旋風の飢狼は、畏れとなりて

    作者:波多野志郎

     石段を、一体の獣が駆け上がっていく。しなやかな、躍動感に満ちたオオカミのフォルム。風になびく白い毛並みと青く鮮やかな燃える炎のようなオーラは、自然の生物には存在しない美しさを宿していた。
     スサノオ――そう呼ばれる超常の獣は、一息に石段を駆け上がると鳥居を駆け抜ける。そこは、小さな神社だ。境内をその視線で見渡した後、ゆっくりとスサノオは歩き、咆哮を轟かせた。
    『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     その咆哮に応えるように、スサノオの眼前に旋風が巻き起こる。ゴォ!! と吹き荒れた風は内側から爆ぜ、そこに一匹の狼が姿を現わした。
    『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
     スサノオよりも一回り大きい巨体。灰色の毛並みに、飢えに満ちた凶悪な輝きを瞳に宿した猛獣だ。一度、二度、荒々しい息と共に地面を蹴るその餓狼の姿を一瞥すると、スサノオはその場から駆け出した。
     残ったのは、餓狼だ。その後ろ足に繋がった鎖を鳴らしながら、餓狼は遠吠えを上げた……。

    「本当、スサノオが何のためにこんな真似をしてるんだか……」
     ため息を一つ、意識を切り替えて湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は語り始める。
    「またスサノオにより、古の畏れが生み出された場所が判明したんすよ」
     そこは、今は月頭に近隣の村人が参る程度の神社だ。ここは、かつてその山にいたという人食い狼の伝承が残っている場所だった。
    「夜、突然山から下りてきては人を襲う餓狼の伝承っす。妖怪だとか、山の神だとか、そこの伝承はかなりあやふや何すけどね? 今でも、山から下りて来ないようにと毎月一日にお供えをする風習が残っているらしいっす」
     その伝承のオチは、そのようにお供えをするようになったら餓狼は人を襲わなくなり、周辺の田畑が豊作になるようになった、というよくあるものなのだが。問題は、あやふやな伝承の部分でも「人を襲って食う」という部分が共通している事だ。
    「本当、その通りになるっす。お供えを持ってきた村人達を食うんすよ。何としても、その前に対処しないといけないっす」
     古の畏れと出会うのは、簡単だ。その神社の境内に、ずっといるからだ。普段は村人達も近寄らない神社だ、昼間に挑んでも問題ない。
    「ただ、不意打ちは出来ないっす。拓けた場所っすからね。敵は一体、風を使って広範囲に攻撃して来るっす。ただの狼と、侮れば大変な事になるっす」
     境内は、ただ広い。戦う分には好条件だが、逆を言えば相手も全力で襲い掛かってくると言う事だ。こちらの優位な点は、数の有利だ。それを活かすための戦術がなければ、痛い目を見るのはこっちとなるだろう。
    「ま、例のごとくスサノオの行方は、ブレイズゲートと同様に予知がしにくい状況っす。なんで、まずは目の前の事件に集中して欲しいっす……きっと、この積み重ねがスナノオに届く鍵になるはずっすから」
     よろしくお願いするっす、と翠織は一礼、締めくくった。


    参加者
    蒔絵・智(黒葬舞華・d00227)
    龍海・柊夜(牙ヲ折ル者・d01176)
    神宮寺・刹那(狼狐・d14143)
    鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)
    ヴィンツェンツ・アルファー(ファントムペイン外付け・d21004)
    佐倉・結希(ファントムブレイズ・d21733)
    エドヴァルド・エイジェルステット(高校生シャドウハンター・d23793)
    ブリジット・カンパネルラ(弾丸少女・d24187)

