私立アルテミス学園

    作者:佐伯都

     福岡の中州、とある雑居ビルの一角。最近オープンしたばかりのその店では、夜な夜な男女のお遊びが繰り広げられている。
    「だーめ。明理(あかり)にさせて?」
     まさしく女子高生の部屋、という可愛らしいインテリアがならぶ部屋。
     さらりと流れる黒髪ボブ。オーバル型の赤いセルフレームの眼鏡。
     黙って座っていれば少し大人しめにも見える、清純派を絵に描いたような女子高生が中年男性の上に馬乗りになっていた。
    「が、学校の先生に怒られるんじゃないか? こんな事でお小遣い……」
    「大丈夫。明理、先生の信用バツグンなんだから」
     れろ、と指先に舌先を絡めて明理は艶然と微笑む。
     当然、お遊びなので『お小遣い』はただの雰囲気作り。援交プレイという奴だ。
     馬乗りになった明理のセーラー服を下から押し上げるように、無骨な指が這い上がっていく。
    「ん、ふ……やぁだ、なんか当たってる」
     当たっている、と表現された箇所へ明理は手を伸ばし、いとおしむように撫でさすった。空いた手はゆっくりと男のシャツのボタンを外していく。
     肩から屈強な胸板にかけて、何か豪奢な絵柄が肌に直接刻まれていた。

     一時間後。
    「さぁって、それじゃ皆いつもの通り、荷造りよろしくね」
     ぱぁん、と実にいい音と共に、大変やに下がった顔で気絶している中年男性の鼻先へ宅配伝票が貼り付けられる。
     お届け先欄の住所には『鹿児島県』の文字が見えた。
     
    ●私立アルテミス学園
    「HKT六六六所属の強化一般人が、中州に『私立アルテミス学園』って女子高生イメクラを出して刺青もちの客を拉致してるらしい」
     刺青があるかどうか確認する手段として風俗ってのはいい方法だと思うんだよね、殴る蹴るとかして服剥ぐより穏便で、とどこかズレたことを言いつつ成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)は中州地区を含む博多の観光地図を広げた。
    「この強化一般人、明理(あかり)って言うんだけど。明理以外の従業員は全員彼女の熱烈なファンで、もう何て言うか、好きすぎてちょっと気持ち悪いってレベルで……HKT六六六に協力してしまう、位には」
     そういう意味でも、早めの対処が求められる。
    「店は雑居ビルの5階。邪魔が入る可能性を十分に予測しているみたいで、普通に踏み込んだらさくっと逃走されると思う」
     彼らを逃走させない手段は二つ。囮を用意するか、明理配下の強化一般人を籠絡するか、だ。
    「囮を立てる場合は必ず一人だけ。客を装って明理の気を引いているうちに、他の仲間が踏み込んで戦闘に持ち込むって流れになる。ただこの場合、囮役が戦闘可能な状態で合流するのは難しい。よっぽどうまく明理をかわせない限りは」
     状況的にまあアレでソレで、という事だ。おのれダークネス。
     結局残りの7人でその後は対処するこという事でもあるし、女性が囮になることもできないのである程度の条件もある。
    「少なくとも男なのは最低条件、年齢はまあ……ESPでなんとかなると思うけど、年齢は高いほうがより望ましい、と言っておくよ」
     さすがに小学生とかはちょっとね、と樹は苦笑した。
    「で、もう一つの配下を籠絡する方法だけど、さっきも言ったけどもうそりゃあ気持ち悪いレベルで明理に心酔してる。女子高生って方向ではびくともしないと思ったほうがいいかな……」
     何ともふんわりした範囲の話だが、女子高生でさえなければ可能性はある、という事だ。もちろん色々と突き抜ける必要はあるが、OL系だのローティーンアイドル風味だの、はたまた男の娘だの別世界への扉ボーイズラブだの、そこは各自の個性の見せ所だろう。
     三人の配下を籠絡できれば明理はそれ以上拉致計画を続行できないので、店を潰すという依頼成功ラインを達成できる。もちろん、明理を灼滅できればそれ以上の成功と言えるのも間違いない。
     戦闘になった場合、明理と配下はどちらもサウンドソルジャーのサイキックに酷似した攻撃とシャウトを行う。武器めいたものは所持していない。
    「ああそうだ……もしこの依頼で人間関係に変化があったとしても、責任持てないからそのつもりで」
     樹は最後の最後で微妙に笑えないことを呟いた。


