山形県にある、ある中学校の教室。
一見、いつもと変わらない――しかし、どこか浮き足立つ、2月14日の授業中。
「めっけだぞ!!」
ガラガラガラッ。
唐突に教室の扉が開き、首から上がまん丸いコンニャクな男が現れた。
しーんと静まる教室。
その男はぐるりと教室内を見回し、ずかずかと侵入してきてある女生徒の前で足を止める。
「井高・千陽(いだか・ちはる)! おめがカバンに隠す持っだチョコレート、この玉こんにゃく怪人がもらっでやる!」
「でええええっ!?」
突如指名され、奇声をあげる女生徒。
「ごまかすな。片想い歴3年、今は斜め前の席にいる男友達に、渡そうとして渡さんね、その手づくりのトリュフチョコだ!」
「…………っ!!?」
「去年も結局渡せねがっだんだべ? どうせ今年も渡せねんだべがら、おれ食ってやっがら!」
代わりの玉こんにゃくを押しつけながら、怪人は大声でそう言った。
「秘めた恋心をクラスで暴露され、しかも、チョコレートを奪われる……いくら何でも、これはひどすぎると思うの!」
天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)のテンションは無闇に高い。
「カノンさん、仁左衛門の上であまり跳ねないでください」
「だってーっ! 同世代の女子としては、こんなの黙ってられないよ!」
鈴森・ひなた(中学生殺人鬼・dn0181)になだめられても、カノンの怒りはおさまらない。
「あのね、もうすぐ2月14日、バレンタインデーでしょ。そのバレンタインに、全国のご当地怪人達によるチョコ強奪事件が起きるの!」
どうしてチョコなのかは不明。しかし、ご当地怪人達は、コサック戦闘員を引き連れてチョコレートを奪いに来る。
チョコレートが奪われるのを阻止しつつ、ご当地怪人を倒すことが、今回の目的となる。
場所は、山形県の山あいの中学校。長く居座らない限りは、部外者が校内にいても即座に追い出されたりしないだろう。そういう意味では、警戒がゆるい。
「介入できるのは、予知より少し後。千陽ちゃんが、玉こんにゃく怪人の勢いに押されてチョコレートを渡した直後だよ」
大事なバレンタイン用チョコでも、ダークネスからよこせと言われれば、一般人は対抗できない。
今回、事件を起こすダークネスは山形の玉こんにゃく怪人。首から上が玉こんにゃくで、WOKシールドに似たサイキックを使う。ポジションはディフェンダー。
配下に3~5人のコサック戦闘員を連れている。コサック戦闘員はバトルオーラ相当のサイキックを使い、ポジションはクラッシャー。
「介入時の場所は教室。ご当地怪人は一般人に被害を与えようとはしないから、場所を変えようと言えば素直に応じるよ。そうだね……この時間は第二体育館が使われていないから、そっちがいいね。あ、外は積雪がすごいから、戦うのは無理」
「私も、今回は一緒に戦います」
そう言って、ひなたが手を挙げる。
「幸せになれるなら、幸せになるべきだと思います。バレンタインに恋人がつくれる人は……作ればいいんです! 別に羨ましくはないですから、心からお祝いしますから!」
「ひなたちゃん、ひなたちゃん」
なだめるようにカノンに声をかけられ、コホンと咳払いをするひなた。
「目的はチョコを守り、ご当地怪人を倒すこと。……けど、できれば、恋心をクラスメイト全員にバラされた千陽ちゃんのフォローもお願いできないかな?」
これは裏情報だけど。相手の男の子も、千陽ちゃんのこと、好きみたい。
そう言ってカノンは、灼滅者達にぱちんと手を合わせた。
参加者 | |
---|---|
四季・銃儀(玄武蛇双・d00261) |
千景・七緒(揺らぐ影炎・d07209) |
ルリ・リュミエール(バースデイ・d08863) |
齋藤・灯花(麒麟児・d16152) |
鳳仙・刀真(一振りの刀・d19247) |
桜井・輝(魔蝕攻殻・d23490) |
セシル・レイナード(ブラッドブリード・d24556) |
ザフィアト・シェセプ(冥界のアメンヘテプ・d24676) |
●華麗に見参!
