早食いラーメンの罠

    作者:本山創助

    ●ラーメン二杯、一〇分で食べたらタダだよん♪
    「ぶふぉおおっ!」
     早食い太郎(ブログネーム)が、口に含んだラーメンを盛大に噴いた。
    「熱っちいいいっ!」
     火傷した舌をべーっと出して、涙目になる太郎。
     カウンターの奥では、店の主人が邪悪な笑みを浮かべている。
    「み、み、水くれ、水!」
    「水はありません」
     中華鍋をかき回しながら、サラッと凄い事を言ってのける店主。その鍋の中では、ラーメンのスープ(ていうか、ほとんど油)がグツグツと煮立っている。
     太郎は激怒した。
     ラーメンの量ではなく、まさか、スープの熱さで勝負してくるなんて!
     こんな所で、自分の輝かしい早食い連勝記録が途絶えていいのか?
     いや、良くない。
     こうしている間にも、砂時計の砂は容赦なくサラサラと落ちていく。
     太郎は決死の覚悟で、めちゃくちゃ熱いラーメンを口に入れ、また盛大に噴いた。
    「どうしました? ギブアップですか?」
     ドヤ顔で問い詰める店主。その顔面が、青く巨大な手に掴まれた。
    「グオオオオオーッ!」
     太郎が――いや、新たに誕生したデモノイドが叫んだ。
     店主の頭は、青い手の中で、肉の塊と化していた。 

    ●教室
    「悲しい事件を予測したよ」
     賢一が説明を始めた。

     小さな街のラーメン屋さんで、早食い太郎(十六歳、男)がデモノイドになっちゃうんだ。デモノイドと化した太郎は暴れ回って多くの被害を出してしまう。そうなる前に、デモノイドを灼滅して欲しい。
     デモノイドになったばかりの太郎には、まだ人の心が残っているかもしれない。その心に訴えかける事ができれば、デモノイドヒューマンとして助け出す事が出来るかもしれないね。
     救出出来るかどうかは、太郎がどれだけ強く人間に戻りたいと願うかどうかにかかっているよ。デモノイドになった太郎が人を殺してしまったら、人間に戻りたいという願いは弱まってしまう。そうなると、助けるのは難しくなってしまうね。
     接触方法なんだけど、デモノイドがラーメン屋さんの店主に掴みかかる直前に、店に入ってもらいたいんだ。これ以外のタイミングで接触しようとすると、何が起こるか分からないから、接触タイミングはちゃんと守ってね。
     デモノイドはデモノイドヒューマンとバトルオーラ相当のサイキックを使ってくるよ。ポジションはクラッシャー。ディフェンダー以外の人がまともに攻撃を食らうと、すぐにKOされちゃうかもしれないから、気をつけてね。
     相手は馬鹿力だけど、それさえうまく対処できれば何とかなると思う。
     それじゃ、よろしくね!


    参加者
    村雨・嘉市(村時雨・d03146)
    桐城・詠子(ダウンリレイター・d08312)
    与倉・佐和(狐爪・d09955)
    宮守・優子(猫を被る猫・d14114)
    アデーレ・クライバー(地下の小さな総統・d16871)
    牧瀬・麻耶(中学生ダンピール・d21627)
    不知火・美玲華(デモヒューロードに一歩進んだ・d22646)
    アルバート・ソーヤー(解体屋・d24158)