    参加者
    狐雅原・あきら(アポリア・d00502)
    九条・泰河(陰陽の求道者・d03676)
    ジンザ・オールドマン(ガンオウル・d06183)
    御影・ユキト(幻想語り・d15528)
    牧瀬・麻耶(中学生ダンピール・d21627)
    佐藤・人(人にあらずとも魔にあらずとも・d23449)
    ミラ・グリンネル(お餅大好き・d24113)
    フィーア・レッドアイ(世に平穏のあらんことを・d24711)

    ■リプレイ

    ●中州地区、某雑居ビル前
    「一遍やってみたかったんですよね。違法風俗店の摘発」
    「……いろいろとモザイク掛けたいです」
     隣で雑居ビルを見上げているジンザ・オールドマン(ガンオウル・d06183)が何でか妙に楽しそうで、御影・ユキト(幻想語り・d15528)はこっそり溜息をついた。
     違法風俗店の摘発、は別に間違っていない。間違ってはいないが、だからこそこう、ツライ。あまつさえ小6とか中3とかのどこからどう見てもいたいけな少年少女が風俗摘発とか、灼滅者まじつら。
    「何というか教育上に悪いですよね。さっさと済ませて帰りましょう」
    「イカガワシイお店も、ホントは入っちゃダメなんデスよー」
     うんうんとユキトに首肯して、狐雅原・あきら(アポリア・d00502)は雑居ビルの前に誰もいないことを確認した。ビルの壁面にへばりつく色鮮やかなネオンはたとえ件のイメクラを抜きにしても、未成年が入っても問題なさそうとはとても言えない雰囲気の店名ばかりだ。
    「僕の宿敵らしいしね……頑張る」
     佐藤・人(人にあらずとも魔にあらずとも・d23449)がビルの側面を伝うように据えつけられている非常階段を眺めると、フィーア・レッドアイ(世に平穏のあらんことを・d24711)がそこを登っていく所だった。190cm近い身長とごつい装甲を見咎められぬように一人、裏口からの侵入を希望したためである。
     少し前に囮役として先行した九条・泰河(陰陽の求道者・d03676)が消えたエレベーターホールに入り、時刻を確かめたミラ・グリンネル(お餅大好き・d24113)はふと気になって首を傾けた。
    「……刺青ってタトゥーのことですヨネ? なんでそんな人間を拉致するんでショウ?」
    「さあ? 送り先が書かれた伝票でもあれば、回収したい所ッスね」
     まだまだ謎の多い、いわゆる『刺青の羅刹』の様々な報告書を思い出して牧瀬・麻耶(中学生ダンピール・d21627)はエレベーターのボタンを押した。するするとドアの上部のランプが、流れるように5階から1階まで順に移動していく。
     エレベーターホールの突き当たり、無音で秒針を回す時計を見上げジンザは小さな不安を覚えた。
     ――ひとり裏口に向かったフィーアは、こちらとの突入タイミングを合わせられるような手段を準備していただろうか。
    「オールドマン先輩?」
    「……いや。行きましょうか」
     エレベーターの中から不思議そうに見上げるユキトに軽く右手をあげて、ジンザは脚を踏み出した。

    ●『私立アルテミス学園』店内
     ……よいこのみんなは寝ている時間ですよー的な深夜枠じゃなくたって、全年齢向けでもテレビドラマでもラヴシーンはあるんだし。だいたい、実は昔のほうが夜9時台のドラマでもなかなか凄い事やってた位だし。
    「だから僕は自重しないっ」 
    「なぁに? なんか言った?」
    「いや別に」
     思わず本音が口をついたらしい。
     イメクラと呼ばれる業界がどういう物なのかは当然知らないが、通された個室はシンプルだが納得できそうな範囲で『女子高生の部屋』が再現されており、泰河はちょっと感動を覚える。
    「……んもぅ、さっきから何考えてるの? ちゃんとこっち見て!」
     ぐい、と明理に無理矢理顔の向きを修正された。
    「いや、実はあまりこういうの慣れてないんだよねぇ……でも、今日のお相手が明理ちゃんってのは幸運だ♪」
     その台詞に気をよくしたらしい明理はさっきまでの不機嫌な顔もどこへやら、泰河の肩に腕を乗せてくる。額を突きあわせるような、胸を押しつけあうような姿勢。
    「ねぇ泰河さんって、もてるでしょ? こんな事言ってくれる彼氏がいたら毎日、でもいいなぁ」
     吐息がまだ熱いと感じるくらいの距離。赤いセルフレームの眼鏡のむこう、彼女に見えているのは現実の泰河ではなく、ESPによるあと数年後の姿だ。
     ただ触れ合わせるだけの拙いキスを繰り返すうち、邪魔と感じたのか明理は眼鏡を外して脇に置いた。泰河の膝の上、白い太腿がなまめかしい。
    「触ってみる?」
     顔から首、首から胸、と順に下へおりていく泰河の視線へ明理は無邪気に微笑み、襟のスカーフを外した。
    「お互い、いっぱいいっぱい気持ちいい方がいいよね」
    「こういうの慣れてないクセに、そういう事言うんだ?」
     嫌いじゃないけどね、とさして気にもしていない風情で明理は唇の端を上げる。人間はある程度の苦痛には耐えられるようにできているが、逆に、快楽に耐えることは難しいらしい、とどこかで聞いた話を泰河は思い出す。
     まして抵抗する意志を持たないのなら、陥落はごく自然な帰結と言えた。

