伝承の脅威

     月のない、星明かりだけが大地を照らす深い山の中、川の流れが岩肌を撫でている柔らかい音を、荒ぶる雄叫びが打ち消した。
     ときに白く、ときに蝋燭の火のように赤みがかった色に燃える狼の咆吼が山々に響きわたり、大地の中に染み込んで古い記憶を呼び覚ました。
     かすかに大地が震えると、穏やかな川の流れが荒れてゆき、水面から何かが姿を現した。
     それは背の低い子供のような姿をしているが、皿のような頭以外には全身に毛が生えており、猿のように真っ赤な顔をしている。手足が辺に長く、鋭い爪が濁った水滴を滴らせていた。
     よくみると、その体は赤黒い鎖に縛られており、その先は水面を通って大地の中につながっていた。
     再び狼の咆吼が響くと、それに答えるようにその化け物も天を仰いだ。
    「ギィィィィィッ!」
     耳障りな声を震わせながら吠えると、再び水面が割れ、同じ姿をしたバケモノが 次々と浮かび上がってきた。それらもすべて鎖によって大地につながっている。
     最初に現れたバケモノが下流に向けて歩き出すと、それを合図に他のモノ達もついて進み出す。その流れの遠い先には、無防備な街の灯りがいくつも輝いていた。

    「サスノオによって、また事件が起ころうとしているんです」
     神立・ひさめ(小学生エクスブレイン・dn0135)は集まってくれた仲間達に礼を言うと、続けてそう切り出した。
    「山口県と島根県の境目くらいにある佐波川というところに、昔悪さをする猿猴……調べてみたらサルみたいな姿のカッパの1種らしいんですが、そのバケモノをお坊さんが懲らしめるという伝承があるんです。そのバケモノがスサノオによって『古の畏れ』として呼び起こされ、放っておくとその猿猴は下流の防府という街に襲いかかって人を殺し始めるんです」
     地図を広げながら説明を続けた。
    「猿猴はホス的なのが1体とその手下の猿猴が6体います。未来予測では3日後の午前1時半くらいに、地図のここ、佐波川河川敷緑地というところから上陸します。ここで待ち構えていれば現れるんですが、もう街に近いので人払いとかしないと一般の人を巻き込むかも知れないです。ここから上流ならそういった心配はなさそうなんですが、川下りを遮る方法とかがあるのかどうか……ごめんなさい、戦う事はみなさんの方がお詳しいのでお任せします」
     ひさめは申し訳なさそうに頭を下げた。
    「猿猴たちは同じ方法で攻撃してきますが、ボスだけは他のより手強いと思います。戦い方なんですけど、カッパによくあるように手や足をぐーんと伸ばして攻撃してきます。爪には毒がありますし、体を通り抜けるようにお腹の中に手を入れて、内蔵を握りしめてきたりします。えと、おし……こほん、よく伝承にあるような方法で手を入れてくるわけじゃないので安心してください」
     うつむいて真っ赤になりながらもぞもぞというと、ぺちぺちと顔を叩いてから表情を引き締めて顔を上げた
    「やっぱり前と同じようにスサノオの行方は予知できないままでいます。スサノオ達が何をしようとしているのかはまだわからないですけど、こういった事件をひとつずつ防ぐ事でいつか必ずスサノオに行き着く事ができると思います。どうか、みなさんよろしくお願いします」


    参加者
    日輪・かなめ(第三代 水鏡流巫式継承者・d02441)
    三条・美潮(高校生サウンドソルジャー・d03943)
    松苗・知子(なんちゃってボクサーガール・d04345)
    フランキスカ・ハルベルト(フラムシュヴァリエ・d07509)
    龍田・薫(風の祝子・d08400)
    五十鈴・澪(帝竜シリアス駄猫・d18073)
    夜桜・紅桜(純粋な殲滅者・d19716)

