●precognition
この森に入ってしばらくいくと、急に地面が平らになる。
木々はまばらになり、林と言った方がしっくりくる場所だ。日が当らないので下草も伸びず、歩きやすい。
と、小さく地を踏む音。
どこから現れたのか、オオカミ程の大きさの何かが林の中を歩いている。その身体はちろちろと燃える炎で出来ており、目の周りには大きなクマドリがあった。
その何か、いやスサノオはふと座り込むと一度だけ鼻を鳴らした。
しばらくすると飽きたように立ちあがり、先ほどより素早くその場を去る。
林の中に、サルのような鳴き声が響く。
●meeting
神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は教室に集まった灼滅者たちを見回すと、教卓に手をついたポーズで言った。
「スサノオが生み出した古の畏れを見つけた」
その格好のまま、少し眉根を寄せて続ける。
「スサノオは前にも一度見た、クマドリのある奴だ。だが今回も奴の行方はよくわからなかった」
ひとまずは古の畏れを退治するしかない。
今回現れたのは猩猩、ショウジョウと読む、言い伝え上のサルだ。全身を真っ赤な毛で覆い、どこかで話が混ざったのか背には弓矢、腰には刀と酒を入れたひょうたんと地面に繋がった鎖を下げている。
「場所は昔からある林なんだが、交通の便がないため特にひらかれたりもせずに残っている所らしい」
元々は静かな場所で、耳を澄ませば山を流れる清流の音も聞こえてくるほどである。
「木の間隔は結構広いが、戦闘で走りまわったり遠距離攻撃をするなら気をつけろよ」
一応管理はされているがあまり人の寄りつく場所ではない。古の畏れが出てからは鳴き声が気味悪がられてなおさらだ。変なサルを追い払うだけ、と思って管理している人が行動を起こす前に退治してしまいたい。
猩猩は林の中で騒がしく鳴いているので、見つけるのは簡単だ。その上、酒が好きらしく、大きな皿にでも注いで置いておけばふらふらと寄ってくる。
「つまり、戦闘前はかなり隙が多い。上手く利用すれば有利に戦いを始められるだろう」
だが、戦闘となると打って変わって、積極的に攻めてくる。
「攻撃は日本刀のサイキックに似た攻撃を中心に、たまに天星弓のサイキックと同じような技を使ってくる。あと、酒を飲んで回復する……らしい」
加えて身体は長い毛に覆われている。構えや動きが分かりづらく、ひょんなことから裏をかかれないとも限らない。
ないとは思うが、なめてかかって怪我をする、という事のないように。
「他には……そうだな、何に利用されているという事もなく、ほとんど人も寄りつかない場所だが、一応管理されている。必要以上に気にする必要はないが、あんまり荒らすなよ」
そこまで説明すると、ヤマトは息を吐く。
「特に周りに何かある訳でもない、終わった後どうしても暇なら座禅でも組んでこい。いや、本当にそれくらいしかなくてな。スサノオの方もハッキリしたことわからないままですまないが……とにかく、放っておくわけにもいかないし、すぱっと解決してきてほしい」
参加者 | |
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艶川・寵子(慾・d00025) |
星野・優輝(戦場を駆ける喫茶店マスター・d04321) |
乙宮・立花(仮想のゆりかご・d06338) |
撫桐・娑婆蔵(中学生殺刃鬼・d10859) |
浦原・嫉美(リア充爆破魔法使い・d17149) |
袁・小莓(蜜吻メロディア・d21717) |
月代・蒼真(旅人・d22972) |
雨宮・栞(雨の随想・d23728) |
●開演。
林に響く、サルのような奇妙な鳴き声がピタリと止まった。声を上げていた猩猩はしばらく一方向を見つめ、気のせいだったかとまた鳴き声を上げ始める。
(「今のはちょっと危なかったのかな?」)
とある木の裏側で袁・小莓(蜜吻メロディア・d21717)が緊張を吐きだした。さっきから見張っていると猩猩は何の警戒もしていないようだが、ふいにこちらを見つめられるとどきりとする。
