やめられないChocolateGirl

    作者:飛翔優

    ●やめたいのに止まらない
     チョコは甘い、チョコは美味しい。
     カロリー、糖分……ものすごい事はわかっているのに、知っているのに、やめられない。
     結果、太った、太ってしまった。わかりきっていたはずなのに。
     なのにやめられないのは、意志が弱いから。ついつい口にしてしまうのは、ただただ自分が弱いから。
     ――強くなりたいのなら、委ねればいい。そうすれば悩む必要もなくなる、食べても魅力的になれる。
     心から湧き出てくる誘いの言葉は、必死に首を振って否定する。
     抱くは恐怖、自分が変わってしまうのではないかという。
     あるいは、意地。チョコレートに委ねたとしても、他者には渡したくないという意地。
     それでも止まらない、止められない。チョコレートを求めてしまう。
     明日はまた、更に太ってしまっているだろう。

    「高知陽子、中学二年生……」
     教室でメモを眺め、風間・薫(似て非なる愚沌・d01068)は小さなため息一つ。メモをしまうとともに立ち上がり、教室の外を目指していく。
    「ひとまず知らせんとなぁ」
     エクスブレインへと伝え、解決策を導くために……。

    ●放課後の教室にて
    「ほな、後を頼むわ」
    「はい、薫さんありがとうございました。それでは早速、説明を始めさせていただきますね」
     薫に頭を下げた後、倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は灼滅者たちへと向き直った。
    「高知陽子さんという名前の女の子が、ダークネス……淫魔に闇堕ちしようとしている事件が発生しています」
     本来、闇堕ちしたならばダークネスとしての意識を持ち、人としての意識はかき消える。しかし、陽子は闇堕ちしながらも人としての意識を残しており、ダークネスになりきっていない状態なのだ。
    「彼女が灼滅者としての素養を持つのであれば、救いだしてきて下さい。しかし……」
     完全なダークネスと化してしまうようならば、そうなる前に灼滅を。
     葉月は続いて、陽子についての説明へと移行した。
     高知陽子、中学二年生の十四歳。優しい笑顔が似合う穏やかな性格で、友人も多い。しかし、甘いものに目がない、特にチョコレートが大好きという嗜好があり、それに対する我慢強さにもやや欠ける面があった模様。
     そのため太ってしまい、それが悩みで淫魔の心が湧き出てしまう。今の自分は魅力的ではないと。
    「もっとも、ちょっと太った程度……って私が言ってしまうと怒られてしまうかもしれませんが……ともかく、少しだけぽっちゃりしている程度、といった感じなのですよね」
     言いながら、葉月は地図を広げた。
    「場所はこの、商店街のケーキ屋さんの近く。この近くで、悩んでいる陽子さんと出会えると思います」
     出会った後は、説得を。
     そして、説得の成否にかかわらず、淫魔と化した陽子を倒す……これが、おおまかな流れとなる。
     陽子の淫魔としての力量は、八人ならば倒せる程度。
     妨害・強化能力に優れており、チョコを食べることによる防御力強化、ほほ笑みによる催眠、甘い吐息による力の軟化……といった攻撃を仕掛けてくる。
    「以上で説明を終了します」
     葉月は地図など必要な物を手渡し、締めくくりへと移行した。
    「本来なら優しく、前向きな女の子。どうか、幸いな結末を。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    長久手・蛇目(憧憬エクストラス・d00465)
    早鞍・清純(全力少年・d01135)
    ンーバルバパヤ・モチモチムール(ニョホホランド固有種・d09511)
    燎・イナリ(於佐賀部狐・d15724)
    七代・エニエ(猫は自ら虚無から抜け出す・d17974)
    菊水・靜(ディエスイレ・d19339)
    綾辻・刻音(ビートリッパー・d22478)
    五六七・八九十(誤字脱字の神様・d23955)

    ■リプレイ

    ●ChocolateGirlの悩み事
     夜へと向けた買い物客で賑わっている、日が陰り始めた頃の商店街。カフェスペースが儲けられているケーキ屋へと、灼滅者たちは向かっていた。
     ケーキ屋の前で悩んでいるだろう高知陽子を救うため。そのための接触を図るため。
     さなかにも長久手・蛇目(憧憬エクストラス・d00465)は殺気を放ち、ケーキ屋の周囲から一般人を遠ざける。
     仲間と協力し、ひと気のない空間を作るのだ。
    「っと、あの子っすね」
    「悩める陽子ちゃんをみんなで助けよっ!」
     蛇目が示す場所、ケーキ屋の前に佇んでいる肉付きの良い女の子を眺め、早鞍・清純(全力少年・d01135)は拳をギュッと握る。
     一方、ンーバルバパヤ・モチモチムール(ニョホホランド固有種・d09511)は驚いた様子で目を見開いた。
    「……チョコ好きなヒトの更生?」
     曰く、チョコ退治すなわちチョコ食べ放題としてやって来た。
    「騙されたヨ!」
     誰も騙してなど居ないのだが、それはさておき。
     灼滅者たいてゃ頷き合い、陽子へと近づいていく。
     甘い香りの漂うこの場所が、闇生まれる場所になってしまわぬよう……。