教室は、しょう油とおダシのいい匂いが充満していた。
ご当地怪人に秘めた恋心を暴露され、チョコを奪われ。二重のショックで、井高・千陽は涙目で立ち尽くす。
しかし。
「待ちなさい!」
――そこに、第三の侵入者が現れる。
「乙女の恋を守るため!」
「乙女のチョコを守るため!」
ヒーローちっくなかけ声と共に現れたのは、愛らしい笑顔のルリ・リュミエール(バースデイ・d08863)と、凛とした表情のセシル・レイナード(ブラッドブリード・d24556)。
『何だ!?』
怪人の驚きに答える声は、教室の後ろから。
「淡い恋心を踏みにじるような真似は、僕達スレイヤーが許さない!」
「そのチョコが欲しいなら、まずは僕らを倒すことだよ!」
ヒーロースーツに見えなくもない、シャープなデモノイド姿の桜井・輝(魔蝕攻殻・d23490)。ゴージャスモードでばっちり決めた千景・七緒(揺らぐ影炎・d07209)。
(「ほら、鈴森君も!」)
(「鈴森さん、何かザンネン…もとい、カッコいい口上を!」)
七緒とルリのアイコンタクトに、ひなたもバベルブレイカー構える。
「あなたのチョコ強奪の罪、このバベルブレイカーが見逃しませんっ!」
「同じ東北の民として、あやまりは灯花達がただします!!」
ひなたの隣で、対になるポーズをぴしっと決める齋藤・灯花(麒麟児・d16152)。
(「……灼滅者って……」)
武蔵坂学園のはじけっぷり――もとい、奥深さを、つくづく感じるひなただった。
呆然とする教室内を、『特撮物の撮影中です。ご協力お願いします』と書かれた看板が横切る。看板を持つのは鳳仙・刀真(一振りの刀・d19247)。
四季・銃儀(玄武蛇双・d00261)は刀真の後ろで、撮影カメラを担ぎぺこぺこと頭を下げる。
「いやぁー、突発的な特撮撮影でスミマセン!」
軽~い感じで周囲にアピール。ついでのように、千陽に笑いかける。
「君も、無理に手伝ってもらってゴメンネー!」
「あ、あの……はい」
隣の女生徒が、じゃあそのチョコは撮影用? とたずね、千陽はそうそう、借りもの借りもの、と頷いている。
これこそ、『ヒーローもののノリと勢いで、この場をうやむやにしてしまおう作戦』!
一方、玉こんにゃく怪人は、チョコを手にぐるりと侵入者を見回す。
『灼滅者が……。んだが、このチョコレートば横取りに来だが』
「そのチョコ、今すぐ返してもらおうか!」
ザフィアト・シェセプ(冥界のアメンヘテプ・d24676)の威勢のいい挑戦に、玉こんにゃく怪人は顔のこんにゃくをぷるんと揺らす。
『やんだ、つったら?』
「もちろん、腕づくでも返してもらうさ!」
ザフィアトの口元に刻まれるのは、不敵な笑い。何だかんだ言ってノリノリだ。
『したら、誰がこのチョコの持ち主か、はっきりさせっぺ!』
灼滅者達に負けじとポーズを決めて、玉こんにゃく怪人は高らかに言い切った。
●チョコレートは誰のもの
「場所を移そう。彼らを巻き込んだり、肝心のチョコを台無しにはしたくない」
第二体育館はどうだろう。輝の提案に、玉こんにゃく怪人は鷹揚に頷いた。
『んだな。おれも、玉こんにゃくの崇拝者たる一般人にケガさせだぐねしな』
「おっとその前に」
すさかずザフィアトが口を挟む。
「事故で壊したくなきゃ、そのチョコは安全なところへ置いときなよ」
『安全なところとは?』
「この教室に置いていったら? 戦場で持ってると、最悪灰になるよ」
七緒は指先の炎をちらつかせる。
……しかし、しばしの黙考後、玉こんにゃく怪人は首のこんにゃくを左右に振った。
『ここは、誰が持ってぐがわがんね。おれのふところが安全だ』
「なっ……」
『それともほかに、おれが納得できる『安全な場所』があっか?』
チョコを置いていくという提案自体は、受け入れる余地があるようだが、ではどこが安全かという点が問題だった。
「あの……」
「安心しな。――この件は俺らに任せてくれ、カカッ」
千陽の肩に軽く手を置き、銃儀は仲間達とともに第二体育館に向かう。
第二体育館に着くと、どこからともなくコサック兵士が現れた。その数、3体。
