天狗の花嫁

    作者:篁みゆ

    ●村人の信じたもの
     その村の裏手は深い深い山だった。時折、雷鳴の轟く音に似た啼き声が聞こえる。村人たちはそれを天狗の啼き声だとして恐れ、この山は天狗の住まう山だと敬った。
     山へ数分足を踏み入れた所に小さな社を造り、時折食べ物等を供えて祈りを捧げる村人もいた。山に入った子どもが行方不明になった時、「天狗様に攫われた」として親兄弟は大量の供物と引き換えに子どもを返してくださいと願ったものだ。

     その大きな狼は白きの炎のような体毛の足先だけが黒く、まるでブーツを履いているようだ。血の色の瞳が見つめるのは、雨風にさらされてひどく痛んだ社。木製のそれはかつては綺麗に保たれ、供物も供えられていたのだろう。だが時を経るごとにそうした伝承を大切にする人々が減ったのだろうと予測できた。
     狼はひとつ、遠吠えをする。それに応えるように社から姿を表したのは、長い髪を振り乱し、ぼろぼろの着物を纏って片手に鎌を持った女。
    「信じない信じない信じない……あの子は私が護る……」
     じゃらり、女の足元は鎖で繋がれていて、その鎖は社に伸びていた。
     狼はそれを見て、満足気に木々の間へ消えた。
     

    「来てくれてありがとう。また、スサノオによる事件が起ころうとしているんだ。向かってくれるかい?」
     教室を訪れた灼滅者達に、和綴じのノートをめくりながら神童・瀞真(高校生エクスブレイン・dn0069)は告げる。
    「今度はとある村の裏手にある山だよ。その山には昔から天狗が住んでいると言われていてね、昔の村人たちは社を造って祀っていたようだけれど……いつ頃からかその社は放置され始めてね。村人達の平均年齢が上がって修繕に手が回らないというのもあるかも知れないけれど……」
     原因はそれだけではないようだと瀞真は言う。
    「昔、祝言をひかえた村長の娘が社に捧げ物をしに行った後行方不明になってね、いくら待っても、深く踏み込まない程度に山で捜索をしてもその姿が見つからなかったらしいんだ」
     村人たちは天狗様に見初められて花嫁になったんだと噂し、最終的に村長一家も婚約者もそれを信じることにした。光栄なことだ、と。
    「けれども二年と少し経過した後、ふらっとその娘が戻ってきたんだ。だけれども娘は一人じゃなかった。髪色の違う赤子を抱えていたんだ」
     命からがら逃げ出してきたと思しき娘を、村長を始めとした村人たちは受け入れなかった。天狗の報復を恐れたのかもしれない、髪色の違う『天狗の子ども』を恐れたのかもしれない。
    「酷い扱いを受けた娘は追い出されるように山に入り、社に身を潜めることにした。もう誰も信じない、この子は私が守ってみせる――そう決意した彼女は子どもを社内に寝かせ、誰かが忘れていった鎌を手にした」
     近寄る者は皆、敵だ。女が最初に手をかけたのは、姉を心配してこっそり社を訪れた実の妹だったとか……。
    「社にいる自分達に近づく者達は皆、敵だ。子どもは自分が守ってみせる、そんな気持ちを抱いた天狗の花嫁が、古の畏れとして生み出されてしまったんだよ」
     村の老人たちはあまり近寄らないが、村に数人いる子ども達はこの社を秘密基地のように遊び場にしているという。天狗の花嫁が顕現した今、子ども達が被害に合う可能性は高い。
    「幸い子ども達が学校に行っている時間に到着できるから、後から人が来ないような人払いを行えれば、一般人が被害に合うことはないだろうね」
     天狗の花嫁は『咎人の大鎌』のサイキック相当の攻撃と、『ヴェノムゲイル』相当の攻撃をしてくるようだ。
    「ちなみに山へ入るには村の中を通りすぎなければいけないんだ。普段観光客なんて訪れない場所だから、村人に見つかったら珍しがられてつかまって話し相手にされるか、警戒されるかどっちかだと思うよ」
     対策を考えておいたほうがいいだろう。
    「天狗の花嫁は妹を手に掛けた数日後、村人総出で退治されたらしい。村人側にも被害者は出たというけれど……。その時、社内の赤子はすでに冷たくなっていたらしいよ。何かを護るために何かを排除するのは当然のことかもしれないけれど……少し悲しいよね」
     悲しそうに笑んだ瀞真はパタンとノートを閉じて。
    「最後に、この事件を起こしたスサノオのことだけど……申し訳ないけど前回同様、ブレイズゲートのように予知がしにくい状況なんだ。けれども引き起こされた事件をひとつひとつ解決していけば、必ず事件の元凶のスサノオに繋がっていくはずだよ」
     まずは目の前の事件に専念して欲しい、そう告げると瀞真は頼むね、と頷いてみせた。