と、音を殺して星野・優輝(戦場を駆ける喫茶店マスター・d04321)が近づいてくる。
「いい場所を見つけた。そろそろ仕掛けるぞ」
「了解ね」
一方、少し離れた場所。
辺りは林の中では木々が疎になっており、その中心に撫桐・娑婆蔵(中学生殺刃鬼・d10859)が大きな盃を置く。そして懐から酒瓶を取り出し、開けた。
「ん、いい香り。でもあと2年くらいは我慢のコ、ね?」
盃に注ぐと湧き立つ香りに艶川・寵子(慾・d00025)は感嘆した。
「いい酒ですから、引っかかりましょう。さ、あっしらも早く隠れましょう」
二人は素早くその場を離れ、木を使って姿を隠す。優輝と小莓も合流した。
「来るかな?」
「まあ、匂いに気付くまで少しはかかるだろう」
「しょうじょう……へえ、中国発祥の空想上の生き物で、日本にもいろいろ伝説があるみたいだな」
酒に気付くまでの時間を使おうと、月代・蒼真(旅人・d22972)は真新しいタブレットを取り出した。調べ物をするにはやはり便利だ。これを衝動買いしたせいでまたしばらく極貧生活だが。
「……ふふ」
雨宮・栞(雨の随想・d23728)の口から、思わず楽しそうな声が漏れた。緊張もしているが、同時に古い物語の登場人物に会える事が楽しみだった。
猩猩がひときわ高く鳴く。
続いて跳ねるようにこちらに近づいてくるのが、音だけで分かった。立ち並ぶ木の間にちらちらと真っ赤な毛が見え、すぐに姿を現す。猩猩は無防備に音を立てながら酒を見つけ、飛び付いた。
早速盃を持ち上げようとして、なみなみ注がれた酒がこぼれると気付いたのか地面に這いつくばって盃の方に顔を寄せる。
(「……お酒飲んだり武器扱ったりするけどお酒の罠に引っ掛かるなんて、頭いいのか悪いのかわからないわ」)
苦笑いと共に、浦原・嫉美(リア充爆破魔法使い・d17149)は戦闘に備えて蛇への変身を解く。
「けれど、古の畏れ。少し、静かに……してもらわないと、ね」
乙宮・立花(仮想のゆりかご・d06338)が構えるのが合図になって、灼滅者たちは頷きを返す。寵子は辺りに人払いを兼ねて殺気をばら撒いた。
地面に這いつくばった猩猩を囲むように灼滅者たち飛びだし、不意を突く。優輝が人差指と中指で挟んだスレイヤーカードを掲げると、顔には緑ぶちの眼鏡。
「ミッション・スタート!」
「いこう、カウント・ゼロ!」
各々がスレイヤーカードを解放する。
●酒を好む。
「お楽しみの所悪いけどさ! 何か起きる前に終わりにさせてもらうよ」
遠距離から蒼真の影が伸び、猩猩をその場に縛りつける。その間に寵子が距離を詰め、跳んだ。
「思いっきりいくわよ!」
そのまま上から鬼の腕で叩き潰す。大地を鳴らす轟音と少しの揺れが収まり、猩猩が腕の下から這い出した所に優輝が氷の槍を合わせた。娑婆蔵が駆け込む。
「次頼む!」
「よござんす! 遅い遅い、掻っ切れ白狼!」
猩猩が腰の刀を抜くより早く、動きを阻害するように斬撃を重ねた。
ようやく刀を抜いた猩猩めがけて、小莓が龍砕斧を振りかぶる。
「悪さする前に、ごめんね。倒させてもらうよ」
気魄のこもった強烈な一撃は刀で受けた猩猩をそのまま弾き飛ばし、猩猩は後ろの木にぶつかって止まった。
「野生のサルと違って性質が悪そうだけど、嫉妬の力、見せてあげるわ!」
距離を詰めた嫉美が縛霊手を叩きつける。瞬間、縛霊手の結界が作動し、猩猩を締め上げた。
「握りつぶしてあげるわ!」
猩猩は結界の中で体勢を整え、一声あげると結界から逃れる。
「……行こうか」
頭をなでられた佐助が応えて一鳴き。佐助の射撃で足止めした所を、横から立花が叩く。耐えきった猩猩に栞が追撃した。
猩猩の急所を見抜き、斬る。あの時から繋がって、栞の手に入れた、物語を開く力。
(「大丈夫、動ける!」)
栞が緊張を解いて行く隙に、攻撃を受けながらも猩猩は刀を握り直すと、栞めがけて上段から振り下ろす。栞は思わず目をつむりかけ、次の瞬間には割り込んだ相馬が真正面から受けた。
「意外と痛くない、かな」
「あ、ありがとうございます!」
「あら、蒼真クン、かっこいいわね」
口笛を一つ吹くと、寵子は猩猩に槍を叩き込む。距離を取らせる事が目的だったが、いい当たりだ。
