力を振るう男と、臆病な子ら

    作者:日向環


    「本当にこんなところにいるのか?」
     饐えた臭いのする古い雑居ビルだった。狂犬のような顔付きをした男が、周囲を見回してしかめっ面を作る。
    「2階の隅の部屋だって情報やねん」
     ポケットからピンクのマスクを取り出すと、テンコと呼ばれたショートカットの少女は、手早く口と鼻を覆う。どこかの高校の制服の上に、デニムのジャンパーを羽織っていた。
     階段を見付けると、ぴょんぴょんと跳ねるように上がっていく。
    「スカート短ぇ!」
    「見たな、スケベ」
     男は大股で階段をあがると、スカートの裾を抑えたまま、ふくれっ面をして立ち止まっている少女を追い越していく。
    「で、道端で寒さに震えてる仔猫ちゃんを拾ったんで、そのままお帰りあそばしたと」
    「ちゃうねん。太門のおっちゃんに頼むから、なぎさちゃんは帰ってええて、うちがゆったんねん」
     両手に拳を作って腰に当て、ちょっとご立腹の様子。
    「あのぅ、すみません。あなたたち、誰ですか?」
     部屋の中には、6人の少年少女がいた。全員が学校の制服を着ているが、皆違う学校のようだ。
     大声でいがみ合いながら、突如部屋に侵入してきた2人組に対し、少年少女は明らかに警戒色を強める。
    「学校が嫌い。学校が怖い。学校が憎い。で、ネットで仲間を探して、こんなことろで傷の舐め合いか」
     男はそれを聞き流し、凶悪そうな顔を少年少女たちに向けた。
    「うるさい! お前たちも吹っ飛ばすぞ!!」
     少年の一人が、救急箱くらいの大きさの箱を抱えた。
    「おいおい爆弾かよ! 近頃のガキは護身用に爆弾を持ち歩いてんのか?」
    「そんなわけあらへん」
     男に問われたショートカットの少女は、両手をぶんぶんと振って否定した。
    「……おい、さっさとやるぞ」
     男が背後に声を投げると、5人の男たちが、わらわらと部屋の中に雪崩れ込んできた。
    「なんだよ、なんなんだよお前ら! 吹っ飛ばす! 全員纏めて吹っ飛ばしてやる!!」
    「爆爆ボボンさん!!」
    「やめてよ! 吹き飛ばすのは学校のはずでしょ!?」
     他の5人の少年少女が、血相を変えた。「爆爆ボボン」というのはハンドルネームなのだろうか。
    「……そんなに力が欲しいんなら、凄ぇ力を授けてやる。そんな物騒なもんは捨てちまえ」
    「いらない! 僕にはこれがある!!」
    「……おっちゃん。この子、目が完全にイッとる」
    「分かってる。俺があのガキぶっ殺す。その隙に、他のガキどもをかっ攫え」
     怯えている5人の少年少女は、部屋の奥の窓際で震えている。爆爆ボボンは、その少し手前で箱を抱えていた。
    「あのガキぶっ殺して爆弾取り上げねぇと、他のガキたちが巻き添えを食う」
     男はそう言うと、箱を持った少年を睨み付けた。