    参加者
    蓮咲・煉(錆色アプフェル・d04035)
    織元・麗音(ブラッディローズ・d05636)
    倉澤・紫苑(返り咲きのハートビート・d10392)
    樹・由乃(温故知森・d12219)
    水城・恭太朗(らくだ・d13442)
    鬼神楽・神羅(鬼祀りて鬼討つ・d14965)
    野乃・御伽(アクロファイア・d15646)
    日凪・真弓(戦巫女・d16325)

    ■リプレイ

    ●小さな村
     山を背にした小さな村に至る道は、車一台がやっと通れるほどのものだった。時間は午後。勿論まだ日は沈んでいないというのに、人とすれ違うこともない。村の人々は出来る限り村の外へ出るのを避けているのだろうか。村人達の高齢化を考えるならば、それも致し方ないことのように思える。
    「いやぁ、こういう偏狭の村の伝承とかわくわくするよね。土着信仰の名残があったりね。オカルト心をくすぐるね!」
     うきうきと先頭を行くのは水城・恭太朗(らくだ・d13442)。できることならば村人に詳しく話を聞いて、村を調べて回りたいくらいだ。
    「山! 森! 草神様の領域!」
     樹・由乃(温故知森・d12219)もまた、別の意味で意気揚々と足を進めている者の一人だ。今回の目的は天狗の花嫁ではあるが、山の中森の中、それは彼女の愛する草神様の領域なのだ。
    「当時の風習を考えると仕方が無いのかしれませんが、聊か悲しすぎる話ではありますね」
    「ああ。元々悲しい言い伝えでは有るが、それが現実に害を為すとすれば本当に悲し過ぎる」
     舗装されていない道をゆっくりと歩みながら日凪・真弓(戦巫女・d16325)が零した思いに鬼神楽・神羅(鬼祀りて鬼討つ・d14965)も悲しげに顔を歪めて言葉を紡ぐ。
    「過去そのような事があったから閉鎖的な村なのでしょうかね?」
     誰に問うでもなく口に出した織元・麗音(ブラッディローズ・d05636)。だが本音としては、まあ悲しい事件もどうでも良い。相手が強いのならば、それだけで十分。
    (「自分とは異なるものを拒む事、淘汰する事。そんな事は何処にでもあって」)
     最後尾を歩きながら、蓮咲・煉(錆色アプフェル・d04035)は心の中で呟いて。
    (「昔の村人の恐れも、分からなくは、ない」)
     異なるものを排除することで平和を保ってきたのならば……今と違い情報を手に入れることが容易ではなかった時代ならば、未知のものを受け入れるということはかなり難しかったに違いない。
    「その後、その親子はキチンと供養されてるんだろうか」
     恭太朗の言葉に一同に沈黙が降りる。社が傷んでいて子ども達の秘密基地になっている時点で怪しい。
    「悲しいお話だけど、相手はあくまで古の畏れだもんね。元ネタになった本人が相手だとちょっと躊躇しちゃいそうだけど」
     その沈黙を破るように告げた倉澤・紫苑(返り咲きのハートビート・d10392)の意見に数人が頷くことで空気がほぐれ、前向きなものとなる。一般人に被害を及ぼす恐れがあるだけでなく、安らかではないかもしれないが眠っているはずの天狗の花嫁を冒涜するような所業。そのままにして置けるはずがないと思い募る。
    「そろそろ用意しとくか」
     野乃・御伽(アクロファイア・d15646)が旅人の外套を纏う。倣うように煉、麗音が外套を纏い、神羅と真弓は闇を纏う。猫に変身した恭太朗は初めての猫変身に興奮気味で、走ったり自分の尻尾を追いかけてみたりしている。
     残りの二人、由乃と紫苑は植物調査に来た学生を装うべく、それらしい格好にスケッチブックとカメラといういでたちだ。
     一般人から姿を隠した仲間達が先導するように村へと足を踏み入れる。次いで猫姿の恭太朗がふらりと。少し間を置いて、由乃と紫苑。
     村の入口には村人はおらず、見咎められることなく入ることが出来た。古い木造の建物が多く、奥の方には畑らしきものも見えた。前方に広がっている山へと向かう最短ルートを視線で確認し、由乃と紫苑は頷きあった。