「ノンベさん! シャオたちの攻撃、どっちからくるかわかる?」
小莓のフェイントで振り回し、その隙を阿莓が突く。阿莓の攻撃で生まれた隙に、小莓が龍砕斧を叩きこんだ。
「まだまだ終わらないわ。その長い毛も刈り取る勢いよ!」
影が伸びる。嫉美の影は地面を張って直進すると、猩猩の真下からはね上がり刃をきらめかせた。猩猩の赤い毛が散り、血のようだった。
娑婆蔵が解体ナイフ、『白狼』を構えて突進する。一太刀目は猩猩がかわす、二太刀目は猩猩が刀で受けた。娑婆蔵はそれでも押し、つばぜり合いに持ち込む。
ふいに、黒い蝶が舞いあがった。
足元、娑婆蔵の影から茨が伸び、猩猩を縛りあげる。それは次第に量を増し猩猩を飲み込んだ。
「喧嘩すりゃあ、血の一つも出るもんでござんす」
●赤い毛を伸ばす。
戦闘の合間に静寂が生まれた。
猩猩を飲み込んだ影業が不気味にたたずんでいる。しばらくの後、内側から茨の檻が膨らみ、はじけ飛んだ。
中心には片手に刀、そしてもう片方の手で腰に下げた徳利から酒を飲む猩猩。
「悪手にさせられちまいやしたか」
徳利を下ろし、口を拭うと、猩猩の目には先程とは質の違う殺気が存在した。
「……厄介そうだなぁ。よし、いこうかトーラ。お前もあんまり愛想ないけど、あのお猿さんよりはかわいいな」
気合を入れ直す代わりに、蒼真は浄化の光に身を包む。
猩猩は鳴き声と共に刀を振った。振り回すのではなく、型のある剣筋から生まれる衝撃波が灼滅者を襲う。
「鋭い。だが広く狙えば抜ける隙も増える、こういう風にだ!」
優輝は身を低くしてかわし、猩猩にぶつかる直前で身を起して槍を突き出す。猩猩は回転する槍を両手を添えた刀で横に逸らし、最小の被害にとどめる。回転する槍の余波が長い毛を荒く引っ掻いた。
「とった! いっくよー!」
小莓と阿莓が猩猩の背後を取った。小莓の横薙の一撃を猩猩は優輝が引くのと同じタイミングで前に倒れてかわす。素早く身体を斬り返し、阿莓の攻撃もかわすと同時に二人の背後にまわった。
「おっと、させないわ!」
小莓たちの側から猩猩の目の前へ、寵子が突っ込む。寵子の槍と猩猩の刀が火花を散らすが、そのまま勢いを使って押し仲間から距離を取らせた。
「……ん、いけないコ。悪い子にはお仕置きが必要だわ」
互いに武器ごと相手を弾くと、互いの肌が薄く斬れた。
離れた距離を使って、猩猩は背中の弓を取り矢を引く。
「やば、撃たれるわ!」
「おれに任せて。トーラ!」
前衛を狙い降り注ぐ矢を蒼真とトーラが身を使ってたたき落とす。鋭い追撃がダメージを重ね、彼ら自身の回復以上に傷を刻む。
「無駄にしないわ! ちょろちょろ動いても、頭から喰らうまでね!」
嫉美の影業が大きく広がり、猩猩を上から襲う。反射の速度で真横に跳んだ猩猩の足をとらえ、動きが鈍った所にもう一度。今度は完璧に飲み込んだが、直後鋭く刀がきらめき、嫉美の影業を切り裂いた。
「その隙を貰いやす!」
猩猩の視界が遮られた一瞬に距離を詰め、刃を滑り込ませる娑婆蔵の瞳に、同じく影業の向こうで上段に構える猩猩が映った。上段から一振り。娑婆蔵の斬撃ごと強引に斬る。
「重い。先程までとは比べ物になりゃあしませんぜこりゃ」
交錯した後、崩れた姿勢のまま着地した。
「……大丈夫」
「回復します! だから引かないでください!」
前衛たちが立ちまわる中、立花は浄化の風を巻き起こし、栞の暖かな光が前衛を支援する。
酒に手を伸ばしかける猩猩を威嚇するように霊犬たちが唸り、自らの傷を治した。
●二足で舞う。
回復による支援と嫉美の外れない攻撃。そちらの方が厄介と判断したか、猩猩は刀を腰だめに構える。タメの長さで遠くを狙う事が分かった。
「ダメよ、後ろのコたちは傷つけさせないわ!」
寵子が飛びだした衝撃波を、根元で受け止める。それでも漏れた部分に佐助が立ちふさがった。
「寵子さん、ありがとうございます。今回復します」
「佐助、良い子……。すぐ、治す、ね」
前衛の庇った後ろから栞と立花が回復支援を飛ばす。立花は前衛全員を回復するため、一人あたりの回復量が伸び悩むが、そこは栞が単体回復でカバーする。
「お前だけが遠距離から撃てると思うなよ」
