑(灰葬・d08995)が、走る車を目で追う隣の霊犬の豆助に声をかける。
    「春休みになったら車の免許頑張って取るから、アパートの皆でドライブいこうか」
     その為にも今日の任務を片付けないとねと、豆助の頭を撫でる。
    「ここは危険なので離れた方が良い」
     霧凪・玖韻(刻異・d05318)が近づく一般人の女性に声をかけると、その鋭い気迫に女性は息を呑み、すぐさま踵を返した。
    「それにしても危ないですね……」
     半纏を着て寒そうに身を縮こまらせる夢代・炬燵(こたつ部員・d13671)は、空き缶を投げる少年達を見て眉をひそめる。
    「歩道橋から空き缶を投げ捨てるなんて、本当に大事故になったらどうするつもりでしょうね」
     止めたいと思うが、今は敵を待ち伏せしている最中でそうもいかず、不快そうな表情で我慢する。
     暫くすると、黒いワゴン車がスピードを落として歩道橋の脇に止まる。そこから3人の男が下り立ち歩道橋を見上げた。そこへ向けて人影が駆け寄る。
    「我九頭龍の顕現者也……来い絶、纏え応黄龍」
     手にしたカードを解放し、龍統・光明(千変万化の九頭龍刃・d07159)の武具が姿を現すと、全身から周囲を覆う程の殺気が放たれる。普通の人間ならば近づく気も起きなくなる。
    「悪いが此処から先は通行止めだ」
     立ち塞がるように、手にした漆黒の長刀を敵に向けた。
    「くっくっく、私は蒼刃の魔王。王の名において、そのよう暴挙は看過せぬわ」
     芝居がかった仕草で、篠宮・一花(妄想力は正義・d16826)も邪魔するように歩道橋の前に立つ。
    「……うん、絶対助けてみせるんだから!」
     びしっと指差してポーズを決めるが、最後の台詞が素に戻ってしまう。
    「少年たちを拉致して調教するつもりなんですね。心中お察しします」
     厭らしい笑みを浮かべて王・龍(ホルモンがあらぬ方向へ・d14969)が殺気を放つ。
    「何だお前ら? 一発キメてんのか?」
     リーダーらしい男は飛び退きながら油断無く周囲に目をやる。前に立ち塞がる5人の灼滅者が何者なのか、見極めようとしているようだった。
     その間に残り3人の灼滅者が歩道橋を駆け登る。
    「大人しくしていろ」
    「ひっ……」
     低い声で旅行鳩・砂蔵(桜・d01166)が威圧すると、身構える少年達はびくりと震え、身動きを止める。
     そこへ無言で近づいた六道・総司(竜血・d10635)と宗佑が手早く二人を担ぎ上げる。それはまるで重さなどないようにゴミでも拾う気軽さだった。残る1人を砂蔵が担いで5人の少年を持ち運び、素早く敵から離れた場所へ移動を始める。

    ●青い怪物
    「ちっ……何者だ? 完全に待ち伏せされてるじゃねぇか。どうしたもんか、無理して戦う必要もない、かぁ?」
     舌打ちと共に思案したのも一瞬。灼滅者達の手際の良さを目にして、男は後ろに下がる。
    「おい、うすのろ! 1人残ってこいつらをぶち殺せ、ついでにガキ攫って来い、10分ありゃ出来るだろ」
     男の怒鳴り声を聞いて、後ろの虚ろな表情の男が前に出てくる。
    「ハイ、わかりました」
     返事をするやいなや、体がどろりと溶けるように変質し膨れ上がる。パンパンになったコートを突き破り、青く醜い肌が夜風に晒される。
    「殺せりゃそれでよし、無理なら……こんな状況でやる気にならんな」
     その間に男は車に戻り、もう1人は素早く運転席に乗り込んだ。男はちらりと灼滅者達を一瞥すると、配下の運転で車が発進する。
    『コロスコロス……サラウサラウ……』
     2メートル程になった青い怪物は、復唱するように何度も命令を口の中で繰り返し、両腕を広げて襲い掛かる。
    「当該目標に対する全ての制限を解除する」
