都内にあるバーのカウンターで、一組の男女がスツールに座っている。
バーテンダーは、毎夜女性が違う男性を連れて来たとしても、黙して語らず、何事もなく接客している。
女性の手には、色鮮やかな液体が満たされたカクテルグラス。
男性の手にあるのは、琥珀の液体が満たされたロックグラス。
「ね、わたしのこと好き?」
男性の顔を覗き込むように、艶めく眼差しを見せる。
緩やかなウェーブが女性の顔の輪郭に寄り添い、柔らかな雰囲気をもたらしている。
「真理、好きだよ」
熟年の男性はそっとカウンターテーブルの上にある真理の手を取った。
「じゃ、あのひとと別れて? わたしだけにして」
「……分かった。真理も、私ひとりだけに定めてくれるだろうか」
理知的ささえ感じさせる男性はやや弱気な表情を浮かべ、ほんの少し真理の手を強く握る。
「それはまだ先。あなたがわたしにどれだけの愛を注いでくれるのか実感出来たら、かしら」
「欲張りだね、真理は」
「ええ、わたし、欲張りな女なの。司さんは欲張りな女ってお嫌い?」
司と呼ばれた男性は、眉を下げひとつ溜息をつく。
「愛に欲張りな真理がどうしようもなく好きで困っているところだよ」
司の言葉に真理は満足げに笑みを浮かべた。
またひとつ愛を手に入れたと。
真理は司と口づけをし、タクシーから降りる。
目の前には真理の住まうマンションのエントランスホールに続く石畳の道。
タクシーの姿が見えなくなったのを確かめると、真理は振り返った。
そこに誰かが居るのが分かっていたのだろう。
「わたしに何か御用かしら?」
植え込みの影から現れたのは、3人の女性。
「用があるからここにいるんでしょう」
「寒い中、ご苦労様とでも言えばいいのかしら」
「人の彼氏を奪わないで! 友和さんを返してよ!」
「一哉さんと別れてよ!」
「弘樹さんとも別れてっ」
出てくるのは、全て違う男性の名前。
「どうして、わたしに文句を言いに来るのかしら。文句を言う相手を間違えておられるのではなくて? 愛を取り戻したいのなら、元の彼氏に文句をお言いなさいな。わたしは、別れて? とお願いしたのは認めるわ。だけど、それを決断したのは彼らだわ」
悪いのは彼らであって、わたしじゃないわと真理は悪びれることなく、言葉を返した。
「わたしは愛に欲張りなの。あなたたちもそうなればいいわ。出来れば、だれけれど」
真理はそう言い捨てると、何も言い返せずに立ち尽くす3人を置き去りにし、エントランスホールへと姿を消したのだった。
「贖罪のオルフェウスというシャドウが、ソウルボードを利用し人間の闇堕ちを助長しています」
斎芳院・晄(高校生エクスブレイン・dn0127)は、集まった灼滅者を見渡すと、話し始める。
贖罪のオルフェウスの目的は、人間の心の中にある罪の意識を奪い、奪った罪の意識を積み重ねさせ、闇堕ちを促進させることのようです。
贖罪の夢を見せられている人物は、真理という名の女性です。
真理さんは、わざと彼女のいる男性に近づき、男性に彼女と別れさせています。
愛を奪い取り、自分に愛を傾けさせることに満足を覚えているのでしょう。
真理さんの略奪行為は、真理さんの勤める会社でも噂されていますが、気にしたそぶりはありません。
勤務時間帯のことではなく、プライベートな時間でのことだからと、眼を瞑っているようですが、元の彼女さんたちが会社に押しかければ、騒動が大きくなります。
そういった未来も近いようです。
女性には嫌悪を、男性からは触れると逃れられない危険な女性だと思われています
真理さんは、毎日違う男性と夜を過ごしていても、必ず自宅のあるマンションへと帰宅します。
警備員が常駐しているタイプのマンションではありません。