    「ちょっと困った状況なのだ」
     教室に集まった灼滅者たちに、木佐貫・みもざ(中学生エクスブレイン・dn0082)は告げる。
     ハルファス軍から朱雀門高校に鞍替えしたソロモンの悪魔、美醜のベレーザの計略で、現在、朱雀門高校は各所でデモノイドの素体となりうる一般人を拉致するべく行動していた。
    「今回狙われたのは、不登校の6人の学生たちなのだ。男の子が4人、女の子が2人」
     彼らは、インターネットの交流サイトで知り合ったらしい。同じ境遇の者同士、通ずるものがあったのだろう。いつからか、彼らは老朽化した雑居ビルの一室に集まるようになっていた。
    「その部屋は以前、爆爆ボボンていうハンドルネームの男の子のお父さんが経営した会社が入っていた部屋なのだ。倒産しちゃったんで、空き部屋になっているのだ」
     本来なら入室などできないはずなのだが、彼は何らかの方法で部屋への立ち入りができるようだ。
    「朱雀門所属のデモノイドロードとその仲間たちが現れると、爆爆ボボンが手作り爆弾のスイッチを入れようとするのだ。他の子たちは、びびって腰抜かしちゃうのだ」
     デモノイドロードが爆弾を持つ爆爆ボボンを殺害し、その間に配下が残りの5人を確保する作戦らしい。
    「最悪、爆爆ボボンは見捨てるしかないかもしれないのだ。腰を抜かしている残りの5人の確保を優先して欲しいのだ」
     タイミングを間違えると、爆爆ボボンは爆弾のスイッチを押してしまい、5人の少年少女も巻き添えで死亡してしまう。爆爆ボボンも救出する場合は、デモノイドロードより先に彼を確保する必要がある。
    「デモノイドロードは、以前に夕景・汀砂が勧誘した救世・太門(くぜ・だいもん)という人なのだ。どうやら、今回は夕景・汀砂の代わりで動いてるみたいなのだ」
     救世・太門は灼滅者が介入後、撤退行動に移るという。
    「救世・太門より先に爆爆ボボンを確保しちゃえば、救世・太門と強化一般人のテンコちゃんは、諦めてそのまま撤退してくれるのだ。ただし、2人の撤退を援護する為に、未完成のデモノイドと4人の強化一般人が、みんなに攻撃を仕掛けてくるのだ」
     デモノイドは未完成体なので、10分が経過すれば自壊してしまう。とはいえ、デモノイドであることには変わりがないので、戦闘能力はそれなりに高い。
     強化一般人は全員ガンナイフを装備しており、ガンナイフのサイキックを駆使してデモノイドを援護してくるという。
     また、爆爆ボボンの確保が遅れれば、救世・太門が彼を殺害してしまうという。
    「爆爆ボボン以外の5人の子たちのうち、4人救出できれば御の字なのだ。だけど、頑張って5人を救出して欲しいのだ」
     朱雀門高校のダークネスと不完全なデモノイド、配下の強化一般人の全てと戦かった場合、戦闘で勝利するのは非常に難しい。朱雀門高校のダークネスについては、一般人の拉致を阻止しつつ、素直に撤退させてしまうのが良いだろう。
     戦闘に勝利すれば灼滅も可能だが、敗北した場合は連れ去られた少年少女たちが量産型デモノイドにされてしまう事になるので、あまり危険は犯せない。
    「爆爆ボボンに爆弾のスイッチを入れさせてはいけないのだ。みんな、頑張ってきて欲しいのだ!」
     みもざは灼滅者たちを激励するのだった。


    参加者
    森野・逢紗(万華鏡・d00135)
    月見里・月夜(俺はパンティー戦士なのか・d00271)
    明石・瑞穂(ブラッドバス・d02578)
    月雲・彩歌(幸運のめがみさま・d02980)
    天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)
    雨霧・直人(甘く血塗れた祝福を・d11574)
    クリスレイド・マリフィアス(魔法使い・d19175)
    清浄・利恵(中学生デモノイドヒューマン・d23692)