    ●『私立アルテミス学園』カウンター前
     ジンザが店のドアを開けると、そこにセンサーが仕込んであったらしくキンコンカンコーン、と学校のチャイム音が鳴った。
     女子高生イメクラとは聞いていたが、何かこう、ちょっとやりすぎの感が否めない。実際ユキトはこの時点でもうついていけないらしく、ジンザの後ろで軽く引いている。
     会計用だろうか、通路の少し奥まった場所にスタッフらしき背中が二つとカウンターが見えた。ジンザは軽くスマホの画面で時間を確認しつつ歩き出す。
    「えーと、明理さんにお会いしたいのですが」
     指名用なのか何なのか、入り口近くの壁に掛けられたいかにも学校で使われそうなホワイトボードへ『本日登校中!』という妙に可愛らしいPOPと、名刺大の写真が何枚かマグネットで留められていた。
    「……おにいさんたち、何してるの?」
    「なぁにここ、学校なの? 面白そうだしマヤにも色んなこと教えてほしいなっ☆」
     いかにも清楚そうなロングスカートを押さえてジンザの背後から上目遣いのあざとさ全開なユキトが顔を出し、その逆側からは麻耶が赤いロリポップを咥えつつ物珍しそうに店内を見回した。当然演技に決まっている。
    「あの、お客様、リアル幼女は困ります。ウチはそういうのやってないので」
    「いえまあ彼女達はお気になさらず。ところで明理さんは、今後ろにいらっしゃる?」
     麻耶はつらつらと店内を鑑賞するふりをして、ジンザと向き合ったスタッフと思しき男の反応を伺った。カウンターの内側には簡素なレジの他、雑多な何かの備品やら道具が所狭しと積んである。
    「ユキト、優しくしてくれる先生がいいです……」
     拳を口元へ当て、いかにも気の弱そうなおどおどとした口調に、スタッフの一人がえへらと相好を崩した。あぁこういうのもお好みなんですか、と当のユキトが内心明日には精肉店に並ぶ養豚場の豚を見るような視線をあててやりたい渇望を押さえ込んでいたなんて、知るよしもないだろう。
    「明理は今授業中ですよ」
     あの奥だ、と言わんばかりに顎をしゃくった所で、カウンター奥のスタッフルームとプレートが掛かった扉から男がもう一人姿を現した。
    「おい、何をそん」
    「Quiet」
     カウンター越しに男性スタッフの額へ銃口を押しあてたジンザが片頬だけで笑う。
    「奥に聞こえると面倒なので、お静かに」
     どさくさに紛れてカウンター内に入り込んだ麻耶が手近な一人を無敵斬艦刀で黙らせたところで、入口のほうから人とミラ、あきらの足音が聞こえてきた。
    「な、何だお前ら!」
    「えっちなのはいけないと思うのですよー!」
     どこからどうみても未成年者の一団が、巨大な刃物やら拳銃やら物騒すぎる得物を手に押し入ってくるなんて怖すぎる。
    「全然あやしくないですよー。それではそれでは自由にドンパチやっちゃいましょー」
     ある意味悲痛な声も全無視でガトリングガンを腰だめに構え、あきらは思うさま銃弾の雨をぶちまけた。ユキトのサウンドシャッターが機能しているはずなので遠慮する必要はない。
     完全に腰が引けたスタッフに、麻耶が鼻にかかる笑い方をして言い放つ。
    「逃げたきゃ逃げれば? どうせアンタ達は彼女にとって幾らでも居る豚の一匹でしょうし」
    「お兄さーん、ちょっとミラのお願い聞いてくれませんカ?」
     メイド服と言うより最早セパレート型のフレンチメイド、と表現した方が早いかもしれないシルキーのメイド服。
    「ミラにはよくわからないデスが、タトゥーのある人間を拉致して何するデスカ?」
     犯罪的なデザインに犯罪的ボリュームの胸で悩殺アピールしながら、ミラはスタッフの一人に詰め寄った。
    「え、あ、……はい!?」
    「まさか皮を剥ぐデスカ?」
     文字通り二次元世界から飛び出してきたようなスタイル抜群の、日本との実力差を見せつけるきらきら金髪碧眼グラマラスな米帝美少女メイド。
     言っていることは実に物騒極まりないが、たゆんと音が聞こえそうな胸とひらひらのスカートからこぼれる白い太腿、あまつさえ絶対領域を飾るガーターリングときたら、むしろあざといを通り越して何かこう、色々まずい。いろいろと。本当に。
     えとえと、あの、とミラの胸の谷間やら太腿やら何やらから大興奮な様子で目を離せなくなっているスタッフに、人は容赦なくコールドファイアを放った。
    「ねぇ、そこの君。ちょっとこれで頭冷やそうか」
     冷やすどころか色々と、色々な箇所がカッチカチになっているスタッフを見てしまい人は深々と溜息をつく。……ああ嫌だ見るんじゃなかった。
    「ハレンチなのはいけないと思いマース! ヒャッハー突撃だー!」
     何だかあきらが大変楽しそうなので、とりあえず人は討ち漏らしのないようカウンター奥へと目を凝らす。ユキトやミラ、そして麻耶の魅力に悩「殺」、とまではいかなかったかもしれないが、隙を作らせるには十分だった。