「……あ、あのっ! 灯花たちが負けたら、チョコは絶対に引き渡します!」
灯花は、第二体育館の隅にある、マイク台を示す。
「だから、そのチョコレート、あそこの台のうえに置いてもらえませんか!」
チョコをこわしたくないんです、と泣きそうな声で訴える灯花に、怪人の頭のこんにゃくがしぼむ。
「チョコを一時置いたとしても、そちらが勝てば、必ずチョコは返します。……そして、俺は玉こんにゃくの普及に回ります」
重ねて刀真がダメ押しをする。
『む、むむむ……。……おれも、本音言えばチョコは壊したぐね――お前のその言葉、二言はねぇな?』
「約束します」
しばし考え込んだ玉こんにゃく怪人は、可愛いラッピングのチョコレートをマイク台の上に置いた。
灯花はほっと安堵の息をつく。
「さってと………散れッ!」
銃儀の放つ人避けの殺気が、戦闘開始の合図。
『行け、コサック兵!』
『『『ヒーーーッ!』』』
毛皮の帽子にロシア風コート、全身タイツのコサック兵が、奇声をあげて突進する。
「今回ダケは、ヒーローらしくヤらセてもらウ!」
輝は盾を展開し、3人のコサック兵士の拳を受ける。そこに、獣人形態に身を変えたザフィアトの突進。
「これでも病院の威信を背負ってんだ、無様を見せるわけにはいかねぇよなぁ」
ザフィアトの凍れる炎は、コサック兵を凍てつかせる。
「今だ、セシル!」
「ズタズタに切り裂いてやるぜ!」
ザフィアトに呼応し、セシルが大鎌を振り下ろす。病院仕込みの技術は、コサック兵の急所を正確に貫き、えぐり、ダメージを拡大させた。
「恋は子孫繁栄の初期段階!」
ルリが鬼神の腕で、力強く正確な一撃をコサック兵の頭部にくらわせる。
「明るい未来のために、チョコは絶対に守ってみせる!」
半死半生でよろよろと後ずさるコサック兵。
『なかながやるな、灼滅者』
玉こんにゃく怪人は、警戒と感嘆を胸に、一層ダシ醤油の香りを強くした。
●ロシアン勢力と玉こんにゃく
灯花のご当地ビームが、コサック兵に直撃する。
「会津十割そばビーム! りゃくして灯花ビーム!!」
それが決め手となり、コサック兵は床に倒れ込み、溶けこむように姿を失う。
「のびちゃいました? そばだけに!!」
『『ヒーーーッ!』』
残り2人になったコサック兵が、腰を落とし、足を交互に蹴り出す独特な動きで灯花を狙う。
「カッ! 玄武の護りを……甘く見ンじゃねぇ!」
しかし、彼らの拳は、銃儀のシールドに阻まれた。
「勝手に人の恋心暴露にチョコ略奪とはなぁ……無粋にも程が在るぜッ!」
「乙女の恋路を邪魔する輩は、私達に蹴られて地獄に落ちよ!」
銃儀のシールに突き飛ばされたコサック兵を、横合いからザフィアトの鋭い一撃が見舞う。正確無比な攻撃に、コサック兵の動きが鈍り、ガードが緩む。
「お前ニ足りナいモノは優しさ・包容力・気品・センス! そしてなによりもォォオオッ!!」
コサック兵のガラ空きの上半身を、輝はデモノイドの刀と一体化した腕で斬りつける。二度、三度、四度。コサック兵の上半身に容赦なく傷が重なる。
「乙女心への理解が足りナイッ!!!」
そこに、宙に現れたギロチンの刃が、コサック兵を貫く。
「ボクも分かンないケどナ! ギャーッハッハッハ!」
己の内を突きあげる衝動のままに、輝は哄笑する。虚空ギロチンを使ったセシルは、そんな輝を見て軽く溜息をついた。
「調子に乗りすぎるな、輝。まだ親玉は残ってるんだぜ」
輝を制しながら、それでも、頼れる仲間が増えてあの頃よりは楽になったけどな……と呟くセシル。
一方、刀真のクルセイドソードは、玉こんにゃく怪人はこんにゃくシールドで受けとめられていた。
「そもそも玉こんにゃくのご当地怪人が、なぜチョコを奪うのですか?」
『それこそ、おめだちには関係ねぇべ!』
クルセイドソードの衝撃が、だし醤油でよく煮含められたこんにゃくシールドに吸収される。
「何か理由があると?」
『あるとしても――』
重ねて問う刀真に、こんにゃくシールドのしたたかな打撃が襲う。