    「あらまあ、どこからきなさったね?」
    「珍しいなぁ、ここに見知らぬ人が来るなんて」
    「それもこんな若いお嬢さんだ」
     通らなければいけないルートにある民家の前。日当たりの良いそこには数人のおばあさん達が集まっていた。こうして集まって喋るのが日課なのかもしれない。目ざとく二人を見つけた者が声を上げると、次々に視線が二人を捉えた。
    「何しに来たね?」
    「一緒にお茶でものまんかね?」
     向けられた視線は敵意のあるものではなかった。むしろ若い子と話をしたい、そんな様子である。
    「こんにちは。私達は山に生えてる植物とか、そこにいる虫とか動物を調べてるんです」
    「ほー。こんな山に面白いもんがいるかね?」
    「都会から来なすったお嬢さん達には珍しいんじゃねーか?」
     紫苑が礼儀正しく挨拶をして告げると、おばあさん達はまじまじと二人を見つめる。視線は不躾だが、悪気はないようだ。
    「植物はスケッチが中心で、鳥とか動きまわる動物とかはカメラで撮るんですよ」
    「ほうほう、ここまで来るのにつかれたじゃろ? 山は逃げはしねぇから、少し休んだらどうだい?」
     予め用意しておいた数枚のスケッチを見せる紫苑。おばあさん達は悪気はないのだろう、むしろ好意なのだろう。美味しい野菜が、お菓子が、ジュースがあった、などと席を立って家に取りに戻ろうとする。久々の客をもてなしたい一心であるのはわかるのだが、残念ながら付き合っている暇はなくて。
    「お気持ちはありがたいんですが、課題なんです。単位がかかってるんです。一刻もはやく戻って提出しないと……!」
     由乃の鬼気迫る演技におばあさん達は寂しそうな表情を見せる。少しばかり心が痛まなくもないが、仕方がないのだ……!
    「あ、日が暮れる前に帰らないといけないんで、もう行きますね」
    「学生さん達も大変だねぇ」
    「ならこれ持って行きな」
     二人の急いでいる様子に引き止めても無駄だと感じたのか、しゅんとした様子を見せるもおばあさん達は皆でつまんでいた干し柿や梅干しをささっと包んで持たせてくれた。
    「ありがとうございます」
     ぺこりと頭を下げ、小走りで山へと向かう。姿を隠している仲間達もほっとした様子で歩き出した。万が一の時は殺界形成を使いながら村を走り抜ける案や魂鎮めの風で村人達を眠らせる案もあったが、円満に通り抜けられるに越したことはない。
    「無事に通り抜けられてよかったな」
     山に入った所で誰も追いかけていないことを確認しながら御伽が息をつく。恭太朗は二人がおばあさん達につかまっている間にするりと通り抜けてきて、山に入った所で人の姿に戻っていた。
    「もう少ししつこければ殺界形成の出番になっていたかもしれませんね」
    「うん、そうね……」
     由乃に声を掛けられた紫苑だったが、少し様子がおかしい。
    「どうかした?」
     煉の心配そうな声に紫苑はあのね、と少し口ごもって。先ほど万が一の時にすぐに発動できるようにと殺界形成の用意をしようとしたのだが。
    「ごめん、殺界形成、持ってくるの忘れたみたい」
     間違えて紫苑が持ってきたのはキノコグルメ。人払いには、使えそうにない。
    「大丈夫ですよ。サウンドシャッターで戦闘音は遮断できますし、万が一一般人が近づいてきた場合、魂鎮めの風で眠らせるようにしますから」
    「私も気にかけておくね」
     後衛を務める予定の真弓と煉の申し出に、紫苑は頷く。幸い今回は一般人の避難がメインではない。社に近づく者はいたとしても夕方以降。イレギュラーが発生した場合、対処にあたってくれる仲間もいる。
    「拙者も、もしもの場合は一般人を庇えるように注意しておこう」
     神羅の言葉も力強い。あまり気にするなと声を掛けてくれる仲間達が暖かかった。