    ■リプレイ


    「狼が人を襲うって伝承。いろんなところにあるよね! 私の地元もぽつぽつあったけど、こういう場所だと雰囲気でるなぁ」
     神社へと向かう石段を登りながら、ブリジット・カンパネルラ(弾丸少女・d24187)がしみじみと呟いた。
     深い自然の中、それにそっと紛れ込むようにその石段は、鳥居はある。冬だと言うのにどこか命の息吹を感じずにはいられないそんな自然が、その奥に『何か』がいてもおかしくはない……そんな気にさせた。
    「神社と言うのは神様を祀る場所と聞きました。若しかして、災いを起こさないようその狼を祀っていたのでしょうか?」
     外国人であるエドヴァルド・エイジェルステット(高校生シャドウハンター・d23793)は、そうこぼす。何も、異国の特別な風習ではない。世界の各地で自然の中に神を見いだす宗教は存在している――それでも、日本のそれは中々に興味深かった。
    「スサノオのオオカミが呼び覚ました相手もまた古の畏れのオオカミとはな、何とも笑えない話だぜ」
     鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)の呟きに、ヴィンツェンツ・アルファー(ファントムペイン外付け・d21004)は空中に指を滑らし文字を書きながら言う。
    「狼って大神、オオカミだったんだ。狼信仰の事とか初めて知った。自然の中の飢えた狼とかはかっこいいって思うけど、神様のお使いがお供えを持ってきた人を襲っちゃうとか、困るよね」
     石段を百段を数えた辺りだろう、苔の生えた鳥居を見上げて神宮寺・刹那(狼狐・d14143)は呟いた。
    「スサノオが起こす畏れとの戦い、楽しみですね。しかし人を喰う狼の畏れですか、灼滅しにきて逆に喰われないようにしませんとね」
     戦いに心躍らせながらも、命のやり取りに気合いを入れる刹那は鳥居をくぐる。そして、そこにその獣の姿を見た。
    「うわ、大っきいなぁ、カッコいいなぁ……って見とれてる場合じゃないですよね……!」
     その姿に見惚れかけた佐倉・結希(ファントムブレイズ・d21733)が、表情を引き締める。だが、確かにそれは心奪われそうなほど美しい姿だった。
     冬の陽だまり、境内の中心にその獣はいた。灰色の毛並みは日の光に淡く輝き、その狼のフォルムはしなやかで獣特有の躍動感に満ちている。生命の美しさを古の畏れから感じるのは、何かの皮肉だろうか?
    「……奴さんかなりご機嫌ななめみたいだけど食べられるのはノーセンキューで」
     ブリジットが言った通り、狼のその視線には明らかな殺意――あるいは、飢えがあった。殺される、ではなく、食われる。その感覚は、人間にとってあまりにも馴染みのないものだ。エドヴァルドは眼鏡を外し、胸ポケットにしまいながら言った。
    「どうやら、向こうも既にその気のようですね」
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     ドォ!! と、餓狼を中心に、旋風が巻き起こる。その風を真っ向から見やり、龍海・柊夜(牙ヲ折ル者・d01176)は言い捨てた。
    「さぁ、始めましょうか?」
    「それじゃあひとつ、気合い入れてやらせてもらうよ! リリース!」
     蒔絵・智(黒葬舞華・d00227)が、スレイヤーカードからリィンカーネーションを引き抜く。身構える灼滅者達へ、餓狼が行なった事はただ一つだ。
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     ゴォ! と巻き上がった旋風が、灼滅者達を容赦なく飲み込んだ。


     その旋風が全てを飲み込み圧し潰す、冬の嵐だ。その風を受ければ身は引き裂かれ、肉片になるしかない――だが、餓狼がその構えを解く事はなかった。
    「野生に油断はありませんか」
     その呟きと共に、音もなく広がった夜霧が旋風に触れた瞬間、内側から爆ぜた。解体ナイフを掲げた、エドヴァルドの夜霧隠れだ。
    「頼んだよ」
     風に紛れるように魔力の霧を展開したヴィンツェンツに、ビハインドのエスツェットがうなずきを返して駆け込む。その刃が、灰色の毛並みを深く切り裂いた。だが、構わず餓狼は頭から体当たり、大きくエスツェットを後方へ飛ばす。
    「真正面からとなると、さすがに油断ならないな」
     脇差がWOKシールドを掲げた直後、ヴン! とそのシールドが広域展開された。飢狼の力は見た、だからこそ下準備こそ重要だと強く感じたのだ。
    「すごく大きな狼だけど、みんなと一緒だから怖くない!」
     一足で一気に踏み込んだ結希が、その拳を振りかぶる。バチン、と放電光をまとわせたその拳が、餓狼の顎を強打した。
    『グル――!』
     だが、拳は頭上へと振り抜けない。踏ん張った餓狼の頭は、びくともしなかった。
    「っと!」
     邪魔だ、とばかり振り下ろされた脚に、結希は横へ跳ぶ。その飢えた瞳から視線を反らしていれば、読み切れずに踏み潰されていただろう。
    「咲き乱れろ! 私のビート!!」
     そこへ、ブリジットがかき鳴らしたバイオレンスギターの音色が響き渡る。その振動に餓狼が踏ん張った、その直後だ。
    「その大きさでは、死角も大きいな」
     餓狼の足元、そこへ身を低く潜り込んだ柊夜が下段からTraitorを振り上げる。そのティアーズリッパーの斬撃に、餓狼が反応しようとした瞬間――智が踏み込んだ。
    「さあ、消し炭にしてやるからねえ!」
     ボォ! とリィンカーネーションが劫火に包まれる。智が燃える刃を突き立てたのと同時、餓狼が石畳を蹴った。レーヴァテインの切っ先が肉に刺さる前に、自ら動いたのだ。
    「伝承から生まれた畏れよ、傷つけあい傷つきあい思う存分殺しあいましょう」
     その真正面に立ち塞がった刹那が、バベルブレイカーを構えた。餓狼がその牙を剥く、そこへ刹那は炎を宿したバベルブレイカーを叩き込む!
     ガギン! と杭と牙が火の粉を散らせる。横へ身を捻り、転がるように体勢を入れ替えた餓狼に、刹那も横へ跳んだ。
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!』
     餓狼が、着地した瞬間だ。その咆哮は大気を震撼させ、それはやがてドン! という振動波となって灼滅者達を襲った。
    「随分と、荒々しいですね」
    「自然の驚異、その形なんだろうね」
     構え直す柊夜に、ヴィンツェンツはそうこぼす。今よりも、自然が身近だった時代だ。その頃の人間にとって、餓狼の存在はただしく天災に等しかったのだろう。
     それは、この自然と合わさってこのような畏れとなった――ヴィンツェンツにとって、目の前の餓狼の美しさから感じるのは畏怖であり、また畏敬だった。
     餓狼が、地面を蹴る。それを真っ向から、灼滅者達は迎え撃った。