『おめだちにしゃべる必要はねぇ! あれはおれのチョコだ!』
「そりゃ、そんな格好してりゃモテないよね。人のチョコが欲しいよねー!」
そう言って飛び込む七緒のバベルブレイカーが、顔のこんにゃくに大穴をける。
「奪わなきゃチョコがもらえないなんてかわいそう、ぷぷっ」
「もう、仲間は誰もいないよ! ルリ達が倒したからね!」
ルリが、最後のコサック兵の胸ぐらをつかみ上げ、仕上げの右拳のストレートを叩き込む。
「チョコレートはあきらめて、ご当地怪人はルリ達に灼滅されるといいんだよ!」
『――はたして、そううまくいぐがな?』
玉こんにゃく怪人は自信たっぷりに言い、見合わぬ俊敏さで後方に飛びすさった。
●埋伏コサック戦闘兵の計
『くっくっく……コサック戦闘兵があれで終わると思ったんが!』
出て来るがいい! と意気揚々と叫ぶ玉こんにゃく怪人の言葉に、応える声は――ない。
「残念だったね、とっくにこっちも始まってるよ!」
そのかわりに、どーん、と第二体育館前方の用具室から音がした。
用具室の扉が内側からはね飛び、潜んでいたはずのコサック兵が転がり出てくる。
「乙女のチョコを奪う不届き者は成敗成敗!」
コサック戦闘員の懐深く、抗雷撃を打ち上げた少女は追撃に迫る。
「女の子の邪魔をする輩は、凍えながら毒で苦しめばいいと思います」
その後ろから姿を現す少女も、右手に槍を、左手に注射器を持ち、静かに宣言する。
「こっちは俺たちで応戦する! そっちは怪人叩いとけ!」
旅人の外套を脱ぎすてた、女性と見紛う少年が、シールドを構えコサック兵に肉迫する。
『い、いづの間に!?』
「灯花たちにはとうにお見通しなのですよ。こざいくは通じないのです!」
そう、玉こんにゃく怪人の策略は、最初から灼滅者の知るところ。
ゆえに、伏兵として配置されていたコサック兵は、サポートメンバーに攻略されつつあった。
『し、しかし、伏兵は一人ではねぇ――』
玉こんにゃく怪人の言葉にかぶさるように、後方の通用口側で戦いの音が響く。
2人目のコサック兵も、サポートメンバーに囲まれている。
「人の恋路の邪魔をする奴を、いつまでも放っておかないぜ!」
正義の心を胸に、白いマフラーをなびかせて。通用口から現れた青年は、コサック兵に閃光百裂拳を炸裂させる。
「潜んでいたコサック怪人は、これで全部でした」
そう言って、裏口から入ってくるひなた。ひなたの横にはくせっ毛の、元気そうな少年。
「鈴森君ってって呼べつってたか、今度機会があったら、バトルしよーぜ!!」
彼はひなたに手を振って、バトルオーラで身を固め、台風のように元気よくコサック怪人に体ごとぶつかっていく。
そんな中を風が吹き抜け、傷を優しく癒やす。
「恋する女の子は、とても可愛いと思うの……」
仲間の傷を癒やした少女は、ほわりとした口調で、ひなたに言う。
「ここはもう大丈夫だから。ひなたちゃんは、玉こんにゃく怪人の方に行っていいよ」
「あとは俺達に任せるといい」
バベルブレイカーでコサック怪人の攻撃を受けとめた青年が、銀の瞳をひなたに向けて……ふとそらされる。
「ところで、俺は別にひな……鈴森君、が――」
「ありがとうございます、それでは、私はあちらに行ってきます!」
ぺこりと頭を下げて、去っていくひなた。
(「――鈴森君が心配で来たわけではない」)
最後まで言えずに、彼はがっくり肩を落としていたとか、いないとか。
玉こんにゃく怪人を囲む灼滅者は、ひなたも合流して、これで9人。孤立無援となった玉こんにゃく怪人の注意が、離れた場所のチョコへと向かう。
(「チョコを持って逃げるつもりか、そうはさせないぜ」)
「御自慢の山形玉こんにゃくも、チョコの魅力には負けるって事か……カカカッ!」
あえて挑発する銃儀に、玉こんにゃく怪人は言い返せない。
『む……う……ぐぐぐぐぐ』
それだけ状況は切迫している。
こんにゃくシールドもぼこぼこで、もはやロクな歯応えもないだろう。
「これで、決めるよ!」
七緒が、クルセイドソードを振りかぶって突進する。