    ■リプレイ


     よく晴れたお昼時。
     小さな住宅街の路地に、灼滅者達は集まっていた。
    「どうしました? ギブアップですか?」
     ラーメン屋の店内から、ドヤァッとした感じの声が漏れ聞こえた。
     今だっ!
     ガララッ!
    「暴れるなら店外でやった方がいいっすよー」
     ガラス戸を引いて颯爽と現れる宮守・優子(猫を被る猫・d14114)。
     それを見てピタリと固まったのは、二メートルくらいある青くてデカい人と、悪役顔のコック帽。
     青くてデカい人は今なお巨大化を続け、すでに二メートル半くらいになっていた。
    (「でかっ……。こりゃ、出るときガラス戸割れるッスねぇ」)
     というわけで、牧瀬・麻耶(中学生ダンピール・d21627)は二枚のガラス戸を外し、黙々と脇に避けた。
     不知火・美玲華(デモヒューロードに一歩進んだ・d22646)はするりと店内に入ると、すちゃっとスマホをとりだし、しゅるるーんと指を滑らせて早食いブログ『ミレ』にアクセスした。何を隠そう、これは美玲華が用意したでっち上げブログ。そこに記録されているのは、早食い太郎よりも早く完食したものばかりである。すごい! 力作! これらの証拠を突きつけつつ、美玲華渾身のドヤ顔で一言。
    「あたしの方が食べるの早いもんねー!」
     が、駄目!
     この挑発でデモノイドの気を引こうという作戦だったのだが、デモノイドは、しゅるるーんの辺りから、もうよそ見してた。基本的にアホなので、あんまりややこしいことをやっても通じないのである!
    「えーっ、ちゃんと見てよー。せっかく作ったのにーっ!」
     ぷりぷり怒る美玲華を無視しつつ、店主に腕を伸ばすデモノイド。
    「出されたものが食えないからって暴力で解決か、大した早食いだな」
     アルバート・ソーヤー(解体屋・d24158)が何気ない風に呟いた。小さな声だったが、その言葉は、ESP『割り込みヴォイス』によってデモノイドの耳にクッキリハッキリ届いた。それが余計にイラッとさせる。
     店主に向けて伸ばした腕をそのままに、アルバートへ向き直るデモノイド。店主はへたり込んでカウンターの下に姿を消した。
    「そのくらいで音をあげるたあ、早食いを名乗る覚悟がたりねえんじゃねえのか?」
     続けて店の外から挑発するのは村雨・嘉市(村時雨・d03146)。そう――早食いを名乗るからには、たとえスープがマグマのように熱かろうが、麺とスープが完全に凍り付いていようが、食ってみせる覚悟が必要であ……え、必要あるか? ないよね。うん、ない。
     というか、そもそも、ムカッとさせるのが挑発の趣旨であり、つまり、これは大いに成功した。
    「グオオオオォォォッ!」
     デモノイドはご立腹だ!
     しかし、デモノイド化して頭が悪くなってしまったせいか、嘉市にご立腹だということはもう忘れてしまったらしい。
     拳を固めて振り回して、嘉市ではなく店内を破壊しそうな雰囲気である。
    「はいはい、メーワクになるので外に出ますよっと」
     駄々っ子のように腕をブンブンするデモノイドの背中を、アデーレ・クライバー(地下の小さな総統・d16871)が押した。が、びくともしない。やはり、小学三年生の女の子に、この化け物を力ずくでどうこうするのは無理か。サイキックで良い感じにブン殴れば吹っ飛ばせそうではあるが、店内でのサイキックの使用はやめておきたいところである。
     そこへやってきた桐城・詠子(ダウンリレイター・d08312)。
     デモノイドの腰をむんずとつかむと、おもむろにぶん投げた!
    「チェイサーーーーッ!!!」
     ズッサァァァーッ!
     滑りながら道路へ飛び出すデモノイド。
     でもまだ足が店に残っている。
     詠子がバッと手をかざし叫んだ。
    「ヴァンキッシュ!!」
     呼ばれた詠子のライドキャリバーが、デモノイドに突撃!
     足を撥ねられ、九十度にくるんと回転。
     これで完全に店外に出た。
    「オオオオォォ!」
     デモノイドが怒号と共に立ち上がる。
    「お仕事の時間です」
     与倉・佐和(狐爪・d09955)が、狐の面をつける。
     戦いの火ぶたが、今、切って落とされた。