扉の鍵は、真理さんが鍵を落としてしまってから、持ち歩くことはやめ、部屋番号の入ったプレートの後ろに忍ばせています。
8階の802号室、栗林真理と書かれています。
皆さんには、真理さんの住まうマンションの自宅へと潜入し、真理さんが眠っている間にソウルボードに入って頂くことになるでしょう。
真理さんが見ている贖罪の夢は、純白の空間が広がる教会で、赤い天鵞絨の敷かれた祭壇に両手を組み、懺悔し、罪を告白しているという内容です。
懺悔している最中を邪魔すると、敵が出現します。
懺悔を邪魔するだけなら、贖罪のオルフェウスの被害者である真理さんが、シャドウのようなダークネスに近い姿形へと変容し、戦うことになります。
戦闘能力はシャドウに匹敵し、今まで犯した罪に相応しい配下を何体か呼び出すことがあります。
このまま戦った場合の結末は、闇堕ちから脱し、これまでと変わらず彼氏持ちの女性から彼を奪い、愛を求めたままになるでしょう。
もし、邪魔をするだけではなく、罪を受け入れるよう説得をすることが出来たなら、真理さんとは別にシャドウのようなダークネスもどきが出現し、戦闘になります。
この場合には、ダークネスもどきの強さはそのまま戦った時よりは弱くなりますが、真理さんを庇いながら戦わなければならなくなります。
夢の中で真理さんがダークネスもどきから攻撃を受ければ、説得をしなかった時の状況と同じようになり、真理さんはダークネスもどきに取り込まれ、シャドウのようなダークネスへと変化します。
シャドウのようなダークネスも、ダークネスもどきも共に能力は、シャドウハンターのサイキックと、咎人の大鎌に似たサイキックを使います。
違うのは強さです。
シャドウのようなダークネスは前のめりに、ダークネスもどきは狙いを定めてきます。
戦いが始まれば、配下の者達も攻撃を仕掛けてきます。
ジンジャーブレッドマンの形をしたものが3体。
愛を奪ってきた数と同じですね。
説得が出来た場合のシャドウもどきの行動ですが、夢をみている真理さんを優先的に攻撃を仕掛けてきます。
この夢の中では、夢を見ている真理を庇おうと思えば、その思いを強く抱いた人が自動的に庇うことができますが、受けるダメージは2倍になってしまうという、夢の中限定の特殊ルールが存在します。
庇い続けることで、夢を見ていた真理さんが生き残ることができれば、罪の意識を抱いたままで目覚めます。
この場合は、罪の意識に苛まれた状態ですから、何らかのフォローが必要かも知れません。
説得することなく戦いになったり、説得失敗し戦いになり、勝利した場合は、悪夢の影響下から脱出することは出来ますが、贖罪した罪の意識は失われたままなので、真理さんの愛を奪う行動は変わらず続くでしょう。
両方とも男女関係に口を出すのは難しい問題ですね。
「どちらの結末も円満にというのは、難しいかもしれませんが、真理さんがダークネスに弄ばれている被害者であるのにかわりありません」
皆さん、よろしくお願いしますと、晄は締めくくった。
参加者 | |
---|---|
神條・エルザ(クリミナルブラック・d01676) |
ゾルタン・トランシルバニア(高校生ダンピール・d02096) |
ナタリア・コルサコヴァ(スネグーラチカ・d13941) |
廣羽・杏理(トリッククレリック・d16834) |
双葉・幸喜(魔法力士セキトリマジカル・d18781) |
久条・統弥(シスコンのダメ生物・d20758) |
湊元・ひかる(コワレモノ・d22533) |
日之森・ジゼル(高校生神薙使い・d24504) |
●マンションの一室にて
肌寒い冬の夜空の下、1人の女性がタクシーから降りてくる。