「玄武八卦装、展開ッ! さぁ、存分に貪れ―――Nachzehrer!!」
「今日はバレンタインデー、素敵な恋の魔法がかなう日! 邪魔者はお呼びじゃないんだよ!」
銃儀の影蛇が放たれ、ルリの拳がこんにゃくを粉砕する。
そこにひなたのバベルブレイカーが、輝の、セシルの、ザフィアトの元病院メンバーが攻撃を重ねる。
『バカな、玉こんにゃくは万物を統べる究極の食材……』
「ねごとは寝て言うのです」
灯花のビームが怪人の全身を包み、そして。
「こちらの勝ちですね。では、チョコは返してもらいます」
刀真の一撃が、玉こんにゃく怪人を、ただのこんにゃくに変えていく。
『玉こん……は……よぐ噛んで食うべし……』
――そんな言葉を残して。
こんにゃく怪人は、空気に溶けるように灼滅されていった。
●渡す人、渡される人
「さて、アンタのチョコは護ったぜ」
第二体育館の入口近く。千陽に、ザフィアトはぽんとチョコレートを渡す。
「あ、ありがとう……!」
「恋心をバラされちまったのはしょうがねぇ、後は信念を持って行動あるのみ、だろ?」
ザフィアトの言葉に、千陽の表情が何とも言えずに曇る。
「……大丈夫、女の子に好きって言われて嫌がる男子はいないよ。がんばって」
穏やかに輝に言われて、迷うような表情を浮かべる千陽。
「――井高! いや、ち、千陽っ」
その時、渡り廊下の向こうから、男子生徒が現れた。
小学校時代の呼び名で呼びかける、千陽の本命の男の子。
「俺……俺、お前に話がある……っ!」
顔を真っ赤にして、それでもしっかりとした口調で。すぐに反応できない千陽の耳もとで、セシルがそっと囁いた。
「どんな結果に終わっても、やらずに終わるよりは、ずっと良い」
(「……恋だの愛だのはわかんねーけど、手遅れになる後悔だけはわかる。だから……」)
行って来い!
セシルに背を押され、駆け出す千陽の後ろ姿に、銃儀が声を投げかける。
「カカカッ、確りと自分の言葉で、思いっきり想いをぶつけてみろッ!」
「……うまくいったみたいだね?」
相手の男の子の背中を押してきたよーと、ルリが満足げな表情で合流する。
あの様子なら、きっとうまくいくだろう。
「終わったね! お疲れ様ー」
そう言って七緒は、用意していたチョコレートを配る。
「ありがとうございます、七緒さん。……私も、何か用意してくればよかったですね」
なぜか、フードで顔を隠したままの七緒からひなたもチョコを受けとる。とたん、ひなたの言葉を聞いたセシルとザフィアトの目が、きらんと光った。
七緒も、よく見ればフードの奧の目は、期待に満ち満ちている。
「一週間くらいは有効らしいよ? バレンタイン」
「もらえたらうれしいですよ! 灯花もひなたのチョコ、ほしいです!」
「そうですか……」
思案顔のひなたに、サポートメンバーの一人がそっと、声をかけてくる。
(「今度教えようか? 俺も家庭料理レベルだけど」)
(「お願いします、是非!」)
ひなたの表情は、戦闘に向かう時と同じくらい真剣そうで。
(「チョコレートは買うもので、手づくりという認識は今までありませんでしたが……」)
チョコレートも、学生らしい経験の一つかもしれないと、ひなたは心中で決意を固める。……帰ったら、頑張ってみよう。
――仲間達の、そんなやりとりを聞きながら、刀真は一足先に敷地を出る。
(「恋愛とか片思いとか……。懐かしい話だな」)
自分はもう縁の無い話。
だからこそ、人の恋路の手助けができたことに、静かな満足感を覚えつつ。
2月14日、バレンタイン。山形県の山間で灼滅者が守った恋は、他のいくつもの恋と同じように、新しい恋人達の記念すべき日となるだろう――。
作者:海乃もずく |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年2月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 5
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