     大型の肉食獣が間近を疾走する、その感覚に刹那は小さく呟く。
    「畏れとは言え見た目は狼……やはり毛はモフッとするのでしょうか」
     触れられそうな程近くありながら、実際に触れて確かめるのは困難だ。刹那が振りかぶったバベルブレイカーを叩き付ける――その回転する杭が肉に突き刺さった瞬間、刹那の足が宙に浮いた。構わずに、餓狼が加速したからだ。
    「おっと、させないよ」
     エスツェットの霊障波が餓狼を打った直後、ヴィンツェンツの影が餓狼の後ろ足に絡み付く。餓狼の速度が落ちたその瞬間、刹那は餓狼を蹴りつけ、足場にして後退した。
    「その四肢を、蝕む……!」
     そして、滑るように懐に潜り込んだ智が、リィンカーネーションを縦横無尽に振るう。餓狼は四本の脚を切り裂かれ、ガクンと大きく体勢を崩した。そこへ、フリュスケータをかざした柊夜の制約の弾丸が、命中する!
    「――駄目か」
     すかさず、柊夜は身を低く構える。直後、餓狼を中心に吹き荒れた旋風が灼滅者達へと放たれた。
    「ありがとうございます」
     餓狼の烈風から脇差に庇われ、結希が礼を告げる。目の前の背中は、振り返らずにぶっきらぼうに言った。
    「大した傷じゃない、これが俺の仕事だ気にするな」
    「ぶんぶん回すよ。受け取ってね!」
     脇差へ、ブリジットが小光輪を投げ放つ。その周囲に浮かぶ護りを一瞥して、脇差は言ってのけた。
    「まだまだ序の口、本番はここからだ」
     黒革ライダースジャケット姿の脇差が、餓狼へと駆け込む。片時雨を手に挑みかかった脇差が大上段からの斬撃を放った瞬間、餓狼は大きく跳躍した。その巨体からは想像も出来ない敏捷性――しかし、空を切った片時雨を引き戻し、脇差はニヤリと笑う。
    「だが、空中では方向転換出来まい?」
    「ええ、ですね」
     答えたのは餓狼ではなく、エドヴァルドだ。餓狼が着地の瞬間、タイミングを合わせて植物や花が飾る槍をエドヴァルドは頭上から振り下ろした。
    『ガ、ア!?』
     ドン! と着地と同時、餓狼に巨大な氷柱が突き刺さる。グラリ、と体勢を崩した餓狼へ、結希がClose with Talesを肩に背負うように疾走。
    「がおーん! ……ってねー」
     ザン! と全体重を乗せた結希の大上段の斬撃が餓狼を大きく斬り裂いた。
    (「鎖で土地と繋がれているのはこことの因果が強いからでしょうか」)
     激闘の最中も、エドヴァルドの視線は餓狼の脚に繋がった鎖に注がれていた。見ただけでは、その鎖が何なのかは判別出来ない。しかし、そこに深い意味があるのではないか? エドヴァルドは、そう思わずにはいられなかった。
    「伝説と一戦交える、なんて、そうそうあることじゃないからね」
     智は、そう笑う。智だけではない、ある者は畏敬を、ある者はその実力に感嘆を。怒りや憎しみではなく、ただ圧倒的な餓狼の躍動を灼滅者達は受け入れていた。
    「受け止めます!」
     自分を襲う餓狼の爪に、結希はその場から動かない。ただ、その足元から伸びた影が、自分に振り下ろされるはずだった爪を絡め取る!
     相殺した直後、結希は右手を振り払う。ヴン! と、餓狼の巨体が影に引っ張られ、境内を轟音を立てて転がった。
    「チャンス!」
     そこへ、ブリジットがすかさず自分の影を重ねる。二重に脚を抑え込む影を、餓狼は食い破ろうとするが、それを新たな影が阻止する――智の足元から羽ばたいた、大量の影の蝶だ。
    「行きな……そして、喰らえ!」
     影の蝶は群れとなり、餓狼の巨体を覆い尽くす。餓狼が転がるようにそこから抜け出した、その時だ。
    「ここ、ですね」
     餓狼の口へ、エドヴァルドが針に糸を通すような正確さで螺旋を描く槍を叩き込む! ギイイイイイン! と、餓狼は食いしばる事で文字通り食い止めようとしたが、間に合わない。
    『ガ、アアアアアアアアアアア!!』
     餓狼が、転がる。転がりながら絶妙な体捌きで立ち上がる餓狼へ、エスツェットが舞うような動きで斬撃を繰り出した。それを餓狼は爪で受け止める――しかし、エスツェットの背後から入れ替わるようにヴィンツェンツが踏み込んだ。
    「この距離なら、余計な動きは取れないよね?」
     零距離、押し付けられたバスターライフルの銃口から魔法光線が餓狼を撃ち抜いた。そして、上から餓狼の背に着地した柊夜が、影によって餓狼をその場へと押し止める。
    「そろそろ、終わりと行こうか?」
    『オ――!!』
     柊夜の言葉を否定するように餓狼が咆哮を上げようとする、それよりも早く。
    「往生際は、弁えろよ」
     言い捨てた脇差が滑るような踏み込みで片時雨を振り下ろし、刹那が揺らめく炎ようなオーラを両手にまとわせ拳を連打した。雲耀剣に斬られた餓狼を、一打、二打、三打、と縦横無尽に刹那が渾身の力で殴打する!
    「飢狼よ、貴方のような強者と戦えた事に感謝します、これで私はまた一つ強くなれた」
    『ォ……ッ!』
     断末魔も、なかった。ズン……! と、地響きと共に餓狼が倒れ伏す。掻き消えていく餓狼へ、刹那は静かにそう告げた……。