     一気に話しかけても、きっと混乱させてしまうだけ。
     だから七代・エニエ(猫は自ら虚無から抜け出す・d17974)が先陣を切り、小首を傾げ声をかけた。
    「おねーちゃんどーしたの?」
    「え?」
    「なんだかつらそうなおかおをしているよ」
     子供らしい表情で問いを重ね、陽子の心を引きつける。
     陽子はしばし悩む素振りを見せたが、なんでもないよ……と、力ない笑顔とともに首を横に振る。心配させてごめんねと、ただ小さく頭を下げた。
     エニエは諦めない。まっすぐに、新たな言葉をぶつけていく。
    「えっとね、もしよかったらはなしてみて。そうすれば、少し楽になるかもしれないよ?」
    「……」
     まずは、話を引き出さなければ始まらない。そうしなければ、説得のきっかけすらつかめない。
     再び悩む素振りを見せた後、陽子は小さく頷いた。どことなく自嘲を含んだ身を浮かべながら、エニエに向かって静かに、ゆっくりと語り始めていく。
     チョコが大好きな事、食べ過ぎて太ってしまったこと。なのにまた、食べたいと思ってしまっていること……。
     途中、他の灼滅者たちにも気づいた様子を見せたが、構わず語り続けていた。
     聞いてくれてありがとうと締めくくった時、改めて燎・イナリ(於佐賀部狐・d15724)が言葉を投げかけていく。
    「疲れた時に食べるチョコレートは格別だよな。アタイにも分かるよ、その気持ち」
    「好きな物をやめるなんてどんなに強い人でも出来ないっすよ」
     続けて五六七・八九十(誤字脱字の神様・d23955)が口を開き、言葉を重ねた。
    「だから、一人で考えてもダメなら友達を頼れば良いっすよ」
    「……友達を?」
    「そうっす」
     陽子は少し、やり方を間違えただけ。誰かに一言相談してみれば、きっと気持ちが楽になる。先へと進む方法も見つかるはず。
     何よりも……。
    「貴方の友達は太ったからって人を嫌う様な人達なんすか?」
     友達の多い陽子には、それができるはずなのだから……。
    「……ううん、違う。きっと、嫌う友達なんていない。けど……」
    「……」
     踏み出せぬ理由は臆病か、あるいは羞恥か。
     背中を押すため、ンーバルバパヤが語りかける。
    「ヒトは悩むからより良くなるて聞いたことあるヨ? 問題ごと投げ出したら何時までたっても良くならないヨー?」
     攻めるではなく、ただただ純粋な疑問として。
     返答は求めず、ただただ回答だけを示すため。
    「どうしても辞められないなら一日何個か決めて楽しむと良いヨ!」
    「私的な意見では有るが、好きなものに没頭できる事は素晴らしき事だと思う」
     更なる言葉を伝えるため、菊水・靜(ディエスイレ・d19339)が割り込んだ。
    「痩せている者が脚光を浴びる昨今では有るが、健康的な肉付きはそれだけで魅力と言えるだろう。それに重要なのは外見ではなく、人として有る心持ちであると私は思う。それに対し、貴女はどう思われるのか」
     一般的に、痩せている方が魅力的とされている昨今。しかし、外見だけ心を測れるわけではない。
     行動と態度が、陽子の周囲に人を作る。不意に話しかけたエニエに対しても、丁寧に対応していたように……。
     件のエニエもまた、無邪気な仮面を捨て背中を押すための語りかける。
     胸を張ってチョコが好きだ、たくさん食べたいと言うべきだと。好きなモノを食べて笑顔な陽子が見たい、みんなそう思っているはずだと……。
    「あの、ええと……」
     褒める言葉、アドバイス、クエッション……幾つもの要素を尋ねられ、陽子はやや混乱する様子を見せている。
     されど、先程までとはずいぶん違う。
     顔を上げ、自分なりの結論を出そうと頑張っている。だから……。