    ■リプレイ


     冬の河川敷は染み込んでくるような寒さで、三条・美潮(高校生サウンドソルジャー・d03943)は真っ白な息を吐きながら小走りに仲間達の元へとやってきた。
    「人払い完了ッス……あ~、脅しとかやっぱキャラじゃね~」
     一般人の安全のためにしかたないとはわかっていたが、美潮は慣れない行為に恥ずかしそうに顔を曇らせている。
    「これで当分邪魔は入ってこないぜ」
     同じように人払いに動いていたシュヴァルツ・リヒテンシュタイン(血塗れ狼・d00546)もESPに集中するために閉じていた目を開いた。半径300メートル以内にはシュヴァルツの殺気が満ちあふれ、バベルの鎖を纏っていない者ではその場に居たくないという衝動を抑えきれずに逃げ出していた。
     日輪・かなめ(第三代 水鏡流巫式継承者・d02441)は頷いて、腕を組みながら視線を流れる川に向けた。
    「あとは猿猴が現れるのを待つだけなのですね。ここから先は1歩も進ませないのですよ!」
    「ですよね! 猿なんだか河童なんだか知らないけど、スサノオの手掛かりを掴む為にもバリバリぶっ倒してやりましょう!」
     五十鈴・澪(帝竜シリアス駄猫・d18073)も同じように声高に言い放ちながら水面を見つめる。
     勇ましく言うかなめと澪の横で、夜桜・紅桜(純粋な殲滅者・d19716)もこれから起こる戦闘に備えながらスレイヤーカードを指先で弄んでいた。
    「古の畏れか……どうせなら本当の伝説上の相手なら楽めそうなんだけどね」
     スサノオによって大地の記憶から呼び起こされた古い記憶、それが『古の畏れ』と言う存在だった。紅桜はそう言いながら戦うことを楽しそうに微笑んでいる。
    「しかけるのは緑地に上がってだからね」
     暗い緑地を照らす照明の調子を整えていた松苗・知子(なんちゃってボクサーガール・d04345)は仲間達に声をかけた。全員で話し合った上で、猿猴達が川から上がり、緑地に入ってから攻撃をしかけるという計画だった。
     フランキスカ・ハルベルト(フラムシュヴァリエ・d07509)と龍田・薫(風の祝子・d08400)は知子に頷いた。かなめも会わせたこの4人は同じクラブ仲間で、一緒に戦えることを心強く思っていた。
    「伊達に猿神退治の霊犬の名を継いでるわけじゃないって見せてやろう、しっぺ。……今回はどっちかというと河童みたいだけど」
     薫は自らの霊犬『しっぺ』を撫でながら少し興奮気味に語りかける。そんな姿を見ていたフランキスカは少しだけ口元を緩ませ、そして引き締めた。
    「伝承通りにとは行かないけど、刃と炎にかけて相手になりましょう」

     月の無い夜は暗く、街の光源のせいで河川敷緑地の敷地は一層闇が目立っていた。真っ暗な中で川が流れる音だけが辺りに響いている。
     そんな水音が突然乱れた。
     バシャバシャという音がひとつふたつと増えてゆき、何かが川の中から地面に向かって近づいてくる音が大きくなってきた。
     その音はべた、べた、という不快なものに変わり、さらに大地につながる鎖が擦れるじゃらじゃらという耳障りな音が響きだした。
     川から上がり、大地を歩き出したそれらは、殺意を抱きながらゆっくりと街へと進み出す。
     その時、突然いくつもの灯りに照らされた。
     全身を長い毛に覆われ、猿のように真っ赤な顔をした猿猴達はその灯りを睨みつけ、怒りをふくんだ声で大きく吠えた。
    「ギィィィィッ!」