     暴風のように振り抜かれる腕。武器を顕現させた玖韻は前に出ると冷静に動きを読み、大鎌の柄で受け止める。力尽くで怪物は腕を押し切る。玖韻は吹き飛ばされながらも大鎌を振るい、黒い波動が刃となって怪物の腕を斬り裂いた。
    『イタイイタイ……サラウサラウ……』
     怪物の裂けた腕の傷がどろりと隆起する。それは細長く曲線を描くと硬質化し、鋭い刃となった。怪物は横薙ぎにその刃を振るう。灼滅者達は一歩間合いを開けて避ける。その合間を縫って怪物は逃げる少年達を追おうと突進する。
    「蹴り穿つ、九頭龍……斬蹴迅雷」
     光明は一瞬身を屈めると跳躍し、怪物の顎を宙返りしながら蹴り上げると体を捻り、後ろ回し蹴りをこめかみに叩き込んで着地する。
     脳に受けた衝撃に思わず怪物の足が止まった。
    「行かせませんよ。あの少年たちの事は諦めてください」
     音が漏れないよう結界を張った炬燵は、足元から影を伸ばし、怪物の体に縛りつける。
    『ジャマダ!』
     影を引き千切り怪物は低い姿勢で炬燵に向けて突進する。その進行方向に龍が割り込む。
    「最近巷では、体中が青いモップ状に変化するという奇病が流行っているみたいです。あなたのように」
     放たれたどす黒い殺気が怪物を包み込む。怪物はそれを嫌がり勢いを弱めながらも龍にタックルを浴びせて吹き飛ばす。
    「くっくっく、このような醜悪な怪物を集めざるを得ないとは、朱雀門には美学がないようだな……」
     一花が入れ替わるように前に立ち、掲げた剣から白光が放たれ、残光を残す剣を振り下ろす。その一撃を肩に喰い込ませながら怪物もまた拳を打ち込む。光は一花の体を守るように盾となり、怪物の攻撃を弱めた。
     後ろに後ずさりしながらも、耐える一花。怪物は反対の拳を振り上げる。
    「まだまだ! 行くよアンドレアルフス!」
     反射的に素の台詞を言う一花の声に、ナノナノが風を巻き起こし怪物の動きを止めた。
    『ジャマジャマ……コロスコロス!』
     頭に血の上った怪物は、少年達の事を記憶の片隅に追い遣り、目の前の敵を始末しようと筋肉を膨れ上がらせる。

     3人の灼滅者は歩道橋から見えない位置まで移動し、少年達を乱暴に地面に下ろす。
    「いてっ、お、俺たちをどうするつもり……ですか?」
     恐る恐る顔色を窺うように少年が灼滅者に尋ねる。
    「どうでもいい」
    「え?」
     思わず聞き返す少年に、本当に関心が無い様子で砂蔵は追っ手が来ないか来た道を振り返る。
    「二度とあのようなことはせぬことだな。判ったらあの場所には二度と近づくな」
     眼光鋭く総司が睨むと、訳も分からず少年達は脅えたようにコクコクと頷く。
    「怖い思いしたくなかったらもう悪戯しちゃ駄目だよ!」
     宗佑がお兄さんぶるように叱る。
    「悪い事すると自分に必ず返ってくるよ!」
     怖い総司とは目を合わせないように、宗佑の方を向いて申しませんとすみませんでしたと、頭を下げる少年達。
    「では行け」
     総司の冷ややかな一言に、少年達は慌てて立ち去った。
    「戻ろう」
     砂蔵の言葉に頷き、灼滅者達は急ぎ現場へと戻る。

    ●不完全な怪物
     怪物を囲む灼滅者達は、敵の動きを封じるように攻撃を繰り返す。
     玖韻が影で縛り、光明が剣で斬る。龍は注射を刺し、一花は剣で攻撃を受け止める。そして炬燵が傷ついた仲間を癒す。敵はこの戦場に釘付けとなっていた。
     怪物の腕が唸る。武器で受けながらも、その質量を止めきれずに玖韻は吹き飛び、白いガードレールに直撃する。
    『キエロ……キエロ……』
     玖韻に向け怪物は腕を伸ばす。すると青い皮膚に穴が開き、そこから酸の塊が撃ち出された。 
    「お薬の時間ですよ、動かないでください」