    ■リプレイ


     雑居ビルから離れること約10メートル。路肩にぴったりと寄せ、停車している黒いワゴン車を見つめる雨霧・直人(甘く血塗れた祝福を・d11574)。
     朱雀門高校が用意した車である可能性が高いが、断定はできない。
     GPSを取り付けて目的地を探ることも考えたが、あの車が当該のワゴン車かどうか断定できない状況では徒労に終わる虞もある。よしんば朱雀門高校側が用意した車だったとしても、車内に強化一般人が待機しているかもしれないこの状況では、下手な行動はリスクが高すぎると思えた。
     ナンバーは一応確認できたが、盗難車である可能性もあるし、偽造プレートかもしれない。
    「待ってるぜ?」
     ロリポップを口に含みながら、月見里・月夜(俺はパンティー戦士なのか・d00271)が雑居ビルの入口を顎で指示した。正面から突入するメンバー達が、直人が来るのを待っている。
    「…窓側は任せた」
     窓からの突入組に声を掛けると、直人は入口で待っている仲間達の元へと急いだ。
    「朱雀門も、なりふり構わず…と言ったところかしら? けれど、それを許すわけにもいかないものね」
     雑居ビルを見上げて、森野・逢紗(万華鏡・d00135)は呟く。
    「少年少女の深い事情は分らないが、ボクは誰も見捨てたくないな。全員、ボクと皆で守りきろう」
     清浄・利恵(中学生デモノイドヒューマン・d23692)が、逢紗の呟きに応じるようにそういうと、同じようにビルを見上げた。
    「そろそろ行くわよ」
     携帯電話をパタリと閉じると、クリスレイド・マリフィアス(魔法使い・d19175)は空飛ぶ箒を手にした。
    「苦手だったらすまない。よろしく」
     利恵はクリスレイドにそう断ってから蛇に変身すると、彼女の箒に巻き付く。逢紗も同様に蛇にその姿を変えると、遠慮がちに箒に巻き付いた。月夜も猫へと変身し、箒の先端に乗る。
    (「邪悪な魔女が使ってそうな箒ね、これじゃ」)
     2匹の蛇が絡み付き先端に猫がいる箒は、邪な魔女の持ち物のようだ。
     目的の窓に向かって上昇していく箒を、逢紗のナノナノが追い掛けていった。

     雑居ビルの中は饐えた匂いが充満していた。明石・瑞穂(ブラッドバス・d02578)は眉間に縦皺を刻む。
    「やはり、デモノイドへ改造するためには邪な心の強い人間が選ばれやすいのかしら…二つの事件を止める気概で望みませんとね」
     月雲・彩歌(幸運のめがみさま・d02980)は階段を見付けると、慎重に足を運ぶ。
     先頭を進んでいた直人が立ち止まる。奥の部屋の前だ。微かに話し声が聞こえる。
     聞き覚えのある声を耳にした瞬間、天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)の表情が引き締まった。
    「いらない! 僕にはこれがある!!」
     少年の叫び声が聞こえた。爆爆ボボンの声なのだろう。
    「…おっちゃん。この子、目が完全にイッとる」
    「分かってる。俺があのガキぶっ殺す。その隙に、他のガキどもをかっ攫え」
     部屋の中は、緊迫した場面のようだ。
    「んー、まぁ何つーか、朱雀門もメンドくさいけど、ボボン某とやらもメンドくさいわねぇ。まぁ部屋ん中がミートソースだらけになっても困るし、ちゃっちゃと助けましょーか」
     瑞穂が一同を見回した。
    「突入する」
     小さく肯き、黒斗は携帯電話に向かってそう告げた。