    ●天狗の花嫁
     全員で足並みそろえて少し歩く。すると開けた場所に古びた社があった。由乃が素早くサウンドシャッターを使った。
    「あれが……せめて悲劇は物語の中だけで留めると致そう」
     社を護るように立つのは、長い髪を振り乱したボロボロの着物姿の女性。錆びついた鎌が鈍く輝く。神羅は自らの意志を確認するように頷き、武器を手に取る。
    「草神様の仰せのままに」
     由乃も他の仲間達も、倣うようにカードの封印を解いていく。
    「楽しませてもらいますね?」
     麗音の長い髪とドレスの裾が、風に揺れた。
    「あの子は……あの子は……」
     恨みに掠れた花嫁の呟き。虚空から出現した無数の刃が前衛を切り刻みにかかる。
    「行くよ!」
     刃で受けた傷はまだ軽い。恭太朗は『世界樹の紋章』を振り上げて思い切り殴りかかる。気を引きつけることができれば、中衛や後衛が狙われづらくなるはずだ。
    「かわいそうな話だとは思うけど、そういう問題じゃないのよね」
     素早く接敵した紫苑が振り下ろすロッドから、大量の魔力が流れ込み、花嫁を蹂躙する。煉が展開した夜霧は前衛を包み込み、傷を癒やすとともにその正体を曖昧にする。
    「たとえ受け入れられなくても、話くらい……聞いてくれてもいいのにね。それが、帰る場所だと思ってた人達からなら、尚更……」
     瞳は哀れな花嫁に向け、呟くのは同情にも似た言葉。けれどもすぐに、軽く頭を振った煉。
    「……そんな感傷、今更か。こうして武器向けてんだし」
     どんなに言葉を紡いでも、目の前の花嫁にとって自分達は害意を持つ者。武器を向けている以上、言い訳も誤魔化しもできない。
    「天狗に由縁のある力であろうと、簡単には抜かせぬよ」
     神羅が前衛の前に広げた盾は、仲間達を守りぬこうという意志の証。
    「母は子を守るためなら何でもしますからね。例え人に忌子と言われようが……いや、言われれば言われるほど強く守ろうと思う」
     花嫁の死角に回り込んだ由乃は情け容赦なく、深い斬撃を与えて。飛び退って彼我の距離を空けた後も、視線はしっかりと痛みに呻く花嫁を捉えている。
    「その思い、踏みつけたくはありませんが、こういう形になった以上手を抜く訳にはいきません。殴り抜かせて頂きます」
     それが、唯一の方法であるならば。
    「ふふ、貴方のお相手は私ですよ?」
     もっと楽しませてくださいね、と言外に込めた麗音は花嫁の懐に飛び込み、躊躇いなく杭を打ち込む。大振りのその動きは隙があるように見えるがその実、麗音の殺気が隙を埋め尽くしている。ひらり、舞う長い髪と裾は一瞬を長く感じさせた。
    「日凪真弓……参ります…!」
     花嫁に接近した真弓の着物の袖が風を孕んで舞う。花嫁が反応できぬほど速い動きと正確な斬撃は、常よりも深い傷を与えることとなった。
    「アンタが悪かったわけじゃねぇ。一人で戦うツラさもあっただろ」
     雷を纏った拳。光がパチパチと弾けるようだ。御伽は素早く、花嫁の懐に入り、拳を振り上げる。
     ぐももった呻き声とともに一瞬浮いた花嫁の身体が地面へと落ちる。
    「けどワリィな。このまま見過ごす訳にはいかねぇんだ」
     起き上がろうとする花嫁を見つめる瞳は静かだ。
    「護る護る護る――」
     壊れたように繰り返す花嫁が鎌を振りかぶり、恭太朗へと襲いかかる。自らが狙われるようにと動いていた彼の反応は素早い。癒しの力に転換したオーラで、自らの傷を癒やし穢れを取り除く。紫苑は花嫁が灼滅者達と距離を取る前に攻撃を仕掛けた。高速回転する杭を胸元に受けた花嫁の悲鳴が耳に痛い。悲鳴が消えぬ内に煉が雷を宿した拳で殴りつけた。体勢を崩した花嫁を上から見つめて。
    「……謝ったりしないよ。こっちは村の人守るから。本気で刻み込んで来て。あんたと子供が、確かにいたって事を」
     私達が覚えておくから――言外の想いは花嫁に届くだろうか。
    「一手、仕る!」
     今は回復に回る必要がないと判断した神羅は槍を手に、畳み掛けるように体勢を戻せない花嫁に迫る。捻りを加えた槍撃が追い打ちとなって、花嫁を地に横たわらせた。それを好機と捉え、由乃は自らの魔力を叩き込んだ。びくん、と花嫁が大きく痙攣した。
    「まだまだ倒れるには早いですよ?」
     麗音の剣による攻撃は花嫁に傷跡を残さない。だが、確実にダメージは蓄積させて。真弓の殴打と共に放たれた霊力の網は、花嫁を締め上げていく。それでも花嫁は、立ち上がる。
    (「母は強し……ってか」)
     子どもを護るために何度でも立ち上がるその姿を見て、御伽の脳裏には父親が死んでから、女手一つで自分達兄妹を守っている母親の姿が浮かんだ。
    (「子供を守りたいって気持ちは、母親として当然だよな」)
     複雑な思いはある。だが今は集中しなくては、自分で自分を戒めて、影を放つ。
    「行くぞ、仕留めろ」
     走る影は黒き豹の形を取り、花嫁を苛む。
     それでも、それでも。彼女は倒れない。