     デモノイドの左腕が、鎌のように変形した。
     おもむろに振りかぶって、美玲華にビュン!
     美玲華はその斬撃を華麗に受け流す構えだが――。
    「軌道……見えた!」
     見えない!
     ズシャァッ!
     喰らったのは、割って入った佐和だ。
    (「皆さんの壁となります」)
     デモノイドの鎌は、ガードした両腕の骨まで届いていた。ビュッと飛び散った血が、相手の恐ろしさを皆に思い出させる。仮に美玲華がこれを喰らっていたら、一発でKOされていただろう。
     流れる血もそのままに、佐和がデモノイドに――いや、太郎の心に訴えかける。
    「次は氷水の入ったボールを持っていきましょう」
    「グルルル……」
     聞く体勢に入るデモノイド。
    「早食いの王者たるもの、一つの負けぐらい気にしてはいけません。今後の糧にするのです。また理不尽な壁にぶち当たるかもしれません。でも貴方の早食い能力なら、きっと勝てます。自分を信じて、諦めないでください」
     正直、佐和には、早食いのことはよく分からない。
     だが、太郎の早食いに対する熱い思いは、分からないなりにも、努力して汲み取ったつもりである。
     佐和の言葉がどの程度太郎の心に染みこんだかは不明だが、とりあえず、佐和が語りかけている間に、次のことが起きていた――優子から無尽蔵に放出された殺気がデモノイドを包み、優子のライドキャリバー『ガク』とヴァンキッシュの放った機銃掃射がデモノイドの全身にめり込み、嘉市が放った制約の弾丸がデモノイドの体を拘束し、美玲華が浴びせた強酸性の液体がデモノイドの皮膚を溶かし、アルバートのDMWセイバーがデモノイドを袈裟切りにし、詠子とアデーレのマテリアルロッドがデモノイドの腹に刺さってデモノイドを吐血させた。その一方で、麻耶が佐和に祭霊光を飛ばし、佐和も癒やしのオーラで己の傷を癒やした。
     とまあ、これだけのことが、あの台詞の裏で進行していた。もう一度佐和の言葉を読み返しながら、同時に何が起きていたのかを想像していただけたら幸いである。
    「グオオオォォッ!」
     佐和の言葉が終わると同時にデモノイドが絶叫!
     拳を腰に溜めながら、アルバートに突撃を試みる。が、その正面に立って進路をふさぐのは詠子である。
     デモノイドは目の前の詠子に溜めた拳を開放!
     ドガガガガガガガガガガッ!
     とんでもない重さのパンチを何発も食らいながらも、詠子が叫ぶ。
    「心を乱してはいけません……水です、水を持ち歩くのです! 魔法瓶があります! あなたは数多の苦難を乗り越えてきた強い人です、違いますか!」
     デモノイドのパンチは重く、痛い。詠子の言葉に勇気を得たのか、それとも、そりゃ違うだろ! という反発なのか、あるいは殴ってるうちにコツをつかんできたのかは定かでないが、とにかくパンチの勢いは増していき、詠子は堪えきれずに吹っ飛んだ。
     すかさず麻耶がデカい縛霊手を伸ばして詠子を起こし、ポワワーンと優しい光を浴せる。
    「その力にのまれてはいけない」
     自分の身長の二倍近くあろうデモノイドを見上げ、アデーレが言った。
    「そんな体では二度と美味しい食事が出来ませんよ」
     拳に力を入れ、デモノイドと同じように、拳を連打!
     ズガガガガガッ!
    「グウウゥゥゥッ!」
     結構痛そうだ!
    (「押し込まれたら窮地に陥ってしまいます。皆さんと連携して頑張らねば」)
     そんな思いを胸に、佐和がクルセイドソードを一閃!
     デモノイドの胸に横一文字の傷ができた!
    「ずっこい店長に一回やられただけで諦めるんすか?」
     同じ傷目がけて、優子もクルセイドスラッシュ!
     さらに、その傷にすり込むように、詠子がデッドブラスターを撃ち込む!
    「ゲウゥゥゥッ……」
     デモノイドは気持ち悪そうだ!
    「まだまだブログに書きたい事とかあるんじゃねえのか?」
     嘉市が日本刀を抜いた。
    「連勝記録を更新するんだろう?」
     上段に構えた刀をビュンッ!
     デモノイドは左腕の鎌で受け止める。が、嘉市の刀はその鎌を真っ二つにして前腕に食い込んだ!
     灼滅者達は代わる代わるデモノイドを攻撃した。
     デモノイドは確実に体力を減らしていく。そしてデモノイドのターン!
    「オオオオオオッ!」
     左腕の鎌をアデーレに振り下ろす。
     ズシャァッ!
     袈裟切りに斬られて、膝をつくアデーレ。あり得ないほどの血がアスファルトにこぼれ、意識が遠のく――が、手をついて、倒れるのは防いだ。まだギリギリ戦える。嘉市が鎌を刃こぼれさせていたお陰で、なんとか一発KOは免れた。
     アデーレのタフさはかなりのものだが、それでも、ディフェンダーでなければ一発でやられかねない。これはそういう敵なのだ。それほどの馬鹿力である。
     そして、灼滅者達は、そういう敵に対して、ほぼ完璧な布陣で挑んでいた。
     五枚のディフェンダーが敵の攻撃を漏らしたのは、この一回きりだった。あとは全て、ディフェンダー以外への攻撃を庇った。だから、数的優位をずっと保ったまま、デモノイドの体力を着実に減らすことができた。
    「実際のところ、店主の出したメニューに問題があるとは思うがな……」
     アルバートの呟きに、デモノイドが硬直した。そういえば、初めて同情してもらえたかもしれない。どう考えたって店主がおかしいんだから、太郎にさらなる何かを求めるのは酷ではないか? そんな当たり前の共感を示しつつ、アルバートはチェンソーでデモノイドを斬りつけた。
    「ォォォォ……ッ」
     デモノイドは倒れ、動かなくなった。