     結論へと至るための道標を担うためだろう。蛇目が、どことなくおどけた調子で声を上げた。
    「痩せてることだけが女性の魅力じゃないっす。好きなモノを美味しそうに食べる女の子って、とても魅力的だと思うっすよ」
     自分もチョコレート等甘いものが好きだから、気持ちは分かる。だからこそ伝えられる言葉もあるのだと、更なる言葉を投げかける。
    「だから、一緒に甘いものを食べてくれる人がいたら嬉しいっす。一人で食べるよりもみんなと食べるほうが楽しいっすから!」
    「……」
     告白にも似た、蛇目の言葉。
     視線を下に向けながらも、陽子は静かに口を開いた。
    「こんな、私でもいいの?」
     返答は、状況を静かに見守っていた清純が行った。
    「いいも何も、正直女の子がちょっとぽっちゃりしてようと全然気にしないっていうか、ぽっちゃりしてる方が魅力的というかムッチリ具合がすばらしいというか! 局地的なはなしではなく!! や、ムッチリ女子は正義だって!」
     普通ならば引いてしまうほどの熱意を持って。でなければ伝わらぬと、救えぬとの思いのままに!
    「ただカロリーの摂取し過ぎは健康に心配があるから、低カロリーのものを選んだり、他のものやコトで紛らわせたりしてもいいかも。急に完璧にとかは難しいからちょっとずつ。一人でするより友達と相談したりしてもいいと思うんだ! 俺テスト勉強とか嫌いだけど友達とやるとちょっとだけうまくいく! その繰り返しだと思うんだ」
     アドバイスへと繋げ……ぽっちゃり女子がギャルゲでも人気ジャンルとの言葉は流石に飲み込んで……、改めて陽子の反応を伺った。
     陽子は困ったように目を逸らし、赤くなった頬をかいている。まんざらでもないことは、笑みを滲ませている口元から受け取れた。
    「ええと、その……そんなに褒められたことないから、嬉しいと言うか恥ずかしいというか……うん、ありがとう。そういう人もいるんだよね、うん」
    「……そうね」
     思いぶつけられるままだったからか戸惑いの残る陽子を最後まで導くため、綾辻・刻音(ビートリッパー・d22478)が静かな調子で語りかけていく。
    「実際のトコ、自分の容姿の事ばかり気にして、そこばかりを頑張る人ってどうなの、かな? そんな人と恋人になりたいって陽子さんは思う……? って考えれば、おのずとどうすべきかわかると思う、な」
     改めて放たれた真面目な言葉に、陽子は小さく目を伏せる。けれど、まっすぐに刻音へと向き直り、深く、深く頷いた。
    「そう、だよね。うん、あんまり気にしてても、だめだよね。だから……」
     答えとなる言葉を告げる刹那、陽子の顔が歪んでいく。
     淫魔が顕現するのだと、灼滅者たちは距離を取って身構えた。
     陽子を支配し、顔を上げた淫魔の唇から、言葉が紡がれることはない。
     抗っている証とみなし、灼滅者たちは救うための戦いを始めていく……。

    ●偽りの魅力などいらないから
     誘うような甘い吐息をかわしながら、心を揺るがす微笑みをくぐり抜け、灼滅者たちは淫魔を攻める。
     時に囚われてしまう者がいたとしても、ンーバルバパヤを中心とする支援により万全の体制を取り戻した。
     内に閉ざしたはずの陽子からも抑えられ苛立っていたのだろう。淫魔は落ち着こうというのか、どこからともなく一枚の板チョコレートを取り出して……。
    「させない!」
     すかさず、イナリが矢を放つ。
     不可視の力に弾かれて、叩き落とす事は叶わない。
    「……」
     チョコを食し守りを固めた淫魔を睨みつけ、次なる攻撃の手を考える。相手の行動を制するのは、早々楽なことではない。
     ならば……。
    「そうだね、なら、なくせばいい。アタイの目が黒いうちに、これ以上やらせたりはしないよ!」
     どこかに仕舞ってあるのだろうチョコを溶かせば良いとキツネの形をした影を放つ。
     狐火を宿し突撃させ、炎上を導くことに成功した。
     すかさず八九十が猛追し、まっすぐに黒い杭打ち機を突き出していく。
    「ま、軽い運動って奴っすよ。ね?」
     トリガーを引き淫魔をのけぞらせ、存在のための力を削っていく。
     更にたたみかけんと動くのは、無邪気な子供の仮面をはずした猫、エニエ。
     曰く、チョコ……猫にカカオは禁断の組み合わせ。
     美味しそうであることに違いはない。
     陽子が魅入られ、きっと食べる時に幸せな笑顔を浮かべ……食べ過ぎたとしても必ず退くべき所で止められる。そんな愛おしい友人や家族を得るに至った食べ物なのだから。
     けれど、猫としてのプライドがそれを許さない。
     よだれを垂らしながらもギターを掻き鳴らし、超音痴なロック調のにゃんにゃんリズムで仲間たちの僅かな傷を癒していく。
     受け取りながら、靜は腕を肥大化させて殴りかかった。
    「それでは、こちらの番だ」
     脇腹の辺りへと突き刺して、淫魔のバランスを崩していく。
     直後、背後へと回っていた刻音の拳が背中を捉えた。
     篭手に込めていた霊力にて、淫魔を固く捕縛した。
    「……」
     身悶える淫魔を眺めながら、静かな思いを心のなかに巡らせる。
     外見で悩むなんてくだらない事だと思う。どうせ一枚剥がせば肉と骨、なのだから……と。 
     もっとも、表情無き彼女からはそんな思いなど伺えない。ただただ冷たく淫魔を見据え、更なる攻撃を重ねていく。
     あまり積極的な様子は見せずとも、救うという想いに変わりはないのかもしれない……。