    「こんばんわ~、ちょいと失礼するわよ~」
     入り口の扉を開け放つと、瑞穂は堂々と入室する。そのあまりの堂々っぷりに、部屋の中いた全員が、瑞穂に注目する。
    「この寝ぼけたお姐さん。あんたらの知り合い?」
     朱雀門高校の制服の上に、デニムのジャンパーを羽織った少女が、部屋の隅っこで腰を抜かしている少年少女達に問う。彼女が強化一般人のテンコらしい。
     問われた彼らは、首をぶるぶると左右に振る。
    「生徒の密会場所を嗅ぎ付けたガッコの熱血先生が、迎えにきたのかと思うたわ」
    「ちょっとぉ。アタシはまだ18よ!」
    「じゅうはちぃ!? このナイスバディで18だと!?」
    「おっちゃん、食らいつきすぎや」
     テンコに白い目を向けられている男こそ、デモノイドロードの救世・太門(くぜ・だいもん)だ。
    「さーて問題で~す。アタシ達は一体何者でしょーか~? 答えはウェブで~。あ、それともCMの後の方がよかったかしらぁ?」
     ちょっと色っぽいポーズを取る瑞穂さん。
    「おっちゃん、どこ見とるんや」
    「この状況で胸の谷間以外どこを見ているとでも?」
     当然だと言わんばかりに、救世以下5人の男どもが瑞穂(の胸の谷間)をガン見している。壁際の少年達の視線も然り。
     直人がラブフェロモンを振り撒いたが、残念ながら男性陣の注目を得ることはできなかった。代わりに少女達が熱い視線を向けてくる。
    「そこまでです…! あなた達のやろうとする事、見過ごすわけには参りません」
     彩歌が部屋に乱入してきた。確かに、色んな意味で見過ごせない状況になりつつある。
     今度は彩歌に視線が集中する。空気を読めと言わんばかりの救世の視線が痛い。
    「また会ったな。覚えてないと嬉しいんだけど」
     妙なオーラに気圧されている彩歌の肩をポンと叩くと、黒斗がゆっくりと前へ歩み出た。彼女の視線の先にいるのは救世・太門だ。
    「あ? 誰だ、お前」
     救世は黒斗の顔をマジマジと見詰めた。
    「…お前、もしかしてあン時のガキ達のひとりか」
     どうやら黒斗のことを思い出したらしい。ニタリとした笑みを浮かべた。
    「おっちゃん。この人と知り合いなん?」
    「知り合いってほどのモンじゃねぇ。…お前の一撃、悪くはなかったぜ?」
     救世は親指を突き立て、自分の背中を指し示した。そこはあの日、黒斗が放ったティアーズリッパーが直撃した箇所だ。
    「俺の首を取りに来たのか?」
    「!」
     予想外の救世の反応に僅かに動揺した黒斗だったが、直ぐに気を引き締め直す。
    「残念だけど、今日はお前達が目的なんじゃない」
    「なんだと?」
     救世が表情を曇らせた瞬間、窓を蹴破って何者かが部屋に突入してきた。
    「そいつがボボンか」
     窓から侵入してきた猫が、箱を抱えて右往左往している少年の目の前で人間へと姿を変える。月夜だ。
     月夜は驚愕して無防備になった爆爆ボボンの手から、素早く箱を奪い取る。
    「あ!」
     爆爆ボボンが気が付いたときには、箱は月夜の元にあった。
    「やらせはしないよ。蒼の悪魔はボクやキミらで十分だ」
     蛇から人の姿へと戻った利恵と逢紗が、壁の隅で怯えていた少年少女達の前に立ちはだかった。
     クリスレイドと彼女の霊犬・リーアが一瞬遅れてそこに合流すると、即座に逢紗が魂鎮めの風を吹かせて、爆爆ボボンと少年少女達を眠らせた。
    「今は、少しお眠りなさい。大丈夫、私達が何とかするわ」
     逢紗は寝入った少年少女達に視線を落とした。
     月夜はロリポップを噛み砕くと棒を吐き捨て、スレイヤーカードを解放した。
    「よォ朱雀門の犬共。正義のヒーローごっこってのも悪かねェな」
    「またやられてもうた! ってことは、あんたら武蔵坂学園やな!?」
    「お前、今頃気付いたのかよ…」
     救世が項垂れている。
    「…これでお帰り願えるか?」
     少年少女達の確保を見届けると、黒斗は救世に顔を向けた。
    「ちっ」
     室内を見回すと、救世は苦々しく舌を打つ。
    「見逃してやるってか? 泣くほど嬉しいお申し出だが、この状況で俺らにどうしろと?」
     部屋の入り口は瑞穂達が抑えている。そして、窓の近くにはクリスレイドやリーア、ナノナノがいた。
    「どうぞ?」
     瑞穂が身を引き、ドアの前を開けた。
     少年少女達を巻き込んだことに強い憤りを覚えていた彩歌だったが、ここは方針に従って道を譲る。彼らが素直に引いてくれれば、彼らの命は守れよう。
    「俺と郷原で一暴れすりゃあ、どうってことないんだが、今日のところは退いてやるさ。…テンコ、先に行け」
     顎で入り口を指し示す。言われた通り、テンコは部屋の外へと出る。救世は彼女が部屋の外へ出るのを見届けてから、大股で部屋の入り口へ向かった。
    「一点貸しね。ま、今回のオーダーはアンタ達の灼滅じゃないし? 見逃してあげるわぁ」
    「ふざけんな。こっちはお前らを二回殺せるだけの戦力があんだぞ。下手な挑発してんじゃねぇ。今ここで俺に殺されたいか?」
     救世の腕が変形し、巨大な刃と化した。狂犬のような目が瑞穂に向けられる。凄まじい殺気を伴った目だ。
     一瞬、空気が凍り付いた。デモノイドロードの救世・太門、デモノイドの郷原、テンコを含めて5人の強化一般人。これらの戦力とまともにぶつかり合った場合、苦戦は必至だ。しかも、眠っている少年少女達を守りながら戦わねばならないのだ。
     灼滅者達は一斉に身構えた。
    「暴れろ、郷原。そこで寝てるガキ達共々、こいつら踏み潰せ」
    「了解した」
     郷原は救世の前に立つと、部屋の入り口を封鎖する。
    「…おい、お前」
     救世は黒斗に声を投じる。
    「悪いが俺の首はまだやるわけにはいかねぇ。守ってやらなきゃならねぇやつらがいるからよ」
    「いつか必ず、私が狩る。お前も、あの時のヴァンパイアも」
    「面白ぇ。だが、汀紗はやらせねぇ」
    「おっちゃん、はよしいや!」
    「…じゃあな。縁があったら、また会おうぜ」
     救世は不敵な笑みを浮かべると、くるりと背を向けた。


