●隻眼のスサノオ
山間の街から少しだけ離れた場所にある、緩やかに流れていく川のほとり。左目に傷を持つ大型のニホンオオカミ……スサノオが、陽光を浴びてきらめく水面をただ静かに眺めていた。
五分ほどの時が経っただろうか? スサノオは興味を無くしたかのように視線を外し、山の方角へと消えていく。
後に残されしはいつもの川、心地良いせせらぎが聞こえる静寂だけで……。
……否。
小さく、水の跳ねる音が聞こえてきた。
川の中から、ゆっくりと人型の何かが体を起こした。
何かは鎖を輝かせながら、きょろきょろと周囲を見回していく。街の方角へと向き直り、ゆっくりとした足取りで歩き出す。
目的は……。
●放課後の教室にて
灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、静かな調子で説明を開始した。
「スサノオにより、古の畏れが生み出された場所が判明しました」
この度、スサノオが古の恐れを生み出したのは、山間の街から少しだけ離れた場所にある川のほとり。今なおバケモノが潜むと、出会った人間を喰らうとの伝承が残る場所。
「スサノオが生み出したのは、恐らくはこの化け物の形をした古の恐れ。古の畏れは川から這い出した後、人を喰らうために街の方角へと歩き出しました」
放置すれば、街へと降り人を喰らうという事件を起こす。
そうなる前に倒さなければならないのだ。
「幸い、その古の畏れは濡れているという特徴があります。更に当日は晴れていますので、何かを引きずったような跡をたどっていけば古の畏れに会うことができるでしょう」
後は戦いを挑み、退治すれば良い。
姿は、ずぶ濡れということだけがかろうじて分かる影を纏った人型。
力量は八人を相手取れる程度で、耐久力に秀でている。
齧りつくことにより体力を吸収したり、雄叫びによって周囲をなぎ払いながら自らを浄化したり、濡れそぼった何かを叩きつけることにより加護を砕いたり……と言った攻撃を使い分けてくる。
「以上で説明を終了します」
葉月は地図など必要な物を手渡し、締めくくりへと移行した。
「この事件を起こしたスサノオの行方は、ブレイズゲートと同様に予知がしにくい状況です。ですが、引き起こされた事件を一つずつ解決していけば、いずれ事件の元凶のスサノオに繋がっていくはずです。ですのでどうか、この事件に全力を。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」
参加者 | |
---|---|
紗守・殊亜(幻影の真紅・d01358) |
幌月・藺生(葬去の白・d01473) |
四季咲・青竜(句芒のフェーガト・d02940) |
天埜・雪(リトルスノウ・d03567) |
黛・藍花(藍の半身・d04699) |
禍薙・鋼矢(剛壁・d17266) |
久安・雪(灰色に濡れる雪・d20009) |
ユーリー・マニャーキン(天籟のミーシャ・d21055) |
●水より生まれし魔性の行方
冬を迎え、無味乾燥な景色が広がっている山間の街。少しだけ離れた場所にある川のほとりへと、灼滅者たちは足を運んでいた。
透き通った水がゆるやかに流れる川のそば、何かを引き摺ったような跡がある。跡は、街の方角へと向かっている。
古の畏れが刻んだものであると断定し、灼滅者たちは行動を開始した。
跡をたどり周囲を探る中、紗守・殊亜(幻影の真紅・d01358)は静かな言葉を口にする。
「人間を喰らうバケモノ。いかにも伝承って感じだけど、実在したらぞっとしないね」
「わざわざ街に移動せず、大人しくしてりゃぁいいのになぁ」
禍薙・鋼矢(剛壁・d17266)は頭をかきながら、ぶっ潰してやると拳を固く握りしめた。
同様に頷こうとしていた幌月・藺生(葬去の白・d01473)は、先行させた霊犬のくーちゃんの様子が少しだけ変わったことに気がついて、しゃがみこんで問いかける。
「くーちゃん、もしかして……」
主に尋ねられたふわもこ羊アフロの霊犬は、小さく鳴きながら川から街へを繋ぐ入り口に当たる部分を指し示した。
黒き影のような人型……古の畏れが、乾いたアスファルトに足跡を刻みながら歩いて行く姿が見える。
「行こう!」
即座に四季咲・青竜(句芒のフェーガト・d02940)が駆け出して、己等の存在を古の畏れに指し示した。
人が被害を受けぬ内に気を引き、戦いを挑む。