     動けぬ淫魔。
     積み重なっているダメージはあれど、概ね万全な灼滅者たち。
     念のための治療を施すため、ンーバルバパヤは蛇目へと光輪を投げ渡す。
    「もうそろそろだヨ! いっきに決めるヨ!」
    「そうだな。吾輩も攻撃に回ろう」
     エニエはかき鳴らすギターの音を変えて……恐らくは変えたつもりで、激しきビートを動けぬ淫魔に叩きつけた。
     靜は剣を非物質化した上で、斜めに振り下ろしていく。
    「喰ろうて見よ」
     内部へと差し込み、チョコレートの加護によって固められていた守りを打ち砕いた。
     柔らかくなった今こそ決着をつけんと、蛇目が懐の内側へと踏み込んでいく。
    「……」
     反撃として放たれた吐息を息を止めてかわしつつ、影を宿して殴りかかる。
     心に影を注ぎ込まれ硬直した淫魔へと、切っ先を向けるは非物質化させた清純の刃。
    「陽子ちゃん、戻ってこい!」
     横一文字になぎ払い、体をくの字にさせると共に抱きかかえた。
     力の抜けた陽子の体から、伝わってくる優しい鼓動。耳朶をくすぐる吐息こそが救出の証。
     灼滅者たちは陽子を介抱するために、近くのベンチへと移動させていく……。

    ●ChocolateGirlの選ぶ未来
     小さな風にくすぐられ、目覚めた陽子。
     起き上がると共に、灼滅者たちに感謝を述べた。明るく、頑張りながら向き合ってみようと思うと誓いを立てた。
     小さく頷き返した後、八九十が静かな息をはいていく。
    「ふぅ、運動するとお腹が減るっすね」
     ポケットからお菓子を取り出して、封を開けて一口パクリ。
     流れるように陽子へと一つ差し出して、食べましょう、と促すとともに問いかけた。
    「今度チョコの美味しいお店教えてほしいっすよ」
    「あ、それなら……」
     礼と共に受け取りながら、陽子はつい先程まで眺めていたケーキ屋さんを指し示した。
     学生にも手が届く値段で、美味しいチョコレートケーキを出してくれるらしい。
     そんな風に語る陽子、お菓子を食べる陽子……どれも、優しい笑顔に満ちていた。明るい未来を感じさせてくれていた。
    「貴方が刻んでる音、少し変わった、かな……?」
    「えっ?」
     ふと浮かんできた言葉を、時音は静かに口にする。
     それ以上は何も語らない。小首を傾げ問い返されても、ただただ変わらぬ瞳で陽子を見つめるだけ。
     そんな風に優しく、甘い休息の時を過ごした後、イナリが真っ直ぐに手を伸ばした。
    「それじゃ、行こうか」
    「はいっ!」
     休息のさなか、概ねの説明は済んでいる。
     陽子もまた、家族を友達を守るために灼滅者になる道を選んだのだ。
     甘いモノが大好きな、幸せな笑顔を浮かべるぽっちゃり系。灼滅者たちに導かれ進む道が光であると示すかのように、駅へと向かう道もまた夕焼け色の輝きに満ちていた。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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