    『ごあああっ!!』
     郷原が獣のような叫び声を上げた。まるで破裂したかのように、急激に体が膨れ上がる。
     青き肌を持つ異形の怪物へと姿を変えた。
     強化一般人達が素早く布陣する。
     対する灼滅者達も、直ちに陣形を整え始めた。直人、利恵とクリスレイド、逢紗が味方を守るべく立ち位置を定めると、リーアとナノナノがそのサポートに付いた。
     未完成なデモノイドは、10分が経過すると自壊する。万全を期した防御の布陣だ。
     彩歌が先陣を切る。素早く動き回り、強化一般人のひとりを強襲する。「斬仙」の刀身を輝ける光に変え、その魂に一撃を加える。
    「…始めようか。楽しい喧嘩をよォ!!」
     月夜も突っ込み、強化一般人に抗雷撃を打ち込んだ。
    『ごおおお!!』
     デモノイドが吠え、突進する。その前に利恵が立ちはだかった。
    『怪物の相手は怪物がしよう。…ボクになれなかったキミ、せめて、誰かを巻き込むことだけはボクがさせないよ!』
     精神を集中し、その身を縛り付けていた枷を外した。筋肉が膨れ上がり、肌の色が蒼に変わる。獣化したその姿はデモノイドだ。
     突っ込んできた郷原と組み合う。だが、パワーは圧倒的に郷原の方が上だった。腕がねじりあげられた瞬間、嫌な音と共に両肘の関節が砕けた。
    「!!」
     声にならない悲鳴を上げて、利恵がその場に膝を突く。
    「医者は壊すのではなく治すのがお仕事、ってね~」
     瑞穂がジャッジメントレイを放つが、裁きの光だけでは利恵の傷は癒しきれない。
     郷原は見境がない。敵味方の区別があいまいになっているのだ。未完成ゆえなのか、ただ暴れるだけの怪物と化していた。
    「悪いけど、ここを通す訳にはいかないわね」
     凄まじい攻撃を受けて尚、逢紗はその場に敢然と留まる。背後には眠っている少年少女達がいるのだ。絶対にデモノイドを向かわせてはならない。
     黒斗の放った影縛りがデモノイドを捕らえる。影の触手を振り解こうと、デモノイドは藻掻く。
     強化一般人が執拗に援護射撃を行ってくる影響で、前衛陣の動きも若干鈍い。デモノイドの攻撃を躱しきれず、直撃を食らうケースが多い。
     瑞穂ひとりだけでは全く回復が追いつかない。結果、前衛陣は攻撃の手を休めて自らの治療に当たるしかなかった。
     クリスレイドも味方の回復にかける手数の方が多い。それでも、ようやく強化一般人をひとり撃破したことにより、リーアに味方の治療に専念するように指示を飛ばす。
    『がああ!!』
     暴れまわる郷原。前衛陣の一瞬の乱れを突き、灼滅者の陣営深く飛び込んできた。
    「ナノナノ!」
     逢紗が叫ぶ。その言葉が意味するところを、ナノナノは承知していた。デモノイドの眼前に飛び込むと、凶悪な腕の一撃をその小さな体で受け止めた。そのまま床に叩き付けられる格好となり、床の上でぐったりしてしまう。
     どうにか腕が動くまで回復した利恵が、郷原に体ごとぶつかる。急所を狙い、殲術執刀法を施す。
    『ごおおっ!!』
     デモノイドが咆哮をあげる。狂ったように腕を振り回し始めた。
    「…力を得ても、そんな不完全な状態になってしまっては、もう何の意味もないわね」
     その様子を見、クリスレイドはそっと目を伏せる。爆爆ボボンが目を覚ました。クリスレイドと視線が重なると、驚愕したように目を見開く。
     ――よく見ていなさい。
     目顔で彼にそう告げると、クリスレイドは視線をデモノイドに戻す。
    「…不完全な奴に負けてあげられるほど、甘い生き方はしてないわよ!」
     マテリアルロッドを突き出し、怪物の体内に強引に魔力を注ぎ込む。
    『ぐおお!』
     青い皮膚が飛び散り、郷原は悲鳴をあげた。
    「デモノイド…か。せめてロードにでもなれてたらな…終わらしてやるよ」
     月夜が踏み込み、無慈悲な斬撃を加える。切り刻まれた皮膚が不気味な色の体液と共に飛び散った。
     不完全とはいえ、それでもデモノイドであることには代わりはない。次々に繰り出される灼滅者達の攻撃をどうにか耐え切った。
     だが、そこまでだった。活動限界時間がきてしまったのだ。
     青い怪物の体は、瞬く間に崩壊していく。
    「助けられなくてごめん…君の事は、刻んだよ」
     崩れていく怪物の体を見つめながら、利恵はポツリと呟いた。