    「皆さんお疲れさまでした」
     エドヴァルドの柔らかな笑みと労いの言葉に、仲間達もゆっくりと緊張を解いていく。どっと襲ってくる疲労と、風の冷たさ。戦いの最中、どれだけ張り詰めていたかを灼滅者達は思い知った。
    「短い時間で遠くまで広がっちゃう都市伝説の噂も土地に深い根を張っちゃってる古の畏れも、方向は逆だけどそれぞれ本当に恐いよね」
     ヴィンツェンツの呟きに、仲間達も同意する。土地に根ざした伝承、そんなものがこの国だけでもどれだけあるのか? 想像しただけで背筋に冷たいものが走る想いだった。
    「畏れを出現させるスサノオは一体何を考えているのか、そしてこの先何が起こるのか、まだ不明なことは多いですね」
     それが本能からくるものなのか、別の目的があるのか、刹那はわからぬままにこぼす。
    「分からないことだらけで今はまだ後手後手になってるけど、いつかその尻尾、つかんでやるんだからね!」
     智の強い決意の言葉に、仲間達もうなずく。これは、まだ末端に過ぎないのだ。スサノオの尻尾には、まだ指も届いていないのが現状だ。
    「お騒がせしてすみませんでした……これからも村の方達を守ってあげてください……!」
     社に手を合わせ、結希はそう祈る。この村は、この地に祭られた大神に委ね、また別の災厄を防ぐために灼滅者達は、その神社を後にした……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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