     庇うように射線に入った龍が、構えた注射から薬液を噴出して酸の勢いを弱める。しかしそれでも酸が掛かった服は溶け、皮膚は火傷したように熱い。
    「大丈夫ですか?」
     慌てて炬燵が2人に向けて風を起こす。温かく包み込むような空気が痛みを取り除き傷を癒す。
    「問題ない」
     体の負傷を確かめ、戦闘に問題ないと判断すると玖韻は刀を抜く。近づくのに気付いた怪物は腕を振り回し刃が襲い来る。怯む事なく玖韻は更に踏み込むと一閃。刃と刃が交差し、青い刃が地に突き立った。玖韻の刀が敵の刃を斬り落としたのだ。
    「斬り裂く、九頭龍……龍ヶ逆鱗」
     玖韻が飛び退くと、その後方から光明が7尺3寸もある漆黒の長刀を振るう。その刀身はまるで鞭のようにしなり、竜巻の如く渦を巻いて怪物を斬り刻む。
    『イタイイタイ』
     怪物は頭を庇うように腕でガードしながら突進してくる。
    「病院はこっちですよ」
     龍が行く手を阻むと、怪物の拳が腹を抉った。打ち上げられる寸前、注射をその青い腕に刺して生命エネルギーを抜き取り、自らの傷を回復させる。
     全身の傷から青い体液を垂れ流しながら進む怪物を止めようと、一花とナノナノが攻撃を仕掛ける。
     ナノナノが正面からぶつかる間に、一花は影を広げて怪物を呑み込む。
    「ふん、何とも醜悪な怪物だな……うぇっ気持ち悪い!」
     怪物が吹き散らす体液が掛かりそうになって、一花は思わず素で飛び退く。体液が落ちた場所からジュウジュウと湯気が沸いた。
    『シィィィィネ!』
     酸の塊をぶつけられナノナノが地を転がる。次に一花へとその砲口が向けられた時、怪物の頭部に光が直撃しバランスを崩す。腕から放たれた酸は方向を違え、ガードレールを溶かした。
     光の発射された方を見ると、砂蔵が片膝を突いてライフルを構えていた。
    『イッダアアァァ!』
     怪物は咆哮をあげると、腕から酸を乱射する。そこへ宗佑がエネルギーの盾で防ぎながら突進し、体当たりするように怪物を吹き飛ばした。
    「少年達の避難は無事に終わったよ」
    「デモノイドロードはもう居ないようだな」
     周囲を警戒しながら総司が怪物の前に立ち、敵を見上げた。
    「……サラウ、サラウ!」
     今更思い出したように、怪物は起き上がり少年達が消えた方向を見て足を踏み出す。
    「もう遅い」
     総司が腕に装着した巨大な杭打ちを地面に向かって叩き込む。杭から伝わる振動が放射状に広がり怪物を呑み込むと、アスファルトが粉々に砕けて足が膝辺りまで地中に埋まる。
    「別に彼らがどうなろうとどうでもいい。だが、デモノイドにしていい理由もない」
     動きが封じられた怪物に、いつの間にか砂蔵の影が重なっていた。伸び上がった影が襲い掛かり怪物は取り込まれまいともがく。そこへ背後から光明が剣を刺し貫いた。刃が背中から腹に抜ける。そして暴れる怪物の腕を屈んで避けながら素早く離れた。
    『シィィィィ!』
     怪物の腕が伸び砲身と化した。放たれる死の光線。その前を玖韻のコートが伸びるように広がり敵の視界を遮る。それは足元に繋がる影だった。突然相手を見失い、光線は砂蔵の横を通り過ぎ歩道橋に大きな穴を開けた。
    「注射の時間ですよ……あーっと手が滑ったー!」
     龍は手にした注射を怪物の背後から首筋に刺す。
    『注射! キライ!』
     怪物は反射的に後ろに思い切り仰け反り、頭突きをかまして龍を吹き飛ばした。それをナノナノが受け止めて地面に下ろす。
    「アンドレアルフスそっちは任せたよ! こっちは……私が相手をしてやろう!」
     一花は設定を思い出したように、役を作りながら前に出て剣を振るう。刃は受けようとした怪物の左腕に食い込み傷口から骨が覗く。
    『ウデ、腕がぁ!』
     腕の傷を塞ごうと変形させる。だが腕は思うように繋がらずボロリと崩れ落ちた。