優輝が妖の槍を振るう。槍の動きに沿うように魔法弾が打ち出された。猩猩が数発を斬り落とす。
「まだまだ!」
連続して襲いかかる魔法弾を猩猩は素早く木を挟んで移動し、追撃を避け切る。
「そろそろ、参ったしちゃうといいわ」
寵子が移動先で構えると、鋭く風を切る音がした。猩猩は卓越した足さばきで即座に体勢を作り、斬撃を繰り出す。
「今ね!」
吸い込まれるように刀が寵子の銅をとらえ、鈍い音がした。斬れてはいない。猩猩の刀と寵子の身体の間に、嫉美のリングスラッシャーが割り込み致命傷を防いだ。
「酒よりも私たちの技に酔うことね!」
「ありがとね」
寵子のスイングを、猩猩が片手で受ける。だが狙いは打撃だけではない。流れ込んだ魔力が猩猩の内側で爆発する。猩猩の動きが固まった。
「チャンスはこうやって作るものよ!」
猩猩の背後を小莓と阿莓が取った。寵子と三角形を作る形で、縦に打ち込む。
それでも猩猩はビクリと身体を震えさせ、とっさに飛び上がって攻撃をかわした。
器用に空中で矢をつがえるが、
「おびき寄せた以上、木の配置くらいは覚えてないとさ!」
狙えるものは木々ばかり。後衛の見える木々の隙間には、しっかり蒼真とトーラが立ちふさがる。
「さっきの位置なら、上に逃げるしかないよね。シャバゾー!」
「任せてくだせえ!」
タメを作った低い姿勢から、空中の猩猩めがけて娑婆蔵が跳んだ。猩猩は娑婆蔵の勢いを逆に利用して斬り返すべく、上段に構える。互いが刃の殺傷圏内に入る。猩猩の刀が閃き、娑婆蔵は空中で高く伸びる太い幹を蹴った。
「違う違う――あっしの殺戮経路はそこじゃァねえ!」
猩猩の一閃は空を切った。空中で、刀を振り切った後にろくな防御は出来ない。
娑婆蔵は木を蹴った勢いで一拍落とし、一瞬でナイフを逆手に持ちかえ、身体を回転させ一直線に薙いだ。
描かれた『一』の字が猩猩を2つに分け、猩猩は最後に一声鳴くと真っ赤な毛を散らして消えていった。
●静寂の騒ぐ所。
「よ、っとと。終わりでござんすね」
娑婆蔵がちょっと体勢を崩しつつ着地した。
「お疲れ」
優輝が軽く声をかける。ついでに眼鏡を外した。
全員、周囲を確認すると戦闘態勢を解いて力を収める。
「あ、そうだ娑婆蔵。残ってたらお酒貸してくれる? 使ってもいいかしら?」
「……何する、の?」
寵子の言葉に立花が首をかしげる。猩猩が2匹いるとは聞いていない。というか居ないでほしい。
「ふふ、もう害もないだろうし、ね」
「まあ、構いはしやせん。どうぞ使って下さい」
「ありがと」
娑婆蔵から瓶を受け取ると、寵子はふたを開け、猩猩の消えた辺りで瓶を逆さにした。
「さよなら。ちょっとだけ、お酒、楽しんでね?」
弔い代わりに、灼滅者たちはちょっとだけ祈ったり祈らなかったり。
「それにしても、スサノオって結局のところ何なんだろうなぁ。……座禅でも組んでこいって言われたけど、流石に2ヶ月くらい早いよな……まだ寒いぞ」
蒼真はあごに手を当てた。皆で一応辺りを調べてはみたものの、これといった収穫はない。
「何も見つかっていませんし、やっぱり座禅でも組んでみますか? じっとしていると寒そうですけど」
栞の律義な提案に小莓が反応する。
「そんな言葉どこかで聞いたよ! えーと……集中すれば、寒くないの!」
「『心頭滅却すれば火もまた涼し』かしらね。寒さにも効くの? というか自分で言ってて『嫉妬滅却すれば』に聞こえてテンション下がるわね。やっぱり嫉妬は燃えてこそ! 嫉妬があれば寒くないわ!」
「どんな結論だ」
「じゃあ、帰りましょうか」
嫉美は優輝の突っ込みをさらりと流した。
一応もう一度周囲を調べ、ひとしきり騒いだ後、灼滅者たちは帰る事にする。会話は林の中を移動し、やがて林を出て離れて行く。灼滅者たちが去った後、林には静寂が満ちていった。
作者:示看板右向 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年2月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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