栗林真理だ。
その前に立ち塞がる様に現れた3人の女性。
帰宅した女性に3人は奪われた恋人を返して欲しいと口にするが、取り合う事はない。
静かな夜に響き渡る罵りの声。冷静に対応する真理の声に怯えは潜んでいない。
手に入れた物は自分の物だと、優越感さえ漂わせ、3人の女性を置き去りにした。
その様子を遠巻きに見守る。
遠い過去の自分を思い起こさせるようで、神條・エルザ(クリミナルブラック・d01676)は自然と眼差しを細めた。
重ねた罪に押し潰されて、贖いの為にしか生きられないのは辛いもの。
今ならまだ間に合うのだ。全てを失う前に、手を差し伸べる事が出来ればと思う。
3人の女性達は暫く悔しさで立ち尽くしていたが、これ以上留まっても出てくる事はないと判断し、沸々と湧き上がってくる衝動を断ち切るように踵をかえし、去っていく。
その頃、真理の部屋の灯りがついた。
湊元・ひかる(コワレモノ・d22533)には、過去も今も自分を導いてくれる人が居る。
真理は自分とは違い、強く逞しい人に見えた。だが、本当にそうなら、ダークネスの思うがまま自分を失わないだろう。
(「…心に隙間、抱えているのですか」)
罪を認識していないからこその行動、後の事を考えない破滅思考だという事。
そこから推理できるのは、真理が人の彼氏を奪う行動に走るようになった背景。
恋愛で手酷い目にあったのだろうか。
ナタリア・コルサコヴァ(スネグーラチカ・d13941)は、真理の愛を求める気持ちに理解を示す。
愛を求め、貪欲になる姿勢には原因があるはずだからと。
(「真理さんは愛を奪われた事があるのかも…。だから、奪わずにいられない」)
そう考えれば、今の行動に理解できた。
真理は容姿は美しいと言えたし、彼女持ちの男性を奪うのも、真理の容姿と行動の結果だろう。真理にはない長所に魅力を感じて、真理の彼氏だった人から奪われたのなら、真理には手に入れようがない。
自身の最大の長所である美貌を振りかざして、奪われた時の心の痛みを忘れ去ろうとしている為なら止めたい。
辛い気持ちも、嬉しい気持ちも含めて恋愛というものだと思うから。
「(愛されたい気持ちは真理さんだけじゃない。皆持っているものだよ)」
夜独特の静けさを破らないよう廣羽・杏理(トリッククレリック・d16834)は、ナタリアの気持ちを引き受けるように小声で言葉を紡ぐ。
互いの眼差しに浮かぶのは、偽りの愛ではなく本当の愛を手に入れてしあわせになって欲しいという気持ち。
「(誰かから奪う行為は、愛から遠ざかってしまう。彼女はそのままでも魅力的な人に違いないんだから、勿体無いですよ)」
「(私もそう思います)」
暫くして、部屋の灯りが消えたのを確かめると、エレベーターに乗り込み8階へ。
日之森・ジゼル(高校生神薙使い・d24504)は、念の為にと旅人の外套を纏っている。
802号室の前。
ゾルタン・トランシルバニア(高校生ダンピール・d02096)が、部屋番号のプレートの後ろに収められている鍵を取り出す。
鍵を手にし、静かに鍵穴へと差し込み、鍵を回した。極力音をたてないよう、ドアノブを静かに動かし、室内へと入っていく。
統弥は一瞬、女性の住まう部屋という事もあって躊躇うが、人助けだと割り切って足を踏み出した。
玄関から続くのは短い廊下。左右にあるのは、浴室と洗面所、向かい合うようにトイレ。
ガラス扉を開けるとハイカウンターと向かい合ってあるのはキッチン。
シンプルに纏められたリビングのテーブルには、包装の解かれていない贈り物の山。綺麗に積み上げてあるのに、中身を確かめても居ない様子に、真理の精神状態が窺い知れた。