そして勝利を掴むが此度の役目。
灼滅者たちは振り向く古の畏れとにらみ合いながら、戦うための陣を整えていく……。
●昏き影は傷をも隠す
自分に似たビハインドを呼び出しながら、黛・藍花(藍の半身・d04699)が声を上げた。
「……なにやら今回はこちらの数が多いですし、連携には気をつけましょう」
表情は変えぬまま古の畏れへと向き直り、影を差し向けながら静かな言葉を投げかけていく。
「……何処のどなたか存じませんが、人を襲うと言うなら返り討ちにさせてもらいます。……行って、あれを殺してきてあげて」
古の畏れを影で包み込んだ直後、ビハインドが顔を隠す布の隙間から除く口元を柔らかく持ち上げながら、勢い良く飛び込んだ。
得物を叩きつけた刹那、鋼矢が側面へと回りこむ。
「おい、街へ行く前に相手してもらうぜ? 燃え尽きな!」
影の中へと焔に染めた剣を差し込み、古の畏れを炎上させた。
炎に染まりながらも影を打ち破った古の畏れには、天埜・雪(リトルスノウ・d03567)がオーラの塊をぶつけていく。
「……」
更に仕草でビハインドのパパへと命を送り、得物による一撃を叩き込んでいく。
もっとも、古の畏れもやられたままでは終わらない。
否。むしろほとんど答えていないといった様子で跳躍し、ユーリー・マニャーキン(天籟のミーシャ・d21055)へと飛びついた。
振り払う暇もないままに、右肩を強く、荒々しく齧られる。
「っ! ……だが」
即座に振り払い、小さな息。まだ動くと拳にオーラを宿し、構えを取ろうとしている古の畏れに殴りかかる。
一撃、二撃と拳を重ね、影に似た体に強烈な一撃を刻んでいく。
連撃を止める前に霊犬のスェーミを呼び寄せて、斬魔刀にてのけぞらせた。
「この調子で行こう……といったも、時間がかかるかもしれないが」
されど、古の畏れはすぐに体勢を整え直す。
動きが淀んだ様子もない。
長期戦になりそうな予感を感じつつ、灼滅者たちは更なる攻勢を仕掛けていく……。
「いっけええ!!」
手元に引き寄せた光輪を、青竜はワンアクションで解き放つ。
弾かれてしまうも、問題無いと魔力を雷に変換しつつ、狙いを定め始めていく。
空隙を埋めるため、殊亜が光り輝く剣を炎に染めて斬りかかった。
「乾くだけで済むと思うなよ!」
既に炎上していた古の畏れ。
更なる火力を重ねれば、水に濡れた体も乾いてしまうか。あるいは、地面が濡れる事こそ変わらぬも体が濡れていることに違いはないか。
調査を兼ねるような様相で、ライドキャリバーが突撃した。
――!
させぬとでも言うかのように、古の畏れが人では決して発音できない叫びを張り上げる。ライドキャリバーを押しのけた上で、己に宿る炎でさえも鎮火させていく。
ならばと久安・雪(灰色に濡れる雪・d20009)は差し込んだ。
単純な打撃となりうる、氷剣のように変化した剣を。
「切り刻まれるが良い……!」
言葉の通り、一斬、二斬と、古の畏れに刃の軌跡を刻み込む。
が、傷跡は伺えない。全ては闇の、向こう側。
手応えがある以上、確実に効いているとは殊亜の言。ライドキャリバーが乱射する機銃の中に、影を紛れ込ませていく。
「防御を削って……!」
切り裂けば、固い守りも幾分和らぐ。
叫びによって打ち消されてしまったとしても、それまでは有効であり続けるのだから。
古の畏れの全ては闇の内側に閉ざされて、どれほどの傷を与えたのかは伺えない。度々叫びも挟まれ呪縛を打ち消され、動きが鈍ることもない。
手応えも固く、状況が動いた気配がない。
それでも削ることはできているはずと信じ藺生は青竜へと光輪を投げ渡して治療する。
「くーちゃんもお願いします!」
命じられ、くーちゃんも瞳を輝かせた。天埜雪のパパを治療し、早々には倒れない状態へと治療した。
そんな光景を横目に捉えつつ、天埜雪自身は古の畏れへと矢を放つ。
突き刺すことが出来たなら、それがダメージを与えている証となる。
今回もまた弾かれてしまったけれど、いつかは必ず刺さるはず。
励ますように、パパの振り下ろした得物が古の畏れの右肩を強打した。
直後に藍花のビハインドが霊障を放ち、一歩分だけ古の畏れをのけぞらせる。
「……この調子で」
藍花自身も影を放ち、下から上へと切り裂き空を仰がせた。
直後に天埜雪が矢を放ち、喉元に深々と突き刺していく。
「……」
ぐ、っと拳を握りしめ、笑顔で好調を表した。