    「待てぇい! 此処から先はわたし達が通しませんなのですよ! 神妙にお縄につかなくても良いのでぶっ飛ばしますなのです!」
     土手の上に立っているかなめは眼下の猿猴達に指先を突きつけながら堂々と叫んだ。
    「いくよっ、夜桜!」
     高らかに解除コードを叫んだ紅桜は手にした解体ナイフを頭上にかざした。闇より濃い夜霧が現れて戦いを助けるために仲間達の体を包んだ。それど同時にかなめが土手を駆け下り、猿猴の1体の間合いに詰め寄った。
     雷化させたオーラを拳に集約し、猿猴の直前でしゃがみ込んで顎めがけて打ち上げた。その拳は、しかし、間に割って入った別の猿猴に命中する。
     衝撃でよろめいた猿猴だが、体勢を立て直してすぐに襲いかかってきた。緑地まで降りてきて立ち位置についた澪に毒に濡れた猿猴の爪が振り下ろされる。
    「あぶないっ」
     素早く動いた薫が間に入り、身替わりとなって凶爪を受け止める。
    「カオル無理するんじゃないのよ!」
     そう声を発した知子が手を一振りすると、体のまわりを浮遊していた光の輪が分裂し、小さな光輪が盾のように薫の前に浮かび、傷と毒を癒していった。
    「遊んでやるからかかってきな」
     魔導書をかざした美潮は敵達の体に焦点を合わせ、前に立つ6体の猿猴の体にサイキックを集約して原罪の紋章を刻み込んだ。
    「ギァァッッ!?」
     体を蝕む痛みに身もだえする猿猴たちは、攻撃してきた相手に怒りの眼差しを向けた。一斉に振りかざした右腕を突き出すように振り下ろすと、猿猴の腕が長く伸び、美潮の体を突き抜けて体内の臓器を握りしめた。
    「ちょ……マズい、ヤバい! きゃーたっすけて~」
     猿猴の手は抜き取られ、ぐったりとした姿に反応して、紅桜は胸に片手を当てて澄んだ声で歌い出した。歌声は天に昇り、降り注ぐようにして美潮の体をやさしく包み込み、癒してゆく。
     その時、少し後ろに立っている大きめの猿猴が動き出した。足を振り上げ、空を斬るように蹴った足が長く伸び、鞭のようにしなりながら前衛に立っている5人に襲いかかった。芯に残るような痛みが全身に走る。
     知子達の回復を受けながら、澪は巨大なバベルブレイカーを身構え、仲間を守ろうとする猿猴へと、高速で回転しながら打ち込んだ。
    「抉らせてもらうわっ!」
     金属の擦れる音を響かせながら回転する杭が猿猴の腕に突き刺さり、肉を引きちぎりながら突き抜けた。
     猿猴達の合間を縫うように飛び込んだフランキスカは、親玉と思われる大きな猿猴に詰めよって巨大な鎌を振りかぶった。
    「邪なる者、己が咎でその身を縛せよ!」
     大鎌に刻まれた咎が黒い波動へと姿を変え、斬り裂いた刃から猿猴の体を蝕むように浸透していった。
     シュヴァルツは無敵斬艦剣を振り上げた。Shwarz Wolfeと名付けた巨大な鉄塊の刃は瞬く間も無い早さで振り下ろされた。
    「唐竹割り! ……なんつってな」
     澪は巨大なバベルブレイカーを身構え、大きく斬り裂かれた猿猴へと、高速で回転する大きな杭を打ち込んだ。
    「抉らせてもらうわっ!」
     金属の擦れる音を響かせながら回転する杭が猿猴の胸に突き刺さり、肉と骨を引きちぎりながら突き抜けた。
     『しっぺ』と動きを合わせて飛び出した薫は、まるで白と黒の双子の狼のような動きで傷ついた猿猴の背後に回り込み、弱っている一点に2人の刃で斬りかかった。
     重なる攻撃に限界を超えた猿のごとき姿のバケモノは、ゆっくりと後ろに倒れて霧散する。
    「ギシャァァァァッ!!」
     配下達が警戒の唸りを上げる中、親玉である大猿猴は怒り混じりの声で灼滅者達を威嚇した。


    「斬り込みます、援護を!」
     炎を纏った咎人の大鎌を振りかぶりながらフランキスカが身構えた。伸びてくる猿猴の腕を薫が身替わりとなって受け止める。
    「ぼくが守りますっ」
     薫の横を擦り抜けて、フランキスカは体をバネのように捻って飛び込みながら鎌を振り抜いた。襲ってきた猿猴は大きく斬り裂かれ、傷口から血と炎を噴き出しながらよろめいている。
    「そこよカナメ! いけメイン火力!」
     薫を回復しながら知子が声を張り上げる。合わせるようにチカラを貯めていたかなめは、気合いと共に拳を走らせた。
    「あーたたたた……ほぁた! 絶招『驟雨』なのですッ!!」
     閃光と共に繰り出す拳の連打が猿猴の体を糸の切れた操り人形のように翻弄し、とどめの一撃を受けると冷たい地面に崩れ落ちて崩れてゆく。
    「これで……あと3体だな」
     配下の別の1体の首を横薙ぎに切り飛ばしたシュヴァルツは、血糊を払うように巨大な刀を振り回して、改めて身構えた。
     続く戦いの中で傷つきながらも、計画通り確実に敵を倒してきた結果として、敵は配下が2体と大猿猴を残すのみとなっていた。
     その時、大猿猴が振り上げた腕を伸ばしてきた。ぬめつく毒を滴らせる爪をかざしてまっすぐ伸びる腕は、後方で回復に尽力している紅桜へと襲いかかる。
    「殴る相手が違うんじゃねーッスか?」
     そう言いながら紅桜の前に美潮が立ちはだかった。鈍い音を立てて深々と突き刺さった爪の先から毒が浸みだし、体を犯してゆく。
     紅桜は急いで天星弓に癒しの矢をつがえ、引き絞って美潮に撃ち込んだ。体の眠っていた力を呼び覚ます癒しの矢が毒を浄化し、傷を回復させてゆく。
    「……でも、そろそろ癒しきれないくらいダメージがたまってきてるよ。みんな気をつけてね」
     そう行っている間にも猿猴の腕が澪に突き刺さり、胃のあたりをぎりぎりと掴んで締めつけた。
    「うぐ、なんか気持ち悪っ……!」
     顔をしかめて痛みを耐えた澪は、猿猴の腕が抜けて戻ってゆくのを見逃さなかった。
    「そこまでよ!」
     そう言い放ってバベルブレイカーを地面に向け、爆発的な衝撃を発しながら大地を打ち抜いた。
     大地から伝わる衝撃波は猿猴達に浸透し、猿猴たちの動きをある程度制限した。
     攻め時だと判断した紅桜が解体ナイフを前に突き出した。刃の犠牲となった者達の念が溢れ出し、毒の風となって配下の猿猴たちに襲いかかる。
     痛みに苦しむ猿猴の1体に美潮のオーラキャノンが襲いかかる。かざした両手にオーラを集約し、破壊の力として撃ち込んだ気弾が傷ついた猿猴を貫いて滅ぼした。
     わめきながら蝕む毒に身もだえしている猿猴の胸に、サイキックで形作られた魔法の矢が突き刺さった。高密度で詠唱圧縮された純粋な力の矢は知子の意志に導かれて動き回る猿猴の核を貫き、硬直した体は闇の粒子となって崩れ消えていった。
     8人は油断なく息を整えて、最後に残った猿猴の親玉と対峙する。
     強敵を前に警戒している古の畏れの眼には、圧倒的に不利な状況の中でも未だに戦う意志がはっきりと映っていた。