     残った強化一般人を倒すのに、さほどの時間は必要なかった。
     その頃には、他の少年少女達も目を覚ましていた。
    「貴方は、本当はこの建物ごと死んでもいいと思ったのかしら?」
     爆爆ボボンに語りかける逢紗の口調は優しかった。色々と推測はできる。だが、だからと言って、厳しく突き放す必要もない。
    「おい、逃げるしか出来ねェビビリ共。学校行けとは言わねーけど、誰かを傷つけるような真似だきゃァすンじゃねェぞ。必ず返ってくるからな、テメェに…」
     月夜は爆弾を抱えていた。こんなものは、彼らには必要ない。
    「爆弾なんて方向ではなく、もっと別の方向に情熱を爆発させてくれればよいのですが…」
     その爆弾を見つめて、彩歌が呟いた。深く反省をしているのか、少年達は項垂れたままだ。
    「ま、こーんな場所でこっそり集まってよからぬコト企んでるからこーゆーコトになるのよ。少しは反省したかしら?」
     怪我人がいないことを確かめてから、瑞穂は言った。
    「生きてたんならそれでいいんじゃないかしら。これから何をしようが、自由よ」
     クリスレイドは帰り仕度を始めていた。長居する必要はない。
     黒斗と利恵は、既に部屋を出ている。
    「俺には、逃げずにきちんと自分の手で扉を開く彼らの未来を思い描くことが出来る。だから、心配はない」
     直人は仲間達にだけ聞こえるようにそう言うと、部屋を後にするのだった。

    作者:日向環 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