(「愛に貪欲な女性か…。でも本当にそれが愛なのかな? 本当に大切な事に気付いてもらいたいな…」)
久条・統弥(シスコンのダメ生物・d20758)は、細いリボンにそっと触れ、物質的な満足ではなく、精神的な満足をもたらしてくれる人に出会えるようにと願いながら、視線を外した。
リビングから繋がる引き戸タイプの部屋が真理の寝室。
遮光カーテンで光を遮られた寝室で、淡い光を発するのはサイドテーブルに乗せられた洋燈型の電灯。ふわりと香っているのは、ラヴェンダーだろうか。アロマディフューザーにもなっているらしかった。セミダブルのベッドはクリーム色に纏められ、羽毛布団のカバーが光を受けて艶やかな色を反射させている。
真理は祈りを捧げるように胸元で指を組み合わせ、表情は今にも涙を流しそうな悲しげだ。夢の中、懺悔をしているのだろう。
「(行きましょう)」
愛用の帽子の淵に指をかけ、ひかるが声をかけた。
返って来る頷きに、ひかるはソウルアクセスを使い、仲間と共にソウルボードへと進入を果たす。
●忘却の罪を暴く
現実世界と、精神世界の境目を越え、目の前に広がる世界に注意を向ける。
純白の空間が広がる教会の室内、入口近くに現れたらしかった。目の前に広がる光景は、赤い天鵞絨の敷かれた祭壇で真理が懺悔する姿。
(「罪を犯している自覚は、あるのでしょうか」)
ひかるは、真理の姿を見て思う。夢の中に閉じ込めて、現実のあなたはまやかしを生きているみたいだと。自分も夢の中に逃げ込みかけた事があるだけに、理解できる気がした。
罪を忘れ去るのは、自分の一部を消し去ること。本当の自分の形を見失わないよう、取り戻す手伝いをしたい。
後悔をしないために。
双葉・幸喜(魔法力士セキトリマジカル・d18781)は、色恋にはまだ興味が向かないのだが、オルフェウスに対しては湧き上がる正義感から、強い怒りを抱いていた。
罪を罪と思わない事は、最大の罪。
それなのに贖罪をさせることで、罪を積み重ねさせていくオルフェウス。
絶対に許すわけにはいかなかった。
真理を説得する事は決めていた。心の琴線に触れる事が出来れば、愛を奪う事に貪欲になったのかが判明するかも知れない。
杏理は穏やかな表情を浮かべ、諭すような落ち着いた声で話しかける。
「そうして罪を捨てながら、ずっと他人から愛を奪っていくつもりですか?」
びくりと背後を振り返った真理は、誰と不審な眼差しを向けてきた。
「奪う事で心が満たされるとして、何故いつもひとりの部屋に戻ってくるんです。奪った誰かと居ても満たされないからでは?」
愛している人となら、一夜を共にする事だってあるだろう。だけど、真理は戻ってくる。
「たとえあなたが奪われる側の人であったって…」
「奪われてなんて!」
真理は認めたくない事実が晒け出されようとしているのに気づいた。
「懺悔している時のあなたは気づいているのではないですか」
無駄な事だと。自分自身も相手も傷つけているのだと。
「もう、やめにしませんか。今は僕らが力になりますよ」
満たされない愛の器に幾ら偽りの愛で満たしたとしても満ちる事はない。
罪深さを知るが故に引っ込みがつかないでいるのなら、なんて哀れなのか。
全てを失ってからでは遅いのだからと、エルザは自身を振り返り乍ら、真摯な眼差しを向けた。
「罪は滅ぼせる。…引き返そう、栗林真理」
「例え一時忘れる事が出来たとしても、いつかはその重みに壊れてしまいます!」
真理の気持ちを引き寄せようと幸喜は良く通る声で訴える。これ以上悲しみを積み重ねて欲しくなかった。
「愛は奪うより育むもの、貴方なら屹度できる筈です」
ナタリアは思う。本当に非道い人なら懺悔などしない。するのは何処かで良心の呵責に苛まれているからだ。だったら、間に合う筈。