    「御大将のそっ首、もらい受けてやるぜ!」
     言い放ちながらシュヴァルツが巨大な刀を一閃させた。
     首を両断したと思われた刃は素早く後ろに下がった猿猴の皮1枚を裂いたにとどまった。
     追い打ちをかけるべく再び気弾を集約していた美潮は、はじけるように飛び込んできた猿猴の動きを察して身を投げ出して、回復に備えていた紅桜に襲いかかった猿猴の腕を受け止めた。
    「ぐぅっ……あとは頼むッス……」
     腹部に突き刺さり、内蔵を締めつけられてチカラを搾り取られた美潮は、とうとう限界を超えて地面に倒れ込み、意識を失った。
    「必殺! 徹甲爆砕拳ッ! ……なのですッ!」
     鬼化した腕を唸らせながら、かなめは大遠声の顎に拳を打ち込む。続けて澪の閃光百裂拳が動きの止まった大猿猴の腹に何十発とめり込んだ。
    「……ギギィィィッッ!」
     まとわりつく敵を振り払った大猿猴は、しなる足を振り回して目の前の敵に打ちつける。「しっぺ、お願いっ!」
     そう叫びながら薫は自分も仲間の身替わりなって攻撃を受け止めた。
     『しっぺ』もとうとう体を維持できないまでに傷ついて、姿を消していった。知子が急いで薫や他の傷ついた仲間を回復させる。
     フランキスカは目を閉じてチカラを呼び起こし、サイキックを炎に変えて手に持つ大鎌に集約した。
    「祓魔の騎士・ハルベルトの名に於いて、汝を討つ。水底の眠りへ還るが良い!」
     そう叫ぶと上段に大鎌を振りかざし、一気に振り下ろして猿猴の毛に覆われた体を両断した。
     すれるような息をもらした猿猴は、2つに裂けた傷口から闇の粒子のなって霧散してゆく。猿猴の体を大地に縛り付けていた古い鎖が最後に残って、耳障りな音を立てて地面に落ち、そしてその鎖もすぐに大地の中に溶けるようにして消えていった。

    「お疲れさん」
     シュヴァルツはやっと落ち着いた仲間達に声をかけてまわった。
    「しっぺ元気になったんだね、よかった」
    「うん。ぼくたちをたすけてくれてありがとうね、しっぺ」
     体力が戻ってまた戻ってきた『しっぺ』を撫でている薫。知子はその前にしゃがみ込んで同じようにそっと撫でた。
    「もう大丈夫?」
     美潮は程なくして意識を取り戻し、体に残る痛みに顔をしかめていた。回復に備えて紅桜が様子を見ている。
    「大丈夫ッス。しかし、結局スサノオを倒さないと解決しないんスよね……」
     その言葉に、フランキスカも表情を引き締める。
    「そうですね……はやくなんとかしないといけません」
     かなめは目を閉じて腕を組み、仁王立ちをしていたが、突然目を開いた。
    「とにかく、今回はこれで一件落着なのです!」
     言い切ったその姿をしばらく見つめた澪は、微笑みながら口を開いた。
    「本当ね。それじゃ帰りましょう、みなさん」

    作者:ヤナガマコト 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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