そんな彼に答えるためか、パパもまた意気揚々と霊障を放ち矢を奥まで押し込んでいく。
されどまだまだ終わりではない……といったところか。古の畏れの放った水流が、久安雪を打ち据えた。
大丈夫との声を上げながら、藺生は光輪を投げ渡していく。
何だか禍々しい感じの古の畏れ。攻撃も遅々として進んでいないように思われても、確実に削る事ができているのならば必ずどこかでぼろが出る。
兆しは、先ほどの矢。支えていけば競り勝てると、藺生は治療を続けるのだ。
「くーちゃん、お願いします」
くーちゃんもまた治療を続け、ユーリーの傷を消し去った。
短く礼を述べながら、ユーリーは斧を振りかぶる。
スェーミが六文を射出し押さえ込んでいるさなかに切り込んで、肩へと深く食い込ませた。
「成果が出てきたな……このまま押し切ってしまおうか」
灼滅者側に蓄積しているダメージは多いが、古の畏れほどではない。
故に生まれた若干の有利、余裕。
ユーリーは静かに思考する。
古の畏れは、土地に縛られた想いや神が形になっているのではないか……と。
もっとも、何が元でも被害を出させる訳にはいかない。
静かな思いを抱いたまま、更なる攻勢を仕掛けていく……。
霊犬の伏炎が放つ六文に合わせ、鋼矢が非物質化させた剣を突き出した。
「心髄まで叩き斬ってやるよ!」
守りの隙間に差し込んで、闇に隠しても誤魔化しきれないない傷を刻んでいく。
直後に青竜が雷を放ち、古の畏れを焼き焦がした。
「ついに焦げたね……となると、もう少し、もう少しのはずです!」
「そうだね。だから一気に行こう。先陣は俺が斬る!」
殊亜が間髪入れずに影を放ち、横一文字に切り裂いた。
ライドキャリバーもぶちかまし、傷口を深く、大きく広げていく。
「そこです!」
大きく広がった傷口めがけ、藺生が影を放っていく。
くーちゃんが横に並び駆け抜けて、互いの刃をクロスさせバツ印を刻み込んだ。
バツ印の中心へと、久安雪が魔力を込めた杖を蒼き冷気のような風を送りながら叩き込む!
「この衝撃……受け切れるかの……!」
即座に魔力を爆発させ、古の畏れを大きく、強く揺さぶった。
反撃の叫びを放ってきたけれど、もう遅い。
軟化から開放されたことなど意に介さぬ様子で青竜がオーラを放ち、膝を打ち転ばせた。
刹那、鋼矢が飛び上がる。
魔力を宿した杖でぶん殴る!
「派手に爆ぜやがれ!」
力を開放したならば、古の畏れの体は潰れ霧散した。
足跡だけを存在の証として残したまま、あるべき姿へと回帰した。
灼滅者たちは安堵の息を吐きだして、各々の治療を開始する……。
●未だ見えぬスサノオの影
治療を終え、改めて川へと戻って来た灼滅者たち。
一部が探索へと向かう中、藍花は既に乾きかかっているほとりを見て静かなため息を吐いて行く。
「……お疲れ様でした、……でも、こんなのが次々に出てきたらきりがないですね」
この手の伝承は、日本中に存在する。それこそ全てで何かが発生したならば……そうでなくても矢継ぎ早に起こされては、人と時間がいくらあっても足りないのだ。
そんな小さな不安を聞きながら、天埜雪はノートに文字を書き記す。
ゴミ拾いをして帰ろうと提案し、概ね受け入れられた時、周囲を探索していた者たちが帰ってきた。
「ヤバいものは特にはなかったのう」
久安雪が両手を上げ、収穫がなかったことを示していく。
傍らに並ぶユーリーは、川の流れを眺め若干肩を落としながら呟いた
「何が目的なんだろうな……」
あるいは、龍脈を探しているのかもしれない。そんな思いを抱きつつ、改めてゴミ拾いの作業へと合流する。
人々が綺麗に使っているからか、思ったよりもゴミは少ない。その数少ないゴミをさらったなら、人にとっても過ごしやすく心地の良い空間が完成する。
後は、季節が巡るのを待つだけ。夏が来れば、水遊びをする子どもたちで賑わう場所となるだろう。
輝ける光景を思い浮かべながら、灼滅者たちは帰還する。
見送りは、葉を落とした山の木々が。風に誘われて奏でるざわめきで、勝利を祝福してくれた。
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年1月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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