    ●おやすみ
     ガツッ!
     花嫁が振り下ろした鎌を、麗音は剣で受け止めた。先ほどは一撃を食らってしまったが、今回の攻撃は先ほどのよりも鈍く見えた。
    「なかなか楽しめましたよ。そろそろ終わりにしましょうね」
     身を翻らせて剣で刻む。紫苑が後を追い、真弓が斬撃を与え、そっと囁く。
    「どうか、ゆっくりお休みください……」
    「せめて派手に逝きな。俺達が送ってやるからよ」
     紅蓮の炎纏わせた武器を構え、御伽は花嫁に迫る。
     願わくばこの炎が、彼女にとっての送り火となるように。
     山に響き渡りそうなほどの後を引く悲鳴を残して、花嫁は、消えた。

    「今の世なら天狗の子供もごまんとおりますのに」
     昔、異人を鬼や天狗と呼んで恐れたこともあったという。今の時代ならば、昔の人が恐れた『天狗』も沢山この国にいるのだ。
    「もう少し遅く生まれていたらよかったですね」
     語りかけるように、由乃は言葉を零した。
    「実態無き伝承に言うのもおかしいが……いつか一連のスサノオの事件を止める事で供養としたいものであるな」
     社の回りを綺麗にする煉や真弓、紫苑を手伝った神羅は、煉が花を供えるのを見て手を合わせながら呟く。
    「お疲れさん。俺はちょい散策して帰るんでこれで」
     片付けが終わるのを見届けた御伽は、ひらり手を振って山歩きを始める。
    「何をしているんですか?」
    「いや、子供たちが秘密基地にしてるっていうし何かおもちゃとか変な本とか置いてないかなーっと」
     社の中を覗いている恭太朗に麗音が声をかけると、楽しそうな声が返ってきた。
    「おおー、最近の子どもはこんなもん置いてるのかー」
     漫画雑誌や流行りのカードゲームのカード、お菓子の袋。そんな中に水鉄砲や竹とんぼ、ビー玉を入れた缶などがあって、村の老人達が子ども達に教えている様子が想像できた。
    「うーん、このままじゃこれ、危ないな」
     元々ちょっとアップグレードしておいてやろうと考えていた恭太朗は、傷んだ板や壊れた留め金、錆びたトタンなどを見て眉をひそめる。村の大人達の手が回らぬのなら、危険を排除してやるくらいいいだろう、そう考えて今、出来るだけの処置をしていった。

     天狗の花嫁が子どもを守ろうとした社は、今は村の子ども達の秘密基地になっている。
     子どもを守りたいという花嫁の思いが社に宿っているとしたら、ここで遊ぶ子ども達をも守ってくれるだろう。
     灼滅者達はそんな思いをも抱えながら、山を後にした。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 2
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