    ●『私立アルテミス学園』裏口付近
     一人黙々と裏口へ通じていると思しき非常階段を登りきり、フィーアは迷わず非常口のドアノブへ手をかける。
     しんと静まりかえった、薄暗い廊下。壁に掲示されてある非常誘導路を一瞥して店舗の位置にあたりを付け、左手に伸びる通路を奥へ奥へと急いだ。
     何か物凄くテキトー臭のする『私立アルテミス学園・通用口』と書かれた扉の前へたどり着き、フィーアは何のためらいもなく中へ入り込む。その瞬間、しん、とどこかから聞こえていた声が明かりを落とすように消え去った。
     さて、カウンター前のあきら達は素早く男性スタッフ達をKOすると、通路からはすぐ見えない場所に川の字に寝かせておく。誰か通りがかって騒ぎになるのは避けたい。
     もっとも、今店内でお楽しみ中な連中がおいそれと通路へ出てくるとはミラにも思えなかったが。
    「まあ、そうそうすぐ人が通る事もないかもデース?」
    「ただ万が一通ったら大騒ぎッスね」
     からころとロリポップを転がしながら、麻耶は先ほど男が顎でしゃくった方へ視線をうつす。
     ご丁寧にもこちらはほとんどが授業中となっていて、その下に明理以外の女性の誰かの名前が見えた。やがて通路の突き当たりに見えてきたのは、『明理』の文字が可愛らしく書き込まれた扉。
     果たして泰河は無事だろうかとユキトが考えた瞬間、ばんっと勢いよくその扉が開け放たれた。
    「ねえちょっと、誰か来てくれない。次の荷物――」 
     と、そこまで言いかけて、明理と思しき肌もあらわな女性は通路に立つ灼滅者たちの存在に気づいたようだ。武器を手にしたままだった者も多く、さっと表情を変えてそのまま全力疾走に入る。
    「あ、ちょっ……待つデスヨ!!」
    「追うよ!」
     素早く明理を追跡に移った人とあきら、そして麻耶は通路の先から細い悲鳴を聞いた。
     何があったのかと思いきや、通路をふさぐ巨大な黒い影、いや黒い西洋甲冑姿のフィーアがそこにいる。慌てて回れ右をした明理の背後、斬鉄式合成剣を掲げたフィーアは低く、厳かに言い放った。
    「すまないな。ここから先は交通止めだ」
     ただの人間ならばまだしも、やたらデカい真っ黒い大きな甲冑が通路を通せんぼしていたら、いくら強化一般人と言えども引き返したくもなるだろう。
    「いい娘が何をしているなどと言うつもりはない。貴様には、もっと違う形で逢ってみたかったな」
     ひ、と涙を浮かべてせめてもの抵抗を試みたらしき明理へ、黒い重装兵の天誅にはじまり、麻耶の縛霊手、人の殲術執刀法が華麗に続き、最後にあきらのガトリングガンによる掃射。
     しばらくユキトが、次の物音が、と待ってみても何も聞こえない。
     おそらくそこで決着がついたものと考え、ユキトを通路で待たせ、ジンザは個室の中を覗いてみた。
     シンプルながら女子高生の部屋が再現されたそこには、ちょっとユキトには見せちゃいけないような状態で何故だか妙に満ち足りた表情の泰河がKOされている。
     一応ユキトを待たせておいてよかった、とほっとしながらジンザは個室内に足を踏み入れた。
    「0時28分、被害者確保っと」

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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