「栗林さん、懺悔をするなら教会のカミサマじゃなくて、私達に話してみない?」
恋愛話なら良く聞くし、年齢が離れている方が気軽に話せるでしょ、とジゼルは笑顔を向ける。
罪を意識しているなら、先ず謝るべきは自分に対してではないか。偽っている自分に幸せなんて降ってこない。分かっているのに一歩を踏み出せずにいるのなら、手を差し伸べる事は出来る。
(「ガキが何生意気言ってるのって感じだけどね」)
「本当に誰かを好きになって、一緒に遊んで、そんな日常でも良いんじゃねーか?」
何気ない日常を共に過ごす相手は大切な思い出に変わるのだと、ゾルタンは実感を言葉にする。それが、屹度伝わりやすいと思ったからだ。
「一緒に…」
悲しげな表情を浮かべ、俯きがちなる。
「そ。俺も昔はアレだったけどヨ。今の恋人に出会えて良かったと思ってるぜ。そこに障害が色々とあってもナ」
「愛が欲しいのは、私もそう。皆そう。自信がないから誰かに見ていて欲しいの。愛を欲するの。愛に貪欲なのは恥ずべき事じゃない。だけど、本当に求めてる物じゃないのに手に入れるのは辛い事だわ」
ひかるは自分を助けてくれた人の事を考え、彼の人ならこうするだろうと行動をする。
人を傷つけ自分も傷つく輪廻から抜け出しましょう。あなたの本当にしたいこと、もう一度考えてみませんか、と。
「まだ、取り返しがつくはずだ!」
罪を受け入れ、前に進もうと統弥は手を差し伸べる。
力強さを秘めた腕。
「じゃあ、助けてよ!」
心の底から真理が叫んだ時、真理の影から4つの影が伸びた。
統弥とエルザは真理の腕を掴んで引き寄せる。
ジンジャーブレッドマンの形をしたものが3体、奥にダークネスもどきが現れた。
「未来を革命する力を!」
ナタリアは裂帛の気合いと共にクルセイドソードを抜刀する。隣にあるのは、ビハインドのジェド・マロース。
「今は私達が真理さんの騎士です、絶対に守りますよ」
指一本触れさせないと誓う。
「貴女はずっと前から自分の罪を意識してたよ。それを阻んでいたのはあの化物のせい。これからは自分のこと大事に出来るよ」
あの化物は私達が消し去るからと、ジゼルは安心させる様に笑顔を見せる。
真理はナタリアとジェド、杏理とジゼルに守られ、いざという時は文字通り盾となるのだ。
もどきが人型の影から、大鎌を振りかぶり横薙いだ。無数の刃が前衛にいる皆へと降り注ぐ。
傷つくのを恐れずにナタリアは真理を背後に庇う。
エルザがPSI BLADEを抜き放ち人型を切り裂く。早く倒す事で真理を守るのだ。形が砕けるが全壊とまでは行かない。
(「速攻で倒す!」)
後押しする様に、統弥が鬼槍【天音】で加速する加重を乗せて穿つと、細かく砕けた。
ナタリアは身体を覆うオーラを癒しの力に変換し、ジェドは真理の傍近くから離れずに守りの体勢を維持。
毒薬に変化させたサイキックをノーブルペインから人型へと注ぎ込む。クッキー生地に赤紫の注射跡が生まれた。
バイオレンスギターで力が湧き上がる様な旋律を掻き鳴らし癒す。自分の欠片であるナノナノには、ナタリアに癒しの力を宿したハートをふんわりと当て癒した。
金髪を靡かせ、破邪の力を秘めたクルセイドソードの刃を閃かせダメージを与え、自身に守りの力を宿す。
「はっ!」
相撲力士が突っ張りを放つ様に、幸喜は気合いと共に高純度の力を圧縮発射させた。
鬼神変で片腕を異形巨大化させ、人型に叩き込む。
人型は重いダメージを叩き込んでくるエルザと統弥へと個別に突っ込んで来る。が、背後に向かうよりは良いと、刃で受けた。
もどきが動く。合わせてナタリアが前に出た。傷を受けるも癒しを施せば、まだまだ維持出来ると頷く。