     デモノイド寄生体が、蒸気を発しながら萎縮していく。
    「ちゃんと戻ってきたらお勧めの大食い店教えるっすよー!」
     優子が傷だらけのデモノイドに呼びかけた。太郎の心を呼び戻さなければ、本来の目的は達成できない。
    「いくら店主が非合法なやり方で早食いに勝負しても、直接店主への手出しも合法とは言えないわ! この水を使って、早食いに再挑戦よ!」
     店のコップに水をくんできた美玲華が、デモノイドの肩を揺さぶる。
     デモノイドが美玲華に手を伸ばした。
     コップを手に取り、水を飲む。
     そう。これだ。これをもらえなかったのが、決定的な絶望だったのだ。
    「さっさと戻んないと、一〇分経っちまうッスよ」
    「ちょっとまてええぇぇぇぇッ!」
     麻耶の言葉に、太郎がぴょーんと飛び上がった!
    「む、ここはどこ? お前達は誰?」
     キョロキョロする太郎。
    「目は覚めた? じゃあ早食いに再挑戦だ!」
     美玲華がにこっと笑う。
     灼滅者達は、喜びの声と共に、太郎を迎え入れた。

     そして、やってきました。
     ラーメンタイム!
    「うん、結構美味いぜ、これ」
     アルバートが、早食い用ではない、普通のラーメンをずずず、とすすった。ただの醤油ラーメンだが、何の欠点もなく、普通に美味い。もう一杯食べようかとさえ思ってしまう。
     ずるっ、ずるっ、ずずずーっ。
     黙々と食べるのは嘉市と詠子。実に美味しそうな食べっぷりである。
    (「ちょっと食べたくなってきましたね……」)
     皆の食べっぷりを見ながら、佐和が思う。
    (「でもいいです。ここのラーメンはいいです……」)
    「食べ物屋ならさ、ずずず……、こういう、はふはふっ、食べれるもの出さないと」
     醤油ラーメンを食べながら、麻耶が店主に説教する。悪人面の店主はもう、さっきから恐縮しっぱなしである。灼滅者達の路上バトルを目撃したのだから仕方ない。
     そして――。
    「へ、へい、お待ち」
     問題のラーメンが、優子とアデーレに出された。
     どんぶりに入っているのは、スープと麺のみ。
    「皆さん……ファイトです」
     チャレンジの様子を、優しい眼差しで見守る佐和。
     砂時計をひっくり返して、レッツ・チャレンジ!
    「おいしくなーあれ♪ っす」
     優子がおまじないをかけて、ずずずっとすする。いや、すすれない。
    「あちゅっ……あっ……あちゃっ……あちょっ」
     一生懸命食べようとするが、唇に触れただけでもう駄目!
     仕方ないので冷めるまで待つことにした。アデーレは最初からそのつもりである。
     本来そんなに美味しくないチャレンジラーメンだったが、優子のESPで美味しくしたので、二人とも一応満足。
     そして、アデーレが店主に名刺を渡す。
    「このたび発刊する『らーめんムサシザカ』のライターです」
     いや、どう見ても、君、小学生やろ! という目で見る店主。
    「最近めずらしいチャレンジメニューがあると聞きましたが、ガッカリです」
    「スープの熱さなんて、早食いとは関係ないじゃない! 水も用意しないなんて、彼を食道ガンにでもしたいの?」
     アデーレと並んで、美玲華が詰め寄る。
    「す、すまねえ……いったいどうして、俺は、こんな……!」
     正気に戻ったかのように、店主がぽろぽろと涙をこぼした。
    「味自体は悪くないので……」
     アデーレが詠子を振り返った。詠子達が力強く頷く。
    「初心に戻ってがんばって欲しいですね」
    「承知したぜ、お嬢ちゃん……」
     店主は心底反省したようだ。
     お店を出て、アデーレは太郎を見上げた。
    「太郎さん、溜飲は下がりました?」
     太郎はにこっとして答えた。
    「おう、色々ありがとな!」

     こうして、学園に新たな灼滅者が加わった。
     彼が常に水を携帯するようになったかどうかは、誰も知らない。

    作者:本山創助 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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