    「そろそろ10分かな。行くよ豆助!」
     宗佑と豆助が左右から仕掛ける。宗佑の剣が右足を貫く。バランスを崩したところへ豆助が口に咥えた刃で脇腹を斬った。
     怪物は地中から足を踏み出し、残った右腕の銃口を向ける。
    「動くな」
     そこへ総司が殺気を放射した。殺気に押され怪物の動きは僅かに遅れた、その隙に玖韻が刀を上段から振り下ろす。
    「終わりだ」
     骨を裂き肉を断つ。怪物の右腕が地に転がった。
     怪物がそれを目で追った空隙に、符が頭に張り付き強制的に意識を奪う。
    「眠っていてくださいね」
     炬燵の符によって、怪物が意識を失ったのは一呼吸の間。だがそれだけあれば十分だった。
    「灼滅した業、総餓の名に於いて俺が担おう……喰らえ創破」
     光明の闘気が膨れ上がる。オーラは2頭の龍となり、解放たれた龍は怪物の胴体を喰い破った。
    『アアアア! ナンデジャマヲスル!』
     胸と腹に大きな風穴を開けながらも、怪物は邪魔者を退けようと体中から体液を噴き出す。
    「理由はある……俺がお前たちを気に入らないからだ」
     砂蔵の腕がライフルと同化する。放たれた破壊の光は、一条の輝きとなって怪物の頭を撃ち抜いた。

    ●10分の命
    『イヤダ、イヤダ、死にたくないよ、死にたくない……』
     怪物はまだ死んではいない。だが灼滅者が止めを刺さなくともその体は崩壊を続け、もはや人の形をも保てなくなっていた。
     不完全なデモノイドは10分しか生きられない、使い捨ての駒なのだ。
    『ナンデ、ナンデ、俺が……こんなめに、助けて、助けてくれよ。なあ』
     死を前にして力を失うと共に、人の意識が少し戻ったのかもしれない。その瞳には理性があった。だが元に戻る方法など誰も知らない。デモノイドに成った時点で全てが手遅れだったのだ。
    「ナースといえども、この奇病を治すことはできません」
     少し哀れむような表情で龍は怪物の成れの果てを見下ろす。ずるりずるりと行く当ても這いずる怪物。肉が剥がれ骨が剥き出しになっていく。
    「うぅ……苦しそうだよ」
     その苦しそうな様子に一花は思わず目を背ける。
    「楽にしてやる」
     総司が剣を振り下ろす。怪物の意識は断ち切られ、闇の中に沈んだ。
    『ア、アア……死にたく……』
     その呟きを最後に、怪物だったものは力尽き、その身は溶けていく。冷たい風が吹き抜けると、最初から何も無かったように全てが消え去った。
    「こんな寒いところで消えていくなんて、可哀相ですね」
     炬燵は寒空に体を震わせ、白い息を吐いた。
    「このデモノイドも、好きでこうなった訳じゃないのかもしれないね」
     宗佑はそんな姿を見送り、隣で小さく鳴いて見上げる豆助の頭に手を置く。
    「誰も命をこんな風に扱っていい理由は、ない」
    「デモノイドの量産……させる訳にはいかんな」
     デモノイドロードの奴らは本当に気に入らないと、砂蔵が声に苛立ちを滲ませ、玖韻もこんな被害をこれ以上出させるわけにはいかんと、決意を胸に秘め、怪物の最後を目に焼き付けた。
     人気の戻った道路を車が走り出す。落ちていた空き缶が飛ばされ道路を転がった。
     一台の車がそれを踏み潰して気付かぬまま走り去る。何故かその空っぽの缶が不完全なデモノイドと重なって見えた。
    「許さんぞ……ベレーザ……」
     静かに、だが深く殺意の籠もった光明の声は、深い闇の中に溶けて消えた。

    作者:天木一 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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