人型は順調に崩されると、背後で狙いを定めていたもどきが露わになる。
一気に数の逆転が起き、手数の集中で回復が追いつくはずもなく、最後は真理を狙う事さえ出来ずに、襤褸布の様に消え去った。
「消えた…」
シャドウもどきが消え去ったのを確かめると、呆然とした真理の声を背に脱出した。
●取り戻した記憶と共に
ソウルボードから現実世界へと戻ってきた。
真理が目を覚ます気配がしたのを感じたゾルタンは、後ろに一歩下がり輪から抜ける。
「男の俺に部屋に長居されるのは、こいつも嫌だろうしな。んじゃ、後は任せたぜ」
そう言ってゾルタンは背向け、玄関へと向かった。
「夢の中で…」
真理は夢の続きなのかと一瞬目を閉じ、再び瞼を開く。
現実なのだと受け入れ、深い溜息をはいた。
助けてくれた人達だと言う事で、部屋にいるという違和感は感じては居ないようだった。
ベッドから上半身を起き上がらせ、自分の罪を思い出す。
「わたしはやり直せるのかしら」
テーブルの上にある贈り物の山を見ながら、呟く。罪を思い出させてくれた人達だから、何か返してくれるのではないかと淡い期待を抱いて。
「人はやり直せます、何度でも。私だって、その途中なんです」
ナタリアは透き通るような青い瞳を細め、真理の手にそっと自身の手を重ねる。
真理の気持ちに寄り添うようになるのは、幸せを求めた過去の自分を重ねてしまうから。
だから、やり直せると知って欲しい。
「男女関係に口を出せるほど経験者じゃありません。だけど、自分の心と向き合えばきっと解決できる…筈です!」
幸喜は恋愛経験値は真理ほどなかったから、アドバイスできる部分で力づけられたらと願う。
自分の心に素直になって前を向いて進めば、屹度大丈夫だと思うから。
「誰かひとりを真剣に愛することが本当の愛。罪の意識があるなら、皆に謝って本気で好きになれる人を探そう?」
罪は罪。謝って許してくれるか分からないが、エンドマークをつけて前に進む為には必要だ。謝るのは勇気のいる事だけれど、統弥はそれができれば吹っ切る事ができるのではないかと考えた。
「ね、また、誰かを愛する事から始めましょうよ」
杏理は柔らかな笑みを浮かべる。
愛するのは、恋愛対象でなくてもいい。
「奪わなくたって、沢山のものを得られること、あなたも知っているでしょう? 明るい挨拶を交わすとか、笑顔でお礼を言うとかね」
ほんの些細な事から始められる。
「そうね、わたしが招いたことだもの。罵られたって、自業自得。そう思ってやるわ」
吹っ切る様に思いを口にする真理。
「やり直せるよう、祈ってます!」
幸喜は意識して明るい声音で言うと、失礼しますと外へと向かう。
必要な言葉は真理に届いているはずだから。
後は真理自身で進むしかない。
順番に真理の部屋を出て行く。
エルザは一番最後だ。
同じように後を追おうとして、振り返り真理の元に戻ってきた。
そして、そっと真理を抱きしめ、囁く。
「お前は私のようにならないでくれ」
手を離すとき、視線が交わった。
瞳に宿る色を真理は感じ取って、頷く。
「ありがとう」
素直に出てきた自分の言葉に驚く真理自身に、エルザは深紅の瞳を細めて、微笑を浮かべた。
大丈夫。
そう確信しながら、マンションを後にしたのだった。
作者:東城エリ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年2月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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